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Posted by 八少女 夕

ブルーストーンをめぐるロマン

本日は、10月に行ったストーンヘンジの話を。

ストーンヘンジの戦利品

ブログのお友だち大海彩洋さんほどではありませんが、私もかなり巨石の類いが好きで、世界の各地で巨石を見て歩いたりしています。といっても日本の巨石はほとんど存在すらも知らなかったりするので、巨石ファンと名乗るのはちょっと恥ずかしい程度です。

ストーンヘンジを訪れたのは、この秋で二回目です。最初の訪問は1990年の三月。びっくりするような昔です。ういういしい大学生でした。(年がバレる!)

でも、今回の方がずっとたくさんのことに感銘を受けたように思います。

はじめて「かのストーンヘンジの実物が目の前に!」というインパクトは大きかったです。それに、柵があって「入らないでください」状態になってしまった現在と違って、もっと素朴なストーンヘンジを体験できたのです。にもかかわらず一度目よりも今回の方がずっと強い感銘を受けた原因はひとつです。今回は案内してくれている人の言っていることが全部わかったということ。

大学生の時の私の英語力は思えば酷いもので、とにかく質問したその答えがイエスかノーかはわかったけれどそれ以上ではなかったように思います。あれでよく無事に帰国できたものです。(もっとも今だってボキャブラリーなどで言えば英検三級のレベルを超えていないと思うんですが)

ここ数年、ポルトなどで英語でコミュニケーションすることが増えてそういう外国では全く問題なく英語でコミュニケーションできることはわかっていたのですが、本場のイギリスに行ったらネイティヴの英語なのでまた全然聴き取れなくなると思っていました。ところがどっこい、全部わかるじゃないですか(笑)

どれだけ酷いヒアリング力だったんだ、大学生の私。

で、日帰りオプショナルツアーで、ストーンヘンジを観にいった時も、ひたすら話してくれるガイドさんの説明が全部聴き取れたんです。

少しだけほかの話題と違うとすれば、考古学や地質学の語彙って、少し特殊なんですよね。ギリシャ語源の単語などが入っていたり。だから、普通の会話よりも少しだけ難しいように思います。でも、とにかくわかったんですね。これは私自身にヨーロッパの歴史や考古学に関する知識が少し増えていたこととも関係があると思います。

そして、ここからが今日の本題です。(前置き長くてすみません)

ストーンヘンジというと注目を浴びるのは、サークルの内側に堂々とそびえるグレート・トリリトン(三石塔)でしょう。二本の石柱の上に横棒のように石がわたされているあれです。この巨石は一つ35トンにもなる立派なもので、これがストーンヘンジのメインのように見えています。

でも、古代の人々にとって本当に大切だったのは、そっちではなくて、外側のサーセン石による環状列石と内側のトリリトン馬丁型配列の間にサークルとなって配列されたもっと小さい石群だったらしいのです。写真で私が赤く印を付けたのがそれ、ブルーストーンと呼ばれる石です。

ストーンヘンジ

トリリトンに使われているのはサーセン石と呼ばれる砂岩の一種で、大きいものでもこのストーンヘンジの北30キロ、私が今回言ったもう一つの巨石群エイヴベリーの近くで採れるそうですが、ブルーストーンは240キロ以上西北にあるプレセリ山脈でしか採れないそうです。

トラックもクレーンもない、さらにいうと掘建て小屋に住んでいた人たちが、なぜそんな遠くからわざわざ石を運んでこなくてはならなかったのかということを考えるとき、それが「冬至と夏至を示すカレンダー」と私が聴かされていた俗説は論理的な回答のように思えません。

ストーンヘンジのかなり近くには、木でできたウッドヘンジという建築物が発掘されていますが、夏至に太陽の昇る方向を示すだけならそれでもいいわけです。240キロも先から苦労して石を運んでくる必要はありません。

最近の調査では、ストーンヘンジは一度建てられてそれっきりだった訳ではなく、一度作られたものを取り除いて改めて今のような形に組み直したことがわかっているそうです。

ブルーストーンをより効果的に配置するために、わざわざ建設し直し、サーセン石の巨石をあの印象的なスタイルに組み直したのでしょうか。周りに次々と建設された古墳群から、古代の人々にとってストーンヘンジはこの世とあの世をつなぐとても大切な聖地と考えられていたようです。

ストーンヘンジ

この復元モデルを見ると、サーセン石のトリリトンのサークルと馬蹄形のトリリトン配列の間に二重になったブルーストーンのサークルが綺麗に並んでいます。

スイスに戻ってから、ZDFの番組でたまたまストーンヘンジに関する最近の調査のことを特集していたのですが、当時の人びとはおそらくブルーストーンに特別な治癒力があると信じていたのではないかということでした。そして、ここに来ることでその特別な魔力の恩恵を得ることができると信じていたのではないかというのです。

2008年の発掘で見つかった大量の小石サイズのブルーストーン。もしかしたら霊験あらたかな石としてここで取引されていたのかもしれないそうです。

2002年に発掘された人骨、「エイムズベリーの射手」といわれる男性は、歯の組成を調べてみたところなんとスイスなどのアルプスで生まれた人だということがわかったそうです。この人の周りには当時は貴重品であった金属などたくさんの副葬品があったそう。なんらかの理由で、わざわざここに来て亡くなり、この特別な場所に葬られたのでしょう。

本当のことは何一つわからないですが、この場所が彼らにとって特別であったことだけはわかります。そして、考古学を通していろいろなドラマがわき上がってきます。地球にはまだまだロマンに溢れる場所がたくさんあるのですね。
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Comment

says...
小さい方がメインなんですね、大きいのは家来とか?
いろいろ想像できそうです

効果があったかは別として色々とオリジナルに考えてよかった昔の人は羨ましい気もします
今は身の周りの多くのことは確定してて、マニュアル通りやるのが正しいので…
あっ、でも効果がないと首をはねられるんでしょうか?
だったらやっぱり嫌だな…
2015.12.07 08:27 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

本当にね。言われていなかったら、存在すらも認識しないような石なんですよ。
小さいと言っても大人の首の辺りくらいまではある石なのですが、それでもグレート・トリリトンのような巨大なものばかりに目がいってしまいますよね。
ブルーストーンだけだとしょぼいので、わざわざ立派なもので囲んだのかも?

効果は、あったんでしょうかね? その辺は文字の記録がないのでなんとも。
でも、今、パワーストーンとしてもそんなにポピュラーじゃないですよね。
っていうか、見た目にはただの石でした。
でも、削った輩がいるんで立ち入り禁止になっちゃったと言われましたよ。

ストーンヘンジで見つかった人骨で、たくさんの矢で射殺された若い男のものがあるんだそうです。
その人はブルーストーンを盗もうとして殺されたんじゃないかとの説もあるそうですよ。
それを聞いて240キロ先に行けば、いっぱい転がっているのにって、思ってしまいました。

本当のところは想像するしかないけれど、それはそれで妄想のしがいもあって楽しいです。

コメントありがとうございました。
2015.12.07 21:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
石にはそれ自体にロマンがある!!
・・・という考え方は好きですね。
私は生粋の出不精で外に出ることはないのですが、こういう風に写真や文章があると夢とロマンが広がってきますね。
ブルーストーン。
その石の名前と配置だけで夢が湧いてきますね。
(/・ω・)/
2015.12.08 12:21 | URL | #- [edit]
says...
って、何がって、巨石紀行を書いているくせに、私の大きな弱点は、世界一有名な巨石遺跡のストーンヘンジに行ったことが無いってことなんですよ。でも今回の夕さんの記事でちょっと安心したりして。つまり、あ、ヨーロッパに住んでおられる夕さんでもこれまでに2回しか行っておられないんだ!って……(いや、安心するって変だけど?)
実は、私の最後のヨーロッパ旅行がフランスだったのですが、その時ちょっと悩んだのです。ストーンヘンジを取るか、カルナックを取るか……で、カルナックを選んだのです。理由は……ご飯がおいしそうだったから^^;
なんてことはさておき、そんな私のために(ちがう!)ストーンヘンジの記事をありがとうございます!! うんうん。文字の記録のないケルトやその他の先史時代の遺跡……こうして大きな石のおかげで現代まで残っていて、本当のところは分からなくても、私たちに悠久の時の存在を教えてくれる。素晴らしいことですね。
海外でも日本でも、石は祈りの場所だったんだなぁと思うのです。祈りっても、今と違って、漠然とお祈りするんじゃなくて、祈りはもっと生活に密着していたと思うのですよね。病気だったり、農耕だったり、生死だったり。石に祈ることは、生きるために・死ぬために必要だったんだろうと。冬至や夏至が大事だったのは、それが生死にかかわる農耕、時には自然災害のタイミングを計るために必要だったからで、それはもう必死に太陽に祈った(=祀り)と思いますし、病気が癒されること=植物が種から生まれ変わること=太陽が沈んでまた昇ること=死んだ人間が来世で蘇ること、はひとつのことだったんだろうと。
夕さんが書かれているように、昔はこの世とあの世は繋がっていて、石とか洞窟とか、現実にそこに在るものが境界だったので(この線からあっちはあの世、みたいな。ナイル川のこっちとあっちもそうですよね)、あの世はものすごく身近だったんですよね。ピラミッドを始めとする巨石遺構は巨大な「再生装置」だったといいますものね。う~ん。巨石には理屈は無いんですけれどね。
あ、長くなっちゃった。失礼いたしました。でも素敵な記事、ありがとうございました。いつか行くことがあるだろうと信じたいけれど、もうずいぶんと長い休みが取れない日々なんですよね……
2015.12.08 19:17 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

今の私たちから見ると、ただの鉱物、なんですけれど。そして、見てもサーセン石と大して違いがあるようなは見えないブルーストーンなんですけれど、それが「何の霊験があるのか」とか「市場価格にするといくらか」というような話を抜きにして「昔の人たちがこれをめぐって何をしていたのかな」と思うだけでワクワクしてくる、そういうのが好きです。

もしなんかで「ブレセリブルーストーン」という石を見かけたら「あれか」とロマンを感じていただけるかな。

コメントありがとうございました。
2015.12.08 23:05 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

いや〜、実をいうと今回いくまでは「ストーンヘンジはもう一度行ったし、別に行かなくてもいいんだけれどな」くらいに思ってました。ところがどっこいで、行けてよかった。またいきたいと思いますが、どうせなら夏至の日に行きたいかな。あの「お祭り!」感がいいですよ。

カルナックもよかったですよね。
でも、きっと私は、あれも言葉のせいでかなりよくわかっていないかも。
よく帰って来れたな。

イギリスのご飯事情。かなり改善されていましたよ! あ、期待値が低かったからかな。それともスイスからいったから?

この記事は、半分くらいは彩洋さんと語るための記事だったかも(笑)

昔の人たちが巨石建造物にかけた情熱って、半端じゃなかったんですよね。
カルナックだって、エイヴベリーだって、ストーンヘンジやピラミッドほど整っていませんけれど、あんなに重いものを整列させることにそこまで労力使うかってレベルです。日本やジンバブエのように、もともとあるものに注連縄つけてとか、ちょっと足してというのならわかるんですけれど、ヨーロッパの平地って本当に何もないところなので、山から運んでこないといけないですよね。

面白いのは、スイスもそうですけれど、山の中で巨石なんかいくらでもあるところでは、人って動かして遺跡作ったりしないんですね。

でも、何か強烈な需要があったんですよね。そうじゃなければそんな何十世代にも渡って、ひたすら建造しまくるなんて無理ですもの。彩洋さんもおっしゃるように生活も祈りもすべて一緒だったのでしょうね。

もし、いらっしゃることがあったら、やはりこの手のツアーをお薦めします。
自力で歩いていこうなんてやっていると、時間とお金がかかるだけでなく、情報の面でももったいないということがよくわかりました。

あ、調べたらパワーストーンにもありました。「プレセリブルーストーン」っていうみたいです。石屋の婆さんのところにはありますかね。

コメントありがとうございました。
2015.12.08 23:19 | URL | #9yMhI49k [edit]

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