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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -3-

今年最後の小説更新、3つに切った短編「ヴィラ・エミーリオの落日」最終回です。

イタリアの保養地ストレーザを訪れたイギリス人オースティン氏と愛犬グルーバーは、謎めいたエミーリオ荘の女主人アントネッラに内密で夫の娘を捜してほしいと依頼されました。そして、屋敷で使用人として働くラウラこそがその娘であるのではないかと氣づきます。

今週は、公開がいつもより遅くなってしまいましたが、個人的にはスイス時間の水曜日中にアップできたので、セーフということにしておこう。(何が?)

今年一年、毎週のように読んでくださり、コメントを下さったみなさま、本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。




ヴィラ・エミーリオの落日 -3-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


 ファボニオが吹き荒れて、生ぬるい氣温のまま一晩を明した翌朝に、エミーリオ荘の白木蓮の大木は力尽きたように最後の数輪の花を落としていた。それはちょうど、門のところに朽ちて落ちている大理石の彫刻と同じ色をしていた。実際には残っているはずのない花の香りが灰色の雲にに閉ざされたストレーザに満ちているように感じられた。雨が近い。

 まだ、マンツォーニ夫人は眠っているのだろうか。ラウラが湖を見ながら庭に立っているのを見て、オースティン氏は急いでアルカディア荘の裏庭からエミーリオ荘の庭に侵入した。

 ゆっくりとした動作で、荒れ果てた庭の枯れ枝を集めるラウラの後ろからオースティン氏は声を掛けた。
「なぜそんなにひたすら働くのですか」

 少し驚いたように振り向いたラウラはオースティン氏の姿を認めると安心したように笑った。

 ラウラの笑顔はとてもあでやかだった。ルクレツィアの笑いは実に親しみ深いあけすけなものだったが、ラウラのそれはラ・ジョコンダのようにどこか秘密めいていてその分見えない壁を感じさせるのだった。

 よく考えると不思議だ。使用人の服を着て完璧な使用人として振る舞う女の笑顔が、最高品質のカシミヤのワンピースを着た裕福な令嬢の笑顔より遠いのだから。

「わたしの仕事ですもの」
「仕事への義務ですか。それともお父様の大切な屋敷へのオマージュですか」

 ラウラの顔から遠い笑顔が消えた。それから不思議なことに彼女は再び小さく微笑んだ。今度の笑顔は、もう少し距離が縮まったように感じられる疲れた笑いだった。

「どうしてたった一か月の滞在でわかったりするのかしら」
「あなたが、アダンソニア・マンツォーニなんですね」

 ラウラは再び枯れ枝を集めだした。
「父は生涯アフリカに憧れていました。だから他にもいくらでも植物の名前はあるでしょうに、よりにもよってアダンソニアなんて名前をつけたんです。母はごく普通にラウラとつけたかったのでそう呼んでいましたし、私はラウラ・ステリタといわれたほうがしっくりくるんです」

「でも、あなたがマンツォーニ夫人にアダンソニアと名乗らないのはそのせいだけじゃないでしょう」
オースティン氏はこの発言がラウラに非難めいて聞こえないことを祈った。

「一度でいいからここで暮らしたかったんです。マンツォーニ夫人がここを売りたがっていることは知っていましたから」

「あなたが望めば、このヴィラはあなたのものになるんじゃないですか」

 ラウラは訝しげにオースティン氏をみた。
「父の書いた遺言状がどんなものであれ、マンツォーニ夫人を無一文で追いだすなんてできませんわ。あの人は結局のところ父の妻なんですし、父は私のことだけではなくて、あの人の将来のことも考えて遺言状を書くべきだったんです。私はあの人には父の唯一のまともな財産であるこのヴィラを自由にする当然の権利があると思いますわ」

「だから、まもなく売られてしまうと思ったから、その前にここで暮らすために、使用人として潜りこんだんですね」

 ラウラは少し黙って、それからオースティン氏をまともに見た。
「もう少し待っていただけませんか? マンツォーニ夫人にいうのは」
「あなたが望むなら、生涯黙っていますとも」

 ラウラは笑った。
「いま、二人の人間がこのヴィラを買いたがっています。一人は修理してここに住むつもりのスウェーデン人だけれど、マンツォーニ夫人は高いお金を出すというホテルチェーンを経営するドイツ人の方にヴィラを売るつもりじゃないかと思うの。でも、ホテルが買ったらヴィラはすぐに取り壊されてしまうわ」

「少なくともあなたには、夫人にここをどういう形で処分するかいう権利があるんじゃないのか」
「母と私はマンツォーニ夫人に憎まれていますもの。何か指図がましいことをしたら、たぶん反対のことをされてしまうわ」

 ラウラは愛おしげにエミーリオ荘を仰いだ。
「みて。朽ちていくこの屋敷を。父が買い集めた大理石の彫刻も、自慢げに話してくれた外壁の装飾も、かつては三人の庭師が働いていたこの庭も、ゆっくりと雑草と錆びとひび割れた石の中に埋もれていってしまうのよ。父が精魂を傾けたすべては、太陽が沈んでいくようにいずれ消え去ってしまうのだわ」


 肩を落としてオースティン氏がアルカディア荘に戻ると、ルクレツィア・ゴルツィ嬢がグルーバーの毛繕いをしていた。オースティン氏の様子を見て、彼女は訳ありに頷いた。

「とくにこんな春の日には、このストレーザの空氣の重さは、人を絶望的にさせるのよね」
それからふいに眉を少しあげて小声で言った。
「あなたも私と同じ結論に達したようね」

 オースティン氏は反射的にルクレツィアの灰色の眸をみた。
「アダンソニア。アフリカ狂の付けそうな名前じゃない?」
「なぜ? あまり聞いたことのない名前だけど」

 ルクレツィアは大笑いをした。
「アダンソニアってのは巨木バオバブの学名よ。女の子の名前って感じではないわね。でも、ラウラにはあっているような氣がするわ。毅然としているところが」
そういうと、ルクレツィアはグルーバーのお腹をさすってやった。

「なんで、ラウラのことだってわかったんだ?」
「アダンソニアで氣付いた女学生の名字がステリタだったから。ラウラの名字だと思い当たるのにしばらくかかったけれどね。でも、あなたがラウラと話している様子を遠くから見て確信が持てたわ。あなた、ラウラがすきなんでしょ?」

 オースティン氏は口ごもった。イギリスではこんな身も蓋もない話し方をする令嬢はあまりいない。

「隠さなくてもいいじゃないの。ラウラは素敵で有能な女性だもの。ちょっとまじめすぎるから、私にはあまり面白くないけど、尊敬しているのよ。彼女、ヴィラや相続のこと、どうするつもりなの?」

「彼女は、諦めている。本当は取り壊さないでいてくれるスウェーデン人に売れればいいと思っているみたいだけれど、マンツォーニ夫人はドイツ人のホテルに売る氣なんじゃないかって」

「どうかしらね。アントネッラもそこまで夫の遺志を無下にできるかしら。まあ、夫を憎んでいても無理はないと思うけどね」

 オースティン氏も同感だった。エミーリオ荘をみるのはこの休暇が最後になるような氣がした。ふいに、会ったこともないエミーリオ・マンツォーニに軽い怒りを覚えた。

 自分の好きなことばかりやりやがって。経緯はどうあれ結婚した妻か、愛人とその娘か、ヴィラか、それともアフリカか、どれかひとつだけにして、それにきっちり責任をとればいいのに。欲張ってとっちらかしたままいなくなったせいで、結局残された女たちが意味のない争いや憎しみや哀しみに苦しむだけになったじゃないか。

 自分が何もできないまま、この地を去らなくてはならないことに、オースティン氏は果てしない無力感を感じた。ファボニオが重い……。

 黙っているオーステイン氏の横では、ファボニオなどかけらも感じないらしいゴルツィ嬢が、イタリア内閣の改造のことと、首相と秘書との情事とを、どういう筋道でかわからないがみごとに組みあわせて、とうとうと語っていた。どうやら秘書のファションもイタリアという国では政治の根幹を揺るがすらしい。

* * *


 ついにロンドンに帰る日がやってきた。ゴルツィ兄妹やエミーリオ荘の人びととイタリア式に別れを惜しみ、すっかり馴染んだストレーザの春やファボニオに別れを告げ、オースティン氏はグルーバーとミラノへ向った。

 ストレーザからミラノ、マルペンサ空港からからヒースロー空港へと、移動するたびにけだるさや哀しみは薄れ、帰ってからの仕事のことや、ロンドンの友人、マッコリー夫人や隣人や同僚のことなどが、幻から現実へと形を変えて心の中に浮かんでくるのだった。

 ロンドンについた後、オックスフォード・ストリートの絶え間ない交通と、忙しく歩き回る人びとを見て、オースティン氏は呆然とした。人間はこんなに颯爽と動き回れるんじゃないか。それは、あのゆるやかなストレーザの日々からは考えられないテンポであった。

 ゴルツィ兄妹のしゃべりがうるさいと思ったのが信じられないほどの喧騒に、彼はおののき、唯一のよりどころであるグルーバーの綱をしっかりと握った。グルーバーはしっかりとした足どりで前を進み、その細かい歩みを見ていると、オースティン氏も落ち着いてフラットに戻ることができたのだった。

 ロンドンの日々は、てきぱきと過ぎ去った。マッコリー夫人の用意してくれた心地の良い部屋も、彼の安心感を増した。いつも部屋着、いつものスリッパ、同じ生活の繰り返し、そういうものが彼の日々をあたりまえに支配するようになると、ストレーザの日々のほうが夢か幻のように遠ざかっていくのだった。

 そんなある日、ゴルツィ氏から連絡があり、ロンドンに滞在しているデュールソンというスウェーデンの夫婦が是非オースティン氏を訪ねたいといっているという連絡を受けた。そういう名前に全く心当たりはなかったのだが、向こうがどうしても会いたいというのに断わるまでもなかろうと思って、訪ねてきた二人をフラットに迎え入れようとドアを開けた。

「君は……」

 そこには背の高い北欧の青年と一緒にラウラが立っていた。あの時のような前時代的な使用人としての服装ではなく、ジーンズの上にアイボリーの上質なジャケットというラフだけれどもよく似合ったいでたちであった。ゆるやかに波打つつややかな黒髪が肩にかかり、あらためてどれほど美しい女性であるか思い知らされたオースティン氏は顔を赤らめた。精悍な整った顔立ちのデュールソン青年は悔しいほどラウラにお似合いだった。

「突然ごめんなさい。でも、どうしてもお礼をいいたくて。ロンドンに来る機会はそんなにしょっちゅうあるわけではないので」
オースティン氏は何にに対してお礼を言われているのかわからなかった。

「ルクレツィアが話してくれたの。あなたとルクレツィアがマンツォーニ夫人を説得してくれたって。主人のクリスチャンはドイツのホテルの十分の一の金額しか提示できなかったのに、それでもマンツォーニ夫人はその金額で主人にエミーリオ荘を売ってくれたの」

「じゃあ、ヴィラを買いたがっているスウェーデン人っていうのは、もしかして……」
「はじめまして。ラウラの夫のクリスチャン・デュールソンです」

 青年と握手して、彼らをフラットに招き入れながらも、オースティン氏はまだ事情が飲み込めなかった。

「ラウラが素性をかくしてマンツォーニ夫人のところで働くという決意を話してくれたとき、僕はなんとかヴィラを残せる方法はないだろうかと考えました。一番確実なのは自分が持ち主になることだけだった。でも、ラウラは相続を強行することだけはできないといった。そうしたら、馬鹿げた話ですが買うしかないじゃないですか。お陰で僕たちにはかなりの借金ができたので、当分しっかり働かなくてはいけないし、あそこも人に貸さないといけないけれど、少なくとも取り壊されるのだけは避けられた」

 デュールソン青年の言葉をひきとって、ラウラが続けた。
「マンツォーニ夫人はミラノの近くに遷りました。少なくともヴィラを売ったお金で生活はしていけるようになりましたし、その金額の一部を私に残してくれたので、改装費にかかると思っていた金額の方は借金をせずに済んだんです」

「でも、君がヴィラを相続すれば、借金はそもそもなかったんじゃないのかい?」

「お金は働いて取り戻すことができます。でも、誰かの人生をダメにしてしまったらそれは取り返しがつきませんもの。私は父を愛しています。でも、彼のしたエゴイズムを容認することはできませんわ。彼は自分の欲しいものを、何もかも手にしたがりました。そして、それによって何か他のものを失うつもりなく、あちこちに問題を作ってはそれをウソで塗り固めて誤魔化しました。アフリカから帰ってきたら、もう少しまともな状態にもっていくつもりだったのか、それとも実際に死ぬまで好き勝手をするつもりだったのかわかりませんけれど。マンツォーニ夫人は特別な人格者ってわけでもありませんけれども、少なくとも夫も財産も全て奪われて無一文で追いだされて然るべきってほど、悪いことをしたわけではありません。私もそのことで生涯恨まれるのもあまりいい氣持ちがしませんもの」

 ルクレツィアは上手に立ち回ったのだった。オースティン氏がみつけてくれたソニアが、ヴィラを取り壊さない人に売ってくれるならば財産放棄の書類にサインするといっていると話したのだ。さらにいくつかのドイツ人の建てたろくでもないホテルに案内して、マンツォーニ夫人にもヴィラを残したいという氣持ちにさせたのだ。

 マンツォーニ夫人はルクレツィアに言ったそうだ。
「私だって、この屋敷がずっと好きだったのよ。エミーリオとあの女に裏切られたと知って、何もかも失う前にここを売って新しい生活をはじめるつもりだったけれど、エミーリオの帰宅を待って一人でここで暮らした日々ですら、もはや忘れ難い大切な思い出になってしまっているのよ。ドイツ人のブルドーザーでここが踏み倒されるのが嬉しいわけはないわ。エミーリオとあの女のことは受け入れることができないし、あの女が生きていたとしても友達にはなれないけれど、娘のことまで理由もなく憎み続ける必要はないわ。そういうカップルの間に生まれてきたのは彼女が悪いわけではないもの。ソニアに逢って、私がそこまで性悪でないことを伝えたいわ」

 それで、ルクレツィアはラウラを呼んだのだ。

 アントネッラ・マンツォーニはショックを受けたが、それでも取り乱したりはしなかった。はじめからソニアだと知っていたら、決して抱かなかったであろう好意を有能な使用人に抱いていたことは確かであったし、ラウラが愛人の娘とわかったというだけでこの四年間自分と屋敷に対して示してくれた誠実と信愛に眼をつぶるほど偏狭な性格でもなかったからだ。アントネッラはきっぱりと言った。

「あなたの申し出を喜んで受け入れることにするけれど、あなたがエミーリオの娘であり、彼があなたの将来を何よりも大切にしていたことは確かなんだから、私は屋敷を売ったお金を独り占めしたりはしません。ちゃんとふたりでわけましょう」

 そして、それからアントネッラはスウェーデン人にエミーリオ荘を売却し、ミラノ郊外にフラットを買ったのだ。これまでのように常時使用人を置くことはできなくなったが、通いの使用人に給料を払うぐらいは十分に可能だった。それに、広大なエミーリオ荘と違って機能的なフラットは住み込みの使用人は必要なかった。

「私たちは借金を返すために、馬車馬のように働くことになりました」
そういってクリスチャンは快活に笑った。

 若い二人は希望に燃えているからそれもいいのだろう。裕福な実業家の父親と一緒にインテリア関係のビジネスをしているというクリスチャンと、ストックホルム大学でイタリア語とアフリカ史を教えているというラウラなら、さほど遠からず借金を返済してエミーリオ荘に自由に滞在できる日がくるのかも知れない。いずれにしてもイタリアのヴィラの購入などはなからお話にもならない経済状況のオースティン氏には遠い異星のできごとと変わりがなかった。

 二人が幸せそうに帰った後、オースティン氏は半ば落込んだ氣持ちで紅茶を淹れた。もらったスウェーデンの名産であるアクアビット酒の瓶を横目で眺めながらため息をついた。

 彼女は香り高いイタリアの薔薇だ。手の届かない高嶺の花。豪奢なヴィラだの、芳醇たるワインだの、北欧の銘酒だの、華々しいインテリアビジネスだのといった世界よりも、この動物園の近くのこじんまりとしたフラットが身近であり、紅茶を飲んでいると何よりも寛ぐ。

 あの若く美しいカップルと自分とは住む世界が違うのだとつくづく思った。けれど、足元にはグルーバーがやはりどこにいるよりも寛いで座っている。その他意のないつぶらな眸をのぞきこんで、やがてひとことつぶやいた。
「ま、いっか」

 明日は、またマッコリー夫人がやってくる。こんな平和な人生も悪くはない。グルーバーと暮らす、もと通りのロンドンのフラットでの日常。三十年以上変わらずに我が家で嗜む紅茶はおいしい。

 電話がけたたましくなった。まさかとおもって受話器をとってみると、予感通りゴルツィ嬢だった。

 オースティン氏が何も言えないうちに、ラウラのこと、ストレーザの近況、新たな隣人になりそうなドイツ系スイス人に対する軽蔑嘲笑、キリスト被昇天の休日の時にピクニックにでかけて悪夢の渋滞にあったこと、その他にオースティン氏が後でどうしても思い出せなかったありとあらゆる類いのゴシップなどを、あいかわらずのスピードでまくしたてる。

 少しだけ受話器を耳から離しながらグルーバーに向って小さく眉をあげてみせた。もう元通りの日常なんてないらしい。でも、ま、いっか。毎日顔を合わせるわけでないし、口から生まれてきたようなイタリアの奇妙な令嬢と適度な友情をはぐくむってのも、人生のスパイスだな。

 グルーバーはくわばら、という顔をしてベランダの方に向かっていった。彼はどれほどオースティン氏が骨を折ろうともこの電話が一時間よりも短くは済まないことを十分承知していたのである。

(初出:2007年4月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

scriviamo! 2017のお報せ

お知らせです。2017年も(というか、今から)恒例の「scriviamo!」を開催します。5回目、2017年3月2日に5周年を迎える当ブログの記念企画なのですが、すでにこのブログの年間行事としての意味合いが強くなっていますね。既にご参加くださったことのある方、今まで様子を見ていた方、どなたでも大歓迎です。また、開催期間中であれば、何度でも参加できます。

scriviamo!


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scriviamo! 2017の作品はこちら

scriviamo!」というのはイタリア語で「一緒に書きましょう」という意味です。

私、八少女 夕もしくはこのブログに親近感を持ってくださるみなさま、ずっと飽きずにここを訪れてくださったたくさんの皆様と、作品または記事を通して交流しようという企画です。創作関係ではないブログの方、コメントがはじめての普段は読み専門の方の参加も大歓迎です。過去4回の「scriviamo!」でも参加いただいたことがきっかけで親しくなってくださった方が何人もいらっしゃいます。特別にこの企画のために新しく何かを用意しなくても構いませんので、軽いお氣持ちでどうぞ。

では、参加要項でございます。(例年とほぼ一緒です)


ご自身のブログ又はサイトに下記のいずれかを記事にしてください。(もしくは既存の記事または作品のURLをご用意ください)

  • - 短編まはた掌編小説(当ブログの既発表作品のキャラとのコラボも歓迎)
  • - 定型詩(英語・ドイツ語・または日本語 / 短歌・俳句をふくむ)
  • - 自由詩(英語・ドイツ語または日本語)
  • - イラスト
  • - 写真
  • - エッセイ
  • - Youtubeによる音楽と記事
  • - 普通のテキストによる記事


このブログや、私八少女 夕、またはその作品に関係のある内容である必要はありません。テーマにばらつきがある方が好都合なので、それぞれのお得意なフィールドでどうぞ。そちらのブログ又はサイトの記事の方には、この企画への参加だと特に書く必要はありません。普段の記事と同じで結構です。書きたい方は書いてくださってもいいです。ここで使っているタグをお使いになっても構いません。

記事がアップされましたら、この記事へのコメント欄にURLと一緒に参加を表明してください。鍵コメでも構いません。「鍵コメ+詩(短歌・俳句)」の組み合わせに限り、コメント欄に直接作品を書いていただいても結構です。その場合は作品だけ、こちらのブログで公開することになりますのでご了承ください。(私に著作権は発生しません。そのことは明記します)

参加者の方の作品または記事に対して、私が「返歌」「返掌編」「返イラスト(絵は描けないので、フォトレタッチの画像です。念のため)」「返事」などを書き、当ブログで順次発表させていただきます。Youtubeの記事につきましては、イメージされる短編小説という形で返させていただきます。(参考:「十二ヶ月の歌シリーズ」)鍵コメで参加なさった方のお名前は出しませんが、作品は引用させていただくことがあります。

過去に発表済みの記事又は作品でも大丈夫です。(過去の「scriviamo!」参加作品は除きます)

また、「プランB」を選ぶこともできます

「scriviamo! プランB」は、私が先に書いて、参加者の方がお返事(の作品。または記事など)を書く方式のことです。

これまで、私だけが後だしジャンケンみたいでずるい、と思われていた方もいらっしゃるかもしれないと思い、このパターンもご用意しました。

「プランB」で参加したい方は、この記事のコメント欄に「プランBで参加希望」という旨と、お題やキャラクターやコラボなどご希望があればリクエストも明記してお申し込みください。

「プランB」でも、参加者の方の締め切り日は変わりませんので、お氣をつけ下さい。(つまり遅くなってから申し込むと、ご自分が書くことになる作品や記事の締切までの期間が短くなります)




期間:作品のアップ(コメント欄への報告)は本日以降2017年2月28日までにお願いします。こちらで記事にする最終日は3月10日頃を予定しています。また、「プランB」でのご参加希望の方は、遅くとも2月5日(日)までに、その旨をこの記事のコメント欄にお知らせください。

皆様のご参加を心よりお待ちしています。



【注意事項】
小説には可能なかぎり掌編小説でお返ししますので、お寄せいただいてから一週間ほどお時間をいただきます。

小説以外のものをお寄せいただく場合で、返事の形態にご希望がある場合は、ご連絡いただければ幸いです。(小説を書いてほしい、エッセイで返してくれ、定型詩がいい、写真と文章がいい、イメージ画像がいいなど)。

ホメロスのような長大な詩、もしくは長編小説などを書いていただいた場合でも、こちらからは詩ではソネット(十四行定型詩)、小説の場合は5000字以内で返させていただきますのでご了承ください。

当ブログには未成年の方も多くいらっしゃっています。こちらから返します作品に関しましては、過度の性的描写や暴力は控えさせていただきます。

他の企画との同時参加も可能です。例えば、Stella参加作品にしていただいても構いません。その場合は、それぞれの規定と締切をお守りいただくようにお願いいたします。私の締め切っていない別の企画(50000Hit, 66666Hit - 35ワード企画、神話系お題シリーズなど)に同時参加するのも可能です。もちろん、私の参加していない他の企画に提出するのもOKです。(もちろん、過去に何かの企画に提出した既存作品でも問題ありません)

なお、可能なかぎり、ご連絡をいただいた順に返させていただいていますが、準備の都合で若干の前後することがありますので、ご了承くださいませ。

嫌がらせまたは広告収入目当の書き込みはご遠慮ください。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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締め切り日を過ぎましたので、scriviamo! 2017への参加申し込みを停止させていただきます。この記事へのコメント書き込みはできませんが、すでに参加表明していらっしゃる方のご連絡は、他の記事のコメ欄をお使いくださいませ。
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Posted by 八少女 夕

「ポール・モーリアのホワイト・クリスマス」

【12月24日夜、追記】
もぐらさんとはるさん主催の「クリスマスパーティ」に参加させていただきました。先日発表させていただいた「バッカスからの招待状 アイリッシュ・アフタヌーン」を朗読していただいています。

わたしの作品だけでなく、いろいろな方の作品が一堂に会していて、賑やかなパーティになっています。下記のリンク先、是非いらしてみてくださいね。


クリスマスパーティ

* * *


クリスマスというと、12月24日の夜、彼氏や彼女とイチャイチャする日と思っている方もいらっしゃいますが、世界的にはクリスマスは12月25日に祝います。それに24日からまたいだ25日の午前0時は、ホテルにしけこむのではなく、教会で深夜のミサに参加して、救い主であるイエス・キリストの誕生を祝うのがキリスト教徒的な過ごし方です。

そして25日には家族揃って食卓を囲む、日本でいうところのお正月に近い過ごし方をするのですね。

お正月に近いと言えば、この日の前に大掃除を済ませておく、「夫の生家に行くのが嫌だ」と憂鬱になる、ギリギリまでクリスマスカードの発送が終わらなくて泣き言をいう人。どれも「おめでたい」の裏にある風物詩。日本のお正月のそれによく似ています。

この時期には、クリスマスキャロルの類いを耳にすることが多いのですが、我が家でBGM的に聴くことが多いのは「ポール・モーリアのホワイト・クリスマス」というアルバムです。

といっても、いま聴いているのは、そのアルバムに入っていた曲をもう一度買い集めて作ったプレイリスト、という方がいいかもしれません。

このアルバムは、1960年代にフランスで発売されたクリスマスアルパムに入っていた曲を中心に、日本で1980年代に特別に再編集されたもので(同名のアルバムで1984年版と1985年版があるようです)、私が最初に買ったのはその日本版のカセットテーブです。発売された年ではなくて、少し後になってから買ったように記憶しています。

はい。そうです。いまの方はご存じないかもしれませんが、ネット配信どころかCDも存在していなかった頃、アルバムはLP(レコード)またはカセットテープで買うものだったのですね。LPも売っていましたが、私はまだ高校生で、自分の部屋にLPを演奏するためのプレーヤーがありませんでした。だから劣化するとわかっていてカセットテープを買ったのですね。クリスマスの時期になる何度も何度も聴きましたっけ。

そのテープは、スイスに持ってきましたが、現在はカセットテープを再生できるプレーヤーがありません。前の車、SUBARU Justyはカセットプレーヤーがあったんですけれど、車を買替えて以来聴けなくなってしまったのです。

二年ほど前に、思い立ってポール・モーリアのベストアルバムのCDを買いました。その中に入っていた曲と、中には入っていなかったけれどiTunesストアなどで購入できる曲をひとつ一つ集めて、もともとのアルバムと同じ曲順に並べたプレイ・リストを作り、さらにCDに焼いて、車や自宅でこのアルバムをまた聴けるようにしました。

「ホワイト・クリスマス」「きよしこの夜」「ジングル・ベル」「アディステ・フィデレス」など誰でも知っている定番の曲の他、「雪のクリスマス(Snow Desert)」「真夜中のミサ(Minuit Chretien / Oh Holy Night)」といった、当時の私も知らなかった美しい曲が入っています。

テロがあったり、いろいろな不安があったり、やたらと沢山の請求書が届いてうんざりする季節でもあったり、子供の頃のように純粋にクリスマスと年末年始が待ち遠しいわけでもなくなりましたが、少なくともこのアルバムを聴いていると昔と変わらずに心躍ったり平和な心地になります。

「もうクリスマス終わりじゃん」と思った、そこのあなた。ここでこの記事の最初に戻るんです。クリスマスは、25日。そしてクリスマスの飾り付けを外す1月6日まで続くのですよ。だから我が家でもそれまでクリスマスツリーを飾って、このアルバムを聴き続けるのです。ええ、誰がなんと言おうと。


Paul Mauriat - Minuit, chrétiens! (1967)

一番好きな、「真夜中のミサ」です。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -2-

「ヴィラ・エミーリオの落日」の二回目です。

イタリアの保養地ストレーザを訪れたイギリス人オースティン氏と愛犬グルーバーは、招待主が戻ってくるまでの間、その隣のエミーリオ荘の世話になることになりました。そして、その屋敷の女主人アントネッラに内密で夫の娘を捜してほしいと依頼されました。

三つに切った二回目の今回は、エミーリオ荘の二人とは対照的にとても散文的な兄妹が登場します。

また話題に上がっている「ファボニオ(フェーン現象)」は、人びとの体調にも影響を及ぼす現象ですが、影響には個人差があり、全く感じないラッキーな人もいます。おそらくこの兄妹はほとんど何も感じないタイプ。




ヴィラ・エミーリオの落日 -2-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


「君は、ご主人の娘さんのこと、なんか聞いているかい?」
思い余ったオースティン氏は、それから二日ほどしてから、こっそりラウラに聞いてみた。

 ラウラは一瞬なんのことかわからない、という顔をしたが、それから納得したように小さく頷いて言った。
「ご主人様は二十年近く奥様に内緒で別のご家庭もお持ちだったそうです。私がここに参ったときには、お嬢様のことをご存知の方は、この屋敷にはいませんでしたのよ。ご主人様が行方不明になられたので、全てが明るみに出たということですわ」

 それ以上のことをラウラに訊いても、到底答えてくれそうにもなかったので、オースティン氏は話題を変えてみた。

「君は、ずっとストレーザで生まれ育ったのかい?」
「いいえ。私は、アオスタの出なんです。スイスとの国境に近い山の町ですわ。」

「どうしてここに来ることになったの?」
「私の様な仕事を探すには、ここはいい町ですのよ」

 確かに、使用人としての仕事を探すにはいい町かもしれない。使用人を必要とする金持ちがいっぱい住んでいるんだから。

 だが、オースティン氏はさらに考えた。どうして使用人なんだ?そもそもラウラほどの才覚があれば、使用人以外の仕事だっていっぱい見つかるはずなのに。

 オースティン氏はラウラがこの家に関るほとんど全ての用事をひとりで切り盛りしていることについて、驚きと同時に違和感を隠せなかった。ラウラは掃除や料理の他に家計管理から格式ばった招待状の作成まで全てひとりでこなしていた。イタリア語と英語を流暢に操るだけでなく、彼女に相当の教養があることは、余計なことは一切言わなくてもわかる。

「どうしてもっといい仕事を探さないの」
数日前に会ったばかりの人に失礼とは知っていても訊かずにはいられなかった。使用人の職にしても、あのマンツォーニ夫人よりはいい雇い主はたくさんいるに違いない。

「ここが好きだからです。ファボニオは重くても」
「ファボニオ? 重い?」

「アルプスから吹いてくる風です。氣圧の関係で体が重くなり、何もかもがおっくうになるんですよ。頭痛や吐氣に悩まされる方もいます。私はそれほど感じる方ではないので幸いでしたけれど」

「今日も吹いている?」
「ひどいファボニオですわ」

 ラウラはそう笑って朝食を片づけた。だから、てきぱきと動けないんだな、とオースティン氏は納得した。

 空氣が重いのも、退廃した氣分になるのもそのせいなんだろうか。それとも、このマグノリアの香りのせいなんだろうか。

 庭の大きなマグノリアを見ようと首を伸ばした途端、アルカディア荘の門のところに車が停っているのに氣がついた。ゴルツィ氏が帰ってきたのだ!

* * *


「まったく申し訳なかったね」
悪びれる風もなくゴルツィ氏はいった。

 アルカディア荘はエミーリオ荘と何もかも対照的な場所であった。中途半端にお金のかかっているモダンなインテリアの中に座って、ゴルツィ氏の途切れることのないシチリア話を適当に聞き流しながら、一週間前にはエミーリオ荘の荒れ果てた外観や、氣位の高いマンツォーニ夫人の虚勢に氣後れしたのに、すでにエミーリオ荘の方に馴染みを感じている自分に首を傾げるオースティン氏だった。

 五十メートル離れていない場所に、あの時代に取り残されたような不思議な空間が存在している。そこにはもはや手に残っていない若さと権勢を未だに忘れられない一人の女と、何もかも手に入れられるはずなのにあの空間に全てを閉じ込めている美しい女がひっそりと住んでいる。

 それなのに、自分はここでアンディ・ウォーホールの絵を前に、いつ息継ぎをするかもわからぬほどひっきりなしにしゃべる散文的なイタリア人の話を黙って聴いているのだ。

「アントネッラ・マンツォーニが君を泊めたってのは驚きだったな」
ゴルツィ氏の言葉に我に返ったオースティン氏は、マンツォーニ夫婦のことについて、ラウラよりもずっとしゃべりたがっている男を止めたりはしなかった。実際のところ、オースティン氏もマンツォーニ家に何があったのか、興味津々だったのだ。

「エミーリオ・マンツォーニには、長いこと秘密のもうひとつの家庭があったのさ。たしか、ヴァレーゼの方だった思うがね。どっちしてもアントネッラはコモの社交界に未練があって、実家にいることの方が多かったし」

 ヴァレーゼに住んでいたあまり身分の高くない女とエミーリオの間には娘が一人生まれた。マンツォーニ夫人が探しているソニアという娘だ。エミーリオは、七年前にアフリカへ行き、消息を経った。マンツォーニ夫人が夫の失踪宣告を求めようと、裁判官と管財人に申し出てはじめてわかったのだが、もし、エミーリオが亡くなった場合には、財産の大半はアントネッラが存在すら知らなかったソニアが相続することになっていたのだった。

 つまり、エミーリオが亡くなったことにしなくては今後の生活に必要な財産を自由に処分することもできないのに、それをした途端に無一文になってしまう可能性があるのだった。そういわけで、現在住んでいるヴィラを修復することすらできない困窮状態に陥っているのだった。

「アントネッラはおそらくソニアを探しだして、わずかな金と引き換えに財産放棄のサインを迫るだろうな。貧しい連中というのは、裁判とか管財人とかそういう話を聞くと縮み上がってしまうからな」

「そんなバカな話ってないだろう。サインしなければもっとたくさんの金が手に入るのに」
「それが、ソニアの遺産相続の条件というのが、あのヴィラに住み維持をすることっていうんだ。貧乏人には無理だろう」

 そんな理不尽な話の片棒を担がされるのはいやだ、とオースティン氏は思った。ソニアを探しだしたとしても、あの夫人のいいなりにならないようにと忠告をしてやらなくては。

「そもそもソニアって娘のことはどのくらいわかっているんですか」
ゴルツィ氏は身を乗り出してきたオースティン氏を楽しげに眺めた。

「僕はほとんど知らないよ。でも、妹なら何か知っているかもな」
そういうと彼は立ち上がりドアのところまで行って上に向って怒鳴った。

「ルクレツィア。ちょっと来てくれないか?」
ゴルツィ氏に同居している妹がいるなんて知らなかった。ルクレツィアというからには金髪で薄幸な感じのイタリア美女であろうか。

 あらわれたのは、オースティン氏の予想を大きく裏切るタイプの女性だった。髪は赤いというよりは燃えるようなオレンジ色だった。金髪を染めたのではないかと思われる。さらいうと、その染色に失敗したのではないか、と疑うほどの妙ちきりんな色であった。

 その髪をきっちりと切り揃えた様子も、実に品のいい服を着ているところも、兄のように一目でブランド品とわかるようなものは一切身に付けていないところも、英国人たる自分の審美眼に叶っているはずであった。

 よくよくみると、顔立ちも品よく整い、動きも裕福な家庭にふさわしいものであった。それなのに、このゴルツィ嬢には、どこか「深窓のお嬢様」とは決して言えない独特の雰囲氣があった。すくなともルクレツィアという感じではなかった。

「マンツォーニ家について知りたいんですって?」
ルクレツィアはずけずけと訊いた。

 いたずらっ子のように灰色の眸をキラキラと輝やかせている。
「私はちょっと詳しいわよ。前の使用人やアントネッラからもずいぶんいろいろ訊きだしたしね」

 ルクレツィアはラウラの完璧に近い発音と対照的な、英語の単語と文法を着たイタリア語、というような話し方をした。たとえ英語でも、しゃべることに苦痛は露ほども感じないらしく、ゴルツィ氏の妹らしい冗舌で、エミーリオとヴァレーゼに住んでいた女のことを語りだした。

 ヴァレーゼに住んでいた女の名前などは不明だが、長年マンツォーニ家に使えていたエミーリオの乳母の身内だということであった。そもそもこの家に仕えた召使の半分はこの乳母と親戚筋に当たるそうで、ラウラもたぶんそのひとりなのではないかとルクレツィアは推測した。

「あの一家の紹介状があると、エミーリオは問答無用で雇ったし、エミーリオがいなくなって、さらに実家も時を同じくして破産して、他の使用人が雇えなくなったアントネッラも使用人を探すのなんてはじめてだったので、とっくに引退していたエミーリオの乳母に頼んで紹介してもらったそうなの。もちろん、その当時はこの乳母の身内とエミーリオができていたなんて知らなかったしね」

 とにかく、ヴァレーゼの女とエミリオはアントネッラに知られることなく、関係を続けていたのだが、この女はいまから八年ほど前に病でこの世を去ったのだった。既にソニアはケンブリッジに留学中で、独り立ちをしたも同然だったので、エミーリオは長年の夢だったアフリカ旅行にでかけたのだった。

「おまえ、エミーリオ・マンツォーニが失踪したときの新聞記事、どっかにもっていないか?」

 オースティン氏はちょっと驚いた。七年前の記事なんか誰が持っているというんだろう。

 もっと驚いたことにはルクレツィアはちょっと首を傾げた後
「たぶん、あるわ」
と、いって二人を二階の自分の部屋へと案内したのだった。

 この部屋がまた驚かせてくれた。尻尾を振って一緒にあがってきたグルーバーまでもがすこしたじろいだようだった。アルカディア荘は天井が高く、二階の個室でもそれぞれ四メートルほどあるのだが、ルクレツィアの部屋の壁の一方はその高い天井までのつくりつけの本棚になっていてそこにぎっしりと本や雑誌が詰められていた。

 十八世紀のアンティークのライティングデスクの脇に、ベコベコのベニヤ板でできた形も材質も違う箱形家具がいくつも無計画に置かれていて、その中も書類やら封筒やらでぎっしりであった。

 それだというのに収まりきれない本や雑誌や紙の類いがライティングデスクの上はもちろん、箱形家具の上にも、さらにわずかに歩いたり立ったりする場所を残して床にも積んであり、ルクレツィアは迷うことなくその山の一つに向かい、しばらくひっくり返していた後、一冊の雑誌に挟まっていた新聞記事をとりだした。

「あきれるだろ、この部屋。でも、こいつ、なんでもみつけるんだ。図書館で探し物をしてもこうはいかないぜ」

 ルクレツィアが見せてくれたちいさな囲み記事はイタリア語だったので、オースティン氏にはちんぷんかんぷんであったが、黄ばんだ写真にうつるエミーリオ荘はいまよりもずっとマシな状態であった。そのことをいうと、ゴルツィ氏は頷いた。

「エミーリオはあの屋敷を実に愛していたんだ。自分の名前と同じだったから買ったという経緯もあったみたいだけれど、女房より屋敷の方が大事に違いないと、みんなに陰口を叩かれていたものさ。湖に面しているいい立地だから、昔から売ってほしいというホテル経営者は絶たなかったが、一度たりとも首を縦に振らなかった。アントネッラはここをホテルに売ってまたコモやミラノで暮らしたいんじゃないかな。若いソニアがどうしたいかは、神のみぞ知るだけどね」

「ここが好きだからです。ファボニオは重くても」
あの女の言葉が、オースティン氏の心に甦った。

 その時にオースティン氏の心にひとつの疑いが芽生えた。

 ラウラこそソニア・マンツォーニその人なのではないかと。年齢も、見事な英語も、それからあんな屋敷と女主人のもとで黙って仕えているのも、彼女がエミーリオの娘であるからではないのか。

 そうだとしたら、彼女の狙いはなんなのだろうか。

 オースティン氏は、アントネッラ・マンツォーニに委任状を書いてもらうとケンブリッジ出身の友人を通して、セント・アン・コレッジの該当年の卒業生名簿を入手してゴルツィ氏あてに郵送してもらった。

 到着までには二週間ほどかかった。たぶんイギリスからイタリアまでが四日ほどで残りは怠慢なイタリア郵便局のせいに違いないと推察した。イタリアの郵便が想像を絶するほどのろいのはイギリスでも有名な話だった。

 その間、オースティン氏は、ゴルツィ兄妹と休暇を楽しんだ。マッジョーレ湖に浮かぶ三島を船でまわったり、モッタローネ山へハイキングにいったりして、イギリスよりひと足早い春を堪能したのだ。

 郵便が着いたときには、実はマンツォーニ家への好奇心はかなり薄れていた。いいかえれば、ファボニオによる体の重さに慣れてしまい、違和感を感じなくなったように、アルカディア荘の散文的なインテリアとひっきりなしにしゃべり続ける兄妹との暮らしに馴染み、エミーリオ荘にいたときの重苦しい詩的な寂寥感に心をしめつけられることがなくなってしまったのだった。

 しかし、ゴルツィ兄妹の好奇心の方はそう簡単に薄れることはなかったらしい。氣がつくと、すでに二人が名簿を検討していた。

「この年のアフリカ史専攻にマンツォーニという学生はいないな」
「ソニアってファーストネームもないわね」
ゴルツィ兄妹は首を傾げている。

 オースティン氏はひとつの名前をみていた。
アダンソニア・ステリタ。

 これだ。アントネッラをはじめとする皆が「ソニア・マンツォーニ」を探しても見つからないはずだ。ラウラ・ステリタはやはりソニアだったんだ。少なくとも、ソニアの身内だ。

 オースティン氏は自分の考えをゴルツィ兄妹に話すべきか迷った。二人は信頼できる人間だが、いかんせんしゃべりすぎる。ソニアが邸内にいることがアントネッラに伝わるのはもう少し後がいいような氣がした。少なくともラウラと直接話してからの方がいいだろう。
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Posted by 八少女 夕

毎週水曜日は……そして年のはじめの二ヶ月は……

今日のカテゴリは「もの書きブログテーマ」ですが、もしかしたら「このブログのこと」でもいいのかなあ。そういう微妙なカテゴリのお話。

今年最後の小説として発表している「ヴィラ・エミーリオの落日」ですが、記事にも書いたように2007年に書いた古い小説です。

「これをなぜ今ごろ、しかも季節が全く合っていないし」
そうお思いになられている方もあるのではないかな、と想像しています。正にその通りです。

この謎の発表のし方には、理由があります。要するに、今年中にピッタリ終わる小説のストックが他になかったんですよ。

来年からは、例によって「scriviamo!」が始まります。そうすると二ヶ月間程、連載ものは発表できません。だからここで新連載を始めるわけにはいかない。その一方で、一回読み切りのストックは今のところひとつしかなくて、それは「バッカスからの招待状」う〜ん。この間クリスマスバージョンを発表したばかりだしなあ、それに残りの2週間は発表するものがなくなっちゃ困る。そう思うと、あれが一番都合のいい長さだったんです。

そうなんですよ、私の中で「毎週水曜日は、小説を発表する日」という縛りがあるんですね。別にそうする契約をしているわけでもないし、プロじゃないんだから、一ヶ月間でも二ヶ月間でも、何も発表しなくてもいいんですけれど、なんでしょうね。そうしたいんです。

「来てきて」「読んで!」と騒いだからには、「じゃあ、読みに行ってやるか」と、どなたかがいらした時に「なんだよ、全然小説更新していないじゃん」と舌打されるのが嫌なんですよ。そして、そういわれてもしかたないくらい、私は「読んで読んで」と騒いでいます(笑)

それと、連載物はある程度コンスタントに発表したいんです。前のことを憶えていてもらいたいような関連性のある続き物は、一週間ごと、やむを得ない事情があっても三週間以上は空けたくありません。なぜかと言うと書いた本人は憶えていても読まされる方は「この○○って誰だったっけ。あ、ヒロインだった」というところまで忘れちゃうものだと思うから。もちろん、私が伺っているよそのブログのように、熱烈なファンが作品の発表を待っているところは、どれほど空けてもみんな憶えていてくださると思いますよ。でも、うちはそういうところじゃないくらいの自覚はあるんです。

かといって、短い間にブランクを置かないで一万字や二万字ずつを更新するような頑張りを発揮しても、おそらくついてきてくれる方はわずかです。というか、私の小説のような題材でそんなことをしたら、迷惑に思われることと思います。みなさん忙しいですしね、そこまでこういう小説に使う時間はないんですよ。

五年くらいブログを運営してきて、実感でこれぐらいが「いやいやながらもみなさんがつき合ってくれる」と思えるのが、週に一度、二千字から八千字、という更新のし方なんですね。だから、私はそれを死守しようと思うんですよ。

誰もが飛びつくような「萌えどころ」や、寝食を忘れて読んでいただけるような面白い内容、誰もが唸るような技術といった、もの書きとしての「売り」が足りていないと自覚しているから、少なくとも「ここに行けば何となく読むものはある」「しかも極端に多すぎない」という安定性だけは欠かしたくないのです。(しかも今年もここまでそれをほぼ死守したんで、今さら三週間も穴を空けたくないんです……)

「scriviamo!」を続けるのも同じ理由です。みなさんが書いて(描いて)くださる渾身の力作と比較すると、私のお返しする作品ひとつひとつは「え〜と」な出来です。でも、二ヶ月間続けることに意義があって、みなさんと盛り上がれることが一番大切だと思うんです。一年のはじめは「あれがあるぞ」とみなさんに思っていただけてこその企画。

「継続は力なり」の精神で頑張っています。だから、懲りずにおつき合いいただけると、とてもとても嬉しいです。
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Posted by 八少女 夕

名前の話 キャラ編 その3

この間、山西サキさんとコメント欄で対話していて、「あ、これ記事にしてみよう」と思った件です。自作小説のキャラクターに付ける名前に傾向があるので、それについて。

いろいろなブログで一次創作の小説を読ませていただくようになって、キャラクターにつける名前って割と傾向があるなと思うようになりました。それぞれのこだわりがあって面白いです。

で、私の小説なんですが、基本的に「どこにでもいる普通の人間」をメインに据えることが多いので、名前もそれに応じて「どこにいてもおかしくない名前」が多くなります。欧米系だとそもそも名前のバリエーションは日本の人名よりもずっと少ないので、なおさらですね。

脇役の「どうでもいい人物」には、本当に石を投げればあたるような名前を付けます。例えば、「ファインダーの向こうに」でヒロインを傷つけた元カレの名前は「ジョン」でした。もう少し重要な役割の人間にはいろいろと検討してぴったりの名前を探します。例えば同じ作品の中では「ベンジャミン」「マッテオ」「アレッサンドラ」。

「郷愁の丘」に出てくるある人物は一般にはファーストネームの「ヘンリー」で呼ばれる人なのですが、ミドルネームの「グレゴリー」から「グレッグ」という愛称もあるところに意味を持たせています。つまり、私自身が「グレゴリー」という名前に特別な愛着があるのでこうなったわけです。「グレゴリー」という名前を持つキャラクターは未発表の作品にもう一人います。似たようなこだわりの名前に「ヘルムート」「アーデルベルト」「ゲオルク」があります。何でこだわってしまっているのかは、この辺は自分でもわからなかったりします。音かな?

このように、他の方にはわかりにくいでしょうが、私自身が異様に愛着を持っている名前がいくつかあります。女性名では「ラウラ」これは、月桂樹を意味する言葉からでたヨーロッパに多い女性名です。主にイタリアですかね。英語だと「ローラ」ですが、私は「ラウラ」の響きが好きなので「ローラ」はほとんど使いません。

そして、日本語だと非常によく似た響きの名前に「ライラ」があります。私の発表したことのない昔の小説にはこの名前がやたらと出てきます。この名前はアラビア語で「夜」を意味する女性名で、イスラム圏の話のヒロインにはたいていこの名前を付けてしまうわけです。

「Infante 323 黄金の枷」のヒロインの名前を考えていた時に、ポルトで見つけた名前が「マイア」これは後に「プレアデスの姉妹たちの長姉の名前である」ことをTOM-Fさんに教えていただきましたが、付けた時はそんな素晴らしいことは何も知らず、単純に見かけて三文字だったので嬉々として付けました。実はマイアはポルトの近くの地名なんですよ。でも、ラウラやライラに続くお氣にいり三文字名になりました。その他に「ステラ」「ライサ」など三文字名が好きな傾向あり。

二文字ではよく使うのが「マヤ」という音の女性名で、「夜想曲」のヒロイン「マヤ」や「大道芸人たち」「樋水龍神縁起」の「園城真耶」などあちこちで使っています。「サラ」「サヤ」も多いなあ。シンプルでありつつ、音の感じ、イメージ、それに日本人の場合は漢字、外国人はアルファベットで書いた見た目が美しい名前を特別なキャラクターに付けたがるみたいですね。

男性名は、日本語名に偏りがあります。ものすごく多用するのは「タカシ」「アキラ」の二つです。「タケシ」「タダシ」もわりと多いです。一応作品ごとに漢字は変えています。

日本語の名前の場合は、「これってなんて読むんだっけ」と思わせずに簡単に読めるものを目指しています。「ごめん。これなんて読むんだっけ」をひとつの小説で3回繰り返させたら、おそらく読者は読むのをやめると思うので。

ただ、日本語名の場合は、その名前で実際の具体的な知り合いが思い浮かばない名前を選んでいます。別にいいと思うんですけれど、なんとなく。
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Posted by 八少女 夕

【小説】ヴィラ・エミーリオの落日 -1-

今年ラストの小説は、一応読み切りなのですが、2万字もあったので3回に分けてご紹介しようと思います。

この小説は先日ご紹介した「羊のための鎮魂歌」と同じイギリス人ジョン・ヘンリー・オースティン氏と愛犬グルーバーの物語です。前作は1995年に書いたものですが、こちらはわりと新しいと思っていたら、なんと2007年に書いたものでした(笑)

このブログで私の小説をたくさん読んでくださっている方は「あれ?」と思われることが多いかと思います。もう使わないと思って設定をいろいろと使い回した、その原形が残っているんです。

ひっかかっても、全く別の小説ですので、お氣になさらずにお読みください。




ヴィラ・エミーリオの落日 -1-
〜 オースティン氏のイタリア紀行


 白木蓮の花は散りかけて茶変していた。まるで恋に破れて泣きはらした乙女のように、くたびれた様子で散りゆく時を推し量っているようだった。ジョン・ヘンリー・オースティン氏はここストレーザの暖かい春に潜む疲れ果てた空氣を感じていた。それは、ほかならぬオースティン氏自身がくたびれて途方に暮れていたからでもある。

 愛犬グルーバーは不平の鳴き声を漏らしたりはしない。このような場合、いつもグルーバーは賢く立ち回るのが常だった。つまり、ことさらつぶらな瞳でオースティン氏を見上げ、従順について行くのである。かくて誰もグルーバーのことを「静かにしろ!」とか「さっさと来い!」と怒鳴ってすっきりするなどということが出来ない算段なのである。

 オースティン氏は毎週家政婦としてフラットに来てくれるマッコリー夫人の言葉が正しかったことを認めないわけにはいかなかった。彼女は昨日もロンドンの動物園に近いフラットで荷物を詰めるオースティン氏にくどくどと話しかけたのである。
「なんといってもイタリア人がきちっと期日にことを運んだためしはないんですからね」

 オースティン氏は友人ゴルツィ氏はロンドンで長年商売をして成功をおさめているひとかどの人物だし、イタリア人といってもイギリス人に近いのだと説明したが夫人は納得しなかった。

「でも、見てご覧よ、この手紙を。これはシチリアから先月の終わりに出したものだけどね、四月の第一週にはストレーザに帰るから、それ以後はいつでも寄ってくれ、前もっての連絡はいらないって、ほらここに書いてあるだろう?」

 マッコリー夫人はふん、と鼻をならした。
「何が書いてあるかってことじゃあないんですよ、オースティンさん。私がいいたいのはね。イタリア人の約束なんて疑ってかかるに限るってことなんですよ。私なら、そのゴルツィさんだかなんだか存じませんけれど、電話が通じて、客間のベッドが空いているか、本当にストレーザにヴィラがあるのか、確認してからじゃないと、とても荷物なんて詰める氣にならないってことなんです」

 そういうと彼女はグルーバーの皿に自宅から持ってきた大きなハムの塊を入れてやり、大きく尻尾を振る彼女のお氣に入りを優しく撫でてやった。

 彼女の懐疑のうち、少なくとも一つは晴らしてやることができた、とオースティン氏はひとりごちた。ストレーザには間違いなくゴルツィ氏の所有のアルカディア荘が堂々たる門構えで建っていたのである。

 残念なことに、件の門はぴったりと閉ざされ、オースティン氏が呼び鈴を何度押そうと、門につかまって激しく揺らそうと、大声で旧友の名を叫ぼうと、決して開かれることはなかったのであった。午前中に軽い足取りでヒースロー空港にむかったオースティン氏は、既に暮れかかったストレーザで今夜の宿に困りつつ大きな荷物とグルーバーを抱えて途方に暮れているというわけだった。

「失礼ですが、シニョーレ」
ふいに女性の声がしたので、オースティン氏は醜態をさらしていたのではと後悔しつつ振り向いた。

 そこには二十代後半と思われる漆黒の髪をきっちりと結った使用人風の女性が立っていた。大変まじめそうな様子だったが、その緑色の瞳は少し楽しそうにきらめいているように見えた。

「奥様が窓からあなた様のご様子をご覧になり、何かお困りのようだから見て来るようにと私に申し付けました」

 話している途中から、オースティン氏には彼女がイタリア語ではなくて完璧なクイーンズ・イングリッシュで話してくれていることに氣づいた。だが、彼女はどこから見ても完全なイタリア美人だった。たとえ引っ詰め髪をしていても、である。

「ええ、じつは招待主である友人がいないようなんですよ」
かなり間抜けな説明をこのような美人相手にしなくてはならないことを情けなく思いつつも、オースティン氏は事情を説明した。

「それは、お氣の毒です。でも、ゴルツィ様はまだシチリアからお戻りではないんですよ。いずれにしても、奥様がどうぞエミーリオ荘でお休みください、とおっしゃっていますので、よろしければこちらへ」

 それで、はじめてその女性の指さす隣のヴィラに眼をむけた。そして、あやうく驚きの言葉を出しそうになったが、あわててひっこめた。

 アルカディア荘の三倍はありそうな広大な敷地にはかつては壮麗だったと思われるヴィラが立っていた。わざわざ過去形を使わなければならなかったのは、現在はちっとも壮麗ではなく、それどころか言われなければそこに人が住んでいるとは到底思えないほどの荒れ果てた外観だったからだ。

 かつてはクリーム色に塗られていたと思われる外壁はほとんど剥げ落ち、ローマ風の人物像の壁画はみじめに薄れていた。屋根瓦は崩れ落ちているし、第一、玄関の扉の木が半ば腐っている。庭の木々は美しいが、ちょうど白木蓮の散りかけた様子は、まさにそのヴィラと調和をなしていた。

 女性はオースティン氏の当惑に礼儀正しい無関心を装い、華麗な装飾はされているものの錆び付いた門をギギィと押した。オースティン氏は正直言って凄惨な荒れ方のヴィラに恐れをなしていたが、この一ヵ月のバカンス用の荷物や、これからの宿探し、ストレーザの坂の多い地形などを思い巡らし、また、この英語の堪能なイタリア美人のことも考慮に入れた。

 ふと氣づくと、グルーバーは大人しく女性についていくではないか。オースティン氏自身は決して認めなかったが、いつも愛犬のとっさの行動には無意識に絶大な信頼を置いていたので、グルーバーのしっかりとした足取りを見ただけで、いつの間にかこの屋敷に足を踏み入れてみてもいいかな、という氣になっていた。

 芝生のところどころに、彫刻が倒れている。小さな花瓶のような形の石も落ちていて、ふと見上げると、それは二階の装飾の一部が落ちてきたものだということがわかった。頭上注意だな、オースティン氏は首をすくめる。

 玄関の扉は重くどっしりとした木で、着色が剥げ、装飾が落ちてしまっているために、とりわけ荒んだ感じがしたが、よく手入れすれば見事なものだと思われた。その扉をすっと開けると女性は「どうぞ」と中に入るよう勧めた。

 オースティン氏が驚いたことには、外側の荒れ方から鑑みて、中の状態は思ったほど悪くなかった。確かに階段の手すり部分の装飾や天井画や赤い絨毯は少々年代が経ちすぎていたと見て、手入れが必要だと思われたが、それ以外のところは塵一つなくピカピカに磨かれていて、居心地が悪いとはいえない感じだった。

 女性が案内してくれたのは二階の東向きの部屋で、白磁の花瓶には桜の花が豪快に生けてあった。窓からは美しいマッジョーレ湖とボロメ諸島が一望の元に見渡せた。

「私はラウラ・ステリタと申します。このヴィラの使用人です。ご用の向きがございましたらいつでも遠慮なくお呼びください。ただいま犬用のバスケットと毛布、トレイなどをお持ちいたします」

 ラウラは簡潔に言ってその場を離れた。窓を開け放し、夕暮れに赤く染まるベラ島を見渡すと、涼しい風が部屋に入ってきた。荷物を簡単にクローゼットに納め、ピカピカに磨かれたバスルームで軽くシャワーを浴びる。タオルがふかふかだったことも、オースティン氏の印象をさらによくした。

 バスルームからでて、氣持ち良く真っ白に洗濯された枕カバーなどをちらっと見ながらオースティン氏はこの屋敷の持ち主のことを考えた。

「いったい、奥様ってのはどんな人なんだろう、グルーバー?」
グルーバーはすでに、心地よいクッションの入ったバスケットの中に丸まっていた。近くの椅子には毛布が、そしてその横にはグルーバーのトイレ用のトレイがおかれていた。

 しばらくするとラウラが食事の用意ができたと呼びに来た。グルーバーも一緒にと言う。オースティン氏はその心遣いに感謝するとともにほっとした。

 彼自身は認めなかったが、グルーバーがいないといつも何故か大変心細い思いをするのだ。

 一階の食堂はやはりかつては大変豪奢だったとおもわれる造りで、大きなシャンデリアが天井から外れて落ちてきませんように、とオースティン氏は秘かに祈った。二十人は座れるだろうと思われるテーブルにただ一人女性が座っている。

 オースティン氏は彼女の近くまで行って恭しく挨拶をした。その女性は重々しく言った。
「ようこそエミーリオ荘へ。私はここの女主人でアントネッラ・マンツォーニと申します」

「窮地をお救いくださいまして、心より感謝いたします。私は英国からきました、ゴルツィ氏の友人でジョン・ヘンリー・オースティンと申します。これは、私の連れのグルーバーですが、犬が同席してもよろしいのでしょうか」
「ちっとも構いませんことよ。お客様が犬を連れて滞在なさるのは普通のことですもの。特に狩のシーズンは、ですけれど」

 この家にお客様? とオースティン氏は少しだけ思ったが、もちろん口には出さなかった。

 マンツォーニ夫人は少々神経質な感じのする金髪美人だった。年のころは四十代後半から五十代、濃い化粧と強い香水の匂いがする。差し出された手にキスをする時、その指に三個も指輪が嵌めてあるのに氣づき、オースティン氏は驚いた。

 幸い、オースティン氏の席はマンツォーニ夫人の向かい、つまり二十人以上座れるテーブルの端と端だったので食事の間夫人の香水の匂いに悩まされることもなさそうだった。

 ラウラがスープを運んできて、給仕する。アスパラガスの薫りが食欲をそそる。オースティン氏はマンツォーニ夫人に訊かれるままに、自分がロンドンの小さな法律事務所に勤めていること、独身で家族はグルーバーだけであること、ゴルツィ氏とは仕事を通じて七年ほどのつきあいのある親しい友人であることなどを話した。

 ラウラがクリーム風味のニョッキを運んできた後、マンツォーニ夫人はこの屋敷は夫が三十年ほど前に購入したこと、その夫は現在はここにはいないことなどを氣取った言葉遣いで話した。

 ペンネ・アラビアータに続き、ウズラ肉と香味野菜ソテー、デザートにはパンナコッタのオレンジソースがけが運ばれてきた。どれもレストランに負けない味であるだけでなく美しい盛りつけである。選ばれたワインも全てがしっくり合い、普段は食に頓着しない彼でもこの屋敷の食事は並みならぬ水準であることに氣づいた。

「素晴らしい夕食でした。こちらでは特別なシェフを雇っていらっしゃるのですか?」
「いいえ、これはラウラが調理しているのです。お恥ずかしい限りですわ」

 オースティン氏はびっくりした。じゃあ、調理、盛りつけ、給仕を全部一人でやっていたのか? しかも完全なタイミングで出てきた。

 エスプレッソを飲みながら、先程からなんとなく変だと思っていたことが急にわかった。この屋敷にはこのマンツォーニ夫人という支配者とラウラという使用人の二人しかいないのだ。それなのに、使用人が五人も十人もいるような生活をしている。それが破綻せずにまわっているのが妙なのだ。

 隅々まで行き届いた掃除と心遣い、手の凝った料理と大仰な給仕、氣持ちのいいホスピタリティと貴族的な氣位。それは、居心地はいいもののどこか痛々しい感じがするのだった。それも痛々しいのは超人並に働いているラウラの方ではなく、むしろ年代物のカットグラスを物憂げに傾けるマンツォーニ夫人の方なのである。

「私の夫は貿易で財をなしましたの。ストレーザに住むのは子供の頃からの夢だったと申しましたわ。私は子供の頃からローマとコモを行き来する生活でしたから、夫がこの屋敷を買ったときも、特に感慨はなかったんですけれどね。不思議なことに私だけがこのストレーザに住むことになりましたわ」

「あの、失礼ですがご主人様はお亡くなりになったのでしょうか」
オースティン氏は恐る恐る訊いてみた。

「ラウラ、濃いエスプレッソをもう一杯持ってきて頂戴」
夫人は突然そう言い、それから永いこと黙っていたが、蝋燭の燃えるジジ……という音をきいて我に返ったように言った。
「実のところ、私は死んだと思っていますの。アフリカにはライオンとか、豹とかが沢山いますでしょう?」

 面食らったオースティン氏が答えを探して脳味噌をフル回転させているとラウラが銀のコーヒーポットを持ってテーブルに近づいて来た。

「今年で七年になるはずだわ。そうだったわね、ラウラ」
「左様でございます。奥様、私がこちらでお世話になる三年前のことでございますから」

 オースティン氏は助けを求めるようにラウラの顔を見た。ラウラは小さく頷きながら続けた。
「ご主人様は、ボツワナへおでかけになって以来、行方知れずになってしまわれたのです」

「余計なことは言わなくていいのよ」
マンツォーニ夫人の語氣の鋭さにオースティン氏はびっくりした。マンツォーニ夫人はコーヒーに手をつけないまま席を立った。

「いつまででも構いませんから、どうぞゆっくりご逗留なさってくださいね。外国のお客様を迎えるのは何よりも楽しいひとときですもの。たった一人で暮らしているのは、大層退屈なものですわ」

 夫人がいなくなるとオースティン氏はラウラに詫びた。夫人の叱責を浴びるようなことを言わせてしまったのはほかならぬ自分だとわかっていたからだ。ラウラは冷たくなったコーヒーを大して落胆した様子もなく片づけながら言った。

「お氣になさらないでください。奥様のお話の仕方には、びっくりなさったでしょう。でも、ご主人様のことは本当ですもの。他に申しようがありませんわ」
「それ以来、あの人はこういうふうに暮らしているのかい?」
「ええ」

 ラウラはイタリア人にしては言葉の少ない女性だった。英国の女性でも使用人というのはもう少し面白おかしく話すものだが、ラウラの返事からはあまり多くの情報は期待できない。

 だが、それでもオースティン氏はラウラに大変な好印象を持った。それは、これだけの有能で誠実な使用人に対してあのように冷淡に振る舞うマンツォーニ夫人への若干の反感も手伝ってのことだった。また、この使用人の話す英語が高等教育を受けたはずの夫人の英語よりもはるかに達者で正確だったことも、英国人オースティン氏の印象に大きく影響していることは間違いなかった。もちろん、イタリアに来て英語で通そうとしている自分のことは全く棚に上げて、である。

 それにしても、今日はなんという一日だっただろう。ピカデリーラインに乗り込んだときは、まさかこのような謎めいたヴィラで休暇が始まろうとは露ほども考えなかったものだ。この一件はなんとしてでもマッコリー夫人には内緒にしなくては。

 オースティン氏は洗濯のりの爽やかな薫りのする枕カバーに頭を埋め、バスケットにうずくまるグルーバーに「おやすみ」と声をかけた。グルーバーは満足そうに尻尾を振って見せた。

 まくら元のランプを消すと今晩は満月らしく、窓の外の白木蓮の大木がぼうっと浮かび上がって見えた。重く疲れ果てたように垂れ下がっている花びらの大軍。甘ったるくねっとりとした薫りが空氣を不透明にしているような氣がする。物憂げな空氣はストレーザの印象を大きく変えた。

* * *


 翌朝、少し肌寒い中オーステイン氏は自然と目が覚めた。体が重い。というよりは、頭の奥が鈍くうずいている感じで体があまり持ち上がらない。よく眠ったはずなのにどうしてだろう。

 彼は大変目覚めのいい性質だった。ロンドンではよほど早起きをしなくてはいけないとき以外は目覚まし時計を必要としない。よほど早いのかと思い時計をみると既に八時半をまわっている。慌てて起きて大急ぎで顔を洗い髭をあたる。

 ふと見るとグルーバーも大儀そうに毛繕いをしている。
「なんだ、お前も寝過ごしたのか。俺達、昨日の騒動でよっぽど疲れていたのかな」

 恨めしげに窓からゴルツィ氏の屋敷を眺めるが、やはり人のいる氣配は感じられない。いそいそと食堂に降りていくと階段を掃除しているラウラと遭った。

「お早うございます。オースティン様」
「お早う。シニョーラ・ステリタ。朝食に遅れてしまったようで大変申し訳ない」
「ラウラで結構ですわ。いいえ、ちっとも遅くございませんわ。奥様の朝食はいつも九時過ぎです」
と、微笑んだ。オースティン氏はその笑顔の爽やかさにどきりとした。

「朝食の準備は食堂に用意してございます。コーヒーになさいますか?紅茶やホットチョコレートなどもございますけれども」
「紅茶をもらおうかな。ミルクティを用意するのは大変かい?」
「とんでもございません。すぐにお持ちしますわ。卵料理なども召し上がりますか」

 オースティン氏は感激した。通常朝食では食べない卵料理を、英国人の自分のために用意しようかと訊いてくれている。
「いや、いいよ。君はただでさえ忙しいんだから」

グルーバーはまたはじまった、という顔をした。うちのご主人様はどうしてこう美人に弱いのだろう。

 そういうわけで、トーストではなく丸いパンとバター、ジャムとミルクティの朝食の間中、オースティン氏はせっせと働くラウラを見ながら、少々ぼうっとしていた。

* * *


「ロンドンにお住まいの前は、確かケンブリッジにいらしたっておっしゃいましたわよね、オースティンさん」

 愛想の良い笑顔を浮かべながらマンツォーニ夫人が近づいてきたのは、エミーリオ荘に滞在して五日目の午後も遅く、庭の樹木も少しくたびれた様相を見せはじめる時間であった。

 マッジョーレ湖を望む美しい庭園、どちらかというと手つかずの自然に近いものだったが、そこが英国人として氣に入ったオースティン氏は午後の散歩をしていたのだった。アントネッラは人目をはばかるように近づいてきたので、あきらかにラウラの眼をさけて彼と何かを話したかったのだろう。

「はい、書籍の販売に少し関っていた時代に、五年ほど住みましたが」
「ということは、今から十年ぐらい前は、ケンブリッジにいらしたの?」
「そういうことになりますね」

「じゃあ、その頃に留学していたイタリア人留学生と知合いになったりしたこともありますか」
「まあ、一人、二人、思い出す人もいますけれど……。どうしてですか?」

「探している子がいるのよ。今から十二年前から四年間、ケンブリッジのセント・アン・コレッジでアフリカ史を専攻していたソニア・マンツォーニという娘をね」
「マンツォーニ? ご親戚ではないんですか?」

「主人の娘です」
私の娘といわなかったからには、先妻か愛人の娘なのだろう。アントネッラの顔からは一瞬愛想笑いが消えて、眼に鋭い光が宿った。

「残念ながら、私の知っている人ではありませんね」

 オースティン氏の返事に、マンツォーニ夫人は少しだけ落胆したように見えたが、言葉を続けた。
「イギリスに帰ったら調べていただくことはできないかしら、大学にその当時の学生が卒業後どこに行ったかの記録がないかとか……」

「さあ、そういった情報があるかどうか別として、私のように縁もゆかりもないものが、そうした情報を入手できるかどうか……」
「必要ならば、私が委任状を書きます。でも、できるだけ内密にことを進めたいのよ」

 オースティン氏は、この女性がなぜ困っている見ず知らずの英国人に大層親切にしたのかわかった氣がした。窮地を救ってもらい、これだけのもてなしを受けたのだから、この役目は引き受けざるを得ないであろう。

 その日、オースティン氏はなぜ夫人がその娘を探しているのかあれこれ想像しながら一日を過ごした。
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Posted by 八少女 夕

樅の木のゆくえ

今日はちょっと思ったことを。

樅の木

日本だと各家庭にあるクリスマスツリーは、プラスチックのことが多いですよね。スイスやドイツでは、本物の樅の木とロウソクを使うことの方が多いのです。日本だと火事が心配でそんなことはしない(もしかして許可制?)だと思うんですが。

その樅の木は根がついていないので、クリスマスが終わると枯れてしまいます。

ドイツ語圏の人たちというのは、何事にも「環境が」とか「使い捨てはよくない」とか言います。ところがその同じ人たちが、毎年ものすごい量の樅の木が使い捨てにされていることには全く別の人のような態度を示すのです。

「プラスチックの木と電球なんて、本当のクリスマスじゃない」「これは伝統なんだ」「森は木を間引かないと健全な状態にならない」って、それぞれ理由をつけて抵抗してくるのです。

自分たちのしたいことになると急に「伝統が」「文化が」と言い出すのは、何もドイツ語圏の人たちだけではありません。日本人も例えばマグロをもう食べるな、鰻が絶滅危惧種だと言っても、やはりいろいろと理由をつけて資源の大量消費からは目を背けようとしますよね。

日本人がマグロをこんなに食べるようになったのも、土用の丑の日に鰻を食べるようになったのも、実は古来の伝統ではないですよね。

それと同様に、スイスの各家庭にクリスマスツリーが飾られるようになったのは、伝統なんかではなくてまだ100年も経っていないことです。私の知り合いの95歳の方は、子供の頃はクリスマスツリーは教会か学校にしかなかったと語っていますから。この樹々は森の間伐材じゃないこともはっきりしています。クリスマスのために育てているんですよ。サイズも形もいらない木ではなくて、ツリー用にちゃんと用意している商品です。

なぜ鰻を食べなくてはならないのか、もしくは、なぜ大量に廃棄のでる恵方巻を流行らせるのか、他の文化の人たちになんと言われようとも、それを振り切ってでも突っ走る心理は、この樅の木の扱いにもよく表れていると思います。

美しいもの、楽しい思い出、美味しいものを特権階級ではない人たちでも楽しめる時代になったことは有難いことです。私もマグロも鰻も好きですし、樅の木の香りもロウソクのついた厳かな姿も好きです。

それでも、この歓びの裏には巨額のお金、マーケティングなどが蠢いていて、実際に使い捨てや大量廃棄を生み出している問題もあることを意識すべきだと思っています。流行、マーケティングなどに踊らされて、必要もないのに何かを大量消費し、結果的に環境や生物の生存を脅かす前に、少し立ち止まってこれは本当に必要なのかと一人一人が考えるようになるといいのになと毎年思う待降節です。

というわけで(?)我が家のクリスマスツリーは、もちろんプラスチック製です。
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Posted by 八少女 夕

「ひぐらしのなく頃に 奏」

今日は音楽の話。この秋に発売された作品を買いました。



このブログによくいらっしゃっている方は、私がゲームやアニメに弱いことをよくご存知だと思います。もともとアニメに限らず映像作品をあまり観ない、テレビも観ないのですけれど、スイスに移住してからさらに何も観なくなって、日本のある程度の年齢の人間であれば観たことはなくても知っていて当然だという作品のことも何も知りません。

にもかかわらず、いきなり某ゲーム&アニメ作品の関連音楽の話をすることになったのは、ひとえに演奏者が知り合いだからです。

「ひぐらしのなく頃に」はもともとコンピュータゲームで、その後にテレビアニメにもなった作品のようですが、その音楽を弦楽四重奏とピアノで演奏した作品がこの秋にリリースされたのです。

このピアニストが、私の高校の先輩である栗原正和氏。同じ合唱部に一年間所属していたのですが、当時からピアノのウルトラ上手な憧れの先輩でした。(私が「ピアノを弾くいい男」を作品に登場させるようになったのは、この方への憧れに遠因があるのですよ)

今はプロのピアニストとして大変ご活躍なのですが、いわゆるクラッシックの演奏活動の他に、こうした少し変わった試みにも積極的に挑戦する方なのです。

で、CDの発売されたのが私が日本にいた時と前後していたのですが、iTunesからもダウンロードできるというのでダウンロード版で購入しました。

原作は私の苦手なホラー系の作品ということなんですが、音楽の方は全くそんな感じはなく、とても美しい旋律です。それも日本の自然のように、光や樹木、水、風といったものを感じさせて、思考を邪魔しない心地いい音楽です。

原作をご覧の方は、私のような感想や聴き方はしないでしょうけれど、私はまた例によって、自分の創作を妄想する時のBGMにしてしまいそうです。実際にそうやって使うのがぴったり来る系統の音楽です。

iTunesでは試聴も可能ですから、興味を持たれた方はぜひどうぞ。
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Posted by 八少女 夕

【小説】冬、やけっぱちのクリスマス



今日発表するのは、読み切り短編集「四季のまつり」の第4回、冬の話で「クリスマス」を題材にした掌編です。といっても、全世界的なクリスマスの話ではなくて、ちょっと歪んでしまっている日本的クリスマスの話(笑)そのクリスマスの風潮にいまいち乗り切れていない地味な紗英と、モテるお隣の歳下坊や宙の色氣のないクリスマスです。

もしかしたらデジャヴを感じる方もいるかもしれません。この二人は、以前に発表した「白菜のスープ」という作品のキャラクターたちです。といっても、とくに読む必要はありません。全部本文の中で説明されています。あ、出てくるもう一人のキャラも、別の作品で出てきている人だったりします。どうでもいいことですが。

今回、構成を作ったのは早かったんですが、書く時間がなくて本当にギリギリになってしまいました。はあ、落とすかと思った……。




冬、やけっぱちのクリスマス

 キッチンからは紗英を知るものなら首を傾げるような香りが漂っていた。熱したバナナとチョコレートってのは、どうしてこう甘ったるい匂いがするのかしらね。彼女は思った。

 この菓子を作っているのは、食べたかったからではない。ついつい食べ損ねて、真っ黒とまではいかないものの、皮が相当変色してしまったバナナが三本もあったのだ。世界には飢餓に苦しむ子供たちがたくさんいるというのに、熟しすぎたというだけで食品を捨てるのは嫌だった。それで、インターネットで検索して完熟バナナ三本を消費可能なレシピを探したのだ。

 中でも一番簡単なレシピを印刷した。本当に呆れるほど簡単で、十分も経たずに紗英はオーブンの前で腕を組んで立っていた。

「お。本当に紗英がデザート作ってるぞ。明日、雨が降るのか」
声に振り向くと、宙が台所の入口から覗いている。昔と違って背が高くなったので、紗英は彼を見上げなくてはならない。

「あんた、なに勝手に人ん家に上がり込んでいるのよ」
「勝手にじゃねぇよ。表でおばさんに挨拶したもん。お前が菓子作っているからどうぞって言われたぞ」
何がどうぞなのよ、お母さんったら。

 宙は、紗英の隣の家にずっと住んでいる。仲良しの母親同士がよく一緒にでかけたので、中学生だった紗英が小学生の彼の面倒をあれこれと看てやった。それなのに恩どころか人生の三年先輩に対する敬意すらも全く感じられないモノのいい方をする生意氣な大学生に育った。特にカッコいいとは紗英には思えないが、歳下の女の子たちにはやけにモテる。老人会の手伝いを嫌がらないせいか、町内のご婦人方からもちやほやされている。泣き虫の洟垂れ小僧だったくせに。

「それにしても、お前がこんなに可愛いもんを作るとは意外だよな。なになに、『簡単すぎる作り方はナイショ! 完熟バナナで愛されスイーツ』かあ。へえ。こんなに甘そうなのに材料も作り方もあっさりしてんなあ」
宙は、テーブルの上の印刷されたレシピを持ち上げて読んでいる。

 紗英はよけいな誤解をされるのはゴメンだと、ことさら渋い顔をして言った。
「何が『愛されスイーツ』よ。ただのチョコレートケーキじゃない」

「おい。ちゃんとレシピのタイトル読めよ。ケーキじゃなくてブラウニーだろ。正確には『チョコバナナブラウニー』だな。そのいい方だと『愛され』で検索したんじゃなくて『熟し過ぎバナナ』で探したんだろ」

 図星だったので少し赤くなったが、ちょうどタイマーがけたたましい音をさせたので、オーブンから取り出した。串で刺すと、ちょうどいい具合だったらしく生地はくっついてこない。紗英は大ざっぱに切り分けると大皿に載せてテーブルに載せた。ちゃっかり座り込んでいる宙は、嬉しそうに手を伸ばし「あちち」と言いながら食べた。

 あんたに食べさせるとはまだひと言も言っていないんだけれど。紗英はブツブツ言いつつ、彼の好きなほうじ茶を入れてやった。宙は甘ったるいフレーバーティの類いよりも、大袋で買える普通のほうじ茶が好きなのだが、カワイ子ちゃんの前ではかっこつけて言い出せないのだ。

「美味いじゃん、これ。砂糖は入れないでバナナの甘味だけで作ったんだ。これで十分だよな。どうせなら、これをクリスマスに作って食わせてくれよ」

 何を言っているんだ、この男は。私にクリスマスの予定があるんじゃないかと訊くくらいの礼をつくせんのか。紗英はムッとした。

 顔立ち、性格、生き方のどれも平凡でこれといって目立つことのない紗英には、クリスマスの直前に駆け込みで男を作るような才能はないと舐めきっているに違いない。その通りだけど。そこまで考えて、はたと思い出した。

「クリスマスって、大事な彼女の、名前なんだっけ、あ、そうそう、亜衣ちゃんはどうしたのよ」
「う~ん」

「もしかして、振られたの?」
意外な展開に、紗英は思わず単刀直入に質問してしまった。
「おいっ。そういうデリカシーのないいい方をすんなよ」

「ごめん。でも、なんで? あんたとつき合うまで、あんなに熱心だったじゃん、あの子」
「俺の誕生日にさ。同じゼミの後輩がザッハートルテを作ってきてくれたんだよ。それに美味かったってお礼を言ったらさ、他の女から受け取るのも食って喜ぶのもありえないって、激怒。いいじゃん、食ったって。せっかく作ってくれたのに、もったいないよ」

 宙はそう言いつつ、さほどハートブレイクという感じでもないようだ。いずれにしても他のカワイ子ちゃんたちが、隙を狙っているんだろうし。紗英はさほど同情していない。

「あははは。そういうのなんていうか知っている?『二兎を追うものは一兎を得ず』」
「追ってねえよ。お前こそ一兎ぐらい追ってみせろよ。どうせクリスマスはまた一人ぼっちなんだろ?」
「ふん。社会人はね。クリスマスイヴだって仕事があるんです。その日は総務の京極さんのお手伝いよ」

 総務の京極さんというのは、紗英の勤めている会社で一番人氣の課長補佐だ。切れ者で性格もよく、しかも超絶イケメンと呼ばれるのにふさわしい美形であるだけでなく、中央区に先祖代々伝わっているというとんでもなく広いお屋敷に住んでいる大金持ちのご令息らしい。もちろん、秘書課や外商の美人社員たちがこぞって狙っているので、はなからアタックするつもりはない。が、なぜかその日にだけ、いつも彼とペアで定例業務をしている先輩社員の代わりを務めることになって、多くの女子社員から羨望光線を浴びているのだ。

 だが、「クリスマスイヴに残業のできない予定はなさそうな女子社員」と烙印を押されたも同然だということは、紗英も薄々感づいていた。実際にそうなんだけれど。

「なんだ。結局毎年と一緒じゃないか。じゃ、帰って来たら電話しろよ。おじさんとおばさんは恒例の年末海外旅行なんだろ。お前の寂しい一人ディナーにつきあってやるからさ」

 何をエラそうに。自分の予定がなくなったからでしょ。でも、大人の余裕を見せるために断らないでおいてやった。

「なんか普通の美味いもんが食べたいな。フレンチみたいな小洒落たんじゃなくて子供ん時に食べていたみたいな懐かしい系」
「なにそれ。ただの晩ご飯じゃない」
「それそれ、そういうの。カワイ子ちゃんとのクリスマスデートって肩凝るもんな」

 なに負け惜しみ言ってんのよ。そう思いつつも、いつもの晩ご飯を作るだけなら氣が楽だと思った。それに、私が残業になっても、こいつは自分の家で普通に食べればいいんだし。ともあれ明日またバナナ買ってきて少し放置させなくちゃ。

* * *


 結局、本当に残業になってしまった。といっても、たった一時間程度で、普段の退社時間とあまりかわらない。宙には四時半の段階でちゃんとメールを入れた。
「今日は仕事が長引いて遅くなりそう。帰ってから料理すると遅くなるから、別の日に改めて。ブラウニーは、明日持って行く」

 彼からは「了解」という返事をもらったし、安心していた。むしろ京極さんに「クリスマスイヴなのに、本当に申し訳ない」と恐縮されて、たとえこんなくだらないシチュエーションでも、京極さんにこんなに氣を遣われるなんて嬉しいと思っていたのだ。

 それはそうと、京極さんこそこのクリスマスイヴに残業なんてしていていいのかしらと紗英は首を傾げていた。もっとも、だからこそ本当ならもっとかかりそうな量の作業を、恐るべきスピードでテキパキ片付けたのかもしれない。

 仕事は終わり、退出する会社の玄関で彼が訊いた。
「遅くなってしまったし、本当に今夜予定がないなら、近くで寿司でもごちそうしようかと思うんだけれど」

 ええ~! 京極さんと。ど、どうしよう。みんなに妬まれて大変なことになるかも。でも、これは天から私に与えられたクリスマスプレゼントかな。狼狽えているところに、コートのポケットから着信音が響いた。

 見ると、無粋なことに宙からだった。
「サンダース大尉のところでチキンを大量ゲット! 終わったら寄れ」

「チ、チキンを大量って、バーレルかしら……」
紗英が呟くと、京極は少し笑って「待ちかねている人がいるみたいだね」と言った。「そんなんじゃないです」と否定しても無駄だった。

 紳士的な別れの挨拶をして彼は去って行った。おそらくオーダーメードで作ったと思われる素敵なトレンチコートの後ろ姿に最敬礼をすると、紗英はクリスマスメロディとケーキを叩き売る街の喧噪に紛れて地下鉄の改札へと急いだ。

 私の生涯一度のチャンスをよくも。それにお寿司の代わりに、ファーストフードのチキンって、どうよ。心の中の罵倒とは裏腹に、紗英は妙にニヤニヤしながら電車に乗った。

(初出:2016年12月 書き下ろし)
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Posted by 八少女 夕

水辺に魅かれて

ルガーノ湖

旅行に、通勤に、常にカメラを携帯していますが、「これを撮りたい」という光景は似通っているように思います。街の光景や美味しそうな食事、動物の姿、ちょっとした人びとの姿(顔が映らないようにしたりすることが多いし、ほとんど公開できませんが)の他に、多いなと思うのが水辺の写真です。

水に光が反射している、一瞬の光景に「あ」と思うことが多いみたいなのです。

スイスには海がないので、普段よく撮るのは湖や、沼、それに川などの写真ですね。

この写真は先日訪れたルガーノでの一瞬の光景です。
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Posted by 八少女 夕

遣う時はえいやっといきます。

久々のトラックバックテーマです。お題は「今まででした一番贅沢なお買い物ははなんですか?」ですね。

ずばり、「ムパタ塾とそれに続くアフリカ旅行」ですね。

アフリカの太陽

29歳のとき、会社を辞めてケニアで一ヶ月間開催された「ムパタ塾」というのに参加したんですけれど、それにかかった費用が一度で払ったお金では最高額だったかなあ。130万円くらいかかったと思います。

ムパタ塾とアフリカ経験については、こちらのカテゴリーで読めます。

他にも、海外旅行では、21歳の時にヨーロッパ55日間の旅というのをやっていますが、超貧乏旅でしたが70万円くらい使いましたかね。当時は今よりも航空運賃も高かったし、一応女の子だったから最低限の安全も確保しなくちゃいけませんでしたからね。

現在は、旅でもっとずっと贅沢していますが、そんなに長くは行けないので、そんなにはかかりませんね。

続いては、おそらく現在の愛車。身の程をわきまえて中古ですが、ヨーロッパではあまり出回っていないオートマ車なので比較的高めでした。
Yaris!

それから、かつての勤め先で買った訪問着だなあ。ひわ色が好きで一目惚れしました。あれはいい買い物でした。

こんにちは!トラックバックテーマ担当の一之瀬です。今日のテーマは「今まででした一番贅沢なお買い物はなんですか?」です。私は普段から倹約しがちなのですが、海外旅行に行ったときの現地のマーケットやレストランなど、その時でしか買えないものや食べれないものには思わずお財布のひもがゆるんでしまいますね現地で買ったヴィンテージの指輪はとても高かったですが、今でも1番のお気に入りです皆さんが今まででした一番贅沢...
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