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Posted by 八少女 夕

【小説】黒髪を彩るために

scriviamo! 2017の途中なのですが、今日は別枠の小説を発表します。月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の……」シリーズ、去年は試験的に「四季の……」で年四回にしたんですが、今年は再び月一シリーズとして復活しました。今年は「十二ヶ月のアクセサリー」です。一月のテーマは和風に「つまみ簪」です。

短編小説集「十二ヶ月のアクセサリー」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月のアクセサリー」をまとめて読む



黒髪を彩るために

 紅、白、薄桃色。指の先の大きさにも満たない布のパーツを順番に並べていく。「つまみ」は、小さな絹を折ったパーツを組み合わせて簪や櫛飾りなどを作る、江戸時代から続く伝統工芸だ。

 折った布の曲線が外に出る丸つまみ。赤いちりめんのパーツを五つ使って梅の花。大きさを変えて咲き誇る紅白の梅の花をつくる。

 折り目を外側に尖らせる剣つまみは、たくさんの花弁にできるので、菊の花を作る。外側を華やかな曙色、わずかずつ白みの多い桃色の布を使ってグラデーションをつけていき、一番内側は純白にした。そして、枝垂れ梅のように紅白の花房さがりを垂らす。花の中心は小さな淡水パールで上品に留めた。

 できた。恵美は簪を外の光にかざして眺めた。

 かつて姉の初子が作っていたものとは違って、よく見ると糊がしみ出してしまっているところや、上手く折れていなくて左右対称でないところもあるのだけれど、こんな大作を一人で作ったのは初めてだから満足だった。

「簪、恵美ちゃんの成人式に間に合わせなくちゃね」
初子は、大学生だった恵美に優しく微笑んだ。

「そんなこといいから、休んでいてよ。一昨日退院したばかりなのに、もうこんなに根を詰めて」
恵美は慌てて言ったものだ。

 初子は身体が弱くて、いつも家にいた。大学に行くこともなかったし、就職もしなかった。家の中でできること、体力を使わなくていいことしかできなかったが、その分手先がとても器用で、手芸の類いは何でも出来た。

 通信教育で習ったつまみ細工にもその才能が遺憾なく発揮されたので、和装小物のメーカーに納品するようになった。

 大きいかまぼこ板のような木の板の上に薄く糊を伸ばす。ピンセットで器用に折った小さなちりめんや羽二重の布を手早く並べていく。そして、それを銀色のパーツの上に載せて美しい小さい花を完成させていく。つまみ細工はその繰り返しだ。辛抱強くて几帳面な初子にぴったりの仕事だった。

 恵美が成人式に振袖を着ることになると、大喜びで簪を作ってくれると言った。

 恵美は、大正ロマン風の振袖を買ってほしかった上、つまみ簪よりもオーガンジーなどで出来た洋風の飾りが欲しいと思っていたのであまり乗り氣ではなかった。両親が大喜びで「よかったわね」と言うのも面白くなかった。

 子供の頃から、両親の姉と自分への関心には差があるように感じていた。彼らは身体が弱くて入退院を繰り返していた娘を心配していたのだろう。運動会にも出られない、遠足にも行けない初子のことを「かわいそうにね」と慰め、国語や算数で優秀な成績をとると褒めちぎった。一方、健康だけれど成績もそこそこだった恵美は、褒めてもらった記憶もあまりないし、何事も二の次にされてきたと感じていた。それによく叱られた。

 恵美は初子のことを嫌いだったわけではない。少しは妬んだけれど、いつも優しく穏やかだった初子、苦しくてもけなげに耐えている姉のことを偉い人だと思っていた。それに、いつまでもそうやって一緒にいてくれるのだと思い込んでいた。

 でも、初子は恵美の成人式まで生きられなかった。つまみ簪も完成しなかった。

 成人式用に、好きな髪飾りを買ってくれると母親に言われたとき、恵美は首を振った。
「初子姉さんの作ってくれた簪をする」

「でも、あれは作りかけで、目立つところの花弁が欠けているわよ」
「いいの。あれをつけたいの」
恵美は泣きながら言った。他の髪飾りが欲しいなどと思ったりしなければよかった。姉さんに作ってくれたお礼も言えなかった。

 伝統工芸だから、レンガ色と抹茶色で幾何学的な模様のモダンな着物には合わないだろうと思っていたが、それは恵美の思い違いだった。初子は、若竹色と落ち着いたレンガ色のちりめんを使い、剣つまみの内側の花弁を黒にすることで、モダンなデザインの簪を作ってくれていた。

 行動範囲が狭まっている分、彼女の宇宙は小さなピンセットと細い指先から生み出されて自在に広がっていたのだ。恵美は、生きているうちにもっと姉と話して、その心の中の宇宙を覗けなかったことを後悔していた。偏狭で思い込みに縛られていたつまらない自分を悔やんだ。

 同級生たちはその簪を見て、変な顔をした。黙って目を見合わせてから、影でくすくす笑った。恵美は、姉の形見であることを誰にも言わなかった。それは、心ない同級生たちとの会話で穢されたくない神聖な思い出だった。人になんてわかってもらわなくていい。私の黒髪を美しく飾ってくれようと心をこめてくれた姉さんの想いがここに刺さっているんだからと。

 そして、その成人式からもうじき十五年が経つ。

「お母さん、ただいまー」
玄関の引き戸ががらりと開いた。恵美は、もうそんな時間かと驚いた。

「おかえりなさい、初音。あら、またそんなに汚して」
お転婆娘は、またどこかで泥だらけになってきたらしい。

「公園でちょっと滑り台に乗っただけだよ。でも砂場が湿っていたんだもん」
「公園に行くのは、一度帰ってランドセル置いて、着替えてからっていつも言っているでしょう、もう」
「ごめんなさい。忘れちゃった」

 恵美は初音の頭をそっと撫でた。両親が自分に対して感じいていたことを、今は理解できる。健康で元氣よく飛び回っていることは、どんなに有難いことだろうか。漢字の書き取りがバッテンだらけでも、何を着せてもすぐに泥だらけにしてしまっても。何度叱ってもいう事をきかないので、しょっちゅうは褒めないけれど、でも、愛しい娘であることには違いはないのだ。

「お母さん、これ作っていたの? きれいだね」
初音は、簪を覗き込む。

「ふふ。これは初ちゃんのよ」
「私の? 本当? 今もらっていいの?」
「あら、今オモチャにしちゃダメよ。初詣の時に、おきもの着るでしょう。その時にね」

「ふうん。そうか。マイコさんみたいにするんだものね。でも、お母さん。おきものはいいけれど、ぞうりはいたいから、きらい。ビーチサンダルはいちゃダメ?」
「う~ん。それは、いまいちだと思うなあ。でも、痛いのはつらいよね。写真撮らない時はそれでもいいかしら。少なくとも運動靴よりはいいわよね」

 せっかくの簪でばっちり可愛く決めようと思ったんだけれどなあ。カエルの子はカエルだからしかたないかなあ。

 恵美はため息をつくと、タンスの上の初子の写真を振り返った。姉は、昔と変わらずに優しく微笑んでいた。


(初出:2017年1月 書き下ろし)
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Category : 短編小説集・十二ヶ月のアクセサリー
Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

【小説】今年こそは〜バレンタイン大作戦

scriviamo!


今年最初の小説は、「scriviamo! 2017」の第四弾です。ダメ子さんも、プランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

新しいプランができてる
じゃあ私も久しぶりに思い切ってBプランを注文しますです


ダメ子さんは、お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人です。かわいらしい絵柄と登場人物たちの強烈なキャラ、それに短いセリフで胸のど真ん中を突くストーリーの、ネガティブな高校生ダメ子さんを中心に繰り広げられる日常を描く人氣マンガ「ダメ子の鬱」でおなじみです。

せっかくなので「ダメ子の鬱」のたくさんのキャラたちのうち、ダメ子さんのクラスの男の子三人組、とくにチャラくんをお借りしてお話を書かせていただくことにしました。といっても、実際の主役は、一年に一度だけ出てくる、あの「後輩ちゃん」です。チャラくんはバレンタインデーのチョコを自分ももらいたいと思っているのですが、毎年この後輩ちゃんからのチョコを受け取り損ねているんです。

快くキャラをお貸しくださったダメ子さん、どうもありがとうございました。名前はダメ子さん式につけてみました。「あがり症のアーちゃん」と「付き添いのつーちゃん」です(笑)


「scriviamo! 2017」について
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今年こそは〜バレンタイン大作戦 - Featuring「ダメ子の鬱」
——Special thanks to Dameko-san


 今日は例の日だ。2月14日、聖バレンタインデー。アーちゃんは、がたがた震えている。たかだか先輩にチョコを渡すだけなのにさ。

「ごめんね、つーちゃん。つきあわせて。でも、私一人だと、また去年の二の舞になっちゃう」

 アーちゃんは、とんでもないあがり症だ。昨日も授業で当てられて、現在形を過去完了に変えるだけの簡単な質問に答えられなかった。答えがわからなかったのではなくて、みんなの前で答えるというシチュエーションにパニックを起こしてしまったのだ。先生もいい加減アーちゃんがこういう子だって憶えりゃいいのに。

 そんなアーちゃんだけれど、意外と執念深い一面も持ち合わせていて、もう何年もとある先輩に懸想している。バスケ部のチャラ先輩だ。カッコ良くて女性の扱いの上手いモテ先輩ならわかるけれど、なんでチャラ先輩なんだろう。まあ、明るくてけっこう優しいところはあるけれどさ。

「前ね、今日みたいに授業で答えられなくて、クラスの男の子たちに下駄箱で嗤われたことがあるの。そこにチャラ先輩が通りかかってね。『かわいそうだから、やめろよ』って言ってくれたの」
「それ、いつの話?」
「えっと、中学のとき」

 何ぃ? そんな前のこと?
「もしかして、この高校を受験したのは……」
「うん。チャラ先輩がいたから。あ、それだけじゃないよ、偏差値もちょうどよかったし、家からもわりと近かったし」

 全然近くないじゃない。やっぱりこの子、変わってる。そんなに大好きなチャラ先輩に、告白が出来ないどころか、もう何年もバレンタインデーのチョコを渡しそびれているらしい。なにをやっているんだか。

 スイス産のクーベルチュール、70%カカオ、それにホワイトチョコレート。純国産のミルクチョコレートにとってもお高い生クリーム。彼女ったら、あれこれ買ってきて、レシピも調べて研究に余念がなかった。そして、なんとけっこうプロっぽい三色の生チョコを作ったのだ。

「わざわざ用意したんだから、あとは渡すだけじゃない。何で毎回失敗しているの?」

「だって、先輩、二年前は部活に来なかったの。去年は、ものすごく素敵なパッケージのチョコレートを食べながら『さすが、味も包装もまるでプロ並だよな』なんて言って通ったの。私のこんなチョコは受け取ってくれないかもと思ったら、渡せなくて」

 私はため息をついた。そんな事を言って食べているってことは、本命チョコのはずはないじゃない。でも、舞い上がっていて、そんなことを考える余裕がなかったんだろうな。

「わかった。さすがに一緒に行くってわけにはいかないけれど、途中まで一緒に行ってあげよう。どんなチョコにするの? パッケージもちょっと目立つものにするんだよ。義理っぽいものの中では目立つようにね」

 私がそういうと、アーちゃんはこくんと頷いた。
「ごめんね、つーちゃん。その日は他に用事ないの?」
「あ? 私は、そういうのは関係ないからさ。友チョコとか、義理チョコとか、そういう面倒くさいのも嫌いだからやらない宣言してあるし」

 というわけで、私は柄にもなく、きゃーきゃーいう女の子たちの集う体育館へと向かっているのだ。バレンタインでへの付き添い、この私が。チャンチャラおかしいけれど、これまた経験だろう。

 バスケ部のところに女どもが群がっているのは、どう考えてもモテ先輩狙いだろう。あんなにもらうチョコはどう処理しているんだろう。全部食べるわけないと思うんだけれど。女の私だって胸が悪くなるような量だもの。でも、目立つように処分したりするようなことはしないんだろうな。そう言うところは絶対に抜かりないタイプ。

 チャラ先輩は、そんなにもらうとは思えないから、いかにも本命チョコってパッケージのあれをもらったら、けっこう喜ぶと思うんだけれどな。アーちゃんは、かわいいし。

 もっとも男の人の「かわいい」と私たち女の思う「かわいい」って違うんだよね。男の人って、「よく見ると味がある」とか、「人の悪口を言わない性格のいい子」とか、「あがり症でも一生懸命」とか、そういうのはポイント加算しないみたい。むしろ「意外と胸がある」とか、「かわいいってのは顔のことでしょ」とか、「小悪魔でちょっとわがまま」とかさ。まあ、こういう分析をしている私は、男から見ても、女から見ても「かわいくない」のは間違いないけれど。

「つーちゃん、待って。私、ドキドキしてきた」
その声に我に返って振り向くと、アーちゃんが震えていた。まだ体育館にもたどり着いていないのに、もうこれか。これで一人で、先輩のところまで行けるんだろうか。

「いい、アーちゃん。あそこにモテ先輩と群がる女どもが見えるでしょ。あそこに行って彼女たちを掻き分けて先輩にそのチョコを渡すことを考えてご覧よ。どんなに大変だか。それに較べたら、ほら誰も群がっていないチャラ先輩のところにぴゅっと走っていって、『これ、どうぞ!』と手渡してくるだけなんて楽勝でしょ?」

 私は、チャラ先輩がムツリ先輩と二人で立っているのを見つけて指差した。二人は、どうやらモテ先輩がたくさんチョコをもらっているのを眺めながら羨ましく思っているようだ。
「これはチャンスだよ。自分も欲しいなあ、と思っている時に本命チョコを持って女の子が来てくれるんだよ。ほら、早く行っておいで」

 私の入れ知恵で、パッケージにはアーちゃんのクラスと名前が入っているカードが忍ばせてある。あがってひと言も話せなくても、チャラ先輩が興味を持ってくれたら自分から連絡してくれるはずだ。少なくともホワイトデーのお返しくらいは用意してくれるはず。……だよね。


 アーちゃんは、よろよろしながら体育館の方へと走っていく。えっ。何やってんの、そっちは方向が違うよ。

 彼女は、チャラ先輩の方にまっすぐ走っていかずに、モテ先輩の人だかりの方に迂回してしまった。人に紛れて見えないようにってことなのかもしれないけれど、それは誤解を呼ぶぞ。

 あらあらあら。あれはキツいバスケ部のマネージャーだ。モテ先輩とつきあっているって噂の。アーちゃんの持っているチョコを目ざとく見つけてなんか言っている。「抜け駆けする氣?」とかなんとか。

 アーちゃんは、慌てて謝りながら、モテ先輩の周りにいる女性たちから離れた。そして、動揺したせいか、その場に転んでしまった。私はぎょっとして、彼女の方に走っていった。

「アーちゃん、大丈夫?」
「う、うん」

 全然大丈夫じゃないみたい。膝が擦り剥けて血が出ている。手のひらからも出血している。
「わ。これ、まずいよ。保健室行こう」

 でも、アーちゃんは、自分よりもチョコの箱の惨状にショックを受けていた。
「つーちゃん、こんなになっちゃった」

 不器用なアーちゃんでもきれいに詰められるように、テトラ型のカートンにパステルカラーのハートを可愛くレイアウトして印刷したものを用意してあげたのだけれど、転んだ時のショックで角がひしゃげてしまっている。幸い中身は無傷のようだけれど。

「えっと、大丈夫?」
その声に見上げると、チャラ先輩とムツリ先輩だった。アーちゃんは、完璧に固まっている。

「だっ、大丈夫ですっ!」
彼女は、チョコの箱を後に隠して立ち上がった。
「わっ、私、保健室に行かなきゃ! し、失礼しますっ」

「あ、そのチョコ、モテにだろ? 僕たちが渡しておいてあげようか?」
チャラ先輩は、一部始終を見ていたらしく、覗き込むようにちらっと眺めながら言った。お。チャンス!

「え。いや。そうじゃないです! そ、それにもう、潰れちゃったから、渡せないし、捨てようかと……」
アーちゃんは、焦って意味不明なことを言っている。そうじゃなくて、これはチャラ先輩に持ってきたって言えって。

 パニックを起こしている彼女は、誤解を解くどころか、箱をよりにもよって私に押し付けて、ひょこひょこと校舎に向かって走っていった。ちょっと。これをどうしろって言うのよ。

 思いあまった私は、潰れた箱をチャラ先輩の手に押し付けた。
「これ、モテ先輩に渡したりしちゃダメですよ。 中身は大丈夫のはずだから、食べてくださいね!」
 
 あとはチャラ先輩がこれを開けて、中のカードをちゃんと読んでくれることを祈るのみ。中の生チョコが潰れていなければ、カードに必要な情報が全部書いてあるはずだから。

 ところでアーちゃんは「チャラ先輩へ」ってカードにちゃんと書いたのかな。今は、それを確かめようもない。私はアーちゃんを追わなくちゃいけないし。

 ああ、この私が加担したにもかかわらず、今年も前途多難だなあ。

(初出:2017年1月 書き下ろし)

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Category : scriviamo! 2017
Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

【写真】20枚の写真

scriviamo!


「scriviamo! 2017」の第三弾です。ポール・ブリッツさんは、引き続きプランBでのご参加もしてくださいました。プランBは、まず先に私が書き(描き)、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。下記のようなリクエストをいただいています。

「これはないだろう」というような無理難題をお待ち申し上げております。


SなんだかMなんだかよくわからないポールさんですが、どうやったら無理難題を出せるのか、しかも失礼にならないように。最初はいつだったか嫁に出したうちの美穂とポールさんところのポールに波風でも立てるかなどという案も考えたんですが、つまんなかったので却下。

というわけで、こちらが書く小説での挑戦はやめました。下に書くことを読んだ方は「ひどい」とお思いになるかもしれませんけれど、私だってやりたくて無理難題を考えだしているわけじゃないんですよ。あくまでもご希望なので(笑)


「scriviamo! 2017」について
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20枚の写真
——Special thanks to Paul Blitz-san


scriviamo!は、イラストや写真などでも参加できるので、それを使ってちょっと変わったお題を出したいと思います。

以前、66666Hit記念で、みなさまから募集した35個の名詞を使って小説を書いていただく企画をやったことがありますが、あれの写真編をやってみたいと思います。

下に表示されているのは、すべて私が撮った写真です。20枚あります。スイスのものもありますし、他の国のものもあります。

この写真のうち、少なくとも5枚を使って、その情景に上手く合うようなストーリーを作っていただきたいと思います。

写真には、純粋に写真に興味を持ってくださる方のために、下に説明文が添えてありますが、それがどこのものか、実際にどういうシチュエーションで撮ったものかは無視してくださってけっこうです。目で見た写真とストーリーがマッチしていればそれでOKです。順番ももちろん関係ありません。

もちろん20枚全部を使っても構いません。複数の作品にしていただいても構いません。(一篇に写真5枚以上は必須ですが)

写真の著作権は放棄しませんが、この企画で使う場合に限り、ご自由にダウンロードして作品に貼付けていただいてけっこうです。

ちなみに、ポールさん以外の方で「面白いから私もやりたい」と思われる方もどうぞご自由にご参戦ください。



scriviamo! 2017 Photos (1)
教会の祭壇です。聖母子像ですね。

scriviamo! 2017 Photos (2)
こちらはホテルのレストラン。

scriviamo! 2017 Photos (3)
八月になるとトウモロコシがぐんぐん育って、背の高さを超えると「夏も終わりだ」と実感することになります。

scriviamo! 2017 Photos (4)
昔の街並の残る旧市街は壁で囲まれていて、そこに入るのにこうした門を通っていくことが多いです。

scriviamo! 2017 Photos (5)
秋のエンガディンは金色に色づいた落葉松が印象的です。

scriviamo! 2017 Photos (6)
とある公園にて。黄葉の下でまどろむ彫像。何を夢見ているのでしょう。

scriviamo! 2017 Photos (7)
空港はいつもドラマの予感。長距離フライトがあまり好きではなくなった今でも、ここに来るのはやはりちょっぴりときめきます。

scriviamo! 2017 Photos (8)
雪の止んだ月夜。普段よりも幻想的な光ですね。

scriviamo! 2017 Photos (9)
ホテルのロビーにて。私たちの旅行では、ここでいろいろとドラマが生まれているのです。

scriviamo! 2017 Photos (10)
これもホテル。でも、立派なお屋敷もこういう感じなんじゃないかしら。

scriviamo! 2017 Photos (11)
ちょっと特殊な写真ですね。

scriviamo! 2017 Photos (12)
これはイタリアとの国境です。時おり誰もいません。フリーバス。

scriviamo! 2017 Photos (13)
これはマッジョーレ湖ですかね。南国の明るさにあふれた湖水です。

scriviamo! 2017 Photos (14)
時計博物館で撮った写真です。アンティークのものですけれど、自宅にあったらちょっとこわいなあ。

scriviamo! 2017 Photos (15)
これも冬の夜。なんてことのない光景ですけれど心うたれたのでパチリ。

scriviamo! 2017 Photos (16)
これはポルトで撮った写真。洗濯物は生活感あふれています。カラフルなところが氣にいりました。

scriviamo! 2017 Photos (17)
ポルトの夜景です。

scriviamo! 2017 Photos (18)
会社の近くにある教会の外にある彫刻。レンギョウの花の咲く季節ですね。

scriviamo! 2017 Photos (19)
イタリアとの国境に近いブレガリア地方にて。黄色いバスはこの辺りの唯一の公共交通機関です。

scriviamo! 2017 Photos (20)
我が家の近くにて。たまにこういう空の色が見られます。


【追記】
ポール・ブリッツさんがお名前のごとく稲妻スピードでお返しを書いてくださいました。しかも物足りないからとご自分でハードルをあげられたようです。ありがとうございました!

ポールさんの書いてくださった小説「キングも知らない


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Posted by 八少女 夕

【小説】異国の女と謎の訪問者

scriviamo!


「scriviamo! 2017」の第二弾です。ポール・ブリッツさんは、私の小説群に出てくる架空の村、カンポ・ルドゥンツ村の出てくるスパイ小説で参加してくださいました。

ポール・ブリッツさんの書いてくださった『カンポ・ルドゥンツの来訪者』

ポールさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。どうも、こういう企画は難しい挑戦をしないといけないとお思いになっているらしくて、毎年しょっぱなから大いにハードルをあげてくださるブログのお友だちです。でも、挑戦されたからと言って、応える方の技量には限りってモノが……。まあ、いいや。

いやー最近読んでいるスパイ小説が面白くって(^^)


この参加宣言と、あちらの小説のみなさんのコメントでは、私もスパイ小説でお返しすることを期待されているような氣もしますが、そう簡単に書けるわけないじゃないですか。しかも舞台がカンポ・ルドゥンツ村ですよ。何もないし。というわけで、こんな話になりました。例によって真相は「藪の中」です。なにが本当でなにが憶測なのか、謎の男は何しにきたのか、ポーランド人と、ロシア人は、スパイ小説とどう関わっているのかもしくは全然関わっていないのか、それは読者の想像にお任せします。

登場するトミーとリナは、去年のscriviamo!をはじめとして、私の小説では既におなじみのキャラなのですが、別に読まなくても大丈夫です。一応シリーズのリンクはつけておきますけれど……。


【参考】
「リナ姉ちゃんのいた頃」シリーズ
「酒場にて」

「scriviamo! 2017」について
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異国の女と謎の訪問者
——Special thanks to Paul Blitz-san


 道は凍り付いている。育ち始めた霜は、結晶を大きくさせて、雪が降ったあとのようにあたりを白くしている。カンポ・ルドゥンツ村は、ライン河の東岸にある小さな村だ。小高い丘の上にある少し裕福な人たちの住む場所は別として、泉のある村の中心部には三ヶ月にわたり一度も陽の光が差さない。

 河向こうにあるサリス・ブリュッケと違い住民も少ないこの村は、冬の間はまるで死んだかのように人通りがない。かつては広場を囲んで三軒あった旅籠兼レストランのうち今も営業しているのは一軒のみで、他には村の中心部からかなり離れたところにバーとそれに隣接した有機食料品店があるだけだ。

「こんにちは、トミー!」
そのバーの扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、そんな寒村には全く似合わない派手な出立ちの娘だ。鮮やかな緑のコートは確か雑誌で見かけたバリーの新作だし、その下から現れた白いミニ丈のニットドレスは、どこのブランドかわからないけれど今年のトレンドであることは間違いない。黒いタイツに茶色いロングブーツのバランスもこだわりを感じさせる。それがわかるトミーだが、そんなことを容易く褒めてはやらないのが彼らしさだ。

「リナ。いつお外が春になったのよ」
「なっていないわよ。マイナス10℃ってところかな。寒かった~」
「だったら何でそんな恰好をしているのよ」
「だって今日はこういう氣分なんだもん」

 『dangerous liaison』は、コンサバティヴで過疎な寒村カンポ・ルドゥンツ村のはみ出しものが集うバーだ。ゲイのカップルであるステッフィとトミーが経営している。青とオレンジを基調とした南国風の室内装飾はこのあたりでは滅多にない派手なインテリアで、やってくる客もこの谷の半径三十キロ地点にいるはみ出しものばかりだった。

 この村に住むリナ・グレーディクもその一人で、週に二度ぐらいはこの店にやってきてトミーに新しいファッションを披露するのだった。

 カウンターの奥でクスっと笑う声がしたので顔を向けると、ノヴァコフスキー夫人で通っているイリーナが壁についたカラフルなシミのように座っていた。このバーの常連の中で最高齢だと思われ、正確な歳は誰も知らないがおそらく八十歳は超えているはずだ。夫のノヴァコフスキーは五十過ぎてから結婚してこの村に彼女を連れてきたが、彼が亡くなった後三十年ひとりで近くのアパートメントに住んでいる。

「あれ。一人? お客さん、帰ったの?」
リナは訊いた。

 前回この店にきた時に、常連である自動車工マルコが大騒ぎしていたのを耳にしていたのだ。
「おい。知っているか? ノヴァコフスキーの後家婆さんのところにボーイフレンドが来ているぞ! あの歳でやるよな」

「どんなヤツだ?」
「外国人だよ。顔立ちから言うと南欧の男かな。でも背はかなり高い。どこにでもいそうな老人だ」

 マルコの情報によると、村の中心にある旅籠に滞在しているということだった。そして、イリーナが彼を訪ねてきて二人で自宅に向かったのを目撃したレストランの常連たちが、驚きと興味を持って二人の関係についてあれこれ詮索して騒いでいたというわけだった。

「あの婆さんもポーランド人だったっけ」
「いや。確かロシア人だったはずだ。ティツィーノ州からやってきたらしく、イタリア語が達者なんだ」
「ああ。亡命貴族が多いんだよな。革命の時にごっそり持ち出した財宝でマッジョーレ湖のヴィラで優雅に暮らしている帰化者がいっぱいいるって話だ」
「そんな金持ちが、ヤン・ノヴァコフスキーみたいな貧乏人と結婚してこんな田舎に来るか」
「さあな。貴族の召使いの子弟ってのもいるだろう」

「そもそもヤン・ノヴァコフスキーは何でこの村に来たんだっけ?」
「ああ。ありゃ戦争捕虜だよ。フランスで従軍していたんだが、ドイツに投降するくらいなら、スイスに入った方がマシな扱いを受けるからって越境してきたんだ。で、戦後に村の娘と結婚して帰化したはずだ」
「なるほど。その娘が亡くなってから後添いに来たのがあのイリーナ婆さんってことだな」

「その婆さんが、今度は別の外国人をこの村に連れてくるってことか? はてはて。で、今度は何人かな」

 そんな噂が村の中心を駆け巡っていたのが四日ほど前だった。だが、村人の予想に反して、謎の南欧風の男は迎えにきた車に乗ってどこかへと去っていった。

 リナの質問は、村の噂がすでにバー『dangerous liaison』にまで広がっていることや、自分が村の好奇心の対象となっていることを示していたので、イリーナは笑った。銀髪を優雅に結った女性で、若いころと変わらずに魅力的で秘密めいた微笑みを見せる。未亡人となってからはいつも黒い服を身につけているが、纏っているスカーフが色とりどりで華やかだ。

「ええ。帰りましたよ。昨日ね」
それから、トミーにワインのお替わりを頼んだ。

 すぐに帰るつもりはないと判断したリナは、イリーナの隣に座った。
「イリーナの家族?」

 イリーナは首を降った。
「いいえ。友達よ。ペンフレンドね」
「ペンフレンド?」

「ええ。いつだったか州都のスーパーマーケットで、告知をみつけたの。キリル文字で書かれていたのよ。懐かしかったから近寄って見たらペンフレンド募集だったのよ。それで連絡して文通するようになったの。この歳になると、使わないと、すっかり忘れて使えなくなってしまうのよ」

 リナはカンパリソーダを飲みながらイリーナの顔を覗き込んだ。
「イリーナはポーランド人じゃなかったんだ」
「いいえ。私の両親はロシアの出身なのよ。革命から逃げてティツィーノ州に来たの。私はイタリア語圏スイスで生まれ育ったんですよ」

「でも、イリーナはずいぶんきれいなドイツ語を話すよ? どうやって覚えたの?」
「若いころにルガーノに住んでいたドイツの男爵のところで働いていましたからね」

「リナ。あんたはいろいろな事を不躾に訊きすぎるわよ」
トミーが注意した。リナは「ごめん」とは言ったが、反省している様子はなかった。

「いいのよ。変な噂を流されるよりは、訊いてくれた方がすっきりするわ」
イリーナはワインを飲んだ。

 それで、リナは勢いこんで更に訊いた。
「それで、文通をしていた友達が会いにきたのね?」

「そうよ。変わった人でね。ペンフレンドを募集しておきながら、応募してくる人間がいるとは思わなかったなんて書いてくるし、特に文通がしたかったわけでもないみたいだったの。単に婆さんの書いてくる田舎の日常が面白かったから、暇つぶしに時々手紙をくれたみたいね。だから、まさか逢いにくるとは夢にも思わなかったんだけれど」

「じゃあ、何で来たのかしらね?」
リナが訊くと、老女はおかしそうに笑った。
「オクローシカを食べたかったみたいね」

「何それ?」
リナとトミーが同時に訊いた。

 イリーナは笑って言った。
「冷たい野菜スープの一種よ。クワスという発酵飲料で作るの。私は母からクワスの作り方を習っていたので、パンと酵母で手作りしているんですよ。この前の手紙でその話を書いたら、一度訪問したいって書いて来てね。大都会ならペットボトル入りのクワスが専門店で買えると思うんだけれどねぇ」

「ああ、それはわかるわ。故郷を離れていると、なかなか手に入らない手作りの味が無性に恋しくなるのよね」
トミーが頷いた。

* * *


 その頃、村の中心にある旅籠のレストランでは、男たちがまさにイリーナ婆さんと謎の男の噂をしていた。

「俺は、あの男はにはどこかおかしいところがあるように思うんだ」
マルコが熱弁を振るっている。他の男たちはビールを飲みながら首を傾げた。
「どこが?」

「第一に、こんな何にもない村にいきなりやって来たかと思うと、へんな送迎の男たちと去っていっただろう」
「はい、はい。また始まった。お前、外国人とみるとすぐになんかの陰謀だと言い出すんだよな」

 マルコはムキになって続けた。
「おかしいのはそれだけじゃないぞ」
「なんだよ」
「あの顔さ。手は皺しわなのに、額や鼻にほとんど皺がなかった。あれは整形かもしれないぞ」

「へえ。そうなのかな」
「で、イリーナ婆さんのところに何の用だ?」
「諜報機関の奴らが、なんかの書類を受け渡しにきたとかさ。ロシアの亡命貴族とKGBの密会というのは面白い組み合わせだな。それとも亡きポーランド人の遺した第二次世界大戦の時の重要書類か」

 それを聞くと、ほかの男たちは馬鹿にした顔つきで眼を逸らすと、新しいビールを注文した。
「お前は、スパイ小説を読みすぎだ。そんなわけないだろう。寝言もいい加減にしろ。あの男はどうせ婆さんの家族か親戚か、そんなところさ」

(初出:2017年1月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 コラボ

Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと天空の大聖殿

scriviamo!


今年最初の小説は、「scriviamo! 2017」の第一弾です。山西 左紀さんは、プランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。下記のようなリクエストをいただいています。

夕さんが気になる、或いは気に入ったサキのキャラとコラボしていただけたら 嬉しいです。


山西左紀さんは、色鮮やかな描写と緻密な設定のSFをはじめとした素晴らしい作品を書かれる方です。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

既に多くの作品でコラボさせていただいていますが、もっとも多いのが、「夜のサーカス」のキャラクターの一人であるアントネッラと、そのブログ友達になっていただいたサキさんの「物書きエスの気まぐれプロット」のエスというキャラクターとの競演です。

記念すべき初のプランBですから、やはりこの組み合わせで書きたいなと思いました。アントネッラとエスの交流の話、もしくは劇中劇形式になっているストーリーの話、どちらで遊んでいただけるのかも興味津々です。どんな形でお返事いただけるのか、いまからワクワクです。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物


「scriviamo! 2017」について
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
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夜のサーカスと天空の大聖殿 - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」
——Special thanks to Yamanisi Saki-san


 風を切って雲の間を抜けていく時、《勇敢なる女戦士》ロジェスティラは、イポリトの首筋の茶色い羽毛に顔を埋めた。彼女の忠実な乗り物となったこの巨大なヒッポグリフは、そっと顔を向けて「大丈夫か」と伺うかのごとく黄金色の大きな瞳を動かした。

「怖くなんかないわ。これは武者震いよ。あの天空の大聖殿に近づくのは、お前のような神獣の助けを借りなくちゃ不可能だし、わが軍で《翼あるもの》の使い手は、いまや私一人ですもの。オルヴィエート様をお救いすることが出来るのは、お前と私しかいないんだわ」

 初めて目にした天空の大聖殿は、何と美しいことだろう! いくつもの尖塔がぎっしりとひしめき、針の山のように見えた。灰色と赤茶けた岩しか存在しない、人里離れた地の果てのごときヘロス山に、遠く離れたグラル山塊でしか産出しない青白い大理石をこれだけ運ぶ労力はどれだけのものだったのだろう。

 このように壮大な聖殿を建てても、祭司に集まる貴族たちも、祈りを捧げる民らも到達することは出来ない。五百年前の大噴火によってヘロサ新山が生まれた後、馬はもちろん、徒歩ですら近づくことが出来なくなったのだ。厳しい渓谷に阻まれたこの壮麗なヘロス大聖殿は秘密に守られて、何世紀にも渡り伝説で語られるだけの存在であった。

 ロジェスティラは、モルガントとの対決を思って下唇を噛んだ。将軍である皇孫オルヴィエートを欺き誘拐してこの大聖殿に立てこもっているのが、自分と子供時代を共に過ごした乳兄弟であることを知った時、彼女は「何かの間違いよ!」と叫んだ。けれども、それは間違いではなく、彼が邪悪な《闇の子たち》のために働いていることも疑う余地はなかった。

 いま彼女が躊躇すれば、高貴なるオルヴィエートの命やこの国の命運が失われるだけでなく、《光の子たち》の築き上げてきた世界そのものが崩壊してしまう。

「イポリト。氣をつけて。そろそろモルガントがお前の飛来を感じ取るはずよ。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからないわ」

 ロジェスティラのささやきに、イポリトは「わかっている」と言いたげに振り向いた。「あなたこそ、振り落とされないように、お氣をつけなさい」そう言っているかのように瞬きをした。

 そして、イポリトは、ますます速度を上げて、稲光の中に浮かび上がる青白い要塞に向かって降りて行った。



「う~ん。どうも陳腐だわね」
アントネッラは、ため息をつくと、エスプレッソ用品の置いてある窓辺のテーブルに向かった。

 もちろん、そこまでのほぼ全ての地面には、本と書類の山や、二ヶ月ほど前に買ってきてまだショッピングバッグに入れたままになっているトイレットペーパーや洗剤やパスタ、彼女としてはきちんと積み上げてあると認識している衣類の入った木箱などが道を塞いでいるので、彼女はその間のわずかな空間を身体を横にしたり少し飛んだりしながら通らなくてはならない。これもまたいいエクササイズだわ、というのが彼女のいつものひとり言だった。

「さてさて。ファンタジーもののセオリーには、乗っ取っているんだけれど。謀略。主人公と敵対者の闘争。主人公によるヒロインの救出……これは立場が逆ね。敵対者の仮面が剥がれ、主人公の欠如が解消される。でもねぇ。なんだかどこかで聞いたような話になっちゃっているのよねぇ。どこかに、こう、パンチのあるひねりが欲しいわ」

 窓辺に辿りつくと、彼女は少し大きめのアイボリーの缶の蓋をがたがた言わせて開けた。中からは深煎りしたコーヒー豆が現れる。彼女はフランス製の四角い木箱のついたアンティークコーヒーミルに、その豆を入れて、ハンドルをひたすら回した。美味しいエスプレッソを淹れるためには極細挽きにしなくてはならないのだ。挽きたての魅惑的な香りが、彼女の部屋に満ちた。

「ロジェスティラのイメージは、やはりあのライオン使いのマッダレーナかしらね。愛する貴公子を救うために勇敢にも敵地に一人で乗り込む美しきヒロインですもの。容姿のところを書き足さなくちゃ。オルヴィエートは、よく電話してくるあの金髪の俳優にしておこうかな。でも、敵役モルガントの容姿はどうしようかしら。暗い感じで、でも、一見は悪者に見えないような容姿がいいのよね。あ、ヨナタンの容貌は悪くないわね」

 マキネッタの最下部に水を、その上にセットしたバスケットにきっちりと粉を詰めると、ポット部分をセットして直火にかけた。フリーズドライのインスタントコーヒーを使えば、こんな手間はいらないのだが、第一に、彼女はまっとうなエスプレッソを飲む時間を持てないほど人生に絶望してはいないし、第二に、こうした単純作業は創作に行き詰まった時の氣分転換に最高だと知っていたからだ。

「なんでファンタジーを書く企画に参加しちゃったのかしら。まったく書いたことのないジャンルなのに」
彼女は、マキネッタがコトコトと音を立てはじめたのを感じながら、窓の外に広がる真冬のコモ湖を眺めた。

「そもそも私、ファンタジーをまともに読んだこともないし、この系統の映画もほとんど観ていないし。でも、参加すると手を挙げちゃったからには、何かは完成させないと。ああ、困った」

 夏場は観光客を乗せて軽やかに横断する遊覧船が、手持ち無沙汰な様相で船着き場で揺れている。谷間の陽の光は弱く、どんよりと垂れ込めた灰色の雲の間から、わずかに光が射し込んで湖畔の家々を照らしている。

 少なくともエスプレッソが完成するまでは、窓辺でこの光景を眺めていられたのだが、無情にも完成してしまったので、彼女は素晴らしい香りとともにそのコーヒーを愛用のカップに注いで、またコンピュータの前に戻らざるを得なかった。

「そうだ。エスに彼女の進捗状況を訊いてみよう。彼女は、SFは得意だけれど、ファンタジーはあまり書いたことがないって言っていたから、同じように苦労しているかもしれないし」

 エスというのは、日本に住んでいるネット上の創作仲間だ。アントネッラがインターネット上で小説を公開しだしてから数年になるが、ごく初期の頃から交流をもち、お互いの小説について忌憚なく意見を交わしている。あまり情報処理のことに詳しくないアントネッラのかわりに、エスは調べ物をしてくれたりもする。とても頼りになる友人なのだ。

 今回の企画には、エスも同じように参加している。彼女のファンタジーについての意見を聞いたら、自分の作品に足りない「何か」の正体がわかるかもしれないと思ったのだ。

 アントネッラは、創作に使っているエディタを閉じると、チャットアプリを立ち上げて、ログイン画面が現れるのを待った。

 一瞬「保存しますか?」と訊く画面がでたように思ったが、普段ならキーを押したあとに続く「どのフォルダに保存しますか」と言う問いかけが出てこないことに氣がついた。チャットアプリに保存は関係ないから、保存すべきだったのは何だったのかしらと考えてから青ざめた。

 慌ててエディタの方をアクティヴにしようと試みたが、大人しく終了してしまったらしく、うんともすんとも言わない。

 チャットアプリのログイン画面がポップに輝くのを絶望的に眺めてから、アントネッラは乱雑に机の上に積み上げられた書類の山の中に突っ伏した。


(初出:2017年1月 書き下ろし)


【11.01.2017 追記】
サキさんが、あっという間に素晴らしい返掌編を書いてくださいました! さすがです。みなさまどうぞご一読を!

サキさんの作品 「物書きエスの気まぐれプロット(26)クリステラと暗黒の石


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Posted by 八少女 夕

ご挨拶

スイスでは旧年、このブログの読者のほとんどがお住まいの日本では新年というタイミングで、ご挨拶をさせていただこうと思います。

昨年(2015-2016年の年越し)までは、旧年と新年のご挨拶をそれぞれ別記事にしてご挨拶をしていたのですが、今年はひとつにまとめさせていただきます。そのココロは、一つには分けるほどの内容でもないですし、もうひとつは今年の年末年始はお客様がいて、元旦の夜までMacの前に座れないからでもあります。また、毎年ご丁寧に両方のご挨拶をコメント欄にしてくださる方もいらして、恐縮もしていました。

さて、ということで、2016年のことと2017年の抱負(?)をお伝えしようと思います。

【ブログの活動】

2016年は、かなり自転車操業的な創作活動ですが、下記のような作品を発表しました。

長編・大道芸人たち Artistas callejeros 第二部(チャプター1)
長編・Infante 323 黄金の枷(完結)
短編集・四季のまつり(完結)
中編・郷愁の丘(第1回のみ)
不定期連載・リゼロッテと村の四季
企画もの・scriviamo! 2016の作品群
77777Hit記念掌編(八作品)
80000Hit記念掌編(一作品)
その他、外伝やエイプリルフール作品など

10月から11月にかけての日本一時帰国と、その後のスイス生活に追われて秋から創作が今ひとつ進まなかったのですが、2017年はまた少しずつペースを戻していこうと思っています。

既に始まっている「scriviamo! 2017」、その後に「郷愁の丘」の連載、それが終わったら少しずつ「黄金の枷」シリーズの続編と「森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠」の方を開示していけたらいいなと思っています。またしても「発表するする詐欺」にならないように、氣をつけます(汗)

【実生活】
・ポルト旅行とウィーン旅行
2016年も懲りずにポルトに行きました。おそらく2017年も行きます。(とっくにホテルを予約しているあたり)ポルトという街も好きなんですが、向こうで出来た友達と「また来年会おうね」になっていて、行くのがあたり前になりつつあるんですね。いつまで続くかわからないですが、ずっとそうだといいなと思っていたりします。

ウィーン旅行は去年のロンドンで味をしめた「一日有休をくっつけた週末旅行」スタイル。日本でいうと週末香港旅行ぐらいのイメージでしょうか。短い旅ですが都会の楽しさをぎっしり詰め込んで満喫しました。こういう旅もまたしたいな。2017年にするかどうかはまだ決めていませんけれど。

2017年は、また連れ合いとの普通の遅い夏休み休暇を取ると思います。

・日本一時帰国とブログのお友だちとのオフ会

2016年の秋に、4週間日本に一時帰国しました。といっても、休んだのは三週間、途中で一週間日本から会社に遠隔操作で勤務しました。いつもよりもやれることがたくさんあったはずなんですけれど、結局逢いたい人に全部逢うというわけにもいかず、帰国したことを連絡しなかった方も何人もいます。

その一方で、時間と機会を無理矢理つくって(いただいて)お逢いしたのが、ブログのお友だちのみなさん。もともとはオーストラリアから同じ時期に一時帰国していたけいさんとお逢いすることになったのがきっかけでした。けいさんとのオフ会は、二人とも休み中だったこともあって半日以上に及ぶ長いものとなりましたが、話は尽きないし、楽しいし、オフ会というものへの敷居が一氣に下がりました。けいさん、ほんとうにありがとう!

ほかのブログのお友だちも「逢ってもいいよ」的な空氣を(リップサービスかもしれませんが)察知したので、国内旅行の滞在先の神戸の近くにお住まいとわかっていたブログのお友だちに打診したところ大海彩洋さん、TOM-Fさん、山西先さんが「逢ってやるか」と集まってくださいました。火曜日などという働く人泣かせのとんでもない曜日に、お仕事で大変なみなさんを呼びつける悪業にも関わらず、みなさん快く集まってくださり楽しい時間を過ごせて本当に嬉しかったです。

私は、どうもそうは見えないらしいんですが、人に逢う度にオタオタするんです。人に逢うのが嫌なのではなくて、「私と逢っても楽しくないんじゃないか」「話が進まなくて氣まずい想いをさせるんじゃないか」とあれこれ悩むタイプなのですよ。でも、オフ会でお逢いしてくださったみなさんは、そもそも普段私が考えていることを全部知っていらっしゃる方で、小説を書いていると言ってもドン引きされることもないし、それだけでなく実生活のお話を聴いていても興味深い。本当に時間の経つのが早くて嬉しい時間だったのですよね。

limeさんとは、お逢いできなかったんですが、何と両方のオフ会で電話をしてお邪魔をするという暴挙をして、でも、快く話してくださり感激でした。みなさん、本当にありがとうございました。

お逢いできなかった他の方からも「逢いたかったかも」とおっしゃっていただけて嬉しかったな。これは次の帰国の時にまた実現したいことですよね。

・ギター
ええと、まだやっています。前の年より更に牛歩ですけれど。実はギターを買替えて、ひと回り小さい楽器にしました。趣味で続けていくので、セーハが出来なくて悩むよりも、少しでも楽なものをと思って。思い切ってそうしてよかったと思っています。

・仕事と家庭
これは現状維持ですね。健康であることは本当に有難いことと思うことがいろいろとあって、周りと自分を大切にしつつ生活していこうと思っています。

そんなこんなで、慌ただしい年末年始ですが、このブログを訪れてくださるみなさま、おつき合いくださるブログのお友だちの2017年の健康とご多幸を心からお祈りして、新年のご挨拶に代えさせていただきます。

2017年もどうぞよろしくお願いいたします。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -3-

今年最後の小説更新、3つに切った短編「ヴィラ・エミーリオの落日」最終回です。

イタリアの保養地ストレーザを訪れたイギリス人オースティン氏と愛犬グルーバーは、謎めいたエミーリオ荘の女主人アントネッラに内密で夫の娘を捜してほしいと依頼されました。そして、屋敷で使用人として働くラウラこそがその娘であるのではないかと氣づきます。

今週は、公開がいつもより遅くなってしまいましたが、個人的にはスイス時間の水曜日中にアップできたので、セーフということにしておこう。(何が?)

今年一年、毎週のように読んでくださり、コメントを下さったみなさま、本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。




ヴィラ・エミーリオの落日 -3-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


 ファボニオが吹き荒れて、生ぬるい氣温のまま一晩を明した翌朝に、エミーリオ荘の白木蓮の大木は力尽きたように最後の数輪の花を落としていた。それはちょうど、門のところに朽ちて落ちている大理石の彫刻と同じ色をしていた。実際には残っているはずのない花の香りが灰色の雲にに閉ざされたストレーザに満ちているように感じられた。雨が近い。

 まだ、マンツォーニ夫人は眠っているのだろうか。ラウラが湖を見ながら庭に立っているのを見て、オースティン氏は急いでアルカディア荘の裏庭からエミーリオ荘の庭に侵入した。

 ゆっくりとした動作で、荒れ果てた庭の枯れ枝を集めるラウラの後ろからオースティン氏は声を掛けた。
「なぜそんなにひたすら働くのですか」

 少し驚いたように振り向いたラウラはオースティン氏の姿を認めると安心したように笑った。

 ラウラの笑顔はとてもあでやかだった。ルクレツィアの笑いは実に親しみ深いあけすけなものだったが、ラウラのそれはラ・ジョコンダのようにどこか秘密めいていてその分見えない壁を感じさせるのだった。

 よく考えると不思議だ。使用人の服を着て完璧な使用人として振る舞う女の笑顔が、最高品質のカシミヤのワンピースを着た裕福な令嬢の笑顔より遠いのだから。

「わたしの仕事ですもの」
「仕事への義務ですか。それともお父様の大切な屋敷へのオマージュですか」

 ラウラの顔から遠い笑顔が消えた。それから不思議なことに彼女は再び小さく微笑んだ。今度の笑顔は、もう少し距離が縮まったように感じられる疲れた笑いだった。

「どうしてたった一か月の滞在でわかったりするのかしら」
「あなたが、アダンソニア・マンツォーニなんですね」

 ラウラは再び枯れ枝を集めだした。
「父は生涯アフリカに憧れていました。だから他にもいくらでも植物の名前はあるでしょうに、よりにもよってアダンソニアなんて名前をつけたんです。母はごく普通にラウラとつけたかったのでそう呼んでいましたし、私はラウラ・ステリタといわれたほうがしっくりくるんです」

「でも、あなたがマンツォーニ夫人にアダンソニアと名乗らないのはそのせいだけじゃないでしょう」
オースティン氏はこの発言がラウラに非難めいて聞こえないことを祈った。

「一度でいいからここで暮らしたかったんです。マンツォーニ夫人がここを売りたがっていることは知っていましたから」

「あなたが望めば、このヴィラはあなたのものになるんじゃないですか」

 ラウラは訝しげにオースティン氏をみた。
「父の書いた遺言状がどんなものであれ、マンツォーニ夫人を無一文で追いだすなんてできませんわ。あの人は結局のところ父の妻なんですし、父は私のことだけではなくて、あの人の将来のことも考えて遺言状を書くべきだったんです。私はあの人には父の唯一のまともな財産であるこのヴィラを自由にする当然の権利があると思いますわ」

「だから、まもなく売られてしまうと思ったから、その前にここで暮らすために、使用人として潜りこんだんですね」

 ラウラは少し黙って、それからオースティン氏をまともに見た。
「もう少し待っていただけませんか? マンツォーニ夫人にいうのは」
「あなたが望むなら、生涯黙っていますとも」

 ラウラは笑った。
「いま、二人の人間がこのヴィラを買いたがっています。一人は修理してここに住むつもりのスウェーデン人だけれど、マンツォーニ夫人は高いお金を出すというホテルチェーンを経営するドイツ人の方にヴィラを売るつもりじゃないかと思うの。でも、ホテルが買ったらヴィラはすぐに取り壊されてしまうわ」

「少なくともあなたには、夫人にここをどういう形で処分するかいう権利があるんじゃないのか」
「母と私はマンツォーニ夫人に憎まれていますもの。何か指図がましいことをしたら、たぶん反対のことをされてしまうわ」

 ラウラは愛おしげにエミーリオ荘を仰いだ。
「みて。朽ちていくこの屋敷を。父が買い集めた大理石の彫刻も、自慢げに話してくれた外壁の装飾も、かつては三人の庭師が働いていたこの庭も、ゆっくりと雑草と錆びとひび割れた石の中に埋もれていってしまうのよ。父が精魂を傾けたすべては、太陽が沈んでいくようにいずれ消え去ってしまうのだわ」


 肩を落としてオースティン氏がアルカディア荘に戻ると、ルクレツィア・ゴルツィ嬢がグルーバーの毛繕いをしていた。オースティン氏の様子を見て、彼女は訳ありに頷いた。

「とくにこんな春の日には、このストレーザの空氣の重さは、人を絶望的にさせるのよね」
それからふいに眉を少しあげて小声で言った。
「あなたも私と同じ結論に達したようね」

 オースティン氏は反射的にルクレツィアの灰色の眸をみた。
「アダンソニア。アフリカ狂の付けそうな名前じゃない?」
「なぜ? あまり聞いたことのない名前だけど」

 ルクレツィアは大笑いをした。
「アダンソニアってのは巨木バオバブの学名よ。女の子の名前って感じではないわね。でも、ラウラにはあっているような氣がするわ。毅然としているところが」
そういうと、ルクレツィアはグルーバーのお腹をさすってやった。

「なんで、ラウラのことだってわかったんだ?」
「アダンソニアで氣付いた女学生の名字がステリタだったから。ラウラの名字だと思い当たるのにしばらくかかったけれどね。でも、あなたがラウラと話している様子を遠くから見て確信が持てたわ。あなた、ラウラがすきなんでしょ?」

 オースティン氏は口ごもった。イギリスではこんな身も蓋もない話し方をする令嬢はあまりいない。

「隠さなくてもいいじゃないの。ラウラは素敵で有能な女性だもの。ちょっとまじめすぎるから、私にはあまり面白くないけど、尊敬しているのよ。彼女、ヴィラや相続のこと、どうするつもりなの?」

「彼女は、諦めている。本当は取り壊さないでいてくれるスウェーデン人に売れればいいと思っているみたいだけれど、マンツォーニ夫人はドイツ人のホテルに売る氣なんじゃないかって」

「どうかしらね。アントネッラもそこまで夫の遺志を無下にできるかしら。まあ、夫を憎んでいても無理はないと思うけどね」

 オースティン氏も同感だった。エミーリオ荘をみるのはこの休暇が最後になるような氣がした。ふいに、会ったこともないエミーリオ・マンツォーニに軽い怒りを覚えた。

 自分の好きなことばかりやりやがって。経緯はどうあれ結婚した妻か、愛人とその娘か、ヴィラか、それともアフリカか、どれかひとつだけにして、それにきっちり責任をとればいいのに。欲張ってとっちらかしたままいなくなったせいで、結局残された女たちが意味のない争いや憎しみや哀しみに苦しむだけになったじゃないか。

 自分が何もできないまま、この地を去らなくてはならないことに、オースティン氏は果てしない無力感を感じた。ファボニオが重い……。

 黙っているオーステイン氏の横では、ファボニオなどかけらも感じないらしいゴルツィ嬢が、イタリア内閣の改造のことと、首相と秘書との情事とを、どういう筋道でかわからないがみごとに組みあわせて、とうとうと語っていた。どうやら秘書のファションもイタリアという国では政治の根幹を揺るがすらしい。

* * *


 ついにロンドンに帰る日がやってきた。ゴルツィ兄妹やエミーリオ荘の人びととイタリア式に別れを惜しみ、すっかり馴染んだストレーザの春やファボニオに別れを告げ、オースティン氏はグルーバーとミラノへ向った。

 ストレーザからミラノ、マルペンサ空港からからヒースロー空港へと、移動するたびにけだるさや哀しみは薄れ、帰ってからの仕事のことや、ロンドンの友人、マッコリー夫人や隣人や同僚のことなどが、幻から現実へと形を変えて心の中に浮かんでくるのだった。

 ロンドンについた後、オックスフォード・ストリートの絶え間ない交通と、忙しく歩き回る人びとを見て、オースティン氏は呆然とした。人間はこんなに颯爽と動き回れるんじゃないか。それは、あのゆるやかなストレーザの日々からは考えられないテンポであった。

 ゴルツィ兄妹のしゃべりがうるさいと思ったのが信じられないほどの喧騒に、彼はおののき、唯一のよりどころであるグルーバーの綱をしっかりと握った。グルーバーはしっかりとした足どりで前を進み、その細かい歩みを見ていると、オースティン氏も落ち着いてフラットに戻ることができたのだった。

 ロンドンの日々は、てきぱきと過ぎ去った。マッコリー夫人の用意してくれた心地の良い部屋も、彼の安心感を増した。いつも部屋着、いつものスリッパ、同じ生活の繰り返し、そういうものが彼の日々をあたりまえに支配するようになると、ストレーザの日々のほうが夢か幻のように遠ざかっていくのだった。

 そんなある日、ゴルツィ氏から連絡があり、ロンドンに滞在しているデュールソンというスウェーデンの夫婦が是非オースティン氏を訪ねたいといっているという連絡を受けた。そういう名前に全く心当たりはなかったのだが、向こうがどうしても会いたいというのに断わるまでもなかろうと思って、訪ねてきた二人をフラットに迎え入れようとドアを開けた。

「君は……」

 そこには背の高い北欧の青年と一緒にラウラが立っていた。あの時のような前時代的な使用人としての服装ではなく、ジーンズの上にアイボリーの上質なジャケットというラフだけれどもよく似合ったいでたちであった。ゆるやかに波打つつややかな黒髪が肩にかかり、あらためてどれほど美しい女性であるか思い知らされたオースティン氏は顔を赤らめた。精悍な整った顔立ちのデュールソン青年は悔しいほどラウラにお似合いだった。

「突然ごめんなさい。でも、どうしてもお礼をいいたくて。ロンドンに来る機会はそんなにしょっちゅうあるわけではないので」
オースティン氏は何にに対してお礼を言われているのかわからなかった。

「ルクレツィアが話してくれたの。あなたとルクレツィアがマンツォーニ夫人を説得してくれたって。主人のクリスチャンはドイツのホテルの十分の一の金額しか提示できなかったのに、それでもマンツォーニ夫人はその金額で主人にエミーリオ荘を売ってくれたの」

「じゃあ、ヴィラを買いたがっているスウェーデン人っていうのは、もしかして……」
「はじめまして。ラウラの夫のクリスチャン・デュールソンです」

 青年と握手して、彼らをフラットに招き入れながらも、オースティン氏はまだ事情が飲み込めなかった。

「ラウラが素性をかくしてマンツォーニ夫人のところで働くという決意を話してくれたとき、僕はなんとかヴィラを残せる方法はないだろうかと考えました。一番確実なのは自分が持ち主になることだけだった。でも、ラウラは相続を強行することだけはできないといった。そうしたら、馬鹿げた話ですが買うしかないじゃないですか。お陰で僕たちにはかなりの借金ができたので、当分しっかり働かなくてはいけないし、あそこも人に貸さないといけないけれど、少なくとも取り壊されるのだけは避けられた」

 デュールソン青年の言葉をひきとって、ラウラが続けた。
「マンツォーニ夫人はミラノの近くに遷りました。少なくともヴィラを売ったお金で生活はしていけるようになりましたし、その金額の一部を私に残してくれたので、改装費にかかると思っていた金額の方は借金をせずに済んだんです」

「でも、君がヴィラを相続すれば、借金はそもそもなかったんじゃないのかい?」

「お金は働いて取り戻すことができます。でも、誰かの人生をダメにしてしまったらそれは取り返しがつきませんもの。私は父を愛しています。でも、彼のしたエゴイズムを容認することはできませんわ。彼は自分の欲しいものを、何もかも手にしたがりました。そして、それによって何か他のものを失うつもりなく、あちこちに問題を作ってはそれをウソで塗り固めて誤魔化しました。アフリカから帰ってきたら、もう少しまともな状態にもっていくつもりだったのか、それとも実際に死ぬまで好き勝手をするつもりだったのかわかりませんけれど。マンツォーニ夫人は特別な人格者ってわけでもありませんけれども、少なくとも夫も財産も全て奪われて無一文で追いだされて然るべきってほど、悪いことをしたわけではありません。私もそのことで生涯恨まれるのもあまりいい氣持ちがしませんもの」

 ルクレツィアは上手に立ち回ったのだった。オースティン氏がみつけてくれたソニアが、ヴィラを取り壊さない人に売ってくれるならば財産放棄の書類にサインするといっていると話したのだ。さらにいくつかのドイツ人の建てたろくでもないホテルに案内して、マンツォーニ夫人にもヴィラを残したいという氣持ちにさせたのだ。

 マンツォーニ夫人はルクレツィアに言ったそうだ。
「私だって、この屋敷がずっと好きだったのよ。エミーリオとあの女に裏切られたと知って、何もかも失う前にここを売って新しい生活をはじめるつもりだったけれど、エミーリオの帰宅を待って一人でここで暮らした日々ですら、もはや忘れ難い大切な思い出になってしまっているのよ。ドイツ人のブルドーザーでここが踏み倒されるのが嬉しいわけはないわ。エミーリオとあの女のことは受け入れることができないし、あの女が生きていたとしても友達にはなれないけれど、娘のことまで理由もなく憎み続ける必要はないわ。そういうカップルの間に生まれてきたのは彼女が悪いわけではないもの。ソニアに逢って、私がそこまで性悪でないことを伝えたいわ」

 それで、ルクレツィアはラウラを呼んだのだ。

 アントネッラ・マンツォーニはショックを受けたが、それでも取り乱したりはしなかった。はじめからソニアだと知っていたら、決して抱かなかったであろう好意を有能な使用人に抱いていたことは確かであったし、ラウラが愛人の娘とわかったというだけでこの四年間自分と屋敷に対して示してくれた誠実と信愛に眼をつぶるほど偏狭な性格でもなかったからだ。アントネッラはきっぱりと言った。

「あなたの申し出を喜んで受け入れることにするけれど、あなたがエミーリオの娘であり、彼があなたの将来を何よりも大切にしていたことは確かなんだから、私は屋敷を売ったお金を独り占めしたりはしません。ちゃんとふたりでわけましょう」

 そして、それからアントネッラはスウェーデン人にエミーリオ荘を売却し、ミラノ郊外にフラットを買ったのだ。これまでのように常時使用人を置くことはできなくなったが、通いの使用人に給料を払うぐらいは十分に可能だった。それに、広大なエミーリオ荘と違って機能的なフラットは住み込みの使用人は必要なかった。

「私たちは借金を返すために、馬車馬のように働くことになりました」
そういってクリスチャンは快活に笑った。

 若い二人は希望に燃えているからそれもいいのだろう。裕福な実業家の父親と一緒にインテリア関係のビジネスをしているというクリスチャンと、ストックホルム大学でイタリア語とアフリカ史を教えているというラウラなら、さほど遠からず借金を返済してエミーリオ荘に自由に滞在できる日がくるのかも知れない。いずれにしてもイタリアのヴィラの購入などはなからお話にもならない経済状況のオースティン氏には遠い異星のできごとと変わりがなかった。

 二人が幸せそうに帰った後、オースティン氏は半ば落込んだ氣持ちで紅茶を淹れた。もらったスウェーデンの名産であるアクアビット酒の瓶を横目で眺めながらため息をついた。

 彼女は香り高いイタリアの薔薇だ。手の届かない高嶺の花。豪奢なヴィラだの、芳醇たるワインだの、北欧の銘酒だの、華々しいインテリアビジネスだのといった世界よりも、この動物園の近くのこじんまりとしたフラットが身近であり、紅茶を飲んでいると何よりも寛ぐ。

 あの若く美しいカップルと自分とは住む世界が違うのだとつくづく思った。けれど、足元にはグルーバーがやはりどこにいるよりも寛いで座っている。その他意のないつぶらな眸をのぞきこんで、やがてひとことつぶやいた。
「ま、いっか」

 明日は、またマッコリー夫人がやってくる。こんな平和な人生も悪くはない。グルーバーと暮らす、もと通りのロンドンのフラットでの日常。三十年以上変わらずに我が家で嗜む紅茶はおいしい。

 電話がけたたましくなった。まさかとおもって受話器をとってみると、予感通りゴルツィ嬢だった。

 オースティン氏が何も言えないうちに、ラウラのこと、ストレーザの近況、新たな隣人になりそうなドイツ系スイス人に対する軽蔑嘲笑、キリスト被昇天の休日の時にピクニックにでかけて悪夢の渋滞にあったこと、その他にオースティン氏が後でどうしても思い出せなかったありとあらゆる類いのゴシップなどを、あいかわらずのスピードでまくしたてる。

 少しだけ受話器を耳から離しながらグルーバーに向って小さく眉をあげてみせた。もう元通りの日常なんてないらしい。でも、ま、いっか。毎日顔を合わせるわけでないし、口から生まれてきたようなイタリアの奇妙な令嬢と適度な友情をはぐくむってのも、人生のスパイスだな。

 グルーバーはくわばら、という顔をしてベランダの方に向かっていった。彼はどれほどオースティン氏が骨を折ろうともこの電話が一時間よりも短くは済まないことを十分承知していたのである。

(初出:2007年4月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

scriviamo! 2017のお報せ

お知らせです。2017年も(というか、今から)恒例の「scriviamo!」を開催します。5回目、2017年3月2日に5周年を迎える当ブログの記念企画なのですが、すでにこのブログの年間行事としての意味合いが強くなっていますね。既にご参加くださったことのある方、今まで様子を見ていた方、どなたでも大歓迎です。また、開催期間中であれば、何度でも参加できます。

scriviamo!


scriviamo! 2013の作品はこちら
scriviamo! 2014の作品はこちら
scriviamo! 2015の作品はこちら
scriviamo! 2016の作品はこちら
scriviamo! 2017の作品はこちら

scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。

私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去4回の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。

では、参加要項でございます。(例年とほぼ一緒です)


ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)

  • - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
  • - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
  • - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
  • - イラスト
  • - 写真
  • - エッセイ
  • - Youtubeによる音楽と記事
  • - 普通のテキストによる記事


このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。

記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)

参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返イラスト(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。

過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)

また、「プランB」を選ぶこともできます

「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。

これまで、私だけが後だしジャンケンみたいでずるい、と思われていた方もいらっしゃるかもしれないと思い、このパターンもご用意しました。

「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。

「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)




期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2017年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも2月5日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。

皆様のご参加を心よりお待ちしています。



【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。

小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。

ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合は5000字以内で返させていただきますのでご了承ください。

当ブログには未成年の方も多くいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。

他の企画との同時参加も可能です。例えば、Stella参加作品にしていただいても構いません。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。私の締め切っていない別の企画(50000Hit, 66666Hit - 35ワード企画、神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません)

なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。

嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。
関連記事 (Category: scriviamo! 2017)
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Posted by 八少女 夕

「ポール・モーリアのホワイト・クリスマス」

【12月24日夜、追記】
もぐらさんとはるさん主催の「クリスマスパーティ」に参加させていただきました。先日発表させていただいた「バッカスからの招待状 アイリッシュ・アフタヌーン」を朗読していただいています。

わたしの作品だけでなく、いろいろな方の作品が一堂に会していて、賑やかなパーティになっています。下記のリンク先、是非いらしてみてくださいね。


クリスマスパーティ

* * *


クリスマスというと、12月24日の夜、彼氏や彼女とイチャイチャする日と思っている方もいらっしゃいますが、世界的にはクリスマスは12月25日に祝います。それに24日からまたいだ25日の午前0時は、ホテルにしけこむのではなく、教会で深夜のミサに参加して、救い主であるイエス・キリストの誕生を祝うのがキリスト教徒的な過ごし方です。

そして25日には家族揃って食卓を囲む、日本でいうところのお正月に近い過ごし方をするのですね。

お正月に近いと言えば、この日の前に大掃除を済ませておく、「夫の生家に行くのが嫌だ」と憂鬱になる、ギリギリまでクリスマスカードの発送が終わらなくて泣き言をいう人。どれも「おめでたい」の裏にある風物詩。日本のお正月のそれによく似ています。

この時期には、クリスマスキャロルの類いを耳にすることが多いのですが、我が家でBGM的に聴くことが多いのは「ポール・モーリアのホワイト・クリスマス」というアルバムです。

といっても、いま聴いているのは、そのアルバムに入っていた曲をもう一度買い集めて作ったプレイリスト、という方がいいかもしれません。

このアルバムは、1960年代にフランスで発売されたクリスマスアルパムに入っていた曲を中心に、日本で1980年代に特別に再編集されたもので(同名のアルバムで1984年版と1985年版があるようです)、私が最初に買ったのはその日本版のカセットテーブです。発売された年ではなくて、少し後になってから買ったように記憶しています。

はい。そうです。いまの方はご存じないかもしれませんが、ネット配信どころかCDも存在していなかった頃、アルバムはLP(レコード)またはカセットテープで買うものだったのですね。LPも売っていましたが、私はまだ高校生で、自分の部屋にLPを演奏するためのプレーヤーがありませんでした。だから劣化するとわかっていてカセットテープを買ったのですね。クリスマスの時期になる何度も何度も聴きましたっけ。

そのテープは、スイスに持ってきましたが、現在はカセットテープを再生できるプレーヤーがありません。前の車、SUBARU Justyはカセットプレーヤーがあったんですけれど、車を買替えて以来聴けなくなってしまったのです。

二年ほど前に、思い立ってポール・モーリアのベストアルバムのCDを買いました。その中に入っていた曲と、中には入っていなかったけれどiTunesストアなどで購入できる曲をひとつ一つ集めて、もともとのアルバムと同じ曲順に並べたプレイ・リストを作り、さらにCDに焼いて、車や自宅でこのアルバムをまた聴けるようにしました。

「ホワイト・クリスマス」「きよしこの夜」「ジングル・ベル」「アディステ・フィデレス」など誰でも知っている定番の曲の他、「雪のクリスマス(Snow Desert)」「真夜中のミサ(Minuit Chretien / Oh Holy Night)」といった、当時の私も知らなかった美しい曲が入っています。

テロがあったり、いろいろな不安があったり、やたらと沢山の請求書が届いてうんざりする季節でもあったり、子供の頃のように純粋にクリスマスと年末年始が待ち遠しいわけでもなくなりましたが、少なくともこのアルバムを聴いていると昔と変わらずに心躍ったり平和な心地になります。

「もうクリスマス終わりじゃん」と思った、そこのあなた。ここでこの記事の最初に戻るんです。クリスマスは、25日。そしてクリスマスの飾り付けを外す1月6日まで続くのですよ。だから我が家でもそれまでクリスマスツリーを飾って、このアルバムを聴き続けるのです。ええ、誰がなんと言おうと。


Paul Mauriat - Minuit, chrétiens! (1967)

一番好きな、「真夜中のミサ」です。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -2-

「ヴィラ・エミーリオの落日」の二回目です。

イタリアの保養地ストレーザを訪れたイギリス人オースティン氏と愛犬グルーバーは、招待主が戻ってくるまでの間、その隣のエミーリオ荘の世話になることになりました。そして、その屋敷の女主人アントネッラに内密で夫の娘を捜してほしいと依頼されました。

三つに切った二回目の今回は、エミーリオ荘の二人とは対照的にとても散文的な兄妹が登場します。

また話題に上がっている「ファボニオ(フェーン現象)」は、人びとの体調にも影響を及ぼす現象ですが、影響には個人差があり、全く感じないラッキーな人もいます。おそらくこの兄妹はほとんど何も感じないタイプ。




ヴィラ・エミーリオの落日 -2-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


「君は、ご主人の娘さんのこと、なんか聞いているかい?」
思い余ったオースティン氏は、それから二日ほどしてから、こっそりラウラに聞いてみた。

 ラウラは一瞬なんのことかわからない、という顔をしたが、それから納得したように小さく頷いて言った。
「ご主人様は二十年近く奥様に内緒で別のご家庭もお持ちだったそうです。私がここに参ったときには、お嬢様のことをご存知の方は、この屋敷にはいませんでしたのよ。ご主人様が行方不明になられたので、全てが明るみに出たということですわ」

 それ以上のことをラウラに訊いても、到底答えてくれそうにもなかったので、オースティン氏は話題を変えてみた。

「君は、ずっとストレーザで生まれ育ったのかい?」
「いいえ。私は、アオスタの出なんです。スイスとの国境に近い山の町ですわ。」

「どうしてここに来ることになったの?」
「私の様な仕事を探すには、ここはいい町ですのよ」

 確かに、使用人としての仕事を探すにはいい町かもしれない。使用人を必要とする金持ちがいっぱい住んでいるんだから。

 だが、オースティン氏はさらに考えた。どうして使用人なんだ?そもそもラウラほどの才覚があれば、使用人以外の仕事だっていっぱい見つかるはずなのに。

 オースティン氏はラウラがこの家に関るほとんど全ての用事をひとりで切り盛りしていることについて、驚きと同時に違和感を隠せなかった。ラウラは掃除や料理の他に家計管理から格式ばった招待状の作成まで全てひとりでこなしていた。イタリア語と英語を流暢に操るだけでなく、彼女に相当の教養があることは、余計なことは一切言わなくてもわかる。

「どうしてもっといい仕事を探さないの」
数日前に会ったばかりの人に失礼とは知っていても訊かずにはいられなかった。使用人の職にしても、あのマンツォーニ夫人よりはいい雇い主はたくさんいるに違いない。

「ここが好きだからです。ファボニオは重くても」
「ファボニオ? 重い?」

「アルプスから吹いてくる風です。氣圧の関係で体が重くなり、何もかもがおっくうになるんですよ。頭痛や吐氣に悩まされる方もいます。私はそれほど感じる方ではないので幸いでしたけれど」

「今日も吹いている?」
「ひどいファボニオですわ」

 ラウラはそう笑って朝食を片づけた。だから、てきぱきと動けないんだな、とオースティン氏は納得した。

 空氣が重いのも、退廃した氣分になるのもそのせいなんだろうか。それとも、このマグノリアの香りのせいなんだろうか。

 庭の大きなマグノリアを見ようと首を伸ばした途端、アルカディア荘の門のところに車が停っているのに氣がついた。ゴルツィ氏が帰ってきたのだ!

* * *


「まったく申し訳なかったね」
悪びれる風もなくゴルツィ氏はいった。

 アルカディア荘はエミーリオ荘と何もかも対照的な場所であった。中途半端にお金のかかっているモダンなインテリアの中に座って、ゴルツィ氏の途切れることのないシチリア話を適当に聞き流しながら、一週間前にはエミーリオ荘の荒れ果てた外観や、氣位の高いマンツォーニ夫人の虚勢に氣後れしたのに、すでにエミーリオ荘の方に馴染みを感じている自分に首を傾げるオースティン氏だった。

 五十メートル離れていない場所に、あの時代に取り残されたような不思議な空間が存在している。そこにはもはや手に残っていない若さと権勢を未だに忘れられない一人の女と、何もかも手に入れられるはずなのにあの空間に全てを閉じ込めている美しい女がひっそりと住んでいる。

 それなのに、自分はここでアンディ・ウォーホールの絵を前に、いつ息継ぎをするかもわからぬほどひっきりなしにしゃべる散文的なイタリア人の話を黙って聴いているのだ。

「アントネッラ・マンツォーニが君を泊めたってのは驚きだったな」
ゴルツィ氏の言葉に我に返ったオースティン氏は、マンツォーニ夫婦のことについて、ラウラよりもずっとしゃべりたがっている男を止めたりはしなかった。実際のところ、オースティン氏もマンツォーニ家に何があったのか、興味津々だったのだ。

「エミーリオ・マンツォーニには、長いこと秘密のもうひとつの家庭があったのさ。たしか、ヴァレーゼの方だった思うがね。どっちしてもアントネッラはコモの社交界に未練があって、実家にいることの方が多かったし」

 ヴァレーゼに住んでいたあまり身分の高くない女とエミーリオの間には娘が一人生まれた。マンツォーニ夫人が探しているソニアという娘だ。エミーリオは、七年前にアフリカへ行き、消息を経った。マンツォーニ夫人が夫の失踪宣告を求めようと、裁判官と管財人に申し出てはじめてわかったのだが、もし、エミーリオが亡くなった場合には、財産の大半はアントネッラが存在すら知らなかったソニアが相続することになっていたのだった。

 つまり、エミーリオが亡くなったことにしなくては今後の生活に必要な財産を自由に処分することもできないのに、それをした途端に無一文になってしまう可能性があるのだった。そういわけで、現在住んでいるヴィラを修復することすらできない困窮状態に陥っているのだった。

「アントネッラはおそらくソニアを探しだして、わずかな金と引き換えに財産放棄のサインを迫るだろうな。貧しい連中というのは、裁判とか管財人とかそういう話を聞くと縮み上がってしまうからな」

「そんなバカな話ってないだろう。サインしなければもっとたくさんの金が手に入るのに」
「それが、ソニアの遺産相続の条件というのが、あのヴィラに住み維持をすることっていうんだ。貧乏人には無理だろう」

 そんな理不尽な話の片棒を担がされるのはいやだ、とオースティン氏は思った。ソニアを探しだしたとしても、あの夫人のいいなりにならないようにと忠告をしてやらなくては。

「そもそもソニアって娘のことはどのくらいわかっているんですか」
ゴルツィ氏は身を乗り出してきたオースティン氏を楽しげに眺めた。

「僕はほとんど知らないよ。でも、妹なら何か知っているかもな」
そういうと彼は立ち上がりドアのところまで行って上に向って怒鳴った。

「ルクレツィア。ちょっと来てくれないか?」
ゴルツィ氏に同居している妹がいるなんて知らなかった。ルクレツィアというからには金髪で薄幸な感じのイタリア美女であろうか。

 あらわれたのは、オースティン氏の予想を大きく裏切るタイプの女性だった。髪は赤いというよりは燃えるようなオレンジ色だった。金髪を染めたのではないかと思われる。さらいうと、その染色に失敗したのではないか、と疑うほどの妙ちきりんな色であった。

 その髪をきっちりと切り揃えた様子も、実に品のいい服を着ているところも、兄のように一目でブランド品とわかるようなものは一切身に付けていないところも、英国人たる自分の審美眼に叶っているはずであった。

 よくよくみると、顔立ちも品よく整い、動きも裕福な家庭にふさわしいものであった。それなのに、このゴルツィ嬢には、どこか「深窓のお嬢様」とは決して言えない独特の雰囲氣があった。すくなともルクレツィアという感じではなかった。

「マンツォーニ家について知りたいんですって?」
ルクレツィアはずけずけと訊いた。

 いたずらっ子のように灰色の眸をキラキラと輝やかせている。
「私はちょっと詳しいわよ。前の使用人やアントネッラからもずいぶんいろいろ訊きだしたしね」

 ルクレツィアはラウラの完璧に近い発音と対照的な、英語の単語と文法を着たイタリア語、というような話し方をした。たとえ英語でも、しゃべることに苦痛は露ほども感じないらしく、ゴルツィ氏の妹らしい冗舌で、エミーリオとヴァレーゼに住んでいた女のことを語りだした。

 ヴァレーゼに住んでいた女の名前などは不明だが、長年マンツォーニ家に使えていたエミーリオの乳母の身内だということであった。そもそもこの家に仕えた召使の半分はこの乳母と親戚筋に当たるそうで、ラウラもたぶんそのひとりなのではないかとルクレツィアは推測した。

「あの一家の紹介状があると、エミーリオは問答無用で雇ったし、エミーリオがいなくなって、さらに実家も時を同じくして破産して、他の使用人が雇えなくなったアントネッラも使用人を探すのなんてはじめてだったので、とっくに引退していたエミーリオの乳母に頼んで紹介してもらったそうなの。もちろん、その当時はこの乳母の身内とエミーリオができていたなんて知らなかったしね」

 とにかく、ヴァレーゼの女とエミリオはアントネッラに知られることなく、関係を続けていたのだが、この女はいまから八年ほど前に病でこの世を去ったのだった。既にソニアはケンブリッジに留学中で、独り立ちをしたも同然だったので、エミーリオは長年の夢だったアフリカ旅行にでかけたのだった。

「おまえ、エミーリオ・マンツォーニが失踪したときの新聞記事、どっかにもっていないか?」

 オースティン氏はちょっと驚いた。七年前の記事なんか誰が持っているというんだろう。

 もっと驚いたことにはルクレツィアはちょっと首を傾げた後
「たぶん、あるわ」
と、いって二人を二階の自分の部屋へと案内したのだった。

 この部屋がまた驚かせてくれた。尻尾を振って一緒にあがってきたグルーバーまでもがすこしたじろいだようだった。アルカディア荘は天井が高く、二階の個室でもそれぞれ四メートルほどあるのだが、ルクレツィアの部屋の壁の一方はその高い天井までのつくりつけの本棚になっていてそこにぎっしりと本や雑誌が詰められていた。

 十八世紀のアンティークのライティングデスクの脇に、ベコベコのベニヤ板でできた形も材質も違う箱形家具がいくつも無計画に置かれていて、その中も書類やら封筒やらでぎっしりであった。

 それだというのに収まりきれない本や雑誌や紙の類いがライティングデスクの上はもちろん、箱形家具の上にも、さらにわずかに歩いたり立ったりする場所を残して床にも積んであり、ルクレツィアは迷うことなくその山の一つに向かい、しばらくひっくり返していた後、一冊の雑誌に挟まっていた新聞記事をとりだした。

「あきれるだろ、この部屋。でも、こいつ、なんでもみつけるんだ。図書館で探し物をしてもこうはいかないぜ」

 ルクレツィアが見せてくれたちいさな囲み記事はイタリア語だったので、オースティン氏にはちんぷんかんぷんであったが、黄ばんだ写真にうつるエミーリオ荘はいまよりもずっとマシな状態であった。そのことをいうと、ゴルツィ氏は頷いた。

「エミーリオはあの屋敷を実に愛していたんだ。自分の名前と同じだったから買ったという経緯もあったみたいだけれど、女房より屋敷の方が大事に違いないと、みんなに陰口を叩かれていたものさ。湖に面しているいい立地だから、昔から売ってほしいというホテル経営者は絶たなかったが、一度たりとも首を縦に振らなかった。アントネッラはここをホテルに売ってまたコモやミラノで暮らしたいんじゃないかな。若いソニアがどうしたいかは、神のみぞ知るだけどね」

「ここが好きだからです。ファボニオは重くても」
あの女の言葉が、オースティン氏の心に甦った。

 その時にオースティン氏の心にひとつの疑いが芽生えた。

 ラウラこそソニア・マンツォーニその人なのではないかと。年齢も、見事な英語も、それからあんな屋敷と女主人のもとで黙って仕えているのも、彼女がエミーリオの娘であるからではないのか。

 そうだとしたら、彼女の狙いはなんなのだろうか。

 オースティン氏は、アントネッラ・マンツォーニに委任状を書いてもらうとケンブリッジ出身の友人を通して、セント・アン・コレッジの該当年の卒業生名簿を入手してゴルツィ氏あてに郵送してもらった。

 到着までには二週間ほどかかった。たぶんイギリスからイタリアまでが四日ほどで残りは怠慢なイタリア郵便局のせいに違いないと推察した。イタリアの郵便が想像を絶するほどのろいのはイギリスでも有名な話だった。

 その間、オースティン氏は、ゴルツィ兄妹と休暇を楽しんだ。マッジョーレ湖に浮かぶ三島を船でまわったり、モッタローネ山へハイキングにいったりして、イギリスよりひと足早い春を堪能したのだ。

 郵便が着いたときには、実はマンツォーニ家への好奇心はかなり薄れていた。いいかえれば、ファボニオによる体の重さに慣れてしまい、違和感を感じなくなったように、アルカディア荘の散文的なインテリアとひっきりなしにしゃべり続ける兄妹との暮らしに馴染み、エミーリオ荘にいたときの重苦しい詩的な寂寥感に心をしめつけられることがなくなってしまったのだった。

 しかし、ゴルツィ兄妹の好奇心の方はそう簡単に薄れることはなかったらしい。氣がつくと、すでに二人が名簿を検討していた。

「この年のアフリカ史専攻にマンツォーニという学生はいないな」
「ソニアってファーストネームもないわね」
ゴルツィ兄妹は首を傾げている。

 オースティン氏はひとつの名前をみていた。
アダンソニア・ステリタ。

 これだ。アントネッラをはじめとする皆が「ソニア・マンツォーニ」を探しても見つからないはずだ。ラウラ・ステリタはやはりソニアだったんだ。少なくとも、ソニアの身内だ。

 オースティン氏は自分の考えをゴルツィ兄妹に話すべきか迷った。二人は信頼できる人間だが、いかんせんしゃべりすぎる。ソニアが邸内にいることがアントネッラに伝わるのはもう少し後がいいような氣がした。少なくともラウラと直接話してからの方がいいだろう。
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

毎週水曜日は……そして年のはじめの二ヶ月は……

今日のカテゴリは「もの書きブログテーマ」ですが、もしかしたら「このブログのこと」でもいいのかなあ。そういう微妙なカテゴリのお話。

今年最後の小説として発表している「ヴィラ・エミーリオの落日」ですが、記事にも書いたように2007年に書いた古い小説です。

「これをなぜ今ごろ、しかも季節が全く合っていないし」
そうお思いになられている方もあるのではないかな、と想像しています。正にその通りです。

この謎の発表のし方には、理由があります。要するに、今年中にピッタリ終わる小説のストックが他になかったんですよ。

来年からは、例によって「scriviamo!」が始まります。そうすると二ヶ月間程、連載ものは発表できません。だからここで新連載を始めるわけにはいかない。その一方で、一回読み切りのストックは今のところひとつしかなくて、それは「バッカスからの招待状」う〜ん。この間クリスマスバージョンを発表したばかりだしなあ、それに残りの2週間は発表するものがなくなっちゃ困る。そう思うと、あれが一番都合のいい長さだったんです。

そうなんですよ、私の中で「毎週水曜日は、小説を発表する日」という縛りがあるんですね。別にそうする契約をしているわけでもないし、プロじゃないんだから、一ヶ月間でも二ヶ月間でも、何も発表しなくてもいいんですけれど、なんでしょうね。そうしたいんです。

「来てきて」「読んで!」と騒いだからには、「じゃあ、読みに行ってやるか」と、どなたかがいらした時に「なんだよ、全然小説更新していないじゃん」と舌打されるのが嫌なんですよ。そして、そういわれてもしかたないくらい、私は「読んで読んで」と騒いでいます(笑)

それと、連載物はある程度コンスタントに発表したいんです。前のことを憶えていてもらいたいような関連性のある続き物は、一週間ごと、やむを得ない事情があっても三週間以上は空けたくありません。なぜかと言うと書いた本人は憶えていても読まされる方は「この○○って誰だったっけ。あ、ヒロインだった」というところまで忘れちゃうものだと思うから。もちろん、私が伺っているよそのブログのように、熱烈なファンが作品の発表を待っているところは、どれほど空けてもみんな憶えていてくださると思いますよ。でも、うちはそういうところじゃないくらいの自覚はあるんです。

かといって、短い間にブランクを置かないで一万字や二万字ずつを更新するような頑張りを発揮しても、おそらくついてきてくれる方はわずかです。というか、私の小説のような題材でそんなことをしたら、迷惑に思われることと思います。みなさん忙しいですしね、そこまでこういう小説に使う時間はないんですよ。

五年くらいブログを運営してきて、実感でこれぐらいが「いやいやながらもみなさんがつき合ってくれる」と思えるのが、週に一度、二千字から八千字、という更新のし方なんですね。だから、私はそれを死守しようと思うんですよ。

誰もが飛びつくような「萌えどころ」や、寝食を忘れて読んでいただけるような面白い内容、誰もが唸るような技術といった、もの書きとしての「売り」が足りていないと自覚しているから、少なくとも「ここに行けば何となく読むものはある」「しかも極端に多すぎない」という安定性だけは欠かしたくないのです。(しかも今年もここまでそれをほぼ死守したんで、今さら三週間も穴を空けたくないんです……)

「scriviamo!」を続けるのも同じ理由です。みなさんが書いて(描いて)くださる渾身の力作と比較すると、私のお返しする作品ひとつひとつは「え〜と」な出来です。でも、二ヶ月間続けることに意義があって、みなさんと盛り上がれることが一番大切だと思うんです。一年のはじめは「あれがあるぞ」とみなさんに思っていただけてこその企画。

「継続は力なり」の精神で頑張っています。だから、懲りずにおつき合いいただけると、とてもとても嬉しいです。
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Posted by 八少女 夕

名前の話 キャラ編 その3

この間、山西サキさんとコメント欄で対話していて、「あ、これ記事にしてみよう」と思った件です。自作小説のキャラクターに付ける名前に傾向があるので、それについて。

いろいろなブログで一次創作の小説を読ませていただくようになって、キャラクターにつける名前って割と傾向があるなと思うようになりました。それぞれのこだわりがあって面白いです。

で、私の小説なんですが、基本的に「どこにでもいる普通の人間」をメインに据えることが多いので、名前もそれに応じて「どこにいてもおかしくない名前」が多くなります。欧米系だとそもそも名前のバリエーションは日本の人名よりもずっと少ないので、なおさらですね。

脇役の「どうでもいい人物」には、本当に石を投げればあたるような名前を付けます。例えば、「ファインダーの向こうに」でヒロインを傷つけた元カレの名前は「ジョン」でした。もう少し重要な役割の人間にはいろいろと検討してぴったりの名前を探します。例えば同じ作品の中では「ベンジャミン」「マッテオ」「アレッサンドラ」。

「郷愁の丘」に出てくるある人物は一般にはファーストネームの「ヘンリー」で呼ばれる人なのですが、ミドルネームの「グレゴリー」から「グレッグ」という愛称もあるところに意味を持たせています。つまり、私自身が「グレゴリー」という名前に特別な愛着があるのでこうなったわけです。「グレゴリー」という名前を持つキャラクターは未発表の作品にもう一人います。似たようなこだわりの名前に「ヘルムート」「アーデルベルト」「ゲオルク」があります。何でこだわってしまっているのかは、この辺は自分でもわからなかったりします。音かな?

このように、他の方にはわかりにくいでしょうが、私自身が異様に愛着を持っている名前がいくつかあります。女性名では「ラウラ」これは、月桂樹を意味する言葉からでたヨーロッパに多い女性名です。主にイタリアですかね。英語だと「ローラ」ですが、私は「ラウラ」の響きが好きなので「ローラ」はほとんど使いません。

そして、日本語だと非常によく似た響きの名前に「ライラ」があります。私の発表したことのない昔の小説にはこの名前がやたらと出てきます。この名前はアラビア語で「夜」を意味する女性名で、イスラム圏の話のヒロインにはたいていこの名前を付けてしまうわけです。

「Infante 323 黄金の枷」のヒロインの名前を考えていた時に、ポルトで見つけた名前が「マイア」これは後に「プレアデスの姉妹たちの長姉の名前である」ことをTOM-Fさんに教えていただきましたが、付けた時はそんな素晴らしいことは何も知らず、単純に見かけて三文字だったので嬉々として付けました。実はマイアはポルトの近くの地名なんですよ。でも、ラウラやライラに続くお氣にいり三文字名になりました。その他に「ステラ」「ライサ」など三文字名が好きな傾向あり。

二文字ではよく使うのが「マヤ」という音の女性名で、「夜想曲」のヒロイン「マヤ」や「大道芸人たち」「樋水龍神縁起」の「園城真耶」などあちこちで使っています。「サラ」「サヤ」も多いなあ。シンプルでありつつ、音の感じ、イメージ、それに日本人の場合は漢字、外国人はアルファベットで書いた見た目が美しい名前を特別なキャラクターに付けたがるみたいですね。

男性名は、日本語名に偏りがあります。ものすごく多用するのは「タカシ」「アキラ」の二つです。「タケシ」「タダシ」もわりと多いです。一応作品ごとに漢字は変えています。

日本語の名前の場合は、「これってなんて読むんだっけ」と思わせずに簡単に読めるものを目指しています。「ごめん。これなんて読むんだっけ」をひとつの小説で3回繰り返させたら、おそらく読者は読むのをやめると思うので。

ただ、日本語名の場合は、その名前で実際の具体的な知り合いが思い浮かばない名前を選んでいます。別にいいと思うんですけれど、なんとなく。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -1-

今年ラストの小説は、一応読み切りなのですが、2万字もあったので3回に分けてご紹介しようと思います。

この小説は先日ご紹介した「羊のための鎮魂歌」と同じイギリス人ジョン・ヘンリー・オースティン氏と愛犬グルーバーの物語です。前作は1995年に書いたものですが、こちらはわりと新しいと思っていたら、なんと2007年に書いたものでした(笑)

このブログで私の小説をたくさん読んでくださっている方は「あれ?」と思われることが多いかと思います。もう使わないと思って設定をいろいろと使い回した、その原形が残っているんです。

ひっかかっても、全く別の小説ですので、お氣になさらずにお読みください。




ヴィラ・エミーリオの落日 -1-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


 白木蓮の花は散りかけて茶変していた。まるで恋に破れて泣きはらした乙女のように、くたびれた様子で散りゆく時を推し量っているようだった。ジョン・ヘンリー・オースティン氏はここストレーザの暖かい春に潜む疲れ果てた空氣を感じていた。それは、ほかならぬオースティン氏自身がくたびれて途方に暮れていたからでもある。

 愛犬グルーバーは不平の鳴き声を漏らしたりはしない。このような場合、いつもグルーバーは賢く立ち回るのが常だった。つまり、ことさらつぶらな瞳でオースティン氏を見上げ、従順について行くのである。かくて誰もグルーバーのことを「静かにしろ!」とか「さっさと来い!」と怒鳴ってすっきりするなどということが出来ない算段なのである。

 オースティン氏は毎週家政婦としてフラットに来てくれるマッコリー夫人の言葉が正しかったことを認めないわけにはいかなかった。彼女は昨日もロンドンの動物園に近いフラットで荷物を詰めるオースティン氏にくどくどと話しかけたのである。
「なんといってもイタリア人がきちっと期日にことを運んだためしはないんですからね」

 オースティン氏は友人ゴルツィ氏はロンドンで長年商売をして成功をおさめているひとかどの人物だし、イタリア人といってもイギリス人に近いのだと説明したが夫人は納得しなかった。

「でも、見てご覧よ、この手紙を。これはシチリアから先月の終わりに出したものだけどね、四月の第一週にはストレーザに帰るから、それ以後はいつでも寄ってくれ、前もっての連絡はいらないって、ほらここに書いてあるだろう?」

 マッコリー夫人はふん、と鼻をならした。
「何が書いてあるかってことじゃあないんですよ、オースティンさん。私がいいたいのはね。イタリア人の約束なんて疑ってかかるに限るってことなんですよ。私なら、そのゴルツィさんだかなんだか存じませんけれど、電話が通じて、客間のベッドが空いているか、本当にストレーザにヴィラがあるのか、確認してからじゃないと、とても荷物なんて詰める氣にならないってことなんです」

 そういうと彼女はグルーバーの皿に自宅から持ってきた大きなハムの塊を入れてやり、大きく尻尾を振る彼女のお氣に入りを優しく撫でてやった。

 彼女の懐疑のうち、少なくとも一つは晴らしてやることができた、とオースティン氏はひとりごちた。ストレーザには間違いなくゴルツィ氏の所有のアルカディア荘が堂々たる門構えで建っていたのである。

 残念なことに、件の門はぴったりと閉ざされ、オースティン氏が呼び鈴を何度押そうと、門につかまって激しく揺らそうと、大声で旧友の名を叫ぼうと、決して開かれることはなかったのであった。午前中に軽い足取りでヒースロー空港にむかったオースティン氏は、既に暮れかかったストレーザで今夜の宿に困りつつ大きな荷物とグルーバーを抱えて途方に暮れているというわけだった。

「失礼ですが、シニョーレ」
ふいに女性の声がしたので、オースティン氏は醜態をさらしていたのではと後悔しつつ振り向いた。

 そこには二十代後半と思われる漆黒の髪をきっちりと結った使用人風の女性が立っていた。大変まじめそうな様子だったが、その緑色の瞳は少し楽しそうにきらめいているように見えた。

「奥様が窓からあなた様のご様子をご覧になり、何かお困りのようだから見て来るようにと私に申し付けました」

 話している途中から、オースティン氏には彼女がイタリア語ではなくて完璧なクイーンズ・イングリッシュで話してくれていることに氣づいた。だが、彼女はどこから見ても完全なイタリア美人だった。たとえ引っ詰め髪をしていても、である。

「ええ、じつは招待主である友人がいないようなんですよ」
かなり間抜けな説明をこのような美人相手にしなくてはならないことを情けなく思いつつも、オースティン氏は事情を説明した。

「それは、お氣の毒です。でも、ゴルツィ様はまだシチリアからお戻りではないんですよ。いずれにしても、奥様がどうぞエミーリオ荘でお休みください、とおっしゃっていますので、よろしければこちらへ」

 それで、はじめてその女性の指さす隣のヴィラに眼をむけた。そして、あやうく驚きの言葉を出しそうになったが、あわててひっこめた。

 アルカディア荘の三倍はありそうな広大な敷地にはかつては壮麗だったと思われるヴィラが立っていた。わざわざ過去形を使わなければならなかったのは、現在はちっとも壮麗ではなく、それどころか言われなければそこに人が住んでいるとは到底思えないほどの荒れ果てた外観だったからだ。

 かつてはクリーム色に塗られていたと思われる外壁はほとんど剥げ落ち、ローマ風の人物像の壁画はみじめに薄れていた。屋根瓦は崩れ落ちているし、第一、玄関の扉の木が半ば腐っている。庭の木々は美しいが、ちょうど白木蓮の散りかけた様子は、まさにそのヴィラと調和をなしていた。

 女性はオースティン氏の当惑に礼儀正しい無関心を装い、華麗な装飾はされているものの錆び付いた門をギギィと押した。オースティン氏は正直言って凄惨な荒れ方のヴィラに恐れをなしていたが、この一ヵ月のバカンス用の荷物や、これからの宿探し、ストレーザの坂の多い地形などを思い巡らし、また、この英語の堪能なイタリア美人のことも考慮に入れた。

 ふと氣づくと、グルーバーは大人しく女性についていくではないか。オースティン氏自身は決して認めなかったが、いつも愛犬のとっさの行動には無意識に絶大な信頼を置いていたので、グルーバーのしっかりとした足取りを見ただけで、いつの間にかこの屋敷に足を踏み入れてみてもいいかな、という氣になっていた。

 芝生のところどころに、彫刻が倒れている。小さな花瓶のような形の石も落ちていて、ふと見上げると、それは二階の装飾の一部が落ちてきたものだということがわかった。頭上注意だな、オースティン氏は首をすくめる。

 玄関の扉は重くどっしりとした木で、着色が剥げ、装飾が落ちてしまっているために、とりわけ荒んだ感じがしたが、よく手入れすれば見事なものだと思われた。その扉をすっと開けると女性は「どうぞ」と中に入るよう勧めた。

 オースティン氏が驚いたことには、外側の荒れ方から鑑みて、中の状態は思ったほど悪くなかった。確かに階段の手すり部分の装飾や天井画や赤い絨毯は少々年代が経ちすぎていたと見て、手入れが必要だと思われたが、それ以外のところは塵一つなくピカピカに磨かれていて、居心地が悪いとはいえない感じだった。

 女性が案内してくれたのは二階の東向きの部屋で、白磁の花瓶には桜の花が豪快に生けてあった。窓からは美しいマッジョーレ湖とボロメ諸島が一望の元に見渡せた。

「私はラウラ・ステリタと申します。このヴィラの使用人です。ご用の向きがございましたらいつでも遠慮なくお呼びください。ただいま犬用のバスケットと毛布、トレイなどをお持ちいたします」

 ラウラは簡潔に言ってその場を離れた。窓を開け放し、夕暮れに赤く染まるベラ島を見渡すと、涼しい風が部屋に入ってきた。荷物を簡単にクローゼットに納め、ピカピカに磨かれたバスルームで軽くシャワーを浴びる。タオルがふかふかだったことも、オースティン氏の印象をさらによくした。

 バスルームからでて、氣持ち良く真っ白に洗濯された枕カバーなどをちらっと見ながらオースティン氏はこの屋敷の持ち主のことを考えた。

「いったい、奥様ってのはどんな人なんだろう、グルーバー?」
グルーバーはすでに、心地よいクッションの入ったバスケットの中に丸まっていた。近くの椅子には毛布が、そしてその横にはグルーバーのトイレ用のトレイがおかれていた。

 しばらくするとラウラが食事の用意ができたと呼びに来た。グルーバーも一緒にと言う。オースティン氏はその心遣いに感謝するとともにほっとした。

 彼自身は認めなかったが、グルーバーがいないといつも何故か大変心細い思いをするのだ。

 一階の食堂はやはりかつては大変豪奢だったとおもわれる造りで、大きなシャンデリアが天井から外れて落ちてきませんように、とオースティン氏は秘かに祈った。二十人は座れるだろうと思われるテーブルにただ一人女性が座っている。

 オースティン氏は彼女の近くまで行って恭しく挨拶をした。その女性は重々しく言った。
「ようこそエミーリオ荘へ。私はここの女主人でアントネッラ・マンツォーニと申します」

「窮地をお救いくださいまして、心より感謝いたします。私は英国からきました、ゴルツィ氏の友人でジョン・ヘンリー・オースティンと申します。これは、私の連れのグルーバーですが、犬が同席してもよろしいのでしょうか」
「ちっとも構いませんことよ。お客様が犬を連れて滞在なさるのは普通のことですもの。特に狩のシーズンは、ですけれど」

 この家にお客様? とオースティン氏は少しだけ思ったが、もちろん口には出さなかった。

 マンツォーニ夫人は少々神経質な感じのする金髪美人だった。年のころは四十代後半から五十代、濃い化粧と強い香水の匂いがする。差し出された手にキスをする時、その指に三個も指輪が嵌めてあるのに氣づき、オースティン氏は驚いた。

 幸い、オースティン氏の席はマンツォーニ夫人の向かい、つまり二十人以上座れるテーブルの端と端だったので食事の間夫人の香水の匂いに悩まされることもなさそうだった。

 ラウラがスープを運んできて、給仕する。アスパラガスの薫りが食欲をそそる。オースティン氏はマンツォーニ夫人に訊かれるままに、自分がロンドンの小さな法律事務所に勤めていること、独身で家族はグルーバーだけであること、ゴルツィ氏とは仕事を通じて七年ほどのつきあいのある親しい友人であることなどを話した。

 ラウラがクリーム風味のニョッキを運んできた後、マンツォーニ夫人はこの屋敷は夫が三十年ほど前に購入したこと、その夫は現在はここにはいないことなどを氣取った言葉遣いで話した。

 ペンネ・アラビアータに続き、ウズラ肉と香味野菜ソテー、デザートにはパンナコッタのオレンジソースがけが運ばれてきた。どれもレストランに負けない味であるだけでなく美しい盛りつけである。選ばれたワインも全てがしっくり合い、普段は食に頓着しない彼でもこの屋敷の食事は並みならぬ水準であることに氣づいた。

「素晴らしい夕食でした。こちらでは特別なシェフを雇っていらっしゃるのですか?」
「いいえ、これはラウラが調理しているのです。お恥ずかしい限りですわ」

 オースティン氏はびっくりした。じゃあ、調理、盛りつけ、給仕を全部一人でやっていたのか? しかも完全なタイミングで出てきた。

 エスプレッソを飲みながら、先程からなんとなく変だと思っていたことが急にわかった。この屋敷にはこのマンツォーニ夫人という支配者とラウラという使用人の二人しかいないのだ。それなのに、使用人が五人も十人もいるような生活をしている。それが破綻せずにまわっているのが妙なのだ。

 隅々まで行き届いた掃除と心遣い、手の凝った料理と大仰な給仕、氣持ちのいいホスピタリティと貴族的な氣位。それは、居心地はいいもののどこか痛々しい感じがするのだった。それも痛々しいのは超人並に働いているラウラの方ではなく、むしろ年代物のカットグラスを物憂げに傾けるマンツォーニ夫人の方なのである。

「私の夫は貿易で財をなしましたの。ストレーザに住むのは子供の頃からの夢だったと申しましたわ。私は子供の頃からローマとコモを行き来する生活でしたから、夫がこの屋敷を買ったときも、特に感慨はなかったんですけれどね。不思議なことに私だけがこのストレーザに住むことになりましたわ」

「あの、失礼ですがご主人様はお亡くなりになったのでしょうか」
オースティン氏は恐る恐る訊いてみた。

「ラウラ、濃いエスプレッソをもう一杯持ってきて頂戴」
夫人は突然そう言い、それから永いこと黙っていたが、蝋燭の燃えるジジ……という音をきいて我に返ったように言った。
「実のところ、私は死んだと思っていますの。アフリカにはライオンとか、豹とかが沢山いますでしょう?」

 面食らったオースティン氏が答えを探して脳味噌をフル回転させているとラウラが銀のコーヒーポットを持ってテーブルに近づいて来た。

「今年で七年になるはずだわ。そうだったわね、ラウラ」
「左様でございます。奥様、私がこちらでお世話になる三年前のことでございますから」

 オースティン氏は助けを求めるようにラウラの顔を見た。ラウラは小さく頷きながら続けた。
「ご主人様は、ボツワナへおでかけになって以来、行方知れずになってしまわれたのです」

「余計なことは言わなくていいのよ」
マンツォーニ夫人の語氣の鋭さにオースティン氏はびっくりした。マンツォーニ夫人はコーヒーに手をつけないまま席を立った。

「いつまででも構いませんから、どうぞゆっくりご逗留なさってくださいね。外国のお客様を迎えるのは何よりも楽しいひとときですもの。たった一人で暮らしているのは、大層退屈なものですわ」

 夫人がいなくなるとオースティン氏はラウラに詫びた。夫人の叱責を浴びるようなことを言わせてしまったのはほかならぬ自分だとわかっていたからだ。ラウラは冷たくなったコーヒーを大して落胆した様子もなく片づけながら言った。

「お氣になさらないでください。奥様のお話の仕方には、びっくりなさったでしょう。でも、ご主人様のことは本当ですもの。他に申しようがありませんわ」
「それ以来、あの人はこういうふうに暮らしているのかい?」
「ええ」

 ラウラはイタリア人にしては言葉の少ない女性だった。英国の女性でも使用人というのはもう少し面白おかしく話すものだが、ラウラの返事からはあまり多くの情報は期待できない。

 だが、それでもオースティン氏はラウラに大変な好印象を持った。それは、これだけの有能で誠実な使用人に対してあのように冷淡に振る舞うマンツォーニ夫人への若干の反感も手伝ってのことだった。また、この使用人の話す英語が高等教育を受けたはずの夫人の英語よりもはるかに達者で正確だったことも、英国人オースティン氏の印象に大きく影響していることは間違いなかった。もちろん、イタリアに来て英語で通そうとしている自分のことは全く棚に上げて、である。

 それにしても、今日はなんという一日だっただろう。ピカデリーラインに乗り込んだときは、まさかこのような謎めいたヴィラで休暇が始まろうとは露ほども考えなかったものだ。この一件はなんとしてでもマッコリー夫人には内緒にしなくては。

 オースティン氏は洗濯のりの爽やかな薫りのする枕カバーに頭を埋め、バスケットにうずくまるグルーバーに「おやすみ」と声をかけた。グルーバーは満足そうに尻尾を振って見せた。

 まくら元のランプを消すと今晩は満月らしく、窓の外の白木蓮の大木がぼうっと浮かび上がって見えた。重く疲れ果てたように垂れ下がっている花びらの大軍。甘ったるくねっとりとした薫りが空氣を不透明にしているような氣がする。物憂げな空氣はストレーザの印象を大きく変えた。

* * *


 翌朝、少し肌寒い中オーステイン氏は自然と目が覚めた。体が重い。というよりは、頭の奥が鈍くうずいている感じで体があまり持ち上がらない。よく眠ったはずなのにどうしてだろう。

 彼は大変目覚めのいい性質だった。ロンドンではよほど早起きをしなくてはいけないとき以外は目覚まし時計を必要としない。よほど早いのかと思い時計をみると既に八時半をまわっている。慌てて起きて大急ぎで顔を洗い髭をあたる。

 ふと見るとグルーバーも大儀そうに毛繕いをしている。
「なんだ、お前も寝過ごしたのか。俺達、昨日の騒動でよっぽど疲れていたのかな」

 恨めしげに窓からゴルツィ氏の屋敷を眺めるが、やはり人のいる氣配は感じられない。いそいそと食堂に降りていくと階段を掃除しているラウラと遭った。

「お早うございます。オースティン様」
「お早う。シニョーラ・ステリタ。朝食に遅れてしまったようで大変申し訳ない」
「ラウラで結構ですわ。いいえ、ちっとも遅くございませんわ。奥様の朝食はいつも九時過ぎです」
と、微笑んだ。オースティン氏はその笑顔の爽やかさにどきりとした。

「朝食の準備は食堂に用意してございます。コーヒーになさいますか?紅茶やホットチョコレートなどもございますけれども」
「紅茶をもらおうかな。ミルクティを用意するのは大変かい?」
「とんでもございません。すぐにお持ちしますわ。卵料理なども召し上がりますか」

 オースティン氏は感激した。通常朝食では食べない卵料理を、英国人の自分のために用意しようかと訊いてくれている。
「いや、いいよ。君はただでさえ忙しいんだから」

グルーバーはまたはじまった、という顔をした。うちのご主人様はどうしてこう美人に弱いのだろう。

 そういうわけで、トーストではなく丸いパンとバター、ジャムとミルクティの朝食の間中、オースティン氏はせっせと働くラウラを見ながら、少々ぼうっとしていた。

* * *


「ロンドンにお住まいの前は、確かケンブリッジにいらしたっておっしゃいましたわよね、オースティンさん」

 愛想の良い笑顔を浮かべながらマンツォーニ夫人が近づいてきたのは、エミーリオ荘に滞在して五日目の午後も遅く、庭の樹木も少しくたびれた様相を見せはじめる時間であった。

 マッジョーレ湖を望む美しい庭園、どちらかというと手つかずの自然に近いものだったが、そこが英国人として氣に入ったオースティン氏は午後の散歩をしていたのだった。アントネッラは人目をはばかるように近づいてきたので、あきらかにラウラの眼をさけて彼と何かを話したかったのだろう。

「はい、書籍の販売に少し関っていた時代に、五年ほど住みましたが」
「ということは、今から十年ぐらい前は、ケンブリッジにいらしたの?」
「そういうことになりますね」

「じゃあ、その頃に留学していたイタリア人留学生と知合いになったりしたこともありますか」
「まあ、一人、二人、思い出す人もいますけれど……。どうしてですか?」

「探している子がいるのよ。今から十二年前から四年間、ケンブリッジのセント・アン・コレッジでアフリカ史を専攻していたソニア・マンツォーニという娘をね」
「マンツォーニ? ご親戚ではないんですか?」

「主人の娘です」
私の娘といわなかったからには、先妻か愛人の娘なのだろう。アントネッラの顔からは一瞬愛想笑いが消えて、眼に鋭い光が宿った。

「残念ながら、私の知っている人ではありませんね」

 オースティン氏の返事に、マンツォーニ夫人は少しだけ落胆したように見えたが、言葉を続けた。
「イギリスに帰ったら調べていただくことはできないかしら、大学にその当時の学生が卒業後どこに行ったかの記録がないかとか……」

「さあ、そういった情報があるかどうか別として、私のように縁もゆかりもないものが、そうした情報を入手できるかどうか……」
「必要ならば、私が委任状を書きます。でも、できるだけ内密にことを進めたいのよ」

 オースティン氏は、この女性がなぜ困っている見ず知らずの英国人に大層親切にしたのかわかった氣がした。窮地を救ってもらい、これだけのもてなしを受けたのだから、この役目は引き受けざるを得ないであろう。

 その日、オースティン氏はなぜ夫人がその娘を探しているのかあれこれ想像しながら一日を過ごした。
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Posted by 八少女 夕

樅の木のゆくえ

今日はちょっと思ったことを。

樅の木

日本だと各家庭にあるクリスマスツリーは、プラスチックのことが多いですよね。スイスやドイツでは、本物の樅の木とロウソクを使うことの方が多いのです。日本だと火事が心配でそんなことはしない(もしかして許可制?)だと思うんですが。

その樅の木は根がついていないので、クリスマスが終わると枯れてしまいます。

ドイツ語圏の人たちというのは、何事にも「環境が」とか「使い捨てはよくない」とか言います。ところがその同じ人たちが、毎年ものすごい量の樅の木が使い捨てにされていることには全く別の人のような態度を示すのです。

「プラスチックの木と電球なんて、本当のクリスマスじゃない」「これは伝統なんだ」「森は木を間引かないと健全な状態にならない」って、それぞれ理由をつけて抵抗してくるのです。

自分たちのしたいことになると急に「伝統が」「文化が」と言い出すのは、何もドイツ語圏の人たちだけではありません。日本人も例えばマグロをもう食べるな、鰻が絶滅危惧種だと言っても、やはりいろいろと理由をつけて資源の大量消費からは目を背けようとしますよね。

日本人がマグロをこんなに食べるようになったのも、土用の丑の日に鰻を食べるようになったのも、実は古来の伝統ではないですよね。

それと同様に、スイスの各家庭にクリスマスツリーが飾られるようになったのは、伝統なんかではなくてまだ100年も経っていないことです。私の知り合いの95歳の方は、子供の頃はクリスマスツリーは教会か学校にしかなかったと語っていますから。この樹々は森の間伐材じゃないこともはっきりしています。クリスマスのために育てているんですよ。サイズも形もいらない木ではなくて、ツリー用にちゃんと用意している商品です。

なぜ鰻を食べなくてはならないのか、もしくは、なぜ大量に廃棄のでる恵方巻を流行らせるのか、他の文化の人たちになんと言われようとも、それを振り切ってでも突っ走る心理は、この樅の木の扱いにもよく表れていると思います。

美しいもの、楽しい思い出、美味しいものを特権階級ではない人たちでも楽しめる時代になったことは有難いことです。私もマグロも鰻も好きですし、樅の木の香りもロウソクのついた厳かな姿も好きです。

それでも、この歓びの裏には巨額のお金、マーケティングなどが蠢いていて、実際に使い捨てや大量廃棄を生み出している問題もあることを意識すべきだと思っています。流行、マーケティングなどに踊らされて、必要もないのに何かを大量消費し、結果的に環境や生物の生存を脅かす前に、少し立ち止まってこれは本当に必要なのかと一人一人が考えるようになるといいのになと毎年思う待降節です。

というわけで(?)我が家のクリスマスツリーは、もちろんプラスチック製です。
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Posted by 八少女 夕

「ひぐらしのなく頃に 奏」

今日は音楽の話。この秋に発売された作品を買いました。



このブログによくいらっしゃっている方は、私がゲームやアニメに弱いことをよくご存知だと思います。もともとアニメに限らず映像作品をあまり観ない、テレビも観ないのですけれど、スイスに移住してからさらに何も観なくなって、日本のある程度の年齢の人間であれば観たことはなくても知っていて当然だという作品のことも何も知りません。

にもかかわらず、いきなり某ゲーム&アニメ作品の関連音楽の話をすることになったのは、ひとえに演奏者が知り合いだからです。

「ひぐらしのなく頃に」はもともとコンピュータゲームで、その後にテレビアニメにもなった作品のようですが、その音楽を弦楽四重奏とピアノで演奏した作品がこの秋にリリースされたのです。

このピアニストが、私の高校の先輩である栗原正和氏。同じ合唱部に一年間所属していたのですが、当時からピアノのウルトラ上手な憧れの先輩でした。(私が「ピアノを弾くいい男」を作品に登場させるようになったのは、この方への憧れに遠因があるのですよ)

今はプロのピアニストとして大変ご活躍なのですが、いわゆるクラッシックの演奏活動の他に、こうした少し変わった試みにも積極的に挑戦する方なのです。

で、CDの発売されたのが私が日本にいた時と前後していたのですが、iTunesからもダウンロードできるというのでダウンロード版で購入しました。

原作は私の苦手なホラー系の作品ということなんですが、音楽の方は全くそんな感じはなく、とても美しい旋律です。それも日本の自然のように、光や樹木、水、風といったものを感じさせて、思考を邪魔しない心地いい音楽です。

原作をご覧の方は、私のような感想や聴き方はしないでしょうけれど、私はまた例によって、自分の創作を妄想する時のBGMにしてしまいそうです。実際にそうやって使うのがぴったり来る系統の音楽です。

iTunesでは試聴も可能ですから、興味を持たれた方はぜひどうぞ。
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Posted by 八少女 夕

【小説】冬、やけっぱちのクリスマス



今日発表するのは、読み切り短編集「四季のまつり」の第4回、冬の話で「クリスマス」を題材にした掌編です。といっても、全世界的なクリスマスの話ではなくて、ちょっと歪んでしまっている日本的クリスマスの話(笑)そのクリスマスの風潮にいまいち乗り切れていない地味な紗英と、モテるお隣の歳下坊や宙の色氣のないクリスマスです。

もしかしたらデジャヴを感じる方もいるかもしれません。この二人は、以前に発表した「白菜のスープ」という作品のキャラクターたちです。といっても、とくに読む必要はありません。全部本文の中で説明されています。あ、出てくるもう一人のキャラも、別の作品で出てきている人だったりします。どうでもいいことですが。

今回、構成を作ったのは早かったんですが、書く時間がなくて本当にギリギリになってしまいました。はあ、落とすかと思った……。




冬、やけっぱちのクリスマス

 キッチンからは紗英を知るものなら首を傾げるような香りが漂っていた。熱したバナナとチョコレートってのは、どうしてこう甘ったるい匂いがするのかしらね。彼女は思った。

 この菓子を作っているのは、食べたかったからではない。ついつい食べ損ねて、真っ黒とまではいかないものの、皮が相当変色してしまったバナナが三本もあったのだ。世界には飢餓に苦しむ子供たちがたくさんいるというのに、熟しすぎたというだけで食品を捨てるのは嫌だった。それで、インターネットで検索して完熟バナナ三本を消費可能なレシピを探したのだ。

 中でも一番簡単なレシピを印刷した。本当に呆れるほど簡単で、十分も経たずに紗英はオーブンの前で腕を組んで立っていた。

「お。本当に紗英がデザート作ってるぞ。明日、雨が降るのか」
声に振り向くと、宙が台所の入口から覗いている。昔と違って背が高くなったので、紗英は彼を見上げなくてはならない。

「あんた、なに勝手に人ん家に上がり込んでいるのよ」
「勝手にじゃねぇよ。表でおばさんに挨拶したもん。お前が菓子作っているからどうぞって言われたぞ」
何がどうぞなのよ、お母さんったら。

 宙は、紗英の隣の家にずっと住んでいる。仲良しの母親同士がよく一緒にでかけたので、中学生だった紗英が小学生の彼の面倒をあれこれと看てやった。それなのに恩どころか人生の三年先輩に対する敬意すらも全く感じられないモノのいい方をする生意氣な大学生に育った。特にカッコいいとは紗英には思えないが、歳下の女の子たちにはやけにモテる。老人会の手伝いを嫌がらないせいか、町内のご婦人方からもちやほやされている。泣き虫の洟垂れ小僧だったくせに。

「それにしても、お前がこんなに可愛いもんを作るとは意外だよな。なになに、『簡単すぎる作り方はナイショ! 完熟バナナで愛されスイーツ』かあ。へえ。こんなに甘そうなのに材料も作り方もあっさりしてんなあ」
宙は、テーブルの上の印刷されたレシピを持ち上げて読んでいる。

 紗英はよけいな誤解をされるのはゴメンだと、ことさら渋い顔をして言った。
「何が『愛されスイーツ』よ。ただのチョコレートケーキじゃない」

「おい。ちゃんとレシピのタイトル読めよ。ケーキじゃなくてブラウニーだろ。正確には『チョコバナナブラウニー』だな。そのいい方だと『愛され』で検索したんじゃなくて『熟し過ぎバナナ』で探したんだろ」

 図星だったので少し赤くなったが、ちょうどタイマーがけたたましい音をさせたので、オーブンから取り出した。串で刺すと、ちょうどいい具合だったらしく生地はくっついてこない。紗英は大ざっぱに切り分けると大皿に載せてテーブルに載せた。ちゃっかり座り込んでいる宙は、嬉しそうに手を伸ばし「あちち」と言いながら食べた。

 あんたに食べさせるとはまだひと言も言っていないんだけれど。紗英はブツブツ言いつつ、彼の好きなほうじ茶を入れてやった。宙は甘ったるいフレーバーティの類いよりも、大袋で買える普通のほうじ茶が好きなのだが、カワイ子ちゃんの前ではかっこつけて言い出せないのだ。

「美味いじゃん、これ。砂糖は入れないでバナナの甘味だけで作ったんだ。これで十分だよな。どうせなら、これをクリスマスに作って食わせてくれよ」

 何を言っているんだ、この男は。私にクリスマスの予定があるんじゃないかと訊くくらいの礼をつくせんのか。紗英はムッとした。

 顔立ち、性格、生き方のどれも平凡でこれといって目立つことのない紗英には、クリスマスの直前に駆け込みで男を作るような才能はないと舐めきっているに違いない。その通りだけど。そこまで考えて、はたと思い出した。

「クリスマスって、大事な彼女の、名前なんだっけ、あ、そうそう、亜衣ちゃんはどうしたのよ」
「う~ん」

「もしかして、振られたの?」
意外な展開に、紗英は思わず単刀直入に質問してしまった。
「おいっ。そういうデリカシーのないいい方をすんなよ」

「ごめん。でも、なんで? あんたとつき合うまで、あんなに熱心だったじゃん、あの子」
「俺の誕生日にさ。同じゼミの後輩がザッハートルテを作ってきてくれたんだよ。それに美味かったってお礼を言ったらさ、他の女から受け取るのも食って喜ぶのもありえないって、激怒。いいじゃん、食ったって。せっかく作ってくれたのに、もったいないよ」

 宙はそう言いつつ、さほどハートブレイクという感じでもないようだ。いずれにしても他のカワイ子ちゃんたちが、隙を狙っているんだろうし。紗英はさほど同情していない。

「あははは。そういうのなんていうか知っている?『二兎を追うものは一兎を得ず』」
「追ってねえよ。お前こそ一兎ぐらい追ってみせろよ。どうせクリスマスはまた一人ぼっちなんだろ?」
「ふん。社会人はね。クリスマスイヴだって仕事があるんです。その日は総務の京極さんのお手伝いよ」

 総務の京極さんというのは、紗英の勤めている会社で一番人氣の課長補佐だ。切れ者で性格もよく、しかも超絶イケメンと呼ばれるのにふさわしい美形であるだけでなく、中央区に先祖代々伝わっているというとんでもなく広いお屋敷に住んでいる大金持ちのご令息らしい。もちろん、秘書課や外商の美人社員たちがこぞって狙っているので、はなからアタックするつもりはない。が、なぜかその日にだけ、いつも彼とペアで定例業務をしている先輩社員の代わりを務めることになって、多くの女子社員から羨望光線を浴びているのだ。

 だが、「クリスマスイヴに残業のできない予定はなさそうな女子社員」と烙印を押されたも同然だということは、紗英も薄々感づいていた。実際にそうなんだけれど。

「なんだ。結局毎年と一緒じゃないか。じゃ、帰って来たら電話しろよ。おじさんとおばさんは恒例の年末海外旅行なんだろ。お前の寂しい一人ディナーにつきあってやるからさ」

 何をエラそうに。自分の予定がなくなったからでしょ。でも、大人の余裕を見せるために断らないでおいてやった。

「なんか普通の美味いもんが食べたいな。フレンチみたいな小洒落たんじゃなくて子供ん時に食べていたみたいな懐かしい系」
「なにそれ。ただの晩ご飯じゃない」
「それそれ、そういうの。カワイ子ちゃんとのクリスマスデートって肩凝るもんな」

 なに負け惜しみ言ってんのよ。そう思いつつも、いつもの晩ご飯を作るだけなら氣が楽だと思った。それに、私が残業になっても、こいつは自分の家で普通に食べればいいんだし。ともあれ明日またバナナ買ってきて少し放置させなくちゃ。

* * *


 結局、本当に残業になってしまった。といっても、たった一時間程度で、普段の退社時間とあまりかわらない。宙には四時半の段階でちゃんとメールを入れた。
「今日は仕事が長引いて遅くなりそう。帰ってから料理すると遅くなるから、別の日に改めて。ブラウニーは、明日持って行く」

 彼からは「了解」という返事をもらったし、安心していた。むしろ京極さんに「クリスマスイヴなのに、本当に申し訳ない」と恐縮されて、たとえこんなくだらないシチュエーションでも、京極さんにこんなに氣を遣われるなんて嬉しいと思っていたのだ。

 それはそうと、京極さんこそこのクリスマスイヴに残業なんてしていていいのかしらと紗英は首を傾げていた。もっとも、だからこそ本当ならもっとかかりそうな量の作業を、恐るべきスピードでテキパキ片付けたのかもしれない。

 仕事は終わり、退出する会社の玄関で彼が訊いた。
「遅くなってしまったし、本当に今夜予定がないなら、近くで寿司でもごちそうしようかと思うんだけれど」

 ええ~! 京極さんと。ど、どうしよう。みんなに妬まれて大変なことになるかも。でも、これは天から私に与えられたクリスマスプレゼントかな。狼狽えているところに、コートのポケットから着信音が響いた。

 見ると、無粋なことに宙からだった。
「サンダース大尉のところでチキンを大量ゲット! 終わったら寄れ」

「チ、チキンを大量って、バーレルかしら……」
紗英が呟くと、京極は少し笑って「待ちかねている人がいるみたいだね」と言った。「そんなんじゃないです」と否定しても無駄だった。

 紳士的な別れの挨拶をして彼は去って行った。おそらくオーダーメードで作ったと思われる素敵なトレンチコートの後ろ姿に最敬礼をすると、紗英はクリスマスメロディとケーキを叩き売る街の喧噪に紛れて地下鉄の改札へと急いだ。

 私の生涯一度のチャンスをよくも。それにお寿司の代わりに、ファーストフードのチキンって、どうよ。心の中の罵倒とは裏腹に、紗英は妙にニヤニヤしながら電車に乗った。

(初出:2016年12月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 webアンソロジー季刊誌・carat!

Posted by 八少女 夕

水辺に魅かれて

ルガーノ湖

旅行に、通勤に、常にカメラを携帯していますが、「これを撮りたい」という光景は似通っているように思います。街の光景や美味しそうな食事、動物の姿、ちょっとした人びとの姿(顔が映らないようにしたりすることが多いし、ほとんど公開できませんが)の他に、多いなと思うのが水辺の写真です。

水に光が反射している、一瞬の光景に「あ」と思うことが多いみたいなのです。

スイスには海がないので、普段よく撮るのは湖や、沼、それに川などの写真ですね。

この写真は先日訪れたルガーノでの一瞬の光景です。
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Posted by 八少女 夕

遣う時はえいやっといきます。

久々のトラックバックテーマです。お題は「今まででした一番贅沢なお買い物ははなんですか?」ですね。

ずばり、「ムパタ塾とそれに続くアフリカ旅行」ですね。

アフリカの太陽

29歳のとき、会社を辞めてケニアで一ヶ月間開催された「ムパタ塾」というのに参加したんですけれど、それにかかった費用が一度で払ったお金では最高額だったかなあ。130万円くらいかかったと思います。

ムパタ塾とアフリカ経験については、こちらのカテゴリーで読めます。

他にも、海外旅行では、21歳の時にヨーロッパ55日間の旅というのをやっていますが、超貧乏旅でしたが70万円くらい使いましたかね。当時は今よりも航空運賃も高かったし、一応女の子だったから最低限の安全も確保しなくちゃいけませんでしたからね。

現在は、旅でもっとずっと贅沢していますが、そんなに長くは行けないので、そんなにはかかりませんね。

続いては、おそらく現在の愛車。身の程をわきまえて中古ですが、ヨーロッパではあまり出回っていないオートマ車なので比較的高めでした。
Yaris!

それから、かつての勤め先で買った訪問着だなあ。ひわ色が好きで一目惚れしました。あれはいい買い物でした。

こんにちは!トラックバックテーマ担当の一之瀬です。今日のテーマは「今まででした一番贅沢なお買い物はなんですか?」です。私は普段から倹約しがちなのですが、海外旅行に行ったときの現地のマーケットやレストランなど、その時でしか買えないものや食べれないものには思わずお財布のひもがゆるんでしまいますね現地で買ったヴィンテージの指輪はとても高かったですが、今でも1番のお気に入りです皆さんが今まででした一番贅沢...
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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -7- アイリッシュ・アフタヌーン

WEB月刊誌「Stella」参加作品「バッカスからの招待状」です。東京・大手町にある隠れ家のようなバー『Bacchus』。バーテンダー兼店主の田中佑二が迎える客たちのなんて事はない話をほぼ読み切りのような形でお届けしてます。

今回は、それと同時にもぐらさんの主催する「クリスマス・パーティ」に参加しようと思い、クリスマスバージョンで短めのものを書いてみました。(でも、あそこ用には長すぎるかなあ……うるうる)

スペシャルなので、主要人物がみな出てきて、さらに田中本人に関係のある話になっています。次回から、また彼はオブザーバーに戻ります。(たぶん)


月刊・Stella ステルラ 12、1月号参加 連載小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


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バッカスからの招待状 -7- 
アイリッシュ・アフタヌーン


「こんばんは、田中さん、それに夏木さん」
大手町のとあるビルの地下にある小さなバー『Bacchus』のドアを開けて、久保すみれはいつも自分が座るカウンターの席が空いていることを確認してにっこりした。

「久保さん、いらっしゃいませ」
虹のような光沢のある小さな赤い球で飾られたクリスマスツリーの向こうから、田中の落ち着いた声がいつものようにすみれを迎えてくれる。

 店主でバーテンダーでもある彼が歓迎してくれるのは客商売だから普通だろうが、それであっても嬉しかった。ここはすみれにとって最初で唯一の「馴染みのバー」なのだ。

 カウンターの奥にいつも座っている客、夏木敏也のことは、この店から遠くないビルに勤めていること以外は何も知らない。すみれが『Bacchus』に来る日と決めている火曜日には、かなりの確率で来ているので、たいてい隣に座ってなんということはない話をする『Bacchus仲間』になっていた。そして彼は、すみれが来るまで鞄を隣の席に置いて、他の人にとられてしまわないようにしてくれているようだ。

 彼女は、バッグから小さな包みを2つ取り出した。
「来週は、もうクリスマスなんて信じられる? わたし、今年何をしたのかなあ。ともあれ、ここに一年間通えたのは、居心地をよくしてくれたお二人のおかげなので、これ、どうぞ」

「私にですか。ありがとうございます」
「僕にもかい?」
田中に続き、夏木は嬉しそうに包みを開けた。

 それはとあるブランドのハンカチーフで表裏の柄が違うのが特徴だった。それだけでなく形態安定でアイロンがけも楽だ。すみれは、この二人のどちらも独身であることを耳にしていたからこれを選んだ。

「へえ。こんな洒落て便利なハンカチがあるんだ。嬉しいなあ」
紺地に赤と白い細い縞が入り、裏は赤と白の縞が入っている。夏木はそれをヒラヒラさせながら喜んだ。

 田中も浅葱色に白と紫の縞の入っているハンカチを有難く押し頂いた。大切に仕舞っているところに、ドアが開いたので、三人はそちらを向いた。薔薇のような紅いコートを着た、すみれがこれまで一度も見たことのない女性が立っていた。

「涼ちゃん!」
田中は、もう少しでハンカチの入った箱を落とすところだった。

 田中が客に対して、さん付け以外で呼びかけたのを聞いたことのなかったすみれはとても驚いた。女性がにっこりと笑って「久しぶりね、佑二さん」と言ったので、思わず夏木と顔を見合わせた。

「どうしたんだ、お店は?」
田中は、すみれの横の席を女性に薦めた。彼女は颯爽とコートを脱いで入口のハンガーにかけてから、その席にやってきた。

「表の道で水道管の工事中に何か予想外のことが起こってしまったんですって。それで今夜は水道が使えなくなってしまって臨時休業。こんな稼ぎ時に、困っちゃう。でも、せっかく夜がフリーになったから、お邪魔しようと思ったのよ。何年ぶりかしら」

 それから夏木とすみれに、微笑んで会釈をした。

 田中は、女性におしぼりを渡しながら二人に言った。
「こちらは伊藤涼子さん。昔からの知り合いで、今は神田にお店を出す同業者なんです。涼ちゃん、こちらは夏木さんと久保さん、よくいらしてくださるお客様」

 『知り合い』にしては親しそうだなと思ったけれど、そんなことを詮索するのは失礼だろうと思って、すみれは別のことを訊いた。
「神田のお店ですか?」

「はい。同業者といっても、こちらのような立派なお店ではなくて、二坪ほどの小さな和風の飲み屋なんです。『でおにゅそす』と言います。お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りくださいね」

 すみれはこの『Bacchus』に来るまでバーに足を踏み入れたこともなかったが、和風の飲み屋はさらに遠い世界だった。大人の世界に足を踏み入れられるかと思うと、嬉しくて大きく頷いた。夏木も嬉しそうに頷いた。

* * *


 彼らの様子を微笑ましく見てから、田中は涼子に訊いた。
「何を飲みたい? あの頃と同じ、ウイスキー・ソーダ?」

 涼子は懐かしそうに微笑みながら答えた。
「それも悪くないけれど、外がとても寒かったから、よけい冷えそう。よかったら、ウイスキーを使って、何か冬らしい体の温まる飲み物を作ってくださらない?」

 ほんの少し考えてから、田中は何かを思いついたように微笑んだ。
「アイリッシュ・アフタヌーンにしようか。暖かい紅茶をつかった飲み物だよ」

 涼子だけでなく、すみれと夏木も興味深そうに田中を見た。彼はカウンターに緑色のラベルのタラモアデュー・ウイスキーを置いた。

「ウイスキーの中では、市場に出回っている量は少ないんだが、このアイリッシュ・ウイスキーは飲みやすいんだ。憶えているかわからないけれど、君にあのとき出したウイスキー・ソーダは、これで作ったんだ」

 彼は紅茶を作ると、ウイスキーとアマレット、そしてグレナデンリキュールをグラスに入れてから香りが飛ばないようにそっと注ぎ、シナモンスティックを添えて涼子に出した。

「へえ。これがアイリッシュ・アフタヌーンっていうカクテルなの?」
すみれは身を乗り出して訊いた。

 田中は笑って言った。
「便宜上、アイリッシュ・アフタヌーン、もしくはアイリッシュ・アフタヌーンティーと読んでいますが、アイルランドでは特別な名前もないくらいありふれたの飲み物のようですよ」

「焼酎のお湯割みたいなものかな」
夏木もすみれごしに香り高い紅茶を覗き込んだ。

「お二人もこれになさいますか? 久保さんにはすこし薄くして」
田中が訊くと、二人は大きく頷いた。

 田中は、すみれ用にはアルコールをずっと減らしたものを、アルコールを受け付けない体質の夏木にはグレナデンシロップを入れたものを出した。夏木の前に出てきたのは甘い紅茶でしかないのだが、女性二人のところから漂う香りで一緒に飲んでいる氣分が味わえる。

 三人が湯氣を立てるグラスを持ち上げて乾杯をするのを眺めながら、田中は若かった頃のことを思い出していた。

 いま夏木が座っている位置に、涼子の姉、田中の婚約者だった紀代子がいた。開店準備をしていた午後に三人でなんということもない話をしていた。涼子はウイスキー・ソーダを傾けながらよく笑った。

 紀代子が黙って彼の元を去って、姿を消してしまってから、氣がつくと二十年以上が経っている。あの幸せだった時間も、それに続いた虚しく苦しかった日々も、ガラス瓶の中に封じ込められたかのように止まって、彼の心の奥にずっと眠っていた。彼は仕事に打ち込むことで、その思い出に背を向けてきた。

 久しぶりに紀代子のことを考えても、以前のような突き刺すような痛みもやりきれない悲しみも、もう襲っては来なかった。

 そういえば、涼子の姿を見たのもあの歳の暮れ以来だ。そんなに歳をとったようには見えないけれど、彼女も尖った感じがなくなり、柔らかく深みのある大人の女性になった。

 彼は、タラモアデュー・ウイスキーの瓶をきゅっと閉めてから、棚に戻した。他の瓶の間に何げなく納まったその瓶は、照明の光を受けて煌めいた。毎年この季節になると飾るクリスマスツリーの赤い球にも、照明は同じ光を投げかけている。彼の城であるこの店は、平和なクリスマスと年末を迎えようとしていた。温かいカクテルから漂うまろやかな香りの中で。

 彼は、ひとつ小さく息を吸い込んだ。いつもの接客する店主の心持ちに戻ると、彼の大切な客たちをもてなすために振り向いた。

アイリッシュ・アフタヌーン(Irish Afternoon)

アマレット:20ml
グレナデンリキュール:10ml
アイリッシュ・ウイスキー:20ml
シナモンスティック:1本
暖かい紅茶:適量

作成方法: アイリッシュ・ウイスキーとグレナデンリキュールとアマレットをグラスに入れた後、香りが飛ばないようにゆっくりと暖かい紅茶を入れて混ぜ合わせる。



(初出:2016年11月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

肉まんに再トライ

またしても、食いしん坊な話題です。

肉まん製作中

ずいぶん前に、手作り肉まんの話題をアップしたのですが、先日、再トライしてみました。

実は、日本に行った時に、製パン用の麺棒を購入してきたんですよ。もちろんスイスにも製パン用麺棒は売っていますが、巨大でしまう場所に困るので、買うのを躊躇していたんです。前回肉まんを作った時には、瓶を使ったんですがそれでは薄くするのに限界があり、いまいちな皮にしかなりませんでした。

で、日本で売っている「皮がくっつかない、空氣抜きもできる麺棒」を買ってきたんです。

それを使ったら、あらあら、ずいぶん簡単にきれいに伸ばせるじゃないですか。(あたりまえ)

包むのも簡単できれいにできましたよ。見かけがずっとよくなって美味しく感じられました。

肉まん

実は、今回は怪我の功名で、前よりも美味しくできたことがもう一つありました。一般的なレシピはベーキングパンダーで作るものがほとんどなんですけれど、たまたま我が家ではベーキングパウダーを切らしていました。でもどうしても食べたくなってしまったので、わざわざネットで探してドライイーストで発酵するレシピを探したんです。

そうしたら、前よりもフカフカに蒸し上がったんです。大満足でした。

しょっちゅう作るものではないし、次回から我が家ではこうやって作ろうと思います。
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