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Posted by 八少女 夕

【小説】最後の晩餐

今日の作品は、80000Hit記念。77777Hit記念作品がいっぱいたまっていたこともあり特に何も企画していなかったのですが、ちょうどぴったりお踏みになったと大海彩洋さんが申告してくださったので、急遽リクエストをお受けすることにしました。といってもずいぶん経ってしまってますね。彩洋さん、大変お待たせしました。

いただいたリクエストはこちらでした。

舞台は、アフリカのどこか(夕さんのお気に入りの場所、もしくは書いてみたいけれど、まだ書いていない場所)。キーワードは最後の晩餐。


で、全く違う話を書いてもよかったんですが、ちょうどアフリカの話を書いている途中だったので、他の登場人物は頭の中にでてきませんでした(笑)というわけで、こんなお話になりました。

この作品の主人公を知らないと思われても、ご心配なく。(ほとんど)初登場ですから。それにしても、本当に何もかもネタバレになっているな。ま、いっか。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む(第1回のみ公開済み)
あらすじと登場人物



郷愁の丘・外伝
最後の晩餐


 そっとドアを押して、台所を覗き込んだ。埃っぽく、あいかわらずきちんと掃除のされていない室内は、どこか饐えた匂いがした。転がっている空の酒瓶の多くには埃がたまりだしていて、それが彼の母親が迎えにくる時も決してこの家の中に足を踏み入れたがらない理由のひとつだった。

 それでもこれが見納めになるのかと思うと、この酒瓶ですら彼をセンチメンタルな心地にした。
「おじいちゃん?」
彼は、小さな声で祖父を呼んだ。答えはなく、彼は壁に新しくかかっている絵の人物と目が合ったような氣がして、思わず近寄った。

 それは額にすら納まっていなかった。どこかの雑誌から鋏で乱雑に切り取ったペラリとした一枚の絵画の写真で、画鋲で直接壁に刺さっていた。ブルーグレーや褪色したオレンジ色の服を着た人物が何人もいて、食卓を囲んでいる。暗いグレーの天井や、元は白かったのだろうが薄汚れて見える壁、全体に色褪せてしまった色合いが、埃にまみれて疲れていくこのだらしない台所のうら寂しさと妙にマッチしていた。

 食事中のようなのに、ある者は立ち上がり、大きな身振りで語り合い、もしくは恐慌をきたしていた。真ん中の人物と、その左側にいる人物だけは穏やかな顔をしているが、それが何を意味するかは彼にはわからなかった。

「それに氣がついたか、グレッグ」
声がしたので振り返ると、祖父が立っていた。あいかわらず汚れたシャツを着て、残り少ない髪はもじゃもじゃに乱れていた。

「おじいちゃん」
「それは『最後の晩餐』っていう絵なんだ。今日にふさわしいと思ってかけておいたのさ」

「これが? 誰の絵?」
「イタリアのレオナルド・ダ・ヴィンチっていう有名な画家さ。キリストが磔にされる前の晩餐会の様子を示しているんだとさ」

 そういいながら、祖父は戸棚からコンビーフ缶を取り出して開けた。洗ってある食器と、洗っていないと思われる調理器具がごちゃごちゃに置いてある山のようなところから、器用にフライパンを取り出すと、いくらか角度を変えながら眺めて、納得したように頷くとそのままコンロのところに持っていった。

 グレッグ少年には、祖父が「洗わないでもそのまま使えそうだ」と判断したことがわかった。実際に同じように準備された焼きコンビーフを彼は既に何度も口にしていたが、とくにお腹が痛くなったこともなかったので、意見はいわないことにした。

 最後の晩餐と言っても、祖父が彼に作る食事はいつもと一緒だった。スライスして焼いたコンビーフ、カットされたパンにマーマイトを塗る。運がよければ、生のトマトがカットされてついてくることもあった。それだけだ。

 この祖父の息子とはとても思えない几帳面な父親は、滅多に料理はしなかったが、する時はきちんとしたステーキに、シャトー型に切った人参とジャガイモ、完璧な固さに茹でられているが鮮やかな色を失っていないインゲン豆などをきちんと用意した。英国風のミンスミートやキドニーパイが得意な母親も、料理以前に混沌の極みにある義父の台所を料理をするところだとは認めなかった。非常に仲が悪くどんな小さなことにも反発し合う夫婦だったが、グレゴリー・スコットの家で食事をすることだけは決してしないことで意見が一致していた。

 だから、両親の離婚にともない、イギリスへと移住することになったグレッグ少年が、最後に祖父のところにお別れに行きたいと言った時には、二人とも馬鹿にしたような顔をした。

 グレッグは、コンビーフを焼いている祖父の横に行き、片付けていない洗った食器の山から、そっと皿を二枚取ると、テーブルのところに持っていった。まずは、テーブルに載っている沢山のいらないもの、請求書や古いクリスマスカード、それに空になったグラスなどを片付けて、皿を二つ置くスペースを作らねばならなかった。それからカトラリーをなんとか二組見つけ出して、皿の脇に置いた。

 固くなったパンと、きれいなグラスもみつけてテーブルに置いてから椅子に座り、壁の『最後の晩餐』を眺めた。

「この人たちもコンビーフを食べていたのかな」
そう訊くと祖父はゲラゲラ笑った。
「この時代にはまだ缶詰はなかっただろうよ。それはそれそうと、つい最近終わった修復で面白いことがわかったんだぞ」

 祖父は、絵の近くにやってきて目で示した。
「ここにパンがあるだろう? 聖書では、キリストはユダヤ教の伝統的な過ぎ越しの祭を祝ったことになっているんだ。イーストの入っていないぺっちゃんこのパンと、子羊の丸焼きを食べる伝統なんだ。それなのに見てみろよ、このパンは膨らんでいるし、それに料理は子羊じゃなくて魚料理なんだとさ。この画家、自分の好きな料理を描いたのかもしれないぞ。伝統なんてクソ食らえってさ」

 食事は、いつも通りに進んだ。祖父は安物のワインをたくさん傾けて、同じような話をろれつの回らない口調で繰り返した。
「それで。いつイギリスへ発つんだ」
「来週の月曜日。来月から、あっちの学校に通うんだって」

「そうか。ロンドンってのは面白いモノのある大都会だって言うからな」
「おじいちゃん。僕が行くのはバースってところだよ」
「そうか。そうだったな。ともかく、そこに行ったら、ケニアやじいちゃんのことなんてすぐに忘れてしまうさ」

 少年が「そんなことはない」と言おうとした時に、電話が鳴った。話している様子から、それは祖父が最近懇意にしているアリトン家の後家だということがわかった。
「今、孫が来ているけれど、すぐに帰るから、後でそちらに寄るよ」

 もうそろそろ帰ってほしいということなのかもしれないと思った。すぐに忘れてしまうのは僕じゃなくて……。グレッグは、バラバラになったコンビーフの塊が喉につかえそうになるのを、無理に水で流し込んだ。

 母親の車がやってくるのを待ちながら、グレッグ少年と祖父は、夕陽が真っ赤に染める丘を眺めていた。アカシアの樹のシルエットを彼は瞳に焼き付けようとした。バースになんて行きたくない。いられるものならば、ずっとここにいたい。

 でも、父親は彼を手元においておきたいとはまったく思っていないらしかった。母親も、話すのは「少しは愛想よくして、新しくお父さんになる人に嫌われないようにしてちょうだい」というようなことばかりだった。唯一彼を可愛がってくれたと感じられる祖父ですら、酒瓶やアリトン家の後家ほどの関心は持ってくれていない。ここには、僕のいられる場所なんてないんだ。

 遠くから、母親の運転するシトローエンが砂埃を巻き上げて近づいてくる。
「来たな」
祖父は、少し感傷的な声を漏らすと、グレッグをぎゅっと抱きしめた。

「元氣で頑張れよ、小さいグレッグ」
「うん。おじいちゃん。さようなら」

* * *


こんばんは、グレッグ。

あなたが帰ったあと、ニューヨークはひどい悪天候に見舞われたのよ。ハリケーンがやってくるような季節じゃなかったので、とても驚いたわ。クライヴは、こんな恐ろしい嵐は初めてだって、彼のお店にも行かないで、ずっと《Sunrise Diner》でお茶ばかり飲んでいたから、クレアがとても怒ってしまって、彼のトレードマークの傘を取り上げてしまったの。おかしかったわ。あなたもアフリカに帰るまではずっとイギリスにいたのよね。ハリケーンみたいなひどい嵐は、想像もつかないかしら?

ケニアは今、少雨期だったわね。《郷愁の丘》にシマウマたちが戻ってくるのを想像して、また行きたくなってしまったわ。だから、次の休暇で、イタリアに行くのはやめて、またケニアに行く案も考えたのよ。

でも、あなたからの問い合わせに少しびっくりしているの。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』は、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーチェ教会にあるのよ。そして、私の家族の故郷は、北イタリアなのでどちらにしてもミラノが基点になるの。もし、あなたも北イタリア旅行に興味があるのならば、私の休暇の時期をあなたの旅行に合わせてもいいのよ。

私のルーツ探しにはあまり興味がないかもしれないけれど、『最後の晩餐』の本物を見るチャンスだし、それ以外にもイタリアはアメリカともケニアともまったく違う文化と景色で、あなたを深く魅了すると思うわ。ウンブリア平原やフィレンツェにも、ダ・ヴィンチに縁の場所がたくさんあるの。きっとあなたにとっても有意義な旅になるはずよ。それに、あなたはイタリア料理をとても好きだったじゃない?

大して上手じゃないけれど、簡単なイタリア語通訳ぐらいはできると思うわ。いい返事を聴かせてね。

あなたの友達、ジョルジア



 彼は、放心したように手紙を見つめていた。

 ジョルジアへの手紙に『最後の晩餐』のことを書いたのは、イタリアヘ行くという彼女の言葉にセンチメンタルな想いを呼び起こされたからだ。今は亡き祖父が、壁に貼付けていた『最後の晩餐』の印刷された紙は、彼がケニアに戻ってきて祖父の遺産を相続した時にはとっくになくなっていた。

 あの絵のことをずっと考えていたわけではない。だが、ここしばらくあれも何かの符号だったのかもしれないと考えていた。まったく何の因果もなかったイタリアという国にいつか行ってみたいと思いつづけていたのは、祖父との最後の思い出に端を発しているのかと。そして、偶然出会い、心に住み着いてしまった女性がただのアメリカ人ではなくて、イタリア文化を色濃く受け継いでいたことにも、ただの偶然では片付けられない何かを感じていた。

 だから、彼女が次の旅行先に、祖父母の故郷をめぐることを考えていると書いて来た時に、「行けるものなら、僕もいつかイタリアに行ってみたい。でも、きっと夢で終わるんだろうから、代わりに、あの絵の小さなポスターか大きめの絵はがきを送ってくれないだろうか」と頼んでみたのだ。彼女の返事は彼の予想を大きく超えていた。
 
 一緒に旅行を? そんな多くを望んだつもりはなかった。いつかイタリアを旅してみたいと書いた時には、共に行くことを夢見ながら彼女が訪れた場所を一人で辿ることを想像していただけだ。もちろん一緒に行きたい、彼女もそれを望んでくれるならば。

 彼は、スケジュールを確認した。この秋には抜けることのできない大事な学会や会議などはない。調査の方はいない分だけ抜けてしまうが、毎年のことではないし諦めることができる。問題は費用だ。彼はどうしたら旅費が捻出できるか計算した。

 それからアメリカ人ダンジェロ氏からの援助のことを思い出した。ジョルジアが、ダンジェロ氏の妹であると知った時は驚いたが、結局彼女の口添えがあったからこそ、地味な研究をする自分に助成金を出してもらえることになったのだ。

 これまで、切り詰めて食べていくのが精一杯だったが、研究さえ続けられればいいと思っていたので、それ以外のことをする経済的余裕がないことを残念と思ったこともなかった。学会と関係のない純粋な休暇旅行など一度も行こうと考えたことがなかった。

 けれど、もうその心配はしなくていいのだ。ダンジェロ氏から定期的に振り込まれる助成金で、生活費を削ることなく、不在時のシマウマ調査を他の人間に頼むこともできるし、二週間程度の休暇ヘ行く費用もある。

 あの絵の実物を見に行くのだと、それも、心から大切に想う女性と一緒にイタリアに行くのだと知ったら、墓の下で眠る祖父はなんというだろうかと考えた。『最後の晩餐』にも描かれたイタリアのパンと、魚料理を食べて、その味を報告したら、彼は笑ってくれるだろうか。

 彼は、ジョルジアに快諾の返事を書くために、自室のデスクに向かった。


(初出:2016年11月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト 80000Hit

Comment

says...
グレッグは初登場?でよかったんでしたっけ? あ~、なんだか記憶力(特に短期記憶)に自信がないので、ちょっと怪しいけれど(^^;) 
そうかぁ、ジョルジアにはちゃんと幸せが用意されていると安心して読めそうな気がしてきました。いや、でもまだまだぐるぐるをいっぱいするんですよね。それが楽しみだな。
そして、最後の晩餐を使ってくださってありがとうございました。イメージでは、まさかダ・ヴィンチの絵そのものが話題になるとは思っていなかったので、あ、そうか、イタリアがらみでちゃんとまともに出してもらえたのか、とちょっと感動。私があの絵の実物を見たのはもう28年ほど前のことなので、ちょっとノスタルジーな気持ちになりました。

が、実は読みながら一番密かにウケていたのは、「洗わなくても使えそうだ」の下り(^^;) いや、おじいちゃん、わかるよ、うん、って。えっと~、いや、一応は洗うんですけれど、まぁ、熱したら消毒になりそうだというときには「ま、いっか!」になることも……それに、仕舞わなくてそのまま使うあたりも……あ~、だから時々鶏小屋なのか、うち。
じいちゃんに妙な親近感を覚えつつ、ジョルジアの未来を期待しながら、本編を待ちたいと思います(*^_^*)
無理矢理なリクエストにお応えいただいてありがとうございます!!
2016.11.23 12:05 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
執筆、お疲れ様でした。

グレッグ少年は「居場所」がなかったんですね。
でも、あのまま祖父の元に残っていたら、どうなっていたかわからないし、イギリスに行ったのはある意味で良かったのかもしれませんね。
祖父もまた、グレッグがいちばん可愛かったんだろうなぁ。変わり者っぽいですけど、懐いてくれる相手ってやはりうれしいものでしょうし。
遺産のなかに、「最後の晩餐」のポスターがなかったのは残念でしたが、それが思いもよらないきっかけになるんですから、面白いですよね。

手紙の部分を読んで、ちょっと、というか、かなり驚きました。
うわあ、ジョルジアが超ポジティブになってる。彼女のことだから、ひとつひとつステップを昇って、ここまでたどり着いたんだろうなと思います。
たぶん、この前を埋めるエピソードが「郷愁の丘」になるんですよね?
PVも拝見しました。
アフリカで、グレッグとジョルジアの間に、なにがあったんだろう。
本編がますます楽しみです。
2016.11.23 15:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにも、早速ありがとうございます。

グレッグは、ほぼ初登場です。
「サバンナの朝」にほとんどわからない形でちらっと出てきますが、これ憶えていたらむしろ怖いです(笑)
新しく「郷愁の丘」カテゴリーを作り、こっそりあらすじと登場人物を追加しておきました。

ジョルジア、この時点ではほんとうに「お友だち」なんですけれど、どうなるでしょうね。
(白々しい)
まあ、ちゃんとぐるぐるしますのでご期待ください(なんだそりゃ) 

そして「最後の晩餐」ですけれど。
ジョルジアがグレッグをイタリア旅行に誘うという設定はもともとあって、ただ、そこの具体的な描写は本編にはないんですよ。
で、せっかくなので、ダ・ヴィンチをこの際使わせてもらおうということになりました。
あと、このじいちゃんグレッグと孫の小さいグレッグの関係ももともとの設定通りです。
お陰様で、また一つのエピソードを形にできました。ありがとうございました。

このじいちゃんが彩洋さんのお氣に召すとは(笑)
あ、「洗わなくてもまだ使える」は大いにありですよ。
私も、連れ合いが目玉焼き作ったあと、紙で拭いて放置したフライパン、その夜に「これは洗わんでもいいでしょ」と使ったりします。それに洗いものをしまわずに即使うは、問題なしでしょう(威張るなって)

でも、このじいちゃんはアル中入っているので、どんな状態で放置したフライパンかは神のみぞ知る(笑)
ケニアだし、蟻とか這っていそうです。

本編、頑張って書いています。来年になりますが、どうぞよろしくお願いします。

リクエストとコメント、ありがとうございました。
2016.11.23 23:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

なにげにタイトル遊び、復活していますね。

グレッグの子供時代の境遇は、お話を進める上での一つのポイントになっています。
アル中のおじいちゃんにひきとられても困ったでしょうね。
イギリスに引越したおかげで、少なくともこの人はオックスフォードを卒業しています。
まあ、よかったんじゃないですかね。

そして、ジョルジアの手紙ですが、ガンガン迫っているみたいですよね。
でもこの二人、この時点では「お友だち」関係なんです。
ジョルジアがよりにもよってこんな「迫ってる」状態になってしまう経緯は、本編を読んでいただくとして(無理矢理読ませるつもり満々)この番外編は、本編の大体5分の4くらいのところに挟まる話になります。この直前にグレッグはニューヨークにも登場しているんですよ。だからクレアやクライヴなど《Sunrise Diner》の常連のことも知っているんですね。

PVもみていただきありがとうございます。
ほぼこんな話ですが、経過を楽しみにしていた抱けると嬉しいです。
(またジョセフのお名前をお借りしています。すみません)

コメントありがとうございました。
2016.11.23 23:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
最後の晩餐の食べ物は伝統的におかしいんですね、知りませんでした
解剖とかまで見に行くぐらいだから、ダビンチはあまり信心深くなかったんでしょうか?
それなら私はお寿司とカニに書き変えたいですw

離婚で両方から邪魔そうな扱いなんて…でも立派になってる

二人で旅行だなんて///
気を付けて行って来てくださいです
2016.11.24 11:02 | URL | #- [edit]
says...
サキもおじいちゃんのフライパンの選択シーンが大好きです。
いい感じですね。荒れたおじいちゃんの生活が垣間見えてとても素敵でした。コーンビーフの料理が美味しそうに思えたのはきっと夕さんの描写のせいなんでしょう。たぶん、サキは食べることはできないと思いますが。
あまり幸福とは言えない家庭で育ったグレッグにとって、この堕落した生活を送っているおじいちゃんは、いっぱいに溜まったストレスを少しずつ抜いてくれる空気抜きのような役割を果たしていたのかもしれませんね。「最後の晩餐」を語る様子なんか、ちゃんとした教育を受けたひとかどの人物だったんだろうなと思わせます。
おじいちゃん、グレゴリー・スコットって言うんですか?ということはグレッグ少年はおじいちゃんの名前を引き継いだの?
「元氣で頑張れよ、小さいグレッグ」おじいちゃんの愛情を感じました。
ひょっとしたら、自分を託したんでしょうか?


そして、ジョルジアの手紙は驚きでした。
こんな風に考えて、こんな風に行動できるんだ。物語の冒頭からは信じられないような変化ですが、とても素敵な変化ですね。
宛名はあの小さいグレッグなんでしょうけれど、今では動物の研究者?になっているようですね。優しそうな感じだなぁ。文章からはそんな感じが伝わってきますが、どうなんだろう?
彼のおじいちゃんとの「最後の晩餐」のエピソードが思わぬ展開に繋がっていきますね。おじいちゃん偉い!
でもグレッグ、ジョルジアの秘密はもう知っているんでしょうか。手紙からはそんな雰囲気も伝わってきましたが・・・。
だいぶ種明かしになってしまっているように思いますが、どのようにしてここにたどり着くのか、かえって楽しみになってきました。
はやく“友達”という文字が取れるといいのにな。そんなふうに思いました。
2016.11.24 11:52 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
ああ、なるほど、なるほど!
繋がりました!
例の『太陽の子供たち』の撮影で関わったあの方でしたか!
今回のお話を読みながら琴線に引っ掛かるものがあったのですが名前のトリック(でもないのしょうが)の術中に嵌ってました。そう思って「サバンナの朝」を拝読すると、グレッグの

>2年ぶりの再会をはにかみながら喜んだ。

の一文の「はにかみながら」の意味がおいしいなあ、って思ってしまいました。

ということは、彼が動画の一文にあった例のジョルジアに似た人?
「居場所」のない人ということで、俄然彼の行方が気になってきました。

元々あった設定に「最後の晩餐」が違和感なくマッチしていて、これも不思議な出会いだなあと思いました。
2016.11.24 12:19 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

絵に描かれていたのは「鰻」だったとか。
でも、フレスコ画の状態が悪くて、ずっとよくわからなかったみたいですが、修復してわかったらしいです(笑)

お寿司とカニですか! 私もそっちに乗ります。

両親に邪険にされたのはその通りですが、立派かなあ。
まあ、博士にまではなっていますが、少し窓際ぎみかなあ。

旅行と言ってもあまり色っぽくないかも。
っていうか、そもそも……。
いや、これ以上はやめておこう。

コメントありがとうございました。
2016.11.24 23:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

おお、おじいちゃんの料理方法がここでも受けている(笑)
コンビーフはおいしいですよ。焼くだけだけれど。大丈夫、熱で消毒されます。(本当か?)

スコット家は学者の家系ですが、このおじいちゃんは落伍者で学者になりませんでした。
でも、そんなわけで、もともとはインテリ育ちなんですよ。
そして、名前の件はおっしゃる通りで、少年のセカンドネームがおじいさんからもらっているのです。
ちなみにファーストネームはヘンリーです。
そして、動物学者ですが、人付き合いはウルトラ下手です。
だからジョルジアからアクション起こさないと何も起きないんです(笑)

ジョルジアが、こんな風になっているのは、ええと、本編を読んで納得してもらえるかな。
けっこう「おいおい」な展開かもしれません。
あいかわらずと言ってはあいかわらずですが。

ちなみにこの時点でグレッグはジョルジアのコンプレックスについてはまだ知りません。

ここまでどうやってたどり着き、更にその先までどう行くか、来年になりますが読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2016.11.24 23:38 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

と、いうわけなんです。
あらすじと登場人物を読んでいただけるとはっきりとわかりますが、彼の一般的な名前は「ヘンリー・スコット」なんです。

「似ている」と言い張るのがジョルジアで、グレッグの方は「全然似ていないよ」なんですけれど、それがどうなるのかが本編ですね。

「最後の晩餐」のお題をもらった時は、「どうしようかなあ」と思いましたが、この祖父とのシーンは書きたかったのでちゃっかり利用させていただきました。縁てふしぎですよね。

コメントありがとうございました。
2016.11.24 23:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かに考えてみれば、「最後の晩餐」って、当時のものを完全に再現できるわけはないですものね。
絵は絵ですからね。
自分の感情を乗せて、おいしそうなものを載せる。
それが正しい筋ですからね。
読んでいて、美術の勉強にもなりました。
('◇')ゞ
2016.11.26 07:09 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは

そうなんです。
そもそも西洋絵画でキリストたちが白人の時点で現実とは違っていますよね。

部屋の作りも違っていますし、テーブルで食べるのもおそらく違っています。

史実に忠実ならいい絵かといえばそうではないですし、あの絵は誰がなんと言おうと素晴らしいと思っています。

コメントありがとうございました。
2016.11.26 21:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
私も、グレッグとおじいちゃんのシーンがとても好きです。
少し薄暗い、ゴチャゴチャとした台所での調理と会話。切り抜きの最後の晩餐。
調理シーンを上手く組み込むことで、そのおじいちゃんの人柄や生活、家族からの扱いも説明できてしまう。
おじいちゃんと孫(少年)っていう関係、どのお話もなんか少し切ない感じがするのは何ででしょうね。
別れる時の、別の意味で寂しげなグレッグの心境にグッときました。

あ、この冒頭のシーンはケニアなのですね!(すみません><)
そこに気が付くのが遅くて、アフリカ?とちょっと戸惑いました。アフリカの知識が無く、なじみが薄いせいかな><この際、いろいろ勉強しよう……。

ジョルジア、そう言う形で関わってくるのですね~。
このグレッグが、このあとどんなふうに登場して来るのかも、楽しみです^^
2016.11.30 04:13 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

あの絵は、どんなに待っていても日本にはやってきませんものね。
あ、それにミケランジェロの「天地創造」も持って来れないか(笑)
日本のお寺の天井画などもそうですけれど、その場に行かないと見られない絵にはやはり憧れが募って
このグレッグも、その祖父も同じことを思ったんじゃないかなと思います。

そして、このダメっぽいおじいちゃん、ダメな人だけれど、どこか憎めないタイプを想定して書きました。
息子、グレッグ少年にとっての父親は、反対に社会的にはとても立派だけれど近寄りがたい人。

そして、この話は「アフリカ」が舞台な話の外伝として書いたので、反対にアフリカらしい描写が最小限になってしまって混乱させてしまったかもしれません。すみません。

アメリカからやってきたジョルジアがアフリカから強い印象を受けるシーンなどにはたくさん描写があるんですが、グレッグはこっちにいるのがデフォルトなので、少年時代の前半も、ジョルジアの手紙を読んでいる現在も、両方ケニアにいるという設定で、その説明をかっ飛ばしています。

ケニアはイギリスの植民地だった影響が残っていて、住んでいる白人たちにはかなりイギリス式生活様式のようなものが残っています。その分、描写にあまり違いがでないこともあります。

ジョルジアとグレッグの関係は、本編の大半でかなり微妙な感じなんです。
来年になりますが読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2016.11.30 23:35 | URL | #9yMhI49k [edit]

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