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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 風の音

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


scriviamo!の第十三弾です。

けいさんは、当ブログの55555Hitのお祝いも兼ねて「大道芸人たち Artistas callejeros」のあるシーンを別視点で目撃した作品を書いてくださいました。ありがとうございます!


けいさんの書いてくださった小説『旅人たちの一コマ (scriviamo! 2015)』

けいさんは、オーストラリア在住の小説を書くブロガーさん。心に響く素敵なキャラクターが溢れる、青春小説をお得意となさっていらっしゃいます。読後感の爽やかさと、ハートフル度は、ブログのお友だちの中でも群を抜いていらっしゃいます。雑記を読んでいても感じることですが、なんというのか、お人柄がにじみ出ているのです。まさにタイトル通り「憩」の場所なのですよね。2月12日に、40000Hitを迎えられました。おめでとうございます!

海外在住ということで、勝手に親しみを持ってそれを押し付けているのですが、それも嫌がらずにつき合ってくださっています。いつもありがとうございます。

さて、「scriviamo!」初参加のけいさんが書いてくださったのは、このブログで一番知名度が高い「大道芸人たち Artistas callejeros」に関連する作品。「●●が○○に△△した」あのシーンです。ってわかりませんよね。これです。自分でも好きなシーンなので、注目していただけて、さらにけいさんらしい優しい視線でリライトしていただけて感激です。端から見ると、そうなっていたんですね(笑)

というわけで、この目撃者を捕まえちゃうことにしました。折角なので、私もけいさんの作品の中で最初に読破した代表作「夢叶」を使わせていただくだけでなく、勝手にとあるキャラとコラボさせていただくことにしました。作品を読んでいる時から注目していた、あの人です。

なお、この作品には、「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(チャプター4)のネタバレが含まれています。大したネタバレではありませんし、すでに既読の方の間では既成事実となっているので「今さら」ですが、「まだ知りたくない!」という方がいらっしゃいましたら、お氣をつけ下さいませ。あ、あと「夢叶」もちょっとだけネタバレです、すみません!


【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ

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あらすじと登場人物

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【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編
風の音 - Featuring「夢叶」
——Special thanks to Kei san


 ゆっくりと階段をひとつひとつ踏みしめて登った。心地よい風が耳元で秋だよと囁く。サン・ベノア自然地学保護区にある遊歩型美術館に行こうと口にしたのは蝶子だった。ここは、南仏プロヴァンス、ディーニュ・レ・バン。今ごろはニースで稼いでいるはずだった。実際に、稔とレネは今ごろどこかの広場で稼ぎながら待っていることだろう。

 蝶子は、前を行くヴィルの背中を見上げた。青い空、赤い岩肌、オリーブ色の乾いた樹々。何と暖かく、心地よく美しく見えることだろう。この男の存在する世界。アンモナイトや恐竜の眠る、太古の秘密を抱くこの土地で、彼女は今を生きていることを感じる。迷う必要はなかった。苦しむこともなかった。これでいいのだと魂が告げるのだから。

 彼が振り向いた。そして、蝶子が少し遅れているのを見て、手を差し出した。あたり前のごとく。昨日までは、見つめることしか出来なかった。諦め、去っていこうとすらした。彼もまた、迷いを取り去ったことを感じて、蝶子は手を伸ばした。二つの、銀の同じデザインの指輪が、強いプロヴァンスの光に輝いた。二人は、階段の曲がり角に立ち、赤茶色の屋根の並ぶディーニュの街を見下ろした。

 風の音に耳を傾けた。

 人生とは、何と不思議なものなのだろう。閉ざされていた扉が開かれた時の、思いもしなかった光景に心は踊る。フルートが吹ければそれでいい、ずっと一人でもかまわないと信じていた。世界は散文的で、生き抜くための環境に過ぎなかった。

 だが、それは大きな間違いだった。蝶子は大切な仲間と出会い、そして愛する男とも出会った。風は告げる。美しく生きよと。世界は光に満ちている。そして優しく暖かい。

 ヴィルが蝶子の向こう側、階段の先を見たので、彼女も振り向いた。そこには一人の青年が立っていて、信じられないという表情をしていた。蝶子はこの青年にはまったく見覚えがなかった。だが、それはいつものこと、彼女は関心のない人間の顔は全く憶えておらず、大学の同級生であった稔の顔すら忘れていたことを未だにいじられるくらいだから、逢ったことのある人だと言われても不思議はないと考えた。

ヴェル ?」蝶子が訊くとヴィルは「知らないカイネ・アーヌング 」と短く答えた。それが、ドイツ語だったので、その見知らぬ青年は笑って「こんにちはグリュエツィ 」と言った。蝶子は首を傾げた。どこかで聞いたことのある挨拶だが何語なのだろう。

「スイス人か」
「ええ。ドイツの方だとは思いませんでした」
二人の会話で、蝶子にも納得がいった。二人はドイツ語で話している。先ほどのはスイス・ジャーマンの挨拶なのだ。

「申し訳ないが、どこで逢ったんだろうか、大道芸をしている時に見ていたのか?」
そうヴィルが訊くと、青年は首を振った。
「いいえ。僕は昨日着いたばかりなんです。駅であなたたちをみかけました。はじめまして、僕はロジャーと言います」

 ヴィルは無表情に頷き「ヴィルだ。よろしく」と言った。蝶子は、赤面もののシーンを見られていたことへの恥ずかしさは全く見せずににっこりと微笑むと、ヴィルとつないでいた手を離してロジャーと握手をした。
「蝶子よ。よろしく」

「ここは、素敵ですね」
青年は言った。

「プロヴァンスは、はじめてなのか?」
「ええ。バーゼルに住んでいるのに、休暇で南フランスへ行こうと思ったのは初めてなんですよ。隣町がフランスだというのに。ここは、まるで別世界だ」
「俺もプロヴァンスは好きだ。風通しが良くて、酒もうまい」

「南フランスがはじめてなら、普段はどこへ休暇に行っているの?」
蝶子が訊くと、ロジャーは笑った。
「遠い所ばかり。南アフリカ、カナダ、カンボジア、それに、休暇ではないけれど、学生時代にかなり長いことオーストラリアにもいたな。ここの赤い岩肌は、あの国を思い出させる……」

「エアーズロックかしら?」
蝶子が訊くとロジャーは頷いた。
「あなたは、日本人ですか?」
「ええ。日本人よ。どうして?」
「僕は、あそこで日本人と友達になったんだ。とてもいいヤツで、またいつか逢えたらいいと思っている。今、彼のことを思い出しながら、ここを歩いていたんです」

 そういうと、彼は、小さく歌を口ずさみだした。蝶子とヴィルは、顔を見合わせた。それからヴィルが下のパートをハミングでなぞった。ロジャーは目を丸くして二人を見た。

「どうしてこの曲を?」
その曲は、ロジャーの日本の友人がエアーズロックで作曲したばかりだと聴かせてくれたオリジナル曲だった。なぜ南仏で出会った見知らぬ人たちが歌えるんだろう。

 蝶子はウィンクした。
「それ、私たちのレパートリーにも入っているのよ。スクランプシャスの『The Sound of Wind』でしょ?」

 スクランプシャスは、日本でとても人氣のあるバンドで、最近はアメリカでもじわじわと人氣が広がっている。ヨーロッパでも、ツアーが予定されているので、いずれはこちらでブレイクするだろう。日本に帰国した時に、稔が大喜びでデビューアルバム『Scrumptious』のCDと楽譜を買ってきたのだ。

「じゃあ、ショーゴは、デビューしたんですか? 夢を叶えたんですね?」
「ショーゴって、ボーカルの田島祥吾のことよね。ええ、彼は今や大スターよ」

 ロジャーは、微笑んで大きく息をついた。
「ウルルで、彼は僕にこう言ったんですよ。『夢を誰かに話すと、その夢は叶う』って。本当だったんだ」
ロジャーは、ヘーゼルナッツ色の瞳を輝かせた。

「あんたも、彼に夢を話したのか?」
「ええ。『世界を駆けるジャーナリストになる』ってね。あの頃、僕はただの学生でしたが、今は、本当に新聞社に勤めている。まだ『世界の……』にはなっていないけれど、言われてみれば、少しずつ進んでいますね」

「じゃあ、きっと叶うわ。だって、ここで私たちに夢を話しているもの」

 蝶子は、フルートを取り出すと、ディーニュの街へと降りてゆくプロヴァンスの風に向かって、『The Sound of Wind』を演奏しはじめた。ロジャーとヴィルがそのメロディを追う。通りかかった人たちも、微笑みながらその演奏に耳を傾けていた。

 風は、地球をめぐっていた。アボリジニたちの聖地で生まれた歌が、世界をめぐり、南仏で出会う。秋の優しい光が、旅人たちを見つめている。ひと時の出会いを祝福しながら。

(初出:2015年2月 書き下ろし)

追記


お借りしたロジャーというキャラは、私の住むグラウビュンデン州でしか話されていないロマンシュ語も話すことのできるスイス人。いつかは共演させていただきたいと願っていたので、お許しなく勝手にお借りしちゃいました。

スクランプシャスというバンドの田島祥吾という青年こそ『夢叶』の主人公です。ロジャーと祥吾が語り合うウルル(エアーズロック)のシーンに感動したのは昨日のことのよう。同じ赤い岩肌のある場所で、彼のことを無理矢理思い出していただくことにしました。

Musée Promenade de Digne les Bains
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