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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(3)新企画 -2-

中編小説「ファインダーの向こうに」の三回目「新企画」の後半です。ジョルジアが、どうして知り合ってもいない人のことを想うようになってしまったのか、ベンジャミンに語ります。

実は、墓地のくだりは、TOM-Fさんの小説の一シーンから思いつきました。正にその時だったのか、他の墓参のときだったのかまではわかりませんけれど。ジョセフも、まさか激写されていたとは知らなかったであろう、ということにしてあります。これも一種のパパラッチ行為かしら?


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あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(3)新企画 -2-


 ジョルジアは、眉をしかめてソファに座り込んだ。それからぽつりと言った。
「笑いたければ、笑うといいわ。でも、言いふらさないでよね」
「そんなことするわけないだろう。でも、知り合ってもいないのに、どうやって?」

「最初は、ただの会心の出来の写真だったの。光の具合も、佇まいも完璧だった。誰だかも氣がついていなくて、夢中でシャッターを切ったわ。望遠で追っているうちに、彼が匿名の誰かではなくて、よく見知っている人だとわかったの。誰だかわかるまで時間がかかったけれど」

 それはウッドローン墓地だった。とある追悼詩に使う墓石の写真を撮る仕事だった。できるだけ色彩を排除して撮りたかったので、普段は一切使わないILFORD PAN Fのモノクロフィルムが入っているカメラを構えていた。

 そうやって、離れたところから墓地を撮っていたジョルジアは、偶然に墓参りをしている男の写真を撮ることになった。人物が映り込んでいたら仕事には使えないとわかっていながら、ファインダーの向こうの絵の魅力に捕らえられて、立て続けにシャッターを切った。

 秋の柔らかい陽射しが、彼の前方から射し込んでいた。トレンチコートに落ちた木立の影も完璧だった。彼は背筋を伸ばして墓の前で佇んでいた。誰だかはっきりわかったのは、しばらくしてCNNのニュースでその顔を見てからだ。

 それから再びウッドローン墓地へ行き、彼が見つめていた墓標を探した。ほとんど興味のなかったジャーナリストの経歴を調べて、彼がユーゴスラヴィアの内戦で家族を失っていることを知った。調べ、知ってしまったことで、特別な存在になった。

 彼が担当の日にCNNニュースを観るのが習慣になった。レポートを読むために雑誌も買った。冷静ながら弱者に対しての暖かい視線に共感した。

 ただのファンという意識に留まれなかったのは、あの写真のせいだった。馬鹿げたことだとわかっていながら、想いを持て余すことになった。

 仕事には使えなかったそのモノクロームのポートレートは、ずっと暗室に貼られたままだった。揺れる現像液の中から、ぼんやりと、やがてはっきりと浮かび上がってきた、横顔の明暗。誰にも知られずに、その佇まいを見ているだけ。それでよかったのに。

「だったら、なおさら、この仕事を受けろよ」
「無理よ! 冷静に撮れるわけないでしょう」

「冷静である必要なんかあるものか。君の人生の転機だろう」
「転機って何のことよ」

「僕は君にジョンを紹介したことを、後悔しているんだ」
突然ベンジャミンは話題を変えた。ジョルジアは、口を一文字に結んで彼を見た。

「あれから、もう十年だ。君は、このままでいいのか?」

 ジョルジアは、一度足元を見てから、顔を上げて仕事の大切なパートナーであると同時に、長い間支えてくれている大切な友でもある男に向かってはっきりと言った。

「私がこうなったのは、ジョンのせいじゃないわ。もちろん、あなたのせいでもない。世の中には、一人でいた方がいい人間もいるのよ。それだけのことだわ」

 ベンジャミンは、黙って彼女の顔を見つめた。青ざめた肌に黒い髪が影を落としている。人付き合いが悪くても、心を許した人間の前では、笑顔も見せるし冗談も言うようになった。意見もはっきりと言ってのける。だから、誰も彼女のことを前のようには心配していない。

 だが、彼は「これでいい」とはとても思えなかった。

 彼女は、すぐに心のブラインドを閉めてしまう。その先には誰も踏み込ませようとはしない。助けはいらないと頑張るのだ。彼には、それが虚勢だとわかっていても、それ以上踏み込むことはできない。それに、彼女の瞳にじっと見つめられると、その頼みを断ることもできないのだ。

 ジョルジアは、ジョセフ・クロンカイトの写真を撮るのは他の写真家に頼んでくれと懇願し、代わりにマッテオ・ダンジェロの写真を撮ることに渋々同意した。
「どんな写真になっても、文句は言わないでね」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

あの場所(シーン)、まさか写真に撮られていたとは……。
いやいや、これはすでに元のシーンをはるかに上回って、秋のメランコリックな情景に昇華していますね。感動して、ちょっとゾクッとなりました。
ジョセフ、素はポンコツのくせに、黙って立っているか、まじめに仕事してれば、カッコいいじゃないですか。しかも、微妙に悲劇的な生い立ちが、女心をくすぐりそうな……って、設定したのは私か(笑) でも、うまく使ってくださって、嬉しいです。

ジョルジア、そこまでいじけなくても……。
すごく素敵な女性だと思うけどなぁ。どうせわたしなんか、という思いがあるんでしょうね。しかも思い人は、素はポンコツのくせに(大事なことなので二回書きました)、地位と名誉はありますからねぇ。

なんかもう、このお話だけで十分にお返ししていただいたような気がしますが……でも、ここからどういうお話が進んでいくのか、すごく楽しみです。
2015.10.07 11:00 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

「使ったら、怒られるかな……」と思いつつ、黙って使っちゃいました。
お氣に召していただけたようで、ホッとしました。

わたし的には、あのシーンは秋だったんですが、TOM-Fさんのイメージしていた季節がわからなかったので、曖昧にしてあります。
それに、ほら、ジョセフも週一みたいなペースで墓参しているかもしれないし。

あ、ジョセフはかっこいいですよ! お財布うっかり忘れも、魅力のうちですし。だから、狙っている人はいっぱいいるんじゃないかしら。ジョルジアにはチャンスのかけらもありませんな。そもそも、なんで独り身なの?!

というわけで、ジョルジアはこんななのに、なんとジョセフはジョルジアなんて全然知らない、という状況ですのでご安心ください。この設定、苦労したんですよ。とにかくそちらの小説に「一切ご迷惑をかけずに」が最低条件でしたので。

ジョルジア、こんなのまだ序の口です(笑)
今はまだプロマイド見てため息ついているのと同じですから、大したことはありません。
というわけで、本物のジョセフの登場まで、ほんの少々お待ちください。

次回は、ベンジャミンのお話です。その後に、兄妹のカラミ(無意味に怪しい表現だ!)がきますよ〜。

コメントありがとうございました。
2015.10.07 20:08 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そういう事だったのですね。
うんうん、分かります。人が人に引かれる瞬間って、ほんとうに理屈で無くて。
ただ一枚の写真に惚れることだってあるし、ジョルジアは、自分の手で彼の人生の一瞬を切り取ったんですもんね。
それに墓地というのは、きっと誰にも見せない内面を見せる場所でもありますから。
ただのファンよりも、もっともっと濃厚な思いが膨らんだんでしょうね。

ああ、でもこの仕事、断っちゃったんですね~。
分からないでもないけど。
もしかしたら、理想のままでおいておきたい部分もあったんでしょうね。
でも・・・このままってわけにはいかなさそうですよね^^夕さん。
2015.10.08 23:12 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
うん。静かなところで一人でいて集中していたりリラックスしていたりするのは自分の地ですよね。
その自然な佇まいを撮ったんだ。これはグッときますね。

いあ、アニキを撮るったって、どうなんでしょね。
家族のスナップ写真? にはならないかもしれないけれど・・・
ふふ。ジョルジアったら、乙女だわあ~^^
2015.10.09 08:54 | URL | #- [edit]
says...
冷静に写真を撮ることが写真家に必要なのか。。。
むしろ、感情的に撮るからこそプロフェッショナルなような気がしますけどね。
私も小説でしか自分の考えを伝えられない。
そういう不器用さはありますからね。
写真家も・・・同じなのかどうかは分からないですが。
哀しみも怒りも色んな感情を乗せて写真を撮ることは素晴らしいことだと・・・。
私は考えていますけどね。
(;つД`)
2015.10.09 12:02 | URL | #- [edit]
says...
ベンジャミン、何だかいい位置にいますよね。この人は妻子持ちなのかしら。いや、ジョセフがジョルジアにとって手の届かない人なのであれば、こっちもありかと(いや、少なくともジョルジアがそう思っているのなら……)思ったりしています^^;
そんなジョルジアの思いはともかくとして、彼女はいい人たちに囲まれていますね。みんな優しくて、ちょっとおせっかいな面もありそうだけれど、いい感じに見守ってくれています。多分彼女が一生懸命に仕事をしていることが伝わっているんだろうな。

あ、そうか、そんなシーンありましたね。お墓のジョセフ……(って、なんかいい方が変?)
そうか、あのシーンが激写されていたのかぁ。でも私も、こんなシーン撮っちゃったら惚れてまうやろ~って気持ちになるかも。自分だけが知っている特別な時間・シーンですものね。
で、結局兄貴の写真を撮ることに……勿体ない。でも、意外に兄貴のいい写真が撮れたりするのかしら。
2015.10.09 16:31 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

ジョルジア、その時のジョセフに、勝手に同調しちゃったんじゃないかな、と思います。
本当は「よし、これからプロポーズするぞ!」だったんですが、そこまでは読めなかっただろうし。

ジョセフ、ジャーナリストですし、お堅い分野なのでテレビで見るときは少し冷たく見えるんじゃないかと思うんですよ。
でも、そのイメージを持った人が、プライヴェートで見せる別の顔みたいなのを感じると
やられちゃうんじゃないかなあ、と想像で書いてみました。

で、この仕事はきっぱり断ってしまいましたが、これで「逢わずに済んだ」とは問屋が卸さないです(笑)
でも、作者としては結構大変なんですよ。
もっと絡みたい、でも、むこうの設定は知らないから、絶対に邪魔をしないように書かなくてはならない。
やっぱり、自分のところのキャラは楽です。何をやってもいいんで。

というわけで、この続きも楽しみにしていただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.09 23:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうそう。たぶんジョセフは自分のテリトリーにいて、普段はあまり見せない横顔を見せていたんだと思います。
で、ジョルジアは、最初は写真家としての勘が「これを撮る!」って働いたんだと思いますが
見ているうちに、なんかおかしなことに……。

そして、アニキを撮るんです。
どんな写真になるかは、乞うご期待(笑)

そして、ジョルジア、恋する乙女です。33歳でそりゃ、ないだろう、なんですけれど
その歳のイタリア系アメリカ人なのに、そんな状態なのは
例のこじれちゃった原因のせいで、ほとんど恋愛経験がないから、ですね。

次回も読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました
2015.10.09 23:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

自分をさらけ出してこその芸術だというのは、おっしゃる通りだと思います。
ただし、プロフェッショナルであるからには、必ずどこか冷静さがなくてはならないとも思うんです。
小説にしても、アマチュアの場合は「自分の自由」「わかってくれる人がいればそれでいい」でもいいんですが
プロならば、いろいろな意味でその内容とクオリティに責任を持たなくてはいけませんから。

今のジョルジアは、まだ、過去のトラウマと戦っている状態ですから
感情を世界にさらけ出すほどの覚悟はないんです。
まともにシャッターが押せないような状態では、仕事になりませんし。

このストーリーは、ジョルジアがその「自分の問題」を乗り越えるまでのストーリーなんで
今の時点では、これでいいんです。
とかいっていますが、短い作品なんで、転換期まではそんなに長くありません。

また読んでいただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2015.10.09 23:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あ、ベンジャミンに注目していただけましたか。
この人の話は、次話でクローズアップするので、それまでお待ちください。
全然関係ないけれど、この小説の「終わりの音楽」的にこの曲をよく聴いていたんですが

https://www.youtube.com/watch?v=IBEyjmw9ZNU

私がiTuneで購入したのはこのバージョンで
https://itunes.apple.com/ch/album/puccini-messa-di-gloria-etc/id695465350

このジャケットのパッパーノの写真が、ベンジャミン・ハドソンのビジュアル・イメージなのです。
本当にどうでもいいことですが。

ジョルジアが、結構恵まれていること、おわかりでしょうか。
もちろん、彼女にも嫌なことをいう人がいます。(元恋人のジョンは別格ですが、もういない)
でも、みんなが守ってくれているのですよね。筆頭がベンジャミン、そしてマッテオ兄ちゃんです。
本人もそれを自覚しています。

で、そうなんです。お墓のジョセフ。美穂にプロポーズするべと氣合を入れていたシーンですが、そんなことは何も知らないジョルジアは、まずその絵がプロ的にあまりにも完璧だったので迷わず激写してしまいました。
で、後から落っこちてしまったんですね。これは彼女には大誤算でした。

マッテオの写真の話も、後々出てきます。
中編ですから、無駄な情報は皆無(のはず)です。

この話、なんせ想い人が自分のとこのキャラではなくて、あちらの設定に変更が生じるようなマネが一切できないので、結構苦労しています。その苦悩ぶりも一緒にお楽しみいただけるかと(笑)

次回もまた読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.10 00:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こういうジョルジア、とっても好きです。なんだか開き直っちゃって、かえって素直になってるんですよ。とても素敵です。ILFORD PAN Fのモノクロフィルムに撮し込まれたジョセフ、まさしく“ファインダーの向こうに”ですね。
ジョセフの過去を知ってしまったジョルジア、仕事を受けようとしないジョルジア、なんだか屈折してるけど、とても可愛いと思ってしまいます。
ベンジャミンのお節介(愛情?)もとても興味深いです。
ジョルジアがブラインドを開くことはあるのでしょうか?あるんですよね?きっと。

2015.10.10 15:03 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ジョルジア、ベンジャミンの前ではかなり素直です。とても信頼しているのですよね。それに、暗室の写真を見られちゃっているので、今さら隠しても無駄だと思ったのでしょう。

ジョルジア、レンズを通してみた彼の佇まいに、ドラマを感じたんでしょうね。
それに、悲劇的な生い立ちに同情して、それをはねのける心の強さに感服して、憧れたのかもしれません。
誰にも言わずに、見てばかりいたから、そのまま恋に落っこちてしまいました。

ベンジャミンやその他の登場人物の優しさ、おせっかい、それに愛情や友情など、ジョルジアは意識して受け止めつつあります。
彼女が、ブラインドを開けられるようになっていくその過程を描けていたらいいなと思っています。

次回は、ベンジャミンサイドの話です。サキさんのイメージと、話が一致するかな?
読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.10 16:27 | URL | #9yMhI49k [edit]

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