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Posted by 八少女 夕

【もの書きブログテーマ】設定のこだわり

今日は小説の設定の話です。興味のない方はスルーしてくださいね。カテゴリ「構想・テーマ・キャラクター」にしようかとも思ったのですが、せっかくなので先日limeさんからいただいた「もの書きブログテーマ」バトンの続きにしちゃいます。このテーマで書いてみたいなと、思った創作系のみなさん、どうぞご自由にお持ちください。あ、新しいお題を作ってくださったら、それにも乗りますよ~。

さて、今回、語ってみようかと思うのは、「どんな設定にこだわるのか」という話です。

わたしの小説、かなりたくさん外国人が出てくるのですが、たくさん読んでくださっていらっしゃる方は国籍に偏りがあるのにお氣づきだと思います。出てくる人物の出身地を地図上に印つけていくと、ほぼわたしの住んでいるところとその周辺に集中しているのですね。

そうでない場所は、例えばアンダルシア地方やポルトなど、「通う」といっていいくらい何度も行っているところの出身者が多いのです。

なぜかというと、そうでないところの人物のことは、イメージが湧かないのでたくさん描写できないからです。

小説を書かれる方はおわかりだと思いますけれど、ガンガン書いていた小説でも、二行ぐらいの描写に止まってしまう事ってよくあることなんです。「彼は△△を注文した」の△△がそのキャラクターに合っていないといけないのですが、その設定のリアリティを確認するために半日かける事もあるのです。それが主役ならいいんですけれど、脇役一人一人にそんなことまでやっていられないので、わたしは自動的にイメージできるキャラを組立てます。そのためにはよく知っているところの人間でないと難しいのです。つまり少なくとも数人はモデルとなる個人的知り合いがいる地域や国の事です。

わかりにくいと思うので、とある外国人が日本を舞台にした小説を書いていると仮定しましょう。「彼女は、ある戦国大名の血を引く由緒正しい令嬢だった」という記述の後に「彼女の苗字はチャンだった」と書いたら、たまたまこれを読んだ日本人はひっくり返ると思います。「お袋の味はシシカバブだった」とか。

欧米キャラを書いていらっしゃる日本人のアマチュア作家(たまにプロでもみかけますが)の方が、これに匹敵するような「ありえない」設定をなさるのは珍しくありません。でも、日本語で書いたら読者もほとんどは日本人ですし、引っかかる人の方が珍しいのでしょうね。基本的には、わたしは別の方が書かれる記述の事は引っかかっても素通りします。言われたらご本人だって氣になるでしょうから。

でも、わたし自身はそういうことには、とてもこだわるのです。

その一方で、たとえば登場人物の服装であるとか、乗っている車種、それに建築の詳細などには無頓着です。そういうものです。自分の意識しないところは、実生活で重要と思っていないところは、結局記述も適当になるのです。

なぜ、国民性や民俗といった設定にこだわるのかというと、わたしが書いている内容が比較文化的なものが多いからだと思います。つまりそれがわたし自身の興味対象でもあるわけです。

現実の生活で、よく知らない国の人と知り合う時、話題にはとてもナーバスになります。その国にはどんな歴史があり、現在どんな紛争を抱えているのか。主な宗教はなんで、その人本人はどんな宗教を信じているのか。何を食べる人びとで、タブーはなんなのか、それを理解し尊重しつつ会話をする事がとても大事なのです。これは既に何回か地雷を踏んだからこその身構え方です。

欧米人にとって、日韓中の違いがあいまいなように、日本人の多くもたとえば「アフリカ人」とか「スカンジナビア人」とか「東欧人」というように全く異なる国や民族のことをまとめて一緒くたにしてしまう事があります。もちろん国民性と個人の個性も全く違うのですが、その話はまた別。

実をいうと、わたしだって例えばノルウェー人とスウェーデン人の違いをはっきりと描写しろと言われたらできません。だから、ノルウェー人とスウェーデン人についてたくさん描写をしなくてはならないような話は絶対に書かないのです。それをやるとハマるのがわかっているから。

現在メインで連載している「ファインダーの向こうに」という小説で、主人公をイタリア系にしたのもそれが理由です。「ごく普通のアメリカ人」という存在の風俗習慣がわたしには浮かばないからです。かといって、小説にイタリア関係の描写がいっぱい出てくるわけではありません。それどころか「どこがイタリア系?」というくらい抑えてあります。

実をいうと、山のように設定して、それをすべて描写するのは好きではないのです。それぞれの人物には、映像にできるくらいの細かい設定があって、どの部分でどう書く時にもそれがさらっと脳内で再生できるようにして書くのですが、その設定が100あるとしたら、小説全体の中ででてくるのは10くらいです。それでも90の出てこなかった設定は無駄ではなくて、次のシーンでこの人物が何を話し、どう動くかというイメージを決めてくれます。それがいつ出てきても「こいつはこいつ」というキャラクターらしさを作るのだと思うのです。
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Comment

says...
私も外国人を書いてみたいなあと思うことはあるのですが
どこの国を選べばいいか決めれないので、止めています
特に最近はいろいろとめんどくさそうですし…
この記事を読んで改めて止めておこうかなあと

とそれ以前に外国人と知り合ったりしないので、登場しません
2015.09.28 08:51 | URL | #- [edit]
says...
八少女夕さんの小説は、ヨーロッパが舞台でたくさんの西洋人(古いなぁ)が出てきますが、こなれているというか、すごく自然に生きていると感じますね。もちろん、日本人のキャラも、ですけど。
やはり、じゅうぶんな設定があってはじめて、「生きた」キャラになるんでしょうね。

人種や国民性そして個性という、人間に関する設定はやはりこだわりますよね。
『フェアリーテイルズ』を書くときに、いちばん苦労したのもそこでした。が、苦労の甲斐もなく、出身地のよる違いは、あまりくっきりとした書き分けはできていないと思います。やはり海外生活の経験がないと、わからないことが多いです。
その点、圧倒的に書きやすいのは日本人。ほんと、楽ですよね。もっとも、古代の人たちは別ですけど(笑)

あと、八少女夕さんの小説では、グルメへのこだわりがすごいですよね。食べ物も飲み物(主にお酒)も、すごく美味しそう……って、これ、設定のこだわりじゃないか(笑)
2015.09.28 11:52 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
100のうちの10ですか。なるほど、それだけの設定があってこそ初めてあの生き生きとした動きや心理描写になるのですね。しかもサラッと脳内で再生できるまで練ってから書き始められる。これも凄いですね。
サキは物語を進行させながら肉付けしていくことが多いので、こういう部分は薄っぺらいキャラクターになっているのかも・・・。ちょっと反省です。
そして興味深かったのは、自分の意識しないところは、実生活で重要と思っていないところは、結局記述も適当になるの・・・と言う部分です。これは分かるような気もしますが、サキの場合は適当になるのではなく描写しないようにする・・・ですね。なるべく矛盾が出ないようにスルーします。サキの性格上、適当に処理することができないのです。
夕さんの人間に関する設定、国民性や民俗といった設定は、読んでいてとても面白いです。こだわりを感じますし、よく調べられて研究されています。そして、とてもリアルでバラエティーに富んでいます。実に多彩なキャラクターが動き回ります。これらは物語やキャラクターに入り込むための重要な要素になります。
でもそれは膨大な設定のほんの一部が表面に見えているだけなんですね。
凄いと思います。
2015.09.28 12:25 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
夕さん、とても面白いブログテーマをありがとうございます^^
きっと夕さんなら、沢山いいテーマを出して下さるはずだ!と思ってました(他力本願な私)
私も新しくカテゴリーつくろうっと♪

うん、すごくわかります。
夕さんは登場する人物にちゃんと人生を設定させてらっしゃるなと。
大陸の人たちは、日本人とは全く違う歴史や宗教観を持ってらっしゃるから、私など逆立ちしたって書けません。もしも登場させようとしたら、きっと夕さんの何倍も資料を集めなければならないでしょうね。

夕さんはそう言う歴史の知識の土台がちゃんとあるし、さらに本当に丁寧に人物設定されてる。
だから安心して読めるんですよね。

うう~、その点私は自分の興味ある範囲で固めてしまうし、日本人だからって安心して、ものすごく適当だし。
(玉城なんて、借金を背負った、気のいいお兄さん、としか設定してなかったもんなあ(笑))

よし、私もこのテーマで書いてみよう・・・。(私のは懺悔だと思うけど)
夕さん、またぜひ、面白いテーマを上げてやってください^^

2015.09.28 14:50 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

うちの近くのおっさんは、「外国=アメリカ」みたいで、連れ合いのことを「アメリカ人」と言って激怒させていました(笑)

どの国と明らかにしないとか、架空の国にすれば、なんでもありですよ!
ダメ子さんのうちの近くには、外国人、いないんですか?
交換留学生などが突然登場するかもしれませんよ。

コメントありがとうございました。
2015.09.28 20:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。西欧人はいっぱい出てきます。
アメリカ人は、モデルが少ないので、自信がないし、オーストラリア人はどんなヘマをやらせてしまうかわからないので、まだ書いたことがありません。南米辺りも自信ないですね。例外は「夜想曲」のエステバンあたりでしょうか。

その他大勢の場合は、設定をきちんとしているというよりは、モデルを思い浮かべているだけなので、かなり楽かもしれません。

日本人を書く時もそうですけれど、ひと口に「○○人」といっても本当にいろいろなタイプがいるんですよね。
それが普通だし、どんなタイプが出てきても大丈夫なんですけれど、そのバラエティの幅がわかっていると「こんなこと書いても大丈夫?」の不安は減るかなあと思います。

グルメへのこだわり……というと通っぽくて嬉しいですが、ただの食いしん坊です。
それもB級から最高級まで、美味しければ何でも好き〜。
食べ物のことを書くのは、楽しいですね。

でも、TOM-Fさんは、私よりもずっとグルメ。食べ歩きの記事もそうですが、エミリーとマイケルの飲茶デートもお腹がすいちゃいましたよ!

それに、TOM-Fさんといえば、フリフリのお洋服とメカの描写ですよ。あれは真似できません。毎回楽しんでいますよ。

コメントありがとうございました。
2015.09.28 20:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

なんかね、思うんですよ。命懸けて密に描写しても、実は読者はその時だけは「すごいなあ」と思っても、実はあまり記憶に留めてくれないんですよね。だから、最初に全部出してきちんと説明したつもりでも、後半になるとそれは忘れられてしまう。(典型的な例は、「大道芸人たち」の四人の容姿、ですよね。蝶子の髪が第三話以降はセミロングなのも、レネが眼鏡をしているのも、実は読者にはなかなか憶えてもらえません)
だから、長い話だったら、設定を少しずつ小出しにした方が、「ああ、こういう人か」と伝わりやすいんだなと思うようになりました。

「記述が適当になる」というところは、全く書かない場合もあるんですけれど、そうもいかない場合もありますし、何も意識しないで書いてしまう場合もあるんですよね。

例えば自動車にとてもこだわる方は「彼はガレージから車を出した」みたいな記述はしないと思うんです。「黒い○年型のトランザムを出した」みたいに詳しく記述すると思うんですよね。それに、「Infante 323 黄金の枷」の中では、さすがに「靴を作った」とは書かないで「焦げ茶色のバルモラルタイプのウォーキングシューズ」などと書きますが、「大道芸人たち」で蝶子がどんな靴を履いていたのかの記述はほとんどありません。大道芸人なのにハイヒールも履くということぐらいです。

サラッと流すところって意識していないだけで誰にでもあると思うんです。反対に、何もかも細かく書くと、こだわっているところや大切なところが伝わりにくくなるのかなと思います。もちろん、それが味の小説もありますけれど。例えば、ガルシア・マルケス、私は大好きなんですけれど、びっしり型の記述です。でも、私はどちらかというとスカスカの文体を目指しています。

サキさんのこだわりの描写も、いつもすごいなあと思って読んでいます。特に、存在しない世界観の設定や、乗り物に関することや風景の色彩に関することなどは、とても太刀打ちできないなあといつも感心していますよ。

実際にサキさんが何に一番こだわって書いているのかも興味があるので、裏話的に語ってくださったら嬉しいなあ。

コメントありがとうございました。
2015.09.28 20:45 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます!

そうなんです。新カテゴリー作っちゃいましたよ。
だからまたお題出していただかないと困るんです(笑)

で、ガイジンのことですけれど。
例えば、ひと口に日本人といっても、玉ちゃんから長谷川さんまでいろいろといるように
国籍や民族だけではめられる型がある訳ではないのですが、なんとなく傾向がわかっていると安心ということはあります。

例えば、マッテオ・ダンジェロみたいなお兄さん、日本人の間にいたらかなりドン引きだと思いますが、イタリア人的には「普通」なんです。だから、かなり「おいおい」なことも安心して記述できるんですよね。
それに「挨拶代わりにキスをする」だけでも、国によってやり方が違ったりします。アメリカ人はハグするし、スイス人はハグはせずにほっぺたに三回。西欧では男同士のキスはあまりしないけれど、ロシア人は男同士でもぶちゅー、とか。わかっていると、それもサラッと書ける、みたいな強みがあるように思います。おそらく「知らなくても問題ないけれど、知っていると書くのが楽」ですね。

その上で「○○は、キスをされるといつも不必要に体を強張らせた」みたいに書くと、そこからその個人の性格や問題が記述できるように思うんですよ。そこから先は、個々の設定かな〜、みたいな。

limeさんの設定は、とても緻密です。ミステリー要素やプロットに関しては、建築の設計図並にきちんと用意なさっていらっしゃいますよね。下書きもなしに大ざっぱに書きはじめてしまう私の設定とは大きな違いを感じます。
それに、特殊能力についても、そうですよね。「樋水龍神縁起」という作品で、「目に見えないものが見える」人たちのことを書いたのですが、自分が知らない世界を書くのってとても骨が折れました。あれを毎回やっていらっしゃる、しかも作品によって能力が違うというのは、私には驚愕です。よく毎回あんな豊かな発想が……。

なのに、玉ちゃんのファーストネームは……。そろそろ、つけてあげてくださいよ(笑)

limeさんもこのテーマで書いてくださるのですね。わ〜い。

コメントと、バトンを受け取ってくださり、ありがとうございました。
2015.09.28 21:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
いやもう、耳が痛い~と思いながら拝読いたしました^^;
うん、すごくよく分かります。最近、日本のあちこちを旅しているし、青森などは毎年行くので現地のお友だちもできて、そうなると「え? ここではそうなの?」「あれ、青森の人って、意外に〇〇なんだな」ってことがいっぱいで、ただ通りすがりの旅行者だったら分からないことがだらけ。
これに気が付いたら、その場所を舞台にした物語って書けませんよね。そうすると、どうしても自分が関係している都市が舞台になる。
私が『奇跡を売る店』シリーズを書き始めた一番の理由はそれかもしれません。少なくとも10年以上住んでいた土地なので、土地勘はあるし、何より人物が動かしやすい。それでも、祇園界隈の住人の本当のところ、ってのはまるでわかりませんけれど(お茶屋に行った経験はないわけではないけど)。真シリーズは東京が舞台なので、なんか、時々自分でも引っかかるんですよ。
色々考えると、山崎豊子先生などの取材力ってのはすごいですよね。たった一行の描写に、その時その場所にいた人には「その通り!」って思える何かがあるんですよね。絶対に真似ができませんけれど。

いや、これはほんと、辛いです((^_^;)(^_^;))。
夕さんから見ると、ジョルジョって、け、全然イタリア人っぽくないぞってことだろうなぁ~。ウゥ、怖い。でも、まぁ、あれは家が特殊だし、えっと、長く日本に住んでるしってことで許してやってください^^; いや、でも、イタリアを何度も放浪して思ったのですが、どの国にも色んなタイプの人がいるんだなぁ~って(いや、これはいいわけです)。
そう言えば青森人ではない津軽三味線弾きがみんな思っていることがあります。津軽に生まれて、津軽に住んで、津軽のものを食って、津軽の言葉を喋りたかった! て。

ということで、すごすごと逃げることにします^^;
これって、でも、気にし出したら、ゴルフで言う「イップス」(固まっちゃうこと)になって、ボールの打ち方が分からなくなっちゃう、って感じですね。まさに、「この一語・一行が書けない」状態に。上手く流せたらいいのですけれど……
掌編ならさらりと面倒くさい描写はかっ飛ばすのですけれど、それでも「桜の恋人」でボートの話を出したとき、ものすごく調べました。何を調べたかというと「違和感なくちょろっと書いて、余計なことを書かないためにどう書くか」ってことをです。掌編でも大変でした。まるで知らないことは書くもんじゃないなとも思ったけれど、じゃあ、時代小説はどうなるんだってことで……ほんと、史実で分かってることを押さえつつ余計なことを書かないようにするって、相当な労力ですよね。「明日にかける橋」でもいや、まるで知らない土地と民族は書きにくい^^; と、相当にかっ飛ばしました。
逆に、自分がものすごくよく知っていること(特に仕事に関すること)は、書き過ぎないように素人っぽく書くことに気を使うなんて、変なことをすることもあります。物語って、この配分が難しいのかもなぁ。

うちの設定は本当にいい加減で、何だか恥ずかしくなっちゃいました。えっと……夕さんからするとかなり変なことを書いていると思いますが、笑って読み流してやってくださいませ^^;^^;(すごすごと退散……)
2015.09.29 00:14 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

いやあ、耳が痛いとか、そういう話ではなく……。
書く時にできるだけ調べるのを省略して、楽に書きたいなということが出発点なのですけれどね。

日本人にもいろいろいるように、イタリア人にだっていろいろいますよね。
だから、うちだと、かたやシスコン・マッテオ・ダンジェロから、団長ロマーノから、寡黙なロメオまでいるわけでして。

「○○人」という設定だけなら、何をやってもいいわけです。
記事で書いた例で言えば「チャンという苗字の日本出身者」だって存在する訳ですから。
でも、そこで「その家が由緒正しい大名の血筋」とやってしまうと「おいおい」になるわけです。

結局、設定を細かくすればするほど、ハマる確率も高いのですが、基本的には脇役にではなくてメインキャラの設定こそ細かくて、ハマりやすい、しかも、ストーリーの根幹に関わるので後から指摘されても直せないことが多いと言うことでしょうか。

この記事では、私のこだわっていることを偉そうに書いてありますが、自分でもいろいろと「やっちゃっている」ことは彩洋さんもよくご存知ですよね。

先日教えていただいた「整形外科」程度の記述なら簡単に直せますけれど、例えば「コルシカフェリー上での三味線演奏」は、ストーリー上重要すぎて直せないのです。「稔=三味線奏者」は変えられない、「コルシカフェリーでの三人の出会い」も変えられない。

だから、私も、他の方の小説で「この設定、ありえないよなあ」と思っても、ストーリー上、抜けないだろうなと思うようなことをあえて指摘したりはしません。大切なのは「なにを伝えたいか」であって「どんな設定なのか」ではないですものね。

もっと詳しく説明するとすると、例えば、幸いそんなシーンは書いていませんけれど、「数十人の三味線奏者が、一緒に半分海に入りながら、ザッパーンと打ち寄せる波をバックに渾身の演奏をする」なんてシーンを書いて、「うんうん、すごい盛り上がるシーンだ」ってことで、メインに据えていたとして、後から「そんなことする三味線奏者いないし」と言われても困っちゃう訳ですよね。だからこそ、素人が知らないことのシーンを書くのは怖いし、なんとなく尻尾がでないように抽象的なことばかり書きそうになるんですが、実際には、そういう盛り上がるシーンを書くためにはある程度の勢いや設定も必要で、その兼ね合いかなと思うんです。

住んだこともないところを書くという点では、私も「樋水龍神縁起」で京都や出雲のことを書いています。
他の小説では、ポルトのことや、アンダルシアの話も書いていますよね。
でも、できるだけ尻尾を出さないために、たくさん描写のあるところは架空の場所(樋水村、Pの街、ヴェルドンなど)にして、逃げ道を用意したり、京都のような実在の場所を舞台にする時には東京出身者などのよそ者視点でしか書かないなど、それなりに工夫をしています。

個人的には、調べたことだけで書くのは危ないし、かといって具体性がない小説もなんなので、上手く知っていることと知らないことを混ぜるのが一番かなあと思います。たとえば、「樋水龍神縁起」では、神道のことなど知らないことが多く調べながら書いたのですが、その自信のなさが違和感にならないように、あえて和のことの中では少しは自信のある和服の記述を多くして、バランスを取ったりしました。

私は、記事に書いたようなこと以外はかなり適当に書いてしまうので、皆さんからみたら「おいおい」な設定も多いと思うんですよね。だからこそ、他の方はどんなことにこだわっていらっしゃるのかな、ということにも興味がある訳です。そういう意味で、同じテーマで、他の方が書いてくださったらいいなあ、なんて思っています。よかったら、彩洋さんも教えてくださいね。

コメントありがとうございました。
2015.09.29 20:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ふふ。夕さんの地雷話、聞きたいなあ~^^
Ausも移民の国ですから、色々な人がいて面白いですね。
お話のネタになりそうで案外ならないのですけれども(-_-;)

夕さんのお話はどれも、何か一貫するのもがあるようで、安心して読めます。
こだわりの程度にかかわらず、やはり100の設定のなされているものは納得が行くものだと思います。
10を目にして、残りの90を妄想するのも読者としては楽しいものであるかと。
夕さんのようにそうして読者を引き込むお話にあこがれます~^^
2015.09.30 05:48 | URL | #- [edit]
says...
外国……私なんかせいぜいお隣の国にしか行ったことがないので、欧州や米国文化を書く自信なんか全く無いです。宗教観もヒンズーとかイスラムとか詳しいこと知ってるわけじゃありませんし、文化観なんか本のような媒体でしか知ることが出来ないので、エセがいいところでしょう。
その点やはり、外国の人をキャラ付けしたうえで自由に書けるというのは強みだな、と思います。設定の凝り方やキャラ作成の方法は人それぞれでしょうが、夕さんの方法だとどのキャラでも短編作れちゃいそうですね(笑 それでも描写には苦労するようですが、更新ペース見てるとそれもあまり感じませんし……


以上です。
2015.09.30 08:41 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

いろいろやっているんですよ〜。
宗教関係は、危険です。
「あなたのところでは、どんな風に復活祭のお祝いするの?」「あ〜、僕、イスラム教徒だけど」
とか(笑)
フランチェスコ教皇が即位した時も、アルゼンチン人にお祝い言ったら、ユダヤ人だった……(汗)

でも、そういう失敗も含めて人びととの交流から、いろいろなネタが生まれています。
まだ使っていないものも多いですけれど。

設定の話ですが、私って、忘れっぽいんです。鶏頭ともいいます。
だから、自分で一から全部設定すると、忘れて矛盾する設定になってしまいます。
だから、モデルを決めて、そこからずれないタイプを組立てていくのです。
そのうちにそのキャラはモデルのことを思い浮かべなくても、勝手にキャラが立ってくれるようになるみたいなんです。
状況の設定も、そうやって作っていくことが多いです。

読者の方から「こうかな?」と訊かれると「あたり」とか「はずれ」とか答えるのは、隠れ設定に照らし合わせているのですね。
まあ、お友だちがコラボなどで書いて、設定が変わっちゃった時は、どうでもいい時は変更しますけれど。

きっと、けいさんにも「ここはこだわる!」ってところがおありになるんじゃないかなあ。
そんなお話を読めたら嬉しいな〜なんて思っています。

コメントありがとうございました。
2015.09.30 20:04 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。ヨーロッパのことを書くのは、地の利に負っている部分が多いでしょうね。
反対に、日本の地方のことや、現在の日本の流行のことなどは、わかっていないので、書くのが怖かったりもしますよ。

更新ペースは今のところ保持していますけれど、最近、忙しいのと書くのに飽きたのとで、ちょっとストップしている部分もあって、来年あたりは発表ペースは落ちるように思います。

もしかすると短編が増えるかもしれません。

関心を持っていただき感謝です。
コメントありがとうございました。
2015.09.30 20:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かに世界観は大切ですよね。
描写するときに必要です。
私の現実小説はあまり世界観を重要視しないですからね。。。
かわりにファンタジー小説を書くときは自分がその場にいる・・・という感覚で書かないと現実感がない・・・ということがありますね。
書く小説で変わってきますからね。
夕さんの小説だとヨーロッパの雰囲気が大切ですからね。
重要な要素ですね。
2015.10.02 11:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

確かにファンタジーと違って、現実の日常を書く小説は、さほど世界観の設定はいらないと思いますね。
ただし、読者がその日常に馴染んでいるという条件付きですけれど。

海外を舞台にする時は、読者に何の設定の説明もないと「?」になってしまいますものね。

私なんかは、反対にファンタジーものを書かれる方が、「こんなの常識」と思われて説明を飛ばされる時によく「?」となっています。ジャンルごとに常識って違うんだなと思います。

コメントありがとうございました。
2015.10.02 19:58 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さんのおっしゃることはとてもよく分かります(偉そうにすみません)。サキは現在の日本(サキが居るところですね)以外をよく知りませんので、これ以外の設定で書く(たとえばアフガニスタンを舞台にする)事には躊躇するんです。人物像も湧いてきませんし、生活環境も不明な点ばかりです。だからといってはなんですが、それをなんとかクリアーするために仮想世界を使っているのです。
ベクル人は明らかにロシア系の民族をモデルにしていることはお気づきでしょうが、ロシア系民族とは全く異なっています。イルマ人は日本人がモデルなのですが、日本人とは違っている部分もあります。
夕さんのおっしゃるように、できれば読んでくださる方がひっかかる部分が少ない物語を書いておきたいのです。
サキには夕さんの書かれる物語の設定に違和感を感じることはありませんが(そのへんの知識がありませんから)、たぶんよくご存じの方、或いは当の民族の方、がご覧になってもきっと違和感なく読めるのだろう、と思っています。それぐらいよくご存じですし、きちんと設定されているんだろうと想像しています。
そしてサキと同じように(或いはもっと上手に)、知識の無い部分は注意深く避けて物語を構成されているのだろうな、と思っています。
2015.10.04 04:11 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

追加でのコメント、感謝です。
そうそう、サキさんにとってのベクル人やイルマ人っていう設定って、私にとってのグランドロン人とルーヴラン人と同じかなあと思ったりもしていました。創作上はっきりとしたモデルがあるけれど、「これは架空の設定です」とやっているところが。

本当に中世のドイツ人、フランス人とやってしまうと、「当時はドイツなんてなかったし」ってところからツッコミどころ満載になり、かといって、わざわざ正確な歴史を追うと、歴史小説以外書けなくなる。それって、書きたいものじゃないし……ってことになってしまうんですよね。でも、本当に完全なオリジナル設定にするとなると、何から何まで決めなくてはならないから、いつまで経っても書きたいところに辿りつけない。だから、こういう「モデルはあるけれど、でも架空」は便利だなと思っているのです。

私の小説、私がこだわっている部分については、さほど嘘は書いていないと思うのです。サキさんが書いてくださったように「知識の無い部分は注意深く避けて」書いているつもりです。でも、問題は、こだわっていないところなのですよ。「こんなもんでしょ」と思っていい加減に書いている訳ではありませんが、何となくそう思いこんで書いたら違っていたとか、氣がついたら矛盾している設定をしていたとか、結構あると思います。

指摘してくださる親切な方もあって、それはとてもありがたいんですけれど、実際には指摘されても直せないところもあります。
もしくは私も含めて作者や他の読者にとっては「そんなこと、どうでもいいじゃない」と感じてしまうレベルのわずかな違いにものすごく敏感な方もありますし、おそらく誰が読んでも完璧な小説なんてないんだろうなと思います。もし、あるとしたら、たぶん誰にも想像のつかないとんでもなくオリジナルな小説くらい?

だから、私はなんどか「やっちゃったよ」と思ったことはあっても、それで筆を折ったりはしないし、書き方もあまり変えないし、たぶんまたいつか同じ失敗をするんだろうなとすら思っています。

コメントありがとうございました。
2015.10.04 20:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おはようございます。(*^ ^*)
はわわ、乗り遅れてしまいました~ >ω<; 今頃すみません

ふむふむ、なるほど……。
国籍や宗教が沢山交わっていると、それぞれの文化や信仰など気を付けるところがたくさんあるのですね。
そうか……キャラが暮らして来た、その土地の歴史や言語などで、性格や考え方にも影響がありますね。
とても勉強になりました。^ ^
そして、ファンタジーの作り方とはまた違うんだなぁと(いえ、当然と言えば当然なのですけれども)、新しい刺激を受けました。(*^ ^*)>”

私も振り返りながら書いてみようかな…? テーマ、お借りします☆ m(_ _)m”
ではでは…☆
2015.10.10 01:00 | URL | #6a.Lnp6o [edit]
says...
今更ですがコメントかきます!いつも遅くなってしまってあわわわ

>二行ぐらいの描写に止まってしまう事
に、首がもげるほど頷きました…ものすごく同意です!
書いてる途中で「この時代、この地域に、これってあったのか?」と考え出すと
ネットから手持ち資料から手当たり次第に確認せずにはいられません。
で、調べてるうちにその周囲で思ってもみない魅力的な人や出来事を見つけて
「ふわ!」ってそっちに夢中になったりします…^^;

>設定は無駄ではなくて、次のシーンでこの人物が何を話し、どう動くかというイメージを決めてくれます
も、とってもわかります。
というか、わたし、これをしておかないと不安で書けません…人物にズレが生じたらどうしようって。

八少女さんも設定、細かく決めておかれるのですね。
こういうのって物書きあるあるかもしれませんね。

おもしろそうなテーマでわたしも書いてみたくなりました~。
いただいていきますね!
2015.10.10 14:19 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

いやいやいや。コメントはいつ頂いても嬉しいのです。
いつでもどうぞ!

やっぱり、自分の置かれている場所には影響を受けるのですよ。
私はスイスにくるまで常に東京にいたのですが、これほど文化的な違いというものについて考えることはなかったように思うのです。だから、それが私の関心の中心になり、小説のサブテーマにもなり、こだわりにもなるという訳です。
既に他の方々が、同じテーマで書いてくださるのを拝見していてもわかる通り、小説を書く方の数と同じくらいこだわりどころもあるように思います。

ファンタジーとは、たぶん全く違う作り方をしているでしょうね。
書こうとしているものもまったく違うから当然なのでしょうが、ストーリーの途上であらわれる「限界」のようなものもファンタジーでは「ありえない」世界でしょうね。

私の小説は、たまに近未来だったり、おふざけで異世界だったりもありますけれど、テーマを据えて「これを伝えたい」と真面目に書く時には、現実の人間を等身大で書きたいと思うのです。だから、架空の世界といえども、小人や竜がでてきて解決策や見せ場を作ってくれるようなことをしたくないのですね。それが嫌いという訳ではなくて、単純に自分にできないことを見てきたように自由に書き表す根性に欠けているからだと思います。一文だけならいいですけれど、全編に渡って全く新しい世界を生み出すのは、相当のエネルギーを必要としますよね。それに私は、いわゆるRPGをやったことがほとんどないし、ファンタジーものもほとんど読んだことがないので、そういう世界の常識も全く知らないのです。

だから、モデルのある現実の世界を書く方が得意なのです。

お。ふぉるてさんも書いてくださるのですね。こだわりどころ、たくさんおありになるように思います。楽しみにしていますね。

コメントありがとうございました。

2015.10.10 16:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

全然遅くないです。いついただいてもコメントは大大大歓迎ですので!

そうですよね。ゆささんのお話は、歴史上の実在者がたくさんでていらっしゃいますし、それもとても深く切り込んで書いていらっしゃるから、裏を取るのも大変だと思うんです。だって、そこら辺のネットで調べられるような、そんなかんたんなレベルじゃなさそうですし!

という重要な一文に止まることもあれば、適当に書こうとしていたその他の一文にも止まってしまうことがありますよね。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」という中世ヨーロッパを下敷きにした小説では、ヒロインが「白薔薇の苑」を散歩するシーンがあるのですが「あれ、1400年代に、ヨーロッパに薔薇ってあったっけ」と調べはじめてハマりました(笑)
最終的に「白薔薇の苑」は可能であることがわかったのですが、でも、一重でした。美女の描写に「大輪の薔薇の花」とかいう記述をせんでよかった〜と、別の意味でもほっとしましたよ。

それに、ゆささんもそうなんですね。調べている間に、面白い別のことをも見つけてしまう!
私は時々それで脱線しまくっております。

人物の設定は、かなり細かく決めておきます。それをやらないと「キャラAと全然違うタイプのキャラB」の違いが具体的にイメージできなかったりしますし。あまりお決めにならない方というのもいらっしゃるみたいなのですが……。

ゆささんのこだわりポイント、読んでみたいです!
楽しみにしていますね。

コメントありがとうございました。
2015.10.10 16:18 | URL | #9yMhI49k [edit]

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