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麗しのキャラクターの話

Posted by 八少女 夕

ユズキさんのところでファンアートが発表されていました。ある方の小説のヒロインだそうです。それだけで心をわしづかみにされてしまう可憐な美少女でした。で、ふと思ったんですが、私の書く小説の主役って、いまいちイラスト映えしないなと。(いまさら氣づくなって……)

美貌のヒロインって、「大道芸人たち」の蝶子以来一人も書いていないんですよね。あれを発表していたのがもう二年前です。

蝶子は確かに美人だしスタイルも抜群という設定ですが、性格に難ありなので好き嫌いが分かれます。ヴィルも顔はいい設定だけれどこちらもコミュニケーション能力に大問題ありでもてない。稔とレネは醜くはないと思うけれど、別に格好よくはありません。

「夜のサーカス」のヨナタンは、団長ロマーノに言わせれば「上玉」らしいけれど、あくまでそっちの趣味の人から見た「上玉」で、キャラクター的にも面倒臭さで負けていない。ステラは美人であるマッダレーナにコンプレックスを持っているから、たぶん十人並みの外見。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」のラウラは美貌の王女の陰に隠れて、存在感ほとんどなし。マックスはのんきに旅をする性格はまあまあの主人公ですが、みかけが麗しいという設定は皆無です。

「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」の瑠水と真樹も羽桜さんがとても可愛いく&格好よく描いてくださったのですが、じつは外見上に他の人間より美しいという設定はありません。

「Infante 323 黄金の枷」のマイアは、「十人並み」設定で、23に至ってはまだ出てきていない描写ですが外見上のマイナスポイントすらあります。

これで「イラストを描いてください」と頼むのは、もしかしてものすごくイラストレーターさん泣かせですよね。

キャラの配置の癖を自己分析してみると、重要な脇キャラに美男美女を持ってくる傾向があります。そっちの方が絵になりやすいタイプ。「樋水龍神縁起」の摩利子と瑠璃媛、「Dum Spiro Spero」「大道芸人たち」の真耶と拓人、「夜のサーカス」のマッダレーナ、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」からはマリア=フェリシア姫と《黄金の貴婦人》、「Infante 323 黄金の枷」はともに未登場だけれどドンナ・アントニアとライサ・モタという美貌キャラがいます。あ、24も美青年設定。でも、「一つ描く」って時に脇役をわざわざ選ぶ方はいらっしゃいませんよね……。

ネット上でゲームやマンガの広告がありますよね。当然ながら主役にあたる人間のイラストが描かれているのですが、やはり目に飛び込んでくるその姿は、美貌で、ついでにいうと「そこまでセクシーにせんでも」というスタイル強調服装。テレビで活躍するアイドルも見かけはとても重要ですよね。見かけがさほど重要でない分野でも、美貌が加わると注目されやすいという事実もあります。流行の「美しすぎる○○」はその典型例だと思うんですよね。

と、自覚はしておきながらも、なぜ麗しくない人間のストーリーの方が多いのかというと。「美しくて性格もいいヒロインが、格好よくて素晴らしいヒーローと結ばれる」ような話は書けないからです。正確に言うと一度書けば、書く方として十分なんです。見かけのいい人に惹かれるのは普通なことだと思うのですが、「そんな当たり前のことを何度も書いてなんになる」なのです。そう、そういうのは一人で書いていた頃にもう書いてしまったのですよ。

世間に出回っている作品やブログのお友だちのストーリーで美男美女の主人公が登場する場合は、単にそれだけでなくて大変なことが起こったり、巨悪に立ち向かったりする間に、愛情や友情がめばえるので「要するに綺麗だからでしょ」にはなっていないのが普通です。ところが、舞台設定が派手なので、一見いろいろなことが起こっているように錯覚されがちな私の小説では、ストーリー上はほとんど何も起こっていません。だから「要するに綺麗だからでしょ」になりがちなのです。それを避けるために、わざわざそうでない設定にしているのです。

しかし。設定とは違ってもやっぱり綺麗に描いていただけると、それはそれで嬉しい。複雑な親心なのでした。
.31 2014 もの書きブログテーマ trackback1

【小説】Infante 323 黄金の枷(1)ドラガォンの館

Posted by 八少女 夕

月に一度の月刊Stella用に新連載をはじめます。昨日の記事でご案内したように、ポルトガルのポルトをモデルにした街を舞台にした小説です。今年の三月に生まれてきたばかりの、私にしては急ピッチで公開することになった小説ですが、更新は月に一度なので「夜のサーカス」なみに長いおつきあいになるかと思います。普段よりも一回分の文字数が若干多いのですが、月一連載のためキリのいいところまでを一章にしています。ご容赦くださいませ。

月刊・Stella ステルラ 6月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Infante 323 黄金の枷(1)ドラガォンの館

 カモメが飛んでいた。翼を畳んでいる時には想像もしないほど大きな鳥だ。ベンチに腰掛けてD河を見ているマイアの上を悠々と、西の方へ、つまり、大西洋の方へと飛んでいった。河にはかつてはワインの樽を運んでいた、現在は主に観光客用に浮かべられている暗い色の舟ラベロがゆったりと進んでいる。リベイラと呼ばれる河岸には色とりどりの美しい建物が建ち並び、その前にはレストランが用意したテーブルと椅子、そして強い陽射しから観光客たちを守る大きなパラソルがたくさん並んでいた。

 世界中からこの美しい街を眺めにたくさんの観光客がやってくる。ヨーロッパからはもとより、南北アメリカから、アジアから、それにアフリカからも。ポルトガル語、スペイン語、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、それにマイアにはまったくわからないアジアの言葉で、人びとはこの美しい眺めを賞賛していた。河の上を、そしてカモメたちのはるかに上をジェット機が飛んでいく。マイアは大きく一つ息をつく。ハガキサイズのスケッチブックには、対岸のワイン倉庫街が水彩色鉛筆で精彩に描き込まれていた。このベンチに座って絵筆を走らせながら、次々と入れ替わる観光客たちの休暇の空氣に触れるのが好きだった。マイア自身はパリにもロンドンにもリオ・デ・ジャネイロにも行けないだろう。

 子供の頃は理不尽に悩んだこともある。けれど、今は「そういうものだ」と納得している。それに、テレビで見るパリやローマだって、この街ほど美しいとは思えない。ここに生まれて、この美しい光景を見て生きることはそんなに悪いことではないと思う。それに……。

 マイアはこの河をのぞむとても美しい光景を知っていた。夕闇に河がオレンジ色に染まり街が柔らかい色に染められていく時間を俯瞰できる素晴らしい場所。子供だったマイアが見つけた。けれどその光景は誰にでも公開されているわけではなかったので、マイアは十年以上眼にしていなかった。もう機会はないかとあきらめていたが、今日から再び見ることができる。彼女の胸は期待に高鳴った。

 教会の鐘の音が響いた。マイアは立ち上がって、隣に置いていた鞄を肩にかけた。
「そろそろ時間ね。行かなきゃ」

 坂を上る。この街Pは起伏が激しい。タイルに彩られた建物がたくさん立ち並ぶ。この道は旅行者用の土産物を売る店ばかりだ。駅の近くを左折して、さらに道を登っていく。鞄屋、台所用品屋、地元民用のカフェ、金物屋などを通り過ぎる。観光客と住民と車が忙しく通り過ぎる街でも忙しい一角だ。大きな教会のある広場に出た。そこを左へ曲がると、急に人通りが少なくなる。迷路のような小路はもう上り坂ではなかった。陽射しも届かず少し涼しくなった。マイアは息を整えながら歩いていく。

 間口の狭い建物が途切れた。その代わりに長い塀と生け垣に囲まれた大きな建物が見えてきた。城と呼んでも構わないほどの大きな建物が堂々と建っている。「ドラガォンの館(パラチオ・ド・ドラガォン)」だった。マイアは大きく息をつくと正面玄関の大きな門の前に立った。それは重厚な鉄製で、絡まる唐草文様に囲まれ大きい二頭の竜が向かい合っていた。彼女は呼び鈴を押した。

 背の高い男が出てきて、マイアを中に迎え入れた。マイアは正面玄関ではなくて、脇の出入り口の方に連れて行かれた。黒いスーツを着た壮年の男と、召使いの服装を着た女が待っていた。

「マイア・フェレイラです。お世話になります」
マイアが頭を下げると二人は頷いた。

「私はアントニオ・メネゼス。この館の執事を勤めています。こちらは召使い頭のジョアナ・ダ・シルヴァです。サントス先生からの紹介状を持ってきたと思いますが」
マイアは二人に頭を下げると。荷物から紹介状を取り出してメネゼスに渡した。その時に、この人に物を渡すのは二度目だと思った。きっと忘れているだろうけれど……。

 メネゼスは紹介状に目を通すと頷いてジョアナにそれを渡した。それからマイアに向かって言った。
「腕輪を見せていただきましょうか」

 マイアは左の手首についている、金の腕輪を見せた。その腕輪は表面にたくさん浮き彫りがあり少しゴツゴツとした手触りだった。内側に一つだけ赤い透き通った石が付いていた。何の石かは知らない。それはマイアが買ったものではなく、好きで付けているものでもなかった。それどころか彼女には決して外せないのだ。確認されている間、紹介状を見ているジョアナに目を移すと彼女の左手首にも同じ腕輪が付いていた。この館で召使いをするものは全員この腕輪をしているのだという。

「では、一番大切なことだが、ここで誓約をしてもらおう」
そういってマイアに聖書を差し出して右手を載せるように示した。彼女は頷いて言う通りにした。
「私に続きなさい。《私、紅い星を一つ持つマイア・フェレイラは誓約します》」
「《私、紅い星を一つ持つマイア・フェレイラは誓約します》」
「《この館の中で見聞きしたことは、館の外の人間には一切語りません》」
「《この館の中で見聞きしたことは、館の外の人間には一切語りません》」

「よろしい。中に入りなさい。ジョアナ、彼女を案内してください」
「わかりました、メネゼスさん。ついていらっしゃい」
マイアはメネゼスに再び頭を下げると、荷物を抱え直して召使い頭に従った。

「ダ・シルヴァさん、どうぞよろしくお願いします」
女はマイアの言葉に振り返るとニコリともせずに言った。
「私のことは皆と同じようにジョアナと呼んでください。使用人はメネゼスさんを除いて全員ファーストネームで呼び合っています。あなたのこともこれからマイアと呼びます」
「はい」
マイアは小さくなった。

 石の狭い階段には燭台に見えるランプがついていた。冷たい音を立てて昇りながらジョアナは続けた。
「こちらの当主はドン・アルフォンソとおっしゃいます。『メウ・セニョール(ご主人様)』とお呼びするように。そして、母上のドンナ・マヌエラには『ミニャ・セニョーラ(奥様)』と呼びかけてください」
マイアは小さく「はい」と答えた。

 階段を上がると少し広い所に出た。ジョアナはパンパンと手を叩いた。すぐにあちらこちらから召使いたちが集まってきた。黒いワンピースに白いエプロンを身につけた召使いの女が三人いた。それに黒いズボンの上に白いマオカラーの上着を着た男たちが四人、料理人の服を着た男性が二人いた。

「紹介します。本日から働くことになったマイアです。マティルダ、あなたの部屋と同室になるのでよろしく」
ジョアナが紹介した。一番左にいた金髪の若い召使いがにっこり笑ってマイアに手を振った。ジョアナはマティルダをひと睨みしたが小言は言わなかった。そして、もう少し年長の女に言った。
「アマリア、マティルダだけでは心もとないので、少し面倒を見てあげてください」
黒髪の少しふくよかな女性が頷いてからマイアに笑いかけた。マイアは仲間が優しそうだったのでホッとした。

 ジョアナは続けて全員の名前を言った。門を開けてくれた背の高い男性がミゲルという名前なのは憶えた。あとはジョアン、ホセ・ルイス……。さすがに全ては憶えられない。でも、一つだけはっきりしたことがある。ライサ・モタという名の女性が紹介された中にいなかったこと。予想はしていたけれど……。マイアは唇を噛んだ。

 紹介が終わると、マティルダについて自分の部屋に行くことになった。

「よろしくね」
そう言って笑いかけてくるマティルダが明るくて人懐っこい性格のようでマイアは嬉しかった。マイア自身ははじめての人と打ち解けるのにとても時間がかかる方だった。新しい環境に立ち向かうのも苦手だった。学校を卒業してから勤めていたのは小さなソフトクリーム専門店で、そこをやめて新しい環境に行きたいと思ったことはなかったが、店が潰れてしまったので新しい職を探す他はなかった。召使いとして働くなどこれまで考えたことは一度もなかったが、この職に応募したのは二つの理由があった。

 一つは子供の頃の思い出だった。マイアはかつてこっそりこの屋敷の敷地に忍び込んだことがあった。好奇心からだったが、そこで忘れられない美しい夕景に出会った。それから一人の少年とも。十二年経ってもそのことが氣になっていた。

 もう一つは、もっと大きな理由だった。友人マリアの姉で、ここに勤めていたライサ・モタが家族と連絡を絶ってから一年近くが経っていた。ライサに何があったのかマリアは知りたくて自らこの仕事に応募したがチャンスはなかった。腕輪をしてなかったから。その話を聞いたときにマイアはこの仕事に応募することを決めたのだ。腕輪をしていることは、常にマイアの人生を邪魔してきた。そのことが事態を有利にしてくれたことなど、今まで一度もなかった。けれど今回は違う。給料もソフトクリーム屋の二倍以上だった。そして、マリアの代わりにライサのことを調べることもできる。マイアはこれからのことを考えて武者震いした。

 三階の一番奥にマティルダとマイアの部屋があった。下の階のような石の床ではなくて、茶色のタイルが敷き詰めてあり、壁も淡いクリーム色の落ち着く部屋だった。窓に面した通路をはさんで、白いカバーのかかったシングルのベッド、茶色い木製の戸棚、机と椅子が一つずつ対称的に置かれていた。
「こっちがあなたのコーナーね」
マティルダは窓に向かって左側のベッドを指して言うと、さっと窓のカーテンを開けた。

「わあ!」
思わずマイアは窓に駆け寄って外を見た。D河に面していたのだ。子供の頃に忍び込んで眺めていたのはこの光景だった。ずっと下の方にある河べりまでこの街の特徴である赤茶色の屋根がずっと続いている。夕陽の時間はもっと素晴らしい眺めになるに違いない。
「うふふ。絶景でしょ? 私たちの部屋の特権なのよ」
マティルダがウィンクした。

 身を乗り出していたマイアは建物の反対側、ずっと大きくせり出した翼を見た。マイアたちの窓と違って、そちらの窓にはいかめしい鉄格子がはまっている。泥棒よけかな? でも、ここ、こんなに高いのに。
「マティルダ、あっちの建物はなに?」

「ん? ああ、あっちはご主人様たちの居住区。あれは24のところかな、いや、こっち側だから23のところだわね」
「……23」

 妙な顔をしているマイアをマティルダはおかしそうに笑った。
「あはは、わからないわよね。正確にはインファンテ323と324。番号だから敬称はつけなくていいの。でも呼びかけるときはちゃんと『メウ・セニョール(ご主人様)』っていうのよ。今日は午餐のある日だから、その時にきっと紹介されるわ」

 召使いの制服である黒いワンピースとエプロンに着替え、マイアはマティルダに連れられて再び二階に行き、アマリアから仕事の指導を受けた。掃除、洗濯、調理の手伝いに給仕と、様々な仕事があったが、今日は主人たちへの紹介も含めて昼食の給仕を手伝うことになっていた。ひと通りの説明と皿を運ぶ簡単な訓練を受けた後、マイアはアマリアとミゲルに連れられて母屋の食堂に向かった。

 飾りも少なく質素だったバックヤードと比較して、母屋は豪華絢爛と言ってよかった。シャンデリアが煌めいていて、同じ石造りの壁もずっと明るく見えた。家具の類いは重厚で、足もとには臙脂の大きな絨毯が敷かれていた。

 階段の踊り場には大きな花瓶にマイアが名前も知らないカラフルで珍しい花が生けられていた。食堂はもっと大きくて華やかな装飾で満ちていた。マイアの背丈ほどもある花瓶や、引き出しがたくさんある珍しい戸棚、大きな花の絵や風景画、巨大な燭台。壁には系図とみられる金の字で年月日と名前がずらりと書かれた黒い板が掲げられていた。たくさんの物があったが、それが氣にならないほど広く天井も高かった。

 マイアたちは大きなテーブルに四人分の食器をセットしていった。準備が終わると執事のメネゼスが確認してからミゲルに目配せをした。ミゲルは主人たちにテーブルの準備ができたことを報せに出て行った。

 シャラシャラという衣擦れの音ともに、婦人が入ってきた。光沢のあるわずかに緑がかった紺の絹ドレスを身にまとい、茶色に近い金髪をシニヨンでまとめていた。亡くなったマイアの母親と同世代と思われる、灰色の瞳と優しい口元の印象的なとても美しい貴婦人だった。マイアはこの方が「奥様」であるドンナ・マヌエラなのだと嬉しくなった。

 彼女がメネゼスの引いた椅子に腰掛けると同時に、重い足取りで入ってきた者があった。マイアは息を飲んだ。その太った男は、紫がかった顔をしていた。ドンナ・マヌエラよりもずっと若そうだが、目の下に、目の幅と同じくらいの隈があり、その色は顔よりもさらに紫がかっていた。階段を上がってきたのか、ひどく激しい息づかいをしている。メネゼスが一番奥の椅子を引いて座らせた。それでマイアは、彼こそが当主のドン・アルフォンソだと知った。

 メネゼスは大きな鍵を二つアマリアに渡した。アマリアがかしこまってそれを受け取ると、マイアについてくるように目配せをし食堂をでた。広間と廊下を挟んだ反対がわにある大きな鉄格子が見えた。それはこの屋敷には全く不釣り合いで、まるで牢獄のように見えた。しかし、その鉄格子の奥は広間や食堂と同じように豪華な調度が置いてあった。アマリアはひとつの扉のように見える鉄格子の方に歩いていき、鍵を開けて扉をギイと開いた。それから、十メートルくらい離れた別の鉄格子の扉の方にも行って、もう一つの鍵で扉を開けた。マイアがよく見ると、その二つの鉄格子の間には厚い壁があり、お互いには行き来できないようになっていた。

「お食事の時間でございます」
アマリアが言ってしばらくすると、一つの鉄格子の向こうでは上の方から、もう一つは下の方から誰かが歩いてきた。上から来たのは背が高くて短い金髪を綺麗に撫で付けた美青年だった。下から上がってきたのは黒い巻き毛を後ろで縛り少し無精髭を生やした背の低い青年だった。二人はそれぞれの扉から出ると食堂の方に歩いていき、一人は北の席に、もう一人は南の席に座った。

 23……。紹介されるまでもなく、マイアにはどちらがインファンテ323と呼ばれている青年なのかがわかった。南の方に座った黒髪の青年がじっとみつめているマイアを不思議そうに見た。メネゼスの声がした。
「お食事の前に、新しく入りました召使いを紹介させていただきます。マイア・フェレイラです」
.28 2014 小説・Infante 323 黄金の枷 trackback0

ポルトといえばこの光景

Posted by 八少女 夕

「Infante 323とポルトの世界」カテゴリーの記事です。オリジナル小説「Infante 323 黄金の枷」にはモデルとなったポルトの街が時々登場しますが、フィクションの部分と現実との混同を避けるためにあくまでも「Pの街」として書いていきます。そういうわけで、本文中には挿入できなかったポルトの写真は、このカテゴリーでご覧に入れようと思います。

Oporto リベイラ

作品の冒頭で、ヒロインであるマイアが座っていたのが、このリベイラです。ポルト観光では基本中の基本、外国人が最初に思い浮かべるポルトの景色はこれですね。この歴史地区はユネスコ世界遺産にも登録されています。

写真は、ドウロ川にかかる鉄橋「ドン・ルイス一世橋」から撮ったものです。マイアは川と対岸のガイア(ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア)を眺めながら水彩色鉛筆を走らせています。地元民であるマイアが、こんなバリバリの観光ゾーンに来るというのもなんですが、やはり小説の最初に登場させるにふさわしい風景ということで選んでみました。

写真に映っている二艘の舟がポートワインを運んでいたラベロ。この川の写真をより一層魅力的にする立役者です。たぶん現実にはもうこの舟はそんなに輸送に必要ではないのでしょうが、観光には欠かせませんよね。

この舟に乗って、ドウロ川にかかる六つの橋をめぐり、ポートワインの試飲をするという一時間程度のオプショナルツアーもあります。現地でよく客引きしています。三回行って、まだ乗っていないのもなんですが……。



この記事を読んで「Infante 323 黄金の枷」が読みたくなった方は……

「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物
.28 2014 黄金の枷 とポルトの世界 trackback0

Infante 323 黄金の枷 あらすじと登場人物

Posted by 八少女 夕

この作品(2014年5月28日より連載を開始します)は、ポルトガルのポルトをモデルにした街のとある館を舞台に進む小説です。月間・Stella用に月に一度発表という形をとり連載します。

【あらすじ】
黄金の腕輪をはめた娘マイアは召使いとして「ドラガォンの館(Palácio do dragão)」に勤めることになる。

【登場人物】(年齢は第一話時点のもの)
◆マイア・フェレイラ(22歳)
 本作品のヒロイン。「ドラガォンの館」に新しく雇われた召使い。この館に勤める全ての女性と同じく黄金の腕輪をしている。

◆インファンテ323 [23] (26歳)
 本作品の主人公。「ドラガォンの館」に住んでいる青年。「ご主人様(meu senhor)」という呼びかけも含め、当主ドン・アルフォンソと全てにおいて同じ扱いを受けているが、常時鉄格子の向こうに閉じこめられている。靴職人でもある。

◆ドン・アルフォンソ(28歳)
 「ドラガォンの館」の当主。非常に太り、心臓が悪く、ほとんど動くことができない。

◆インファンテ324 [24](24歳)
 23と同じ境遇にある青年。金髪碧眼で背が高い美青年。

◆ドンナ・マヌエラ
 「ドラガォンの館」の女主人。ドン・アルフォンソらの母親。

◆ドンナ・アントニア(27歳)
 「ドラガォンの館」をよく訪ねてくる美貌の貴婦人。

◆アマリア・コスタ(34歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。面倒見がよく入ったばかりのマイアを氣遣う。

◆マティルダ・メンデス(25歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。すこしおせっかいだが、氣のいいマイアの同僚。

◆ミゲル・コエロ(28歳)
 「ドラガォンの館」の召使い。マティルダと仲がいい。背が高い青年。

◆アントニオ・メネゼス
 「ドラガォンの館」の執事で、全ての使用人を管理する。厳しく「ドラガォンの館」の掟に忠実。《監視人たち》の一族出身。

◆ジョアナ・ダ・シルヴァ
 「ドラガォンの館」の召使いの中で最年長であり、召使いの長でもある女性。厳しいが暖かい目で若い召使いたちをまとめる。

◆マリア・モタ(24歳)
 マイアの友人。連絡の取れなくなった姉の行方を探ってほしいとマイアに頼んだ。

◆ライサ・モタ(25歳)
 マリアの姉。「ドラガォンの館」に少なくとも一年ほど前まで召使いとして勤めていたが現在は館にはいない。

◇その他のドラガォンの館」の使用人たち
クリスティーナ・アルヴェス(29歳)
ジョアン・マルチェネイロ(24歳)
ホセ・ルイス・ペレイラ(27歳)
フィリペ・バプティスタ(31歳)
クラウディオ・ダ・ガマ(45歳) - 料理人
アンドレ・ブラス(36歳) - 料理人
マリオ・カヴァコ(38歳) - 運転手


【用語解説】
◆インファンテ(Infante)
 スペイン語やポルトガル語で国王の長子(Príncipe)以外の男子をさす言葉。日本語では「王子」または「親王」と訳される。この作品では「ドラガォンの館」に幽閉状態になっている(または、幽閉状態になっていた)男性のこと。

◆黄金の腕輪
 この作品に出てくる登場人物の多くが左手首に嵌めている腕輪。本人には外すことができない。男性の付けている腕輪には青い石が、女性のものには赤い石がついている。その石の数は持ち主によって違う。ドン・アルフォンソは五つ、23と24は四つ、マイアは一つ。腕輪を付けている人間は《星のある子供たち》(Os Portadores da Estrela)と総称される。ドラガォンの館に住むのは執事と運転手以外の全員が《星のある子供たち》である。

◆《監視人たち》(Os Observadores)
 Pの街で普通に暮らしているが、《星のある子供たち》を監視して報告いる人たち。中枢組織があり、《星のある子供たち》が起こした問題があれば解決し修正している。

◆モデルとなった場所について
 作品のモデルはポルトガルのポルトとその対岸のガイア、ドウロ河である。それぞれ作品上ではPの街、Gの街、D河というように表記されている。また「ドラガォン(Dragãon)」はポルトガル語で竜の意味だが、ポルト市の象徴である。現実のポルト市には「ドラガォンの館」も黄金の腕輪を付けられた一族も存在しないため、あえて頭文字で表記することにした。

この作品はフィクションです。実在の街(特にポルトならびにガイア)、実在の人物や歴史などとは関係ありません。

.27 2014 小説・Infante 323 黄金の枷 trackback0

サンドイッチ談義

Posted by 八少女 夕

最近お友だちにしていただいたcambrouseさんが「作中で登場人物が食べているサンドイッチの中身のことを考えている」という記事をお書きになっていられて、「ああ! 私も書いてる!」と思ったら、記事にしたくなってしまいました。

クラブハウスサンドイッチ

ちょうど現在執筆中の「Infante 323 黄金の枷」の中で、お昼ご飯を食べるシーンがありまして、そこに登場したのがこんなサンドイッチです。写真は、ポルトに行く度に入り浸っているカフェ・グアラニのもの。これはポルトガル料理でもなんでもなく、日本でも普通に食べられるクラブハウスサンドイッチです。作品中で合わせた飲み物は、ポートワインの白を極上のトニックウォーターで割って、レモンを浮かべたもの。すみません、自分の趣味全開です(笑)何を食べていても作品の大筋にはまったく関係ないんですが。

スイスにおける日常生活でも、サンドイッチはよく作ります。日本にいた時よりもずっと作る回数は多いです。理由その一。パンがいつもあるから。日本だと、とにかくあるのはご飯でパンは朝食用にしても必要以外の分量はないじゃないですか。で、サンドイッチは「作ろう!」と決意しないと作らない。で、お店に行くと作るよりも簡単においしいサンドイッチが買えるので、あまり作らなかったのですよ。

理由その二。スイスで買えるサンドイッチが高い。スーパーやキオスクに行けば、もちろん売っているのです。しかし、その値段がねぇ。コンビニのサンドイッチって今いくらなんでしょうか。私が日本にいた頃よりは高いかもしれませんが、しかし、二切れの三角サンドイッチが450〜700円ってことはありませんよね? その値段なら東京だと定食屋でたっぷり食べられますよ。そう思うと、軽くサンドイッチでも買うか、という氣にはならないのです。

で、自分で作ります。かつてバイトしていた所で、おいしいサンドイッチの作り方を習ったので、それをアレンジしてつくりますが、基本的にはサンドイッチパンを生では使いません。バゲットにしろ、四角いパンにしろ一度トーストします。バター、マヨネーズ、ディジョン・マスタードを塗り、メインとなる具(ハムやチーズ、ローストビーフまたは生ハム、もしくはハーブ入りスクランブルエッグといったもの)をはさみます。そして、何か緑、レタスやルッコラなど、キュウリのピクルスや薄いトマトは、出来るだけパンに触れない所にはさみます。

そう、私のサンドイッチづくりは、けっこう氣合が入っています。これはパトリス・ジュリアン著「フレンチスタイルのサンドイッチ」に思いっきり感化されたからです。ここで彼はファーストフードとしてのサンドイッチと、彼の馴染んできたフランス式サンドイッチのカスクルートを比較して「カスクルートはファーストフードではない。シンプルでありながらも創造性を刺激する夢の食べもの」と紹介しているのですよ。

私の作りたいサンドイッチはこのカスクルートの延長線上にあって、だからパリパリのパン、ちょっとリッチな具、厳選されたバターやマスタードなどにこだわるのです。自分で食べても幸せですが、連れ合いが「これはおいしい」と太鼓判を押す時は、かなり幸せ度がアップします。

あ、もっとも今のマイブームは、バターと自分でつくったイチゴジャムだけをはさんだ、超シンプルサンドイッチ。


.26 2014 美味しい話 trackback0

「創作裏話バトン」

Posted by 八少女 夕

TOM-Fさんが「小説家になろう」のお友だちからうけとっていらしたバトンをさらに受け取ってみました。
これは、作品を思いついた当初と、実際執筆された際に変化や変更のあった内容をまとめるものだそうで。単体の作品だけでも、複数の作品を組み合わせてもいいらしいです。一つの作品ではあまり変更はしないので、ごった煮にしました。たぶん常連さんはもうみんな知っていることばかりじゃないかなあ。

この回答には若干のネタバレも含まれています。大したネタバレではないですが。作品へのリンクは、今回ははしょります。



「創作裏話バトン」


1.キャラクターの名称

「夜のサーカス」に出てくる雄ライオン、ヴァロローゾは最初はアフロンタでした。(どちらも「勇猛」って意味です)それだとメスに聞こえるかなと思って、変更。ま、どうでもいいですね。


2.キャラクターの性格

「大道芸人たち」の蝶子の元になったキャラは、あんなにズケズケしていなかったな。その分、決断もいまいちで、一度は教授の元に戻って、男(稔とレネの合の子みたいなキャラ、なんだそりゃ)がドイツまで追いかけてくるって話でした。面白くないのでボツりました。


3.キャラクター以外の名称

変更はしたことないな。裏話ということでは、「樋水龍神縁起」に出てくる島根県奥出雲にあることになっている架空の村「樋水村」ならびに樋水龍王神社のご神体でもある樋水(川)は、二つの大事な理由で名付けています。一つはモデルとなった川、島根県の奥出雲に実際に流れていて八岐大蛇とはこれのことではないかと言われている斐伊川の古名、肥河を意識しました。それから重要なモチーフとなっている翡翠(勾玉)と音を合わせました。


4.設定

「大道芸人たち Artistas callejeros」のヒロイン蝶子はヴァイオリニストで、エッシェンドルフ教授もヴァイオリニストでした。そっちの妄想と重なるために、ヴァイオリニストだった園城真耶をわざわざヴィオリストに変えたら、「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」での神業シーンが無茶になってしまった。蝶子がフルート奏者なら真耶はヴァイオリニストのままでもよかったのかも。蝶子をフルート奏者に変えたのはコルシカフェリーのシーンを書きたかったから。ヴァイオリンを水に濡らすのはまずいと思ったんです。でも、その時は三味線の方がもっと水に弱いことを知らなかった。orz


5.背景

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」は、作者である私が高校生ぐらいだった当初の案だと三話くらいで終わるしょうもないストーリーでした。今でも大枠は変わっていないのですが、そのしょーもないストーリーを「ああ、だからこうなるのね」と納得させるため、そして「この話をこんな年齢のヤツが書くのはナイーヴすぎてちょっとイタイ」と自らのツッコミに耐えうるものにするために、中世ヨーロッパのことを調べまくり、かなりつらいことや悲しいことをてんこもりにしています。単純なノーテンキ恋愛ストーリーから、人間や政治などをも含めた話にするために背景をやたらと膨らませました。


6.人称

一人称は、いつも考え抜いてからつけるので変更はあまりないですね。女だとあまりバリエーションないですが、それでも「私」と「あたし」のどっちにするか考えます。たいてい「私」だけど。男は「僕」にするか「俺」にするかすごく大事です。ヴィルや稔は「俺」でレネやマックス(この人だけ「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」、後の三人は「大道芸人たち Artistas callejeros」のキャラです)は「僕」。

小説の本文としての人称の問題は……。ええ、わかってます。いつもごちゃごちゃにしてすみません。地の文を三人称で書いていたはずが突然一人称になるのは、よくないと知りつつ、わざとやっています。たぶん、怒られてもやめないと思います。


7.ボツったキャラ

「森の詩 Cantum Silvae」シリーズの第一部と第三部をまるごとお蔵入りにしたので、そっちに出てきていたキャラは全滅です。でも、面白そうなのはジュリアだけだったから、あまり未練はなし。


8.ボツったストーリー

「樋水龍神縁起」のラスト。最初の案では、二人は氣がついたら京都の笠宮神社のかくし幣殿にいたという救済案を用意していました。でも、それだと緻密に作った世界観と合わないので、最後に泣く泣く変更。

あ、ストーリーが馬鹿馬鹿しすぎて発表できないどうしようもない未完の長編というのもあります。そのうちの一つに「ヴァルキュリアの恋人たち」で使った戸田雪彦という俳優が出てきます。そして、この作品には早瀬燁子というヒロインがいたのですが、ストーリーをボツったので、名前だけ「彼岸の月影」という作品のヒロインに流用しました。よく考えたら、この作品はメインキャラが四人(というか四人半)で「大道芸人たち」の四人組に近いキャラたちが出てきていました。燁子は蝶子ポジションで、雪彦はヴィルポジションでした。そして、稔そっくりのキャラもいたな。



9.バトンご指名

自作について語りたくてしかたない、そこのあなた。さあ、やってみよう!

.23 2014 もの書きブログテーマ trackback0

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(6)旅籠の娘

Posted by 八少女 夕

マックスはグランドロン領からルーヴランに入りました。マックスはディミトリオスの弟子だけあって、いくつもの言葉を流暢に操ることが出来ます。旅をする上でこれはとても重要です。言葉はその世界への扉を開く鍵です。そして、彼はまた一つの人生をかいま見ることになります。今回も前後編に分けるはずでしたが、来週は新作発表で次は二週間後になるので、一度に発表することにしました。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(6)旅籠の娘


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 たったひとつ川を超えただけというのに、どうしてこのように変わるのだろう。マックスは久しぶりにルーヴランに足を踏み入れてつくづくと感じいった。旅籠にはたくさんの男たちと娘たちが集っていた。彼らは衣食が足りて有り余っているようには見えなかった。男たちの上着はすり切れていて、色あせていた。女たちのショールも荒いウールの平織りであった。しかし、彼らは愉快で、わずかな酒や料理を実に楽しんでいた。卑猥な冗談が飛び交い、女たちは明るくそれを笑い飛ばしていた。

 グランドロンでは滅多に見られない光景だ。あそこでは、まず女たちは料理屋に足を踏み入れたりはしない。きちんと家庭を保つ事、厳格ですました態度こそが好ましい女の姿だった。男たちも、黙ってカードゲームに興じるか、厳しい顔で収穫の事や疫病の事などを低い声で論じるのがぴったりした。

 彼はいくつもの言葉を自由に扱う事が出来た。言葉を切り替えると、自分の性質までもが少し変わるように思える事がある。ルーヴランの言葉は柔らかく韻律に富んでいる。詩や愛のささやきが似合う。グランドロンの言葉は硬くはっきりとしている。そう、法律や論理を論じるのに適している。人々の態度も、その言葉に支配されているようだ。陽氣で感覚を優先するルーヴラン人と勤勉でまじめなグランドロン人。もちろん、個人差はある。だが、一般的な両国の国民性にはこのようなイメージがついてまわっている。彼は、明らかに典型的なグランドロン人ではなかった。それだけに、この軽やかなルーヴランの人々の様子は好ましく思えた。

 角の席に座っていた若い娘が、体を斜めにねじって、マックスの方を物欲しそうに眺めた。例えば大司教領など、教会の力の大きい所では、女がこのような公の場であからさまに誘ってくる事はない。亭主が長いこと不在で身を持て余している女ならまだしも、あきらかに未婚と思われる服装の娘が酒の出る場に出入りしているだけでなく、見ず知らずの男に誘いをかけてくる。いったいどういう事なのだろう。もしかして、服装は生娘のようだが、体を売って生計を立てている女なのではないだろうかと思った。

「親爺、こちらにもう一杯ワインと、それから水をまわしてくれないか」
彼はルーヴランの言葉で頼んだ。それを聞いて、周りの男たちが明らかに意識して彼に注目した。

「旅のお方よ。あんたは、どこから来たのかね」
斜め前に座っていた相席の男が口を開いた。
「サレアの向こうからだが、なぜかね」
「あんたが宿の主人に話しかけたからさ。あんたはあの娘に注文しなくてはいけない。見なかったかね。あの娘がさっきからあんたにしなを作っているのを」
 
 マックスは意味が分からなかったので、首を傾げて返事をしなかった。それで男は声を顰めて付け加えた。
「いいかい、ここでは客が今夜一緒に寝る女を決めるんじゃない。女の方が客を指定するんだ。そのかわり娘に選ばれた客の世話はすべて娘自身がするんだよ」
「そんな事を言われても、こっちにそのつもりがない時だってあるだろう。ものすごく醜い娘に選ばれたらどうするんだい?」

 男は肩をすくめた。
「寝るか、野宿するか、選択肢は二つしかないんだよ。もう夜も遅いし」

 そんな話をしているうちに、件の娘がワインの入った水差しと木のコップに入った水を持ってマックスの前に座ると、ちらっと相席の男を眺めた。男は笑うと、自分の盃を持って娘の座っていたテーブルへと遷っていった。男たちがどっと笑うと、再び何もなかったかのように、それぞれの食事やゲームや討論に戻った。

「マリエラよ。こんばんは」
「僕はマックスだ。ずいぶんと変わった風習の街なんだね」
マリエラと名乗った娘は、クスッと笑った。絶世の美女というのではないが、ご免こうむるというほどの容貌でもなかった。ほんの少し目の形が小さくてアンバランスだが、笑う時に出るえくぼは魅力的と言えなくもなかった。わざとやっているのだろうが、少しだらしなく広げた襟元から胸の谷間が見えている。だが宮廷で見る娘たちと違って肌はかさつき、鎖骨が痛々しかった。

「この一帯で、私たちが働けるのはこの街だけなの。そして、私たちは専門的に旅人を接待することになっているのよ。あんたが今夜の最後の旅人。さっき宿代を先払いをしちゃったでしょ。あの親爺は一度受け取った金は死んでも返さないから、私と一緒に暖かい布団で眠っても、外で凍えても、あんたは同じ値段をこの旅籠に払う事になるってわけ」
「そして、君が夜中に僕の荷物をごっそりあさって朝までに消えてしまうって算段かい?」
「馬鹿なことを言わないで。私たちの仕事は信用第一なの。あんたが次の行き先で身ぐるみ剥がされたなんて言ったら、この街を通る旅人がいなくなってしまうじゃない。ねえ。私、努力家なのよ。いい思いをさせてあげるわ」

 旅の途中に何度も商売女と夜を過ごしたから、押し掛けでなければこの話に抵抗はなかった。彼は肩をすくめると、彼女に盃を差し出した。ワインが注がれ、自分の盃にも勝手に注いだ娘と一緒に乾杯をした。

 マリエラは五つ先の村の出身だと言った。ごく普通の農村で生まれたが、飢饉の時に村に食べるものがなくなり街に働きにいくように家族に言われたと話した。
「働くと言っても、つてもなにもない私は奉公にも出られない。兄さんたちのように職人の見習いにもなれない。女給つまりこの仕事をするしかなかったってわけ」
「もっと別の仕事がしいたんじゃないのか。たとえば、他の街に行けば、少なくともただの女給としての仕事があるんじゃないのか」

 マリエラは首を振った。
「おおっぴらにやるか、こっそりやるかの違いだけよ。あのね。私たち女給にはこれといった賃金がないの。旅籠の持ち主と結婚するのではなければ、こうやって生活費を稼ぐほかはないのよ。私はそんなに嫌じゃないわ。だって、少なくとも自分がどうしても嫌な客とはしなくてもいいんですもの」

 なるほど。では、少なくともこの娘の一晩の客としては合格したってわけだ。話がつくと、マリエラは安心して立ち、厨房からマックスと自分の料理を運んできた。他の客たちの料理は少し遅れて旅籠の女将と親爺が運んできたが、明らかにマックスたちのほうが量も多く、肉も大きい部位が選ばれていた。

 水っぽいスープにはいろいろな野菜がくたくたに煮こまれていた。肉もあまり若くはない雌牛をつぶしたためか非常に長い時間をかけ煮込んで柔らかくしてあった。腹を膨らませるために穀物の粉を臼で挽いて作った粥がでる。それからざらざらしたパンだ。

 グランドロン王家が全幅の信頼を寄せる賢者ディミトリオスのもとで育ったマックスは、旅に出るまでこのような食事をした事はなかった。ディミトリオスの家では主人の他に何人もの弟子たちがテーブルクロスのかかった長いテーブルに行儀よく座り、きれいに用意された食器に召使いたちが順にスープを注いでいった。同じスープでも丁寧に裏ごしした人参が色鮮やかで滑らかなポタージュや、青エンドウがきれいに浮かぶコンソメなどだった。肉も子牛のステーキや、丁寧に作られた腸詰めなど決して安くなく手間のかかったおいしい料理が出た。彼がディミトリオスの屋敷に引き取られた時は弟子としてではなくただの使用人としてだったのだが、それでもこの旅籠で出る料理よりはいい物を食べていた。

 ディミトリオスに引き取られた当初は、家に帰り両親や兄弟たちと暮らしたいと思った。主人は厳しく仕事も楽ではなかったから。けれど、次第に提供される生活のレベルに慣れてしまい、常に空腹に悩まされる鍛冶屋の次男の生活には戻りたくないと思うようになった。貧富の差は大きかった。社会の壁も厚かった。偶然老師の家に引き取られ、しかも、下僕から弟子と身分が変わったことも幸運だった。わずかな知識は剣や生まれには打ち勝てない。だが、ディミトリオスほどの賢者と彼にあらゆる知識を習った弟子たちの持つ学問は、それだけで先祖伝来の財宝や何万もの軍馬を連れた戦隊よりも価値があった。王家に出入りし一定期間学問と礼儀作法を子女に教えると、その倍以上の時間を自由氣ままに旅をするに十分な報酬を手にする事ができた。それは鍛冶屋の父が一生かかっても目にする事のできなかったであろう大金だった。

 マリエラにとっては客の相伴で食べる、他の人たちよりはほんの少し大きい肉が最大の贅沢だった。彼女がそうすることでしか食べていく事ができないと言うならば、彼の実はとても重い財布からほんの少しの金を使うことにはためらいはなかった。

 マックスは、夜が更ける前にマリエラを連れて部屋に向かった。部屋は質素で寝台は狭く、この女の寝相が悪かったら自分は床の上で朝を迎えるのだろうと思った。上着を取り靴紐を解いてそれから一つしかない椅子に座った。マリエラはどっかりと寝台に腰掛けていたので。彼女は窓によりかかり遠くに見える山の方を眺めていた。

「君の故郷かい?」
その問いに、彼女は黙って頷いた。
「時おり帰って、家族に会う事もあるのかい?」
彼が重ねて問いかけると、マリエラははっとしたように彼の方を振り返った。それから視線を落として首を振った。
「私は死んでいるのよ」

 意味を図りかねた。それを察してマリエラは少し笑った。
「私は自由人じゃないの。あの家から出るには、花嫁行列か葬列しかないの。でも、初夜権を誰も買ってくれなかったから……」
農村の多くの民はそうだった。移動の自由はなく、職業を変えるのも土地を出て行くのも領主の許可がいた。領地に属する娘と初夜を過ごす権利も領主にあった。もちろんすべての結婚する村娘と本当に寝るほど酔狂な領主は多くなく、たいていは花婿がこの権利を買い取る一種の結婚税であった。だが口減らしをするような貧しい農村では嫁を迎え初夜権の支払いをしてくれるような青年はなかなか見つからなかった。だからマリエラは領主にとって死んだ事にしてしまわねばならず、二度と故郷に帰る事はできないのだった。

 彼は今宵はこの娘にできるだけ優しくしてやろうと思った。
.21 2014 小説・貴婦人の十字架 trackback0

何も予定のなかった日々

Posted by 八少女 夕

「アフリカの話」カテゴリーをずっと放置していましたね。久しぶりに戻ってきました。あのアフリカ旅行は、多くの意味で私の人生のターニングポイントになったのですが、その一つが「ただ心と体を休める滞在」という体験でした。

ハイビスカス

それまでの私は、いわゆる休暇というものの意味をわかっていませんでした。休暇というのは休むためのものです。でも、たとえば「十日も休みがあるのだから旅行に行かないと」「海外に行ったんだから観光しないと」という具合に予定を入れてしまっていたのです。さらにいうと「せっかくの機会に何もしないのは怠惰だ」という強迫観念にさらされていたのかもしれません。

ムパタ塾を終えて、一人旅でアフリカを周ることにした時も、せっかくアフリカにいるのだから何かをしたいと思っていました。でも、もちろん自分で行き当たりばったりで周るほどには無謀でなければ、それが出来るほどの知識があるわけでもなかったので、いくつかの希望を言って現地の旅行会社の方(日本人)にアレンジしていただいたのです。ジンバブエやザンジバル島にも行きましたが、それ以外にケニアでしばらく過ごしました。日本人のお宅にお邪魔して滞在させていただいたりもしたのですが、リゾート・ホテルに泊ったりもしました。

わざわざアフリカに来てリゾートホテルと思うかもしれませんね。私も思いました。でも、ナイロビは安宿に泊れるような治安ではなかったですし、泊ったとしてもやはり危険で現地の人なしには外には出られないのですよ。で、たまにはいいかとウィンザーホテルというリゾートホテルに泊まる事にしました。ここはゴルフリゾートなんですが、私は一人だしゴルフもしないので、はっきりいって何もやることがないのです。

ムパタ塾でお世話になった方が「これ、面白いからヒマなとき用に」と貸してくれたのが、先日ご紹介したクィネルの「燃える男」をはじめとするクリーシィシリーズでした。で、私は庭を散歩するか、この本を読むか、レストランに食事に行くか、そうでなければお風呂に入るという二泊三日を過ごしたのです。ずっとシャワーしかなかったので、バスタブは嬉しかったので、九回も入りました。

今のようにスマホやタブレットなんかありませんでした。ブログもやっていませんでした。家族との連絡はこちらが一方的に送りつけるハガキだけなので、リアルタイムでは誰ともコンタクトできません。もっというとコンタクトしなくてはならないプレッシャーもなかったのです。

そのときに、これまで自分がどれだけ必要のない「予定」というものに追い回されていたのかわかったのです。好きなだけ眠っていい、好きなだけお風呂に入っていい、誰とも連絡が取れないし、取らなくてはいけないと心を砕くこともない。たった三日でしたがそのリフレッシュ効果は考えてもいなかったものでした。

やがてスイスに来るか、日本で暮らすかという決断をする時に、私は便利で「やることの選択には困らない」東京よりも、平和で何もないスイスの田舎生活を選択しました。

現在の私の生活は、それまでと同じように、仕事をして、家事をして、それから余った時間で創作をしてという、かなり詰まったスケジュールです。健康に恵まれ、チャンスもずいぶんたくさん与えてもらったおかげで、「やることがない」状態や「やりたくても何も出来ない」状態になったことはほとんどなく、普段はやるべきことで埋まっています。だからこそ、週末や休暇の過ごし方だけは必要以上に追われずにのんびりできることを優先するようになりました。

土日ごとに何をしようかと考えることはありません。新刊情報や新製品、話題のドラマもここにはありません。代わり映えのしない田舎ですが、私には必要でない予定には追われない生活のほうが幸せに思えるのです。それを氣づかせてくれたのは、いま思えばあの何も予定のないホテル滞在でした。あの体験が、私の世界を変えるきっかけとなったのかもしれないなと思うのです。
.20 2014 アフリカの話 trackback0

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(5)城と城塞の話 -2-

Posted by 八少女 夕

「城と城塞の話」の後編です。やっぱりマックスのようにフラフラしていた方が、お話らしいことが起こりますね。こっちは何も起こらないや。ラウラの話は、もうちょっと後で動きます。今回も説明ばかりになります。あ、侍女たちがお喋りしています。女の噂好きはいつの世も、そして、どこでも一緒。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(5)城と城塞の話 -2-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 そのエクトール二世のもとに、二年ほど前に自ら売り込みにきたのが、ドール大司教の腹心であったイグナーツ・ザッカであった。ザッカはもともとルーヴラン人ではなく、隣国センヴリの出身であったが、聖職者となってドールに遷り、その非凡な頭脳と政治力で瞬く間に大司教の目に留まった異例の経歴の持ち主であった。

 ルーヴランの宮廷に来てからは、宰相ギュスターヴ・ヴァンクールのもとで補佐をしていたのだが健康きわまりなかった宰相の突然の死に伴い、半年前に宰相の座に登り詰めたのだった。聖職者の面影を残すのは、常に着用する黒いベルベットの衣装だけで、その冷徹な振舞いから《氷の宰相》と陰で呼ばれるようになっていた。

「ド・ヴァランス夫人が宮廷奥総取締役を退かれた経緯を知っている?」
ラウラ付きの侍女リーザは噂話が好きだ。ゴシップを話しているとラウラに嗜められるので、彼女が部屋にいない時にはここぞとばかりにまくしたてる。

「ヴァンクール様ととても親しかったからでしょう。その、つまり、単なる友情以上にってことだけれど」
「やっぱりそうなの? でも、あの方にも夫君がいるんでしょう」
「ご主人は田舎貴族で、影が薄いの。夫人がヴァンクール様のお引き立てで宮廷奥総取締役に就任してからやっと国王陛下にお目通りが叶ったって体たらくだったもの」
「ヴァンクール様が亡くなられて夫人の形勢が悪くなった後も、離縁する事もできないみたい」

「ド・ヴァランス夫人が退かれて、姫様はご機嫌が悪いのよね」
アニーがそっとつぶやいた。侍女たちは目を合わせて頷く。世襲王女には、宝石やダンスの他にもっと大切な事がたくさんある。十六になってから、姫は領地と年貢の管理や、直轄領における裁判、それに宗教行事など国王の仕事のほとんどに同席する事を求められた。彼女が好んだのは東方や南方からの珍しい品々を運んでくる上納品の確認だけで、あとの多くについては、ありとあらゆる理由をつけて避けようとした。宮廷奥総取締役であったド・ヴァランス夫人は自分の立場を強固にするためには誰を味方に付ければいいかよく知っていたので、姫の都合のいい口実を次から次へと生み出しては表方に奏上した。夫人と「非常に親しい」宰相がこれに反対するはずもなく、姫君は好き勝手を通す事ができていたのだった。

 ところが、《氷の宰相》が夫人を上手に厄介払いしてからは、勝手が違ってきた。新たに奥総取締役に任命されたのはアールヴァイル伯爵家の遠縁にあたるベルモント夫人だった。厳格な性格の上、娘のわがままに手を焼いていた王妃と親しい事もあり、姫の自由はかなり制限される事となった。さらに、公の場で《氷の宰相》が、姫の無知をさらさないように骨を折る事がなく、何度か恥ずかしい目に遭わされていたので、王女はザッカを毛嫌いしていた。

 それゆえ、どうしても自分が出向かなくてはならない場合を除き、姫は宰相に会う用事をことごとくラウラに押し付け、さらに政が行われている場にも同席し攻撃の矢面に立たせようとした。それで本来は政治や軍事に関わる必要のないラウラが宮廷の表によく顔を出す事になっていた。

「国王陛下はザッカ様をずいぶん信頼なさっているのよね。どんどん改革を進めていらっしゃるけれど……」
リーザは声を潜める。
「それに何の問題が?」
「財政の緊縮、いよいよ私たちの所でも始まるみたい。まあ、姫様のお買い物が主なターゲットだと思うけれど」

「ラウラ様のお手当は減らされないわよ。だって、もともと必要最小限の物以外はほとんどお買いにならないんですもの」
「そうかしら。里下がりの時の特別手当を削られたら嫌だなあ」

 侍女たちは三ヶ月に一回一週間ずつ里下がりが許されている。明日はリーザとアニーの番だった。アニーはちらっと冷たい眼でリーザを見た。
「いただいているお手当の他に、毎回このお部屋からお菓子を根こそぎ持っていっている人がよくいうわよ」
「あら。ラウラ様が召し上がらないんだもの。悪くなるよりいいでしょ」
「あのね。里下がりする子は他にもいるんだから、ちょっとは考えなさいよ」

 そう言いあっているうちに、扉が開いてラウラが戻ってきた。
「何の騒ぎ?」
「い、いえ、なんでも」
アニーもリーザも顔を赤くしてうつむいた。他の侍女たちはくすくす笑っている。

 ラウラは高杯の上に山盛りになっている果物を見て言った。
「これも二人で分けなさい。お家の方によろしくね」
それから、手にしていた本を広げて窓辺に座った。

 アニーはそのラウラの横顔を見て、急に申し訳なくなった。両親のもとではなくて叔母の家とはいえ、少なくともアニーには帰る家がある。でも、ラウラはどこにも帰れないのだ。表向きはバギュ・グリ侯爵家が彼女の実家だが、誰も彼女が戻ってくる事を望んでいなかった。彼女は他の女官たちのように里下がりをする事がなく常にこの城の中にいた。城壁の外に出られるのは、彼女がこの城から出て行く時だけなのだろうと思うととても切ない氣持になった。

「来週の日曜日、そんなに遅くならずに戻って参ります」
アニーが少し思い詰めた様子で言うと、ラウラは本から眼を上げて不思議そうにアニーを見た。
.17 2014 小説・貴婦人の十字架 trackback0

「ロケ地や舞台になった場所に行ったことある?」

Posted by 八少女 夕

本日は久しぶりにトラックバックテーマ。「ロケ地や舞台になった場所に行ったことある?」です。

いろいろありますが、そして、近くにもありますが、いまさら「ハイジの里」なんて書いてもしょうがないんで。

《谷間の鷲》

この写真は、マルタ共和国のゴゾ島にある「グレンイーグルス」という酒場です。私の大好きなハードボイルド、A.J.クィネル著「燃える男」をはじめとするクリーシィシリーズで主人公がよく行っていたということになっています。

マルタに旅行に行く時に、わざわざゴゾ島にもいくことにしたのは、このシリーズで出てきたからですが、実はそのときこの本は私の手元にありませんでした。このシリーズ、アフリカに行った時に、知り合いに借りて一回読んだだけだったのですよ。で、当然店主のトニーの名前は憶えていても酒場の名前なんて憶えていませんでしたし、まさか実在するバーだとは知らなかったのです。

「ここがゴゾかあ。クリーシーが通っていたのも、こういうバーだったのかな」なんて思いながらヘラヘラと写真を撮り、スイスに戻ってきてから調べたら、なんとそのバーが小説に出てくるバーそのものでした。もう亡くなられましたが、著者はこの島に住んでいて常連だったそうです。

マルタから帰って来てから、どうしてもまたクリーシィシリーズが読みたくなり、(もう絶版だったので)中古で購入してスイスに送ってもらいました。自分では絶対に書けないハードボイルド(傭兵ものだし)、純粋に読者として楽しんでいます。

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の西内です今日のテーマは「ロケ地や舞台になった場所に行ったことある?」です。今年は増税も影響しているのか、GWのお出かけ場所は、安くて近い場所が人気のようですね〜テレビでGWお出かけ特集を見ていたのですが、一番そそられたのがドラマのロケ地やアニメの舞台になっている場所の観光ですとってもミーハーなので、あのドラマのあのシーンだ!あの芸能人がここにいたのか〜な...
FC2 トラックバックテーマ:「ロケ地や舞台になった場所に行ったことある?」

.16 2014 トラックバックテーマ trackback0

【小説】冷たいソフィー

Posted by 八少女 夕

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の野菜」の五月分です。五月のテーマは「アスパラガス」です。そして、ちょうどこの時期におこる寒冷前線の到来。嘘みたいですが、今年もそこの山に雪が……。そして、15日の「冷たいソフィー」の予報は雪……。五月半ばになるまで、油断はできません。

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冷たいソフィー

 また失敗した。霜の降りてしまった植木鉢を眺めながらファビアンは思った。四月の末まで夏が始まったかのように暖かかったので完全に油断した。ローズマリー、キョウチクトウ、ヤシ。まさか五月に入ってから氷点下になるなんて。

 この地域では、植木を外に出すのは「氷の聖人たちが過ぎ去ってから」という。「氷の聖人たち」とは、5月11日の聖マルメルトゥスから5月15日の聖ソフィーの日までのことを指している。統計的にこの時期に寒さがぶり返すことが多いために慣用句となったのだろう。「氷の聖人たち」と言う代わりに「冷たいソフィー」と言ういい方もする。

「だから言ったでしょう」
ファビアンが顔を上げると、そこに彼女がいた。彼の顔は真っ赤になった。四月の末に彼が植木を庭に引っ張りだしている時に、隣に住むこの女が「まだ早すぎるわ」と言ったことを彼は忘れていなかった。今朝もニコリともしなかった。青い瞳は海王星のように冷たいに違いない。

「おはよう、ソフィー」
「おはよう、ファビアン。霜の降りたローズマリー」
「わかっているよ!」

 ファビアンがソフィーにいい所を見せようと思うと必ず裏目に出る。そもそも、ここに引越してきたことが失敗のもとだった。彼の男らしさ、有能さに彼女が氣がつくどころか、引越す前よりも印象を悪くしている可能性が高い。ファビアンの魅力に心がとろけて笑顔になるはずが、逢う度に冷ややかな態度になってきているようだ。けれどその冷たさは彼女の美しさをますます際立たせた。

「ねえ、ソフィー。今夜の予定は?」
「特にないけれど、それがあなたに関係あるのかしら」
ファビアンに誘ってほしいとの期待は全く感じられない調子だが、そこで負けては引越してきた意味がない。

「たくさんのアスパラガスを入手したんだ。ごちそうしようと思って」
「緑、それとも白?」
「白」
「悪くないわね。何時?」

 ファビアンは心の中でガッツポーズをした。
「七時はどう?」
「わかったわ。今日の仕事はそんなに遅くならないはずだから」

 アスパラガスが店に出回るようになるのは毎年早くなっていた。もともは初夏にしか食べられない食材のはずだが、四月にはスペイン産やトルコ産のものが主流だし、それより前だとメキシコから送られてくるのだ。五月に入ってようやくドイツ産のものも見かけるようになった。
 
 けれどファビアンが待っていたのはスイス産アスパラガスだった。畝にした土の中で太陽の光を当てないようにして育てたホワイトアスパラガスは旬の味として珍重される。その分大量消費される食材の宿命で、味も安全性も玉石混合となる。ファビアンが高価なスイス産のものしか買わないのは、外国ではスイスでは安全性のために禁止されているような化学肥料や除草剤が使われていることもあるからだった。

 一本の直径が2.5センチメートルほどで長さも20センチほどあるアスパラガス。購入の単位は一キロ束だ。ピーラーで皮を剥き、根元を切り落としてから、深鍋に入れて一時間ほど茹でる。その茹で汁は後日スープにする。すっかり柔らかくなった熱々のアスパラガスと新ジャガにオランデーゼソースをかけて食べるのだ。

「よし、いい香りがしてきたぞ」
アスパラガスのゆで上がりまであと15分という所だろう。ジャガイモもしっかりと蒸し上がった。ファビアンは、冷蔵庫で冷やしておいたシャンパンをクラッシュアイスの入ったワインクーラーに移し替えた。クリーム色のテーブルクロスをキッチンの小さな木のテーブルに掛け、二人分の皿とカトラリーをセットした。燭台に白いロウソクを立てて火をつけた。低く生けた薔薇とガーベラ。これは食事の前にどけないと、ソースを置く場所がなくなるなと思った。

 テトラパックのオランデーズソースを戸棚から取り出した。それをソースパンに入れて火に掛けた。途端に、呼び鈴が聞こえた。彼女だ! ファビアンは走って玄関に向かった。

「ハーイ。ご招待ありがとう」
扉の前に立っていたソフィーは、いつものパンツ姿ではなくてクリーム色のワンピースを着ていた。そして、輝くようなあの美しい金髪をポニーテールにし、うっすらとローズの口紅を差していた。ソフィーにしてみたらごく普通の外出着だったのだが、ファビアンには女神が降臨したかのようだった。

「ようこそ。ああ、なんて綺麗なんだ」
大仰に誉め称える彼に対し、彼女はいつも通り冷たかった。手みやげのよく冷えた白ワインを手渡しながら簡素に答えた。
「ありがとう。でも、大袈裟よ」
それから眉をひそめた。
「何かが焦げているみたいだけれど……」

 ファビアンはギョッとしてキッチンに走った。ソースパンのオランデーズソースが沸騰して外に吹きこぼれてしまっていた。
「うわ!」
 慌てて火からおろした。その時にソースが跳ねて彼の指を直撃した。
「あちっ!」

 揺らしたために残り少ないソースがまたこぼれた。鍋底は完全に焦げてしまい、ソースはほぼ全滅だった。

「まあ」
ソフィーは後ろからやってきて、惨状を目の当たりにした。

「車で、ちょっとソースを買いにいってくる」
「どこに? スーパーはもうとっくに閉まっているわよ」
「ガソリンスタンド」
「オランデーズソースなんてあるかしら」

 ソフィーの冷静な意見ときたら、いちいち的を得ている。ファビアンは泣きたくなった。オランデーズソースなしに、どうやってアスパラガスを食べろって言うんだ。まさかマヨネーズでってわけには、いかないよね。

「ねえ、オランデーズソースくらい自分で作ればいいじゃない」
「え?」

 ソフィーはファビアンのしているエプロンをさっと取り上げて自分に掛けた。それから眉一つ動かさずに言った。
「卵一つ。白ワイン、バター、レモン汁かお酢、それに牛乳を少々」

 彼は慌てて冷蔵庫に走り、言われたものを用意した。

 彼女は小さい鍋にバターを入れて溶かした。それを小さいボールに遷すと、同じ鍋に溶き卵とワインと牛乳をよく混ぜ合わせて入れてから、泡立て器で手早くかき混ぜたまま、ごく小さな火に掛けた。

 ファビアンが見とれていると彼女はぴしゃりと言った。
「ボーっとしている暇があったら、その焦げてしまった鍋を水につけておきなさいよ」

 彼は言われたままに鍋をシンクに置いて水につけ、それから汚れた床をとりあえず綺麗にした。その間にソフィーはとろみのついてきたソースに溶かしバターを混ぜて、最後にレモン汁と塩こしょうで味を整えた。
「ほら、もうできた」

「そんなに簡単にできるソースだったんだ」
彼は目を白黒させた。ソフィーはソースを用意された器に注ぎ込むとスプーンを添えてテーブルへと運んだ。そしてエプロンをとってファビアンに渡した。

 怒って帰ってしまってもおかしくない事態だったのに、彼女はむしろフォローしてくれた。それがファビアンには嬉しかった。ソフィーは外からは冷たく見えても、本当は優しい素敵な女性なんだ。

「さあ、早く食べましょうよ。お腹ペコペコだわ」

 シャンパンを抜き、二つのフルートグラスを満たす。グラスには美しい彼の女神の姿が映っている。ファビアンは小さい声で「乾杯」と言った。

 ソフィーは微笑みながら「乾杯。そしてありがとう」と言った。ホワイトアスパラガスの茹で具合は完璧だった。ジャガイモもおいしくできていた。何よりも手作りのオランデーズソースはいつものテトラパックの何倍も美味しかった。

「次回は、僕も手作りのソースにするから、シーズン中にもう一度食べようよ」
ロウソクの長さが半分くらいになり、あらかたのアスパラガスとジャガイモがなくなった頃に、ワインでほろ酔いになったファビアンは言った。

「そうね。でも、アスパラガスの季節っていう暖かさじゃないわよね」
いつもの冷たい調子で答えるソフィーに、ファビアンはあまり真剣に落ち込んだりしていなかった。心は次のデートのことでいっぱいだったから。ああ、今夜はなんてロマンチックな宵だろう。ほら、雪まで降って……。ええっ、雪?!

「あらあ、降ってきちゃったわね。ちょうど今日は『冷たいソフィー』だし。あなた、今夜こそローズマリーは仕舞ってあるんでしょうね」
「ないよっ!」

 ファビアンはローズマリーの鉢を室内に取り込むために、重たく冷たい雪の中に飛び出していった。

(初出:2013年5月 書き下ろし)
.14 2014 短編小説集・十二ヶ月の野菜 trackback0

馬との遭遇

Posted by 八少女 夕

毎日更新していた時には、あまり氣づかなかったんですが、私の小説更新回数、多いですよね。理想は、「scriviamo!」の時期は別として、一週間に普通の記事二本と小説一本なんだけれど。一年に通常連載長編一本、月一のStella用連載一本、それから、長編に興味のない方用に読み切りシリーズと三つ体制なんですが、これで週一更新だと、長編が月に二回しか発表できなくなるのでいつまでも完結しない。う〜む。「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」終わったら、通常連載はやめてStella用連載だけにすべきかな。なんて事を書いているうちに、44444Hitまで一ヶ月切ったような……

馬

あまりにいつものことなんで、記事にするのも忘れていましたが、通勤路でよく乗馬をしている人たちとすれ違います。いつも同じ人ではないですね。どの方もギャロップなどはしないで、ポクポク歩いているだけですが。走られたら危険ですよね。草原じゃないので。

大人は大きい馬に、子供はポニーに乗って、とことこと歩いてきます。平日でも多いのでよくある趣味なのでしょう。日本にいた時の私には乗馬とは金持ちのみに許される贅沢という勝手なイメージがありましたが、こちらではそうでもない様子。馬を飼っている農家もかなり多いです。

馬は驚きやすいので刺激しないように停まったり、かなり離れてゆっくりとすれ違ったりします。

そういえば、のんびりと歩いている牛の群れともすれ違ったりするなあ。どこまで田舎なんだか。
.13 2014 美しいスイス trackback0

アズレージョの話

Posted by 八少女 夕

「Infante 323とポルトの世界」カテゴリーの記事です。この間の続きと言うか、補足ですね。前回の記事でちょっと触れたポルトのサン・ベント駅とアズレージョの話を掘り下げてみます。

サン・ベント駅 中国の壺

ポルトの街にくると、大理石の壮大な建物や様々な色のタイルで覆われた家々に混じって、アズレージョと言われる青タイルで覆われた歴史的建築物をたくさん目にすることとなります。普通のタイルは、同じ文様を繰り返すだけですが、アズレージョは一つひとつが違う絵つけになっていて、全体として一つの絵になるようになっています。

ポルトで見逃してはならないアズレージョ作品の傑作の一つをサン・ベント駅の構内で観ることができます。四方を全部このようにアズレージョで覆っているのです。モチーフはポルトとポルトガルの歴史です。

アズレージョは、もともとはアラビアからスペイン経由でもたらされたらしいのですが、現在では典型的なポルトガルの建築装飾です。全体として一つの作品になるので、大抵は作者の名前がはっきりしているそう。

青いものが多いし、azulというと青なので、青いタイルだけを指すのかというとそうではなくて、もともとは素焼きの細工を意味するアラビア語の音訳で、様々な色があります。そして、もっとも多い色から青を意味する単語が後からできたようです。

なぜ青いものが多くなったかというのを、ブラガに行った時のガイドはこんな風に説明してくれました。大航海時代を経て、ポルトガルに世界の美しい品々がたくさん届きました。中でも中国の藍花磁器は王侯貴族の間で大変好まれ、大きな素晴らしい壺などを飾るのが大流行しました。そして、それに合う藍色のアズレージョの発注が多くなり、それでこの色が一般化したのだと。(真偽のほどは保証できませんが)

そう言われてみると、同じような藍色です。この駅、教会などを彩る藍色は、すっかりポルトガルらしさとして定着しました。アズレージョをかたどった絵はがきもたくさんあり、それが送られてくると即「ポルトガルに行ったんだ」とわかるくらいなのです。

スイスにいると、「ポルトガルは経済危機でEUのお荷物である国の一つ」というイメージで語られることが多いのですが、ポルトで観光する限りそんな貧しいイメージは全くありません。その理由の一つが、勤勉で親しみやすいけれどまじめな人びとのあり方の他に、かつて世界有数の強国であった時代の素晴らしい遺産がたくさん残っていて、私たちの目を楽しませてくれるだけでなく、人びとの生活の場としていまだに現役で活躍しているからなのでしょう。

2014年5月末より連載開始予定の「Infante 323 黄金の枷」では、大好きなポルトの街で私が見てきたものを随所に書き込んでいくつもりです。サン・ベント駅とアズレージョも短いですが登場予定です。

「Infante 323 黄金の枷」





今週のガックリな話。
本人としては、構想はばっちり組立てたつもりで「よし、この辺で盛り上がって」「そのあと二回で終了」と、全章の短いあらすじを書き終えて、それどころか最後の二つの章はほぼ書き終えたんですよ。そしてはたと氣がついたのは。後ろから三番目の章のエピソードの季節と、残り二つの章の季節、どう考えても六ヶ月は開いてる……。

だめじゃん。

ということは、この二つの季節の間に、間を持たせるエピソードと章を無理矢理作んなくちゃいけないってこと? こんな状態で今月末から公開して大丈夫なんだろうか……。
.11 2014 黄金の枷 とポルトの世界 trackback0

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(5)城と城塞の話 -1-

Posted by 八少女 夕

話はまたラウラのいるルーヴラン王国の都ルーヴに戻ります。この章も二つに分けましたが、なんだか肝心の人物が出てくる前で終わっちゃいました。お城の中、ルーヴランとグランドロンの力関係などをひたすら説明していて若干退屈かもしれませんが、世界観に興味のある方はどうぞ。そうでない方は、今回は飛ばしても構いません。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(5)城と城塞の話 -1-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 ルーヴの街を遠くから見ると、それは大きな一つの固まりに見えるが、実際には城は街とははっきりと隔てられた世界だった。街そのものも大きな円塔を備えた門が三カ所ある防壁に取り囲まれているのだが、もっとも北側にある王城は背後の北側を除いて強固な城壁と水を張っていない空堀と水を張った濠に囲まれて街からは跳ね橋を通してしか入る事ができなかった。ルーヴの北側は絶壁で自然の要塞となっていた。

 その強固な守りは、一方で外敵の侵入から城に住まうものを守ったが、他方で城からほとんど出た事のない世間知らずな者たちを作った。城の中に入ると人びとが活発に行き会う外庭があった。そこは小さな街の様相をなしていて、木造の家が並び、動物や馬車が行き交い、指物師、馬具工、陶工などの職人たちや、農作物を運び込む農民たち、水を汲んだりパンを焼いたりする人びとでいつも賑わっていた。城の使用人たちやその子供たちが生活をしていたのだ。

 その内側には門を通ってしか中に入れない石造りの建物があった。これは地上は三階建てであり、大小の入り組んだ部屋と天守閣を含む四つの塔、礼拝堂、それに大きな二つの中庭といくつかの小さな庭を囲んでいた。一階および何層かに分かれた地下は使用人や兵士たちが作業し住む空間となっており、二階は大広間をはじめとする城の公の空間、そして三階が王族や貴族、そして高官や女官たちの住居となっていた。

 ラウラもこの三階に部屋を与えられて暮らしていた。王と王妃や王女の部屋ほどではないが、最高位女官であるバギュ・グリ侯爵令嬢として相当の広さと豪華さだった。ただ、調度や飾りが最小限で、品はいいもののあっさりしすぎている感があった。王女の部屋が色鮮やかな南国の鳥の羽根や、宝石、金銀、手のかかった織物や東から運ばれてきた絹などであふれかえっているのと対照的だった。

 たくさんの楽器や詩や物語を綴った羊皮紙が散乱する姫の部屋では、ラウラにつけられた三倍の侍女が毎日片付けに精を出しているにも関わらず時おり物がどこにあるのかわからなくなったが、彼女の部屋では侍女は掃除はしても片付けをする必要はなかった。本も、楽器も、衣類も全てが正しいところから取り出されて、使用後は正しい場所にしまわれた。美しいだけで役に立たない物などはまったくなかった。これはラウラ本人の性格にもよるのだが、バギュ・グリ侯爵をはじめとして誰一人として「ただ喜ばせるためだけ」に彼女に何かを贈る人がいなかったからだ。

 自由な時間、ラウラは書物を読むか、楽器を奏でるか、もしくは庭を散策するなど一人でいる事が多かった。マリア=フェリシア姫の近くに来る事はほとんどなく、それがますます姫との関係に溝を作った。

 ルーヴラン王国の国土は、偉大なるアンセルム三世の時代と較べると四分の三ほどの大きさとなっていた。といっても、ほとんど未開の地である深い森《シルヴァ》を含めての比較である。現国王であるエクトール二世には、兄の急逝によって突如として王冠が転がり込んできたため、帝王教育もなされていなければ国土を奪回するための覇氣もほとんどなかった。実際に王妃はアールヴァイル伯爵の次女でしかなく、側近も大して力のあるものがいない。そもそもルーヴランがこの百年に次々と国土を失ったのは、隣国グランドロンの辣腕な政治力と軍事力によるものであった。

 マール・アム・サレア、サレア河の西岸にある街は三代ほどルーヴランの手にあった。そのため、現在でもかの地ではルーヴラン語が話されている。この街はグランドロン先王フェルディナンド三世によって奪回され、現在はグランドロン領だ。そして、ペイノードのことがあった。

 ペイノード、またはノードランドと呼ばれる土地は、ドーレ大司教領の東にある。その名が示すように北の外れにあるにもかかわらず、暖流がノーラン湾に流れ込み、またフェーン現象も起こるために比較的温暖で穀物がよく穫れる。山岳地帯には鉄鉱床がありさらに海岸では良質の海塩が産出される。もともとは、この土地に住む人びとの言葉でノーランと言われ、王家の支配下にある場合もノーラン人の代官による半自治を確立している特殊な土地である。

 古くは現在のヴァリエラ公爵の祖先にあたるギョーム・ヴァリエラによって開拓され、計画的な鉄採集や製塩が始められた。グランドロン、ルーヴラン両王国との自由交易をしていたが、三代前のアウレリオ・ヴァリエラがグランドロン配下に入り公爵位を賜った。これに不服を申し立てルーヴランがグランドロンに宣戦布告をした。結果はほぼ引き分けで、ルーヴランが三分の一にあたる西ペイノードを、残りをグランドロンのヴァリエラ公爵がノーラン人のロートバルドを代官として支配することとなった。ルーヴランはヴァリエラ公爵を承認するのと引き換えにノードランドとの自由交易権を保持することとなった。だが、グランドロン先王フェルディナンド三世は、西ペイノードを奪回してノードランド統一後、ルーヴランとの自由交易を禁止した。

 五年前にフェルディナンドが急逝すると、ルーヴランはこれが好機と、戴冠した若きグランドロン王レオポルド二世に宣戦布告して、一時西ペイノードを得たが半年後に再奪回された。その後、若きグランドロン王はことさら軍事増強に力を入れているとの噂でルーヴラン王の心は穏やかではなかった。
.09 2014 小説・貴婦人の十字架 trackback0

コメントで悩む

Posted by 八少女 夕

いつもだと水曜日に小説を更新しているのですが、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」が続くので、今日も別記事をはさみました。小説更新は明日になります。


私は人付き合いが下手です。そうは見えないようで、実生活でも、ブログでも、わりと氣軽にお声を掛けていただけるのですが、本人は毎回あたふたしています。

人が嫌いなわけではありません。面倒くさいと思っているわけでもないのです。ただ、どうしていいのかわからないのです。

実生活のことは、ここでは置いておきます。

ブログをはじめて二年になりますが、はじめの頃の閑古鳥が信じられないほどたくさんの方にお越しいただき、毎週のように新しい方がいらしてくださっています。私自身はお友だちのブログで紹介されていた場合を除き、新しいブログを発見することはほとんどないので、みなさんどうやってここを発見してくださるのだろうと常々不思議に思っています。

毎日のようにいらしてくださる新しい方(中でも既にコメントをいただいている方)のブログは、私もできるだけ伺い最新記事を読み、それが小説系のブログの場合は短いものを読ませていただいたりしているのですが、コメントをしようとすると悩んでしまうのです。

読ませていただく小説の中には、自分が普段感じていることとのシンクロを感じて、ものすごく深く揺り動かされることもあります。その時ですら、自分の感じていることを的確に数分で書き表すのはとても困難です。一方、まったく揺り動かされないこともあります。でも、だからといってその作品が劣っていると思っているわけでありません。私が一度も泣かなかった別の方の小説で「号泣した」という感想を残されている方もよく見かけます。感動や涙腺の弛むツボというのは、もしくは笑いのツボというのは、人によって違うのです。

普段は素直に「いいな」と思う所を短めのコメントとして書くのですが、「馴れ合いはイヤだ」とか「社交的に褒めてくれるだけの感想ならいらない」というようなことを書かれていらっしゃるところだと、どうやって書けばいいのか悩んで結局書けないのですよ。何度も書こうとして、結局やめてしまっています。

「ここはいいけれど、こういうところは好みじゃない」や「私はこうは書かないけれどな」というところはあります。それは、私が愛読している仲のいいブロガーさんの作品にも、それどころかプロの作品にもあります。日本語としての文法の問題、どのようなテンプレートで読ませているかを含めた技術的な問題、テーマの選び方、そもそもテーマがあるのかという話、登場人物の性格付けなど、「どうしていますか」と訊かれればお話しできることもありますが、ほとんどが好みの問題であって人に押し付けたいとは思いませんし、自分の技量や作品の質を棚に上げて偉そうに語るのも本意ではありません。私は日本語の教師でもなければ、評論家でもないし、「小説の書き方教室」の教師でもありません。私の書いているものはすべて我流で、私の感じていることも一般論ではないからです。どうしても書かなくてはならないとき(たとえば「小説書いてみよう会」の参加者は他の参加者の作品を読んで、いい点だけでなくよくない点をも書くのが義務でした)、書くことが皆無というわけではありません。でも、義務でもないのに書くのは抵抗があります。

忌憚のない意見を初対面の方にズバズバ言える方もいらっしゃいます。実生活だとそれがきっかけで生涯の親友になったというようなこともあるでしょう。でも、それは顔が見える状態ですることで、いきなりそんなコメントが来たら、私ならショックです。「それはあなただけで、私は平氣なの」といわれても、私の行動基準は「自分がやられたらどう思うか」なので、どうしてもできないのです。とくに小説は、人にとってはただの文章でも、書いている方にとっては我が子も同然の存在だと思っています。(もちろん記事やイラストや、その他のどんな創作物でも同じです。たとえペットの写真でも)背景も知らず、何回も読み込んだわけでもないただの通りすがりの私が、どんな深い感想を書けるというのでしょう。

その一方で「こんにちは。面白かったです」だけのような、読まなくても書けるようなこと、コメント返しに困るような感想を書くつもりもありません。だから、拍手ボタンがあればそれだけで帰ってくることもあれば、何もせずに戻ってくることもあります。

「私、なぜこんなに長く逡巡しているのだろう」と落ち込むことすらあります。よそのブログにお邪魔するとき、また私自身のコメント欄にも、コメント名人というのか毎回心を込めた素晴らしい言葉を残される方が何人もいらっしゃいます。私もそんなコメントが書きたいと思いつつも、書けないのです。

「この人、私が書いたコメントに比較して、書いてくれる量がすごく少ない」もしくは「一度も書いてくれない」と思っていらっしゃる方が多いと思います。自分でも申し訳ないと思っています。でも、書きたくなくてスルーしているわけではありません。書けなくて申し訳ないと思っています。
.08 2014 となりのブログで考えた trackback0

エンリケ航海王子(航海していないけど)

Posted by 八少女 夕

またしても新しいカテゴリーを作ってしまった……。このカテゴリーは、大好きなポルトの写真をお見せしつつ、小説「Infante 323 黄金の枷」(2014年五月末連載開始予定)の宣伝もしてしまおうという少し姑息な理由で作ってみました。「大道芸人たちの見た風景」カテゴリーと同じような位置づけですね。「その小説読む氣ないよ」な方、「小説は本文が全て、余計な解説は不要」という方も、特に氣にならない程度の話を書いていこうと思います。

エンリケ航海王子

上の写真は、私が世界でもっとも美しい鉄道駅の一つだと思う、ポルトのサン・ベント駅にある青タイル(アズレージョ)で描かれたエンリケ航海王子です。

「そもそも世界史でポルトガルに触れたっけ」とお思いの方でも、名前くらいは聞いたことがあると思います。たとえポルトガルの王様と聞いて、一人ですら名前が浮かばない人でも。(私も含む)

ポルトガル史においてもとても重要な人物ですが、なぜ王子で王様じゃないのかって思いませんか。

この方のポルトガル語で正式の呼び名は「Infante Dom Henrique」ですが「Infante de Sagres」「Infante de Navegador」と呼ばれることが多いです。最初のは「エンリケ王子(親王)」、次のが「サグレシュの王子」最後が「航海王子」です。サグレシュというのはポルトガル南部の地名です。そして、この「Infante」というのは「Príncipe(王太子)」でない国王の男子を意味します。

エンリケ王子は1394年ポルトで国王ジョアン一世の三男として生まれ、国王になることはなかったもののパトロンとして航海者たちを援助するとともに指導して大航海時代の幕を開いたことで歴史に名を残しました。こういう大事業を一王子が一存でやるには、国王以外に大きな援助が必要です。それに大きな役割を果たしたとされるのがキリスト騎士団です。かのテンプル騎士団の後継でもあり、その莫大な資産を受け継いだのではないかと言われています。

王子自身は新大陸への航海などはしていませんので、航海王子と日本語で呼ぶとあまり正しくないのですが、ロマンに溢れる称号ではあります。

私の作品の中に出てくる「Infante」は、ポルトガルの王家とは何の関係もありません。ブラガに行った時のガイドに、嫡子ではない故に「インファンテ」と呼ばれるということ、「テンプル騎士団の莫大な財宝はどこに消えたのか」という謎とエンリケ航海王子の資金源の関連性を聞きまして、フィクションとしてのアイデアと話のイメージが浮かんできたのでした。ほら、テンプル騎士団と言ったら、イメージする他のことがありますよね? 連想ゲームみたいなもんです。あ、もっとも、そっちの話(テンプル騎士団と言えばの連想)とも基本的には関係のないストーリーです。

「Infante 323 黄金の枷」

.06 2014 黄金の枷 とポルトの世界 trackback0

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -3-

Posted by 八少女 夕

三回に分けた「マールの金の乙女の話」の章のラストです。前回はランスクの代官である子爵ヨアヒム・フォン・ブランデスが二十年前に愛した貧しい木こりの娘の話をマックスにし、乙女が閉じこめられたはずの修道院を訪れる所まででした。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -3-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 近くに寄ってみると、その修道院は半分崩れかかったかのようだった。壁にはあちこちに蜘蛛の巣がかかり、墓地には雑草が生えて墓石も崩れていた。下男が大きくノックをすると、中から若い修道女が顔を出し、用件を院長に伝えるために中に引っ込んだ。そのまま四半時ほど誰も出てこなかった。忘れられたのか、それとも故意に無視するつもりなのかと訝りはじめたころ、再び入り口が開き、先ほどの修道女がどうぞ中へと言って、三人を門の中に入れた。下男と三頭の馬を庭に残し、ヨアヒムとマックスは応接室に案内された。古い椅子に座って待っていると、静かな音をさせて黒い布のベールと白い尼僧衣を身につけた女が入ってきた。

「お待たせいたしました。私が修道院長でございます。どなたかをお探しとの事ですが」
四角く厳つい顔をした初老の女で、眉間にくっきりと刻まれたの縦皺が印象的だった。艶のない、ざらざらとした肌にはたくさんのしみがあり、口元はへの字型に下がっていた。そして、すこししゃがれたような低い声で話した。

「今から二十年ほど前に、ヴァリエラ公爵付きの騎士がお連れしたベルタという名の尼僧を捜しているのです。歳の頃は現在三十七、八というところでしょうか」
「はて、存じませぬ。ご存知かもしれませぬが、この修道院には七年前まで百人以上の尼僧が生活しておりましたが、現在残る十六名を除いて、全て流行病で命を落としました。私は生き残った者の中で最年長でしたので、このように急遽院長を仰せつかりましたが、二十年前に誰がどうしたかを知っていた、高位の修道女の皆様はどなたもおられません。また、流行病が広がらぬように、衣類や書類などのほとんどが焼かれてしまったのです。お探しの尼僧はどのような容貌の娘でしたか」

 そう訊かれると、ヨアヒムは少し考えた。
「きれいな若い娘でした。輝くような金髪で、そうですね、あなたのような水色の美しい瞳をしていました。ただ、そういわれると、どんな顔だったかはっきりとは思い出せない。肌がきれいだった事や、髪が美しかった事ばかり思い出す」

 修道院長は、小さい低い声で先ほどの若い修道女を呼ぶと、何を命じた。やがて、応接間に三人の修道女がやってきた。四十くらいの修道女で、一人は背が高く、一人は背が低く、もう一人は小太りだった。
「こちらの殿様が、ベルタという名の金髪の修道女を探しているのです、あなたたちのうちの誰かがそのベルタですか」

 それを聞くと三人は揃って頭を振った。それから何か言いたげに修道院長の厳しい顔を見たが、修道院長はさらに口角をさげて「行ってよろしい」とだけ言った。それからヨアヒムに向かって一礼をして言った。

「お氣の毒ですが、現在この修道院には、あなたのお探しの女性はいないようです。例の流行病か、もしくは、ここに来てすぐに命を落としたのでしょう。どうぞお引き取りください」

 ヨアヒムは礼を言って、いくらかの寄進をすると、マックスと下男を連れて修道院を後にした。
「残念でしたが、これですっきりしました。こんなぞっとする所に、ベルタがいたのは氣の毒でしたが、まあ、生き残ってあの恐ろしい婆院長にこき使われるよりはマシでしょうね。ティオフィロス殿、本当に助かりました」

 そういうと、約束通りマールで一番評判のいい宿屋にマックスを案内すると、丁寧に別れの挨拶をして、日の暮れぬうちに再び東岸へ渡してもらうべく、下男と馬に乗って去っていった。

 マックスは、荷物を解きながら、先ほどの修道院での出来事を考えていた。いくら百人以上の修道女がいたからと言って、誰もその女の事を知らないなんてことがあるだろうか。それにあの三人の女たちの態度が氣になる。もしかして、《金色のベルタ》は「誰が訪ねて来ても隠せ」と言われているのではないだろうか。そう思えば思うほど、いても立ってもいられなくなってきた。

 彼は宿屋から出ると、再び修道院に向かう丘へと登った。正門から訪ねて行っても、同じ事になるだろうから、裏から入れないかと壁際に少し歩いた。丘の裏手は小さな林となっており、小川の流れがチョロチョロと響いていた。裏口が見つからず、反対側を見るために戻ろうと踵を返した所、不意に川の流れに混じって女のすすり泣きが聞こえてきた。彼は、急いで声のする方に向かった。

 小川の向こうに小さな池があり、先ほどの尼僧たちと同じ服を身につけた女が背を向けうずくまって泣いていた。黒いベールを脱いで、髪を梳かし池に自分の姿を映していた。豊かな金髪が木漏れ陽を受けてつやつやと輝いていた。

「あなたが《金色のベルタ》なのですね。あの修道院長は嘘を言ったのですね!」
マックスが叫ぶと、女ははっとして、それからゆっくりと振り向いた。その顔を見て、彼は「あっ」と言って立ちすくんだ。女はもっと激しく泣き出したが、彼は何と声を掛けていいかわからなかった。

 それは先ほどの修道院長だった。

 しばらくすると、女は泣き止み、低い声で語りだした。
「どうして、目の前にいるのにわからないのだろうと思いました。でも、この顔をみてわかるはずはありませんよね。こんなに醜く、年老いて……」
水鏡には皺のたくさん刻まれた疲れた女が映っていた。

 髪を三つ編みに結い、再びベールを被り、涙を拭うとベルタは立ち上がった。
「はじめの頃、いつか迎えにきてくださるようにと、神に祈りました。それがかなえられなかったと思うと、奥さまを恨みました。なぜ私だけがこんなひどい目に遭うのだろうと、不満に思いました。前の院長や先輩の尼僧たちに、結婚もせずに男を知った穢れた女と蔑まれ、厳しくあたられました。神父や院長たちが嫌いで、他の修道女たちも嫌いで、後輩には同じように厳しくあたりました。七年前の流行病で祈りも虚しく、皆がバタバタと死に、閉じこめられて自分も病にかかる恐怖に怯え、祈っても無駄なのだと思いました」

 マックスは何かを口にすることはできなかった。ベルタは、ひとり言のように続けた。
「迎えにきてくださった。祈りを神は叶えてくださった。でも、その時にふさわしい朗らかで氣だてのいい《黄金の乙女》は消え失せていました。私はこの二十年間、祈りと信頼の代わりに、怒りと猜疑心をこの顔に刻んでしまった。なんて愚かだったのでしょう」

 肩を落として、修道院へと消えてゆくベルタの後ろ姿を見ながら、彼はやりきれない想いに襲われた。ヨアヒムの探していた氣だてのいい乙女とこの女はこれほどまでに違っていた。その責は二十年という時間だけにあるのではなかった。この女の生きた日々を思えば、修道院にいつつ神を信頼しなかったことを責めることもできなかった。そして、それを神の罰と断じるのはあまりにも悲しかった。この崩れそうな修道院で、全ての望みを絶たれ、厳格で年老いた尼僧として生涯を終えるだろう金色の乙女。彼は首にかけている黄金の十字架をぎゅっと握りしめた。
.04 2014 小説・貴婦人の十字架 trackback0

【小説】買えぬならつくってみせよう柏餅

Posted by 八少女 夕

miss.keyさんに9999拍手のリクエストはとお伺いした所、なんだかすごいお題をいただきました。

 ・・・リクエストしちゃいましょうか。フランスパンと柏餅、そこにスイスのドイツ系頑固おやぢでひとつ、お願いします。無茶言うな? (汗



ええ、もちろん頭を抱えました。その上、柏餅と言ったらこどもの日ですよ。こどもの日に間に合わせなかったら意味なし! というわけで、急遽、書いてみました。ええ、そうなんです。私の取り柄、それは書き上がるまでが早いってことなのですよ。miss.keyさん、お氣に召すかはかなり不安ですが、少なくともお題は入れ込みました。ただし、頑固系オヤジは、当人は出て参りません。

あと、他の読者の方で「リナ姉ちゃんのいた頃」やカンポ・ルドゥンツ村ものをお読みになっていらっしゃる方は、そちら系小説としてお楽しみくださいませ。このブログの記事と小説に10000を超える拍手をくださいました、心優しい読者のみなさま全員へ心からの感謝を込めてお送りします。




買えぬならつくってみせよう柏餅

 ぱーんという派手な音がした。トミーことトーマス・ブルーメンタールは綺麗に弓型に整えた眉を少しあげてみせた。カンポ・ルドゥンツ村にあるバー『dangerous liaison』は、過疎の村には似つかわしくない洒落た南国風インテリア、大人のジャズ、そしてゲイのカップルであるトミーとステッフィが経営しているために保守的な地域では珍しく自由な雰囲氣を併せ持った特別な空間だ。常々トミーは「日曜日には時計仕掛けの人形のように定時に教会のベンチに座るくせに、それ以外の曜日は不寛容によそ者を非難するプリミティヴな客はお断り」と言っていたのだが、この扉の開け方は、その類いの奴らのように思われたのだ。けれどトミーは入ってきたスタイルのいい女を見て、ちょっと表情を和らげた。

「何よ、リナ。また喧嘩したわけ?」
リナ・グレーディクは憤怒の表情のまま、大股でカウンターに歩み寄ると、黒い革のミニスカートからすらりと伸びた長い足を交差させてスツールに腰掛けた。
「カールア・ミルク。リキュール多めで!」

 リナは二十歳。この村の出身のこの年齢の若者は、できればチューリヒに、そうでければせめて州都クールに出て都会の暮らしをしたがる。けれどリナはこの村に残ることを選んだ。かといって彼女が保守的な井の中の蛙というわけではない。それどころか、多少という域をはるかに超えて冒険をしたがるタイプで、高校生の時には一年間、極東の日本に交換留学をしていたぐらいだ。

 スイスの若者のほとんどが知らないカールア・ミルクも日本で覚えたらしい。そして、クールではどのバーテンダーも知らなかったこのカクテルを、きちんと二層に分けて、大きいアイスキューブも入れて出してくれたこのバーのことを絶対的に信頼しているのだ。
「聞いてよ、トミー。ハンス=ルディったらさ!」

 トミーはにやりと笑う。ここの所、リナは仕事の合間に、村一番の頑固者、ハンス=ルディ・ヨースの所に行って、コンディトライの修行にいそしんでいる。パンとケーキ、チョコレートなどを作る仕事だ。もちろん本職になるためには、四年間の徒弟期間をパン屋で修行し、終了試験に受からなくてはならないのだが、リナは単純に食いしん坊が高じて習いたくなっただけなので、パン屋を息子夫婦に譲って老後を楽しんでいるハンス=ルディに無料で習っているのだった。世捨て人のように村はずれの高地に住む癇癪持ちの老人と、シマウマ柄の絹のブラウスにヴェルサーチのジャケットを合わせる村では浮きまくっている生意氣な女は、ありえない組み合わせだったので誰もが一度で物別れに終わると思ったが、どういうわけかもう三ヶ月もこの修行は続いているのだった。

「今日は何なの?」
「バゲットよ! 私はあいつの言った通りに生地を練って、発酵時間だって、まあ、ちょっとはしょったけれど、ちゃんとやってさ。とっても美味しくできたから持っていったのに、あいつったら中の氣泡がどうのこうのって、ずーっと小言を言うんだもの!」

 トミーはにやっと笑った。
「それはハンス=ルディの方が正しいわよ。きちんと穴の開いていないパンなんて、スーパーで売っている工場生産のものと変わらないじゃない」
「う・る・さ・い!」

「持ってんでしょ。出して見なさいよ」
「う……」
リナはパンが入っているとはとても思えないプラダのバックから半分になったバゲットを取り出してカウンターに置いた。トミーはパン切りナイフでそのバゲットを切った。パリッと音がして表面の皮が割れ、香ばしさが広がった。その外側を二本の指で押さえるとしっかりとした弾力が感じられた。中の氣泡による穴は確かに少なく、均等な感じだが、食べてみるともっちりして喉の奥にも香りが登る。

「どう?」
「そうね。彼の言う通りじゃない。氣包の穴がちゃんとできるようになったら、完璧ってことよ。あの人の息子がここまで焼けるようになるには二年くらいかかったんじゃないかしら」

 リナはそれを聞くとにっと笑った。この村でも一二を争う美人なのだが、笑うとその口の大きさが強調されて、途端にコミカルになる。トミーは、この娘のこのギャップもかなり氣にいっていた。

「次回は、発酵時間をはしょったりするような真似はおよしなさい」
「わかっているって。今回は、ちょっと起きるのが遅くなっちゃったのよね」
リナはぺろっと舌を出した。トミーは赤いマニキュアを綺麗に塗った指先で優雅にカールア・ミルクのグラスを持ち、そっとリナの前に置いた。

「ありがと」
リナはせっかくトミーが完璧に二層に分けて出したそのカクテルを豪快に混ぜてこくっと飲んだ。それからほうっとひと息ついた。
「どうしよっかなあ。この頑固オヤジ、もう二度と来るもんかって出てきちゃった」

 トミーは肩をすくめた。
「私が間違っていました、って謝りにいけば?」
リナはぷうと頬をふくらませて横を向いた。そりゃ、無理かしらねぇ。トミーは笑った。

「いいこと教えてあげようか?」
「何?」
「あのじいさんね、甘い物に目がないのよ。でもね、スイスに普通にある甘ったるいお菓子に我慢がならなかったので、自分で作れるようにあの職業を選んだんですって」
「へえ、そうなんだ」
「そうよ。あんた、せっかく日本にいたんだし、繊細な甘味で有名な日本のスイーツでも作って持っていけば? 懐柔も楽々だと思うわよ」
「トミーって、ほんとうに悪知恵が働くのね」
リナにそう言われて、トミーは片眉をあげて不満の意を表明した。

「何作ろうかな~。って、どうやったら作れるんだろ。この間ミツに送ってもらったジョウシンコって粉で何かできないかな」
「ミツって?」
「あ、日本にいた時にホームステイしていたうちの子。ちょっと待って」

 リナはiPhoneを取り出すと、番号を選んで電話を掛けた。そして英語で話しだした。
「あ、ミツ? わたし、わたし、ひっさしぶり~、あ、ごめん、寝てた? あ、今そっち午前二時なの? 悪いわね」
トミーは目を天井に泳がせた。氣の毒に。

「うん。この間送ってくれたジョウシンコで、どんなスイーツができると思う。うん、草餅? あ、あれ美味しいね。え、ヨモギ? そこら辺の草でいいの? ダメか……。え、柏? それならあるよ。ああ、カシワモチ! うん、あれ大好き。ね、いますぐ作り方調べて英語で送って! え、明日の朝? ま、いっか、それでも。うん、お休み」

 電話を切ったリナにトミーは食って掛かった。
「あんたね。それが人に物を頼む態度なの? 午前二時にたたき起しておいて、今すぐレシピを送れだなんて」
「あん? そう言えばそうだよね。ちょっと反省。あとで謝罪のメールを送ろっかな」
リナがiPhoneを横において、残りのカールア・ミルクをこくこくと飲んでいると、チリンとメールの着信音が鳴った。

「あ、ミツだ! やっぱり、寝る前に英訳して送ってくれたよ」
トミーは、さすがこの娘を一年間も受け入れた一家の一員だと呆れてため息をついた。

「ふむふむ。柏の葉っぱは茹でればいいのね。白あんは白いんげん豆から作るのか。これはそこら辺で買えるよね。ああ、白みそ。ちょっと高いけれど、クールの自然食品店で売っていた。ふーん、ちょっと面倒だけど、バゲットほどじゃないわね」
そういうとリナは料金を置いて立ち上がった。

「何よ、もう帰るの?」
「うん。味噌を買いにいかなきゃ。日本の諺にね『善は急げ』ってのがあるのよ。ちょうど明日は五月五日の男の子の日だから、あの爺さんにはぴったりじゃない?」

 男の子の日ねぇ。トミーはやれやれという顔をした。扉を閉める前にリナはもう一度顔を見せていった。
「上手くできたら、トミーにも持ってきてあげるね。カシワモチのためなら、一日くらい男の子に戻るのも悪くないでしょ?」
トミーは真っ赤なマニキュアが印象的な手をヒラヒラさせて言った。
「あたしは今でもれっきとした男の子よ。ステッフィの分も持って来なかったら承知しなくてよ」

「了解!」
ニィッと笑ってリナはつむじ風のように去っていった。

(初出:2014年5月 書き下ろし)
.03 2014 小説・リナ姉ちゃんのいた頃 trackback0

来年、また逢いましょう(ヨーグルト編)

Posted by 八少女 夕

今日の本文とは関係なく三つどうでもいいことを。

この間の「五月甲虫」の話、私の記事だけでも「なんでそんなに多いの?」「大袈裟なんじゃ?」と思われた方が多かったと思いますが、戦前はこんなものではなかったらしいです。先日94歳の方に伺ったのですが、当時は一家族あたり10リットル分を捕まえて役所に持っていくのが義務だったそうです。村民総出で捕獲して処分しないととんでもないことになる、って量だったのですね。現在はその大虐殺を乗り越えた虫たちの子孫が飛んでいるというわけです。

もう一つ別のお話。最近コメントをくださるようになった方のブログにお邪魔して、小説を読みはじめたのですが、それについているコメントがとんでもなくひどくて驚愕しました。それ感想じゃなくてただの悪態……。こういうのを眼にしたのははじめてではありません。共通しているのは「小説家になろう」に登録している方の小説なんですよね。あそこに登録すると、こういう読者がくるんだろうか……。「なろう」とか「アルファポリス大賞のエントリー」とか、読んでくださる方は増えるんだろうけれど、やっぱり激しく尻込みしてしまうなあ。今のところ、ここで細々としているのでいいや。

三つ目。なんと昨日、10000拍手を超えました。9999目の拍手をくださったmiss.keyさんにご指摘をいただきましたので氣がつきました。miss.keyさんから何か記念のリクエストがありましたら喜んで書かせていただきたいと思っていますが、もし「でも、私は10000目の拍手したのに」という方がいらっしゃいましたらお申し出くださいませ。前書きが長くなりましたが、この下からが本日の話題です。


マンダリン味のヨーグルト

偏愛しているものと別れるのはちょっと寂しいものです。

何の話かと言うと、このヨーグルト、普段買い物をしているスーパーで売っていた大好きなマンダリン味のヨーグルトなのですが、店頭から姿を消しました。そう、毎年冬季限定なのです。春が来るとお別れなのです。春は大好きですが、これがある週からこつ然と姿を消していると、とても悲しい。

私は氣にいった味があると、しつこく食べ続けるタイプです。そりゃ松坂牛のヘビーローテーションのような真似は経済的に無理ですが、小さな楽しみならしつこく繰り返してもいいですよね。

マンダリン味のヨーグルトの代わりには、イチゴ味や、ブラッドオレンジ、レモンなど豊富なバリエーションがあるのです。年間を通してなくならない大好きなメープルシロップ味をメインにして、いろいろな味を食べてこの寂しさを紛らわすつもりですが、やっぱり早く再会したいなあと思ってしまいます。

あ、もっともこの180ccのヨーグルトには角砂糖三個分の砂糖が入っているそう。夏の間はちょっと控えた方がいいのかなあ。
.03 2014 美味しい話 trackback0
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