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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(5)撮影 -2-

中編小説「ファインダーの向こうに」の五回目の後編です。兄マッテオの撮影をするために、彼のペントハウスに来ていたジョルジアは、久しぶりに兄とまともに話をして、彼が思っていた以上に彼女の問題を的確に見極めていたことに驚きます。

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ファインダーの向こうに
(5)撮影 -2-


 マッテオは立ち上がって、ジョルジアをそっと抱きしめると、その頬にキスをした。
「わかっている。アレッサンドラも、二度目の離婚についてアドバイスをした時に驚いていたよ。僕は、軽薄な兄を演じすぎたのかな。でも、そうでもしないと、お前たちへの想いを制御できなくなるんだ。本当は夢中すぎて、心が痛くなるくらいなんだ」
「私にも?」

「そうだとも。母さんに抱かれて眠っていたお前を初めて見たあの日から、僕はずっと夢中だ。こんなに愛しい存在があるのかって」
「マッテオ兄さんったら。そんなの大袈裟だわ」
「何を言っているんだ。本当なんだぞ。そりゃ、子供だったから、こういう言葉で思ったわけじゃないけれど」

 ジョルジアは、兄をみつめた。子供の頃、ジョルジアが転ぶといつも駆け寄ってきて、立たせてくれ、それから抱きしめてくれたマッテオ。算数ができなくて困っていると、辛抱強く助け舟を出してくれたこと。どれほど彼女が身を引いて疎遠にしても、繰り返し明るくコンタクトを続けてくれた兄。

 心の奥を覗き込むと、彼の言っていることの方が正しいことがわかった。彼女が、選ぶフィルムも、カメラも、現像する時のトーンも、自分の感性よりもどう望まれているかを優先してきた。何が望まれているかを判断するのはとても簡単だった。自分にはないもの。自分には許されていないもの。その写真の明るさで、彼女自身の暗闇から人びとの視線を引き離してしまう幸福な写真。もしくは徹底して感情を排した物の写真。そう撮っていれば安心だった。なぜならば、必ず満足してもらえるのだから。

 だが、それはジョルジアの心を映した作品ではない。彼女にとって、心を映し出したとはっきり言える写真は、暗室の奥に貼られているたった一枚のみだった。

 秋からずっと心惹かれ続けている、けれど、それが後ろめたいように感じて仕事に使えなかったモノクロームの世界。乾いて冷たい風の通り過ぎる空間。影が色濃く落ちる王国。明るく楽しく自分とは無縁の世界とは対極的な、暗く哀しみが蠢く親しみのある空間。

 では、幸運の女神の寵児であるマッテオと、その世界で対峙したらどうなるのだろう。

 古いライカを取り出した。彼は、不思議そうに彼女を見た。彼女は構図を変えて、何枚も撮った。

 ファインダーの向こうに、マッテオは同じように存在した。けれど、彼女は彼の別の姿を見た。軽薄で物質的で馴染めないと思っていた彼の、優しくて思いやりに満ちた瞳が、こちらを見ていた。プラスチックの塊のように感じていた彼の肌には、前よりも多くの皺が刻まれている。それは目尻であったり、頬に多かった。いつも笑顔でいる彼の一番良く動かす筋肉と肌は、そこなのだと感じた。

 私は、この人の何を見ていたのだろう。自分には手にすることのできない、光の部分にばかりに拘って、とても大切なものを見失っていたのかもしれない。

 アレッサンドラとは違うから愛されない、側にいられないというのは、被害妄想のひがみだったのかもしれない。両親も、兄も、ジョルジアを「黒い羊」扱いしたことは一度だってなかった。彼女は、色を廃して、ファインダー越しに覗くことで、初めてそれを感じたのだ。

「ねえ。兄さん」
「なんだ?」
「場所を変えてもいい?」
「え?」

「ここにいるあなたは、確かにとてもあなたらしいけれど、他の人にも撮れるような氣がするの。私しか撮れない所であなたを撮りたいと思って」
「どこで?」
「海で。それも、豪華客船やプライヴェートのヨットじゃなくて、私たちが育ったあの素朴な海辺で」

 マッテオは、頬が紅潮し、瞳の輝きだした妹をじっと見つめていたが、それから笑って彼女を抱きしめた。

 いつものスーツではなく、かなり砕けた麻のジャケットにラフなチノパン姿で、ビーチサンダルを履いてパナマ帽を被ったマッテオは、ユーモラスだった。海からの強い煌めきと、影になった彼の半身が、モノクロームの中で印象的に浮かび上がる。

 悔しくなるほどの成功をし、誰もが羨む暮らしをする、軽薄な女たらしウーマナイザー の印象が、憎めないやんちゃ男へと変わる。

* * *


 ベンジャミン・ハドソンは、その写真を見たとき、それがマッテオ・ダンジェロだとは信じられなかった。

「言ったでしょう。あなたが思うようなセレブには撮れないって。撮り直した方がいい?」
失望させたのかと、がっかりしながらジョルジアが言うと、彼は大きく首を振った。

「そうじゃないよ。信じられない。すごくいい。あんなに嫌がっていたから、これほどの写真を撮るなんて、思ってもいなかったんだ。これはどこだ?」
「ノースフォーク。私たちの両親が漁業をしていた頃、よく遊んだ所なの。何もない所なんだけれど、私たちには特別な場所なの。マッテオ・ダンジェロがまだ存在しなかった頃、マッテオ・カペッリが忙しい両親の代わりに妹たちを散歩させた所なの」

「だから、こんなに優しい表情なのか。それに、この濃淡がすごくいい。モノクロームに目覚めたのか?」
「ええ。非公式にだけれど、他の人も撮ってみようかと思っているの。撮らせてほしいと頼める人に限られるけれど……」

 ベンジャミンは頷いた。
「ある程度撮れたら、もう一度見せてくれ。社長に掛け合って、次の写真集の企画を提出するから。180度のイメージチェンジだから、上層部は反対するかもしれないけれど、絶対に通してみせる」

 ジョルジアは、彼の反応に驚いていた。心配されるのかと思っていた。少なくとも、こんな風に肯定してもらえるとは夢にも思っていなかったからだ。彼女は、笑顔を見せた。
「ありがとう、ベン」
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

なんか、いい流れですね。
マッテオ兄ちゃんの愛情で、ジョルジアの固く閉ざされていた扉が少しずつ開いていく感じが、すごく良かったです。
マンハッタンからノースフォークに舞台を移して撮影した兄ちゃんの写真には、妹思いの「兄」そして、漁村で育った「男の子」が写っていたんですね。
これはジョルジアとマッテオの関係があればこそ撮れた写真ですが、彼女が次に狙う被写体は、さてどうなのでしょうか。ジョルジアが、その人の内面をどこまで引き出すのか、モノクロフィルムにどこまで写し取るのか、すごく楽しみです。
2015.11.04 10:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

マッテオって、端から見るとものすごく胡散臭いじゃないですか。
貧乏人から超金持ちに成り上がって、歯の浮くような事を言いつつ、美女に囲まれて贅沢三昧みたいな。
もともと私は性格が暗くて、太陽みたいなキャラが苦手なんですけれど、今回は、その「みんなに愛されるポジティヴキャラは苦手」の固定観念的書き方をどうシフトチェンジしていくかも一つの課題だったのですよね。
で、導きだしたのが、「家族から見たポジティヴキャラ」で、マッテオやアレッサンドラというキャラが生まれてきたんですけれど、書き出したら面白くなって伸びちゃいました(笑)

で、ジョルジアは、自分の暗い固定観念から今回はマッテオによって、また少し動かされていますね。
この写真が、ジョルジアが撮ったモノクロームで、正式に外に出る最初の写真になりますから、もう一つのターニングポイントですよね。で、次に、白黒で撮ってもらうことになるのは、既出のキャラですが、その前にTOM-Fさんには「え゛……」な展開になるかも。あまりご迷惑はおかけしないと思いますので、暖かく見守っていただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2015.11.04 19:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
今までは装飾が付きすぎて、本当のマッテオを見逃していたのかもしれませんね。
改めていいお兄さんですよね。
思い出の中ではいつも優しいのに・・・でも、キラキラ感が強すぎて、ちょっと煙たがられる感じ、わかります(笑)
いまやっと、その余分な装飾をごっそり外してくれるモノクロームのファインダーで、お兄さんの本当の優しさを見ることができたのかもしれませんね。

私は日本人のようなあっさり顔が好きなんですが(誰もきいてないってw)、時々外人さんの写真にドキッとします。決まって、モノクロームなんですよね。
ああ、いいな~って。優しさと美しさがにじみ出てて。
あれって、本質的なものを映し出してしまうのかもしれませんね。本当に。
2015.11.04 23:56 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
ちゃんと向き合って話をして、そして改めてファインダーを通して見慣れた(はずの)人の顔を見て、あ、本当はこんな顔だったんだって気がついていく過程がとてもいいですね。
いやいや、なんかマッテオの気持ち、分かるわ~。赤ちゃんの妹を見て、無条件に可愛い!って思ったその感じ。何か、マッテオって、ジョルジョの子どもの頃になんとなくイメージが重なるんですよね。素直で、無邪気で、そして子供の時から実は惚れっぽくて女たらし? だから結構私の中ではお気に入りのお兄ちゃんになっています。
ジョルジアが「太陽みたいに高みにいる人」が苦手でってのも分かるし、そんな少し卑屈な気持ちをこれから克服していくみたいなきっかけがこのお兄ちゃんだったというのがとても素敵だなぁと思いました。そう、ふと見まわしてみたら、幸福の青い鳥は身近にいたりするって、ありきたりだけれど素敵な真実。
これからジョルジアの撮る瀉心の世界がどんなふうに変わっていくのか、とても楽しみです。
2015.11.05 11:57 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
確かに写真は背景・・・場所の問題もありますよね。
写真の中では背景は有限ですけど、撮影している人と被撮影者にとっては背景は無限に広がっているわけで。その無限の背景まで伝える写真というのは・・・やはり人だけではなくて、背景も大切なんだな。。。ということを教えてくれますね。
2015.11.05 12:50 | URL | #- [edit]
says...
マッテオが素敵ですね。登場人物の名前を覚えるのが遅いサキが、名前を覚えてしまえるほど素敵だなと思うキャラクターです。普通、こんな妹思いの兄っていないです。いいなぁ、こんなお兄さんがいて、サキは羨ましいです。
その愛情の表し方がまたいいですね。押しつけがましくなくて、素直で、これなら鉄壁のジョルジアのガードも溶解してしまいます。
これまでジョルジアが撮ってきたカラーの子供達の群像が求められる物に対するジョルジアの解答だったのに対して、今回撮影したモノクロームはジョルジア自身の精神の発揚なんですね。
この古いライカがどんな世界を捕らえているのか、見てみたいなぁと思います。
ベンジャミン・ハドソンの反応、とってもドキドキします。相当なショックを受けたようで、モノクロームに目覚めたジョルジアがどんな変化を遂げるのか、楽しみにしています。
モノクロームって表現に制約がある分、作者の表現力が試されるんですよね。
きっと素晴らしい作品ができてくると思います。
2015.11.05 14:06 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

limeさんまでタイトルで遊んでいる(笑)

ただでさえ、濃いラテンタイプなのに、金色の鎖をしちゃったりしている、こてこてのパーティ男ですからね(笑)
妹ながら「ちょっと……」だったりして。

でも、そういう色眼鏡を外してみて見ると、やっぱり誰よりも彼女のことをよくわかっていて、とても大切にしてくれる大事な家族なのですよね。
この家族、実はパパとママの影が薄くて(ダンジェロ兄妹のインパクトが強すぎる)、あまり表に出てこないのですが、家族全員仲のいいタイプなのです。

limeさん的には「20メートル以上近づくな、暑苦しい」タイプのマッテオですが、ええ、モノクロームにすると、少しは涼しくなるかも(笑)
私もモノクロームの写真、好きなんです。
カラーの写真とモノクロームの写真は、私がこの作品で書こうとしているテーマの象徴的存在なんですけれど、モノクロームをそういう立場にしたのは、やっぱり自分が好きだから、なんですよね。普段見ているものとはちょっと違う世界ですよね。

コメントありがとうございました。
2015.11.05 20:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

彩洋さん、タイトル(笑)

兄妹だと、あたり前すぎて大きくなってからあまり向き合ったりしなくなるじゃないですか。
ましてやジョルジアは「私はあの二人とは違う」と後ろ向きなので、よけい見ていなかった、のですよね。

マッテオ、ごく普通のイタリア人タイプのアメリカ人で、もともと「家族大好き!」なんですけれど、たまたま妹二人だったので溺愛しちゃいました。特にジョルジアは、最初に目にした衝撃が強かったみたいです。さらに、彼女にいろいろあって、「僕の大事なジョルジア」がエスカレートしました。独身なのもむべなるかな(笑)

竹流と違って、重い運命などは全然背負っていませんし、かなり楽天的、アメリカのポジティヴな人間のステロタイプで「え。前向きに進めばいいでしょ」的なところがありますので、今やかなり違う人になっちゃっていますが、もしかしたら子供のころは彩洋さんのおっしゃる通りに、わりと似ていたのかも。

ジョルジアの次のモデルは……ですが、その前に「おいおい、そのご都合主義な展開は……」が来ます。中編なんでサクサク進めないと。次回も読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.11.05 20:45 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

人のポートレートなので、もちろん後を無地にして撮ることも可能ですけれど、この場合は、その場所にいることがその人物や人生の意外な一面ともリンクしているので、けっこう大切なのかなと思いました。

ニューヨークというと摩天楼のイメージですけれど、実はほんの少し外に出ると漁業をしていたりする場所もあるのですね。

コメントありがとうございました。
2015.11.05 20:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ヨーロッパ人って、似たような名前ばかりを付けますから、よけい憶えにくいですよね。
サキさんに憶えていただけるぐらい氣にいっていただけて、彼は鼻高々だと思います。
一般的にイタリア人は、「うちの家族の女の子は世界最高!」というちやほやのし方をする人が多いのです。
だから、日本の感覚からいうとここまで妹思いだと怪しささえ漂いますが、彼らのメンタリティだと普通なんですね。
アメリカでは、どうかな、イタリアほどじゃないから、周りの人たちは引いているかも。

ジョルジアが撮っている写真のイメージ、私の中にはいろいろとあるのですが、このマッテオの写真のイメージは、実はフランスのDidier Sustracという歌手の「Zanzibar」というアルバムの冊子にあった写真がモデルなのです。だから、脳内BGMも実は「Zanzibar」です。(https://www.youtube.com/watch?v=CYrwxijHaPQ

ベンジャミンの脳内グルグルは、ジョルジアにはまったくわかっていませんが、この間開示したので、きっと読者はいろいろと想像できるんじゃないかなと思っています。

次回は、ちょっと新展開です。大した展開じゃないけれど。
また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.11.05 20:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
(めずらしくタイトルに乗ってみた^^)
アニキー^^ 良い感じだよー^^

特定の人物を選ぶときって、会話がありますよね。
コミュニケーションがポジティブで上手く行っている写真って、伝わってくるものありますよね。
大抵は撮る人が撮られる人を引き出すのでしょうけれど、この場合は逆?

しかも夕さん、画像でなく文章でこれを表現されるのは凄いです。
まさにファインダーのむこうとこちらのマッチ(?)
このアニキ効果(?)が今後どうなっていくのか、ますます楽しみ!
2015.11.07 02:25 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

けいさんまで……(笑)

アニキ、ウケていますね。
登場の時の胡散臭さとのギャップがいいのかな。

どんな仕事をするのでも、コミュニケーションは大切ですよね。
今回の仕事の場合は、いろいろな背景は、訊かなくても知っていることが多かったのですけれど、でも、ジョルジアのブロックしていた何かを引き出したのは、間違いなくマッテオのコミュニケーション力ですよね。

撮られる方が、撮る方の何かを引き出しましたが、それが結果として世間で知られているのとは別のマッテオを引き出しています。

画像だと、一目瞭然な部分を、文章で表現するのってとても難しいですよね。
言葉にならない機微みたいなものも、やっぱり文字にしないと伝わらないし。
頑張っても、なかなか思うようにはいかないのですが、こうして褒めていただくと励みになります。

このマッテオの写真は、確実にジョルジアのターニングポイントになります。
でも、次の写真の話が来る前に、もう一度、恋と関連のある方に若干揺り戻しです。

次回も読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.11.07 18:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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