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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(5)撮影 -1-

中編小説「ファインダーの向こうに」の五回目の前編です。視点はジョルジアに戻ってきています。兄であるマッテオの写真を撮影する為に超高級マンションのペントハウスにやってきました。

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あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(5)撮影 -1-


「さあ、準備はできた。どんな風にでも撮ってくれ」
白いバスローブを着たマッテオは、おどけてジョルジアの前に立ちふさがった。胸元に黄金の鎖が光っている。白く光の溢れたキッチン。まるで安っぽい映画の一シーンだ。

 彼の後ろには、新しいおもちゃだと思われるマシンがあった。カリフォルニアオレンジがコロコロと転がって、カットされ、ジューサーを通って、香り高いジュースとなって注がれた。彼はできたてのジュースをジョルジアに手渡し、もう一杯作るとウィンクして飲み干した。

 彼のペントハウスの玄関より奥に入るのは何ヶ月ぶりだろう。ここに来るといつも氣後れする。イギリス人の貴族に仕えていたことがあるのかと思うくらい、顔の表情を変えない使用人のハリスに「ようこそ」と言われるのも苦手だったし、次々と変わるガールフレンドたちの名前を憶えられなくて睨まれるのも好きではなかった。

 彼女たちは、ニューヨークで最も成功した独身の一人であるマッテオ・ダンジェロに年貢を納めさせようと必死だったし、未来の義妹と険悪にはなるまいとは思っているのだろうが、もう一人の妹アレッサンドラ・ダンジェロと較べるといかにも見劣りのするジョルジアのことを「取るに足らない女」と思っているのが顔に出てしまっていた。

 幸い、今朝は女は一人もいなかった。兄のところには寄りつかず、しょっちゅうかかってくる電話も可能な限り短く切ってしまうジョルジアは、最近の彼のプライヴェート事情をゴシップ誌並にも知らない。余計なコメントは避けようと思い、黙ってジュースを飲んだ。

「ジョルジア。少し痩せたんじゃないか」
マッテオは、彼女の頬から顎にかけてそっとなぞった。こうやって女の子たちを簡単にポケットに入れちゃうのかしら。考えながらジョルジアは兄の瞳を見つめ返した。彼は子供の頃から全く変わらない。これは女をたらし込む詐欺師的演技ではなくて、彼の素の振舞いなのだ。

 彼は、優しくて、明るくて、そしてセクシーだ。その笑顔に夢中になったのは女たちだけではない。小さな健康食品会社を若くして買い取った彼が、多くのビジネスパートナーを得て、ベストセラーのダイエット商品を立て続けに発売し、アメリカ全土に店舗をチェーン展開するほどに成功をした。それは、彼が多くの幸運と、機を読む賢さと、積極的なビジネスマインドを備えていたからだけでなく、この魅力的な性格で多くの味方を作ったからだ。

「心配いらないわ、兄さん。ここの所、少し忙しかっただけ。『太陽の子供たち』のプロモーションもあったし、あの写真集の撮影の間できなかった会社の仕事を、集中的にこなしたから」
「そうなのか。大事な妹をあんまりこき使わないでくれと、社長に電話しておかなくちゃな」
「そんなことをしたら絶交よ」

 彼は切なそうに笑うと、「おいで」と彼女を自分の寝室に連れて行った。そこはスイートになっていて、更に奥にはウォークインクローゼットがあった。
「何を着てほしい? スーツ? それとも、スポーツウェア? もちろん、このガウンのままでもいいけれど。その場合は、ベッドの上に寝そべってとか?」

 ジョルジアは、「ゴシップ誌の仕事じゃないんだから」と笑って、カジュアルウェアを着てくれるように頼んだ。掃除の行き届いたリビングで、リラックスしてオレンジジュースでも飲んでいる姿を撮ってみよう。そんな風に考えながら。

 NIKONのファインダー越しに覗いたその姿は、見慣れたいつものマッテオ・ダンジェロだった。前にどこかの雑誌で見たのと同じポーズのように思った。会話は、親しい兄と妹の会話なのに、兄は写っていない、そう感じた。疑問を感じながら、ジョルジアはシャッターを切った。

「ジョルジア。アレッサンドラのお前に対する印象は正しいんじゃないかと、僕も思うよ」
ソファの上でポーズをしながら、マッテオは突然言った。

「何のこと?」
「お前は疲れているのか。それとも、何かの壁にぶつかっているのか?」

 ジョルジアは、カメラをテーブルに置いて、兄の顔を見た。

「兄さんまで、手術をしろって言うんじゃないでしょうね。そして、どこかのセレブと結婚でもしなくちゃ、ダンジェロ兄妹の顔に泥を塗ると思っている?」
「まさか。僕もアレッサンドラも、お前の幸せにしか関心がないことくらいわかっているだろう」

「ねえ。私は、今のままで十分幸せだわ。仕事も、私生活も」
「ジョルジア。僕がどれだけ長い間、お前を見つめてきたと思っている? お前が心から幸せだと思っているときの顔を知らないとでも?」

 ジョルジアは、言葉に詰まった。

「結婚が幸せの最終形だなんて、僕だって思っていないさ。それに、お前の作品が世に認められだしていて、それが一般で言う成功の一歩だっていうのも正しい。でも、今、僕を撮っているお前の姿は、したくてたまらない事をしていようには見えない。お前はひたすら仕事をこなしている、そうなんじゃないか?」
「兄さん……」

「お前の作品は素晴らしい。技術的にも、心を打つモチーフも、全く大したものだ。だが、お前がはじめて、父さんのカメラを持たせてもらった時の、それで僕とアレッサンドラを撮りまくった時の、あの情熱を持ってカメラを構えているようには見えない」

 ジョルジアは、兄の指摘に愕然となった。

「あの男のせいで、お前の心が壊れてしまったんじゃないかと、ずっと思っていた。だが、そうだったら、あんな写真は撮れないだろう。お前は心を込めて、選んで写真を撮っている。だが、お前が撮っているのは、お前自身が撮りたいものなのか? それとも、会社や世界がお前に撮るようにと求めているものなのか? なぜ、あんなに明るい色で、楽しそうな子供ばかり撮るんだ。そんなに青ざめて、苦悩を刻んだ顔をして」

「兄さん……。私、あなたがそんなに私のことをよく見ているなんて、知らなかった……」
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

えっと、久しぶりに重箱の隅を(笑)
貴族に使えて → …仕えて かと。

で、マッテオ兄貴ですが……いい人じゃないですか。
若くして成り上がった、チャラ男系かと思いきや、妹のことをすごく考えているし、優しいですよね。勝手な思い込みかもしれませんが、イタリア人的な家族愛を感じます。写真を撮るジョルジアの姿を見た感想なんて、これぞ兄ちゃんの鑑って感じですね。ウチの「兄」たちに、爪の垢をくださいませ(笑)
ジョルジアの周囲には、そういう意味では「愛情」はたくさんあるんですね。ただ「恋愛」だけが、無いと言うかうまく行かない。

この撮影のお仕事、転機というか何かが動き出すきっかけになるのかな?
次話も楽しみです。
2015.10.22 11:35 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

うぉっ。すみません!
とってもとっても助かります。ありがとうございました!

そして、兄妹の好きなTOM-Fさんに、合格もらえたでしょうか!
いや、あまり萌えどころのない二人ですけれど。

そうなんです。マッテオは典型的イタリア人の血を色濃く残しているタイプで「我が家の女の子は世界一のお姫様!」と、かなりコテっコテに濃い愛情を注いでいます。すごいチャラく感じられる言動なんですけれど、イタリア的にはこれがデフォルトで、アメリカ生まれだけれど、その伝統を受け継いでいるタイプですね。

彼はお金もあるし、本当はジョルジア籠の中に入れて「可愛い、可愛い」したいのをぐっと堪えます。アレッサンドラもそうですが、本当に必要な手の差し伸べ方をしてくれる家族がいるジョルジアは、本当に恵まれているのです。

男運がないというのは、ええと、これは、本人のせいですから。一人でウジウジしていますけれど、おっしゃる通り、この撮影も含めて、この小説での出来事の連続が転機になって変わっていく予定です。

次回は、兄ちゃん撮影の後編ですが、また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。

2015.10.22 16:40 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
マッテオ兄さんの動きや話し方一つ一つ、すごく目に浮かびます。^^
ちょっとキザっぽく見えるけど、それが素なんですよね。
そして、意外と(こら)細やかにジョルジョアを見つめてて、そしてなんとも優しい兄貴なんですね。

ジョルジアが自分でも気づいていない部分も、もしかしたら感じ取ってるのかな。
いろいろ苦しい事はあっても、やさしい兄弟がいることがジョルジアには救いですよね。
このあと、あの写真の彼とのラブロマンスはなさそうですが、何か、歩むべき方向を見出すことになるのかな?
次回も楽しみにしています^^
2015.10.22 23:17 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
アニキ、良いこと言ってるね。
やはり、家族の視点は鋭いですね。家族しか知らないエピソード。
一緒に育ってきたからこそ知っている表情。
家族の者には幸せになってもらいたいという気持ち。
優しいなあ^^

ジョルジアもだんだんと色々なことに気付き、目を向けていくことになるのでしょうか。
目を向けるだけでなく、心が広がっていくと良いですね。
ベンの助けと、アニキの助けと、アレッサンドラの助けと・・・
私は見守るだけで・・・(-_-;)
2015.10.23 10:08 | URL | #- [edit]
says...
本当に仲の良い兄妹ですね。普通こんなに上手くいっている兄弟ってなかなか無いと思います。
マッテオは妹たちのことをとても大切に思っていることがよく分かります。特にジョルジアは放っておくことが出来ないんでしょうね。気になってしょうがない。でもちゃんと尊重していて過度な干渉は控えている。というかジョルジアが避けている?でもその気持ちをやっぱりアニキは尊重しているんだろうな。
そして誰よりも長く妹のことを気にかけて(親よりもかも)、一番の理解者になっているのでしょうか?鋭い指摘ですね。ジョルジアにとって2人の兄妹は本当に宝物のようです。
マッテオはどんなきっかけを作ってくれるのでしょう。アレッサンドラもそうですけど、マッテオ、とっても良い人だなぁ。見直しちゃいました。
2015.10.23 12:03 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
心を込めた写真かあ。。。
あまりそんなセンチメンタルな考えに浸るほど子どもでもなくなったのですが。
そもそも写真を撮りたいと思ったら、それが感情なような気がしますが。
プロにしても、
アマチェアにしても。
その写真を他の人に伝えるか伝えないかもまたプロとアマチェアの違いであるような・・・気もするだけで。私には分からないですが。
2015.10.23 13:07 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

マッテオ、真性のキザ野郎です。キザが赤ん坊の形をとって産まれてきたみたいなもんです。
日本人だと、これではドン引きですが、イタリア系アメリカ人だから(笑)

侍らせている女たちが敵視するくらい、二人の妹を溺愛していますけれど、特に、途中でつまづいてしまったジョルジアをとても心配しているのですね。
でも、ジョルジアからは、若干疎遠にされています。
半分いじけているんで、この妹。
ジョルジアは、元カレを除けば、周りの人間には恵まれています。
家族はみんな優しいし。ほとんど出てこないけれど、社長も親切。

写真の彼とはねぇ。
むこうは、全然知らないんで、ロマンスって難しいですよね……。
実は、一瞬のニアミスはある予定なんですけれど。
そして、ジョルジアの転機の方は、もう始まっています。
次回は、「Infante 323 黄金の枷」を挟んでから、この話の後編がきます。

また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.23 19:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

出会ったばかりの人が、鋭いことを言ってくれるってこともあるでしょうけれど、やっぱり子供のころから知っている家族っていうのは、その人をよく理解していますよね。
それに、何をどういうべきかも、ちゃんとわかっているんでしょうね。
わざわざイタリア系にしたので、家族の絆を強く書いています。
どんなに社会的ステイタスが大きく隔たっても、家族を大事にするのはマッテオもアレッサンドラも同じ。
ジョルジアがそれを素直に受け入れて、いじけ状態から動いていくのももうちょっとです。
ベンも、陰に日向にサポート中。

けいさんには、読んでいただけるだけで嬉しいのですよ。
次回もどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2015.10.23 19:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

私の小説って、家族ともあまり上手くいかなくて、ひとりぼっち系の人物が多いんですが、今回はあえて家族に愛されている人物を書いてみました。
ジョルジアは、大事にされていることはわかっているけれど、それでも、若干いじけていて、その反動で避けぎみです。
マッテオとアレッサンドラは、もどかしいと思います。
でも、サキさんがおっしゃるように、ジョルジアを尊重してもっと構いたいのを堪えていると思うんですよ。

マッテオ、見なおしてもらえて嬉しいです。
チャラチャラしているし、生活がああなんで、いろいろな人が「しょーもないやつ」と思っているという設定なんですけれど、元々は貧乏な漁師の子供で、忙しい親の代わりに歳の離れた姉妹の面倒を看ていた、感心な少年だったんですよね。

次回は「Infante 323 黄金の枷」を挟みますが、この「撮影」の後編です。また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.23 20:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

どうでしょうね。
写真に限らず、小説でも、詩作でも、絵画でも、作品と名のつくものには、アマチュア、プロを問わず心を込めるのは普通だと思っています。心のこもっていない作品をプロとして作るのは「金儲け」でしょう。それが悪いとは思いませんが、私は、「金儲け」にお金を払うよりは、心のこもったものに払いたいと思います。

コメントありがとうございました。
2015.10.23 20:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
いい感じのイタリア人、ですね(*^_^*) うんうん、こういう感じですよ。
ジョルジアの気持ちの問題、と言ってしまえばそれまでだけれど、そこが一歩を踏み出すときには一番大事で、一番厄介な問題なんですよね。そして、兄貴も姉貴も、空気を読んでいるような、読んでいないような、不思議な距離感で「妹ラブ」を徹底しているんですね(*^_^*)
チャラ男? いや~、こういう人好きです。チャラっているようにも見えますけれど、これが地なんですよね。地ならもう許しちゃおうって感じです。
なんだか、ジョルジョの昔の設定を見るようで、嬉しくなっちゃって、もう今やすっかりお兄ちゃんファンになっている大海です。空気を読んでいないようで、実はちゃんと見ているんですよね。あ、でも行きすぎたら、ただの超過保護野郎になってしまうから、要注意! ですよね。
さて、これからジョルジアがどんなふうに動いていくのか、楽しみですね(*^_^*)
2015.10.24 16:52 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

最初に、ジョルジアをイタリア系アメリカ人に設定した時に、「絶対にイタリアっぽさに振り切れているキャラを書く!」って決めてこうなりました。イタリア人が怒るかな(笑)
この兄ちゃんで遊びすぎて、長くなってしまい、春に発表できなかったんです。

この小説は、ジョルジアの人生の転機みたいな時期の話なんですけれど、それが一人の人間との出会い(この場合はジョセフに恋をしたこと)だけで起こるんじゃなくて、それは一つのきっかけだけれど、それ以外にも周りの人間の言葉だったり、行動だったり、起こったことに影響を受けたり、いろいろなことが関係していくという形にしています。

ジョルジアには恋も含めてですけれど、ある問題があって、この写真のテーマの問題もそれに関係していたりします。

そんな話なんですけれど、それはそうとして、私もこのマッテオがかなりお氣にいりでして、この人、裏もなく、こういう人で楽しいので、この連載が終わったら、時々スピンオフ的に遊びたいな〜、なんて。

チャラチャラしているけれど、わざとじゃないっていうか、本当にこれが地。
で、成功したし、お金もあるけれど、実は自分もまだぴったりの相手が見つからないというしょーもない点もあって、まあ、そういう全然完璧ではない点も含めて愛すべきヤツだと思っていただけると。

ジョルジョほど深いものもないし、重い運命も背負っていませんが、ミステリーでよくある「実は悪い人だった」もないので、ふつーに「楽しいイタリア系チャラ男」とごひいきくださると嬉しいです。

マッテオは、ジョルジアのこと、本当はもっと過保護にしたいみたいですが、さすがにねぇ。ジョルジアはもう33歳だし(笑)

で、次回は、この指摘を受けてジョルジアが少し動きます。
「Infante 323 黄金の枷」が入ってしまいますが、後編も読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.10.24 20:29 | URL | #9yMhI49k [edit]

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