scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】彼岸の月影

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo!」の第十五弾です。tomtom.iさんは、ご覧になった夢をもとにした幻想的な詩で参加してくださいました。ありがとうございます! 

tomtom.iさんの書いてくださった詩『慟哭』

『慟哭』

白濁色の夢を見た
二つの月と曼珠沙華
僕等夢中で貪った
ぶつかり合うのは肉と骨

朧気な記憶は滴り落ちて
背徳の白昼夢ハイライト
白けた指で弄くり合った
影に隠れた通り雨

僕の焦燥を呑み込んで
疼く傷を舐め回して
月の隙間を這う蛇の名は
只の欲望と知っていたのか



お返しは掌編小説にさせていただきました。ご覧のように成人向けの内容です。小説にするのにあたって、R18を書くわけにはいかなかったのですが、この雰囲氣は壊したくありませんでした。そこで曼珠沙華に助けてもらい、ホンのちょっぴりオカルトテイストを混ぜる事にしました。あ、テイストだけで、全くオカルトではありません。

tomtom.iさんは、音楽のこと、サッカーや日常のことなどを丁寧に書き綴っていらっしゃる、大分のブロガーさんです。特筆すべきは、この方、作詩作曲をなさるのです。この幻想曲な詩がいずれは音楽になるのかと思うと、ドキドキしますね。


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彼岸の月影 Inspired from 『慟哭』
——Special thanks to tomtom.i-SAN


 晃太郎の故郷の村は、名産もなければ有名人の一人も出ない、小さな寒村であった。人口は数百人。閉鎖的で現代社会から取り残されていた。東京に住む晃太郎は、一年ぶりにこの寂れた村に戻ってきた。

「知っておるか、晃太郎よ。地獄沼のいわれを」
彼が祖父の酒の相手をしていると、徳利を持つ手を止めて、芳蔵じいさんは突然言った。

 村はずれには、何の変哲もない沼がある。しかし、このつまらない水たまりは、地獄沼と呼ばれている。秋になるとどういうわけかこの沼の北側にびっしりと、この辺りでは地獄花と呼ばれている彼岸花が開くからだった。

「あそこで地獄花が一斉に咲くからだろう?」
「そうだが、何ゆえにあそこにあんなに咲くかって言い伝えをじゃよ」

 晃太郎は知らなかったので首を振った。

 ほろ酔いになった芳蔵じいさんは、声を顰めて語り出した。
「昔な、とあるお侍様が国への旅路の途中で、この村に一晩泊まったのよ。ここは今と変わらずシケていたらしく、美味いものもなければ、芸者もいない。つまらなく思ったお侍様は、酔狂な心を起こして、暗くなってから例の沼の方へ一人で遊びにいった。どういうわけか、そこにいたのが、村一番の器量よしで、隣村への輿入れが決まっていたお壱。お侍様は沼の裏手の阿弥陀堂にてこの娘を自由にし、翌朝に村を発って二度と戻らなかったそうじゃ」

 晃太郎は、わずかに顔を青ざめさせたが、じいさんはそれに氣を止めた様子もなかった。
「輿入れの前に孕んだお壱の縁談は流れ、父なし児を生んだ後、半ば狂乱してこの世を去ったそうじゃ。ある者は葬式を出せずに困った親が屍を沼に投げ込んだといい、またある者はお壱自身が沼に身を投げたともいう。いずれにしても、それ以来、あの阿弥陀堂の前には毎年紅蓮のごとき地獄花が開くようになったという事じゃ」

 盃を持つ手が震えた。地獄沼。廃堂となった阿弥陀堂。紅蓮の花。月の光が畳の上を走る。漆黒の髪がその淡い光に浮かび上がる。
「どうした」
「いや、なんでもない。少し酔ったようだ。風にあたってくる」

 晃太郎は一年前の帰郷の記憶にとらわれている。今日まで思い出しもしなかった、しかし、常に脳の遥か奥で燃え続けていた赤い焔が、恐るべき不安となって胸をかきむしる。

 地獄沼には月が映っていた。十六夜の晩だった。そのお侍と変わらぬ酔狂で村はずれを散歩していた彼は廃堂の前に佇む女を見たのだ。一度も見たことのない若い女だった。黒字に赤い極細の縦縞が入った小紋。無造作にアップにした髪。多めに抜かれた衣紋から白いうなじが月光に浮かび上がっている。そう、村で女給をするような田舎娘とは違う。深川辺りの玄人筋のような幽玄な佇まいであった。月の光に惑わされたか、それともむせ返る曼珠沙華の薫りにやられたか、その後の記憶は所々途切れている。

 名前も知らなかった。人となりをも知ろうとしなかった。ただ、むさぼるような時間を過ごした。途切れた記憶に浮かび上がるのは、廃堂の縁側に射し込んでいた月の光が、次の記憶では女の乱れた黒髪と肌を浮かび上がらせた事。そして、次はもう朝だった。側には誰もいなかった。夢かと思ったが、手に絡まった数本の長い黒髪と背中の爪痕の痛みが、幾ばくかの事実を示唆していた。

 僕は、お壱の霊に化かされたのだろうか。晃太郎は、祖父の語った伝説に身震いをした。今宵も月が明るい。一年前のあの夜のようだ。地獄花は、また燃え盛るように咲いているのだろうか。そして、女は……。

「晃太郎」
家の奥から母親が呼んでいる。
「あ、ここだけど、何?」
「今、村長さんから電話があってね。お祖父ちゃんったら、これから行くって言うの。けっこう酔っているみたいだし、暗いから、悪いけれどあんたも一緒に行ってくれない?」

 村長の北村は芳蔵の竹馬の友で、しょっちゅう行き来しているようだったが、晃太郎はいつも彼岸の墓参りだけでとんぼ返りだったので、もう十年以上会っていなかった。
「わかった。あそこは美味い肴がでてくるんだよな」
「肴はいいけれど、お祖父ちゃんのお目付役なんだから、あんたは酔いつぶれないでね」
「わかっているって」

 村長の家に着いたのはもう八時で、北村も晩酌で十分にでき上がっていた。
「晃太郎か。久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰しまして」
「硬いことを言わないで、さあ、上がれや」

 通された座敷には、お膳が三つ用意されていて、芳蔵はさっさと座って北村と飲みはじめた。昔から変わらぬお手伝いのお佳さんが、肴を運んできて、つぎつぎとお膳に置いていく。軽く頭を下げて、盃を差し出し、酒を注いでもらっている時に、上の階からか赤子の泣き声が聞こえた。この家に赤ん坊が?
「お孫さんですか?」

 晃太郎がそういうと、老人二人は顔を見合わせて、それからどっと笑い出した。何がおかしいのかわからず戸惑う晃太郎を見て芳蔵が言った。
「お前は知らなかったんだったな。こいつが孫ほどの歳の嫁をもらった時の、去年の村の大騒動を。しかも、ひ孫が出来てもおかしくないのに息子が生まれたんだから、またひと騒動だったんじゃよ」

 北村は苦笑いをして、それからお佳さんに言った。
「翔が寝付いたら、お客様にご挨拶をするように燁子に言っておくれ」
お佳さんは頷くと黙って出て行った。

 晃太郎は、予感に身を震わせて、その若い後添いが現われるのを待った。やがて、シャッという衣擦れの音がして、襖がすっと開いた。そこにいたのは、紛れもないあの女だった。白い大島紬に芥子色の名古屋帯を低い位置で締めている。帯に描かれているのは和服の図案としては珍しいアガパンサスの白花だ。
「お客様とは、佐竹さまでしたか。ご挨拶が遅くなりまして申しわけございませんでした」

 曼珠沙華と月の光が妖しげに浮かび上がらせていたあの黒い小紋姿と違い、清楚で明るい若妻には見えるが、晃太郎の周りにいくらでもいる同年代の女にはどうやっても太刀打ちできない色氣がある。初対面だと信じて紹介をする北村の言葉に儀礼的に硬い返答をする。
「佐竹晃太郎です。はじめまして」
「燁子です。どうぞお見知りおきを」

 酒をつぐ白い手に憶えがある。大島紬の擦れるシャッという音、老人たちの冗談に笑う紅い口元。結い上げた黒髪とうなじの白さ。まるで何もなかったのように振る舞う女の態度に晃太郎はわずかに傷つき静かに盃の酒を飲み干した。燁子の手は銚子に伸びる。
「いえ、これ以上は……。祖父を無事に家に届けるためについてきたのですから」

 それから、いつまでも昔語りをしたがるのを切り上げさせて、ようやく家まで送り届けた祖父が寝付いたのは日付の変わる頃であった。家人が寝静まった生家の小さな客間には、月の光が射し込み冴え渡る。

 晃太郎はいつまでも寝付けず、再び外套をまとい、ひとり地獄沼へと向かう。凝り固まった想い。あの女が、いや、北村燁子が地獄花のもとに立っているのではないかと。

 たった一晩の、酔狂のはずではなかったか。お互いに何かを望んだわけでもなかったはずだ。あの女はお壱ではない。違うのだ。だが……。

 廃堂の前には、例年のごとく燃え盛るように曼珠沙華が満ちていた。冷たい月の光が沼の中にもう一つの月を揺らめかせていた。風がわずかに吹き冷たいが、そこには誰もいなかった。晃太郎以外には。

 廃堂の屋根は一部が崩れ、中に入るのはためらわれた。一年前に二人が過ごした時間も、もはやお壱の伝説と同じように過去の残照に属していた。月と沼と花だけが、変わらずに妖しげに、彼を惑わし揺らめいていた。

みちの辺の 壱師いちしの花の 灼然いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻を

柿本人麻呂


(意訳:道のあたりの壱師[彼岸花が有力と言われているが不明]の花のようにはっきりと、人びとは私の愛する女のことを知ってしまった) 

 

(初出:2013年3月 書き下ろし)

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