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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(27)遠乗り -2-

長いので二つに分けた「遠乗り」の後編です。ラウラは、遠乗りを通して、君主としてのレオポルドのことをもっとよく知ることになります。陛下、外に行ってフラフラしたがるのは、従兄弟である誰かさんと一緒ですね。血筋なのかしら?

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(27)遠乗り -2-


「翌日、城の広間で山積みになっていた焼き菓子をごっそりと集めると、トマスが住んでいると言っていた村へ行った。ひどい状態だった。飢えていたのはトマス夫婦だけではなく、村にはろくな食料がなかった。山のようにあったはずの菓子は、一人一つくらいしか渡らなかった」

 レオポルド少年は、そのことを教師のディミトリオスに訊いた。貧困と飢えに苦しんでいるのはトマスの村だけではなかった。ディミトリオスは貧困の連鎖について、わかりやすく説明してくれた。そして父王に簡単に貧困問題を解決できない事情も。

 レオポルドは無力な少年である事を恥じた。旱魃が解消され、少しは状態が良くなってきた村人たちと少しずつ交流しながら、王宮では知り得ない事情を目の当りにした。ディミトリオスは、彼が時々王宮を抜け出して行くのを知っていたが、好きなようにさせておいた。トマスたちはディミトリオスのような系統だった教育は出来なかったが、若き青年に権力者として必要な健全な感覚を植え付ける事の出来る大切な教師だったからだ。権力を手にするまでに、王子が学ぶべき事は山のようにあった。

「国王になりさえすれば、トマスたちを簡単に楽な暮らしに導いてやれると信じていた。だが、もちろんそんな単純な問題ではなかった。トマスたちと『デュランの旦那』は友だちだが、王は自分の友だちだけを優遇する事は許されない。だから、王に出来る範囲で、ルールを変えて行くしかない。貧しい医学志望者の援助はそのわずかな成果の一つだ」

「大きな成果ですわ、陛下」
ラウラは静かに言った。なんという違いであろう。ザッカとともに見た、あの貧しく救いのない貧民街では、多くのルーヴランの民が無駄に死を待つばかりだった。彼らは終油の秘蹟は待っていたが、医者の診察などは夢みる事すら許されなかったのだ。

「見なさい。あそこが医学アカデミーだ」
レオポルドは、《シルヴァ》が終わり開けた日当りのいい所にある石造りの長屋を示した。城の近くにあった歴史のある建物の施設は古く、多くの学生が学ぶ事は空間的にも無理だった。かつては特権階級だけが入学していたので新しい入門者は年に二人か三人だった。だからそれでもよかったのだ。王位についてレオポルドはまず、この旧アカデミーに平民を入学させようとしたが、視察をしてそれが無理だと悟ったのだ。
「現在は、年間三十人の入学者でも問題はない。空間の問題を盾に、平民の入学を断っていたジジイどもは黙るしかなくなった」
レオポルドは笑った。

 ラウラは、力なく横たわり死を待つだけのルーヴランの貧しい病人の事を思った。
「グランドロンに生まれた人々はたとえ病に伏せる事になっても希望があるのですね」
彼女の深いため息を聞いて、レオポルドは笑った。
「ルーヴランにはまだ民間の医学志望者が通える学校はないと聞いている。それならば、ここにルーヴランの者たちも受け入れよう。あちらで学校を立ち上げるまでの間、一人でも多くの医者を輩出できるだろう」

 ラウラは驚いてレオポルドを見た。宰相ザッカはグランドロン人がルーヴランの民が死に絶えるのを待っているように言っていた。特にレオポルド二世は、ルーヴランの国力が弱るのを待って遅かれ早かれ併合するつもりだと。だから、その前に奇襲をかけなくてはならないのだと、そう彼女を説き伏せたのだ。ルーヴランの民を守るためには、グランドロンを倒し、フルーヴルーウー領を奪い、ルーヴランを豊かにする事、それしかないのだと。

 けれど、そのレオポルド自身が、ルーヴランの貧しい民を国王エクトール二世以上に思っている。何もかも間違っていたのだ。自分は愚かな井の中の蛙だった。もっと別の形でこの王を知りたかったと、ラウラは思った。上に戴きたい君主とは、こういう人の事を言うのだと。たぶんこの王のためなら《学友》にされ鞭で打たれるとしてももさほど辛くなかっただろう。そして、自分はその人と国を滅ぼすためにここにいるのだ。

「その馬鹿げたヴェールを外せ」
レオポルドは不意に言った。
「余はそなたと腹を割って話している。きちんと目を見て話したいのだ。古くさい伝統はそれ以上に大切なことなのか」

「いいえ。私も陛下の目を見て話しとうございます」
ラウラは覚悟を決めた。全て終わりにするきっかけを待っていた。祖国を裏切り、哀れなアニーにも害が及ぶことになるが、それでもザッカの計画にこれ以上加担するつもりにはなれなかった。

 ゆっくりとヴェールを上げると、王の表情がはっきりと見えた。彼の瞳は漆黒ではなくて濃い茶色だった。強い眸の光は信頼と好意に満ちている。だが、その黒い眉がふと顰まった。
「緑の瞳ではなかったのか。伝聞はあてにならぬな」

「違うのは瞳の色だけではございません。髪もこの色ではないのです。濃く長いヴェールをしなくてはならなかったのは姫の絵姿と似ていないからだけではなく、これをも隠さねばならなかったからでございます」
潤んだ瞳で王を見つめながらゆっくりと左腕を上げると、右手で袖をまくり上げて未だ完全には塞がっていない醜い傷痣を見せた。

 レオポルドは、しばらく口を利かなかった。だがひどく驚いた様子も見せなかった。怒りに震えているようでもなかった。ラウラには彼の表情にわずかな失望の色が浮かぶのがわかった。

「そなたはいったい誰なのだ」
恐るべき冷静さだと思った。なんという精神力なのだろう。彼女は自分の声が震えているのを感じた。
「ラウラと申します」

「……。ラウラ・ド・バギュ・グリ、《学友》か」
「はい。《学友》でございます。けれど、バギュ・グリ家の者ではありません。名もなき捨て駒でございます」

 その時、森の奥から蹄の音が聞こえてきた。
「陛下ーッ!」
ヘルマン大尉の声だった。樹々が大きく揺れると大きな黒駒が飛び出してきた。

「陛下! その女は、ルーヴラン王女ではございませぬ!」
いずれにしてももう露見したのだ。彼女は少しだけほっとした。少なくともこの国王に自分の口から言えたことを嬉しく思った。

「何事だ、フリッツ」
「賢者様が、先ほど登城され、ルーヴランとセンヴリの謀の情報をお持ちくださったのです。婚儀で城の守備が薄くなるのを狙って襲う計画だと……」
そう言いながら馬から飛び降りたヘルマン大尉はラウラにサーベルを向けた。

 彼女は動かなかった。動いたのはレオポルドだった。サーベルとラウラの間に腕を伸ばして言った。
「よせ。フリッツ。この女はちょうど今、真実を語りだしていたところだ」
「陛下!」

「すぐに城に戻るぞ。いいか。我々が氣づいたことをルーヴランに悟らせてはならぬ。この女の尋問は城で極秘裏に行う」
「はっ」

 ラウラは人ごとのように森の奥を眺めていた。

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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

うっわ、来た、いきなりですね。陛下の言葉も鋭いけど、ラウラの返答も潔くて、感心しました。さすがは「貴婦人」です。でも、諦めが良すぎですよ。自分と誰かさんのために、ちょっとは粘らないと。
レオ様は、ほんとうにいい教師に恵まれましたね。こういう教育を受けられるのって、国がしっかりしている証拠ですね。ま、そのせいで、窮屈でもあるのでしょうけど。
グランドロンには人材が揃っていますけど、ルーヴランにはザッカ一人ですよねぇ。う~ん、このままレオ様の圧勝? それとも、ザッカの謀略でもうひと波乱ある? 次話が待ち遠しいです。
で、マックスは?(爆)
2015.04.15 14:43 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

陛下の言葉を超訳すると「え。絶世の美女って嘘じゃん」でしょうか(笑)
ラウラもね、粘っても違いはアニーが助かる可能性が増えるどうか程度なんで、かなりやけっぱちですね。

グランドロンの何が恵まれているって、周りもですが、王様そのものが結構まともだったことかなぁ。某国の次期女王様は、ちょっとヤバい感じですよね。それに、前の王様も、教育係のディミトリオスに全幅の信頼を寄せていたのがよかったんでしょうね。今回は一切出てこないんですが、実は、レオポルドのママ(今の王太后)はちょっといまいちなお方でして、そこが口を出す前にレオポルドがしっかり親政をできたのはよかったかも。

ルーヴランは、このストーリーではもう一波乱はないですね。かなりあっさり。
でも、続編にもう一人強烈なキャラが隠れていますので、このままやられっぱなしではないかも。
っていうか、続編はまだ「書く書く詐欺師同盟」の範疇なんで、二度と出てこないかもしれませんが。

で、マックス?
一応主人公なんですけれどねぇ(笑)
次回は、マックスも登場ですよ。活躍は……何も言うまい。

コメントありがとうございました。
2015.04.15 17:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっぱり・・・そうですよね。
ラウラ、もうそうするしかないですよね。
こんなに賢明な王の話を聞いてしまうと、もうすべて話してしまうしかないです。
自国の大切な人の命が危険に晒されることになるかもしれないけど、それはもう、今考えるべきことではないのかもしれない。
つらい状況に落ちていくラウラが、哀しいけど。
でも、ホッとしてるきもちも、伝わってきます。

時期遅し・・・なのか。いや、レオポルドだし、きっとなんとかしてくれる。
次回はマックスも登場でしょうか。クライマックスに突入ですね。
2015.04.16 23:24 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
前後編に渡って繰り広げられた「遠乗り」編。
そうなんです、今回の供述にもありましたが、以前ザッカと共に巡った
市井観察とはまったく違う様相だ……と、前編を読んだときにも
思っておりました。で、ラウラ嬢も同じようなことを思われていたようなので
ちょっと安心致しました。(わたしの独りよがりだったらどうしようと思っていたのです)

街の様相しかり、一緒に同行した人の器しかり、違いますよね。
で、わたしは根っからのザッカファンなのか、逆に
増々ザッカが好きになってしまって、もちろんレオ様は文句なしに「いい男」なのですが、ザッカの視点が嫌いになれないなあ……と再確認した次第でございました。
何て言うか、よくも悪くも「宰相脳」ですよね。王様は文字通り視点が「王様脳」で。
器の違いだ、と一言であっさり切り捨てるには余りにもザッカの思惑というのもまた複雑で。

だけどラウラの「心」をより、揺さぶった、もとい動かしたのは、やはり王様でしたね。
これはもう本当に、レオ様の圧勝というか。ザッカではこうはいかないと思います。

ところで、そうそう、どこかの誰かさんと王様って、従兄弟関係になるのですよね。
間違っていたらどうしようと思って敢えてコメントを控えさえて頂いていたのですが、そこが個人的に萌えました。
でもそうすると、また事態はザッカの思惑を越えていくことになるのではないでしょうか‥‥!?
既に越えてましたし……。

王様、期待しております! もとい、どこかの誰かさんのご活躍も……!!
2015.04.17 10:10 | URL | #- [edit]
says...
マックスくんは今回は休みなのですね。
ラウラという名前にも夕さんらしさを感じますね。気品があるキャラクターも美しいですね~(#^.^#)
2015.04.17 14:09 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。ある程度大きくなってからはルーヴの王城を出たことのなかったラウラが、まずは自国の貧民街を見て、階級を越えた幸せのあり方を考えたんですよね。それが、上のものたちの策略に利用された形とはいえ、今度は国という枠を越えてものを見るようになり、自分の所の貧民を救うためなんて建前で戦争を起こすなんて許されないという結論に達した、みたいな流れだと思うのですよ。別に全人類がどうのこうのというところまで考えたとは思わないんですが、知ることで少しずつゲシュタルトチェンジしてきたというイメージです。

「お国のためなら」とか、「信じる宗教のため」とか、いろいろありますけれど、戦争を起こすというのはどの名目を掲げても「よくない」ことだと思うんですよ。ラウラは女だから、よけいそういう結論に行きますよね。私も女なんで、そういう方向に話を持っていきたくなるのです。ラウラにしてみたら、どうせ自分は死ぬんだから、だったらこの人たちが被害を被らない方がいいんですよね。

で、どうなるのかというと、本当にあっけないです。でも、その前に……。いよいよ、主人公登場! なんだけれど、え〜と、彼はアメリカンヒーローじゃありません。ヒロインを救うために、バッタバッタと周りをなぎ倒し……なんて無理。こういうヤツを主人公にするとこうなっちゃうんだ、という話です。

来週も読んでくださると嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2015.04.17 20:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええ、そうなんです。
この回は、例のザッカと見た貧民街の回と対になっているのです。
ラウラがザッカの策略に協力するつもりになった動機と、結果的に寝返ることになった動機が、二つの国の平民の視察にあるのですね。王城でぬくぬくと(鞭では打たれていましたが)育ったラウラにとっては、どちらもショッキングな出来事だったのですが。

器という意味では、レオポルドがザッカより大きいということはないでしょうね。
レオポルドは、持って生まれた人ですし、ザッカは底辺からのし上がった人です。
ただ、ザッカは、私欲のためにのし上がったのではなくて、かといって全然聖人でもないんですけれど。この人は、前にもどこかで書いたと思いますけれど、私の中では「時代を間違えて生まれてしまった人」なんです。

レオポルドは王様だから「こうやるの!」と言ったら周りがついてきますが、ザッカはそうはいかない。そこに差がでてしまっています。

それに、レオポルドとグランドロンは余裕があるのです。
トマスたちだって生きるか死ぬかぐらいに苦しかったら「お幸せを祈ります」なんて言いません。
国力が豊かだからこそ、多少の飢饉でも乗り越えることができるし、平民出身の医学生のために学費を出してやるなんてこともできるのですよね。もちろん、ルーヴランではそんな発想自体が王や貴族にないのでザッカが訴えても誰もお金を出してくれませんが。

だからこそ、ザッカは「戦争を起こして、まずは金のなる木を手にするしかない」というところにいっちゃったのですが、その駒だったはずのラウラが降りちゃいました。ここでザッカの切り札はなくなっちゃったのですよ。ザッカには不運だったかな。canariaさんにザッカをそこまで氣にかけていただけるのは、とっても嬉しいです。彼が惜しいと思うのは私も一緒なので、それも続編を書こうかなと「書く書く詐欺」をおこしかけている一因なのです(笑)

それと、そうなんですよ。
ああみえて、あの人、従兄弟。全然似てないけれど、従兄弟。さらに、今のところレオポルドに何かあったら次の王様……すごく嫌がりそうですが。「そんなのやだ。流浪の旅にでさせてくれぇ」って。

で、いよいよ次回、登場するんですが。今から謝っておきます。もっとかっこいい主人公書けないのか……私。王様に期待してください。orz

コメントありがとうございました。
2015.04.17 21:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

いや〜、マックス、チャプター3になってから、全然出番がありません。主人公なのに「蚊帳の外」状態です。いよいよ、次回は出てくるんですけれどね。

ラウラというのは、実は私がヒロインによく使う名前です。発表していない、昔書いた作品で三割くらいがラウラだったりします。その他に、アラビア語で夜を意味するライラという名前も時々使いますし、若干ひねって現在連載している作品でマイアというポルトガル人もいます。音が好きなんですかね。美しいと言っていただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.04.17 21:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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