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Posted by 八少女 夕

【小説】約束の花火

今日の小説は、「黄金の枷」の外伝。本当はかじぺたさんのリクエストの小説がまだなのですが、落ち着いて書ける環境ではないので、もう少しお待ちいただくことにして、全く関係のないものを。

今回の話は、かつて「carat!」に出そうとしてやめたものです。なんせこの話は本編を知らないと話がほとんど通じないから。でも、お蔵入りにするのはもったいないので、ここで発表させてください。



「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物




約束の花火

 彼はいつもよりも騒がしいボアヴィスタ通りを窓から見下ろした。次第に夕闇が迫って来ていて、人びとはますます陽氣になっていく。

「メウ・セニョール、他に何かご用がございますでしょうか」
黒服を着たディニス・モラエスが恭しく部屋の戸口から訊いた。

「いや。何もない。お前も約束があるのだろう。アントニアがよければ、いつも通り鍵をかけて退出するがいい」
モラエスは、わずかにホッとした顔をして頷いた。ここで本音が出るようでは、まだまだだな。彼は若い《監視人たち》のエリートから眼を逸らした。

 今夜は、サン・ジョアン祭の前夜で、この街は狂騒に湧く。鰯のグリルと、バジルの香りが街に溢れ、人びとはプラスティックのハンマーで見知らぬ人たちを叩きながら無礼講を楽しむ。パレード、ダンス、紙風船、そしてD河の花火。

 街の老若男女、世界中からの観光客たちが祭を楽しむ。この日ばかりは、普段監視されている《星のある子供たち》や、監視を生業とする《監視人たち》も、全てを忘れて楽しむのだろう。

 だが、その日すらも闇夜に紛れて祭を楽しむことを許されていない人びとがいる。街の中心にある『ドラガォンの館』で暮らす家族と、そこに勤める者たちの一部。とくに鉄格子の中から騒がしい外の様子を漏れ聞きながら、外へ行くことに憧れ自由になることを夢見ているインファンテと呼ばれる男たち。

「叔父さま。下でお茶はいかが?」
彼は、その声に振り向いた。アントニアは、今夜は髪を下ろしていた。優しい水色の瞳がものいいたげに輝いている。

「やはり、今晩の花火をご覧になりたいんじゃなくて? 今から誰か、派遣してもらいましょうか?」
彼はその姪の言葉に眉を一つあげた。

 彼もまた、インファンテと呼ばれる特別な存在だったが、少なくとも望めば外出することが許されていた。14年前に当主のスペアとしての役割は終えた彼は、長年過ごした『ドラガォンの館』からこのボアヴィスタ通りの館へと移された。格子の中に閉じこめられることはなくなったが、館の内外には常時《監視人たち》が配置されていた。

 現在は完全監視体制にはない。もちろん最後の《監視人たち》の一人が館を退出するときには、特別のセキュリティシステムを作動させるので、外から誰かが敷地に入っても、反対に中から外へ出て行くことを試みても、1分以内に特別包囲体制が整って大捕物になる。が、大人しくお茶を飲んでベッドに向かう分には何の問題もなかった。

 ここに移されるとき、「この街の中で、外出なさりたい所がございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」と言われた。生まれてから一度も外に出ることを許されていなかった彼は、突然ずっと多くの自由を手にしたことを知った。だが、彼は自らの意志で外出をしようとしたことは一度もなかった。

 あれほど懇願しても願いを聞き入れてもらえなかった。どうしても欲しかったものを「掟」の名のもとに諦めなくてはならなかった。今さら差し出された貢ぎ物を、嬉々として受け取ることなど、彼には出来なかった。

 そんな彼が今夜に限ってその手の氣まぐれで《監視人たち》の組織を振り回したら、黒服の奴らは何事かと色めき立つことだろう。彼は、先ほどのモラエスの表情を思い出して笑った。

「そうして、一人の黒服と一人の運転手とが、あわてて約束を反古にしてここに駆けつけるというわけか。花火など、火薬を使ったただの化学反応だ。騒がしいだけで興味はない。お前こそ、なぜ今夜もここに残った。モラエスが施錠して退出したから、明日の朝までは出られないぞ」

「いいのよ。どの道、明日の五時にはドラガォンから迎えが来るの。叔父さまは、今年も早朝ミサにはいらっしゃらないのよね」
「ふふん。ごめんだね。お前たちの信仰深さには呆れるな。私はいつも通りゆっくりするが、お前はお前の好きにしなさい。もっとも、今これからお茶を飲むという提案は悪くない」

* * *


 『ドラガォンの館』にも、たくさんの使用人は残っていなかった。執事であり《監視人たち》中枢組織の最高幹部であるメネゼスと、召使い頭であるジョアナ・ダ・シルヴァ、それにクリスティーナ、料理人のクラウディオと運転手のカヴァコだけが残り、あとの使用人たちは翌朝までに戻ってくる条件で祭に出かけていた。

 女主人であるマヌエラと当主アルフォンソならびにその妻は、望めば《監視人たち》と一緒に外出し、祭を見ることができるのだが、彼らは一度もそれを試さなかった。どれほど望んでも館の外に出ることの出来ないインファンテの氣持ちを考えると、浮き足立って祭に繰り出すことなど到底出来なかった。

 彼女は、ひとり居室に隠ると、書棚から一冊のスクラップブックを取り出した。黒い台紙を繰ると、三ページ目に探していた絵があった。今は亡き夫が大切にしていたものだ。子供らしい稚拙なイラストで、右側と左側は別の人物によって描かれていた。

 二人の小さい人物が、河辺に立っている。河の向こう側には大きい花火がいくつも上がっていた。この絵を仲良く描いた二人の少年たちの幸せな時間を想って、彼女の胸は熱くなった。

「大きくなったら、一緒にサン・ジョアンの前夜祭の花火を観にいこうね」
「うん。約束だよ」

 その約束は、果たされることはなかった。カルルシュはドイスことインファンテ322の憎しみを受け、その死まで決して許してもらうことはなかった。だから、彼もまたついに花火を観にいくことはなかった。ドイスと一緒でなければ絶対にいかないと毎年のように言っていた。

 二人の少年の憧れた、大輪の花火は、今宵も館を振るわせるような大きな音をさせている。

* * *


「このお菓子、どう? 例のスペインの実業家が持ってきてくださったのよ。あの方と叔父さまとは合うに違いないわ。甘いものを本当に美味しそうに召し上がるのよ」

 アントニアは、アールグレイの紅茶に添えて、海辺の街アヴェイロの銘菓オヴォシュ・モレーシュをボウルに盛ってテーブルに置いた。こうした甘いものに目のない彼は、だが、大して興味のないような様子のまま、一つ手にとった。

 それをあっという間に食べてしまい、「悪くない」程度の顔をしたまま、黙って紅茶を飲んだ後、さりげなく二つ目に手を出している彼の姿を見て、アントニアは満足して微笑んだ。

 花火の音が遠くから聞こえて来た。彼は黙って耳を傾け、何かを考えているようだった。それから「興味がない」という風情で再びティーカップを口に運んだ。

 彼は、これからも決してサン・ジョアンの花火を観にいきたいとは言わないだろう。でも、いつか、おそらく来年にでも、私がどうしても観たいからとでも口実を作って、彼に花火を見せてあげよう。アントニアは、彼の素直でない態度に水色の瞳の奥で微笑んだ。


(初出:2016年10月 書き下ろし)

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Category : 小説・黄金の枷 外伝
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
執筆、お疲れ様でした。

あ、準レギュラーの叔父様ですね。
そうか、長年ああいう環境に置かれて、ほんとうに欲するものを得られなかったら、今さら「ご自由に」と言われても、すんなり納得はできませんよね。
せっかくのお祭り&花火なのに、ドラガオンの面々はあいかわらず不自由なことで。う~ん、いい暮らしをしているけど、どうなのかなと思いますね。
不愛想を装いながらお菓子や花火に未練たっぷりな叔父様と、それを優しく見守るアントニアの姿が微笑ましいですね。来年は無事に花火見物とあいなるのか、そんなお話も読んでみたい気がします。
2016.10.20 01:47 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。いつだったか『スプリング・ソナタ』をしつこく練習していたあの人です。
この人、ものすごい意地っ張りでして。

今回見に行けるけれど見に行かないドラガォンの三人のご主人さまたちは、実は全員花火を見たことがあるんですよ。
マヌエラは結婚前に。そして新しいドン・アルフォンソとその妻って二人は昨年こっそりデートしていました(笑)
そういうことはしない24のために、今年は皆中に残っています。あ、クリスティーナもなぜか戻っていたりして。

で、アントニアたちは、ボアヴィスタ通りの屋敷の方でカルロスの買ってきたお土産食べています。
22とアントニアはいつもこんな感じですね。22がどんなに感じ悪くしてもへこたれなかったので、なぜかこの姪(正確には従姪)だけには心を開いているのですね。
実は『Filigrana 金細工の心』では、こんなシーンが時折出てきます。
頑張って早く書き終えねば。

コメントありがとうございました。
2016.10.20 14:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わあ、懐かしい。「黄金の枷」ですね。
このヨーロッパの監視社会的なところとか、描写が明らかに日本的じゃなくて、ヨーロッパにいるという雰囲気を醸し出していて、ストイックな空気感がたまらなく好きだったので、また読みたかったんですよね~~。
読めて良かった~~!!

花火やお祭りがあっても不自由なところはやっぱり・・・というところを感じてしまいますね。自由ということ、不自由ということが分かれているのも寂しいものですけど。
2016.10.21 13:46 | URL | #- [edit]
says...
確かに、この物語は本編をじっくり読まないと伝わらないお話ですよね。
でもここに来る人はみんなこのお話を読んでらっしゃると思うから、大丈夫です!
う~ん、彼は本当に意地っ張り。
でも、それがまた彼らしさなんだろうなあ。
どこか少し23に似てる気もするんだけど、23は意地っ張りなんじゃなくて不器用すぎるんですかね^^(でもちょっと似てる)
アントニアは、そんな彼の事が好きなんですね~。
きっと何を考えてるのか、アントニアにはちゃんと伝わってるんでしょう^^
この物語には続編があるのですね。
次はだれを中心に展開するのでしょう。たのしみにしています。

夕さん、先日はありがとう~^^
ちょっと電波が悪くて(スマホのせい?)音が一部聞こえなくて、会話がスムーズにいかなかったのが申し訳ない><
でも、ちょっとお話で来て嬉しかったです。
では引き続き、日本を満喫してください♪
2016.10.22 00:44 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

おお、これは嬉しいですね〜。
ちょっと特殊な世界で、書いている自分も、別世界に行っている感じがあります。

このインファンテを始めとする人たちは、生活などの苦労はほとんどない一方で、金のカゴの中にいるみたいなものなのですよね。
当たり前の自由という喜び、持っている人はあまり意識していないものが、浮き彫りにできていたら嬉しいですね。

コメントありがとうございました。
2016.10.22 14:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

この話、難しい上に、最初の数回読んだだけではさっぱりわからないじゃないですか。
書き終わってからそれに思い当たって没にしたんですが、このままにするには忍びなく、さらに今日都合よくアップする小説がなかったので、上げてみました。

そしてそうなんです。ヤツは困った意地っ張り。
確かに23と似たところもあります。
姿はむしろ24と似ているんですが、それに、23のようにいじけてはいなかったのですが、感性がちょっと似ている。
あと、しつこいところ?

アントニアは、そんな彼の事を大好きなんです(笑)

この二人が『Filigrana 金細工の心』の主人公ですね。
マイアたちは、このあとは脇役になります。あの二人のイチャイチャはもう誰も読みたくないでしょうし。

そして、こちらこそ、お忙しいお時間にありがとうございました。
limeさんのお声が聴けて嬉しかったです。
周りもうるさくてごめんなさいね。

日本を楽しみすぎて、肥えちゃって困りますが、毎日るんるんしています。
また報告しますね!

コメントありがとうございました。
2016.10.22 14:53 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あ、例のお祭り。
以前ご紹介頂いた動画、鰯にピコピコハンマーの絵が再生されましたよ。

おお、やはり叔父様でしたか!
実はずっと「登場人物紹介」ページとにらめっこをしていて
「誰かな、誰かな」って1人で悩んでたんですよ(笑)
皆さんのコメントを拝見して読み違えじゃないとわかって安心しました。

うん、意地っ張りの方向性が、こう、なんていうか、
ものすごく最もなことを仰ってるんだけど……
……「かわいい」?(笑)
アントニアが叔父様を大好きなのも分かる気がしましたよ。
ものすごく筋は通っていて、矜持があるのも理解できるんですけれど……
アントニアの視点があるからかな、和みました。
叔父様は、大義名分を授けてくれたらこれまた「仕方ないな」ってポーズを
取りつつ重い腰を上げるんでしょうね。でも内心はすごいるんるんだったりして。
中々興味深い人物で、続編執筆中ということで大変楽しみです。
「carat!」のための記事だったというのもちょっと個人的にうるうるしてしまいました。こうして拝読できて嬉しいです。

日本旅行、引き続きお楽しみくださいね!


2016.10.24 15:08 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。
そうそう、そのお祭りです。

ああ、そして、ごめんなさい。
22は、第1作ではほとんど出てこないので説明ないんですよね。

http://yaotomeyu.blog.fc2.com/blog-entry-1062.html
この記事にちょっと詳しい説明があります。

実は本当の叔父ではなくて父親のいとこなのですが、この話の便宜上「叔父」と書くことが多いです。

この人、アントニアには、結構心を開いているんですが、こういう人なので、アレです(笑)
これから、やけにたくさん出てくると思いますので、どうぞご贔屓に。

なんかね、最初は甘いものもいらないフリをしていたみたいですよ。
でも、アントニアにはバレバレです。
だからきっと花火も。

そう沿い。これがボツった二つ目です。
こんなところで使わせていただきました。

ありがとうございます。今週は労働していますが、来週の旅を励みに頑張ります。

コメントありがとうございました。
2016.10.24 16:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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