scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

ヒマにも程がある?

今日は、本当にどうでもいい創作の与太話です。

村の朝焼け

つい先日、たまたま時間があって、「scriviamo!」のお返しも「Stella」ならびに「carat!」提出作品も全部書き終わっているので、延び延びになっていた懸念事項をひとつ片付けようかと。

といっても長編の「Filigrana 金細工の心」や「大道芸人たち Artistas callejeros」の続きでも書けばいいのに、そちらはそう簡単には書けないから止まっているわけで、別のことに現実逃避してみました。

上に上げた他にも、いま書いている作品群、というか風呂敷を広げてしまって収拾つかなくなっているお話、やたらとあるんですけれどそのうちのひとつで、これからも少し真面目に書こうかなと思っているひとつが不定期連載「リゼロッテと村の四季」です。

これ、私の作品には珍しく、しばらくは子供目線で話が進んでいくんですけれど、私が現在住んでいる地域の百年くらい前の話を想定しています。私は素人創作者ですし、歴史物を書くわけではないのですが、せっかく書くのだからある程度この時代のこの地域のことや考え方、それに民俗などが伝わるように書きたいなと思っています。もちろん私が見る事の出来る現代のものとは違うので、あくまで眉唾ものとして読んでいただこうと思いますけれど、個人的には明らかな嘘は書きたくないと、真面目にストーリーや背景を練っていたりするわけです。

で、舞台となっているカンポ・ルドゥンツ村のモデルとなっている私の住む村の20世紀初頭の人口なども調べたりしたんです。つまり、学校にどのくらい子供たちがいるかなというようなことを書くのに5人と書いたのに実際は300人というような大きな違いになるのはどうかなと思ったものですから。

で、案の定、私の予想よりかなり多かったんですが(ネットって、予備知識と語学がある程度出来るとこんなことまで調べられるんですね)、私自身が把握しながら書いていける村の人間関係相関図を考えて、大人も含めてとりあえず現実よりずっと少ない70人ということにしました。150人くらいはいるということにして、名前は出てこないでもいいんですけれど、私が役割を振り分ける名前のあるキャラクターとしてはMax70人。もちろんこの全員が出てくると決まったわけではありませんが、ちゃんとどこかに書いておく人たちです。

で、暇にまかせて何をやっていたかというと、当時の5歳ごとの人口分布を連邦の制作した統計資料から引っ張ってきて、その比率で70人を(0歳から4歳までは何人、5歳から9歳までは何人というぐあいに)分布させて、それからそれぞれに名前を付けるということをやっていたわけです。加えて年齢と職業、誰と誰が親子兄弟姉妹なのかというようなことも。(まだ全部は終わっていない)

きっと皆さんが名前を覚えてくれるだろうと予想されるキャラは、そのうちの10人くらいでしょうけれど。

そもそもなんでそんなことを始めたかというと、子供たちが集まるシーンがあるんですが、そこに「その部屋には子供たちが○人いた」という一文を書くためなんですよ。他のことは、あとから「こうだったということにする」という適当に設定もありですけれど、ヒロインが始めてみる「村の子供たちみんな」がどのくらいいるのかくらいはきちんと決まっていないとあとでブレブレになってしまうからです。

前にブログのお友だちのウゾさんがおっしゃっていた「年表」などもそうですけれど、ある程度の特別な世界観を持つ作品は、ストーリーを書く前に準備しないといけないものがけっこうあるように思います。(「黄金の枷」シリーズの拡張は、この初期設定にかなり助けられて統一性のある世界になっていたりします)

というわけで、小説をお書きにならない方、私たちが「書く書く詐欺」になってしまうのは、こんなふうにこだわったりすることがあるからだとご理解いただき、作品がいつまでも完成しないことをも生温い目で見守っていただけると嬉しいです。



この記事で読んでみたくなった方は……
【不定期連載】リゼロッテと村の四季
「リゼロッテと村の四季」
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Category : 構想・テーマ・キャラクター

Comment

says...
はじめまして!夢月亭清修と申します。
こちらの記事を読んで気になったので「リゼロッテと村の四季」の①と②を読ませていただきました。

僕はLMモンゴメリーの赤毛のアンやストリーガールが好きで、雰囲気の似た作品だったら嬉しいなぁなんて、ちょっと先入観のある読み方をしてしまったかもしれません。笑

ですが、子供たちの心温まる交流が今後も期待できそうでとっても面白かったです♪
妖精を信じたいリロの気持ちは、アンでも描かれていた「自由な心」というか、「空想する豊かさ」に通じるものがあるように思います。

ジオンはとっても気持ちのいい少年ですね^^
彼を皮切りに、リロが学校に行ってたくさんのお友達が持てることを祈ります♪

そして時代感を描く難しさ、とってもわかります(・´ω`・)
僕も古い物や古さを感じさせる場所を書くのが好きなのでしょっちゅう調べてます。
でも、たくさん調べて書いた文章は伝わる伝わらない以上に自己満足感があって結構好きです。笑

初コメなのに長々失礼しました。
続編を読みにまた遊びに来たいと思います^^
2016.02.27 15:56 | URL | #- [edit]
says...
はじめまして、 こんにちは。
そして「scribo ergo som」へようこそ!

こちらからご挨拶に伺う前にコメントをいただき、恐縮です。今後ともどうぞよろしくお願いします。

そして、「リゼロッテと村の四季」を読んでいただきありがとうございます!
今のところ「ハイジ」や「赤毛のアン」的な雰囲氣がつよいと思いますが(最後まで強かったりして……)
たまたま現在100歳近い方から当時のこの地方のことを直接うかがう機会があったので、その知識を残しておこうという動機で書きはじめたシリーズです。今でも日本といろいろなことが違うんですが、当時のスイス、この地方は、驚くようなことが多くてそういう状況の中で人びとがどんな風に生き方を選択していったのかを書けたらいいなと思っています。かなり不定期連載なんですけれど、また読んでいただけたら嬉しく思います。

時代物のためにする調べ物って、本当にたくさんの時間が必要ですよね。
あっという間に一日経ってしまったりして。
そして、その作品を書く満足感、よくわかります。
百調べても、実際に書くのは十以下なんですけれど、その書かない部分こそが他の部分の文章の力強さを後押しするのかなと、自己満足に浸りつつ書いています。

コメントいただけて嬉しいです。ありがとうございました。
2016.02.27 16:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
その「一文」を抽出するために膨大な時間を費やす……
これ、すごいわかるきがします。
その一文が自分の中で定められてないと、
書くほうも今一物語に集中しにくいというか……

「リゼロッテと村の四季」は不定期連載なのですね。
ブログをお休みしていた時期が長かったので、こういう紹介
記事はとっても助かり、嬉しいです。

P.S 「carat」、あ、ありがとうございます……><
2016.02.28 00:49 | URL | #- [edit]
says...
どこかで読んだ、柴田錬三郎先生(ご存じ「眠狂四郎」の作者です)の逸話ですけど、

「おれは昔の江戸で、どこからどこまで駕籠に乗れば何文かかるか、ということは全部知ってるんだ。だが、その知識は作品では一切使っていないし、使うつもりもない」

といわれたそうであります。

これを読んで、「歴史小説を書くのはおれには無理だ」と恐ろしくなったであります。

今は70年代から90年代にかけての長編青春小説書いてますが、

実はとんでもないミスをしてるのではと怖くてたまらない(^^;)

それでも書きますけど。
2016.02.28 10:26 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんにちは。

本当に自分自身以外にとっては「どうでもいいこと」なのかもしれないんですけれど。
でも、そこから芋づる式に崩壊しそうなことってあるんじゃないかなと思います。

でも、ある程度の細かくて無駄に思えた作業が終わると、それまで見えていなかったものがぱーっと広がったりすることもあるので、面倒くさいけれどもう少し進めてみようと思っています。
その分、他の作品は放置プレイになったりしますけれど。

「リゼロッテと村の四季」思いついた時に書いたりしていたのですけれど、このままだとフェイドアウトしそうだし、実は私の作品の中で唯一「世界で私だけが書ける内容」の小説だったりするので創作に飽きる前に完結させたいな〜と。
(そう、実は、少し飽きてきたのかも)

「carat!」いろいろ綴りが間違っておりました、すみません。
来週の水曜日に発表予定です。

コメントありがとうございました。
2016.02.28 15:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは

おお、そうなんですか。
そこまで言い切れたら氣持ちいいでしょうね。
私は、今現在住んでいるところですら、何がいくらかかるかなんてわかっていると断言はできませんけれどねぇ。

なんて話はさておき、設定にしろ下調べにしろ、用意してあるものを100%書く小説は面白くないだろうなと思います。
もちろん歴史小説に限った話ではなく。

70年代にしろ90年代にしろ、大枠があっていればたとえ完璧に正しくなくても問題ないと思いますよ。
まあ、言葉遣いとか先進技術などは突っ込まれやすいでしょうけれど。
冬至の高校生がスマホでメール送信したりとか(笑)

関係ないですけれど、「バブルへGO!」という映画をもらって観たんですよ。
私はあの時代に生きていますけれど、あの映画にでてるようなすごいバブルの話、見たことも聞いた事もなかったです。
誰も彼もが同じ経験を通ってきているわけではないという、いい証拠だなと思いました。

コメントありがとうございました。

2016.02.28 15:43 | URL | #9yMhI49k [edit]

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