scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】頑張っている人へ

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2017」の第五弾です。けいさんも、まずはプランBでご参加くださいました。プランBは、まず先に私が書き、それに対して参加者のブロガーさんが創作作品や記事などを書いてくださる参加方法です。

プランBで、拍手絡みの物語を、うちの「シェアハウス物語」とコラボでお願いしても良いですかね。それを受けて、私も掌編を描く。それのお返事掌編をまたいただく…B→B(A)→A混合サンドイッチ、みたいなの。


この二つ書けとおっしゃるうち、ひとつはちょうどブログトップのFC2拍手を1000カウント目にしてくださった記念掌編です。

けいさんは、私と同じく海外在住ですが、お住まいは地球の反対側、スイスから一番遠いオーストラリアです。だから、お逢いするのは生涯無理だと思っていたのですが、なんとブログのお友だちの中で一番最初にお逢いした方になったんです。オーストラリアは、見知らぬ人にもフレンドリーな人が多い国ですが、その社会に馴染んでいらっしゃるけいさんも例外でなくとてもフレンドリーで暖かいハートをお持ちの方。それだけでなく生涯に何度もないウルトラ長期休暇に長編小説を毎日書いたという、とてつもない努力家でいらっしゃいます。爪の垢を煎じて送っていただきたい~。

今回コラボご希望になった「シェアハウス物語」は昨年発表なさった作品で、大学生宇宙そらくんが暮らすことになったシェアハウスでのハートフルな人間模様です。

拍手がらみの話ということですのでどうしようかなと悩みましたが、「応援の拍手」で書くことにして、まず今回は折り紙アーティストのワンちゃんをメインにお借りしました。けいさん、ありがとうございます!

そして、うちからは、あの店が再登場しています。


「いつかは寄ってね」をはじめから読むいつかは寄ってね


「scriviamo! 2017」について
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頑張っている人へ - Featuring「シェアハウス物語」
——Special thanks to Kei-san


 山から下りてくる道は、双方向とも一車線しかない細い道で、切り立った崖のおかげで実際の日暮れよりも早く暗くなる。

 千沙は、ゆっくりと中央線にあわせてハンドルを切り、ブレーキを踏まずにきれいにカーブした。それからすぐにトンネルが来た。コンクリートの壁、独特のオレンジの電灯、千沙は不意に思い出して少しだけ悲しくなった。

 時夫君。私はトンネルを普通に通れるようになったよ。あなたも頑張れるよね。

 時夫は、千沙の父方の従兄だ。同じ街で育ち、それから大学に入った時に埼玉に引越した。千沙が二年遅れてやはり東京の大学に進んでから四年間、下宿が比較的近かったので時おり逢った。とくに千沙が運転免許を取りたての頃、彼に頼んで高速や山道の運転の特訓をしてもらった。

「おい。そんなにブレーキを踏むなよ」
「だって、怖いんだもん」
「そんなことやると、後から衝突されるよ。もっとスムースに走らせなくちゃダメだ」
「わかっているよ」

 そして、トンネルに入ると千沙は速く走れなかった。
「なんでだよ」
「だって、壁にぶつかりそうなんだもん」

 トンネルの壁が車の左側を擦りそうな感じがしたのだ。そして、中央線の反対側には強い光を放つ対向車が向かってくる。上手くすれ違えるか不安になる。

「ぶつかるかよ。これまで走っていた道と同じ幅じゃないか。まっすぐ道の真ん中を見て、同じスピードで走れ」
「う、うん」

 時夫は、口は悪くても千沙にとっていい教師だった。根氣よく、粘り強く指導してくれた。だから、大学を卒業して就職する頃には、千沙は、上手とまではいかなくとも、少なくとも他人に迷惑をかけない程度には運転できるようになっていた。

* * *


 ようやく帰り着いたが、千沙は、車を駐車したあとにまっすぐにマンションには入らなかった。トンネルを過ぎた一時間ほど前からの、もの悲しい想いを誰もいない自宅には持ちかえりたくなかったのだ。

 東京は神田の目立たない路地に『でおにゅそす』はひっそりと立っている。ママと呼ばれる涼子が一人で切り盛りをするこの飲み屋は、二坪程度でカウンター席しかないが、開店してから五年ほどの間にそこそこの固定客が付き、暖かい家庭的な雰囲氣で満ちている。

「いらっしゃいませ。あら、小林さん。今日は少し遅かったかしら」
涼子は千沙に笑いかけた。

「秩父に出張だったの。この時間は、いっぱいね」
そう言って、カウンターを見回した。いつもの常連である西城や橋本の他に、始めて見る国際色豊かな客たちが四人ほど座っていて、その間の一席だけがかろうじて空いていた。

 その席の隣にいた黒髪の女性がにっこり笑って自分の椅子を動かした。どうぞ座ってくださいという意味だと思ったので、千沙は会釈してその席に向かった。

「ワンちゃん、もっとこっちに来ても大丈夫だよ」
肌の色が浅黒く、目の大きなアジア系の男が、意外に流暢な日本語で言った。ワンちゃんってことはこの人も日本人じゃないのかな、そう思いながら千沙は座った。

「今日はどうしますか?」
涼子が暖かいおしぼりを手渡してくれた。今日の装いは黒地に赤や黄土色の縦縞の入った縮緬の小紋だ。袖に手を添えて出す所作がきれいで、千沙はいつも感心する。こういう大人になるのが理想だけれど、いつになることやら。

「今日は、少し酔いたい氣分だから、最初っから熱燗にしてもいいですか」
千沙が言うと、涼子は目を丸くした。

「そうなの? 銘柄はどうしましょうか」
「う~ん、わからないけれど、飲みやすいのはどれかしら」
「そうねぇ。出羽桜の枯山水はどうかしら。三年醸造でわりとふっくらとした味わいだけれど」
千沙はこくりと頷いて、それを頼んだ。

 それまで賑やかに飲んでいた国際的なチームは、千沙に遠慮したのか、少し小声にして飲んでいた。

 一方、既に出来上がっている西城と橋本は、涼子が熱燗を用意しながら、カウンター越しに千沙への突き出しや小皿を置いている間に話しかけてきた。

「どうしたんだい、千沙ちゃん。酔いたい、だなんてさ」
「俺っちが、はっなしを聴いてあげよっか?」

「ちょっと、お二人とも、酔っぱらって小林さんに絡まないでくださいな」
涼子が嗜めると、二人とも赤い顔をして、滅相もないと慌てて手を振った。

 千沙は、笑って二人の方を見てから涼子に答えた。
「大丈夫ですよ。実はね、運転中に車の特訓をしてくれた従兄のことを思い出して、悲しくなっちゃったんです。その従兄ね、いまガンで闘病中なんです」

「まあ、そうなの? それは心配ね」
「仕事熱心のあまり、おかしいと氣づいてからもしばらく検査に行かなかったらしくて、ちょっと進んじゃっているみたいなんです。ほら、若いと早いって言うじゃないですか」

「そりゃあ、悲しくもなるよなあ」
「でもっ。希望っを、失っちゃ、ダメだよなっ。俺っちも、よくなるように、祈るからっさ」

 あらあら、ろれつが回っていない。この酔い方では、おそらく明日になったら何の話題をしていたかも憶えていないだろうなと思いつつも、千沙は微笑んだ。

「その従兄、私と違って優秀だったんです。子供の頃から努力家で、頑張りやで、私が何か出来ないと助けてくれたんですよ。車の運転もそうで、国から出てきた身内が他にいなかったこともあるんですけれど、下手な私にずいぶんとつきあってくれて。それを思い出したら、私は彼のために何も出来なあと、悲しくなっちゃって」

 千沙は、暖かい土色の猪口に浮かんだ枯山水の波紋を眺めながら言った。湯氣の暖かさ、涼子や常連たちの思いやりのある言葉にホッとする。

「そうね。きっとよくなるって信じて陰ながら応援することも、彼の力になるんじゃないかしら」
涼子がそういうと、西城と橋本も大きく頷いた。

「そうだよな。よしっ。俺っち、この箸袋で鶴を折るぞ。そうしたら、千羽鶴にしてさ……」
西城はそういいながら鶴を折りだしたが、手元が危うくて上手く折れていなかった。

「ええ。西城さん、それじゃ、やっこさんになっちゃいますよ」
「うるさいな、ハッシーは、黙って、一緒に折るんだよ。そのイトコを応援するんだってば」

 左側の二人の酔っぱらいに、千沙の意識はしばらく捉えられていたのだが、涼子の驚きの声で我に返った。
「まあ。なんて素敵なの!」

 千沙が、右側を向くと、隣に座ったワンちゃんと呼ばれた女性がどこからか取り出した小さい折り紙で、あっという間にいくつもの折り鶴を完成させていた。しかもそれだけでなく、赤、オレンジ、黄色などできれいな紅葉を折っていた。

「え。この短時間に?」
千沙は、その女性が取り組んでいる別の折り紙作品に目を奪われた。

 それは、追えないほどの速さで、しかも正確に織り込まれて、あっという間に人間のような形になっていった。その小さい人物は、腕を前に差し出して重ねている。

「拍手をしているみたい」
千沙は思わず呟いた。

 ワンちゃんはにっこりと頷いた。
「そうなの。これは拍手をしている人。応援の拍手。頑張っている人への」

 その人物像の周りで、紅葉もまるで小さな手のひらのよう。一緒に拍手をしているようだ。小さな折り鶴も羽ばたいて見える。

「さすがワンちゃん。すごいな。それ、今度のテツオリで、僕たちに教えて」
一番向こうにいた、日本人の若い青年が言った。

「テツオリ?」
千沙が訊くと、青年の隣に座っている青い目の女性がにっこり笑って答えた。
「私たちのシェアハウスで時々やる徹夜の折り紙教室のことなんです。こちらのワンちゃんにいろいろな折り紙を教えてもらうんです」

 ワンちゃんは、千沙に作品の数々を渡した。
「そちらの方の分と一緒に、これもその従兄さんに差し上げてください。ここにいるみんなで応援していますからって」

 千沙は、目頭が熱くなるのを感じながら頷いた。
「はい。彼はきっと喜ぶと思います。不屈の精神を持つ人だもの、きっと頑張ってくれると思います。私もめげずに応援します」

 どんなトンネルにも出口がある。どんな下手な運転も、練習すればそれなりになる。諦めて何もしない人が好くなることはないと教えてくれたのは、他ならぬ時夫だ。

 体調や病状は、努力とやる氣だけではどうにもならない部分もあるけれど、諦めたらお終いというのは同じ。好くなることを信じよう。応援することしか出来ないけれど、せめてそれだけは続けよう。

 週末は、ここにある全ての折り紙を持って彼を元氣づけるためにお見舞いにいこう。千沙は、熱燗を飲み干すと、自分も下手ながらも折り鶴を折るために、箸袋を広げた。

(初出:2017年1月 書き下ろし)

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