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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (9)アヴィニヨン、 レネの家族 - 2 -

アヴィニヨンの後編です。実際にはフランスのクリスマス市には行ったことがないんですが、楽しいだろうなあと思います。いつかはきっと。
あらすじと登場人物
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大道芸人たち Artistas callejeros
(9)アヴィニヨン、 レネの家族  後編


翌日、四人はレネの案内で、アヴィニヨンの街に行った。街の中心には、マルシェ・ド・ノエル(クリスマス市)が立っていた。六十ほどの小さな屋台がところ狭しと並んでいる。レネは母親に頼まれた乾燥果物や砂糖漬けなどを買った。

「プロヴァンスってクリスマスには何を食べるの?」
蝶子が訊いた。クリスマスと言えばイチゴケーキのイメージしかない稔も興味津々だった。

「村によって違うんですよね。海のそばでは魚、マグロとかタラなんかを食べます。でも、うちは内陸部なので魚は食べません。我が家ではシャポンという去勢雄鶏にクルイズというパスタ、それに大蒜とカルドンのベシャメルソースグラタンを食べます。それにブッシュ・ド・ノエルに、十三種類のデザート」
「ケーキの他に、十三種類のデザート?」
稔は耳を疑った。

「キリストと十二使徒を表しているんですよ。この地方の伝統なんです」
どうやら冗談を言っているのではないらしい。

市の真ん中にある噴水は寒さで凍っていた。バルセロナで買ったダウン入りコートが絶対的に必要になっていた。外でフルートを吹くのも三味線を弾くのも厳しい季節になっていた。稔が言っていたように、真冬に外で稼ぐのは事実上不可能だった。大都会の地下鉄ぐらいしか道はないだろう。カルロスやレネの両親の暖かい歓待があり、暖炉の火にあたりながらワインを飲んで大騒ぎのできる環境がなければ、暖かい家庭に帰る人を見ながら長い冬をしのぐのはとてもつらいことだったに違いない。



「テーブルには、3枚のテーブルクロスをかけます。その上に、三位一体を表す3本のロウソク、ヒイラギの葉と聖バルブの麦を飾ります。カレンドル・パンは中央に置きます。13種のデザートもテーブルに最初からセットします。テーブルに余白を残しちゃダメなんですよ。豊穣を意味しているんでね」

自家製のワイン、グラスに、お皿が隠れて見えなくなるほどにたくさんのせられる13種のデザートは、ポンプ・ア・ユイルというオリーブオイルとオレンジの花で風味付けしたパン、白いヌガーと黒いヌガー、4つの托鉢修道会を象徴するくるみ、アーモンド、イチジク、干しブドウ、その他にはヘーゼルナッツ、乾燥なつめ 、りんご、オレンジ、メロン、 チョコレート。

準備が整った頃に、シュザンヌが大きな雄鶏と、熱々の野菜グラタンをテーブルに持ってきて食卓が整った。ピエールがワインをそれぞれのグラスに注ぎ、二週間ほど早いクリスマス祝いが始まった。

「お前の誕生日も直だからな、一緒に祝ってしまえ」
ピエールはレネにウィンクした。

「え。ブラン・ベック、誕生日十二月なの?いつ?」
「二十日です」
「そりゃいいや。おめでとう」
稔がグラスを差し出した。全員が口々におめでとうと言いながらグラスを合わせていった。

レネは照れていた。
「まだ一週間あるじゃないですか。でも、ありがとう」

「いくつになるの?」
蝶子が訊いた。
「えっと、三十歳です」
「やっぱり年下だったわね。読みが当たったわ」
蝶子は稔にウィンクした。

「ええっ。チョウコさん、二十代の前半じゃないんですか?」
ピエールが驚愕した。

「日本人は若く見えるんだ。お蝶は現役だったろ?ってことは、いま三十二歳だな」
女性に歳を訊かない西洋の遠慮を無視して稔が平然とバラした。蝶子はちっとも氣にしていなかった。
「なったばかりよ」

「誕生日、過ぎちゃったんですか?」
レネが訊いた。
「ええ、十一月十八日」
「わあ、じゃあ、お祝いしなきゃ。おめでとう、パピヨン」
レネの音頭に合わせて、再び乾杯が始まった。

「ヤスは、現役じゃなかったの?」
「俺は一年目は共通一次で落ちたんだ。九月の末に三十三歳になったよ」

「ヴィルさんは?」
ピエールの問いに蝶子と稔は興味津々になった。ヴィルはまったく年齢不詳だったからだ。

「五月生まれで、ブラン・ベックと同じ歳だ」
「ええっ。年下かよ!一番落ち着いているのに」
稔が言った。

「アジアでは、年下のものは年上のものに服従するのよ。これからはお姉様といって従いなさい」
蝶子が言うと、ヴィルが即座に首を振った。
「俺たちはアジア人じゃないし、ヤスならまだしも、あんたに従うなんてまっぴらだ」
その場の全員が笑った。

鶏は柔らかくてジューシーだった。熱々の野菜グラタンに、焼きたてのカレンドル・パン。ピエール自慢のワインで何度も乾杯し、暖かいクリスマスの雰囲氣が広がった。

四人はいつも楽しく酒を飲んで騒いでいるが、今夜は特別に楽しかった。特にレネは本当に幸せそうだった。暖かい家庭というものが、どんな贅沢な暮らしにも勝ることを蝶子は実感した。エッシェンドルフの館のクリスマスパーティの食事は、最高の素材を使い、シェフが腕によりをかけたものだった。しかし、蝶子はクリスマスを待ったことなど一度もなかった。

夕食の後、ムスカの白ワインと一緒にケーキと十三種類のデザートを食べることになった。
「もう入らないよ」
稔が言ったが、ピエールは首を振った。
「ほんの一口でもいいから、全種類を食べなくちゃ。それが伝統なんですよ。これを食べない人には、とっておきのリキュールは出しませんよ」

全てを締めくくるのが、自家製のラタフィア(果実、植物の花や茎の浸出液から作るリキュール)だった。



アヴィニヨンを去る前に蝶子はどうしても橋の上に行きたいと言った。

「なんてことのない橋ですよ」
レネは言ったが、心なしか誇らしげに率先して案内した。

川の半ばで途切れている灰色の石橋を四人は歩いた。それから稔が思いついたように三味線を取り出して『アヴィニヨンの橋の上で』を弾いた。ほかの観光客が目を丸くしているのを尻目に、蝶子はレネやヴィルと交互に踊った。川の水分で霜が降りている石畳。足下がつるつるして転びそうになる。それをお互いに抱きとめ合いながら、ぐるぐると踊った。笑い声が満ちた。暖かかったのはダウンコートを着ているせいだけではなかった。
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