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Posted by 八少女 夕

お風呂

今日は短く行きます。なんだかいつも妙に長文になってしまうので。

お風呂が好きです。

温泉も大好きだけれど、ヨーロッパの温泉というのは「温水プール」なので私の好きな温泉とはちょっと違います。露天でまったりする温泉が好きで、別に水着を着て泳ぎたいわけじゃないので、ヨーロッパのウェルネス休暇にはあまり興味がありません。

で、お風呂が好きなので、自宅ではほぼ毎日湯船に浸かります。日本の方は「何あたり前の事を言っているんだ」とお思いになるかと思いますが、欧米の生活から言うとこれは「異常」です。普通は軽くシャワーで、自宅に湯船がない方も多いのです。

結婚したての頃、「毎日浸かる」ということで、連れ合いと少し文化的な争いになった事があります。しばらくして彼が慣れてその争いはなくなりました。私が彼の葉巻や飲酒に何も言わなくなり、彼が私のお風呂に何も言わなくなったという感じでしょうか。

でも、一応、控えめにします。シャワーの一回分は湯船で使うお湯の半分程度と言われたので、基本的には湯船の半分程度を目安にお湯を張ります。まあ、時々それよりも多くなりますけれど。

滅多にやらないけれど、時々入浴剤を入れて温泉ごっこをしたり、リラックスするために精油を入れたりする事もあります。それと、石鹸やシャンプーなどは昔は「安いものでいいや」だったのですが、最近は自分が使って幸せになるものを厳選します。

引越すとしても、たぶんバスタブがあることは優先順位が高くなるだろうなあ。同時に、水がウルトラ貴重な国には住めないかもと思っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(4)アカシアの道 - 2 -

「郷愁の丘(4)アカシアの道」の続きです。レイチェルのうっかり発言により、グレッグの片想いの相手は自分だとジョルジアは氣づいてしまいました。モテモテのひとは、こういう場合の上手なあしらい方というのをわかっているのでしょうが、彼女はそうでなく……。

人生には、時々こういう瞬間があると思います。これまでの経験がほとんど役に立たず、とっさに何かをしなくてはならない時。このとっさの行動が、実は人生のターニングポイントだったという事は、もちろんその時にはわかりません。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(4)アカシアの道 - 2 -

 苦痛に満ちた顔で、階段を降りていってしまった彼を見て、レイチェルは彼女に言った。
「ごめんなさい、私、ヘンリーに謝ってこないと」

 彼女が出て行き、閉まったドアをジョルジアは眺めていた。あまりの不意打ちで、彼女の思考は止まっていた。

 ジョルジアは、恋愛模様の当事者になった事はほとんどなかった。ティーンエイジャーの頃から人びとの関心は、美しく装った妹に集中し、彼女はそれを客観的に眺めるばかりだった。

 男性とデートするようになったのは通常よりずっと遅く、同僚のベンジャミンに紹介されてからだ。その相手であるジョンにひどく傷つけられて去られてから、彼女は人との交流そのものもまともに出来なくなり、社会からも背を向けた。

 一年ほど前から、意に反して恋に落ちてしまったが、その相手は知り合いでもなく実際に逢う事もないので、恋愛の当事者として当意即妙の反応を返す必要は全くなかった。

 突然、こんな形で男性を意識する事になり、彼女はどうしていいのかわからなかった。荷物の前に座り込み、何をするでもなくそれを見つめた。

 どれだけそうしていたかわからない。彼女は階段を上がってくる音を聞いた。短いノックが聞こえた。
「ジョルジア」
グレッグだ。

 彼女は立ち上がり、混乱して戸惑いながらドアに向かった。どんな顔をすればいいんだろう。

「開けなくていい、ただ聴いてほしい」
ジョルジアは、ドアノブに手をかけたまま立ちすくんだ。

「レイチェルが言ったことは、どれも本当だ。それに、あのとき君に話した、好きになってしまった女性というのは、君のことだ。でも、君をマリンディに招待したのも、こんな所まで連れてくることになってしまったのも、邪なことを企んでいたわけじゃない。ただ、リチャードの事務所で君に再会したときに思ったんだ。こんな奇跡は二度と起こらない。だから一分でも長く君と時間を過ごしたいと」

 彼女は、混乱していた。彼に対して一度も感じたことのなかった動悸にも戸惑っていた。それでいて、片想いをしている男に感じる強い痛みと熱情が欠けていることも冷静に感じていた。どうしていいのかわからなかった。ジョルジアは、望まぬ相手に愛の告白をされたことなどこれまでたったの一度もなかった。ましてや、その相手がこれまで一度も感じたことがないほど自分に近く感じる特別の相手なのだ。

「君がショックを受けて、僕に不信感を持つのは当然だ。距離を置かれたくなかったからだが、故意に隠していたのは事実だし、自業自得だと思う。君をちゃんとナイロビ行きの停まるヴォイかムティト・アンディまで送り届けてくれるようにレイチェルに頼んだ。せっかくの休暇に不快な思いをさせてしまって、本当にすまなかった」

 ジョルジアは、何か言わなくてはならないと思った。だが、何が言えるだろう。近いと思える存在を失いたくないから「無害な」友達でいてほしいと? そんな都合のいいことを言う権利があるとでも?

 しばらくしてから、彼が返事を待たずに去っていく足音が聞こえた。ジョルジアはドアを開けてその落胆した後姿が階段を降りて見えなくなるのを黙って見つめた。彼は振り返らなかった。

 何かを言わなくてはならない。もしくは、敵意のない態度を見せなくてはならない、例えば食事のときに、いや、リビングに行ってレイチェルに話しかけながらでも。

 彼が謝らなくてはならないことなどなにひとつなかった。もし、それが罪なら、ジョルジアが、自分を知りもしない相手のことをいつも考えてしまうのも大罪だった。彼女はグレッグと一緒にいた時間を不快に思ったことは一度もなかった。何と答えていいかもわからないほど混乱させられている彼の告白ですら不快ではなかった。

 ジョルジアが、それを告げようと決心して階下に降りようとした時、表からエンジン音がした。そしてルーシーの吠え声がドアの締まる音とともに消えたのも。

 彼女は、我に返って階段を走り下りた。玄関にはレイチェルがいて、ジョルジアを見て頷いた。

「彼は?」
「このまま、帰るそうよ。あなたをよろしくって、頼んでいったわ」

 ジョルジアは、そのまま彼女の横を通り抜けて表に出た。黒いランドクルーザーは、もう門を出て走り去っていた。ジョルジアは走って公道に出た。並木の間を赤茶けた道がずっと続いている。土ぼこりが舞い上がって、去っていく車が霞んでいく。彼女は、間に合わないと思いながらもただ走った。けれど、ぬかるみの中に隠れていた石につまづいて転んでしまった。

 膝と、それから手のひらに激痛が走った。こんなのは嫌。世界は突如として以前通り素っけなく親しみのないものに変わってしまった。アフリカも厳しく痛い存在になってしまった。どうして。

 こみ上げてくる苦しさを押し込もうとしたその時に、彼女は近づいてくる犬の吠え声を聞いた。顔を上げると、焦げ茶のローデシアン・リッジバックが走り寄って来ていた。
「ルーシー……」

 大きい犬は、尻尾を振ってジョルジアに駆け寄ると、振り向いて主人を呼んだ。グレッグが遅れて走って来ていた。彼は、駆け寄ると屈んで「大丈夫か」と訊いた。

「痛いわ」
彼女は、手のひらを見せた。赤茶けた泥まじりの土の下から血がにじみだしている。

「この辺りはアカシアの木ばかりだから、トゲがたくさん落ちているんだ」
彼はとても優しく手のひらの泥を拭って、棘がいくつも刺さっているのを見た。
「すぐに手当をしないと。立てるか」

 ジョルジアは、完全に安堵している自分に驚いていた。泥だらけの惨めな姿で、手のひらと膝は痛くても、心の方の痛みが消えていた。

「ルーシーが吠えて報せてくれなかったら、君が追って来ていたことも、こうして怪我をしたことも知らずにそのまま走り去ってしまう所だった」

「どうしてさよならも言わずに行ってしまうの? 約束したのに」
「約束?」
「約束したでしょう。私を《郷愁の丘》へ連れて行ってくれるって」

 彼は驚きに満ちた目で、彼女を見つめた。
「……。君は、二度と僕と二人きりにはなりたくないんだと思っていた」

「私はムーア博士に逢いにここに来たわけじゃないわ。マリンディに行こうと思ったのも、イタリア人街を見たかったからじゃない。あなたは、他のどんな人とも違う。あなたは私にとても似ていて、きっと誰よりもわかってくれる人だと感じたからよ。あなたと友達になりたかったの。それが迷惑だと言うなら諦める。でも、こんな風に黙って去っていったりしないで」

 グレッグは、ジョルジアを支えてゆっくりと立たせた。
「《郷愁の丘》までは日帰りできる距離じゃないんだ。それでも来るかい?」

 彼女は頷いた。
「荷物を取ってくるわ」

 グレッグは、少し間を置いてから言った。
「まず、この傷の手当をしてからだ。車をとってくるから、ルーシーとここで待っていてくれ」

 彼は、かなり先に乗り捨てたランドクルーザーの方に歩いて戻っていった。ジョルジアは、ルーシーの優しい鳴き声を聞きながら、その背中を見ていた。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

パンのお供(2)ハムペースト

わざわざシリーズを作ったのに(1)だけで放置していた「パンのお供」。まだまだたくさんあるはずなのに、いったいなにをやっていたんだか。

日本では「ご飯のお供」は、どの家庭でもそれぞれにあって、むしろ「そんなもん、わざわざ意識していないよ」というものであったりもします。同様に、何がなくともとりあえずパンなので、そのパンのお供も大事です。

買ってくるパンにしろ、自分で作るパンにしろ、とにかくパンは常に自宅にあるものなのです。で、我が家でもパンとバターはとりあえず切らさないようにします。そして、そのパンをどう食べるかは、日々違うのですね。しかも、スイスは夕食が軽い事が多いので、パンプラスαがそのまま夕食のメニューになります。スープ+パンとか、パンとハムとチーズとか。

で、いつも同じだと飽きるので、いろいろと工夫をするようになると。

というわけで、今回は「ハムペースト」です。

ハムペースト

かつて「サンドイッチ談義」という記事でご紹介しましたが、日本にいた頃から愛読していた本、パトリス・ジュリアン著「フレンチスタイルのサンドイッチ」に、「こういうムースや味付けバターがあると、カスクルート(フランス式サンドイッチ)は簡単に豊かになるよ」と、いろいろな基本ムースや味付けバターを紹介したページがあるのです。

で、それ自体さほど難しくないのですが、怠惰な私は更に簡単にアレンジしてしまうのでした。

パトリス・ジュリアン氏の「ハムのムース」はハムの他にバター、サワークリーム、プレーンヨーグルト、サラダ油なども入っていて、細かく切ったハムをすりこぎですってという工程があります。

私のは、材料はハムとマスカルポーネチーズ(リコッタでもOK)だけ。
ハムをチョップする

ハムは適当にちぎってハンドブレンダーで細かくします。それとマスカルポーネチーズを混ぜて、必要なら塩こしょうで味を整えるだけです。マスカルポーネやリコッタを使う理由は、カッテージチーズなどと違って、柔らかくするために他の材料と混ぜたり、しばらく常温で置いてといった面倒が何もないからです。つまり冷蔵庫から出して速攻で作って五分後には食べられるというわけです。

これだけで十分濃厚なので、バターは塗らずにそのまま厚めにパンに塗り、窓辺に栽培している(というか毎年勝手に生えてくる)ルッコラを挟むと、それだけでOK。パンだけでなく、クラッカーに塗っても美味しいですよ。


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Category : 美味しい話
Tag : パンのお供

Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(4)アカシアの道 - 1 -

二週ほど別の小説が入りましたが、本年のメイン小説「郷愁の丘」再開です。五歳児メグを届ける目的で、祖母であるレイチェル・ムーア博士の家にやってきたジョルジアたち。ここでジョルジアは意外な事を知る事に……。

ところで、アフリカの白人のお家は平屋でやたらと広いものが多いのです。おそらく土地はいっぱいあるからなのでしょうね。以前ヨハネスブルグ郊外で滞在したお家は、とても広くて、トイレに行く時にギリギリまで我慢するとピンチになるくらいでした。ナイロビで滞在したお家、モンバサで滞在したお家も広かったなあ。

今回も二回に分けています。「よりによって、そこで切るか」と言われても、半分くらいがここだったんだもの……。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(4)アカシアの道 - 1 -

 四時間のドライブのあと、一行は赤茶けたサバンナの舗装されていない道をゆっくりと進み、たくさんのアカシアの樹が生えている一画に建つ家に入っていった。それはアフリカには多い大きな平屋建てで、二匹のドーベルマンが前庭を駆け回っていた。

 彼が降りて呼び鈴を押すと、電動で門が開き、彼は車を玄関先まで進めて停めると、メグを起こしてジョルジアと自分の荷物を玄関に運んだ。玄関が開いて映画でその姿に見覚えのある動物学者レイチェル・ムーア博士が出てきた。

 メグは祖母の姿を見ると、それまで必死で抱きついていたジョルジアからぱっと離れて、その腕の中に飛び込んだ。
「ナナー!」

 映画で見たときより少し歳とったとはいえ、レイチェル・ムーア博士は誰かの祖母という言葉がピンと来ないほど若々しくて生氣に溢れた女性だった。少し濃いめの金髪はボブカットに揃えられ、半袖のサファリシャツと太ももまでの丈のショートパンツから見えている手足は瑞々しかった。

 ああ、この人は光だ。ジョルジアは感じた。それは彼女が兄である実業家マッテオ・ダンジェロや、世界でもっとも成功したモデルの一人である妹アレッサンドラに対して感じる、抗えない強いパワーと同じエネルギーだった。

「なんてお礼を言ったらいいのかしら、ミズ・カペッリ。この子はどうしてもヘンリーのことが怖いらしいの。あの髭と生真面目さのせいだと思うんだけれど」

「レイチェル。僕は車を駐車場に入れてきます」
「あ、ヘンリー。申し訳ないんだけれど客用の駐車場に、アウレリオが買った鉢植えを八本も置いたまま行ってしまったの。適当にどけてくれる?」

 グレッグは頷いた。
「本来はどこに置くべき鉢なんですか」
「スイミングプールよ。置くスペースは作ったんだけれど、今日、雑用で来てくれているジェイコブが来なかったから移動できなかったの」
「わかりました。じゃあ、プールに運んでおきます」

「私も手伝うわ」
ジョルジアが言うと、グレッグは首を振った。
「君は、ゆっくりしててくれ。ようやく客らしい立場になれたんだし」

「そうよ。まず客間に案内するわね。その後すぐお茶を淹れるわ」
ジョルジアは少し慌てた。
「私の事はおかまいなく。ミセス・ブラスが大変な時で、それどころではないでしょう」

 レイチェルは笑顔で首を振った。
「最初の連絡では私も慌てたけれど、さっき本人から電話があってね。全く問題がないんですって。少しおかしいなと思った時に誰もいなかったのでパニックに陥ってしまったらしいの。ヘンリーがすぐに病院に運んでくれて、しかもあなたたちがメグを無事にここに届けてくれるとわかったら、安心したみたい。あっちは蒸し暑いでしょう。それで調子を崩したのね。明日、退院してアウレリオと一緒にこっちに戻ってくるわ。だから、マリンディではできなかった分、あなたをおもてなししたいの。よかったらこちらにお好きなだけ逗留していってくださいな」

 ムーア博士が彼女を二階に案内した。メグも嬉しそうについてきたが、客間の前でシャム猫をみかけると声を立てて駆け出し、猫と一緒にまた一階へ行ってしまった。

 ムーア博士は客間の扉を開けると言った。
「ねえ、どうか私をレイチェルと呼んでちょうだい。メグの友達になってくれたんですもの、私の友達にもなってほしいわ」
「光栄です。ジョルジアといいます」

 そう答えるとレイチェルはウィンクして答えた。
「知っているわ。あなたの名前も、それから、お仕事も。あなたとやっとお知り合いになれてとても嬉しいのよ。彼の幸せは私たちの重要な関心ごとなの。彼はどう思っているかわからないけれど、私もマディも、ヘンリーの家族のつもりだから」

 ジョルジアは、彼女が何を言っているのかよくわからなかった。どこから訊き直すべきか考えている間に、レイチェルは本棚から抜き出した写真集を見せて笑いかけた。それはジョルジアの『太陽の子供たち』だった。まさかケニア中部の初めてあった人の家でこれを目にするとは思わなかったので、彼女はさらに驚いた。

「これはヘンリーのところにあったのよ。この前のクリスマスに彼の家に行った時にマディが見つけてクリスマスプレゼント代わりにって強引にもらってきてしまったの。以前アテンドした写真家で、アメリカの有名な賞で入賞したって、アシュレイから訊いてから欲しがっていたのに、売り切れで手に入らなかったから」

 グレッグが『太陽の子供たち』を持っていた? まさか。

 今回の旅で、彼女は前回のアテンドのお礼として、リチャード・アシュレイとグレッグ用にそれぞれサイン入りの写真集を持ってきた。リチャードは「欲しかったのに手に入らなかったんですよ!」と大喜びしたが、グレッグははにかみながら礼を言って受け取っただけだった。関心があったとは思いもしなかったのでもう持っているかどうかは訊かなかったのだ。

「マリンディに出かける前に、マディがね。ヘンリーが招待した女性、どこかで聞いた名前だと思ったらこれだったんだわって、持ってきたのよ。私もね、彼が子供の写真集ばかり持っている理由がわかってホッとしたの。私たちがよく話すようになってからこのかたガールフレンドがいた形跡がないし、ペドフィリアの傾向があったら由々しき問題でしょう? でも、おつき合いしている女性の作品だったから集めていたんだとわかったから、本当に安堵したのよ」

「これ以外にも、私の写真集を?」
「ええ。七、八冊くらいあったかしら」

 それは、つまり、出版されている私の写真集をほとんど全て持っているってこと? 言葉がでてこなかった。

 彼が子供好きでないのは、メグの扱いを見てもわかる。それに七、八冊あるという事は、その前に撮っていた風景の写真集もあるはずだ。彼が写真集を買った理由は題材にあるわけではなく、写真家に興味があるとしか考えられなかった。けれど、彼はこれだけたくさんの事を話したのに一度もその事に触れなかった。それは……。

 彼との会話が甦る。
「知り合ってもいない人に恋をしたことがあるんですか?」
「いや、知り合ってはいます。でも、二度と逢う機会もない程度の知り合いだったから、あなたのケースとほとんど変わりありませんよ」

 彼女は、手にした自分の写真集を見つめた。あの言葉を聞いたとき、自分と結びつけて考えることはなかった。だが、そうではないと断言する理由などどこにもないのだ。

 レイチェルが誤解するのも無理はない。彼が、マリンディの別荘に誘った時に、ジョルジアは彼を既婚者だと思っていたのでそんなつもりはなく招待に応じたが、レイチェルやマディの立場で考えれば、彼が女性を連れてくると言ったら恋人だと思うだろう。

 彼が階段を上がってきたのが目に入った。ジョルジアが手にしている『太陽の子供たち』を見て、彼はレイチェルが何を話していたのか悟ったようだった。

「まさか……知らなかったの?」
レイチェルは、口元に手を当てて、痛恨のミスをどう取り戻そうかと考えているようだった。だが、ジョルジア自身は驚きと混乱で、氣の利いた言葉を返すことが出来なかった。
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Posted by 八少女 夕

多民族のひしめく所

現在連載中の「郷愁の丘」。いただくコメントを読んでいて「あれ、やはりアフリカは日本から遠い?」と思う事がしばしばあります。中でも現地の人たちに関する記述で、「あ、これは全く馴染みのない事なのか」と氣づかされる事が多いです。

市場の女たち

「郷愁の丘」の舞台はケニアですが、実を言うと私のケニア、タンザニア、ジンバブエ、南アフリカ共和国で経験した事とその現地に住んでいる人たちと話していて感じた事を混ぜて記述しています。だから正確にはケニアだけの話じゃないのです。

だだ、ケニアと南アフリカが同じであるわけはありません。地理も歴史も文化背景も違います。

私が「郷愁の丘」で書こうとしているのは、アフリカの現状に関する問題提起ではないですし、歴史や文化の紹介でもないのです。その一方で、あの地を舞台にしたのならば、避けて通れない記述もあります。日本で「ケニア十日間の旅」などと聞いたときにイメージするのは、おそらくライオンやゾウなどの野生動物だと思うのですが、それだけではないのですよね。

ケニアは多民族国家です。「白人」と「黒人」という分け方は乱暴すぎます。が、どこまで分ければ適当であるかと考えると悩ましいところです。

いわゆる黒人で一番人数が多いのはキクユ族。テレビでおなじみでよく知られているのはマサイ族ですが、彼らは少数派で、その他に何十もの部族があります。言葉も生活様式も文化宗教もさまざまです。

白人といっても、植民地時代からいるケニア生まれケニア育ちの白人の他に、ここ何十年の間に移住した人たちやその子供たちもいますし、仕事で来たばっかりの人たちもいるのです。それぞれが、それぞれのコミュニティに属しながら、お互いに影響し合いつつ存在しています。

その他に、外国人では、白人による植民地時代より前に広がっていたムスリムの影響があり、インド人も多く、さらに政治的な関係が深い中国人もいます。

日本にとって遠いんだなと思うのは、「白人による黒人差別」とか「人類皆兄弟」とか、そういうキーワードによる観念が一人歩きしていて現状とマッチしていないと感じる時です。もちろんそれぞれのキーワードは間違いではないのですが、そんなに単純な問題でもないのです。

例えば「白人と黒人のもらっている給料が違う」という事実があって、それを「不平等」と断じるのは簡単です。でも、給料をある一定時間の労働量に対する対価と考えると、平均的な白人一人の労働量は、平均的な黒人数人の労働量に匹敵してしまうという事実があるのです。この辺は、白人よりもさらに(それも自主的に)働いてしまう日本人には目にしない限り理解できない事なのかなと思います。

差別して虐待したりする事は、決してすべきではないのですが、その一方で全く同じに扱う事が実質不可能であるのは、実際に彼らと知り合わない限りなかなか理解できないと思います。

これは本来は肌の色の違いによるものではないのです。それでも部族や民族、社会文化や風俗の違いによる集団の差異は存在するということです。もう少しわかりやすく言うと、同じヨーロッパにいる白人でも「ゲルマン人」と「ラテン人」は個別の人の事はさておき一般的には振舞いや考え方などが違うというのはイメージしていただけるでしょう。同様に「キクユ族」と「マサイ族」も全く違います。もちろん植民地時時代からいるイギリス系ケニア人とキクユ族のケニア人も違うのです。

私の小説は、日本社会を舞台に展開する事もありますが、そうでない事が多いです。登場人物も、日本人も結構いますが、相対的には外国人の方が多いでしょう。彼らを動かす時に、もちろん日本人である私の脳内から出てきたのですから全く自由にはなっていませんが、出来る限り日本人しかしないような言動や考え方を書き込まないようにしています。

出発点がそこにあるので、時おり読者の方には「?」と思われるような前提条件をあえて説明せずに書いている所があります。もしかするとその辺が、わかりにくさになっているのではと、少し不安になっています。というわけで、時おりこうやって、別記事で説明を入れようと思っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -9- サラトガ

WEB月刊誌「Stella」参加作品「バッカスからの招待状」です。東京・大手町にある隠れ家のようなバー『Bacchus』。バーテンダー兼店主の田中佑二が迎える客たちのなんて事はない話をほぼ読み切りのような形でお届けしてます。もう二ヶ月か、早いなあ。

今回は、珍しく「ちょっと嫌われ者」の客が登場します。まあ、店主の田中にとってはどんな人でもお客様ですが。なぜか夏木が準レギュラー化しているなあ。それにバーの小説なのに、下戸のキャラばかりってどんなものでしょう。


月刊・Stella ステルラ 4、5月号参加 連載小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「バッカスからの招待状」をはじめから読む「バッカスからの招待状」をはじめからまとめて読む
「いつかは寄ってね」をはじめから読む「いつかは寄ってね」をはじめからまとめて読む




バッカスからの招待状 -9- 
サラトガ


「今日は、いつものとは違う物を飲んでみたいな。田中さん、何でもいいからみつくろってくれないかな。お願いします」
夏木がそう言うと、田中はにっこりと笑った。
「かしこまりました。久しぶりのおまかせですね」

 大手町の隠れ家のような小さなバー『Bacchus』は、アルコールを全く受け付けない体質の夏木が唯一通っている店だ。店主でもあるバーテンダーの田中がいつも上手にノン・アルコールのカクテルを作ってくれる上、肴も美味しくカウンターに座る他の客との当たり障りのない交流も居心地がいいのだ。たった一人、あの男を除いて。この店は大好きなんだけれど、あの客だけは会いたくないんだよな。

 その客とはこの二月くらいから時々顔を合わせるようになった。

「いらっしゃいませ、近藤さん」
田中の声にはっとする。どうやら嫌な予感が的中したようだ。

「こんばんは、マスター。あれ、今日も先生が来ているね」
先生というのは夏木の事だ。夏木は教師でもなければ、医師でもないし、弁護士でもない。なのに、この近藤という男はいつも夏木をからかってそう呼ぶのだ。夏木が眼鏡をかけて、あまりオシャレではないコンサバなスーツを着、きまじめな様子でいるのが今っぽくないからというのが理由のようだった。

 近藤のスーツは、おそらくアルマーニだろう。やけに目立つ赤と黒のネクタイを締めて、尖ってピカピカに艶の出た靴を履いた脚を大袈裟に組むのだが、夏木は心の中で「お前はジョージ・クルーニーじゃないんだから、そんなカッコをしてもマフィアのチンピラにしか見えないぞ」と呟いた。もちろん口に出して言う勇氣はない。

「今日は、あのかわいいすみれちゃんと待ち合わせじゃないのかな。頑張ってアタックしないと、愛想を尽かされちゃうんじゃないかな」
放っておいてくれ、夏木は思ったが、田中を困らせたくなかったので喧嘩腰に口をきくのは控えた。

 近藤の話し方は早口で神経質だ。何がどうというのではないが、聴いているとイライラする。それに田中と他の客が話している時に、話しかけられてもいないのに割って入り、話題に関連した自分の知っている知識をこれでもかと披露する。そのせいでせっかくの話題の流れがおかしな事になってしまう事もある。どうしてもその話題をしたい訳ではなくても、話の腰を折られると面白くはない。

「マスター、僕のボトル、まだ空じゃないよね。いつものサラトガを作ってくれよ」
夏木が乗ってこないので興味を失ったように、近藤は田中に注文した。自分をからかう他に、夏木がこの男を氣にいらないもう一つの理由は、彼が田中を小僧のように扱う事だった。なんだよ、この上から目線。彼は心の中で毒づいた。

 田中は、いつものように穏やかに「かしこまりました」と言って、近藤の自筆で書かれたタグのついたブランデーのボトルを手にとり、規定量の酒をシェーカーに入れた。近藤は優越感に満ちた表情で夏木を見た。ボトルキープをしている自分はあんたとは違うんだよ。もしくは、ブランデーベースの強いカクテルを飲める自分はどうだい。そんな風に言われたようで、夏木は意味もなく腹が立った。

「お待たせしました」
近藤の前に、パイナップルスライスの飾られたカクテル・グラスが置かれた。

「これこれ。やはりバーにきたからにはサラトガを頼まないとね。このカクテルはバーテンダーの腕の差が出るよ」

 それから、夏木の方を見て言った。
「先生もどうです? なんなら、僕のブランデーをごちそうしますよ」

 夏木がアルコールを一滴も飲めないのを知っていての嫌味だ。彼はついに抗議しようと憤怒の表情を浮かべて近藤の方に向き直った。

 その不穏な空氣を察知した田中が、先に言った。
「夏木さんも、サラトガの名前のついたカクテルを既に注文なさっていらっしゃいます」

 夏木はぎょっとした。いくら悔しくても、女性にも飲める軽いカクテルですら飲めない彼だ。強い事で有名なサラトガは舐める事だって出来ないだろう。

 近藤も意外そうに田中の顔を見た。
「サラトガを先生が?」

 田中はコリンズ・グラスに砕いた氷を満たした。カクテル・グラスでないところから、少なくともサラトガは出てこないとわかって、夏木は安堵した。田中が夏木の飲めないものを出すはずがないと思い直し、彼は黙って出てくるものを待つ事にした。

 田中はライムを取り出して絞ったもの、シュガー・シロップに続き、グラスにジンジャーエールを注いだ。そして、軽くステアしてから夏木の前に出した。
「お待たせしました。サラトガ・クーラーです」

 クラッシュド・アイスはなくカクテル・グラスに入っているサラトガの方が色は濃いが、似た色合いのドリンクが並んだ。全く中身は違うけれど、どちらも丁寧に作られたカクテルで、全く遜色はないと主張していた。

 夏木は感謝して一口飲んだ。
「ああ。これは美味い。また新しい味を開拓できて嬉しいよ、田中さん」

 嬉しそうに飲む夏木の姿を見ながら、近藤はどういうわけかその晩は静かだった。十五分ほど黙ってカクテル・グラスを傾けていたが、料金を払うと「じゃあ。また」と言って去っていった。

 夏木は田中が片付けているカクテル・グラスを見て驚いた。
「あれ。ほとんど残っている」

「あの人、いつもそうだよね」
少し離れたところに座っている他の常連が口を挟んだ。

「わざわざポトル・キープまでしているわりに、全然飲まないんだから、本当はお酒は弱いんじゃないかなあ。無理してサラトガなんて頼まなくてもいいのに、何でこだわっているのかなあ」

 夏木は近藤が不愉快でいつも先に帰ってしまうので、知らなかった。田中は何も言わなかったが、それが本当に近藤がカクテルを飲み終わった事がないことを証言した形になった。

* * *


「近藤さん、こんばんは。今日はお早いですね」

 田中は、いつもよりもずっと早い時間にやってきた近藤にいつもの態度で歓迎した。今日の服装は、いつも通りのアルマーニのスーツではあるが、水色の大人しいネクタイだし、靴がオーソドックスなビジネスシューズだった。それだけでも印象が随分と変わる。さらによく見ると、髪を固めていた整髪料を変えたのか、艶やかにしっかりと固まっていた髪型が、わりとソフトになっている。

「うん。予定が変わって、時間が空いたんだ」
普段より大人しい様子の彼に、田中はどう対応していいのか迷った。だが、まずはいつも通りに対応する事にした。おしぼりを渡しながら訊いた。
「今日は、いかがなさいますか」

「いつものサラトガを……」
そう言いかけてから、近藤は言葉を切って、少し考えているようだった。田中はいつもとの違いを感じて結論を急がせないように待った。

 近藤は、顔を上げて言った。
「この間の、先生が飲んでいた方のサラトガを飲んでみていいかな」

「サラトガ・クーラーですね。かしこまりました」
田中は、なるほど風向きが本当に変わってきたんだなと思いつつ、コリンズ・グラスを取り出した。

 目の前に出てきたサラトガ・クーラーを一口飲んで、近藤はほっとひと息ついた。
「ああ。美味しいなあ。もっと前に、これを知っていたらよかったな」

「お氣に召して何よりです。本当はクーラーというのはアルコール飲料を炭酸で割ったものにつけられる名前ですが、こちらは完全なノンアルコールです。組み合わせが全く違うサラトガと同じ名前がついている由来も定説はないようです」

 近藤は、しばらく黙っていたがやがて言った。
「僕はね、もうわかっていると思うけれど、本当はアルコールにとても弱い体質なんだ。でも、ずっとそうじゃないフリをしてきた。飲めるのに飲めないフリはそんなに簡単にはバレないけれど、飲めないのに強いフリをしても無駄だよね。でも、マスターは、一度も他の人の前でそれを言わないでくれたよね。ありがとう」

「アルコールに弱い事は恥でも何でもなくて、体質ですから無理すべきではないのですが、そうはいかないときもありますよね」
「うん。でも、正直に言ってしまった方が、ずっと楽に生きられるんだよね。僕は、先生を妬んでいたんだろうな」

「どうしてですか?」
「最初にここで彼を見たとき、例のすみれちゃんと楽しそうに飲んでいたんだよ。僕は、ここじゃないバーで、女性にカクテルをごちそうしたりして、親しくなろうと何度も頑張ったけれど、うまくいかないんだ。最初はカッコいい名前のカクテルや、服装に感心していてくれた子たちも、僕が飲めなくて、ただの平社員で、カッコいい都心のマンションにも住んでいない事がわかると去っていく」

 それからグラスを持ち上げて爽やかなドリンクを照明に透かして揺らした。
「サラトガは、大学生の時に好きだった女の子が教えてくれたカクテルなんだ。彼女はもう働いていて、職場の出来る先輩が大人はこういうのを飲むんだって言ったらしくてね。サラトガというのは勝利の象徴だって。僕は、それから十年近くもその見えない大人の男に肩を並べなくてはと思っていたみたいだ。そうじゃないのに賢くてカッコいいヤツを装っていた。この間、マスターと先生の息のあったやり取りを見ていて、自分の目指していた大人像は間違っていて薄っぺらだったんだなと感じたよ」

 田中は、生ハムと黄桃のオリーブオイル和えをそっと近藤の前に出した。
「カクテルの名前の由来というのは、はっきりしているものもありますが、なぜそう呼ばれているのか説が分かれるものもあるんです。私に言えるのは、サラトガはブランデーの味のお好きな人のためのカクテルだということです。名前も、原材料も、どれが最高という事はありませんので、それぞれの方がご自身の好みに従ってお好きなものを注文なさるのが一番だと思っています」

「そうだよね。だから、もう背伸びするのはやめることにしたんだ。長い時間をかけて髪をセットするのも、窮屈な靴を履くのもやめてみたんだ。そうしたら、さっき約束していた子にイメージが違うと振られてしまったんだけれど」

 田中はぎょっとした。これは相当落ち込んでいるんじゃないだろうか。だが、近藤は笑った。

「心配しないで、マスター。僕は自分でも驚いているんだけれど、ほっとしているんだ。彼女は、とてもスタイリッシュで美人で目立つ人で、成功したエリートがいかにも好みそうなタイプだけれど、ご機嫌を取るのがとても難しくて僕にはひどいストレスだったんだ。振られて楽になったよ。負け惜しみと思うかもしれないけれど、本当なんだ」

 彼は、空になったグラスを持ち上げた。
「もう一杯、もらえるかな」

 田中は微笑んで頷いた。それぞれ好みのドリンクが違うように、最良の生き方も人によって違う。自分に合ったものが何であるかがわかれば、過ごす時間もずっと楽しいものになる。この店で逢う度に不穏な空氣になっていた夏木と近藤も、意外にも仲がよくなっていくのかもしれないと思った。

サラトガ(Saratoga)

標準的なレシピ
ブランデー = 60ml
マラスキーノ・リキュール = 2dash
アンゴスチュラ・ビターズ = 2dash
炭酸水 = 微量

作成方法: ブランデー、マラスキー・ノリキュール、アンゴスチュラ・ビターズをシェークし、カクテル・グラスに注ぎ、極少量の炭酸水を加えて、パイナップル・スライスを飾る。



サラトガ・クーラー(Saratoga Cooler)

標準的なレシピ
ライム・ジュース = 20ml
シュガー・シロップ = 1tsp
ジンジャー・エール = 適量

作成方法: クラッシュド・アイスを入れたコリンズ・グラスに、ライム・ジュースとシュガー・シロップを注ぎ、ジンジャー・エールでグラスを満たした後、軽くステアする。



(初出:2017年5月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Posted by 八少女 夕

二代目・ブラウン マルチクイック

以前(2014年でした)、「なくては困るもの」という記事でご紹介した事がありますが、私の料理で本当に「なくては困る」状態で活躍しているのがブラウンのマルチクイックというハンドブレンダーです。

ブラウン マルチクイック5

ミキサー、チョッパー、泡立て器の機能を全て一つのモーターにアタッチメントを付け替える事で実現するのですが、これが本当に便利なのです。上の写真のように、モーター部分は小さくて、大きめのマグカップにぽんと入れておくだけで場所はとりません。重くて水がかかってほしくないモーター部分が取れる事で、他の部分を洗うのがとても楽なのがこの商品の何よりもの強みです。あまり使わないけれど、アイスクラッシャーもついていました。そして、去年からは新たに野菜のスライサーとパンの生地もこねられるアタッチメントも購入して、とても便利に使っていました。

ところが、先日、モーターがお釈迦になってしまったのです。おそらく犯人は私です。刃が引っかかっているのに、無理して回していたせいだと思います。しくしく。困りましたよ。モーター部分がなければ、全てのパーツが役に立ちません。そして、私の料理のかなりの部分はこのマシンに頼っていたので、ものすごく不便になってしまいました。速攻でネットで同じマシンのモーター部分のみを探しました。ありませんでした(笑)

ブラウンの公式ページを見ると、現在売っているのは同じマルチクイックでも9というシリーズ、私のマルチクイックは5です。新しい方が新機能などがあるのは間違いないのですが、こんなにあるアタッチメントがみんなゴミになるのは嫌です。それにまた一から揃えると結構な出費に。

それで同じパーツが使えるものは売っていないか探すと、ありました。同じ5のシリーズで、私の持っていたものは600Wだったのが750Wに変わり色も変わっていますが、そんな些細な事は全く問題なし。モーターだけの販売はありませんでしたが、一番簡単なパーツがついているだけのものがあって、値段もOK。即ポチッと注文しました。

ブラウン マルチクイック5

三日ほどして新しいモーターが届いてから、早速毎日便利に使っています。今度は壊さないように無理して回し続けたりしないようにしなくちゃ。
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Category : 生活のあれこれ

Posted by 八少女 夕

【小説】あの人とお茶会に

「郷愁の丘」の連載中ですが、今週と来週はお休み。今週は「十二ヶ月のアクセサリー」四月分を発表します。四月のテーマは「和装小物」です。

アクセサリーと言うならば、正確には帯留めの飾りぐらいかなと思ったんですが、もう少し幅広くアクセサリーという事にして、乱暴ですが、帯締め、帯揚げ、伊達衿までを含めてしまいます。

和装は、日本人の民族衣装なのですが最近ではほとんど着ないという方も多いですよね。コストが高い、一人で着られるようになるまでのハードルが高い、決まり事が多くてどうしていいかわからないなど、理由はいろいろとありますが、知れば知るほど奥の深い世界で、世界に誇る民族衣装としてもっと普及してほしいなあと思います。


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あの人とお茶会に

 桜が終わり、藤の若緑が次々と公園を彩りはじめると、結花はしょっちゅうため息をつくようになった。月末の日曜日が永久に来なければいいのに。

 去年始めたお茶のお稽古。もともと茶道にはまったく興味はなかったけれど、同じ課に配属された一瀬美弥子が通っているというので興味半分で習い始めたのだ。美弥子がおっとりとして立ち居振る舞いも洗練されているのは、噂の通りお嬢様だからだと思っていたけれど、一緒にお稽古に通いだしてあの動きは茶道の決まった動きで鍛えられたのかと納得した。

 もっとも一年程度、お稽古に通ったからといって、美弥子のような洗練されたお嬢様らしい様相に変わるわけはなく、そもそものお茶の方もお菓子を食べてお茶を飲む動作はまあまあと言える程度になったぐらい。そして、今月末に初めてお茶会に参加する事になったのだけれども。

「はあ」
結花は、また、ため息をついた。なんで洋服で行っちゃいけないんだろうなあ。

 お茶会では、付下か訪問着、もしくは一つ紋以上のついた色無地を着るように宗匠に言われた。去年就職したばかりの結花はお稽古代やお茶会の費用を捻出するのが精一杯で、和服を新調するどころかレンタルする金額すら出せない。だから、叔母に相談したら三つ紋のついた色無地を譲ってくれたのだが、それがどうも思っていたような物とは違った。とはいえ、今さら別の物を用意したら叔母が傷つく。それ以来、お茶会に行くのが嫌になってしまったのだ。

「結花さん、どうしたの?」
お稽古の帰りに美弥子が話しかけてきた。

「え?」
「今日のお稽古、いつもよりもずっと憂鬱そうで、身が入っていなかったから。何かあったのかと思って」

 美弥子はおっとりとしているけれど、同僚や後輩にいつもきちんと心配りをして、心配事があるとすぐに声を掛けてくれる。きれいで、お金持ちのお嬢様なのに、誰からも妬まれたり嫌われたりしないのは、こういう天性の人のよさが自然と溢れ出ているからだろう。

 結花は、この際、いじけた思いを吐き出してしまおうと思った。
「お茶会に着ていく色無地の事なの。叔母が若いころに作ったものをくれたんだけれどね。なんかちょっとくすんだ黄土っぽい色なの。お婆さんみたいじゃない? この若さでそんなの着てくる人いないだろうし、季節にも合わないから借り物っぽいって嗤われるかもしれないって、今から恥ずかしくって」

 美弥子は「まあ」と目をみはった。それからニッコリと笑って言った。
「紋付の色無地はいろいろなシーンで着られるし、きっと長く使えるからその色になさったんじゃないかしら。大丈夫よ。着物は、組み合わせで全く違った印象にできるの。よかったらこの週末にでも、そのお着物を持ってうちに遊びに来ない? 私の持っている小物を組み合わせてみましょうよ。貸してあげられる物がたくさんあると思うわ」

 結花は驚いたけれど、大喜びでその提案を受け入れた。都心にある豪邸に住んでいると噂で聞いていた美弥子の家に行くのは初めてだったし、小物の合わせ方などにも自信がなくてそれも着物でお茶会に行くのが憂鬱な理由の一つになっていたからだ。

 土曜日に、なんとか一瀬家にたどり着いた結花は、都心だというのにまるでお寺の境内のような立派な庭園に囲まれた大きな日本家屋を見て圧倒された。呼び鈴を押して出てきたのが使用人だというのにも怯んだけれど、美弥子は応接間で優しく迎えてくれて、お手伝いさんが持ってきてくれたケーキとお茶を楽しんだ。

 その後に、彼女の案内で二階の広い和室に向かった。その部屋には和簞笥がいくつも並んでいた。美弥子の指示で、結花は畳の上で持ってきた着物のたとう紙を開いた。

「まあ、素敵な色じゃない」
「ババ臭くない?」
「全然。黄土色じゃないじゃない。花葉色か淡黄色っていうのよ。秋から春までの三シーズン使えるわよ。それに、いまでもミセスになってもおかしくない、オールマイティな一枚だと思うわ。帯はどんなのをいただいたの?」

「これ」
もう一枚のたとう紙を開き、朱色の帯を見せる。

「いいと思うわ。名古屋帯だけれど、金糸が入っているからかなり格も上がるし。結婚式だと袋帯の方がいいけれど、今回のお茶会ならこれでもいいと思うわ。じゃあ小物を合わせていきましょうよ」
そういうと、美弥子は嬉しそうにいそいそと、簞笥の引き出しを開けてたくさんの箱を取り出した。

 それはまるでおもちゃ箱をひっくり返したようだった。つやつやと輝きのある鮮やかな組紐、絹の美しい布が次から次へと出てくる。

「洋服だと、えっというような色の組み合わせも、和服だと素敵に見えるのよ。それに、小物の組み合わせ方で、清楚にも、大正ロマン風にも、現代っぽくもなるの。でも、宗匠は少し反動的だから、あまりアバンギャルドにはしないようにしましょうね」

 白にオレンジの混じった組紐の帯締め、鮮やかなひわ色に金糸の混じった帯締め、きれいな黄色の組紐、やさしい桃色の羽二重の帯揚げ、絞りで出来たオレンジと緑の帯揚げ、白地にちいさな花が刺繍された半襟などが次々と出てきて、着物の上に置かれた。

「さあ、どうしましょう。春らしい感じを出すならこのあたりよね」
美弥子がひわ色の帯締めを帯に合わせる。

 結花は黄色には黄色を合わせるのかと思っていたが、言われてみるとそうやって若草のような色を合わせると春のイメージが強くなる。
「へえ。こういう組み合わせもありなのね。帯揚げは? このオレンジと緑の?」

「そうね。そうするとわりと大人っぽくなるかしら。この薄桃色だと花霞のイメージだから若さを強調する感じ?」
美弥子が、それぞれを合わせてみる。言われてみるとその通りだ。同じ着物と帯なのにずいぶんと印象が変わる。

「でも、実際に着る人の顔に合わせてみるとまた感じが変わるのよ。この組み合わせで鏡の前で合わせてみましょうよ」
美弥子の言葉に、結花の心はワクワクしてきた。つまらないと思っていた色無地は、素敵な着物に思えてくる。

「帯が変わるとまた全く違った印象になるのよ。このあたりが和装の面白さなの。この着物も帯もオーソドックスだからいろいろな組み合わせに使えるわ。次に着物や帯を買うときにもきっと使えるわ」

 お茶会の日、結花は再び美弥子の家に行き、着付けを手伝ってもらった。一人では上手く着られないけれど、美容院で着付けてもらうとさらに出費がかさむからどうしようと悩んでいたのを、美弥子が察してくれて提案してくれたのだ。その分、結花は着付けに便利な専用の腰パッドや襟元が崩れないようにするゴムベルトを、美弥子のアドバイスで購入し、一人でそれなりの着付けが出来る手順を習った。

 柳の若葉が芽吹きだし、八重桜と藤の瑞々しい房が一斉に花ひらいた庭園に、それぞれの春の装いをした和装の女性が集まった様子は壮観だった。

 美弥子の訪問着は、サーモンピンクの地色に桜や藤などが描かれた優しい御所車柄の加賀友禅で、白金の無地の帯を合わせていた。朱色の帯締めやオレンジに近い帯揚げが柔らかい彼女の装いにきれいなアクセントとなっている。

 その彼女にぴったりとくっついている結花自身は、淡黄色の色無地に合わせた朱色の帯と、美弥子が見立ててくれた若草色の帯締めに薄桃色の帯揚げが、庭園の花爛漫と合っているようで嬉しくてしかたなかった。

 宗匠みずからのお点前をいただく時も、洋服でお稽古をしているときよりも少しだけ背筋が伸びて、優雅にいただけているような心地がした。

「美弥子さん、どうもありがとう」
後で二人で庭園を散歩している時に結花は言った。美弥子は、不思議そうに彼女を見つめた。
「改まって、どうしたの?」

「私ね、着物の件でこのお茶会が憂鬱で、お稽古までもが嫌になりかけていたの。でも、今日こうして晴れ晴れしいお茶会に参加できて、本当によかったなと思って。もともと私には敷居の高い世界だと思っていたけれど、ちょっとでも垣間みる事が出来たのと、尻尾を巻いて退散するのは大きな違いだもの」

 美弥子は、静かに笑った。花ひらく庭園がとても似合う優しい笑顔だった。彼女は、所作も歩き方も、結花よりずっと慣れていて洗練している。優美で惚れ惚れとする。

 彼女が素敵なのは、お稽古の成果である事は間違いないだろう。お金持ちの家に生まれて、そういう躾を受けてきた事もきっと影響している。でも、それだけではないと思った。暖かくて押し付けがましさのない思いやりは、たぶん彼女特有の人の良さだ。いろいろな意味で追いつけない事があるし、比較してもダメなんだろうけれど、それよりもこういう人と親しくなれた事、仲良くなっていろいろ教えてもらえるようになった自分もラッキーなのだと結花は思った。


(初出:2017年4月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

葬儀の希望

今日は、三月頃に考えていたことを。なんかいろいろと記事がたて込んでいて、アップできなかったんですよね。

父が鬼籍に入ったのはもうじき二十年も前の事になります。「亡くなるには早すぎる」といわれる年齢でした。私はまだしばらくありますが、連れ合いはそろそろそんな年齢になる頃で、それだけ歳をとってくれば当時わからなかった事もわかってくるし、なるほどなあと思う事もあります。

父の葬儀の時に「昔、葬儀ではこれをかけてほしいと言っていました」と母が伝えて、出棺の前のお別れの時にモーツァルトの「フリーメイソンのための葬送音楽(Maurerische Trauermusik)」をループでかけてもらいました。

私の父は、プロテスタントの家庭で育ったのに、私が三歳の時にカトリックに改宗するという変わった事をした人(それを欧米の人に話すとみな驚愕します。改宗の方向が普通と反対なので)で、葬儀ももちろんカトリックの教会でしたが、これ仏教のお葬式だったりしたら「かけてくれと言われても」と困るんじゃないかなあと思います。それに父のチョイスは、さほど悪くはなかったと思いますが、たとえば「ヴェルディのレクイエム。怒りの日をループで」などと遺言されたら実行する方は困るだろうなあと、いろいろと想像してしまいます。

また、ある別の方の話ですが、とある共同体の中でいろいろとトラブルがあって「●●さんにだけは葬儀に来てほしくない」と言い残されたそうです。ところがお嬢さんがそれを共同体のトップの方に申し出てみたところ「そんなことは言うべきではありません」と拒否されてしまったそうで、結局「来ないでほしい」とは言えないままだったらしいのです。そのご本人は堂々といらして目立つところに座っておられたそうで、お嬢さんは悶々とされたとか。

またあるかなり名のある方が、お子さんのご負担を減らそうと「密葬で、四十九日が明けるまで誰にも知らせなくていい」と言い残されたらしいのですが、実際にそうしたところ、結局亡くなられた事が公にわかって、それから引っ切りなしの弔問が始まり大変なことになってしまったんだとか。お通夜やお葬式では、ご記帳やお香典の受け取りも含めてシステム化されていて、それに乗っていればお香典返しも含めてかなり楽にできるようになっているのですが、個別の弔問だけだとそうもいかず、ご家族は悲しむ暇もなくひたすら対応に追われる事になりました。

「結婚式を希望通りにしたくてあれこれ夢見る」というのは、本人がいることで、希望通りに行かなくても本人が納得すればそれで済みますが、お葬式は「そうはいっても」になってしまうこともあるし、しかも本人はもういないのですから、よほどの事でなければあまり希望は言わない方がいいのかもなあと思ってしまいました。

でも、なんか言っちゃうんですよね。「この曲いいなあ。私のお葬式で流して」とか「お葬式しなくていいから南太平洋かなんかで散骨してよ」とか。それを言い残された人があとで困るかどうかなんて全く考えずに。私何回そういうことを言ったかしら?
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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(3)動物学者 - 2 -

第三回目「動物学者」、長いので三回に分けると前回書いて、三分の一に切ったんですが、この後に二つほど別の小説が入って間が空くので、この話はさっさとここで発表する事にします。ああ、行き当たりばったりだとこういう事に。いつもより長いですが、五千字程度なので、お許しください。すみません。

今回は、いろいろな設定上の情報がたくさん出てきます。(あ、無理に憶えなくても、必要になったら「あらすじと登場人物」を読めばいいのでご安心ください)それに、ようやく主人公の二人が「スコット博士」「ミズ・カペッリ」と呼び合うのを脱出します。やれやれ。でもまだ先は長い……。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(3)動物学者 - 2 -

 給油を済ませ、小さな村が遠ざかっていくのを振り返り、後方座席のメグとルーシーがともに寝いっているのを目にして彼女は微笑んだ。

「マニャニというのは大きい街ですか?」
ジョルジアが訊くと、彼は笑った。

「ニューヨークと比較したら村以前で集落と言った方がいいでしょうね。それにレイチェルは、少し街から離れた所に住んでいるんです。彼女は、ゾウの研究をしていて、裏庭にゾウが登場するような所に家を買ったんです」

 ジョルジアは、ふと思いついたように言った。
「じゃあ、ミセス・ブラスのお母様はもしかして……」

「ご存知かもしれませんね。レイチェル・ムーア博士です」
アフリカの動物研究者として、彼女は有名人だった。まだ五十代だが、ゾウの権威として認められる研究成果も知られていた。『夕陽の沈むさきに』と題した本人の半伝記映画に出演していたので、さほど動物学にも詳しくないジョルジアでもその名前を知っていた。

「あなたの義理のお母様でもあるんですよね」
ジョルジアが確認すると、彼はわずかに戸惑いを見せた。

「これから引き合わせるから、説明しておいた方がいいでしょうね。父の家はナイロビ郊外にあって、レイチェルの住む家とは別です。父ジェームス・スコットとレイチェルは、表向きはただの親しい友人ということになっています。もちろん同業者やこの辺りの人びとは、誰がマディの父親か知っていますし、二人はお互いの家を行き来しているのですが」

「ジェームス・スコット博士……あの映画にも出ていらっしゃいましたよね。確か、ライオンの権威で、大学の名誉学長をなさっていらっしゃる……。あの方があなたのお父様だったんですか」
「はい。でも、この世界でも僕と彼が親子であることを知らない人の方が多いでしょうね」

「どうして? ご自宅で他の研究者の方と顔を合わせたりはなさらないのですか?」
「僕は、八歳の時から彼とは別に暮らしているんです。今でも彼と会うのは年に一、二度、それも学会で遭う方がずっと多いんです」

 ジョルジアは、もしかしたら悪いことを訊いたのかと不安になって彼を見つめた。彼は顔を向けてまた微笑んだ。
「氣にしないでください。父と喧嘩しているわけではないのです。ただ、あまりにも僕の人付き合いが悪くて、家族ともまともにつき合えないし、父も自分から息子に歩み寄ろうというタイプではないんです。それで氣をもんだマディとレイチェルの方が、機会を作っては僕を家族の会と学会を含めた社会に引っ張りだしてくれているくらいなのです。あの二人には、感謝しています」

 ジョルジアは、また同じことを感じた。この人は、なんて私によく似ているんだろう。家族が嫌いなわけではないし、社会を憎んでいるわけでもないけれど、氣がつくと一人こもってしまう感覚は、彼女にはとても馴染みがあった。

「あなたが住んでいる所は、安心できる居場所なんですね?」
ジョルジアが訊ねると、彼は少し驚いたように彼女の顔を見た。揶揄でもなく、疑惑でもない、真摯な表情を見て、彼は少し間を置いてから力づよく答えた。
「ええ。あそこで僕は初めて安らぐことを知りました。《郷愁の丘》は、僕にとっての約束の地なんです」

「《郷愁の丘》ですって? なんて素敵な名前なの」
ジョルジアが言うと、彼は笑った。
「誰がその名前を付けたのかわかりません。前の持ち主はそんな三流ドラマみたいな名称は恥ずかしいから変えてもいいと言っていましたが、僕はそのままにしたかったんです」

「シマウマがたくさんいるんですか?」
ジョルジアは、訊いた。象の権威のムーア博士は、ゾウの生息地の近くに家を買ったというのだから、彼の自宅の側にも研究対象がいるのかと思ったのだ。

「ええ。シマウマも、ガゼルも、ヌーも。でも、彼らは留まりません、タンザニアヘ行き、それからまた次の年になると帰ってきます。研究には向いています。それに哲学者になるにもいい所かもしれません。あなたも、きっと数日間でしたらお氣に召すでしょう。写真に撮りたい景色がたくさんあるはずですから」

「どうして数日間なんですか?」
「ニューヨークと較べるまでもなく、とても退屈な所と思われるでしょうから。一番近い街まで一時間近くかかるんです。テレビやラジオの電波もよく途切れてしまうし、電氣や水道のといった公的ライフラインも通っていないんです。幸い、敷地内に泉があるので、ガスボンベと発電用のオイルを買うだけでなんとか生活はできますが」

「行ってみたいわ」
「本当ですか?」
「ええ。マリンディよりも、ずっと」

「じゃあ、お連れしましょう。今夜は、レイチェルの所に泊って、明日にでもあなたをムティト・アンディの駅にお連れしようと思っていました。でも、本当は、あなたにお見せしたいと思っていたんです。忘れられない風景や、心をつかむ瞬間を切り取る特別な目をお持ちのあなたなら、なぜあそこが《郷愁の丘》と名付けられたのか、きっとわかるでしょう」

 ジョルジアは遠くを見ている彼の横顔を見つめた。不思議だった。全幅の信頼としか言いようのない心の凪が、朝の砂漠のように鮮烈な陰影を持って横たわっていた。それは論理的ではなく、おかしな安心感だった。これまで独身男性の自宅に行こうとしたことは一度もなかった。ましてや街まで車で一時間も離れている陸の孤島に行くなど、考えたこともなかった。

 もちろんジョルジアは、彼もまた男性であることを忘れるほどナイーヴではなかった。けれど、彼女には失うものもなかった。片想いの相手には存在すらも知られておらず、かつてつき合った相手には女性としての存在を否定された。守る価値のないもののために、疑心暗鬼になる必要などないのだ。

 反対に、スコット博士のことは、もっと良く知りたかった。お互いのことをまだよく知りもしないのに、それでもこれほど近く感じる相手だ。一緒にいると心が安らぐだけではなく、話にも興味が尽きなかった。

 モンバサからマリンディへと向かう二時間、ジョルジアは彼といろいろな話をした。シマウマの縞の現れ方の話から、写真の印画と人間の虹彩に関する話題まで、お互いの専門を交えながら語り合った。

 彼の家族の話は、その二時間にはほとんど出てこなかった。その時は家庭があると思っていたので不思議だったけれど、今は納得していた。彼が独身だと知っていたら、マリンディの別荘への招待にどう答えただろうと彼女は考えた。異母妹マデリンの家族が常に一緒にいるとしても、おそらく彼女はイエスと言わなかったに違いない。

 でも、今、彼と同じ狭い空間を共有しても、彼女は彼に対して他の男性、例えばリチャード・アシュレイに対するような煩わしさや警戒心をまったく抱かなかった。モンバサからマリンディへと向かった二時間の後、彼はジョルジアにとってよく知らない男性ではなくて、ニューヨークで十年来の公私ともに強い信頼関係で結ばれている同僚のベンジャミン・ハドソンと同じような存在に変わっていた。

 マデリンの入院騒ぎを挟んで、再び彼の車で今度はマニャニへと向かうことになった時も、彼女は彼ともっと長い時間を過ごすことになることに躊躇いを感じなかった。彼の家である《郷愁の丘》へ行くことは、それとは少し意味合いが違うが、ジョルジアはこの成り行きに不安は全く感じなかった。彼はマリンディの別荘に誘っただけで、それ以降の行き先の変更は全てジョルジア自身が望んだことだ。

 彼は真面目で紳士的だった。そしてどういうわけだか、彼女が心地よいと感じる距離を知っていた。

 これ以上一センチでも近づけば、彼女が不安に感じる心理的な、もしくは物理的なテリトリーを、多くの人は無自覚に侵す。同僚であるベンジャミン・ハドソンのように長年知っている人や、《Sunrise Diner》のキャシーのように親しくしている人ですら、ジョルジアは時おりそれを感じて身を強張らせた。それが不必要な怯えだと思考ではよくわかっていても、反射的にびくついてしまうのだ。

 その一方で、彼女にはどうやっても近づけない類いの人たちがいる。ジョルジアの方から関心を持ちもう少し親しくなりたいと感じる時に、徹底的な無関心を示して近寄らせない人たちだ。自分からその距離を縮めなければ、親しくはなれないとわかっていても、その見えない壁や遠さを感じてわずかな一歩を踏み出すことが出来ないことが多くあった。

 彼がジョルジアとの間に置く距離は、その二つの距離の間にあった。どんな時でも。ジョルジアは、だから、自分が望む時に少しずつ彼に近づいていくことが出来た。いくつもの窓からそっと覗いてみると、心地よくて興味深い世界が存在している。そして、その世界は決して素っ氣なく扉を閉めて拒否したりはしない。どんな風に覗き込んでも優しく穏やかに歓迎してくれるのだ。

 そして、ジョルジアは新しく知り合う人から逃げるばかりだったこれまでと対照的に、むしろその場に留まり、彼の話をもっと聴き、自分のことを知ってもらいたいと思うようになっていた。

 それまで撮り続けていた子供たちの笑顔の写真を撮るのをやめて、モノクロームの人物写真を撮るようになったきっかけも、ニューヨークの知り合いにはほとんど話せなかったのに、彼には正直に話していた。

 秋の柔らかい陽が射し込む墓地で、彼女は一人の男の姿を偶然撮った。その横顔に浮かび上がった陰影は、自分の心を見つめ直すきっかけとなり、世間の喜ぶ子供の明るい笑顔ばかりを撮り続けていた彼女にとって、作品の方向転換のきっかけとなった。そして、彼女は有名キャスターであったその男に恋をした。

「一度も知り合っていない人にそんな感情を持つなんておかしいと、自分でもわかっているんです。でも、私の作品を創り上げるためには、その感情を無視することは出来ませんでした。自分と向き合わない限りはそれまでの殻を打ち破ることはできなかったんです」

 彼は、彼女の片想いについて、肯定してくれた。
「あなたはちっともおかしくなんかありません。あなたはそのニュースキャスターに迷惑をかけたわけではないんですから、そのことを恥じる必要はありませんよ。それに、恋とは論理ではないでしょう。いつの間にか身動きが取れないほど好きになってしまっている。僕にも似た経験があります」

「知り合ってもいない人に恋をしたことがあるんですか?」
「いや、知り合ってはいます。でも、二度と逢う機会もない程度の知り合いだったから、あなたのケースとほとんど変わりありませんよ」

「その女性への想いは、自然消滅したんですか?」
ジョルジアは訊いた。叶わない想いがいつかは解消された事例があれば、彼女自身が今の虚しい渇望に耐えることも楽になるかもしれないと思ったのだ。

 彼は、しばらく答えるのをためらっていたが、やがて首を振った。
「いいえ、まだ。いつか消えてくれればいいと思っています」

 ジョルジアは、彼が見せた表情の翳りに、悲しさをおぼえた。手の届かないものを想い続けることは苦しい。けれど、それを手放し失うことも、決して心躍ることではないのだ。それは人生に新たに刻まれる静かな敗北だった。それも、とても惨めな。自らを嘲笑して吹き飛ばそうとすれば、もっと激しい痛みとして心の奥に疼きだす、やっかいな感情の嵐。彼女のよく知っている世界だ。

「ミズ・カペッリ。まもなくマリアカニに着きます。給油を兼ねてまた少し休憩しますが、どのくらいお腹が空いていますか」
彼がそう言うと、ジョルジアは笑った。

「メグはとっくに名前で呼んでくれているのに、いつまで礼儀正しくミズ・カペッリなんですか」

 それを聞くと、彼は困ったように口ごもった。
「それは……親しくもない僕に馴れ馴れしくされたら、あなたは嫌だろうと……」

「でも、この数時間で、ずいぶん親しくなったと思うし、私はジョルジアと呼んでいただけたら嬉しいわ。私もスコット博士ではなくて、ヘンリーと呼んで構わないのかしら。そして、堅苦しい話し方をお互いにしないようにしません?」

 彼は、例のはにかんだような笑顔を見せた。ジョルジアはまた一歩彼に近づけたように感じて嬉しかった。彼は、少しの間黙っていたがためらいがちに口を開いた。
「その……もし嫌でなかったら、グレッグと呼んでくれないか」

「グレッグ?」
「ミドルネームがグレゴリーなんだ。とても小さかったとき、可愛がってくれた祖父にそう呼ばれていて……。もちろん、違和感があるならみんながそう呼ぶヘンリーでもいいんだが……」

 ジョルジアは微笑んだ。
「喜んで、グレッグ」
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

パスタソースの話

本当は「トラックバックテーマ」カテゴリーに入れるべきなんでしょうけれど、たぶん後で「美味しい話」で探しそうな氣がしたので、こっちに入れておきます。トラックバックテーマで「好きなパスタソースは何ですか?」というのがあったので書く氣になった話です。

パスタ

よく「スイスでは普段何を食べているの?」と訊かれます。日本人が毎日スシを食べているわけではないように、スイスでも毎日チーズ・フォンデュを食べるわけではないのです。で、「肉を焼いて、付け合せにポテトを」なんて回答が多くなるんですけれど、よく考えたら、パスタはものすごくよく食べます。イタリアが近いってこともあるんですけれど、やはり手頃ですから。

で、私がよく作るパスタソースの話。実を言うと、特別なものは何もないです。それにびっくりするくらい工程が簡単なものばかりですね。こういうものじゃないと、なかなか普段の食卓には並べられませんよね。パスタはほぼ一品で完結できる料理なので、お昼ご飯などにもよくしますし、それに、我が家のようにノーアポの客が多い家庭では、いざという時にこれで誤摩化せるので重宝します。

では、よく作るパスタソースをいくつかご紹介しましょう。

(1)ボロネーゼ
ミートソースと言っちゃうと身も蓋もないですけれど、ひき肉とトマトのソースです。前は市販のものをメインに使っていましたが、今は手作りしています。

現在連載中の「郷愁の丘」でもボロネーゼのスパゲティの話が何回か出てきます。ヒロインはイタリア系アメリカ人で、家族の中で(ティーンの時に暇だった)彼女だけがイタリア人の祖母から先祖伝来のボローニャ風ソースの作り方を習ったという設定です。このソースの一番のファンは彼女の兄で、このソースの事になると理性が吹っ飛ぶという設定もあります。

私が作る場合は、このヒロインが作っているものほどの本格的なものではないです。玉ねぎ、ニンニク、人参、セロリ、ポルチーニ茸のみじん切りとひき肉を炒めてからトマトの水煮の瓶詰めを投入、塩こしょう、ワイン、ローリエなどを加えて三十分くらい煮込む程度です。

(2)海老入りジェノヴェーゼ
ジェノバ風ソースというのは、バジルとニンニクと松の実とオリーブオイルで作ります。もちろん市販品も買えますが、私は年に一度手作りします。夏の間窓辺の家庭菜園としてサラダやカプレーゼに使ったバジルを秋に全部刈って、ミキサーでまとめてソースを作った後、ビニール袋に入れて薄く伸ばして冷凍させます。これがいろいろと使えるのですよ。

何も入れずにソースだけで和えたタリアテッレを、料理の付け合せとして出す事もあるのですが、海老ととてもよく合うので、海老を具にしてメインのパスタとしてお昼ご飯にする事も多いです。

(3)カルボナーラ
これも日本ではおなじみのパスタですよね。普通は卵黄だけを使うんでしょうが、私は卵白を捨てるのが嫌だし、かといって卵白だけをちょうどよく使うという事もないので、全卵で作ります。

ソースを作る前にベーコンと卵白を炒めてパスタと一緒にしてしまいます。それから生クリームを入れた後に塩胡椒で味を付け、最期に火を止めてから卵黄を絡めます。チーズは焦げるのでお皿に盛ってから各自で好きなだけかけます。

(4)チンクエP
「五つのP」で出来たソース。Pomodoro(トマト)、Panna(生クリーム)、Parmigiano(パルミジアーノ・レッジャーノ・チーズ)、Prezzemolo(パセリ)、Pepe(胡椒)です。

見た目は具のないサーモンピンク色のパスタですけれど、これがこってりしてなかなか美味しいのです。パルミジアーノは、常備していないので、代わりにパダーノを使いますが、これでもちゃんとしたPです。

(5)和風キノコ&バター
普通和風パスタだと刻み海苔がつきものだと思いますが、我が家は連れ合いが海藻を嫌がるので、そこまで和風にはしません。キノコを白ワインで蒸し焼きにしてから、醤油バターで味を付けます。これだけで結構いけるし、連れ合いも喜んで食べます。同じような味が続いて飽きた時に、醤油バターは使えますよ。

こんにちは!トラックバックテーマ担当の梅宮です今日のテーマは「好きなパスタソースは何ですか?」です麺類が好きな方は多いかと思いますが、今回はパスタですパスタってイタリアンなのに和風にアレンジできたり味のバリエーションが豊富ですよね梅宮は魚介がたっぷり、トマト味のペスカトーレが好物です作るのはペペロンチーノが好きですがみなさんが好きなパスタソースは何ですかたくさんの回答、お待ちしておりますトラックバ...
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Posted by 八少女 夕

Baba Yetu

今日は、最近買った音楽の話を。

アフリカが舞台の話を連載中なんですけれど、マイ・サントラ(あ、痛たたた……)代わりにしているiPhoneのプレイリストには、あまりアフリカっぽい曲は入っていません。でも、これだけは別。超アフリカ。めいっぱいケニアです。

もっともこの曲、もともとはゲームのサントラとして作られたらしいので、そのゲームを知っている方からすると「どこがアフリカ?」なのかもしれませんね。


Baba Yetu (The Lord's Prayer in Swahili)-Alex Boyé, BYU Men's Chorus & Philharmonic; Christopher Tin

この曲の歌詞は、スワヒリ語(ケニアの公用語)による「主の祈り」なのです。「主の祈り」はキリスト教で一番大切な祈祷文です。

「Baba Yetu」には、ゲームのオリジナルバージョンをはじめとして、いろいろなアーティストによる動画がありますが、私が一番好きで購入したのがこのアレックス・ボエがリードボーカルを歌っているもの。この方、アメリカでモルモン教の宣教師もしている方のようですが、「あなたは神を信じますか」といきなり言われるよりも、こうやってアフリカの大地でキリスト教とかアニミズムとか関係なく見せて聴かせてくれる方がその偉大さが伝わります。

バックで歌って演奏しているBYU Men's Chorus & Philharmonicの欧米的な合唱と演奏、それにアレックス・ボエのアフリカ的な歌い方がミックスして、私の作品のイメージとしては理想的な曲になっているのです。なんというのでしょうか。黒人の声帯や歌い方は、いわゆるクラッシックな合唱の歌い方とは全く違うのです。これはいいとか悪いとかではなく単純に違うのです。私はどちらも好きなのですが、この曲のリードボーカルとしてはやはりこの歌い方が一番しっくり来ます。

「ライオン・キング」のメイン・テーマである「Circle of Life」もこれに近い音楽ですが、あちらは天下のディ○ニーの映画音楽ですし、そのイメージが強すぎます。歌詞も英語ですし、「欧米によって理想化されたアフリカ」の印象が強すぎて、私には少し「コレじゃない」なんです。

「Baba Yetu」は「主の祈り」ですので「天にまします我らが父よ。願わくは御名の尊まれんことを、御国の来たらんことを、御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを」と祈っているわけです。

私がアフリカに行ったとき、果てしない大地を動物たちが悠々と移動して行き、生と死の神秘が目の前で展開され、これでもかと荘厳な光景を目にしました。普段はほとんど意識しない偉大な何かの存在を感じる体験でした。おそらく通勤電車に揺られたり、リア充競争のためにインスタグラムに小洒落たカフェごはんの写真をアップしたり、芸能人の挙動に一喜一憂したりしていると、なかなか感じにくくなっていく、特別な何かです。もちろん「だから人はアフリカに行くべき」と言いたいわけではないのですが。

私の作品「郷愁の丘」では、ニューヨークで生きる一人の女性が、ケニア中部のサバンナに行きます。話の中心はアフリカ体験そのものではないのですが、サバンナで見聞きした事が、彼女の心境に大きく影響する、その切り離せない関係を描きだせたらいいなと思っています。

私の脳内イメージでは、この曲は作品の途中で野生動物がいっぱい出てくるサバンナのシーンと、それから最期のエンディングのクレジット部分にかかる感じです。(映画じゃないって)



【参考】
郷愁の丘「郷愁の丘」
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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(3)動物学者 - 1 -

タイトルにもなっている《郷愁の丘》という地名は、イタリアのポップグループ、マティア・バザールの歌「Amami」の邦題からイメージして命名しました。かなり年長の方でないとご存知ではないと思いますが、ずっと昔に三菱ギャランという車のCMにこの曲が使われていて、日本で発売された時の邦題は「郷愁の星」というものだったのです。イタリア語の歌詞そのものには、一度も「郷愁の星」という言葉は出て来ないのですが。この歌のイタリア語の歌詞からイメージしたモチーフは、この作品のあちこちに散りばめられています。

という話はさておき、第三回目「動物学者」です。長いので三回に分けます。こうやって分けていると、全然終わらないような氣がしてきたけれど、しばらくこれで行こうと思います。もしかしたら途中から巻くかもしれませんが……。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(3)動物学者 - 1 -

「お疲れじゃないですか」
ジョルジアは、訊いた。彼はモンバサにジョルジアを迎えに来てマリンディから往復しているので、既に四時間も運転しっぱなしだった。これから四時間再び運転して、こんどはツァボ国立公園内のマニャニまで行かなくてはならない。

 彼は穏やかに微笑んだ。
「慣れていますから。この辺りで運転するとなると、たいていこんな距離になるんですよ」

 スコット博士と二人では絶対に行かないと泣き叫んだメグは、結局、二十分も立たないうちに彼の愛犬ルーシーにもたれかかって寝てしまったので、ジョルジアは再び助手席に座って彼と静かに話をすることになった。

 道は舗装されているものの、状態はよくなかった。アメリカの都市部であればおそらく三十分もあればついたのではないかと思われる距離を、ランドクルーザーは二時間近く使って走っていた。海岸部を離れ、森林部を抜けた頃になって、ようやく空氣が乾いてきた。モンバサやマリンディは興味深いところだったので、ほとんど何も見ないまま去ったのはある意味残念だったが、あの猛烈な湿氣と暑さから解放されたことに、ジョルジアはほっとしていた。マラリアの恐怖も去ったのだろう。

 広大な赤茶けたサバンナの間に時おり現れて、休憩と給油を繰り返す小さな街をジョルジアは見回した。カラフルな建物と看板。アルファベットで書かれているが、スワヒリ語の固有名詞で占められている。そして、半分はアラビア文字だ。特に東部はイスラム教徒が多いので、街ごとにモスクが目立つ。異国にいるのだと強く印象づけられる景観だ。

 癖の強い英語を話す黒人たちは、白人が乗っている車に給油する時に必ず法外な値段をふっかけてくる。スコット博士は穏やかに彼らと交渉して相場の値段を払っていた。これはこの人たちの日常なのだとジョルジアは思った。

 人種のるつぼであるニューヨークの、比較的有色人種が多い地域に住むジョルジアは、親しい友達であるキャシーをはじめとして多くの黒人たちを知っていたが、白人たちと比較してつきあうのにエネルギーを消耗すると思った事はなかった。だが、ここでは全てがニューヨークとは違う。人種差別や人類愛とは関係ないのだ。

 スコット博士が、彼らに対して怒ったり悪態をついたりしない事に、ジョルジアは強い印象を受けた。二年前にジョルジアたちを連れて回ったリチャード・アシュレイは五分に一度は悪態をつくか、冗談を交えながらも不平を漏らしていた。今も状況がわかる度にジョルジアはまたかとため息をつきたくなるのだが、対応している彼自身は繰り返されるジョルジアにとっては試練とも言える状況を黙々と受け入れていた。

 このように、氣候も人びとも文化風俗も違う国で、先祖はヨーロッパから来たという人びとは一種独特のテリトリーの中に生きていた。植民地時代には宗主国から来た彼らは特権階級でアフリカ大陸を根に持つ人びとを奴隷や家畜のように見下して快適な暮らしをしてきた。国が独立し政権が黒人たちの手に渡ると、あからさまな支配は終わったものの私有地の権利やその他の経済的優位性が残ったために、あいかわらずプール付きの豪邸に住む白人と貧しい黒人という構図は消えていない。

 現地で生まれた二世三世以降の白いアフリカ人たちは、今も独特のコミュニティを形成している。そこにあたらしく移住してきた白人たちも加わる事が多い。中には、そういった白人ムラを嫌い、現地の黒人たちの中に一人飛び込む人もいるが、そのまま上手く受け入れてもらえる、もしくは本人が欧米社会とはかけ離れた観念を持つ部族の生活に順応する事はまれで、大抵は失意のうちに欧米に戻る事になる。

 ヘンリー・スコット博士は十九世紀に移住したイギリス人の血を引いているが、自己紹介をする時には「ケニア人です」と言った。ジョルジアが彼と知り合ったのは二年前で、マサイマラ国立公園の近くで撮影をした時に、オーガナイズしたリチャード・アシュレイが連れてきた。

「彼はヘンリー・スコット博士といって、大学で講師もしている動物学者です。サバンナの事をよく知っていてマサイ族との交渉も慣れているんで来てもらいました。普通の観光なら僕一人でも問題ないけれど、子供たちを撮影するなら、マサイ族の長老と交渉しなくちゃいけないんです。で、こればっかりは彼がやった方が成功率が高いんですよ」

 口から生まれてきたようなリチャードよりも交渉のうまい人とはどんな人かと思ったが、スコット博士はまったく弁が立つ人間ではなかった。そうではなくて、長年の付き合いから、彼はマサイの長老たちに信頼されていたのだ。

「彼の本来のフィールドはツァボ国立公園のあたりなんですが、マサイマラでも、アンボセリでもマサイ族の連中と知り合いになっているらしいんです。白人たちの共同体では名前を知らない人もいるくらいに目立たない存在だというのに。パーティにも全然顔を出さないし」

 リチャードがそう話を振ると、当時彼は言葉少なく答えた。
「マサイ族の長老と酒を飲んでゴシップの交換するためににいっているわけじゃない。研究のことで話さなくてはいけないことがあるから。彼らは僕らの知らない事をたくさん知っているんだ」

 ジョルジアが、この人は私の同類だと初めて思ったのは、二年前に出会ったこの時だった。
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Posted by 八少女 夕

スイスにも春が来た

お花見 2017

我が家は賃貸なのですけれど、結構大きい前庭があって、その一部に桜の樹があります。日本のソメイヨシノなどと違って、花見のための木ではなくて果樹なんですけれど、やはり桜が咲くのは嬉しい。

今年は、新しいカメラで撮ってみました。ボケ具合にちょっとドヤ顔な私は、やはり素人だよなあ。でも、思った通りに必要なところにフォーカスが当たって、背景のボケた写真が撮れると、ちょっと嬉しくありません?

お花見 2017

もう一枚。こちらは土曜日にアルプスを越えたイタリア側スイスで撮った一枚。この日はイタリア側は27℃にもなるちょっとした夏日でした。

ああ、いい季節になったなあ。冬が終わると本当に嬉しいです。これから数ヶ月、ヨーロッパはいいですよ。
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Posted by 八少女 夕

キャラクターバトンもらってきました。

今日は、TOM-Fさんからいただいたバトンです。昨日、サキさんもなさっていらっしゃいましたね。誰でやろうかなと悩んだのですが、せっかく連載を始めたばかりなので宣伝を兼ねて「郷愁の丘」がらみがいいなと。

でもねぇ。主役二人が、このバトンで笑いを取るにはあまりにもアレでして。すみませんが、どうでもいいのがおまけで登場します。



「キャラクターバトン」

1、自己紹介

(ジ)ジョルジア・カペッリ。ニューヨーク在住の写真家です。年齢は33歳。独身です。前作「ファインダーの向こうに」に続いての出演です。

(グ)ヘンリー・グレゴリー・スコットです。つい最近登場したばかり、ケニア在住で動物生態学研究者です。38歳、独身。大学の講師などもして糊口を凌いでいますが、普段はサバンナでシマウマの生態調査をしています。

(キ)私はキャシー。ニューヨークの《Sunrise Diner》のウェイトレス。23歳だけど、ボブという夫がいて、一児の母よ。「ニューヨークの異邦人シリーズ」は第一作の「ニューヨークの日本人」から出演している古参です。いつ私が主役になるのかしら?


2、好きなタイプ

(ジ)そういうのは別に……。(作者ツッコミ:TOM-Fさんところのキャラ、某著名ニュースキャスターに惚れているんでしょ!)

(グ)えっ。す、好きなタイプ? そ、それをここで言うのは……。(オタオタしている)

(キ)あなたたちねぇ。別にいま好きな人を告白しなくてもいいんだから、適当な人をあげとけばいいでしょ。私はねぇ。有名人でたとえると、NBAのシャキール・オニールかな?


3、自分の好きな所

(ジ)う〜ん、あえて言うなら一人でいても困らないところ?

(グ)好きなところ……。特別そういうのはないのですが、強いて言うなら人にあまり迷惑をかけないところかな。

(キ)前向きなところ! 誰とでもすぐに友達になれるところも。わりと努力家だし、仕事熱心。子煩悩だけど、いい母親のはず。それに、結構ナイスバディ。あと、面倒見もいいかな。それにね……(あと20分間続く)


4、直したい所

(ジ)世間受けのいい写真ばかり撮ってきたので、いま、もう少し正直に自分の撮りたい物に挑戦しています。「きっとわかってもらえない」と諦めるのをやめたいです。

(グ)あまり人とうまくいかないので、少しは人と上手につきあえるようにしたいと思っています。

(キ)直したいところなんてないわ! 今のままの私を私が愛してあげなくてどうすんのよ!


5、何フェチ?

(ジ)フェチっていわれても。レンズ沼にどっぷりハマり中かな。

(グ)縞しまフェチ……あ、これはジョークです。

(キ)あなたがいうとジョークに聞こえないよ。私はラテックスと鞭! あ、これもジョークだけど、笑えない?


6、マイブーム

(ジ)郊外へのドライブ。一人で行きます。景色のいいところでリラックスしてワインを頼むのが好き。

(グ)灌木の新芽を植木鉢で育てる「マイ・ボンサイ」。愛犬のルーシーにかじられてダメになる事が多いのですが。

(キ)マカロン! 最近美味しいお店を見つけたの。仕事の後に口に放り込むと疲れも取れちゃう。


7、好きな事

(ジ)写真を撮る事かな。

(グ)シマウマの観察記録。

(キ)なんなのよ、あなたたちったら。それは仕事じゃないの。私はスケート! 早く冬にならないかな。今年は娘のアリシア=ミホにも教えはじめるわ。


8、嫌いな事

(ジ)パーティに行くこと。

(グ)会合一般。

(キ)本当になんなの、あなたたち?! 私? 不意の残業。お客さんとお喋りしてつい時間が経っちゃって時間超過するのは好きだけど。


9、読者に一言

(ジ)前回に続き、私がヒロインという地味な小説ですが、暇つぶしにでも読んでいただけると嬉しいです。

(グ)作者がアフリカで経験したことがあちこちに散りばめられた最初の小説です。雰囲氣を感じていただけたらありがたいです。主人公の片割れが僕というのは、なんですけれど……。

(キ)この二人が主役って、先が思いやられるけれど、私に免じて読み続けてくれると嬉しいなあ。「ぐるぐる系」と「ザ・生殺し」がお好きな方には、おすすめの小説よ。(褒めていない)
いつかは、私が主役の話も書いてほしいけれど、あの作者の好みがねぇ……。


10、次を指名する。

(ジ)指名……したいけれど、皆さんいろいろとお忙しいんですよね。

(グ)ご迷惑になったら申し訳ないし。

(キ)あ〜! この人たち、超イライラする! つべこべ言わずに指名するの! この作品と一番縁が深いのはTOM-Fさんだけど、そこからもらったバトンだからね。というわけで、外伝で競演したから彩洋さん。やってね!



キャシーは、あんな事を言っていますが、彩洋さん、お忙しいと思いますので、ご無理なさらずに。で、やりたい方は、どなたでもどうぞ!



「郷愁の丘」に興味のある方はこちらから。
郷愁の丘「郷愁の丘」


【関連作品】

「ファインダーの向こうに」を読む「ファインダーの向こうに」

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」
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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(2)海の街 - 2 -

先週から連載を再開した「郷愁の丘」今回は「海の街」の後編です。モンバサに来たのは、特に理由があったわけではなく、パーティの誘いから逃げたかっただけなのですが、実はジョルジアはほとんどケニアの海岸の観光をしないまままたサバンナに向かう事になります。

とくにスコット家所有の別荘内には、足も踏み入れていないという事態に。ブログのお友だちの彩洋さんのところのキャラは宿泊もしているのに(笑)でも、この別荘の事は、いずれ別の作品(外伝かな?)でちゃんと描写しようと思います。いろいろと設定はあるんですよ。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(2)海の街 - 2 -

 ひと通り写真を撮り終えて振り向くと、彼は新しいよく冷えたペットボトルの口を緩めてから手渡した。ジョルジアが礼を言って受け取り飲むのを待ってから、彼は愛犬にやった残りのペットボトルから飲んだ。この人は、どこまでも紳士だと彼女は思った。一連の動きには全くわざとらしい所がなく、評価してもらおうと意識しての行動でもないことが感じられた。

「なんて美しい海かしら。私の育ったところも海辺だったけれど、こんなに鮮烈な青じゃなかったわ。素晴らしい所に別荘をお持ちなんですね」
ジョルジアは感心して言った。彼は笑った。

「別荘を持っているのは父です。でも、彼はほとんど来ません。マディに薦められて投機の代わりに買ったようです。使うのはマディばかり。僕はよく運転手兼、鍵の管理人として駆り出されるのです」

 奥様の名前はマディとおっしゃるのですか、そうジョルジアが訊こうとしたときに、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。ポケットから取り出してちらりと見てから「マディだ、失礼」と言って彼は電話を受けた。

 すぐに緊迫した様相になった。
「なんだって。わかった、大丈夫だ。あと五分もかからない、すぐに行く。メグは? わかった。玄関にいてくれ」

「どうなさったんですか」
ジョルジアは、ペットボトルの蓋を閉めると、ルーシーの水のボールを空にして車に戻った。ルーシーはついて来て、開けられたドアにさっと飛び乗った。エンジンをかけながらスコット博士は説明した。
「マディは、いま妊娠七ヶ月なんですが、急な腹痛に襲われたんだそうです。切迫流産の怖れがあるので、すぐに病院に運ばなくてはならないらしいんです」

 ジョルジアはぎょっとした。
「奥様がそんな大変なときに、迎えにきていただいたりして、済みませんでした」

 すると、スコット博士は首を振った。
「マディは、僕の妻ではありません。それに、夫のアウレリオも今朝はマリンディにいたんですよ。もっとも彼は肝心なときにどこかに行ってしまう才能があって、それをわかっているマディが、最近はマリンディに来る度に僕を呼びつけているんです」

「ご家族っておっしゃっていたので、奥様やお子さんといらしているんだと思っていました」
ジョルジアが言うと、彼はジョルジアの方を見て微笑んだ。

「僕は独身で、マディは妹です。正確に言うと、腹違いの妹ハーフ・シスター です。夫は、ミラノの実業家でアウレリオ・ブラス。娘のメグは五歳になります」

 そう話している間に、車は白い壁と藁葺きの屋根の大きい家の門に入っていった。玄関の所にぐったりと女性が座っていて、その足元に金髪をポニーテールにした少女がいた。

 スコット博士は急いで車から降りると、彼女の方に駆け寄った。ジョルジアも降りると、椅子の脇にあった荷物を持って、車に運び込んだ。荷物と反対側に少女が来て、ジョルジアの手を握った。ジョルジアがその目の高さに屈むとぎゅっと抱きついてきた。母親の危機を感じてよほど怖かったのだろう。

 博士が妹を運転席のすぐ後に座らせ、それからジョルジアからメグを受け取って母親の隣に座らせた。ジョルジアから離されるときに少女は少し抵抗した。

「メグ」
スコット博士が咎めると、彼女は泣きそうな顔をした。ジョルジアは荷物を最後部座席、ルーシーの腰に当たらないようにそっと置いた。そっと撫でると、不安そうな犬はクーンと鳴いた。

 車が出ると、マディは苦しそうに言った。
「はじめまして、ミズ・カペッリ……ごめんなさいね」
「こちらこそ……ミセス・ブラス」

 病院はさほど遠くなく、彼女は玄関で待っていた担架に乗せられて診察室に入った。廊下で抱きついて離れないメグと一緒に待っていると、車を駐車してきたスコット博士が、紐に繋いだルーシーと一緒に入ってきて、謝った。
「ミズ・カペッリ。本当に申し訳ない。せっかくの休暇なのに……」
「そんなことをおっしゃらないでください。先生が中でお待ちです」

 スコット博士は、ノックをして診察室に入っていった。ルーシーはジョルジアの足元に踞った。彼女は、うとうとしだしたメグをさすりながら廊下のベンチでしばらく待っていた。

 やがて、携帯電話で話しながらスコット博士が診察室から出てきた。
「そうですね。それが一番だと僕も思います。アウレリオは、明日直接ここに来るそうです。はい。このままそちらに向かえば夕方にはそちらにつきます。そうするしかないと思います」

 彼は電話を切ると、苦悩に満ちた顔で切り出した。
「ミズ・カペッリ。何とお詫びをしていいのかわからない。僕は、これからメグをここから四時間かかるマディの母親の所に届けなくてはいけないんです。彼女はアンボセリから急いで戻ってきますが、ここに彼女を引き取りにくるには遠すぎるのです。あなたをこれ以上引きずり回すわけにはいかないし、一人で放っておく訳にもいかない。どこかホテルへとご案内しようと思いますが……」

 ジョルジアは、自分でなんとかするので氣にしないで欲しいと言おうとしたが、その前にメグが泣き出した。
「いや! ヘンリーと二人でなんか行かない! ジョルジアと一緒にここにいる! ママはすぐに元氣になるもん」

「メグ! マディはしばらく入院しなくちゃいけないんだ。病院はホテルじゃないし、ミズ・カペッリにお前の世話をさせるわけにはいかないだろう」
「いや!」

 必死になって抱きついてくるメグと、困り果てているスコット博士を見ていたジョルジアは口を開いた。
「私も一緒に行きましょうか。特に予定はないですし、道中の子守りくらいのお役には立てると思います」

 スコット博士と、メグが同時にジョルジアを見た。ルーシーも、黒い鼻を持ち上げて、騒ぎの収まったらしい人間たちを見あげた。

 前よりもさらに強くジョルジアに抱きついている少女を見て、彼はため息をついた。しばらく、言葉を探していたが、やがて済まなそうに頭をさげた。
「そうしていただけたら、助かります」
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Posted by 八少女 夕

ポルト旅行から帰って来ました

ポルト

土曜日に無事に自宅に帰り着きました。もう五回目のポルト。何度行ってもいい街だなあ。たぶんまた来年も行ってしまうと思います。向こうの人たちも「また来年」と言うし(笑)

そもそもポルトに行くようになったきっかけは、連れ合いが20年前にかつて行った事があってその話を聴いて「私も一度行きたいな」と。それからまさか毎年通う事になるとは思いませんでしたが。

これだけ通うようになったのは街自体を大好きというのもあると思いますが、どう考えても旅行中に出来てしまった独自世界「黄金の枷」ワールドのロケ地なので行くだけでワクワクしてしまうというのもあると思うんです。あ、痛たたた。でも、いいんです。本当の事だもの。

でも、よく考えるとこの街からインスピレーションをもらっているのは実は「黄金の枷」シリーズだけではなく、一見何の関係もないはずの「郷愁の丘」の原イメージも……。本人もすっかり忘れていたのですが、最初にイメージしたヘンリー・グレゴリー・スコットの立ち居振る舞いのモデルにした人がいて、その人を見ながら「あ、こんなところにいた」と思いました。そうか。あの作品の原案もここだったかと……。ま、読者のみなさまには、そんなことは関係ないですけれど。

戦利品

今回は、日本で購入したものすごく使いやすいソフトスーツケースを持っていきました。機内持ち込み可能サイズで、実際に行きは持ち込みました。なんせそのサイズの半分を空けていったんですもの。8キロなかったって事です。帰りは結構重くなりました。

帰りには、空港の免税店でも少し買ったりしたので、チューリヒで預けた荷物を受け取ってからその免税品も突っ込んだら本当にパンパン、そして重くなりました。でも入ってしまったので驚きです。

写真を撮るために買ってきたお土産を並べたのですが、その量に自分でのけぞりました。そんなに買った記憶はないんですけれど。(毎回これだ)

ほとんどは自分用です。いつもの「(オリキャラ・インファンテ323御用達の)Real Saboaria」の石鹸がたくさん右手に見えています。ポートワインの小瓶は、LBV(Late bottled vintage)もので、いわゆるヴィンテージと同じ味なのにお買い得なのです。それに何本かの各種ポルトガル産アルコールの小瓶。CDは今回は4タイトル。二つは自分で狙っていったもので、二つは現地の友達のおすすめです。それに革の小銭入れも見えています。カニの爪のタパスと、作品上で何回か使っているお菓子オヴォシュ・モーレシュも。

戦利品・指輪

これはフィリグラーナ細工の指輪。私は服装はかなり無頓着なんですが、アクセサリーはわりと好きで、今回も何か小さいものを買いたいなと思っていました。初日に見つけて一目惚れして買ったのがこの指輪。銀細工に24金でコーティングしてあります。

以上、戦利品の報告でした。
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Posted by 八少女 夕

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この記事は、2017年のエイプリルフール記事です。

なんだか広告が出てしまっているようなので、広告消しのために記事を書こうと思います。

といっても、なかなかネタもなく……。あまり興味がないかもしれませんが、ちょっとした創作秘話でもここに載せておきますね。

その1。「scriviamo!」をやろうと思ったきっかけ。
2013年3月2日にブログの一周年を迎えるにあたって、何かやらなくちゃって思ったんですよね。当時、すでにいくつかリクエストも受けていたことがあって、「リクエストを受けて書くのはなんとかなる」とわかっていたんです。でも、なんだか私だけがいっぱい書いても、みなさんはあまり興味ないんじゃないかなって思ったんです。あの当時から交流しているブログのお友だちはご自分で創作する方がほとんどでしたし、そういう方は読むだけじゃなくて参加型の方が面白がるんじゃないかなと。

で、こわごわ立ち上げたんです。どなたも参加してくださらなかったら、それはそれでショックだったろうし、反対に対処できないほど多かったらきっと匙を投げてしまっただろうし、最初の年は本当に「賭け」でしたね。

幸い、1年目に17人の方に参加していただいて、それをやり遂げることが出来たので自信がつきました。というわけで、毎年やることになったんですけれど。毎年、皆さんがパワーアップしていらっしゃる(笑)もう、最初から張り合うのは無理だからやめようとは思っているんですが、そのみなさんのパワーに飲み込まれるみたいにして、私自身の作品も、おそらく一人で書いているよりはいいものになっているように思います。

といっても、普段の作品が上手になるわけでもないんですけれどね。

その2。キャラはいつ生まれるか。
キャラクターは、基本的に勝手に生まれます。「こういう話が書きたい」「主人公を設定しなくちゃ」という形で組立てたことは……おそらくないかも。「リゼロッテと村の四季」は少しだけそう言うところはありますが、それ以外の作品は、勝手に話が出来てしまってから、あとから「あ~、文章にするか」という形で書き留めるのですね。

よくあるパターンが、旅行中に何かを見ていて、そこから勝手に妄想が動き出すパターン。最初のものはとても断片的なんですけれど、だんだん本人も信じられないような物語になってしまうことがあります。「黄金の枷」シリーズなどはそのパターンですね。最初は「Infante 323 黄金の枷」のラストシーンがぼんやりと浮かんだだけだったのですが、氣がついたら読者の方々がついていけないようなとんでもない世界観が出来ていました。

その3。BGMはいつ用意するか。
これは、なんか「痛たたた」という話ですけれど。ご存知の方も多いかもしれませんが、私は長編作品を書くとたいていその作品に合わせた音楽をプレイリストにして、通勤中などに聴きまくり創作モードにするんですね。だから、音楽がインスピレーションの元になって生まれたエピソードなどもあります。

作品中に「何でここの描写、こんなに力入れて書いてんの? 大した展開でもないのに」というようなときは、かなりの確率で音楽に合わせて脳内で展開してしまったシーンをひたり切って書いたところだったりします。

基本的には、構想の段階、つまり大雑把にストーリーが決まって、主要シーンがイメージできたのと同じ頃にプレイリストを作ります。後から曲が増えることもありますけれど。

私はどちらかというとインストルメンタル系の曲をよく聴きます。まあ、数曲は歌詞入りのものもありますが、歌詞があるとストーリーがその言葉に引きずられるので、そうならないような曲を無意識に選ぶことの方が多いみたいです。

と、これだけ書いたら、広告は消えるかな?
なんせ、広告が出ちゃったのって初めてなんですよ。本当に新しい記事を書いたら消えるんでしょうか?

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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おわかりでしょうが、これはエイプリルフールのジョークです。
もちろん、この広告はfc2の広告じゃありませんよ。クリックしても占いは始まりません。

広告用のGIFに使わせていただいた「森の詩 Cantum Silvae」シリーズ用キャラクターのイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断使用は固くお断りします。
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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(2)海の街 - 1 -

本日からまた小説の連載を始めます。外伝が既に二本も先に出てしまっていて、いろいろとネタバレをしている状態ではありますが、私が書いているのは推理小説ではないので、いいということにしましょう。「郷愁の丘」です。以前に読み切りとして発表した「サバンナの朝」がその本編の第一回で、今日は第二回に当たる「海の街」です。少し長いので来週との二回に分けます。

「郷愁の丘」はかつてこのブログで連載した「ファインダーの向こうに」の続編という位置づけで、ヒロインをはじめとしておなじみのキャラクターがたくさん出てきますが、おそらく前の作品を読んでいなくても話は通じるはずです。今回の話は、舞台のほとんどがニューヨークではなくてケニアに移っています。

ちなみに、ケニアだ、赤道直下だというと、どこに行っても暑くて死にそうのように思われるかもしれませんが、実は多くの場所は高山で過ごしやすいのです。でも、日本の夏にも負けずに暑いところがあります。それがモンバサやマリンディなどの海岸沿いの地域です。マラリア蚊がいるのもこのあたりです。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(2)海の街 - 1 -

 深い青を瞳に焼き付けたくて、彼女は助手席の窓を開けようとした。

「暑いんですか?」
穏やかな低い声がすぐ横からした。ジョルジアは、運転している彼の方を見た。その横顔からは、窓を開けることへの非難は読みとれなかったが、もしかしたらマラリア蚊が入るから、開けない方がいいのかもしれないと思った。

「海の色をもっと良く見たいと思ったんです」
そうジョルジアが言うと、顔をこちらに向けた。淡い茶色の瞳は優しい光を宿していた。短くきれいに手入れされた口髭の間から見えている口元は、暖かく口角をあげていた。

「すぐに見晴らしのいい海岸に出ます。良かったらそこで車を停めましょう」
その親切な提案に、彼女は「ありがとうございます」と答えた。

 彼はジョルジアの日常から考えると、常軌を逸して親切だった。ナイロビで偶然再会した時に、マリンディの別荘へと招待してくれたこともそうだった。それだけではなく、モンバサから電話を入れて、マリンディまでバスで行くので待ち合わせ場所を教えてほしいと訊くと、彼自身がモンバサまで迎えにくると申し出てくれたのだ。

 普段の彼女はよく知らない人とは距離を置いていた。別荘への招待も断っただろうし、ましてや片道二時間もかかるモンバサとの往復をしてもらうことに警戒心を持って断るのがあたり前だった。そもそも、モンバサに来たのも、パーティにしつこく誘ってくるリチャード・アシュレイの申し出から逃げるための口実だった。

 けれど、今、隣にいるヘンリー・スコット博士には、どういうわけなのか、彼女はまったく警戒心を持たなかった。招待に対しても「喜んで」と即座に返答してしまったぐらいなのだ。

 彼は二年前の写真集の撮影旅行のときに知り合い、世話になった動物学者で、ツァボ国立公園の近くに住んでいる。穏やかで誠実な上、口数が少なく、さらに必要以上に人とつき合おうとしない男だった。年齢はまだ四十には届かないようだが、あご髭のためにずっと年長者の印象を与える。

 初めて会った時から、ジョルジアは「彼は無害だ」という印象を持っていた。それは、アメリカ、とりわけニューヨークのような大都市では、決して褒め言葉ではない。むしろ口に出せば嘲笑と受け取られる心配すらある言葉だったが、彼女にとっては大いなる褒め言葉だった。

 彼は沈黙がもたらす平安を知っていた。あの時、車を運転していたリチャードは、沈黙を怖れて必死に何かを話し続け、ジョルジアは疲れて意識を遠くに飛ばした。そして、ふと意識が戻ったとき、バックミラーに映ったスコット博士も同じように違う世界で心を休ませているのに氣がついた。ジョルジアは、思わず後ろを振り返った。ゆっくりと視線を合わせたスコット博士は、ほんのわずかに口元を緩めた。

 リチャードが、郵便局へ寄るために席を外し、二人だけになったときにも、静かにいくつか言葉を交わしたが、そこには「間を持たせるための氣まずい会話」や「退屈な天候の話」などは何もなく、かといって有用な情報がたいていそうであるように脳内に緊張が満ちることもなかった。

 今よりも男性不信の傾向が強かったジョルジアは、仕事でつき合わざるを得なかったほぼ全ての男性と、八割以上の女性との会話に強い緊張を感じていたのだが、彼との会話だけは、まるで家族や親しい同僚としているかのごとくリラックスしたものであることにひどく驚いた。

 その印象が強かったので、彼のことはよく憶えていたのだが、偶然再会した後にもその印象はますます強くなっていた。

 彼女はそれと正反対の感情を知っている。もうやめたいと思っても未だに逃れられない片想いの相手を、テレビのニュースや雑誌の表紙で見かける時のことだ。その著名なニュースキャスターからは自分が見えるはずもなく、それどころかその存在すらも知られていないとわかっていても、動揺し、怯え、熱いとも冷たいともわからぬ何かが血管を駆け巡り、心は締め付けられる。それなのにスコット博士が自分とわずか二十センチも離れていない距離で、車という密室の中に座って微笑んでも、ジョルジアは完全にリラックスしているのだった。

 クーン、と小さい鳴き声がしたので、ジョルジアは思い出して後ろを振り返った。ランドクルーザーの最後部座席に、焦茶色のローデシアン・リッジバックが横たわっている。主人に劣らずもの静かな犬で、ライオン狩りにも使われる勇猛な性格は、ジョルジアの前ではまだ披露していなかった。元来大人しい性格の犬なのかと思ったが、スコット博士はモンバサでジョルジアと初対面をした時の愛犬の様子に驚きを示した。

 そこだけ黒い鼻先をジョルジアの太もものあたりにこすりつけて、彼女を見上げた。その赤茶色の透明な瞳に彼女は、すっかり魅せられてしまった。しゃがんで、そっと頭に触れると、頬にキスをしてきて、ちぎれんばかりに尻尾を振った。
「ルーシーが初対面の人にここまで懐いたのを始めてみました。たいていひどく吠えるんですが」

 ルーシーは、二時間のドライブの間、ほとんど身動きもせずに、座っていた。その存在を忘れてしまうほど静かなのだが、時折あくびをしたり体を伸ばす時の音でジョルジアが振り返ると、こちらを見つめて尻尾を振った。

「ルーシーに、水をあげた方がいいんじゃないでしょうか」
ジョルジアが訊くと、スコット博士はジョルジアの方を見て優しく微笑んだ。
「あなたも喉が乾いたでしょう。すぐそこの角で停まりましょう」

 それから本当に500メートルもいかない角を曲がったときに、ジョルジアは思わず息を飲んだ。そこは波止場になっていて、遮るもののない濃紺のインド洋が広がっていた。地平線はほんのわずかに球面を描き、ここは水の惑星なのだとジョルジアに告げた。

 しばらくサバンナの乾いて赤茶けた世界、埃がアカシアの灌木を覆うアフリカらしい光景ばかりを見ていたせいで、この鮮やかな海の煌めきがよけい眩しく感じられた。ジョルジアは、車の外に出ると、目は海に釘付けになったまま無意識にカメラを探した。

 そして思い出した。休暇で、ほとんどの装備はニューヨークに置いてきたのだ。持っているのはモノクロームのフィルムを装填したライカと、片手に収まるサイズのコンパクトデジタルカメラだけ。もし、この色を撮りたければデジタルカメラを使うしかない。

 立て続けにシャッターを切っているジョルジアを眺めながら、彼は後部のドアを開けてルーシーを出した。犬はすぐにジョルジアの側にやってきてその足元に座った。彼は、ステンレスのボウルをその前に置いてやり、冷えたペットボトルの水を半分ほど入れてやると、残りを持ってジョルジアを待った。
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Posted by 八少女 夕

春のポルトガル

というわけで、またしてもポルトに来ています。もういい加減みなさん「またかよ」と思っていらっしゃるだろうけれど、いいものはいいんです。



とくに、馴染みの人たちができて「あ~、もう一年経ったか、よく来たね」と迎えてくれるのも楽しみの一つになっています。食べ物も美味しいし、街も素敵だし、「黄金の枷」シリーズのロケハンも出来るし、いうことありません。

本当はいろいろな季節に来たいと思うんですが、いつも同じ季節になってしまっています。真冬は寒いし、夏は高いし。そもそも夏はバイクで二週間くらい休暇に行くんですが、さすがにポルトガルまで二週間で往復は、ねぇ。

この時期は、既にいろいろな花も咲き出していますし、散策も凍えないいい感じ。その一方、イモ洗いというほどは観光客もいなくて、私たちの旅にはちょうどいいのです。

脳内イメージは、このBGMで。「四月のポルトガル」という曲ですよ。


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