scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


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Posted by 八少女 夕

サルスベリのこと

サルスベリ Photo by phoenix727(pixabay)
これはpixabayで公開されているパブリックドメイン画像です。作者はphoenix727氏です。

日本では2回ほど引越をしたことがあるらしいが、記憶にある住居は2つ。そのうちのほとんどは東京都の目黒区の現在母が一人で住んでいる家です。この家の2階の南側に私がずっと使っていた部屋があって、庭のサルスベリの樹が見えていました。

私は8月生まれで、夏は私の季節と勝手に決めていました。暑かったり、やたらと蚊に愛される体質だったりで、なぜそんなに夏が好きだったのかわからないけれど、とにかく夏が一番だと思っていた私です。そして、サルスベリの濃いピンクの花は、そんな私に「夏が来た」と宣言してくれる大切な存在でした。

スイスに移住してから、サルスベリの花が咲いているのを一度もみていないなと、ふと思いました。なぜか、そりゃ夏に帰国しないからです。スイスの夏って本当に快適で、たまに「今日は暑くて大変だな」と思う時も木陰に入ってしまえば問題なしという程度なんですよ。イタリア側と違って蚊もほとんどいませんし。私には子供がいないので、学校の夏休みとは何の関係もありません。だから、暑くて湿度が高くてしかも飛行機のチケットが高い夏に一時帰国するメリットは何もないんです。

日本の夏に帰らないから、入道雲も、麦茶も、スイカも、蚊取り線香も、花火もないんです。あ、いま、心がキュウっと痛みました。なんなんだこのノスタルジーは。

そして、サルスベリですよ。こんなに長く花を見ていない……。今年が結婚15周年でしたから、15年も花を見ていないんですね。あの木、まだ大丈夫なのかな。動物と違って樹は、目に見えるように老いたりはしませんが、でも、永遠にあるわけでもないんですよね。

スイスではまったく見ない花だけに、もう二度とあの花を見ることはないのかなと思うと寂しく感じます。
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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスとマリンブルーの輝き

さてリクエスト掌編、当ブログの77777Hit記念立て続けに発表させていただいていますが、77777Hit記念掌編としては5つ目。リクエストは山西左紀さんにいただきました。

ご希望の選択はこちらでした。

*現代日本
*野菜
*地元の代表的な酒/もしくは嗜好飲料
*公共交通機関
*夏
*「夜のサーカス」関係
*コラボ(太陽風シンドロームシリーズ『妖狐』の陽子)


今回のリクエスト、サキさんが指定なさったコラボ用のオリキャラは、もともとlimeさんのお題絵「狐画」にサキさんがつけられたお話なのですが、サキさんらしい特別の設定があって、これをご存じないと意味がないキャラクターです。というわけで、今回はご存じない方は始めにこちらをお読みになることをお薦めします。

山西左紀さんの 狐画(前編)
山西左紀さんの 狐画(後編)

そのかわり、私の方のウルトラ怪しい(っていうか、胡散臭い?)キャラクターは、「知らねえぞ」でも大丈夫です。

「夜のサーカス」はイタリアの話なんですけれど、現代日本とのことですので舞台に選んだのは、一応明石市と神戸市。でも、サキさんのお話がどことはっきり書かない仕様になっていますので、一応こちらもアルファベットにしています。前半の舞台に選んだのは、こちらのTOM-Fさんのグルメ記事のパクリ、もといトリビュートでございます。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物




夜のサーカス Circus Notte 外伝
夜のサーカスとマリンブルーの輝き


 蒸し暑い夏の午後だった。その日は、僕の個展が終わったので、久しぶりの休みを取りA市方面へ行った。長いほったらかしだった時間の埋め合わせをするように、出来る限り彼女の喜ぶデートがしたかった。

 ようやく僕が出会えた理想の女性。思いもしなかったことで怒らせたり泣かせてしまったりもしたけれど、誤解は解けて、僕たちはとても上手くいっている。少なくとも僕はそう思っている。

 今ひとつ僕の言葉に自信がないのは、陽子にどこかミステリアスな部分があることだ。もちろん、僕が一度経験した、夢のような体験に較べれば受け入れられる程度に謎めいているだけだけれど。

 朝食をとるにはとても遅くなってしまったので、僕たちはブランチをとることにした。彼女の希望で、A市に近い地元で採れた五十種類以上の野菜を使ったビュッフェが食べられるレストランを目指した。

 そこは広大な敷地、緑豊かな果樹園に囲まれている農作業体験施設の一部で、その自然の恵みを体で感じることが出来る。都会派でスタイリッシュな陽子が、農業や食育といったテーマに関心があることを初めて知った僕は、戸惑いを感じると同時に彼女の新しい魅力を感じて嬉しくなった。

 ビュッフェに行くと、僕はどうしても必要以上に食べたくなってしまうのだが、薄味の野菜料理なのでたとえ食べ過ぎてもそんなに腹にはこたえない。もっとも大量に食べているのは僕だけで、陽子はほんのわずかずつを楽しみながら食べていた。そして、早くもコーヒーを飲みながら静かに笑った。

「はじめての体験って、心躍るものね」
「初めて? ビュッフェが?」

 彼女は、一瞬表情を強張らせた後でにっこり微笑むと「ここでの食事が、ってことよ」と言った。それは当然のことだ。馬鹿げた質問をしてしまったなと、僕は反省した。

 そのまま農作業体験をしたいのかと思ったら、彼女は首を振って「海に行って船に乗りたいわ」と唐突に言った。

 海はここから車で三十分も走れば見られるが、船に乗りたいとなると話は別だ。遊覧船のあるK港まで一時間以上かけていかなくてはならない。だが、今日、僕は彼女の願いを何でも叶えてあげたかった。

「よし。じゃあ、せっかくだから、特別におしゃれな遊覧船に乗ろう」
「おしゃれな遊覧船?」
「ああ、クルージング・カフェといって、美しいK市の街並を海から眺めながら、洒落た家具の揃ったフローリングフロアの船室で喫茶を楽しむことが出来る遊覧船があるんだ。あれなら君にも満足してもらえると思う」

 K市の象徴とも言える港は150年の歴史を持つ。20年ほど前に起こった大きな地震で被害を受けた場所も多かった。港では液状化した所もあったが、今では綺麗に復旧している。災害の爪痕は震災メモリアルパークに保存され、その凄まじさを体感できるようになっているが、そこからさほど遠くないクルーズ船乗り場の近くにはショッピングセンターや観覧車などがある観光名所になっている。

 僕は陽子をエスコートしてチケットを購入すると「ファンタジー号」ヘと急いだ。船は出航寸前だったからだ。この炎天下の中、長いこと待たされるのはごめんだ。

 なんとか甲板に辿りつくと、この暑さのせいでほとんど全ての乗客は船内にいた。ところが、見るからに暑苦しい見かけの男が一人、海を眺めながら立っていた。

 その男は外国人だった。赤と青の縞の長袖の上着を身に着けていて、大きな帽子もかぶっていた。くるんとカールした画家ダリのような髭を生やしていて、僕と陽子を見ると丁寧に帽子を取って大袈裟に挨拶をした。

「これは、なんと美しいカップルに出会えた事でしょう、そう言っているわ」
陽子が耳打ちした。僕は、陽子がこの英語ではない言語を理解できるとは知らなかったので驚いて彼女を見つめた。陽子は「イタリア人ですって」と付け加えた。

 怪しいことこの上ない男は、それで僕にはイタリア語がわからず、陽子にだけ通じていることを知ったようだった。全く信用のならない張り付いた笑顔で、たどたどしい日本語を使って話しだした。
「コノコトバ ナラ ワカリマスカ」

 僕は、どきりとした。かつて僕が体験した不思議なことを思い出したのだ。人間とは考えられない異形の姿をしたある女性(異形であっても女性というのだと思う)を、僕は一時期匿ったことがあるのだが、その獣そっくりの耳を持った女性が初めて僕に話しかけてきた時、「コノコエデツウジテイル?」と言われたのだ。

 僕は、この人は日本語も話せるのか感心しながら「日本語がお上手ですね」と答えてみた。すると、男は曖昧な微笑を見せてすまなそうに英語で言った。
「やはり、日本語でずっと話すのは無理でしょうな。英語でいいでしょうか」

 僕は、英語ならそこそこわかる上、たどたどしい日本語よりは結局わかりやすいので、英語で話すことにした。

「日本にいらしたのは観光ですか?」
「ええ。私はイタリアで小さいサーカスを率いているのですが、こともあろうに団員の半分が同じ時期に休みを取りたいと言い出しましてね。それで、まとめて全員休みにしたのですよ。演目が限られた小さな興行で続けるよりは、全員の休みを消化させてしまった方がいいですからね。それで生まれて初めて日本に来たというわけです」

 サーカスの団長か。だからこんな派手な服装をしているのか。
「それにしても暑くないのですか? そんな長袖で」
「私はいつ誰から見られてもすぐにわかるように、常に同じでありたいと思っているのですよ。だからトレードマークであるこの外見を決して変えないというわけなのです」
変わった人だ。僕は思った。

「外見を変えない……。変えたら、同じではなくなるなんてナンセンスだわ」
陽子が不愉快そうに言った。すると、サーカスの団長といった男は、くるりとしたひげを引っ張りながらにやりと笑い、陽子の周りをぐるりと歩いた。

「そう、もちろん服装を変えても、中身は同じでしょう。ごく一般的な場合はね」
「なんですって?」

 男は、陽子には答えずに、僕の方に向き直ると怪しい笑顔を見せた。
「だまされてはいけません。美しい女性というものは、化けるのですよ、あなた」

「それは、どういう意味ですの」
陽子が鋭く言った。

「文字通りの意味ですよ。欲しいものを手に入れるために、全く違う姿になり、それまでしたことのない経験を進んでしたがる。時には宝石のような涙を浮かべてみせる。我々男にはとうていマネの出来ない技ですな」

「聞き捨てならないわ。私のどこが……」
言い募る陽子の剣幕に驚きつつも、僕はあわてて止めに入った。
「この人は一般論を言っているだけだよ。僕は、少なくとも君がそんな女性じゃないことを知っている」

 そういうと、陽子は一瞬だけ黙った後に、力なく笑った。
「そう……ね。一般論に激昂するなんて、馬鹿馬鹿しいことだわ。ねぇ、キャビンに入って、アイスクリームでも食べましょう」

 その場を離れて涼しい船内へと入ろうとする二人に、飄々とした声で怪しい男は言った。
「では、私もご一緒しましょう」

 陽子は眉をひそめて不快の意を示したが、そんなことで怯むような男ではなかった。それに、実のところ空いているテーブルはたった一つで、どうしてもこの男と相席になってしまうのだった。僕は黙って肩をすくめた。

 ユニフォームとして水兵服を着ているウェイトレスがにこやかにやってきて、メニューを示した。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか」

「何か冷たいものがいいな。陽子、君はアイスクリームがいいと言っていたよね。飲み物は何がいい?」
「ホットのモカ・ラテにするわ」

 僕は吹き出した汗をハンカチで拭いながら、驚いて陽子を見た。ふと同席の二人を見ると、どちらも全く汗をかいた様子がない。いったいどういう事なんだろう。

「私は、このビールにしようかな。こちらの特別メニューにあるのはなんですかな」
サーカス団長の英語にウェイトレスはあわてて、僕の方を見た。それで僕はウェイトレスの代わりに説明をしてやることにした。

「ああ、期間限定で地ビールフェアを開催しているんですよ。このH県で生産しているビールですよ。城崎ビール、メリケンビール、あわぢびーる、六甲ビール、有馬麦酒、山田錦ビール、幕末のビール復刻版、幸民麦酒か。ううむ、これは迷うな。どれも職人たちが手作りしている美味いビールですよ」

「あなたがいいと思うのを選んでください」
そういわれて、僕は悩んだが、一番好きな「あわぢびーる」を選んで 二本注文した。酵母の生きたフレッシュな味は、大量生産のビールにはない美味しさなのだ。

「なるほど、これは美味いですな」
成り行き上、乾杯して二人で飲んでいる僕に陽子が若干冷たい視線を浴びているような氣がして僕は慌てた。
「陽子、君も飲んでみるか?」

「いいえ、私は赤ワインをいただくわ」
陽子は硬い笑顔を僕に向けた。結局、クルーズの運行中、謎の男はずっと僕たちと一緒にいて、陽子の態度はますます冷えていくようだった。

 下船の際に、さっさと降りて行こうとする陽子を追う僕に、サーカスの団長はそっと耳元で囁いた。
「言ったでしょう。女性というのは厄介な存在なのですよ」

 誰のせいだ、そう思う僕に構わずに彼は続けた。
「彼女のことは、放っておいて、どうですか、私と今晩つき合いませんか?」

 僕は、心底ぎょっとして、英語がよくわからなかったフリをしてから彼に別れを告げ、急いで陽子を追った。

 彼女は僕の青ざめた顔を見て「どうしたの」と訊いた。
「どうしたもこうしたも、あの男、どうやら男色趣味があるみたいで誘ってきた。女性を貶めるようなことばかり言っていたのは、それでなんだな」

 それを聞くと、陽子は心底驚いた顔をした。
「まあ……そういうことだったのね、わたしはてっきり……」
「てっきり?」

 彼女は、その僕の質問には答えずに、先ほどよりもずっとやわらかくニッコリと笑った。
「なんでもないわ。ところでせっかくだから、そこにあるホテルのラウンジに行かない? もっと強いお酒をごちそうしてよ」

「いいけれど、僕は車だよ」
「船内でもうビールを飲んでしまったでしょう。あきらめなさい」

 僕は予定していなかった支出のことを考えた。海を眺める高層ホテルの宿泊代ってどれだけするんだろう。それでも、誰よりも大切な陽子が喜ぶことなら……。

 Kの港は波もない穏やかな海のマリンブルーの輝きに満ちていた。

(初出:2016年8月 書き下ろし)


この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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【参考】
神戸シーバス クルージングカフェ ファンタジー号

そして、実は、次も「夜のサーカス 外伝」なんです。イタリアに残った連中がなにをしていたかは、来週までのお楽しみ。
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Category : 小説・夜のサーカス 外伝
Tag : 小説 読み切り小説 コラボ リクエスト キリ番リクエスト 77777Hit

Posted by 八少女 夕

蝶子のイラスト、いただきました

先日、こちらでご紹介した「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部のプロモーション動画を作る時に、ユズキさんが素敵なイラストの数々を描きおろしてくださったのですが、実はその原案段階に別のイラストがあったのですって。

ご自身のブログの記事でその素敵なイラストも発表なさっていたので、お願いして無理やりいただいて参りました!


蝶子 by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。

完成品(下にまたしても動画を貼付けました)も素敵でしたが、試作とおっしゃりつつ、こちらも実にいいですよね。彼女らしい表情がいいなあと、何度もニヤニヤと眺めてしまいます。それにドレスの色が、蝶子のテーマカラー。よく読み込んでくださっているなあと、いつも感心しています。

ユズキさん、本当にありがとうございます!






【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を現在連載しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ


「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む「大道芸人たち 第一部」をはじめから読む
あらすじと登場人物

「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む
あらすじと登場人物
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Tag : いただきもの

Posted by 八少女 夕

玉ねぎ出来た


冬の終わりに、芽がでてしまった玉ねぎを窓辺のプランターに植えました。
せっかくなので、長ネギ代わりにしようかなと。
実際、長ネギとの違いはほとんどなくて(追記・これは語弊があります。すみません。わけぎみたいな感じです)、何度も中華料理に入ってくれました。
で、ついに花が咲いたので、どうなっているのか、掘ってみたら、ちゃんと玉ねぎができていました。
なるほど! 玉ねぎってこうなっているのか。今回はすぐに食べてしまいましたが、また芽がでたら、また育ててみようと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】旅の無事を祈って

さてリクエスト掌編、当ブログの77777Hit記念立て続けに発表させていただいていますが、77777Hit記念掌編としては4つ目。リクエストはlimeさんにいただきました。

ご希望の選択はこちらでした。

*中世ヨーロッパ
*薬用植物
*一般的な酒類/もしくは嗜好飲料
*乗用家畜(馬・ロバ・象など)
*雨や雪など風流な悪天候
*「森の詩 Cantum Silvae」関係


中世ヨーロッパをモデルにした架空世界のストーリー『森の詩 Cantum Silvae』は、魔法やかっこいい剣士など一般受けする要素が皆無であるにも関わらず、このブログを訪れる方に驚くほど親しんでいただいているシリーズです。他のどの作品にもまして、地味で活躍しない主人公よりもクセのある脇役たちが好かれるので、勝手にその個性の強い脇役たちが動き出して続編がカオスになりつつあります。

今回、limeさんに「森の詩 Cantum Silvae」関連でとのリクエストをいただきましたので、独立したストーリーでありつつ、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」で拾えなかった部分と、続編「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」に繋げる小さいスピンオフを書いてみました。

ここに出てくる兄妹(馬丁マウロと侍女アニー)以外のキャラクターは全て初登場ですので、「知らないぞ」と悩まれる必要はありません。また、マウロとアニーの事情も全部この掌編の中で説明していますので、本編をご存知ない方でも問題なく読めるはずです。

出てくる修道院はトリネア侯国にあるという設定ですので、センヴリ王国(モデルはイタリア)をイメージした舞台設定になっていますが、この修道院長はドイツに実在したヒルデガルド・フォン・ビンゲンという有名な女性をモデルに組立てています。

そして《ケールム・アルバ》という名前で出てくる大きな山脈のモデルはもちろん「アルプス」です(笑)


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む
あらすじと登場人物

森の詩 Cantum Silvae 外伝



森の詩 Cantum Silvae 外伝
旅の無事を祈って


 時おり子供のような天真爛漫さを見せるその娘を、エマニュエル・ギースはいつも氣にしていた。彼は、ヴァレーズの下級貴族の三男で受け継ぐべき領地や財産を持っていなかったが、生来の機敏さと要領の良さでルーヴランの王城に勤めるようになってからめきめきと頭角を現し、バギュ・グリ候にもっとも信頼される紋章伝令長官アンブローズ子爵の副官の地位を得ていた。

 同郷のその娘は、とある最高級女官の侍女だった。森林管理官の姪で両親を早くに失ったので兄と二人叔母を頼り、その縁で王城に勤めていた。健康で快活なその娘のことを好ましく思い、彼はいつもからかっていた。

「なんだ。そんなにたくさんの菓子を抱えて。食べ過ぎると服がちぎれるぞ」
「これは私が食べるのではありません。里帰りのお土産です」

「おや、そうか。楽しみすぎて戻ってくるのを忘れるなよ」
「まあ、なんて失礼な。私は子供じゃないんですから! ギース様だって侯爵様の名代としてペイ・ノードへいらっしゃるんでしょう。あなた様こそ遊びすぎて戻ってくるのを忘れないようになさいませ」

 彼女のぷくっと膨らんだ頬は柔らかそうだった。触れてみたい衝動を抑えながら、彼はもう少し近くに寄って、こぼれ落ちそうになっている菓子を彼女が抱えている籠の中に戻してやった。

「一刻、家に戻るそなたと違って、私は雪と氷に閉ざされた危険な土地ヘ行くのだぞ。長い旅の無事を祈るくらいの心映えはないのか?」

 娘は不思議そうに彼を見上げて言った。
「ギース様ったら、あなた様の槍はあちこちの高貴な奥方さまから贈られたスダリウム(注・ハンカチのような布)でぎっしりじゃないんですか?」

「まさか。私はそんなに浮ついてはいないよ」
「まあ。槍が空っぽなんて、かわいそうに」

 彼女は楽しそうに言うと、籠を彼に持たせると懐から白いスダリウムを取り出して彼の胸元に無造作に突っ込んだ。
「これでもないよりはマシでしょう? あなた様の旅の安全を!」

 屈託のない笑顔を見せてくれたその娘が、捨て石にされてその主人であった女官とともに異国に送り込まれたのを聞いたのは、彼がペイ・ノードから戻ってきた後だった。

* * *


 マウロは北側にそびえる白い山脈を見上げた。白く雪を抱いたそれは、グランドロンやルーヴランといった王国と、センヴリやカンタリア王国のような南の地域を分ける大きな山脈だ。あまりに高く、壮大で、神々しいために、人びとは「天国への白い階段(Scala alba ad caelum)」転じて《ケールム・アルバ》と呼んでいた。

 彼は国王の使者であるアンブローズ子爵に連れられて、センヴリ王国に属するトリネア侯国の聖キアーラ女子修道院に来ていた。そこではルーヴラン王族出身の福者マリアンナの列聖審査が進んでいる。ルーヴラン国王はそれを有利に進めたかった。それで教皇庁から審査に派遣されているマツァリーノ枢機卿へ芦毛の名馬ニクサルバを贈ることにしたのだ。馬丁であるマウロはその旅に同行することを命じられた。

 ただの馬丁でありながら、マウロは自分が非常に危うい立場にあることを自覚していて、できれば一刻も早くこの勤めから解放されたかった。

 ルーヴラン王国は、永らくグランドロン王国から領地を奪回するチャンスを狙っていた。だが国力に差があり普通に戦を交えても勝てないことは火をみるより明らかだった。それでルーヴラン世襲王女との婚姻を隠れ蓑にグランドロン王国に奇襲をかけようとした。そのために偽の王女が送られたが、その奸計はグランドロンに見破られた。
 
 マウロは親友ジャックと共に、偽王女にされた《学友》ラウラと恋仲であった教師マックスの逃亡を手伝った。死んだ振りをしていたマックスを地下に運んだジャックは身の危険を感じて早くに姿をくらましたが、マウロは侍女である妹アニーの身を案じて城に留まった。

 ラウラ付きの侍女としてグランドロン王国に行ったアニーは一度は戻ってきたものの、バギュ・グリ侯爵に伴われて再びグランドロンへ行った。そして、それきり戻ってくることはなかった。

「勝手にいなくなった。おそらく死んだのだろう」
侯爵はそれ以上の説明をしてくれなかった。

 心酔していたラウラの仇を討とうとしたアニーがグランドロン王の暗殺に成功すればいいと思って自由にさせたに違いないのに、それが失敗すればすぐ自分たちは関係ないと切り捨てる。身勝手で小心者の侯爵をマウロは憎いとすら思った。彼はすぐにも妹を捜しに行きたかったので退職したいと申し出たが、それも許されなかった。

* * *


 ルーヴランやグランドロンのある北側の土地とセンヴリやカンタリアのある南側の土地の間に横たわる長く連なる山脈《ケールム・アルバ》にはすでに深く雪が降り、アセスタ峠を越えることが出来ないので、一行はバギュ・グリ領を通って海からトリネアに入った。

 アンブローズ子爵は船室の奥でギースと話をしていた。
「バギュ・グリ侯は、あの馬丁を殺してくるようにと仰せだ」
「なぜですか」

「侯爵は、グランドロンとの関係を損なわぬために、ラウラ姫をはじめからフルーヴルーウー伯に嫁がせたということにしたいのだ。だからあの偽王女が実はラウラ姫だったことを知っているだけでなく、侯爵がフルーヴルーウー伯やグランドロン王を殺そうとした件も知っているあの兄妹を抹殺したいのだよ。王を狙った妹の方はグランドロンで秘かに始末されたらしいが」

 ギースが下唇を秘かに噛んだが、アンブローズは氣づかなかった。
「とにかく、我々が戻るまでに殺らなくてはならない。だが、他の者たちには、我々が手を下したとわからぬようにせねば。この船の上から突き落としてしまえば簡単じゃないかね」

 ギースは首を振った。
「それはなりません。あの馬の世話はただの召使いにはできません。馬を引き渡すまではお待ちください」

 一行の中で軍馬ニクサルバの世話が出来るのはマウロだけだった。エサや水をやるだけではなく、マッサージをし、蹄鉄や足の状態などのチェックをするには熟練した馬丁である必要があった。アンブローズもそれは認めた。

「だが、あの者は我々を警戒しているだろう。馬がいなくなったら早々に逃げだすんじゃないのか」

 ギースはしばらく考えていたが、やがて言った。
「私におまかせくださいませ。修道院長のマーテル・アニェーゼは、以前からの個人的な知り合いなのです。独自修道会を目指すあの方はルーヴラン王国の支援が喉から手が出るほど欲しいはず。私から上手く事を運ぶように手紙を書きましょう」

 トリネア港につく少し前に、ギースは巨大な軍馬の世話をしているマウロの所へ行った。
「まもなく大役も終わりだな」
「ギース様」

「マウロ。アニーのことは、本当に氣の毒だった」
その言葉を聞くと、馬丁は青ざめて下を向いた。

「グランドロン王の暗殺を企てたのなら、許されるはずはありません。そうわかっていても、ラウラ様のご無念を思うと、何事もなかったように暮らすことは出来なかったのでしょう。止めることも、代わってやることもできなくて、本当にかわいそうなことをしました」

 ギースは、マックスとラウラが生きて、しかもフルーヴルーウー伯爵夫妻の地位におさまっていることを口にはしなかった。今ここでそんな事を言ったら、無為に妹を失い、自らも命の危険に晒されているこの馬丁が怒りと絶望でどんな無茶を始めるかわからない。彼は黙って自分のすべきことを進めることにした。

「マウロ。お前は危険が迫っていることを知っているな」
「ギース様……」

「お前にチャンスをやろう。いいか。あの修道院で馬を渡す時に、具合が悪いと修道女に申し出よ。我々の誰もがいない所に案内されたら、この手紙を院長にお渡しするのだ。お前を助けて逃すように書いておいた」
「ギース様、なぜ? そんなことをしたらあなた様のお立場が……」

 彼は、黙って懐から白い布を取り出した。そのスダリウムをマウロはよく知っていた。刺繍の不得意なアニーが彼にもくれたスダリウムにも、言われなければそうとは到底わからぬ葡萄とパセリの文様がついていた。妹がエマニュエル・ギースを慕っていたような氣配はまったくなかったので彼はとても驚いたが、少なくとも彼がそのスダリウムを肌身離さず持っている意味は明確だった。マウロは心から感謝して、その手紙を受け取った。

* * *


 アンブローズ子爵の一行は、華麗な馬具を身につけたニクサルバを連れて修道院へ入った。大人の身丈の倍近くもあるその軍馬は、さまざまな戦いで名を馳せ、諸侯の垂涎の的だった。その堂々とした佇まいは、馬には目のない枢機卿をはじめとした人びとの賞賛を浴びた。

 長い退屈な引き渡しの儀式の後、修道院の食堂で枢機卿と子爵の一行、そして修道院長マーテル・アニェーゼが午餐を始めた。マウロは、ギースに言われた通りに具合が悪いと若い尼僧に申し出た。

 粗相をされると困ると思ったのか、尼僧はすぐにマウロを案内し、中庭に面した静かな部屋に案内した。
「横になられますか。ただいまお水をお持ちします」

 マウロはあわてて声を顰めて言った。
「あの、具合の方は問題ないのです。実は、伝令副官のギース様から、他の同行者に知られぬように院長にお渡しすべき手紙を預かっているのです」

 それを聞くと尼僧は驚いたが「わかりました」と言って出て行った。

 大きな扉が閉められ、嘘のように静かになった。中庭にある泉ではチョロチョロと水音が響いていた。冷え冷えとしていた。マウロはこれからどうなるのだろうと不安になった。逃げだしたことがわかれば子爵はすぐに追っ手をよこすだろう。そうすれば殺すことももっと簡単になる。貴族でもなければ、裕福な後ろ盾もない者の命は、軍馬のたてがみほどの価値もない。

 そうでなくても、土地勘も友人もないトリネアでどこに逃げればいいというのだろう。追っ手を恐れながらどんな仕事をして生きていけばいいというのだろう。道から外れた多くの貧しい者たちのように、じきに消え失せてしまうのだろうか。

 妹と同じように、この世からいなくなってもすぐに忘れられるのだろう。彼はアニーにもらったスダリウムを取り出して眺めてから目の所へ持っていった。

「何をメソメソしているんだ」
張りのある声がして、振り返ると戸口の所に華奢な少年が立っていた。ここにいるからには修道院つきの召使いなのだろうが、ずいぶん態度が大きい。

男装のエレオノーラ
このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断転用は固くお断りします。

「なんでもない。君は誰だ。院長はいらしてくださらないのか」
「私はジューリオだ。院長は頃合いを見て抜け出してくるだろう。あの枢機卿は酒が入るとしつこいんだ。上手くあしらわないと列聖審査にも関わるし、大変なんだぞ」

「そうか。君は、ここで働いているのか。使用人にしては、ルーヴラン語、うまいな」
「トリネアの言葉はセンヴリの言葉よりもルーヴランの言葉に近いんだ。これは普段話している言葉さ。それに、私はここで働いているわけではない」

「じゃあ、なぜここにいるんだ? ここは女子修道院だろう?」
「マーテルお許しがあってここには自由に出入りできるのさ。それよりもお前こそ何しにきたんだ」

「マーテル・アニェーゼに手紙を渡すためだ」
「どの手紙だ、見せてみろ」
「そんなのダメだよ。それに君は読み書きが出来るのか」

 ジューリオと名乗った少年は口を尖らせた。
「失礼な。詩を作ったりするのは得意じゃないが、手紙を読むくらいなんでもないぞ。どのみちマーテルに言えば、私に見せてくれるに決まっているんだぞ。いいから見せてみろ」

 そう言われたので、マウロは懐から手紙を出して彼に渡した。マーテルがどんな反応をするのかわからなかったし、もしかしたらこの少年が逃げる時になんらかの手助けをしてくれるかもしれないと思ったのだ。ジューリオは笑って受け取ると丁寧に手紙を開いた。だが、手紙を読んでいるうちに眉をひそめて真剣な顔になった。マウロは不安な面持ちでそれを見つめた。

「なんて書いてあるんだ? 僕のことを書いてあると思うんだけれど」
ジューリオは、ちらっと彼を見ると頷いた。
「命を狙われているから逃がしてやりたいと書いてある」

 マウロはホッとした。少なくともギースは彼を騙したのではなかったのだ。

 その時、衣擦れの音がして二人の尼僧が入ってきた。一人は先ほどの若い尼僧で、もう一人が枢機卿の隣にいた修道院長だった。彼女はジューリオを見ると驚き、深くお辞儀をした。
「まあ、いらしていたのですか! ごきげんよう、エレオノーラさま。この方のお知り合いなのですか」
「いや。珍しい馬がいると聞いたのでやってきて、たまたまここで知り合ったのさ」

 マウロはぎょっとしてジューリオを見た。
「君は女性だったのか? それに……」

「この方はあなた様がどなたかご存じないのですか、エレオノーラさま」
「私は誰かれ構わず正体を明かすほど無防備ではないのだ」
「しかし、姫さま」

「そのことはどうでもいい。それよりもこの者が持ってきたこの手紙を見てくれ。この手紙を書いたギースという者はマーテル、あなたの友達か?」
「はい。古い知り合いでございます。以前ヴァレーズで流行病にかかった修道女たちを助け、薪の配達を停止した森林管理官に掛け合ってくださったことがございます。立派なお方です」
「そうか。この馬丁はルーヴで少々知りすぎたようで命を狙われている」

 そういうとジューリオことエレオノーラは手紙を院長に渡した。院長は厳しい顔で読んでいたが困ったようにマウロとエレオノーラの顔を見た。
「この方を亡き者にしたように振る舞いながら、フルーヴルーウー伯爵領へと逃してほしいと。神に仕えるこの私に演技とは言えそんなことを」

 エレオノーラは笑った。
「おもしろいではないか。あなたなら上手く切りぬけると期待されているのだ。マウロ、そもそも何を知ってしまったのか話してみろ。我々は口が堅いし、事情によっては、この私ひとりでもお前を助けるぞ」

 マウロは、ルーヴランで起こったことを院長とエレオノーラに話した。罪のない恋人たちと妹に起こった悲しい話に、修道女たちは同情の声を漏らした。妹が下手な刺繍をほどこしたスダリウムを見せながら、ギースが自らの危険を省みずに自分を救ってくれようとしていることも語った。院長はそのスダリウムを手にとった。

「これは珍しい意匠ですが、私どもとも縁の深いデザインです。あの薬酒を持っておいで」
院長は、若い尼僧に言った。やがて尼僧は小振りな壺と盃を三つ盆に載せて戻ってきた。院長は香りのするワインを注ぐとマウロとエレオノーラに渡した。

「これは特別なお酒なのですか?」
マウロが訊くと院長は微笑んだ。
「この修道院の庭で採れた葡萄で作った白ワインにお酢と蜂蜜、そしてパセリが入っています」

「なんだ。珍しくも何ともないではないか」
エレオノーラが不思議そうに覗き込む。院長は笑った。

「珍しいものではございません。けれども、そこにこの修道会の意味と神のご意志があると思っています。滅多に手に入らぬ珍しい植物で作った薬はとても高価で、王侯貴族や裕福な者しか使うことが出来ません。けれど貧しい者たちも健康な体を作ることで病に負けずに生き抜くことが出来るのです。どこでも手に入るものだけで出来たこの飲み物は強壮にいいのですよ。高価な薬を一度だけ使うよりも、日々体を丈夫にすることの方が効果があります。さあ、乾杯しましょう。あなたの妹さんが心を込めて刺繍をしたのと同じように、あなたの長生きを願って」
そう言って乾杯した。マウロはアニーを思って目頭が熱くなった。それから、この院長のもとに彼を逃してくれたギースに感謝して。

「マウロさん。時に私たちは試練の大きさに心砕かれ、父なる神に見捨てられたと感じるかもしれません。けれど、自暴自棄にならず、起こったことの意味を考えてください。あなたたちを利用し見捨てた方々をお恨みに思うお心はよくわかります。けれども、どうか憎しみの連鎖でお命を無駄になさらないでください。妹さんは、お仕えしていた方のために命を投げ出されましたが、同時にあなたとギースさまの幸運と安全を願われました。憎しみが妹さんのその想いよりも尊いはずはございません。ギースさまがあなた様のことをこの私に頼まれたのは、そうお伝えになりたかったからだと思います」

「しかし、なぜフルーヴルーウー伯爵領なのだろう? 腕のいい馬丁ならば、私の所に来てもいいのだが」
エレオノーラが言うと、院長はじろりと彼女を見てから言った。

男姫ヴィラーゴ ジュリアに憧れてらっしゃるあなた様が馬丁を連れて帰るなんて悪い冗談です。お父様がどんなに心配なさることか」
「ははは、そうだった。出奔したジュリア姫の夫になったのは馬丁だったな」

「マウロさん。ギースさまがフルーヴルーウー伯領ヘ行けとお書きになった理由は、私にはわかりませんが、何かご深慮がおありになるのでしょう。つい先日見つかったばかりの伯爵は、岩塩鉱で働く人びとの安全を慮って三人一組で働くようにと決まりを変えられたそうです。おそらく神の意に適うお心を持った方なのでしょう。私が腕のいい馬丁が働き口を求めているという推薦状を書きますので、それを持ってフルーヴルーウー伯爵の元をお訪ねになってみてはいかがですか」

 マウロは院長の言葉に深く頭を下げた。
「はい。ありがとうございます。フルーヴルーウー伯爵領にいれば、ルーヴランでの知り合いに会うことはないでしょうから、ギースさまにもご迷惑はかからないと思います。院長さまのご助力に心から感謝します」

「珍しくもない白ワインやパセリが、私たちの役に立つように、一介の馬丁であってもその天命を全うすることは出来ます。それに、エレオノーラさま。女の役目を全うしつつも活躍をすることは出来るのですよ。私たちはそれぞれに与えられた役割を受け入れることによって、真の力を発揮することが出来るのです」

 この手の説教には飽き飽きしているらしいエレオノーラは、手をヒラヒラさせると言った。
「わかった、わかった。では、私はじゃじゃ馬としての天命を全うすることにしよう。ここで出会ったのも神の思し召しだろう。この者がこの国を無事に出て、フルーヴルーウーへ辿りつけるように、私が手配しよう」

 それを聞いて院長はニッコリと笑った。

 彼女は枢機卿やアンブローズ子爵の元に戻ると、倒れた馬丁は性質の悪い流行病なのでしばらく修道院で預かると告げた。 

 マウロは、姫君エレオノーラの遊興行列に紛れてトリネアの街を出て、雪のちらつく峠を越えてフルーヴルーウー領へと向かった。

 数日後にルーヴランに帰る前に馬丁の様子を知りたいとやってきたアンブローズ子爵に対して、院長は「もうここにはいません」と答えた。ぎょっとしてどこにいると訊く子爵に、彼女は黙って上の方を指差し十字を切った。

 修道院長が十字を切るということは、決して嘘ではないことを知る子爵は、心の中で笑いながらも悲しそうな顔を作り、礼を言って暇乞いをすると一行に帰国を命じた。

 雪はゆっくりと里へと降りてくる。冬の間、トリネアやフルーヴルーウーと、バギュ・グリ領やルーヴランの間には、冬将軍が厳しい境界を作る。一刻でも早く帰らねばならなかった。

 子爵の横にいたギースには院長が指差した先は本物の天国ではなく雪を抱く《ケールム・アルバ》、かの伯爵領との国境であるフルーヴルーウー峠を指していることがわかっていた。

 マウロは、フルーヴルーウー伯爵となったマックス、妹が命よりも大切にしていた伯爵夫人ラウラと再会するだろう。兄がその二人の元で大切に扱われることこそ、アニーが心から望むことに違いない。

 彼は白いスダリウムの入っている左の胸に右手を当てた。

(初出:2016年8月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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全くの蛇足で、本編をお読みになった方はご存知のことですが、マウロの妹アニーも命を救われて、ラウラの侍女としてフルーヴルーウー伯爵に仕えています。つまり、マウロは遠からず死んだと思っていた妹とも再会することになります。この話の続きは、現在執筆中の「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」にご期待ください。(全然書いていないけれど)
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Posted by 八少女 夕

【キャラクター紹介】エレオノーラ・デ・トリネア

久しぶりのキャラクター紹介の記事です。発表済みの作品や、まだ発表していない作品のキャラクターをちょこちょこっと紹介して、作品に親しみを持ってもらおうかな、という姑息な企画の第4回目。

今回はまだ作品に登場したことのない女性です。でも、近いうちに(って今週ですが)スピンオフの中でフライング的に登場するので、特別に描いていただいたイラストのお披露目を兼ねての紹介します。


【基本情報】
 作品群: 「森の詩 Cantum Silvae」シリーズ
 名前: エレオノーラ・デ・トリネア (Eleonora de Trinea)
 居住地: トリネア侯国の港町トリネア
 年齢: 「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」(未発表)では19歳。
 身分: トリネア侯国第一候女

* * *


エレオノーラは、センヴリ王国(モデルはイタリア)に属するトリネア侯国の第一候女です。本来ならば深窓のお姫様でしかるべきなのですが、事情があってとても残念なことになってしまっているじゃじゃ馬姫です。

彼女は、伝説の《男姫》ヴィラーゴ ジュリアにひどく憧れていて、男装で出歩くときのはその男性形であるジューリオと名乗るほどです。馬に乗ったり、剣術などは「そこら辺の男どもには負けない」と自負しているのですが、ダンスをしたり詩を暗唱したりするのは苦手です。

男装のエレオノーラ
このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断転用は固くお断りします。

彼女は一年前に兄をなくしています。侯国を担うにふさわしい跡継ぎと誰からも敬愛されていた兄が突如死去したことで、ただのじゃじゃ馬姫は、トリネア侯国の世継ぎとなってしまいました。

彼女は数年前にグランドロン国王レオポルド二世との縁談がありましたが、話が出たばかりの時に、あっさりと断られています。本来ならばトリネア候が激怒してもおかしくない扱いでしたが、エレオノーラはとても候女として人前に出せる振舞いができないので、候はほっとして話を大きくしませんでした。

上の麗しいイラストは、わたしのリアルの友人でもあるうたかたまほろさんが描きおろしてくれた男装姿のエレオノーラです。ああ、なんて素敵なのかしら。嬉しい~。

そして、この下のプロモーション動画で使われているたくさんのイラストも、まほろさんによります。本編の方は、え~と、もう少しお待ちくださいね。(全然書けていません)



【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
あらすじと登場人物
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Posted by 八少女 夕

ウィーン自然史博物館

まだまだ続くウィーン週末旅行の話。あ、でも、少しマニアックですので。(それはいつものことか)

ウィーン自然史博物館

私がウィーンを訪れるのはこれで四回目でしたが、それでも当然ながら行けていない所というのがあるのですよ。これが最後ではないと思うので、無理をせずに優先順位の高い所から一つひとつ見て回っています。

今回ようやく行けたのは、「ウィーン自然史博物館」です。目の前に「ウィーン美術史美術館」があって、ここにラファエロがあるので行く度に足を運んでいるのですが、そちらに時間がかかるため足が棒になって、いつもこちらは「また今度」になっていたのですね。

とくに前回は歳をとった母と一緒だったので、無理はさせられずここは諦めましたが、今回はもともと自然の好きな友人と一緒だったので、はじめから「ここには行きたい」と約束してありました。で、恐竜などがすごいだろうなとは思っていたのですが、期待を超えた凄さでした。ずーっと心が躍りっぱなしでした。

ここの素晴らしさは、かつての宮殿を利用した豪華な建物の中に3000万点を超える膨大な自然科学の収蔵品が収められていることです。皇帝のコレクションというのはこういうものかというスケールの品々に、さらに後々加えられた収蔵品の充実っぷりに、さすが世界有数の博物館と言われるだけのことはあると感服しました。

(実は、もっとも有名な「ヴィレンドルフのヴィーナス」を見逃してきちゃったのですが、これは次回のお楽しみということにします)

私は鉱物の類いが好きだったので、まずは鉱物のコーナーから見てきました。あるあるあるある。なんなんだこの豊富なコレクションは。世界のありとあらゆる石、半貴石、貴石がびっしりと並んでいます。宝石の展示ではないのでカットされたようなものは少ないですが、巨大なアメジストや石英の結晶、金塊などこりゃすごいお宝だろうと思うものも無造作に展示されていました。

バージェス頁岩

恐竜コーナーの手前で見つけてしまったのが、古生代約5億年前の生物の化石バージェス頁岩です。「なんでこんなものまであるの!」と狂喜乱舞。本物をスミソニアンに行かずに見られたなんて信じられませんよ。あ、バージェス頁岩について詳しく知りたい方は、NETでググるか、スティーヴン・J・グールド「ワンダフルライフ」を読んでくださいね。これ以上ここで語ると長くなってしまうので。

そして、もちろんそこからアンモナイトなどの化石もあって堪能しました。昆虫のコレクションも、巨大な恐竜コーナーもすごかったのですが、現生生物コーナーの、ステラーカイギュウの剥製にも度肝を抜かれました。ゾウより大きい! ステラーカイギュウは、残念なことに発見されてから30年も経たないうちに乱獲で絶滅してしまいました。来訪者を残らず驚愕させるこの剥製はもういない生き物の悲しい記録なのです。

この他にも絶滅したドードーなどの鳥類もありましたが、カカポの剥製もけっこうあって「お願い絶滅しないで!」と念を送って来ました。

ウィーン自然史博物館

そして、鳥類コーナーで私が必死に探しまわった剥製がありました。これだけあるなら、どこかに絶対あると思ったんですね。そう、私のアフリカ好きに拍車をかけたきっかけのひとつ、「マシアノケ」こと「ハマーコップ(シュモクドリ)」です。足を棒にして何度も探しましたが、「あれ、あんなところにいま流行のハシビロコウがいるぞ」と歩いていったその真上にいました。

このシュモクドリ、アフリカのバードパークで、生きているのも見たことがあるのです。でも、いつかは野生の姿を見てみたいなあと思っていたりします。

そんなこんなで、あれもこれも大興奮の感動の博物館でした。次回もきっと行くと思います。
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Posted by 八少女 夕

【小説】横浜旅情(みなとみらいデート指南)

さて、かなり間が空きましたが、リクエスト掌編、当ブログの77777Hit記念今週から、3つほど続けて発表させていただきます。そのひとつ目で、77777Hit記念掌編としては3つ目。リクエストはけいさんにいただきました。

ご希望の選択はこちらでした。

*現代日本
*針葉樹/広葉樹
*地元の代表的な酒/もしくは嗜好飲料
*橋
*晴天
*カンポ・ルドゥンツ村在住キャラ
*コラボ「秘密の花園」から花園徹(敬称略)


『秘密の花園』は、つい最近読ませていただいたけいさんの小説。花園徹はけいさんの小説群にあちこちで登場する好青年(ある小説ではすでに素敵な大人の男性になっています)で、本人には秘密めいた所はないのになぜか「秘密の花園」と言われてしまうお方。作品全てに共通するハートフルで暖かいストーリーからは、けいさんのお人柄と人生観がにじみ出ているのです。

うちでは「カンポ・ルドゥンツ村在住キャラ」「現代日本」ということですから、日本に縁のあるリナが一番適役なのは間違いないですが、あのお嬢はまったくハートフルではないので、毒を以て毒を制するつもりでもう一人強烈なキャラを連れて来日させました。

けいさん、私がもたもたしていたら、旅にでられてしまいました。これは読めないかな。ごめんなさいね。オーストラリアに戻られたらまた連絡しますね。


【参考】
「リナ姉ちゃんのいた頃」シリーズをはじめから読む



横浜旅情(みなとみらいデート指南)
Featuring『秘密の花園』


 晴れた。カラッカラに晴れた。桜木町駅の改札口で、花園徹は満足して頷いた。日本国神奈川県横浜代表として、スイスからやってきた少しぶっ飛んだ女の子とその連れに横浜の魅力を伝えるのに、申し分のないコンディション。

 徹は神奈川国立大学経営学部に在籍する21歳。オーストラリアにワーキングホリデーに行ったことがあり、英語でのコミュニケーションは問題ない。それに、そのスイス在住の女の子は、高校生の時に一年間日本に交換留学に来ていたことがあって、ただのガイジンよりは日本に慣れている。

 今日案内することになっているリナ・グレーディクとは、「友達の従妹の、そのまた知り合いの兄からの紹介」という要するに全く縁もゆかりもない仲だった。が、二つのバイトを掛け持ちしつつ学業に励む中での貴重な一日を潰されることにも怒らずに、徹は『インテリ系草食男子』の名に相応しい大人の対応で、誰も彼もいとも簡単に友達にしてしまう謎の女とその彼女が連れて来る男を待っているのだった。

 相手の男の名前は、トーマス・ブルーメンタール。厳つい筋肉ムキムキの男かな。リナが昨夜電話で徹につけた注文は「デートコース! ヨコハマデートにおすすめの所に案内してよね!」だったので、熱々の仲の男を連れてくるのかなと思った。でも、ってことは俺はお邪魔虫なんじゃ? 

「おまたせ!」
素っ頓狂な英語が聞こえて、徹は現実に引き戻された。見間違うことのないリナがそこに立っていた。栗色の髪の毛は頭のてっぺんの右側でポニーテールのように結ばれている。オレンジ色のガーベラの形をした巨大な髪留め。

 それが全く氣にならないのは、着ているものがオレンジと黒のワンピースなんだかキャミソールなんだかわからないマイクロミニ丈のドレスにオレンジのタイツ、そして、やけに高い黒のミュールを履いているド派手さのせいだった。徹は特にブランドに詳しいわけではないが、そのドレスがヴェルサーチのものであることはわかった。なんせ胸にでかでかとそう書いてあるのだから。

 だが、ド派手なのはリナだけではなかった。リナの連れは、ボトムスこそは黒いワイドパンツだけれど、カワセミのような派手なブルーに緑のヒョウ柄の、大阪のおばちゃんですら買うのに躊躇するようなすごい柄のシースルーブラウスを身につけていた。赤銅色に染めた髪の毛はしっかりとセットされている。その上リナにも負けない、いやもっと氣合いの入ったフルメイクをしていて、見事に手入れされた長い爪には沢山のラインストーンがついていた。

「はじめまして」
その「男」はにっこりと笑いかけた。

「トオル、紹介するわね。これがトミー。私がよく行く村のバー『dangerous liaison』の経営者よ。今回は、彼に日本のあちこちを紹介して回っているの」
「はじめまして、花園徹です」

「トミー、この人が『秘密の花園』ことトオルよ」
リナの紹介に彼は少しムッとした。
「ちょっと待て、俺には秘密なんかない。そのあだ名が嫌いだってこの前も言っただろう」

 リナは大きな口をニカッと開けてチェシャ猫のように笑って答えた。
「だからそう呼ぶのよ。ショーゴもそう言っていたわ」

 ちくしょう。田島、あいつのせいだ。なんでこんな変なチェシャ猫女に俺のあだ名を教えるんだ。徹は大きくため息を一つつくと、諦めて二人に行こうと身振りで示した。

「デートコースが知りたいって言っていたよね」
聞き違えたのかと心配になって徹が訊くとリナもトミーも頷いた。

「そうそう。デートの参考にしたいよね」
「そうね。侘び寂びもいいけれど、続いたから少し違ったものが見たいのよ。日本のカップルが行くような場所のことをスイスにいるアタシのパートナーのステッフィに見せてあげたいし」

 OK。では、間違いない。安心して歩き出す。

「わあ、きれい。これがベイブリッジ?」
リナが左右の海を面白そうに眺めながら訊いた。それは、長い橋のようになっている遊歩道だ。かつては鉄道が走っていた道を整備したものだが、眺めがいいのでちょっとした観光名所になっている。

「違うよ。横浜ベイブリッジは、ずっとあっち。この遊歩道は汽車道っていうんだ。いい眺めだろう?」
「そうね。海ってこんな香りがするのね」
トミーが見回した。スイスには海がないので青くどこまでも広がる海は、バカンスでしか見ることが出来ない。

 徹は、周りの日本人たちがチラチラとこちらを見ていることに氣がついていた。そりゃあ目立つだろうなあ。このド派手な外国人二人連れて歩いているんだから。

「横浜ベイブリッジに展望遊歩道があると聞いたの。留学してたときも横浜は中華街しか行ったことがなかったから、今度は行こうと思っていたんだけれど、今日は時間ない?」
リナは振り返って訊いた。

 徹は首を振った。
「残念ながら、あのスカイウォークは閉鎖されてしまったんだ。年々利用者が減って維持できなくなってしまったんだよね」

 横浜ベイブリッジの下層部、大黒埠頭側から約320mに渡って設置された横浜の市道「横浜市道スカイウォーク」は、1989年から20年以上市民に親しまれていたが、競合する展望施設が多かったことに加え、交通の便が悪いことや、隣接予定だった商業施設の建設計画がバブルの崩壊後に白紙に戻ったこともあり、年々利用者が減って2010年には閉鎖されてしまった。

「そのかわりに、これから特別な展望施設に連れて行ってあげるよ。そこからはベイブリッジも見える。いい眺めだぞ」
そう徹がいうと、リナはニカッと笑って同意を示した。

 徹は二人をよこはまコスモワールドの方へと誘導した。この遊園地は入園無料で、アトラクションごとに料金を払うことになっている。シンボルとなっている大観覧車にだけ乗るのもよし、キッズゾーンだけ利用するもよし、単純に散歩するだけでも構わない。

 もっとも、リナは、水の中に突っ込んで行っているように見えるジェットコースターに目が釘付けになっていた。
「あれに乗りたい!」
「はいはい」

 ダイビングコースター「バニッシュ!」は、祭日ともなると一時間も待たされるほどポピュラーなアトラクションだが、平日だったためか奇跡的にすぐに乗ることが出来た。徹はトミーとリナが並んで車両の一番前に陣取るのを確認してから、一番写真の撮りやすい場所に移動してカメラを構えた。

 すげえなあ、見ているだけで目が回りそうだ。ピンクのレールを走る黄色いコースターはくるくると上下に走り回る。人びとの悲鳴とともに、コースは水面へと向かうように走り落ちてくる。そして、水飛沫のように思える噴水が飛び交うと同時に池の中のトンネルへと消え去った。タイミングばっちり。二人が戻ってくるまでにデジカメの記録を確認すると、楽しそうに叫ぶリナと、引きつっているトミーがいい具合に撮れていた。

「きゃあ~! 面白かった〜。こういうの大好き!」
リナは戻ってきてもまだ大はしゃぎだ。

「アタシはこっちを試したいわ」
トミーが選んだのは、巨大万華鏡。星座ごとに違うスタンプカードをもらって迷路の中で正しい自分の星座を選んでスタンプを押して行くと最後にルーレットチャンスがあるらしいが、そもそも日本語が読めないトミーはそちらは無視して、中の幻想的な鏡と光の演出を楽しんだ。
「こういう方が、ロマンティックだわ」

 それぞれが満足したあとで、徹は二人とコスモクロック21に乗った。この大観覧車は100メートルの回転輪、定員480名と世界最大のスケールを誇っている。15分の間に、360度のパノラマ、横浜のあらゆるランドマークを見渡すことができる。
「ああ、本当だわ。あれがベイブリッジね!」

「あそこに見える赤茶色の建物は?」
トミーが訊いた。
「あれは赤レンガ倉庫だ。後で行こうと思っていた所だよ」
「そう。チューリヒにローテ・ファブリックっていう、カルチャーセンターがあって、あたし、そこで働いていたことがあるの。あの赤レンガの外壁を見てなんか懐かしくなってしまったわ」

「へえ。そうなんだ。あの建物も今は文化センターとして機能している所なんだ」

 横浜赤レンガ倉庫は、開港後間もなく二十世紀初頭に建てられた。海外から運び込まれた輸入手続きが済んでいない物資を一時的に保管するための保税倉庫で、日本最初の荷物用エレベーターや防火扉などを備えた日本が世界に誇る最新鋭の倉庫だった。関東大震災で半壊したあと、修復されて第二次世界大戦後にGHQによる接収を挟んで再び港湾倉庫として使用されていたが、海上輸送のコンテナ化が進んだことから1989年に倉庫としての役割を終えた。現在は「港の賑わいと文化を創造する空間」としてリニューアルされ沢山の来場者で賑わっている。

「ここにあるカフェ『chano-ma』はちょっと有名だぞ。ソファ席もあるけれど、靴を脱いでカップルでまったりと寛げる小上がり席やベッド席もあるんだ」

「なんですって? 靴を脱ぐと寛げるの? どうして」
トミーは首を傾げた。リナは肩をすくめる。
「日本人は靴を脱ぐと自宅にいるような感じがするんじゃないかしら?」

「へえ。トオルは、そのベッド席で可愛い女の子としょっちゅう寛いでいるわけ?」
「いや、俺は……そのいろいろと忙しくて、まだ……いや、俺のことなんてどうでもいいだろう!」

 その徹にリナはニカっと笑って言った。
「ふーん。いろいろと忙しいなんて言っていると、かわいいナミを他の人にとられちゃうよ?」
ちょっと待て。どこからそんな情報を。奈美さんは確かにとても素敵な人だけど!

 リナは、赤くなって口をぱくぱくさせている徹に容赦なくたたみかけた。
「この間、ショーゴに言われていた時にも、同じように赤くなっていたよ。あれからまだ連絡取っていないの? ゼンハイソゲなんでしょ」

「その話はいいから。ところで、夕方までここにいて、ライヴつきのレストランで食べたい? それとも、もっと歩いて横浜中華街に行きたい? デートコースっぽいのは、オシャレなライヴの……」
「中華街!」
確かデートコースを知りたいとか言っていたはずの二人は声を揃えて叫んだ。色氣よりも食欲らしい。まあ、その方がこの二人には似合うけどな。

 赤レンガ倉庫には何軒かの土産物屋があったので、出る前にそこをぶらついて行こうということになった。トミーは徹に訊いた。
「せっかくここまで来たんだから、うちのバーで出せる横浜らしいものを送ろうと思っているんだけれど何がいいと思う?」

「おすすめはこれだな」
徹は、黒いラベルのついた茶色の瓶を手にとった。
「横浜エール。開港当時のイギリスタイプの味を再現した麦芽100%のビールなんだ。国際ビールコンペティションで入賞したこともある」

「私はビール飲まないんだけれど」
リナが言うと徹はすぐ近くにあった透明な瓶を見せた。
「これもいいぞ。横浜ポートサイダーというんだ。爽やかな味が人氣だよ。この横浜カラーの水玉がかわいいだろ?」
「あ。これ、おしゃれ! 後から見ると水玉模様になってる。これ一本買って帰って、飲み終わったら花瓶にしようっと」

 そのセリフだと開けずにスイスまで持って行こうとしているように聴こえたが、見ているうちに待てなくなってしまったのか、リナはレジで払う時に栓を開けてもらい、山下公園への道を歩いている最中に飲んでしまった。
「荷物は軽い方がいいでしょ?」

 山下公園を歩いている時、白い花の咲く背の高い木を見上げてトミーが立ち止まった。スイスでは見かけない木だ。微かないい香りがしている。
「ああ、これは珊瑚樹だよ」
徹は、ついている木のネームプレートを確認してから二人に説明した。

「珊瑚樹?」
「赤いきれいな実がなるんでそう呼ばれているんだ。この厚くて水分の多い葉と枝が延焼防止に役立つというので、防火のために庭木や生け垣によく使われるんだ。銀杏などと一緒に横浜市の木に指定されているんだよ」
「へえ。そうなの」

「それにしても開放的でいい公園ね」
リナはそんな高いミュールでどうやってやるんだと訝るような軽やかさでスキップを踏んでいる。

 晴れ渡った青い空が遠い水平線で太平洋とひとつになる。氷川丸が横付けされたこの光景は、横浜らしい爽やかさに溢れている。太平洋の明るさが眩しい場所だ。この山下公園に、これまで何度来たことだろう。徹は思った。そして、この光景のある県が自分の故郷であることを誇らしく思った。

「さあ、中華街に行って美味しいものを食べましょう! 沢山食べたいものがあるの。道で売っている大きいお饅頭でしょ。ワゴンで運ばれてくる点心いろいろでしょ。それから回るテーブルのお店にも行かなきゃ。青椒肉絲に、酢豚に、海老チリソースに、レバニラ炒めに、フカヒレスープ。チャーハンも食べなきゃいけないし、焼きそばは硬いのと柔らかいのどっちも食べたいわ。それに〆はやっぱり杏仁豆腐!」

 どこの腹に、そんなに沢山入るんだよ。徹は呆れた。ツッコミもしないトミーの方もそんなに食べるつもりなんだろうか。なんでもいいや、久しぶりに美味い中華を楽しもう、彼は自身も食欲の権化になって、中華街への道を急いだ。


(初出:2016年7月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

ウィーンでポケモンGOした

呆れられるかとは思いますが、ポケモンGOしているんです。まあ、もちろん適度に、ですけれど。

もともと私はゲームの類いは全然やらない人で、ポケモンもピカチュウがなんだかは知っていましたけれどそれ以上の知識はなかったぐらいなのです。でも、いつもいる道にポケモンが出るなんて楽しいじゃないですか。で、ダウンロードしてはじめました。

とはいえ、ご存知の通りのド田舎ですから、見渡す限りポケストップがないなんてことも普通で、通勤途中に一か所、会社の側に一か所あるのを訪問してポケボールをゲットしている、そんな状態です。あ、全くなさらない方のために説明すると、このゲームはポケモンが出たらボールをぶつけて捕まえることができるのですが、そのボールは課金しなくてもポケストップという所に行って補給できる仕組みになっているんです。

で、出てくるポケモンも、田舎ですからそんなに珍しいものがうじゃうじゃ出るわけはなく、のんびりとプレイするしかないんですけれど。

で、この間のウィーン旅行です。都会だし、ポケストップもたくさんあるし珍しいポケモンも沢山出るだろうということで半分は球補給のつもりで向こうでも立ち上げたりしたんです。

もちろん観光中にポケモンGOをやるほどは狂っていないので(ウィーンにはポケモンよりも見たいものがたくさんありますからね)やったのは主に早朝とホテルに帰る前。ホテルの目の前に公園があって、そこは常に桜吹雪が舞っていた(誰かがルアーモジュールなるものを設置してポケモン出現しっぱなしになっている状態)んですね。道でやるより安全だし、みんなやっていたので恥ずかしくなかったので、ちょっと嬉しかったです。

ポケモンGO in Wien

ただの公園だと思ってウロウロして、みつけたポケストップをよく見たらあの「黄金のシュトラウス像」だったので心底びっくりしたなんていう、全く本末転倒なこともやっていました。

で、いろいろと捕まえましたよ。上の写真はうちの方ではどうやっても出てこないミニリュウ。まあ、何十匹も集めることはできないですけれど、記念に。近くにピカチュウの影も見たんですけれど、これは捕まえられませんでしたね。

でも、いいんです。いかにも強そうなのや、今ひとつキモチ悪いのも捕まりましたし、すっと欲しかったゼニガメも待っていてくれましたし。かわいいキツネみたいなロコン、動作がかわいすぎるカモノハシみたいなコダックも図鑑に載りました。

何よりも沢山ポケボールをもらえましたから。

ポケモン・ウィーク?

もうひとつ、ポケモンGOが流行っている恩恵がありました。

ベルヴェデーレ上宮という美術館は、クリムトがたくさんあることで有名なんですけれど、ここにいったらなぜか「ポケモンウィーク」をうたっていたんですね。

この美術館、普段は一切写真不可なんですが、「この週末だけはスマートフォンでの撮影許可」って書いてあるんです。速攻でスマートフォンを取り出しましたよ。帰って来てから氣がつきましたが、この「スマートフォンでの撮影許可」ってドイツ語だけで書いてあるんですよね。ドイツ語を知らなかったら撮れなかったのかも。

クリムト

そう、みんなスマートフォンで撮影していました。でも、ポケモンGOをしている人は皆無だったんじゃないかしら。一人も見かけませんでした。本物のクリムトをバチバチ撮れるチャンスですよ、それどころじゃないです。

私はここでもいろいろと撮ってきました。ホーフブルグで撮影禁止だった有名なシシィの肖像画(のひとつ)もばっちりと撮影できましたし。

ポケモンGOの流行に大感謝です。
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Posted by 八少女 夕

美術館にて

昔は観光旅行に行ったら、観光だけしていました。美術館へ行っても、知っている有名な絵や、自分の好みの絵を見ていました。

今ももちろん見ていますけれど、それだけじゃないんですよね。好きなものだけでなくて、普段の暮らしでは知ることの出来ない情報を得るいい機会なのですよね。

例えばウィーン美術史美術館にはものすごい量の絵がありました。大好きなラファエロがありましたし、ブリューゲルやレンブラントのコレクション、ベラスケスやフェルメールもありました。そしてそれ以外にも、ものすごい量の、私の知らなくて以前は興味も持たなかった絵が。

ウィーン美術史美術館

ここにある2つの絵は、実を言うと誰のなんていう絵かもわからないまま写真に撮ってきました。これは私にとっては取材です。

絵に含まれる情報ってものすごく多いのです。私が書こうとしているものにはたくさんの「?」があって、文献を探そうにもどこで何を探せばいいのかすらわからなかったりします。もちろん日本語で書かれた文献もあたりますが、自分の知りたいことがピンポイントで都合よく書いてあるわけではないですし、他の言語の文献は沢山は読めません。ましてや古語で書いてあったらお手上げです。

でも、絵なら、かなり沢山のことがわかるじゃないですか。

ウィーン美術史美術館

もちろん氣をつけなくてはならないのは、この絵に書いてあることが真実でもないことです。例えば、神話の時代の題材でもその画家の当時の服装で描かれていたりします。それでも、自分が描写したい事柄、景色、人物のバランスなどのアイデアが沢山詰まっているのが絵です。

というわけで、取材のつもりで膨大な絵の写真を撮ってきました。脇役の顔のイメージ、服装、そんなものもいろいろと考えながら美術館を歩いています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -5- サマー・デライト

WEB月刊誌「Stella」用に連載してきた「Infante 323 黄金の枷は完結しましたので、新しいものをと思ったのですが、しばらくはこのシリーズを書いていこうと思います。「バッカスからの招待状」ですね。東京・大手町にある隠れ家のようなバー『Bacchus』。バーテンダー兼店主の田中佑二が迎える客たちのなんて事はない話をほぼ読み切りのような形でお届けしようと思います。
月刊・Stella ステルラ 8、9月号参加 連載小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


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バッカスからの招待状 -5- 
サマー・デライト


 ドアを開けると、時間は遅くなかったのにもうカウンター席はほとんど埋まっていた。一番奥の席が二つ空いていたので、彼はホッとした顔をした。

「夏木さん、いらっしゃいませ」
バーテンダーの田中はいつものように穏やかに言った。

「あそこの席、座ってもいいかい?」
夏木敏也はほとんど聴き取れない小さい声で訊いた。「どうぞ」と薦められると、ほっとしたように奥の席に腰掛けた。

 大手町のビル街の地下にあるバー『Bacchus』は、氣をつけていないと見過ごしてしまう。だが、居心地がよく、肴も美味しいので、常連たちが心地いいと思う程度にいつも賑わっていた。

「今日は何になさいますか」
田中が熱いおしぼりを手渡しながら訊いた。

「この間のをまた飲みたいな」
夏木は、言ってしまってから、しまったと思った。昨日の今日じゃあるまいし、「この間の」などと言ってわかるはずはない。だが、彼はそのカクテルの名前を憶えていなかった。
「あ~、僕の名前と関係のあるカクテルだったと思うんだけれど」

「サマー・デライトですね」
田中は困った様子もなく言った。

 田中は、常連客の嗜好や一人一人の語った内容を驚くほどよく憶えている。だが、夏木の場合は記憶するのも簡単だろう。彼はバーの常連客としては珍しいタイプだった。一滴のアルコールも飲めないのだ。

 彼は少し俯いて、それから口角をあげた。彼は、ここに受け入れられてもらっていると感じた。

 酒を飲めないのは体質でどうしようもない。だが、世の中には訓練や根性でその体質を変えられると信じている輩も多い。「付き合い悪いな」「つまらないヤツだ」「契約が取れないのは飲みニケーションが足りないからだ」そんな言葉を発したものに悪氣はなくても、それは少しずつ飲めない者の心を蝕んでいく。肩身が狭く、飲み会や宴会という言葉が嫌になる。

 そして、どれほど憧れていても、「馴染みのバー」などを持つことは出来ない、ずっと夏木はそう思っていた。ある上司にここに連れて来てもらうまでは。
「お前が飲めないのはわかっているよ。でも、あそこは肴も上手いし、田中さんならウーロン茶だけでも嫌な顔はしないさ」

 そして、『Bacchus』の落ち着いた佇まいがすっかり氣に入ってしまった夏木は、それから一人でも来るようになったのだ。はじめはウーロン茶などをオーダーしていたが、隣に座った女性がオーダーしていたのを聞いて、ノン・アルコールカクテルがあることを知った。

「田中さん、僕にも何か作ってくださいよ」
その言葉に、田中の顔が輝いたのがわかった。居酒屋や宴会では絶対に飲めない、それぞれの好みに合わせたカクテル。それは客の憧れであると同時に、バーを切り盛りするバーテンダーの誇りでもあるのだ。

 どの店に行っても肩身が狭くて、本来この場所にいるべきではないと感じていた夏木は、ようやく「この店から歓迎される客になれる」と秘かに喜んだ。

 カランと音がして、セミロングの髪の毛をポニーテールにした若い女性が入って来た。
「ああ、久保さん、いらっしゃいませ」
田中の挨拶で、常連なのだなとわかった。彼女は、カウンターを見回して、夏木の隣の席が空いているのを目に留めた。

「夏木さん、お隣、いいですか?」
田中に訊かれて、彼は「もちろん」と頷き、アタッシュケースを隣の椅子からどけて自分の背中の位置に置いた。

 久保すみれは、会釈しながらやってきて、慣れた様子で田中からおしぼりを受け取った。
「この時間なのに、満席なのね。座れてよかった」
「ほんの三十分前までは、ガラガラだったんですよ。何になさいますか」

 すみれは、メニューを受け取ると検討しだしたが、目移りしてなかなか決まらないようだった。

「お待たせしました」
田中は、夏木の前にタンブラーを置いた。淡いオレンジ色が爽やかな印象だ。彼は、田中に会釈をして、一口飲んだ。

 ライムの香りに続いて、炭酸の泡が喉をくすぐる。それからゆっくりと微かにグレナディンシロップの甘さが訪れる。

 そう、これこれ。甘さをライムジュースと炭酸で抑えてあって、とても爽やかだ。本当に「夏の歓び」だな。

 オレンジスライスが飾ってあると、いかにも女性用カクテルのように甘ったるく見えてしまうが、グリーンライムである所が心にくい。グラスの形もシンプルなタンブラーなのがいい。幸せだなあ。

 それから、隣からの視線に氣が付き、少し顔を赤らめた。別にノン・アルコールだと大きく書いてあるわけではないけれど。

「それ、美味しいですか?」
「え。はい、とても」
「私、お酒強くないんだけれど、飲めると思います?」

 夏木は大きく頷いて、それから田中を見た。田中は、メニューの一部を示して優しく言った。
「久保さん、大丈夫です。このカクテルは、サマー・デライトです」

 すみれは、その説明を見て、ノン・アルコールの記述に氣がついた。にっこり笑って「それを私にもお願いします」と言った。

 夏木は嬉しくなった。酒が飲めないことは、悪いことだとは思っていないが、多くの人の前で「こいつ飲めないんだ」と言われるのは好きではなかった。田中は、始めに来たとき以外、そのことに言及しない。だから、カウンターの他の客たちは、夏木が飲めないことにも氣がついていないだろう。そもそも、彼らは誰かが飲めないことになど興味はないのだ。

 田中も、酒に強くないこの女性も、飲めない者の居心地の悪さを知っていて、それに氣を遣ってくれる。この店が心地いいのは、そういうほんの少しの優しさを備えた人が集まっているからなのだろう。

「わぁ、本当に美味しい。いいカクテルを知っちゃった」
すみれは嬉しそうに飲んだ。

「せっかくのご縁ですから、このカクテルは僕にごちそうさせてください」
夏木は言った。すみれは驚いた。
「そんな、悪いです」

「いや、本当に一杯だけ。僕、これまでカクテルをごちそうするなんて洒落たシチュエーションになったことがないんですよ。一度、やってみたかったんです」
ノン・アルコールだから、酔わせてどうとやらは100%無理だけれど。心の中で笑いながら続けた。

 すみれは笑った。
「まあ、じゃあ、喜んで。ちなみに、私もバーで男性におごってもらうのは、生まれて初めてです。こういうのって楽しいですね」

サマー・デライト (Summer Delight)

標準的なレシピ
 ライム・ジュース = 30ml
 グレナデン・シロップ = 15ml
 シュガー・シロップ = 2tsp
 炭酸水 = 適量
作り方
炭酸水以外の材料をシェークし、氷を入れたタンブラーに注ぎ、炭酸水で満たす。



(初出:2016年8月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

ウィーンに来たからには

ただの週末旅行とはいえ、ウィーンですから楽しみはいろいろあります。

観光は後ほど語るとして、まずは食いしん坊の話を。



毎回行くたびに食べているいわゆるザッハトルテ。

今回もホテルザッハへ行ってきました。今回は、でも、いつも頼む一切れではなくてミニサイズのものにしてもらいました。その分飲み物は、アインシュペンナーと呼ばれるホイップクリームつきエスプレッソ。

どちらにしてもカロリー爆弾ですが(^_^;)



そして、ウィーンだからやっぱりシュニッツェルも食べたくて。

ただし、こっちも、いつものフィグルミュラーではなくてもっと小さめのものを。

去年にダイエットしてからたくさんは食べられなくなったんです。

小ぶりに食べて楽しむ滞在になりました。
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Posted by 八少女 夕

ウィーンは真夏です


夜行列車でウィーンに来ました。電車で行ける距離とはいえ往復で休みを2日使うのはもったいないから。
22時半にスイスを発って朝にはもうウィーンです。
日本から来た友人と待ち合わせて、昨日はシェーンブルンなどに行ってきました。
たくさん話し過ぎて乗り過ごしたり、方向を間違えて歩き過ぎたり、若干の失敗もしましたが、滞在を楽しんでいます。
暑い夏は、久しぶり!
詳しくは帰国後の記事にしますね。
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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (4)バルセロナ、宴 -3-

「大道芸人たち 第二部」「バルセロナ、宴」の続き、3つに分けたラストです。これでひとまず蝶子とヴィルの浮かれた結婚式の騒動はおしまいです。

このストーリーには、「現在この異国に住んでいるからこそ書ける小さな知識を散りばめよう」という仕組みがあるんですけれど、この結婚式にも日本の結婚とは少し違う面が所々顔を見せています。「新郎新婦の友人が、二人を驚かせる」というのもその一つなんですが、これも国によって違いがあるようです。ドイツ語圏ではわりとやるみたい。必ずと言うわけではないですけれど。もちろんここに書いたのは小説ですから「やりすぎ」です。よい子は真似をしないように。

ウィーン旅行のあと、来週から、Stella用作品や、77777Hit記念掌編を少しはさむのでこの作品の続きは少しお預けです。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -3-


 晩餐が終わると、再び広間に移り、舞踏会が始まった。最初はもちろん新婚カップルによるダンスである。

 茶色の絹に金色のオーガンジーで覆われたシンプルで優雅なドレスをまとった真耶が、拓人に付き添われて、バンド・オーケストラの前に立った。グランドピアノに座った拓人の合図で、二人は静かにタレガの『グラン・ヴァルス』を奏でだした。

 その音に合わせて、人々の前に進み出た蝶子とヴィルはゆっくりとワルツを踊りだした。リラックスして踊っているようでいて、プロ顔負けのステップが続く。

 稔は腕を組んでうなった。う~む。お前ら、かっこ良すぎるぞ。まずいな。このあとはブラン・ベックたちと俺たちが加わんなくちゃいけないんだけどなあ。

 真耶と拓人の演奏に、オーケストラが重なりだした。稔は覚悟を決めて、マリサの手を取ってフロアに進み出た。レネとヤスミンはすでに二人の世界に入っている。まだ、人々の目が蝶子とヴィルに釘付けになっているのをいい事に、稔は思ったよりもずっとリラックスしてマリサと踊る事が出来た。

 そして、カルロスとイネス、サンチェス夫妻、ピエールとシュザンヌも次々と踊りの輪に加わり、招待客がみな踊りだしたので、フロアはあっという間にいっぱいになった。次の曲からは拓人と真耶も踊る方に参加した。

 オーケストラは、ワルツだけでなく、スローフォックストロット、タンゴ、クイックステップ、マンボ、チャチャチャを演奏した。レネは疲れない程度に、まんべんなく踊っていた。稔はワルツとタンゴしか踊れないので、それ以外では休んでいた。そのうちにマンボやチャチャチャの時はギターでオーケストラに参加しだした。

 真耶や拓人もおもしろがってそれに加わり、ヴィオラの響くタンゴや、ピアノの率いるクイックステップなどが華やかに場を彩った。いつの間にかフルートの音まで聞こえだした。

「何やってんだよ、お前」
稔がヴィルに訊くと、ヴィルはフルートでカルロスと踊る蝶子を示した。

「なんだよ、花嫁とられたのかよ」
稔は呆れたがヴィルは氣にも留めていないようだった。

 そのしばらく後では、蝶子と拓人が演奏していて、ヴィルは真耶と踊っていたし、しばらくするとヴィルはイネスと踊っていた。稔はヤスミンにダンスの稚拙さについてさんざん言われながらも一緒に一曲踊ったし、マリサはヴィルやレネやカルロスとも楽しく踊っていた。

 舞踏会は二時まで続いた。ようやく客たちが帰り始め、氣がつくと外のテントの方も静かになっていた。稔はマリサを送っていくという口実を使ってとっくに消え、レネはお開きになった途端にヤスミンにとっとと部屋に連行された。

 他の泊まっていく客たちも広間を去り、カルロスが最後の客を玄関へ送っていったあと、使用人たちやサンチェスやイネスをねぎらった。三時を過ぎていた。

 自分もそろそろ寝室にと思って新婚カップルの姿を探すと、バルコニーの方からフルートの二重奏が聞こえてきた。ドップラーの『アンダンテとロンド』を吹く二人の姿は幸せそのものだった。それで、カルロスは何も言わずに二人をそのままにしておいた。

 幸福に酔いながら、部屋についた二人は、寝室のドアを開けた途端に笑顔を凍り付かせた。

 一番最初に目についたのは自転車だった。

 その奥にはなぜか巨大なハモン・セラーノ、つまりまだ切り出してもいない生ハム。部屋から溢れ出してくるほどうずたかく積まれたカラフルな風船、館の外に置いてあったはずの大きな竜舌蘭の鉢が部屋のあちこちで風船の間から顔を出していた。それにハンググライダー、バケツ、トウモロコシ、切り株、セルベッサの樽、生のタコの泳ぐ水槽、闘牛の頭の剥製、その他、寝室にあってしかるべきでないありとあらゆるものが詰め込まれていた。ベッドに辿り着くどころか、入り口から五歩ですら入れそうになかった。

「『カーター・マレーシュ』の連中だ…」
ヴィルは呆然としていった。蝶子は爆笑したが、すぐに途方に暮れた。この状態では、ベッドにたどり着くためには相当の時間をかけて片付けなくてはならない。助けを呼びたくても、三時半では良い返事は期待できない。

 ヴィルは黙って蝶子の手を取って、広間に戻りだした。
「あそこに大きなソファがあったものね」

 蝶子はけらけら笑った。眠るのにベッドは必要なかった。立ってでも寝られるほど蝶子はくたくただった。

「すごい一日だったわね」
そういって、蝶子はヴィルの腕にしがみついたままソファに倒れ込んだ。

「そうだな」
ヴィルが答えた時には、蝶子はすでに寝息を立てていた。

 ヴィルは蝶子の露出している肌を見た。このままでは風邪を引く。どこかから毛布でも調達してこなくては。そう思ってソファから立ち上がろうとした時に、蝶子が寝ぼけてドイツ語で言った。
「いっちゃダメ」

 ヴィルは、自分の胸に顔を埋めて幸せそうに眠る蝶子をしばらく見つめていたが、あきらめてゆっくり上着を脱ぐと蝶子の上に掛けた。それから、漆黒の闇がわずかに紫色に変化していく東雲どきの空を朧げに感じながら、蝶子の平和な寝息に耳を傾けていた。


 朝になって、昨夜のベルンの言葉を思い出したヤスミンは、あわててレネと一緒に二人の寝室を見に行き、開け放されたドアからその惨状を見た。くらくらしながら見つからない二人を探しに階下に降りていくと、広間の入り口にいた稔が人差し指を口に当てた。そっとのぞくと、ソファの上でヴィルと蝶子が寄り添いながらこれ以上ないほど幸せな様子でぐっすりと眠っていた。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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二人が吹いていた二重奏、ドップラーの『アンダンテとロンド』はこの曲です。もともと私が聴いていたランパルの動画があった! といっても本当に音だけです。


Andante and rondo, op. 25 - Franz Doppler
Performed by Jean Pierre Rampal and Claudi Arimany with John Steele Ritter


あ、拓人と真耶が弾いたタレガの『グラン・ヴァルス』というのは、「ノキア・トーン」として有名なノキア社の携帯電話のデフォルト着信音の元になった曲です。つまりヨーロッパでは知らない人はいないメロディ(笑)


Francisco Tàrrega - Gran Vals (Versiòn orquesta)
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

ホテルの朝食が好き

食いしん坊な話をまたしても。

ホテルの朝食

旅に行くと、普段は食べないものを食べて、肥えてしまいます。特に食べ物のおいしい国に行くと(ポルトガルとか日本とか)大変です。でも、食の楽しみは、旅の楽しみだから、「これ食べたら太っちゃう」などどいう事は言わないことにしています。いいんです、毎日のことじゃないし! (誰に言い訳しているんだ……)

洋食でも和食でも、どっちでも行けますが、そうだなあ、お値段がリーズナブルでそれなりの味のものしか出てこない宿泊所では、やはり洋食の方が失敗が少ないなあ。海外では、そもそも和食は選べませんけれど。

ヨーロッパは朝食はみな洋食だから同じだと思われるかもしれませんが、そうじゃないんです。それぞれが基本的に「これは食べるの!」というものがベースになっているんですね。

だからスイスの朝食は乳製品とジャム類など甘いものが欠かせず、イギリスの朝食は卵料理となぞの豆料理が欠かせず、ドイツではハムやチーズが欠かせないのですね。

ちなみに、私は「その国で愛されているものを嗜む」派なので、イギリスではミルクティー、イタリアではカプチーノかラッテマッキャート、スイスではシャーレといわれるミルクコーヒー、日本では日本茶を愛飲しています。

写真は、ポルトのインファンテ・デ・サグレス・ホテルの朝食です。とても豪華で卵料理やスモークサーモンの他、何種類もの果物やハム・チーズ、ヨーグルトにシリアルなどもついているビュッフェ。私は見た目の誘惑に弱いので、あれもこれも取りたくなってしまうのですが、とにかく量を少なくしていろいろと食べています。

この時は取りませんでしたが、ポルトガルの食事には欠かせないらしいパン・デ・ロー(カステラですね)などの甘いお菓子や、マルメラータというカリンのジェリーなども並んでいました。

日本で旅館に泊まる時には、朝からばっちりお魚やお味噌汁などをいただき、でも、納豆卵海苔ご飯も捨て置けず、やはり「朝から食べ過ぎた!」になりがちです。朝早くからでもばっちり食べられる。これは健康だから出来ることで、うん、いつ出来なくなるかわからないから、しっかり食べておこうと、これまた誰に言い訳しているのかわからないことをブツブツ言いつつ、食べています。

普段の朝食は、チアシード入りのわずかにグラノーラの入ったヨーグルト、150ccくらいなんですが、これで昼までばっちりなんです。やっぱりそんなにカロリーいらないんですよね……本当は。
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Posted by 八少女 夕

「大道芸人たち」の四コマ、いただきました

今週も嬉しいいただき物のご紹介です。たらこさんが「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部を元ネタにした四コマ漫画をプレゼントしてくださいました。

「大道芸人たち」四コマ by たらこさん

この四コマ漫画の著作権はたらこさんにあります。たらこさんの許可のない二次利用は固くお断りします。

これは第一話「コルシカ〜リボルノ、結成」のワンシーンをちょっぴりギャグにしてくださっていますね。うふふ、こういう風に遊んでいただけるのは嬉しいですね。

自由に面白おかしく変えているように見えて、キャラたちの性格、服装などは設定に忠実に再現してくださっている芸の細かさ、頭が下がります(笑)

たらこさんも、最近お友だちになっていただいたブロガーさんで、明るくもかわいい女の子トオルっちを中心としたちょっぴりシュールな四コマ漫画「ひまわりシティーにようこそ!」をはじめとする素敵な作品を描いていらっしゃいます。

たらこさん、素敵なプレゼントをありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします!



【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説で、現在その第二部を連載しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ

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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (4)バルセロナ、宴 -2-

「大道芸人たち 第二部」「バルセロナ、宴」の続き、3つに分けた2つ目です。

館の中でコース料理の晩餐に招待された人たち、表のテントで振る舞われているビールやタパスで大騒ぎしている人たち、それぞれが楽しんでいます。もちろんごく普通の結婚式ではここまで大掛かりではないですけれど、一応カルロスはこの地域の大領主なので、大判振舞いをしているのですね。領民たちは大喜びで飲みまくっているというわけです。


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あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -2-


「シュメッタリング! どうしてあなたっていつもそんなにきれいなのよ」
ヤスミンは頭を振った。

「どう、このドレス? ブラン・ベックとヤスの見立てなの。あの二人のセンスって見事じゃない?」

 蝶子は白いリラの花の模様があしらわれた濃い紫のシルクサテンのドレスの裾を広げて見せた。完全に肩を出したデザインは、豪華な中にも清楚だったウェディングドレスと対照的に、蝶子の妖艶な一面を強調している。そこに、アレキサンドライトのきらめくネックレス、イヤリングが星のような高雅さを添えていた。耳の近くにはたくさんの小さい白い蘭が飾られていて、漆黒の髪がより美しく見えた。

「う~ん、これじゃヴィルはイチコロね。さすがシュメッタリングだわ」
「ありがとう。ヤスミンも素敵よ。真夏の太陽みたい。レネはさぞ得意になるでしょうね。こんな素敵なパートナーと踊れるんですもの」

 ヤスミンは嬉しそうに鏡を見た。蝶子の姿をはじめて見た二年前以来、脳裏を離れなかった朱色のワンピース。それをイメージして作ったドレスだ。朱色の炎の形をしたラメ入りの布が腰までたくさん重なっている。広がる白いスカートは後ろは足首まで覆っているが、前は膝の辺りから段階的にフリルで伸びていて、ヤスミンのきれいな足首と朱色のハイヒールがのぞいている。

「自分でも、悪くないと思っていたけれど、ねえ。本当にレネも喜ぶと思う?」
「もちろんよ。きっと見とれてぼーっとしていると思うから、足を踏まれないように氣をつけてね」
蝶子は笑った。

 ドアの外からノックが聞こえた。
「皆さん、揃っています。そろそろお願いします」
サンチェスの声だった。

* * *


「ヤスミン。遅いから心配していたよ。ああ、なんてきれいなんだ。本当に僕と踊ってくれるの?」
ヤスミンはレネの頬にキスをして言った。

「いまからもっと驚くわよ。シュメッタリングったら、本当に最高の花嫁だわ」
「そうかなあ。僕、ずっとヤスミンばかり見ているような氣がするよ」

 レネは、みながざわめき、拍手をして主役の入場を迎えている時も、ずっとヤスミンを見ていた。それでヤスミンはすっかり嬉しくなってレネの腕にもたれかかった。

 稔の方は、腕を組んでしっかりと二人の入場を見ていた。うむ。ちと高かったが、その甲斐はあったな。思った通り、この色はトカゲ女にはぴったりだ。見ろよ、テデスコのヤツ。無表情は返上かよ。淡いピンクの清楚なドレスを着たマリサも夢見るように花嫁と花婿の入場を見ていた。カルロスはニコニコ笑って二人を迎え、蝶子の頬にキスをした。

「いつでもあなたの美しさを賞賛してきましたが、マリポーサ。今日のあなたには讃えるためのたとえすらも浮かびません。本当におめでとう」
「カルちゃん。私こそ、お礼の言葉が浮かばないわ。こんなすばらしい結婚式を本当にありがとう」

 カルロスとヴィルはしっかりと握手を交わした。それから二人は稔とマリサ、レネとヤスミンの四人と抱き合い、キスを交わした。

「本当にありがとう。これからもよろしくね」
「おう。今日は主役を楽しめよ」
「パピヨン。あなたには笑顔が一番です。本当におめでとう」

 それから真耶と拓人だった。
「真耶。あなたをここに招待できるほど親しくなれて、本当に嬉しいの。大学の時には、想像もできなかった事だもの」
「私にとっては、あなたはいつでも特別な存在だったわ、蝶子。あなたが幸せになって、どれほど嬉しいかわかる?」

 拓人はヴィルに言った。
「大変だぞ、これから。なんせ蝶子だからな。頑張れ」
「わかっている」
ヴィルはおどけて言った。

 二人は招待客に次々と挨拶をして、乾杯のグラスを重ねていった。会場は招待客でいっぱいだった。主役の二人はもちろん、稔やレネ、カルロスやサンチェスも忙しくて氣がつかなかったが、アウグスブルグ軍団はその場にいなかった。ヤスミンは首を傾げた。

「団長たち、どうしちゃったのかしら? もしかしてまだテントで飲んだくれているのかな?」

 けれど、カルロスがワインや前菜を勧めるので、劇団の仲間の事はしばらく忘れてしまった。

「あれ。イネスさん!」
レネは大きな声を出した。イネスは緑色のラメのたくさん入ったくるぶしまであるワンピースを着て、きれいに化粧をしてワインを飲んでいたのだ。

「ふふふ。今日は私はお休みなんですよ。ドン・カルロスがダンスに誘ってくださったんです。料理の総指揮はどうするんだって訊いたら、カデラスさんやモンテスさんのところのシェフが来てくださって、私は何もしなくっていいんですって」

「そうか。イダルゴが父親代わりなら、イネスさんはパピヨンの母親代わりですよね」
レネはカルロスがイネスをダンスに誘った事を嬉しく思った。やはりイネスさんはただの使用人以上だよなあ。


「ヤスミン、ヤスミン」
戸口の側で、呼ぶ声がしたのでふとそちらを見ると、真っ赤になってふらふらしているベルンだった。

「ちょっと何してたのよ。団長やみんなはどこ? もう乾杯、終わっちゃったわよ」
「いいんだ。俺たちはテントのおっさんたちと意氣投合したから。ところで、新郎新婦の部屋を教えてくれよ」

「待ってよ。なんか企んでいるんでしょ」
「もちろん。初夜を忘れられないものにする演出の手伝いだよ。いつだってやるだろ?」
「いいけど、高価なものを壊さないようにしてよ。あなたたち、やけに酔っぱらっているみたいだから」

 そういってヤスミンは二人の使っている寝室を教えた。そのすぐあとに晩餐のために食堂に移動するからとレネに呼ばれた。本当は連中が何をやるか見届けるべきだったのだが、その夜のヤスミンにはやることがたっぷりあって、劇団仲間の企みのことはすっかり忘れてしまったのだ。

『カーター・マレーシュ』のメンバーたちはおびただしい量の風船を持ってきていた。外のテントで領民の男たちの前で、つぎつぎとそれを膨らましていたら、何をするつもりだと訊かれた。

 訊かれたのだと思う。領民たちはカタロニア方言でしか話さなかったし、アウグスブルグチームはバイエルン方言で応答した。しかし、彼らはプロの俳優の集団だった。言葉なんか通じなくとも、パントマイムと紙に絵を描く事で、これから何をしようとしているか、簡単にオヤジたちに理解させた。そして、オヤジたちは、そのアイデアが非常に氣にいったらしく、協力すると言ってきかなかった。

 大量のセルベッサですっかり酔っぱらったバイエルン人とカタロニア人は、氣が大きくなって、当初のもくろみを大きく超えて新郎新婦を驚かせようとしていた。彼らはセルベッサを飲んでは、風船を膨らませ、かわりばんこに館に入り込み、招待客たちが粛々と晩餐を堪能している間にどんどん準備を進めた。

 田舎のカタロニア人は、こういう場合のやっていい事の限界というものを知らなかったし、酔っぱらった若きバイエルン人はやっていい事といけない事の限界が曖昧になるのが世の常だった。

 食堂では、晩餐がたけなわだった。普段は大きな部屋の中央に置かれた巨大なテーブルの端でこじんまりと食事をしているのだが、大きなテーブルをさらに三つ入れて、そこに八十人近くの人間がぎっしりと座っているさまは壮観だった。カタロニアの素朴な香りも取り入れながらも、洗練された料理は、モンテス氏の自慢のシェフ、ホセ・ハビエルが指揮していた。カルロスの選んだ極上のシェリー、ワインも招待客たちを感心させた。

「ヤスミン。団長たちを見なかったか?」
ヴィルが一度心配して訊いた。ヤスミンは言った。
「それが、テントでおじさんたちと意氣投合して泥酔しちゃったみたいで、こっちには来れないみたい……」

「そうか。やっぱり」
ヴィルがため息をつくと、稔やレネはクックと笑った。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

夏の午後だから

日曜日、久しぶりに晴れ渡って、しかも夏らしくなったので、アイスクリームを食べに高地のレストランへ行ってきました。

Wergensteinパノラマ

今年は本当に惨めと言っていいほど天候に恵まれず、先週は盛夏のはずの7月半ばにアローザで雪が降るという珍事が起こる始末です。私の住んでいる所は標高700m前後なのですが、さすがにそこまで雪は降らなかったけれど、昼休みに8℃だったという(笑)

そんなショックの後だったので、きもちよく晴れ渡った日曜日、「どっかにいかなきゃ!」と、連れ合いと二人ヴェルゲンシュタインという小さな山の上の村に行ってきました。この日は、うちの近くで30℃ちかくまで氣温が上がったのですよ。

ここは、アイベックスが生息している場所で、アイベックス観察センターみたいな位置づけになっているレストラン。

Steinbock

アイベックスというのはドイツ語では「Steinbock」と言って、グラウビュンデン州のワッペンにも描かれているアルプス高地の代表的な野生動物。山羊の仲間です。乱獲によってスイスでは一度絶滅してしまったのですが、イタリア領地にいた個体をもらって保護した結果、現在はずいぶんと増えています。もっとも、絶滅危機にあることは間違いないので勝手に撃つことは出来ません。

そんなアイベックスの観察できるような場所ですから、もちろん山の上。

この村からはアンデールからヒンターラインへ、そしていずれはイタリアへと向かう谷が一望のもとに見渡せる素晴らしいパノラマが楽しめるのです。そして、スイスにしてはご飯がおいしいのも嬉しいレストラン。こんな夏の一日にはハイキングを楽しむ人たち、ドライブに来た人たちで賑わっていました。

Wergenstein

レストランの裏手にひっそりと立つ教会。あたり前だけれど、野良猫のようにアイベックスが登場するわけではないので私は生きている本物を見たことはないんですが。剥製や、オブジェなどが村おこしに貢献しているのを微笑ましく眺めました。この青空! これがグラウビュンデン州がヨーロッパ中から観光客を集める秘密です。
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Posted by 八少女 夕

久しぶりのテット・ド・モワン

今日はスイスのチーズの話。

買い物に行ったら、とあるチーズがお買い得になっていたので買いました。

これです。
テット・ド・モワン

これはテット・ド・モワン(Tête de moine = 修道士の頭)という名前のチーズです。フランス語圏のベルレー(Bellelay)で最初に作られたセミハード系のナチュラルチーズで、削る専用器具、ジロル(Girolle)が必要です。

チーズをジロルにセットして、上のハンドルをまわすと、薄く削られたものが丸まって、この下の写真のようにカーネーションのような形になるんですね。

テット・ド・モワン

味はさほどクセのない食べやすい味ですし、このビジュアルが珍しくて好評なので日本からのお客様がある時はたいてい買って披露するんです。でも、量がありますし値段もお高いので普段買うことは珍しいです。安かったから久しぶりに買ってしまいました。(ここに見えているような量で、スイスでは定価が1000円から1500円くらいですね。日本で同じ物を買おうとすると3500円か4000円くらいするそうです)

なぜ「修道士の頭」というのかというと、あれですよ。ザビエルの頭みたいだからです。そう見えますか?

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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (4)バルセロナ、宴 -1-

またしてもしばらく間が空きましたが、「大道芸人たち」の続きです。この「バルセロナ、宴」で浮かれまくっている「ケッコン祭」はひとまず終わります。と言っても長いので3回に分けています。ブツブツと連載が途切れると、読みにくいと思いますので、77777Hit記念掌編の続きはこの3回(とStella用の作品)が終わってからになります。どうぞご了承ください。

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あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(4)バルセロナ、宴 -1-


 カルロスの言葉は嘘ではなかった。稔はコルタドの大聖堂が本当に満杯になっているのをみてのけぞった。前から四列だけはカルロスがリボンを引いて座れないようにしてあったので、招待客がやっと座れるという状態だった。

 領民たちはみな、日曜日用の背広やワンピースを着て、がやがやと座っていた。外には大きなテントがいくつも張られていて、結婚式の後の大宴会用の準備が忙しく行われていた。

 稔とレネは一張羅を堅苦しく着て、通路を一番前に向かった。真耶と拓人がもう座っていて、ここだと手招きした。証人の二人は通路に一番近い最前列に座るのだ。真耶たちの向こう側にはピエールとシュザンヌが晴れ晴れしい笑顔で座っていた。後ろはアウグスブルグの連中で、もうほろ酔い加減なのかと思うほど大声で騒いでいて、時折スペイン人に「しっ」と怒られていた。

 通路を隔てて反対側には、イネスやサンチェスをはじめとする主だったカルロスの使用人たち、それにスペインとイタリアの雇用主たちがすまして座っている。稔とレネは軽く頭を下げて挨拶した。その他の招待客は、クリスマスパーティでなじみになった、カルロスの友人たちだった。

 ヤスミンとマリサの姿は見えない。二人はブライズメイドをつとめるので蝶子と一緒に入ってくるのだ。カルロスの分も含めて三人分の席が、レネたちの反対側に確保してある。

 稔とレネに少し遅れて入ってきたのは、今日の花婿である。モーニングを着ていてもまったく衣装負けしていないのはいいが、フュッセンの時と違って、あまりの大騒ぎに勘弁してくれという顔をしている。もちろん、それを読み取れるのは証人の二人だけである。

 稔とレネは立ち上がって、ヴィルに「がんばれ」と目でサインを送った。ヴィルは淡々と、招待客たちに礼を言ってまわった。アウグスブルグの連中は嬉しそうに固い握手をし、女性陣はその頬にキスをして祝福した。真耶もその一人だった。拓人はがっしりと握手をしてからウィンクした。

 やがて、荘厳なオルガンの音がして、人々の目は一番後ろの大聖堂の入り口に集中した。ここにいる人間の九割がたの領主様であるカルロスが誇らしげに花嫁に腕を貸して入ってくる。美しい花嫁の父親役が出来る役得を大いに楽しんでいた。

 すっきりとしたマーメイドラインは蝶子の完璧なスタイルを強調している。ラインはシンプルだが、表面をぎっしりと覆い、腰から後ろにも広がっている長くて美しいレースが清楚でありながらスペインらしい豪華さだ。顔を隠している長いヴェールにも同じ贅沢な手刺繍がふんだんに使われている。真耶は思わずため息をもらした。

 稔とレネはヴィルの表情が変わったのをみて顔を見合わせて笑った。ほらみろ、テデスコ。教会での結婚式も悪いもんじゃないだろ。さすが、トカゲ女だ。こんな完璧な花嫁はなかなか観られるもんじゃないぜ。それからレネと稔は、マリサとヤスミンに笑顔を向けた。

 一ヶ月前のフュッセンでの婚式でもう正式な夫婦として認められていたので、ヴィルはこの教会の挙式を単なる義務か罰ゲーム程度にしか考えていなかったのだが、それは自分の考え違いだったと認めざるを得なかった。カルロスから蝶子の手を渡された時に、ようやく本当に蝶子と一緒になれたのだと感じた。

 それは美しい花嫁だった。ヴェールの下から見つめる瞳が、強い光を灯している。赤い唇の微笑みはついにヴィルの無表情に打ち勝った。ヴィルは稔とレネが驚くぐらいにはっきりと微笑んだ。

 フュッセンで行った婚式と違うのは、カトリックの結婚式でオルガン演奏と大コーラス付きの聖歌や祈りや、司教による説教などが入っているところだったが、基本的には同じ誓いを繰り返して、二人は宗教上も認められる夫婦となった。

 ヴィルは蝶子のヴェールを引き上げて優しくキスをした。大聖堂は歓声に満ち、二人が大聖堂から出てくると盛大なライスシャワー攻めにあった。そしてテントでは、さっそく領民たちが大騒ぎして飲み始めた。飲めれば何でもいいのは僕たちと同じだな、レネは密かに思った。

 真耶は蝶子に抱きついて祝福をした。
「おめでとう、蝶子!あなたは今までに私の見た一番きれいな花嫁よ」

「ありがとう、真耶。あなたにだけはどうしても来てほしかったの。はい」
そういって、蝶子は白い蘭のブーケを真耶に渡してしまった。

「おい、そのブーケを狙っているヤツはまだこっちにもたくさんいるんだぞ」
稔がヤスミンやその他の女性軍を目で示した。実は、マリサも密かにブーケを狙っていた。

「だめよ。もうもらっちゃったもの。私もここで結婚したいわ」
真耶は微笑んで大聖堂を見上げた。

 拓人が肩をすくめた。
「お前の結婚式がここなら、僕はまたお前と共通した四日連続の休みを見つけなくちゃいけないじゃないか」

「それって、親戚として? それとも音楽のパートナーとして? どういう立場で参列したいわけ?」
真耶は冷たく言い放った。

「もちろん花婿としてですよね」
レネが優しく突っ込んだ。拓人は大聖堂を見上げてうそぶいた。
「ここで挙式するのは、確かに悪くない。カルロスに予約しておこうかな。相手が誰かは別として」

 大聖堂前でいつまでものんびりしているわけにはいかなかった。この後、コルタドの館ではパーティがある。女性陣は着替えなくてはならないし、カルロスや使用人チーム、それに稔やレネ、花婿のヴィルですらやる事がたくさんあった。領民やアウグスブルグチームのように酔っぱらっている場合ではなかった。

「あまりここで飲み過ぎるな。パーティの始まる前に泥酔されると困る」
ヴィルが言ったが、ドイツ人たちはグラスを高く掲げてセルベッサを一息で流し込んでいるだけだった。

「ヤスミン! お前もここに来て飲めよ」
ベルンが誘ったが、ヤスミンは首を振った。
「冗談! ビール臭い息でダンスを踊れっていうの? ドレスだってせっかく新調したのよ」

「だから、女ってヤツは……」
団長がまわらぬ舌で文句を言ったが、ヤスミンはもうその場を去っていた。
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