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Posted by 八少女 夕

【もの書きブログテーマ】視点・人称

limeさんのお作りになった新・お題バトンシリーズに便乗してみる事にしました。

(雑記)私設☆物書きブログテーマ・・・視点・人称

新しくお題を出してもいいんですけれど、帰宅後のリハビリも兼ねて、同じテーマで少し書いてみようかな〜、なんて。limeさん、ありがとうございます。




limeさんの書かれた記事や、他の方がよくコメントで語られる内容を読むと、「視点」や「人称」をものすごく強く意識して書かれる方が多いんだなあと思います。

こういうことを書いている時点で、おわかりになると思いますが、はい、私は視点や人称にウルトラ無頓着です。そもそもブログをはじめて、小説を一般の方に公開するまで、「視点」や「人称」にお作法があることすら知りませんでした。私は、「小説の書き方」みたいなものを学んだ事が一度もないのです。何となく一人で書き出して、それを人にも見せる事もなくずっと書き続けていた「野良」なんですね。

作法は、とても大切な事だと思います。プロだったり、文学賞を狙おうと思うなら、とにかく作法に則ったものを書けてこそスタートラインに立てるでしょうし。でも、まあ、私は「野良」でも、自分らしい小説の方にこだわっているので、たぶん、これからも視点と人称は、メチャクチャだと思います。「できていない」ではありますが「わざとやっている」でもあるんですよね。

基本的には一人称で小説を書き出したら、それは終わりまでそうします。一人称で書く小説は、ストーリーを俯瞰できない制限があるので、長編を一人称で書く事はまずないです。

銀の舟に乗って - Homage to『名月』
北斗七星に願いをこめて - Homage to『星恋詩』
第二ボタンにさくら咲く
終焉の予感
君との約束 — 北海道へ行こう

ぱっと思いつくのでは、このあたりが一人称の掌編です。共通するのは、前の事も、後の事も読者にはあまりわかる必要はなく、さらに語り手も相手の事は何もわからない、わからないことで読者が自由に想像を膨らませる事ができる、という一人称らしさを使ったストーリーの時にそうなっています。

あ、でも、実は深く考えて書いているわけではないんです。結果的にそうなっているというだけでして。

* * *


長編に至っては、本当に何も考えていないです。基本的には三人称で書く事が多いですが、「誰々視点」でというような縛りはほとんど課しません。なぜって? 制限が増えるじゃないですか。ミステリーだったら「フェア」じゃないといけないかもしれませんけれど、私が書いているのはミステリーではないですから、謎も伏線も視点も、とにかく自分の書きたいように書いてしまうのです。

Infante 323 黄金の枷」は、一応ヒロイン・マイア視点がほとんどです。でも、これは私が「改善」したからというよりは、結末があっさりわからないようにそうしているだけで、途中で別の人間の視点も出てきます。ただ、主人公23の視点だけは出てきません。そう、結末を隠す意図があるからです。だって、わかっちゃったらつまらないじゃないですか。

大道芸人たち」には誰々視点もへったくれもありません。好き勝手に視点が動いています。ある時は蝶子、ある時は稔、ある時はレネ、そしてある時はヴィル。教授視点もあったな。そういえば「神様視点」だとコメントをいただいて「なんだそりゃ?」と思ったのは、この作品でしたね。そういう概念すら知らなかったのですね。

森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」は、ひとりの視点で書くのが事実上不可能な構成の小説です。なんせ前半、一話ごとに視点が主人公とヒロインの間を行ったり来たりするのです。その間二人は一度も逢った事がありません。視点の基点となるキャラクターは別の人間に動きますが、実際には、読者はその視点を通して中世ヨーロッパを覗き見るという構成にしているので、こんなにめまぐるしくてわかりにくい構成でも、それほど混乱しないんじゃないかなと思いますが、どうでしょう。

そして、私の小説で「小説お作法」に厳しい方が絶対に許さないと思うのが、三人称の地文に突然一人称が登場する書き方です。たとえば、こんなの。

 あいかわらず、メシをねだる時の笑顔だけは最高なんだから。稔は呆れて天を見上げた。レネはいつも通り悔しそうにしていたし、ヴィルもいつも通り眉一つ動かさずにいた。だが、その目の光は以前よりも強くなっていた。ゲルマン人って、本当に損な人種だな。ギョロ目の半分でも積極的に誘えば、ブラン・ベックよりはるかに脈ありそうなのに。

 稔はだまってベベベンとバチを当てた。バレンシアってのはいい街だ。太陽が溢れると人は開放的になる。財布の紐も緩むらしい。ギョロ目がおごってくれるなら、思いっきり美味いものが食えて飲みまくれるってわけだ。結構。


大道芸人たち Artistas callejeros (27)バレンシア、 太陽熱



これは、わざとやっています。リズムの方が大切だと思うからです。これを、いちいち括弧で囲んで改行したりしたくないのです。それをやると、私が書いている時にそうなっている、その時点の視点の持ち主に入り込む感覚が難しくなるんですよ。作法も大切だけれど、こだわりを優先しているというのは、このあたりのことを言っています。まあ、でも、それも程度の問題ですよね。読み手に伝わらなくなるほど、独創的な書き方はよくないと思います。そのバランス感覚をどう持てるかがこれからの課題だと思っています。
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Comment

says...
そうそう、こんな風にみんなで自由に語ってほしいと思ってたんです^^

いきなり堅苦しいお題で、申し訳なかったです。

いやいや、夕さんの小説の中で一度も違和感を感じたことは無かったですよ。
私も文章の勉強をしたことは(学校の国語以外)無いのですが、きっと夕さんも、沢山読んで来た小説から、自然とそういう視点の事などを学び取られてたんですよ。

三人称の場合は、シーンごとに視点が変わる方が逆に自然ですもんね。
つい最近読み始めた海外ミステリーは、ポンポンと視点やシーンが変わって、目まぐるしいですが、逆にそれがいいテンポになってて飽きないんです。
これは映画の場面切り替えだと思えばいいんですよね^^
私はこの書き方が好きなんです。

一人称だと、軸がずれないし、感情移入がしやすいと言いますが、やはり長編では盛り上がりに欠けちゃうような気がします。
ところが今のラノベファンタジーって、ほとんどが一人称ですよね。
読んだことが無いのですが、どんなふうに盛り上げているのか、逆に気になります。
(あ、ヒロイン視点だから、いいのかな?)

三人称の地文に一人称・・・ああ、これ、よくやります。
でもこうやって例文を見ても、まったく違和感がありませんよね。
逆にテンポが出来て、いいと思うんです。

私が一番違和感を感じたのは、三人称なのに、一行ごとに視点が切り替わる文章。
え? これはAの視点だったのに、今B? って。
これはやっちゃいけないでしょう・・・・と思ったんですが、それは昔の文豪の文学作品でした(笑)

もう、なんでもアリじゃん、と、その時思ったものです。

その時代や作風にあっていて、違和感を感じずに書ければ、それが正解なんでしょうね^^
ああ、でもやっぱりミステリーだけは、フェアかどうかが・・・(ぐるぐるw)

また夕さん、良かったらお好きなお題を出してくださいませ^^
2015.09.20 23:37 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
基本的に視点は固定してます。長編でもだいたいそうですね。この方式のいいところは、小説を書いていて当初のプロットとは違う方向に行きそうになったとき、「視点の主の知らないところ」から後付けで軌道を修正することができるところです。つじつま合わせも楽です。最悪の場合、敵にするはずだった脇役を「これまでだましていてすまない、じつはわたしは味方だったんだ」としても、これまで脇役の心理描写を一切やってないわけだからいくらか自然な成り行き、もしくは作者の周到な仕掛けに見える、と。そんなときは伏線も張ってないわけですが、読者が勝手になにげない文章を「伏線」と思ってくれることとかけっこうありますし。作者は知らぬ存ぜぬで口をぬぐっていればいい、というわけで……。

ここだけの話ですがうちの「荒野のウィッチ・ドクター」では、書き始めたときデムくんはあんなストーリー上の重要人物になるとは全く想像もしてなくて。ほかの小説でもいろいろとそのようなあくどいごまかしを(音声途絶)
2015.09.21 09:46 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
八少女夕さんの小説は、文章の流れが絶妙といいますか、すごくこなれた書きっぷりですので、人称とか視点とか違和感なく読めます。
例に挙げられている稔の心情なんかも、うわぁ上手いなぁって感じですね。これはもうセンスのよしあしの世界なので、とてもマネのできるものではないなと思います。

私の作品について語れば……
おっと、これ、次回の記事ネタに使わせていただこう。ということで、いただいていきますね(笑)
2015.09.21 10:50 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

なんか、これからもお題をもらえるんだと期待して、新カテゴリー、作っちゃいました(笑)
堅苦しくなんてないですよ〜。
便乗させていただき感謝しています。

うちには(たぶん相手に連れていないので)いらっしゃらないようですが、よそのブログのコメント欄を覗くと、ものすごく激しい口調で「○○がなってない」と批判なさる方がいるじゃないですか。
ああいうのを読むと「すみません。このブログ主さんがそんなに怒られるならも私のなんて……」とひとりで謝っていたりします。でも、変えない頑固な「野良」です。

一応、視点を変えるならば、話ごとにしていますが、たまに同じ話の中でも視点は変えちゃいます。その時でも、区切りがはっきりするように、二行以上間を空けたり、区切り線入れたりしています。

ミステリーだと、謎を読者に隠さなくちゃいけないから、視点があまり変わって読者が俯瞰できたりしない方が都合がいい場合もあるでしょうけれど、私の書くものは(恋愛ものでもなければ)隠すようなこともないので、ひとりの視点でもちゃんと読者に伝わるようにきちんと書くよりも、別視点で俯瞰させてしまった方が簡単〜、ということなのかもしれません。

ラノベのファンタジーって、一人称の長編なんですか? しかもヒロイン視点? うわ〜、そんな難しいもの、書けそうにない……。

あ、「悪い例」違和感ありませんか?
「こういうことやっちゃダメだろ」と思いつつ、結構こうやって書くのが好きな自分もいるのです。タチが悪いですね。

文豪の名作、たまに「ええ〜、こんなのあり?」ってのありますよね。
それでも文豪と言われ、名を残すのだから、きっと小説って「お作法」だけじゃないんだわ……って、自分の言い訳に使おうとしていますね。一緒にするつもりかと、ツッコミが入る前に反省しておきます。

あ、次のお題?
limeさんが出してくれるのを待っているだけじゃ……ダメか(笑)
そうですね。思いついたら、後発のお題、考えま〜す。

元ネタと、コメント、ありがとうございました。

2015.09.21 22:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええ〜っ。はじめて知る事実。
ポールさん、緻密にしっかりとプロットを練ってから長編を書いているんだと思っていました。そんな大胆な工作を後からやっていらっしゃるんですか?!

でも、読者って伏線読みですよね。時折「この人は後でどんな役割を果たすんだろう」というようなコメントをもらって困ることがあります。「二度と出てこない、ただの通行人ですが」みたいに。

中には、ただの何でもない通行人が、再重要人物にされちゃうなんてウルトラCも……。あ、これは、特定の作品の特定のキャラのことを言っている訳ではないですよ、ごにょごにょ。

ということは、デム氏はこれからも、もっと重要な役割を果たすのですね! 注目していようっと。

コメントありがとうございました。
2015.09.21 22:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

いや〜。TOM-Fさんに褒めていただくと嬉しいなあ。
TOM-Fさんのように一文一文を丁寧に大切に書いていらっしゃる方に、そこまでおっしゃっていただくと、なんか穴があったら入りたい……。瞬間芸みたいにその場のノリで適当に書き散らしているので、ものすごくムラがあります。「ふふふふふ。自画自賛〜」みたいな文が出てくることもあるのですが、「ったく、なんだよこれ〜」も量産していますから。自覚はあるけれど、これは性格なのか、治らない。一文一文を緻密に書いていたら、きっとそのうちに書くのが嫌になっちゃいそうで。(直すつもり、なさすぎ)

あ、そして、バトン(これ、バトンらしいです)受け取っていただけるのですね。嬉しいです。
TOM-Fさんの視点と人称のお話、楽しみにさせていただきます。

コメントありがとうございました。
2015.09.21 22:44 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
視点……私も実はまるで意識しないで書いている時が多かったです。でも、そのレベルはかなり低かったなぁと今になって思います。ちょっとだけ「書き方」みたいなのをお勉強したことがあって、それまでそういうことをよく知らなかったのですね。
夕さんは気にしてなかったと言っておられますが、自然にちゃんとできておられるのですごいです。私の「気にしていなかった」時のレベルはものすご~く低かったので……
『大道芸人たち』の場合も、視点が移動したとしても、自然に行われていて、読みにくくないです。
結局、人称とか視点というのは「読者が読みやすいように・惑わないように」という目的が達成されていたら、何でもいいんじゃないかと思うのですよね。もちろん、そんないい加減なことを言っていたら、文学賞に応募する時にはあれこれ言われるかもしれませんが……あるいは、ミステリーみたいに視点によって効果を狙う時には問題になるかもしれませんが……(私にゃ縁のないことだし)

そもそも古典は、主語が書かれていないのに、一文の中での主語(視点)がごろごろ変わって、それによっては解釈も変わるという恐ろしい文学ですよね。源氏物語だって、「これ、誰が主語なん? 一文の中でころころ変えないで~」って。
それはまぁ、古典だから許すとして、現代文だったら読みにくくて混乱しちゃう。でも「誰が主語か分からない」ってことさえなければ、いいのかな~なんて。古典を研究する場合はいいけれど、現代文を読むときにそんな苦労を読者に強いたらすぐ読むのを辞められちゃう。
でも、視点が移動しようとも「誰がこれをしているか・言っているか」がすんなりと分かる書き方だったら何でもいいじゃん、と思うのです。夕さんの書き方は、何人称でも視点がどうでも、すごく分かりやすいなぁ、それが自然にできている人ってすごいなぁ、センスがある人なんだなぁと思ったのです(多分、神様視点が云々と言ったのは私?)。うん、読者側からは「分かり易かったらいい」……かな。
逆にそれがだめなのはすごく読みにくい。
例に挙げられた一人称と三人称の行き来は、何の問題もないと思います。誰が思っているかはっきりしているから。うん、私もこれはよくやります。
何より大事なのは、伝わるかどうか、ですよね(*^_^*)
2015.09.23 04:28 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
お久しぶりです(いいネタなので食いつく)

八少女 夕さんの作品を全て読んだわけじゃないですが、少なくとも大道芸人はスポットの当り方が綺麗だったので、人称視点は大して違和感がなかったように思います。私の場合は確か一気読みしたので、繋げて読んでしまったせいか、「誰のターンだこれ…(掌握であることに気づいていない)」となった部分もあったように思いますが、三人称の中に一人称を混ぜる技法が自然なのでテンポ良かったと記憶しています。
例題の文章もテンポ重視で好きです。私は基本ラノベ調なのでそういうほうがいいというのもありますけどね…こだわりにしても読者に伝わる範囲で何でも挑戦していけばいいのです、きっと(笑

私もまたこのタイトルで書こう……

以上です。
2015.09.24 12:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

返信遅くなってごめんなさい!

そうそう、「神様視点」という言葉を教えてくださったのは、彩洋さんでしたよね。
「神様」もへったくれも、そもそも「視点」というものがよくわかっていなかったので、「何の話だろう???」とびっくりしたものです。そして、意識してみたら、じつはみなさんちゃんとそうやって書いているものだったと……(笑)

視点以外にも、ちゃんとお勉強なさった彩洋さんから見ると「これってダメじゃん?」なところいっぱいあるように思うんですが、「野良」のまま、ここまで経ってしまうと「直せ」と言われても直せるかなあと不安になったりします。ま、いっか……といつもの……。

でも、ものすごく厳密に書いていらっしゃる彩洋さんにも、まるで意識していない時期があったのですね。
きちんと勉強しようという姿勢もそうですが、長く書いていたメソッドを努力でちゃんと変えた彩洋さんはやっぱり並ならぬ努力家なんですね。ううむ、爪の垢でも(以下省略)

日本の古典、たとえば「源氏物語」がいま書かれたとしたら、「視点がなっていない」ってネットで叩かれたのかなあ。
そして、第一帖で自信をなくして、残りは書かれなかったりして。
そういうことがなかったから、(視点の問題は置いておいて)不朽の名作として、この世に伝え続けられているんでしょうね。

とはいえ、解説文のない「源氏」を読むのはかなり苦痛だろうから、私はつべこべ言わずに「読みにくくない」文章を目指そう。
そもそも、私は「視点の問題は置いておいて、それでも素晴らしいものがある」と言ってもらえるほどの書き手ではないしなあ。

そう、そして、大事なのは「伝わるかどうか」ですよね。
なんかその時に伝えたいと思っていたことが伝わっているなと、コメントなどで手応えがあると、かなり嬉しくなりますもの。
お作法に忠実でなくても、耽美でなくても、超絶面白くなくても、自分に書ける範囲で伝わるように書くのが一番ですよね。

コメントありがとうございました。
2015.09.24 18:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

お久しぶりです。食いついていただけて嬉しいです。

おお、「スポットの当たり方が綺麗だった」と言っていただけたぞ。わ〜い。ありがとうございます。
そうですよね。読み手にわかれば、あまり作法でがんじがらめになる必要もないですよね。

そうか、ラノベってテンポ重視なんですね。(それもよくわかっていない)

そして、藍樹さんもこのテーマで書いてくださるんですね。
ラノベのことも少しはわかるかもしれないし、楽しみにさせていただきますね。


コメントありがとうございました。
2015.09.24 21:10 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かに。
私は一人称オンリーですからね。
あまる3人称は書かない。。。
・・・というか最近はもう書けないな~~~。
と思いながら、作品を見ております。
2015.09.25 11:44 | URL | #- [edit]
says...
小説を書き始めて最初は無我夢中だったので、人称なんて意識した事も無かったのです。
普通物語を読み進めるときに、それを気にすることなんてありませんから。
でも、それはきちんと書かれた作品ばかりを読んできたからなんですね。
サキのブロともさんの作品を読んでいても、それを気にすることはほとんどありません。皆さんきちんと書き分けておられるんだと思います。
夕さんの作品でも「ん?」と思ったことは無いはずです。文章につられてスルリと物語の中に入り込めます。ひっかかる何てことはまずありません。
夕さんが例としてあげられていた、三人称の地文に突然一人称が登場する書き方だって、全く違和感は感じません。ごく自然に読めてしまいます。
きっとこれでなんの問題も無いんですよ。
サキも何回も読み返して自分のリズム感に違和感を感じなければ自由にやっても良いのかも、なんて思いました。
ただし、確かに程度の問題はあると思います。

> 読み手に伝わらなくなるほど、独創的な書き方はよくないと思います。
> そのバランス感覚をどう持てるかがこれからの課題だと思っています。

夕さんがおっしゃるように、伝わらなければサキが書く意味のほとんどは失われてしまうと思いますから。

自分の記事を完成させたのでコメントに参りました。
2015.09.25 14:40 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

あ、そういえばLandM ーさんは一人称でしたね。
そういう意味では、視点はとてもはっきりしていますよね。

とくにゲーム的な要素を入れると、そうなるんでしょうかね。
面白いです。
慣れって、ありますよね。自分の書きたい形で書くのがベストなのでしょうね。

コメントありがとうございました。
2015.09.26 08:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにも、ありがとうございます。

そうそう、そうなんですよね。
物語を読む時に、人称とか視点とか意識なんてしませんよね。それを意識させてしまう、つまり、「え、わからなくなったぞ」と読者が止まってしまうような書き方はしちゃダメだってことなんでしょうね。

わかりませんけれど、文法の本とか、「小説の書き方セオリー」の本とかがあって、それと首っききで間違わないような書き方をするのって、できないように思うんです。肝心の中身の勢いがあって、それが一つの形になったものをセオリーに照らして「こりゃわかんないわ」という部分を直すものなんじゃないかなと。

その時点で「これは、まあ、このままでいいかな、それとも?」と迷う部分、それをどう残すか、もしくは、直すかがセンスと技術の塩梅なのかなあとおもっていたりもします。

サキさんの方の記事も、拝読しました。
後ほどコメントに伺いますね〜。

コメントありがとうございました。
2015.09.26 08:48 | URL | #9yMhI49k [edit]

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