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Posted by 八少女 夕

【小説】バッカスからの招待状 -6- ナイト・スカイ・フィズ

WEB月刊誌「Stella」参加作品「バッカスからの招待状」です。東京・大手町にある隠れ家のようなバー『Bacchus』。バーテンダー兼店主の田中佑二が迎える客たちのなんて事はない話をほぼ読み切りのような形でお届けしてます。

そして、前の記事でもお伝えしたように、今回は記念すべき「Stella」の創刊5周年記念号です。主催者のスカイさんは、このお祝いにみんなで同じテーマで書く企画を用意してくださいました。お題は「夜空」です。というわけで、急遽「夜空」をイメージした話を書いてみました。


月刊・Stella ステルラ 10、11月号参加 連載小説 stella white12
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バッカスからの招待状 -6- 
ナイト・スカイ・フィズ


「こんばんは、夏木さん」
今日は少し早いな、そう思いながら田中は微笑んだ。

 夏木敏也は片手をあげて、最近いつも座るカウンターの一番奥に座った。

 大手町にあるバー『Bacchus』は、氣をつけていないと見過ごしてしまうような小さな看板しかだしていない。来る客の多くは常連で、しかも一人で来る客が多い。夏木もその一人だ。全くアルコールの飲めない彼は、バーに来る必要などないのだが、この店の居心地はよくて、バーテンダーで店主の田中佑二にノンアルコールのカクテルをあれこれ作ってもらっている。

 彼は最近、火曜日に来ることが多い。理由は、その隣の席にあるのだろう。田中は思ったが余計なことはいわなかった。

 夏木は空いている隣の席に鞄を置いた。
「今日は、久保さん、来ないんだものね」

 火曜日には、たいてい久保すみれがこの店にやってくる。先日サマー・デライトをごちそうして以来、すみれは夏木を見かけると隣にやってきて、一緒にノンアルコールか、アルコール度数の低いカクテルを一杯だけ楽しんで、少し喋って帰っていく。特に約束をしているわけではないし、色っぽい展開にもなりそうもないが、夏木は火曜日を楽しみにしていた。

「お友だちと一緒に『シャトー・マルゴー』のスカイラウンジでのディナーに行くっておっしゃっていましたね」
田中は、夏木の前にハムとリコッタチーズのペーストを載せたクラッカーを出しながら言った。

「誕生日の前祝いだったっけ。最近の女の子たちは、羽振りがいいよね。『シャトー・マルゴー』のフランス料理なんて、僕は一生縁がないんじゃないかな」
夏木はメニューのノンアルコールカクテルを検討しながら言った。

「お友だちが抽選で当てたとおっしゃっていましたよ」
「そうか。だから、あの店で食事ができるのはきっと最初で最後のチャンスだって喜んでいたんだな。まあ、そうだろうな。あんなに高い店なのに、予約が一年後までいっぱいだなんて、不況なんて嘘だ」

 カランと音がして、扉が開いた。田中と夏木は同時に驚いた顔をした。
「久保さん!」

 すみれは、少し下唇を突き出しながら、肩をすくめて入ってきた。
「聞いてよ。本当にひどいんだから」

「『シャトー・マルゴー』は今夜じゃなかったっけ?」
夏木は、鞄をどかしてすみれの席を作った。彼女は、まっすぐにそこに向かって座り、田中からおしぼりを受け取った。

「間違いなく今夜だったわよ。それが、今日になって急に残業だからいけなくなった、ごめんなさいって言われたの」
「それは氣の毒だったな。でも、一人でフランス料理はキツいだろう?」

「本当に残業だったら別に怒らないわ。でも、さっきたまたま彼女がずっと憧れていた外商の彼とその同僚が話しているのを聞いてしまったの。彼女ったら、一緒に予約していた子が残業でいけなくなったから一緒に『シャトー・マルゴー』のディナーに行ってほしいって頼んだらしいの。私は、ダシに使われただけでなく、嘘で約束を反古にされたのよ。もう、女の友情は本当にハムより薄いんだから!」

 田中と夏木は思わず顔を見合わせた。すみれは半分泣きそうな顔をして田中に言った。
「これは飲まずにいられないわ。そうでしょう?」

「お誕生日の前祝いなんですよね。お氣の毒に」
田中が言うと、すみれは大きく頷いた。

「そうなの。あの満天の星空みたいな素敵な部屋で、ディナーができると思ったのに。この歳だし誕生日を祝ってもらわないと嫌だってわけじゃないけれど、ここまで期待した後だと、本当にがっかり」

 夏木は肩を落とすすみれを見て言った。
「そんなに氣落ちするなって。代わりに今日は僕がおごるから、田中さんに美味しいお酒と肴でお腹いっぱいにしてもらえよ」

 すみれは心底驚いて夏木を見た。
「そんなつもりで騒いだんじゃないのよ!」
「でも、誕生日の前祝いだろう? 『シャトー・マルゴー』でごちそうするのは僕には無理だけれど、ここならたぶん大丈夫だよ。田中さん、そうだよね」

 懇願するような顔をしたのがおかしくて、田中とすみれは同時に笑い出した。

「じゃあ、夏木さんのお誕生日には私が同じようにご馳走するって条件で、遠慮なく。田中さん、いいですか?」

「わかりました。では、可能な限り久保さんと夏木さんのお氣に召しそうなものをご用意しましょう。まずはお飲物をお作りしましょう。これは私にごちそうさせてください。何がよろしいですか。本当に強いお酒ですか?」

 すみれは笑って首を振った。
「本当に? 嬉しい。ううん、強いのはダメ。酔っぱらったら、せっかくのコースの味がわからなくなってしまうもの。私でも大丈夫ぐらいので、何か特別なカクテルはあるかしら」

「そうですね。では、せっかくですから夜空をイメージしたカクテルをお作りしましょう。ヴァイオレット・フィズはご存知ですか?」

 すみれは首を振った。田中は、一本の瓶を二人の前に置いた。
「これは柑橘系の果実で作り、ニオイスミレの花などで香りを付けたリキュールでパルフェ・タムールと言います。フランス語で完全なる愛という意味があるんですよ。ヴァイオレット・フィズはこのボルス・パルフェ・タムールにレモンジュースと炭酸水などを合わせたカクテルです。スミレを思わせる紫色のカクテルなんです」

 すみれの名前にかけての選択か。なるほどなと夏木は感心した。けれど、田中はその瓶を棚に戻し、別の瓶を取り出した。
「でも、今日はちょっと趣向を変えてみましょう」

「それを使わないの?」
「こちらもパルフェ・タムールです。でも、先ほどのボルス・パルフェ・タムールと違って、このマリー・ブリザール・パルフェ・タムールは色が青いのです」

 青いリキュールにシロップとレモンジュースをシェイクしてよく冷えたグラスに注いだ。そして、炭酸水を静かに注ぐと、その泡が青い液体の中でまるで星空のように煌めきだした。
「久保さんのための満天の星空をイメージして作りました。夜空をグラスの中に。ナイト・スカイ・フィズをどうぞ」

「そして、これもパルフェ・タムールだからスミレの香りなのね! 田中さん、ありがとう。それに、夏木さんも!」
すみれは嬉しそうにナイト・スカイ・フィズを覗き込んだ。

 夏木はその美しい夜空を模したカクテルを羨ましそうに眺めた。自分も一緒に飲めたらどんなにいいだろう。でも、リキュールが入っているなら無理だよな。

 そう思っていると、そっくりの飲み物が彼の目の前に置かれた。
「あれ?」

 田中は笑って言った。
「こちらはパルフェ・タムールの代わりにブルーキュラソー・シロップと巨峰ジュースで作りました。スミレの香りはしませんが、やはり柑橘系のカクテルです。いかがですか」

 完璧な愛パルフェ・タムール ではないけれど、それに、有名レストランのスカイラウンジでもないけれど、満天の星空は一緒。そしてずっと居心地がいい。二人は大手町のお酒の神様の祝福する夜空のカクテルで楽しく乾杯をした。

 田中はそんな二人を微笑ましく眺めながら、コースに匹敵するどんな肴を組み合わせようかと頭の中をフル回転させた。

ヴァイオレット・フィズ(Violet Fizz)

パルフェ・タムール - 45ml
シロップ - 1tsp
レモンジュース 20ml
炭酸水

作成方法: 炭酸水以外をシェイクしてグラスに注ぎ、炭酸水で満たす。



(初出:2016年10月 書き下ろし)
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Category : 小説・バッカスからの招待状
Tag : 小説 読み切り小説 月刊・Stella

Comment

says...
執筆、お疲れ様でした。

わわ、Stellaの5周年企画、もう書き上がったんですね。は、早い。私なんて、まだ構想段階なのに(>_<)

久保ちゃんカンカンですけど、まあそうですよね。女の友情ってハムより薄い……言いえて妙ですね。
あいかわらず田中バーテンダーは気が利くというか、八少女夕さんって洒落たカクテルを用意なさいますよね。いつも感心します。「ナイト・スカイ・フィズ」はもしや、オリジナルですか?
そして田中さん、はたしてどんな料理を出すんでしょうね。上手くいったら、ビストロ『Bacchus』ってのもいいかも。
つか、夏木氏と久保ちゃん、こうなったらもう……ry
2016.10.12 09:20 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
わわっ、例のお二人が進展……っていうか発展……
っていうか別に進んでいないけど続いてる(笑)
以前のどなたかのコメント返信で夏木氏が「へたれ」なので
次に進めないみたいなことを仰られていましたが中々どうして
いいポジションキープしてると思いますよ!
逆にこのぐいぐいいかないからこその距離感が居心地の良さを
作ってると思います。

ハムの例えですが、これって夕さんのオリジナルですか?
なんか言い得て妙だなあって思って笑ってしまいました。

そしてここでも食べ物……飲み物の描写が出てきますが、
先日の「描写と得意分野の話」の記事を拝読した後なだけに感慨深いです。
不思議ですよね、視覚情報はないのに物語のシチュエーションとあいまって
味覚や嗅覚が現実以上に刺激されるんですよね。
自分の名前にちなんだカクテルだなんていいなあ、ロマンチックだなあ。
すみれさんも心の洗濯が出来たこと間違いなし! ですね。
2016.10.12 13:48 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

いや、焦ったんですよ。
日本ではおそらく小説書いている時間はないので、ここで書き上げないとおそらく落とすと思って。
突貫工事で書きました。死ぬかと思った……(笑)

「女の友情はハムより薄い」って私の周りだけでよく言っていたのかな。
しかももう死語らしい(orz)

「ナイト・スカイ・フィズ」は「Stella 5周年企画」専用オリジナルカクテルでございます。適当に作っちゃいました。
まあ、味は「ヴァイオレット・フィズ」と同じですから。
実は、日本のどこかのホテルのバーテンダーが創作なさった「山ブドウジュース」もつかった青い星空をイメージしたオリジナルカクテルがあるみたいなんです。でも、さすがにそれはパクれないので、オーソドックスなカクテルの色違いにしてみました。

田中の出す肴は、どれもそこそこのはず。でも、メニューまでは今回は決めませんでした。自分で考えてくれ、田中。
ビストロ化するのもいいですね。いや、そうするとお話聞いてくれる時間なくなっちゃうからダメか。(作者都合)

すみれと夏木ですか? 夏木は押しが弱くてねぇ。すみれががんばればなんとか? ま、作者もそんなに親切じゃないんで(笑)

コメントありがとうございました。
2016.10.12 22:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

くすくす。そうです、全然進んでいないです(笑)

そして、夏木は動かないキャラですね。
本当は、この二人をこんなにすぐに出すつもりはなかったんですけれど、Stellaの5周年企画のために急遽書き下ろして、「よし、近づけてあげようか」って言っているのに、やっぱりヘタレキャラです。
でも、おっしゃるように、あまりガツガツしていないキャラも悪くないかなと思って。

ハムのたとえは、もしかして20年くらい前の東京限定だったかしら? う、死語か……orz
前は、けっこう普通に言っていたんですよ。
こういうシチュエーションで。

「バッカスからの招待状」では、基本的にごく普通のカクテルと、客の人生を組み合わせて書くつもりなんですよ。
でも、今回はどうしても「夜空」をテーマにしなくちゃいけなくて、半分オリジナルカクテルにしちゃいました。
星空のようなカクテルを無理に生み出したんですけれど、たまたまパルフェ・タムールの青いものを使おうときめたら、それがスミレの香りのお酒で、すみれの名前とかぶったんです。ラッキー。

飲んでみたいと思っていただけたら、大満足です。

実は飲んだことないんですけれど、日本に行ったらきっと飲めるはず。
トライしてみます(笑)

コメントありがとうございました。

2016.10.12 22:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
旅行中モード!!
日本でありますが、旅での安全をお祈り申し上げます。
旅先になにがあるか分かりませんので。
(/・ω・)/


う~~ん。
いいですね~~。
誕生日に祝われる。。。
高級レストランには縁がないですからねえ。。。
まあ、コース料理は食べたことはありますけど。
思わず涎が出そうな小説ですねえ。。。

2016.10.14 08:58 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

無事に到着しました。
日本、暖かいです!

誕生日は、歳とるとあまり祝ってもらえなくなりますよね。
このすみれは棚から牡丹餅ですね。

蓮さんは、コース料理はしょっちゅうのイメージありますがどうですか?

コメントありがとうございました。

2016.10.15 11:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
読むのが遅くなっちゃいました~><

ああ~、この2人の登場なのですね。
そして、夏木さん、まさかまさかの進展?

すみれはディナーを反故にされ、友情の薄っぺらさにがっかりして可哀想ではあったけど、これは私からしたら絶対にうらやましい展開だなあ^^

高級レストランより田中さんのいるバッカスで夜空のカクテル飲みたい。
田中さんの作るメニューも絶対に美味しいに決まってるもん。
う~ん、どこかにないかなあ、バッカス。

オクテだった夏木さんが、どんどん積極的になっていくのも、バッカスマジックかな。
この2人はきっといい感じになりますね^^

夕さん、日本に無事到着されましたか?
日本の秋は、どうでしょう。
のんびり楽しんでくださいね^^
2016.10.15 20:17 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

いえいえ、読んでいただくのはいつでも嬉しいのです。

今回は、予定なかったのですが急遽この二人に再登場願いました。
でも進展するかな。
このままかも(笑)

『Bacchus』は大手町をしらみ潰しに探してくださればありますよ(大嘘)
でも、うん、ものすごく手の込んだものではないですが、素材のいいものを出すと思いますので美味しいと思いたい。
カクテルはきっととても美味しいはず。

おかげさまで、昨日爆睡したら今日はすっかり普通になりどんどん買い物の予定をこなしています。
メガネも二つ買いましたよ!
美味しいご飯も堪能しています。日本、いいですね。

コメントありがとうございました。
2016.10.16 10:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
日本楽しんでいらっしゃいますか?
眼鏡も無事作られたそうでよかったです。
秋はいい季節ですよね。
いいことがいっぱいありますように。

バイオレット・フィズ 私が初めて飲んだカクテルです。
懐かしい。
このころは自分が飲めないということがあまりわかっていなかった頃で
ゴクッと飲んで「気分悪~~い」ってなってました。
バカでしたね~。

田中さんのようなマスターのいるお店だったらもっと楽しく過ごせたのになぁ。
どこかにないかなぁ。
2016.10.24 15:32 | URL | #- [edit]
says...
おはようございます。

天候にも恵まれたようで、毎日楽しんでいます。
メガネ、快適です。こんなに便利とは。

そして、思い出のカクテルだったのですね。
私はまだ飲んだことないかも。日本にいる間に、トライしたいです。

最初の頃って、分からなくて失敗しますよね。
今はそうでもなくなったのでしょうが、かつては飲めて当たり前って言われたりしたし。
田中は、悪質な酔っ払いよりも飲めない人の方が好きなんです。大手町にお越しの際は是非(あの店ないですね・笑)

行きつけのバーって、私も憧れます。
やはりあまり強くないんですけれど。

コメントありがとうございました。
2016.10.24 23:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
はぁ、女の友情はハムより薄い・・・ですか。
女の友情が薄くなるのは恋愛が絡むと特になんでしょうか?
まぁしょうがないのかなぁ。
じゃぁ、男の友情は?

でも夏木さんちょっとチャンスですよ。思わぬところから進展の可能性が出てきましたね。
やれるだけやってみたら?なんて思ってしまいました。
そしてこのカクテル、夕さんの創作(でっち上げともいう)なんですか?
コメントを読むまで細かいところまでよく御存じだなぁと感心していたんですよ。
いかにも本当っぽくておいしそうです。
そしてノンアルコールカクテルの演出もとても素敵です。
Stellaのテーマの夜空もとても自然に出てきますね。
田中さんの心遣いで今夜は素敵な夕食になるんでしょう。
超有名レストランなんかクソ喰らえ(失礼)ですよ。
2016.10.26 11:29 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

このハムのたとえは、たいてい男絡みですね。
男の人はあまりこういうことで友情を測ったりしないですからねえ。

夏木はみんなに応援してもらっているなあ。
その割に相変わらずのていたらくですね。
まあ、こうやってゆるくやっていくんじゃないでしょうか。
(無責任モード)

このカクテル、ヴァイオレット・フィズはよくある普通のものです。
パルフェ・タムールに色違いの二種類あるのも本当で、要するに名前だけが私のでっち上げです。
夜空に関するカクテルが見つからなかったんですもの(笑)

多分、このディナーも忘れがたいものになると思います。
有名レストランに料理では敵わないかもしれませんが、居心地はきっとずっといいでしょうから。

コメントありがとうございました。
2016.10.26 15:55 | URL | #9yMhI49k [edit]

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