scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】さようならのかわりに

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第十七弾です。TOM-Fさんは、もう一度「マンハッタンの日本人」のための作品を書いてくださいました。ありがとうございます。

TOM-Fさんの書いてくださった『マイ・ディアレスト - サザンクロス・ジュエルボックス アフターストーリー』
TOM-Fさんの関連する小説: 
「天文部」シリーズ
『この星空の向こうに』-Featuring『マンハッタンの日本人』
『この星空の向こうに』第2話サザンクロス・ジュエルボックス -Featuring『マンハッタンの日本人』


今年の「scriviamo!」は、全く今までと違った盛り上がり方をしました。なぜモテるのかよくわからないヒロインの取り合いという、書いている本人が首を傾げる状況でした。TOM-Fさんも、たぶん「乗りかかった舟」というのか、半ば私に脅される形で、アタックするジョセフを書いてくださいました。

自分で「ぐらっときたほうに美穂をあげます」と、書いてしまい、死ぬほど後悔しました。実生活だって、こんなに悩んだことないのに、なぜ小説でこんなに悩むことに……。ええ、三角関係を煽るような真似は、もうしません。海より深く反省しました。

今回書いたこの作品が、私の書く「マンハッタンの日本人」シリーズの最終回です。皆さんご注目の「どっちを選んだか」には異論があることも承知です。みなさんの予想とどう違ったかにも興味があります。

それはともかく、この作品を、ここまで盛り上げてくださった、ポール・ブリッツさんとTOM-Fさんのお二人、そして《Cherry & Cherry》とキャシー誕生のきっかけをくださったウゾさん、それから一緒になって騒いでくださった読者のみなさまに心から御礼申し上げます。


【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、まとめ読み出来るようにしてあります。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ

「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「マンハッタンの日本人」シリーズ 13
さようならのかわりに
——Special thanks to Paul Blitz-san & TOM-F-san


 なんて明るいのだろう。美穂はワーナーセンターの入口で、ネオンの灯でまるで昼のように明るいマンハッタンを見回した。何年この街にいたんだろう。これが見納めなのかと思うと、不思議な心持ちがした。もう全部終わったんだよね。船便で送り出した荷物は、あっけないほど少なかった。あとは小さなスーツケースが一つだけ。アパートメントの解約は、キャシーがやってくれることになっている。

 《Cherry & Cherry》をオーナーは売ることにした。夜番のジェフとロイが引き抜かれて辞め、キャシーも妊娠して、ロングビーチのボブの両親の家の近くに引越すことになったのだ。以前から《Cherry & Cherry》を売るチャンスを待っていたオーナーは今だと判断したらしい。美穂には、《Star’s Diner》に戻るように言ったが、美穂は首を振った。

 ちょうど今そうなったのが、天の采配のように感じた。

 一週間前の夜、キャシーは浮かれて帰ってきた。ボブが子供ができたことを喜ぶなんて、夢にも思っていなかった。結婚することになったのも、それ以上の驚きだった。

 その日の午後、取材旅行に向かう前のジョセフ・クロンカイトが美穂にと言伝た薔薇の花束と手紙は、産婦人科に行く直前にアパートメントの机の上に置いて来た。美穂には「早くアパートメントに戻ってきなさいよ。驚くものが置いてあるわよ」とメールを打って。

 だから、二人でお互いの幸福を祝うつもりで、笑ってドアを開けたのだ。するとキッチンで美穂が泣いていた。そんなことは、夢にも考えていなかった。美穂の手元には、手紙があった。

「なんで泣いているの?」
キャシーは、ジョセフがプロポーズするのだと思っていた。紅い薔薇の花束の意味だって、それ以外にあるんだろうか。

 美穂は、ジョセフがプロポーズしたことを認めた。手紙には、取材旅行から戻ったら一緒に二人の故郷を訪ねる旅をしようと書いてあった。水曜日に用意をして待っていてほしいと。すぐに旅立てるように。それは、ポールがサンフランシスコに行くときに美穂に送ったメールの内容を彷彿とさせた。美穂が、愛の告白だと信じた旅立ちへの誘い。

「だったら、なぜ泣いているの?」
「あの時は、書いてなかった、あの時に言ってほしかった言葉が書いてあるんだもの」
――君を愛している。……これからの人生を、私とともに送ってほしい。

「よかったじゃない」
キャシーが言うと、美穂は、もっと激しく泣き出した。
「……わかってしまったんだもの。私は、ポールにそう言ってもらいたかったんだって」

 キャシーは、青ざめて立ちすくんだ。
「でも、ポールは言ってくれなかった。これからも言ってくれない。たぶん最初から、一度だって好きになってくれなかったんだよね。私は、ただの同僚でしかなかった。でも、だからといって、忘れられるわけじゃない。ジョセフは、こんなにいい人なのに、どうして私は……」

「ミスター・クロンカイトとは、結婚できないの?」
美穂は首を振った。
「できない。少なくとも、今はできない。だって、応えられないもの。あの人の優しさや、愛情に。ポールのことを考えながら、どうやっていい奥さんになれるの? そんなの不可能でしょう?」

 キャシーは、両掌を組んで、二つの親指を神経質に回していたが、やがて決心したように食器棚の小さな引き出しから封筒を取り出してきた。両手で顔を覆って泣いていた美穂は、机の上、自分の前に置かれた封筒に氣づき、不安げにキャシーを見上げた。

「すごく後悔した。隠したりすべきじゃなかったって。でも、もうやってしまって、これを知られたらミホは私を二度と信用してくれないと思ったから、渡せなかった。ごめんね、ミホ……」

 美穂は、裏返して、ポールの名前を見つけ、信じられないようにその封筒を見つめていた。それから、丁寧に封を切って中の航空券と手紙を取り出した。

 美穂は黙ってその手紙を読んでいたが、小さくため息をついて再び顔を手で覆った。
「遅すぎた?」
キャシーが訊くと、美穂は頷いた。キャシーは下唇を噛んで、椅子に座り込んだ。
「怒ってよ。殴ってもいいよ、ミホ……」

 美穂は、首を振った。それから、そっとポールの手紙をキャシーに見せた。
「同じだもの……。また、書いていないもの……」

 ポールの手紙には、二号店のオープンに招待したいということが書いてあった。ジョセフの手紙と違って、それはプロポーズではなくて招待状に過ぎなかった。航空券の日付は、この前の土曜日だった。美穂がジョセフのホームパーティを手伝った日だ。

「私が手紙を隠していたって、連絡してみたら?」
そう言うキャシーに美穂は首を振った。
「それが何になるの? もういいの。そろそろ前を向かなくちゃ」

 《Cherry & Cherry》の売却のことを知った美穂は、潮時だと思った。オーナーに「日本に帰ります」と決心を伝えた。それからの一週間で、全てが終わってしまった。ジョセフに断りの連絡をし、航空券を手配し、荷造りをした。そして、今夜がマンハッタンの夜景を見る最後の夜になってしまった。

 ゆっくりと五番街をめぐり、それからワーナーセンターの前に来た。足がいつかジョセフと待ち合わせをしたエスカレータの近くへと向かっていた。

 ジョセフには、逢って断りをいれることができなかった。彼はマンハッタンにいなかったし、旅行をキャンセルしてもらうためには、どれほど失礼だとわかっていても、電話をするしかなかった。そして、それっきりになってしまっていた。

 さようならを言うために時間をとってもらうことなんてできない。そうでなくても、忙しい人なのだ。ましてや、私は彼を傷つけてしまったのだから。でも……。
  
 人波を遮るように立っていたが、やがてため息をついて端の方にどいた。それから、携帯電話を取り出してメールを打った。

――親愛なるジョセフ。私のためにしてくださった全てのことに対して心から感謝します。どこにいても、あなたの健康とさらなるご活躍を祈っています。ありがとうございました。美穂

 メールが送信されてから一分も経たないうちに、電話が鳴った。ジョセフ……。
「今、どこにいる」

 同じやり取りをここでしたな、そう美穂は思った。
「マンハッタンです」
「それは、想像していたよ。もう少し狭い範囲で、どこにいる?」
「ワーナーセンターの、あのエスカレータの所です」
素直に美穂は言った。「二分で行く」と言われて電話が切れた。

 逢うのは心が乱れると思ったが、きちんと挨拶ができると思うと、ほっとした。あんなにひどいことをしたのに、彼は少しも変わらない。美穂はぼんやりと考えた。

 エスカレータを降りてくるのだと思っていたが、彼は全く反対の方向からやってきた。
「危うく建物を出てしまう所だった。今夜は運がよかったんだな」
そう言うと、以前と全く変わらずに微笑んだ。美穂は申し訳なくて頭を下げた。

 マンダリン・オリエンタル・ホテルのラウンジから、素晴らしい夜景が見えた。星屑が煌めくように、今夜のマンハッタンは潤んで見えた。何を飲みたいかと訊かれてマンハッタンを注文した。これで最後だからというのもあったが、少し強い酒を飲んで、恥ずかしさを誤摩化してしまいたかったから。
「すみません。お時間をとっていただくことになってしまって」

 ジョセフは少しだけ辛そうに眉をしかめた。
「そんな風に、他人行儀にしないでくれないか。それでも、連絡してくれてありがとう」
「どうしてもお礼を言いたかったんです。もう、お逢いすることはできないと思いますし」
「どうして。君は、友人としてすらも私には逢いたくないのか?」

 美穂は、首を振った。
「いいえ。でも、日本は遠いですから」
「日本に帰るのか? いつ?」
「明日」
「どうして?」

 美穂は、答えるまでに長い時間をかけた。彼の目を見て話すことができなくて、オレンジ色のカクテルを見ていた。

「エンパイアステート・ビルディングに連れていってくださった時に、おっしゃいましたよね。『ニューヨークに好きな場所がたくさんできていた』って。私、長く居れば、そうなれるのかもしれないと思っていたんです。でも、今は、居ればいるほど、苦しくなる思い出ばかりが増えていくんです。どこに行っても、かつては好きだった場所が、楽しかったり幸せだった場所が、心を突き刺す悲しい場所に変わっているんです」

「彼との想い出の場所だから?」
「それもあります。でも、それだけではありません。一生懸命働いた場所も、キャシーと一緒に過ごした場所も、それに、あなたと歩いた場所も、全てです……」

 彼は、バーボンを飲む手を止めた。
「今、こうしているここも、辛い場所に加わるのか?」
「わかりません。いずれにしてもこの街には、もう二度と来ないでしょうから……」

 ジョセフはしばらく考えていたが、美穂の方を見て続けた。
「結局、彼には連絡しなかったのか?」
「これ以上悲しくなる必要もないと思って。それに、二度の誘いに返事もしなかった私のことを、彼は軽蔑していると思います。そんな女がずっと好きだったと言っても信じてくれないでしょう? もう、いいんです。日本で、全く違う文化と社会の中に埋もれれば、きっと忘れられると思います」
 
 ジョセフは、何も言わずにしばらくグラスを傾けていた。美穂は、無神経なことを言って、ジョセフにも軽蔑されたんだろうなと思い、悲しくなった。こうした話をすることができるのは、この人しか居なかったのだと今さらのように氣がついた。キャシーにも、他の誰にも、それどころか、日本の家族や友人にもいなかった。これからは、世界中に一人も居なくなってしまうのだと思った。自業自得だものね。

 その美穂の思考を遮るように、突然彼が言った。
「航空券をここに持っているか?」
「え? はい」

 美穂は、どうするつもりなのだろうと思いながら、バウチャーをジョセフに見せた。14時45分発ロサンジェルス経由羽田行ユナイテッド航空のチケットだ。ジョセフは、携帯電話を取り出したが、周りに人がいるのを見て、「失礼」と言ってから、席を外した。彼女は、ため息をつきながら、グラスの中のチェリーをぼんやりと眺めていた。

 十分ほどして、「待たせて済まなかった」と言いながらジョセフが戻ってきた。そして、バウチャーの上に、一枚のメモを載せて美穂に返した。
「予約を変更した。出発は午後ではなくて朝8時ちょうど。中継地はサンフランシスコで11時21分到着だ」
「え……」
「サンフランシスコ発羽田行きの出発時刻は19時45分。市内に行く時間はたっぷりとある」
「でも……私は、もう……」

 ジョセフは、美穂の言葉を遮った。
「私のために、行ってくれ。君がこんな状態では、私は君を諦めて未来を向くことはできない。わかるかい?」
「……」

「彼に逢いに行って、君の想いを正直に告げるんだ。そして、彼が何と返事をしたか、私に報せてほしい。優しさからの嘘ではなく事実をだよ、わかるね」
美穂は、ジョセフの瞳と、真剣で表情の読みにくい端正な顔を見て黙っていたが、やがて瞳を閉じて深く頷いた。

 彼は、最後にアパートメントまで美穂を送ってくれた。
「ありがとうございました。本当に申しわけありません」
「謝らないでくれ。君の幸せを願っている」
「……どうぞお元氣で。さようなら」

「さようならは言わない。約束を忘れないでくれ」
そう言うと、彼は美穂を抱きしめた。これまでのように、優しいものではなく、とてもきつく。彼の顔が美穂の額に強く押し付けられていた。美穂は、彼がどれほど長く、感情を押し殺してきたのかを感じて苦しくなった。彼の背中が、角を曲がって見えなくなると、美穂はまた悲しくなって泣いた。

* * *


 サンフランシスコは、やはり大都会だった。誰もがTシャツで歩いているわけでなければ、町中がビーチなわけでもなかった。アベニューの名前に聞き覚えがない、バスや地下鉄の車体の色が違う、坂が多く、ほんの少し太陽の光が強く感じられる。

 ニューヨークで機体故障による遅延があったため、招待状を頼りに美穂が彼の店を見つけられたのは午後二時を数分過ぎていた。その店は、暖かみのあるフォントで店名の書かれた木の看板を掲げたレストランで、イタリア国旗の三色を使った外壁が目立った。入口は閉じられていた。

「ランチ 11:00 - 14:00 ディナー 18:30 - 22:00」
美穂は、口に出してみた。遅すぎたんだ。ディナーまで待っていたら、搭乗時間に間に合わない。美穂は、泣きたくなった。ここまで来たのに。やっぱり、逢わない方がいいってことなのかな。美穂は、そのまま踵を返しかけたが、ジョセフとの約束を思い出した。ポールの返事を、知らせなくてはいけない。

 美穂は、携帯電話を取り出した。いつだったかポールに連絡をしようとして、勇氣がなくて切ってしまった番号が送信記録に残っているはず。彼は、あの時も折り返しかけてはくれなかった。だから美穂は、こんどこそはっきりとした答えだと思ったのだ。あの時に電話をしたから、それでも彼は新しいお店の開店にあわせて招待状をくれたのだろう。それにも行かなかったし、断りの連絡すらしなかった。それ以前に、サンフランシスコに誘ってくれた時にも、バス停にも行かなかった。彼はとても怒っているに違いない。それでも、迷っている時間はなかった。

 呼び出し音が鳴った。三回……五回、六回……九回、十回。出るのも嫌なのかな。それとも誰からかわからないから、出ないのかな。諦めた方が……。

「ハロー」
電話の向こうから、抑揚のない声がした。ポールの声だ、何ヶ月ぶりなんだろう。

「誰ですか?」
美穂が戸惑っていると、声は続いた。切られてしまう前に慌てて答えた。
「私、谷口美穂です」

 長い沈黙のあと、声のトーンが変わった。恐る恐る、確かめるかのように。
「……ミホ?」

 美穂は、急いで続けた。
「お休み時間に邪魔してごめんなさい。あなたと話をしたいからお店にきたんだけれど、夕方まで閉まっているというので……」
「どこに来たって?」
「え。あなたの、お店の前……」

 途端に、頭上でガタッという音がした。見上げると、窓の緑色の鎧戸が開けられて、そこからポールが顔を出した。「今、行くから」と言われて、電話が切られた。

 ものすごいドタドタとした音がして彼が降りてくるのがわかった。目の前のドアが開けられて、そこにポールがいた。彼は、最後に見た時よりも痩せて、少し歳をとったように見えた。けれど、美穂は、どれほど彼に逢いたかったのか、自分が正しく理解していなかったのだと感じた。この瞬間のためだけでも、ここにきてよかったのだと感じた。

 彼は震えていたが、やがて、笑顔を見せてぽつりと言った。
「……ようこそ」

* * *


「ご案内申し上げます。スイスインターナショナルエアラインLX 2723 便ジュネーヴ行きは、ただいまよりご搭乗の手続きを開始いたします。ファーストクラスならびにビジネスクラスのお客様はどうぞご搭乗カウンターにお越し下さいませ。繰り返します……」

 ゲートの近くに座っていた金髪の男性は、手元の手紙をもう一度眺めた。

親愛なるジョセフ。

あなたが、私のためにしてくださった助言と、ご助力には感謝してもしきれません。私は、あなたに取り返しのつかないほどひどいことをしました。許してほしいと、頼むこともできないほどに。でも、あなたはそれを恨むどころか、私にこれ以上ない最高の贈り物をくださいました。

あなたがわざわざ手配し直してくださった日本行きの航空券を、また無駄にすることになってしまいました。私はこれを、サンフランシスコの小さいイタリア料理店の二階で書いています。

マンハッタンは、私にとってもう悲しくて辛い場所ではなくなりました。懐かしくて逢いたい人に溢れ、優しく幸せな想い出のある大切な街になりました。全てあなたのおかげです。

あなたの人生がこれまで以上に輝かしいものとなることを心からお祈りしています。そして、ご活躍を陰ながら応援させてください。

さようならのかわりに、心からの尊敬を込めて 谷口美穂



 彼は手紙を丁寧にたたんで封筒に収め、胸ポケットにしまった。それから搭乗券とパスポートを右手に、左手にアタッシュケースを持ち、搭乗カウンターへと歩いていった。

 
(初出:2015年3月 書き下ろし)

追記


ここからは、「マンハッタンの日本人」の後書きです。この作品に後書きを書く日がくるなんて……、書きっぱなしの読み切りだったはずなのに、全部で13編も書いちゃいましたよ。自分でもでびっくり。

最初に伝えたいのは、この結末は悩みに悩んだ末の苦肉の策だということです。TOM-Fさんの書かれたジョセフのアタックが、ポール・ブリッツさんの書かれたポールのアタックよりも心を動かされなかったわけではないのです。

最終回を書く前に三つの結末をシミュレートしました。今回発表したパターン、どちらも選ばないパターン、そしてジョセフを選ぶパターンです。どちらも選ばないパターンを書いてもよかったんですが、それだといつまでも終わらない。書かされているお二人もですけれど、読者ももう「勘弁してよ」になるなと思ったのです。

そして、ジョセフを選ぶパターンも途中までは書いたのですが、ダメでした。実生活ではジョセフの属性はモテ要因ですし、この二人でどっちを選ぶかという局面では有利に働くはずなんですが、小説ではとっても不利なんですよ。何を書いても「結局、打算で選んだのね」になっちゃうじゃないですか。

実をいうと、ポールを選ぶ構想は、今回書いたこれしかなかったのですが、ジョセフを選ぶタイプの構想は三種類くらいありました。どこで心変わりをするかの違いで。その三つが、こうして書き終わった後も「こっちだってば!」と脳内で叛乱を起こしていたりします。こんな妙な小説はじめて……。

そして、このお二人がアタックを書いてくださる時に、どちらも美穂にではなく、「私に」失礼がないようにと、ものすごく紳士的に書くしかなかったのかなと思いました。その紳士的すぎるアプローチでは、二人の異なるキャラクターに大きな差は出しにくかったことと思います。ポールは長い時間を共にした親しさを武器にできなかったし、ジョセフはあれだけ近くにいたのに全然実力行使ができなかったのですよね。お氣を遣わせてしまって、すみませんでした。このひと言に尽きます。

でも、この作品を一緒に作り上げていただき、本当に嬉しかったです。これは、ポール・ブリッツさん、TOM-Fさんだけでなく、ウゾさんに対してもです。

氣づかれた方もいらっしゃるかと思いますが、昨年まで谷口美穂という一人のヒロインだった人物を、今年に入ってから二人に分けました。美穂とキャシーです。もともとあまり肯定的な面の多くなかった美穂がモテキャラになってしまったので、もともとの美穂らしさはキャシーが受け継ぎました。そのキャシーが生まれるきっかけを作ってくださったのがウゾさんです。

作品の途中でも書きましたが、どの方向に向かうのか全くわからない作品というのは今まで書いたことがありませんでした。その分、書いている自分がドキドキするという滅多にない経験をさせていただきました。

たぶん、こういうタイプの小説を書くことはもうないんじゃないかと思います。応援してくださった読者のみなさまにも心から御礼申し上げます。ありがとうございました。
関連記事 (Category: 小説・マンハッタンの日本人)
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Tag : 小説 連載小説

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