scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】異教の影

scriviamo!


「scriviamo! 2017」の第十五弾です。TOM-Fさんは、代表作『フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス』とうちの「森の詩 Cantum Silvae」のコラボ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

TOM-Fさんの書いてくださった小説『ヴェーザーマルシュの好日』

TOM-Fさんは、胸キュンのツイッター小説、日本古代史からハイファンタジーまで 幅広く書かれるブログのお友だちです。音楽や趣味などで興味対象がいくつか重なっていて、それぞれの知識の豊富さに日頃から感心しまくっているのです。で、私は較べちゃうとあれこれとても浅くて恐縮なんですが、フィールドが近いとコラボがしやすく、これまでにたくさん遊んでいただいています。

今回コラボで書いていただいたのは、現実の某ドイツの都市の歴史と、某古代伝説、そしてTOM-Fさんのところの『フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス』の登場人物の出てくるお話の舞台に、当方の『森の詩 Cantum Silvae』の外伝エピソード(『王と白狼 Rex et Lupus albis』)を絡めたウルトラC小説でした。

いやあ、すごいんですよ。よく全部違和感なくまとめたなと感心してしまうんですけれど、それもすごくいい話になって完結しているんです。素晴らしいです。

でも、毎年のことながら「こ、これにどうお返ししろと……」とバッタリ倒れておりました。なんか、あちらの姫君が「森の詩 Cantum Silvae」の世界を旅していらっしゃるらしいので、なんとなく全然違う話は禁じられたみたいだし……。七転八倒。

で、すみません。天の邪鬼な作品になっちゃいました。TOM-Fさんのストーリーが愛と自由と正義の讃歌のような「いいお話」で、しかも綺麗にまとまっているのに、全部反対にしちゃいました。愛と正義を否定する、言っていることは意味不明、ゲストにとんでもない態度。なんというか全くもってアレです。

まあ、「森の詩 Cantum Silvae」らしいと言っちゃえば、らしいです。この世界の人たちは、その時代の枠を越えることはできないので。(象徴的に言えば、トマトどころか、フォークすらありません! 手づかみでお食事です)

TOM-Fさんの作品と揃えたのは、「ある実在する都市の観光案内」が入っていることです。この都市のモデルを知りたい方は「ムデハル様式 世界遺産」または「スペインのロメオとジュリエット」で検索してください。

そして、すみません。あちらの登場人物の従兄ということでご指名いただいた某兄ちゃんは完璧に役不足なので無視しました。せっかくなので、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続編で登場する最重要新キャラをデビューさせていただきます。登場人物を知らないと思われた方、ご安心ください。知っている人はいません(笑)

で、TOM-Fさんのところの姫君(エミリーじゃなくてセシル系? このバージョンもそういう仕様なのかしら?)も、グランドロン王国ではなくずっと南までご足労願っています。舞台は、中世スペインをモデルにした架空の国、カンタリア王国です。


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む
あらすじと登場人物


「scriviamo! 2017」について
「scriviamo! 2017」の作品を全部読む
「scriviamo! 2016」の作品を全部読む
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



森の詩 Cantum Silvae 外伝
異教の影 - Featuring「フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス」
——Special thanks to TOM-F-san


 その高級旅籠は、三階建でムデハル様式の豪奢な装飾が印象的だった。もし異国からこのカンタリアの地に足を踏み入れたばかりの者ならば、ここはいったいキリスト教の国なのか、それともサラセン人に支配されたタイファ諸国に紛れ込んでしまったのかと訝るところだ。

 これはサラセン人たちの技術を取り入れたカンタリア独特の建築様式で、その担い手の名を冠してムデハル様式と呼ばれていた。ムデハルとは、国土回復レコンキスタ が進むにつれて後退していくタイファ諸国に住んでいたムスリムたちのうち、技術の高さから残留を許された者のことである。レンガやタイル、寄せ木細工などを用いて幾何学模様を施したサラセン風の装飾が、異国にいるような錯覚を呼び起こす。

 今でこそ国土回復レコンキスタ は絶対的正義の大義名分を得、「憎きサラセン人どもを神の名において駆逐する」と言う者もいるが、そもそもこのカンタリア半島では異教徒とキリスト教徒たちは永らく共存し、交流をする普通の隣国同士であった。文化的にも技術的にも優れていたのはタイファ側であったので、キリスト教諸国の商人たちはタイファ諸国の地ヴァンダリスへとこぞって買い付けにいったものだ。

 その旅籠に本日逗到着した一行は、ムデハル様式の建築が盛んなこの街サン・ペドロ・エル・トリーコに初めて逗留したので、豪奢に隙間なく飾られた壁や柱を珍しそうに見回した。その旅籠は、彼らの暮らす王宮よりも美しく彩られているようにさえ見えた。
「なんというところだ」

 ぽかんと口を開けて、周りを見回す太った青年とは対照的に、影のように控えている男は顔色一つ変えなかった。そして低い声で言った。
「殿下。お部屋の用意が済んだようでございます。どうぞあちらへ」
「ヴィダル。お前には、この光景は珍しくも何ともないのであろうが……」

 ヴィダルと呼ばれた黒髪で浅黒い顔の男は、嫌な顔をした。彼もこの街に来るのは初めてなのだ。「異教徒だ」「モロ(黒人)だ」と陰口を叩かれるのを毛嫌いしている彼は、母親の出身を示唆する王子の言葉に苛立ちを感じた。

 その様子を離れたところから眺めていた客が「くすっ」と笑った。ヴィダルは、そちらを鋭く一瞥した。宿屋の中だというのに灰色の外套を身につけたままで、そのフードを目深に被っている。声から女だと知ったが、それ以上のことはわからなかった。

 王子の安全を氣するヴィダルに宿屋の主人は「ヴェーザーマルシュのヘルマン商会の方です。正式な書き付けをお持ちですから物騒なお方ではないと思います」と耳打ちした。

 カンタリアの第二王子エルナンドとその一行は、旅をしていた。表向きは物見遊山ということになっていたが、彼らには別の目的があった。そのために、センヴリ王国に属するトリネア侯国、偉大なる山脈《ケールム・アルバ》を越えた北にあるグランドロン王国の王都ヴェルドン、そしてその西にあるルーヴラン王国の王都ルーヴにそれぞれ嫁いだカンタリア王家出身の女性たちを訪れるつもりであった。

 王都アルカンタラを出て以来、グアルディア、タラコンなど縁者の城に逗留してきたのだが、この一帯には逗留できる城はなく、山がちながらも比較的安全で王子の逗留にふさわしい旅籠のあるこの街に立ち寄ったのだ。

 この旅籠は決して小さくはないのだが、王家の紋章の入った華やかな鞍や馬鎧を施された馬に乗ったエルナンド王子、やはりそれぞれの紋章で馬や武具を飾り立てて付き従う十数名の騎士たち、そして護衛の従卒や小姓たちが入るとそれなりにいっぱいになったので、先客たちは早めに旅籠についておいてよかったと安堵した。

 食事は二階の大食堂で行われた。従卒や小姓などの身分の低い者は別だが、エルナンド王子と騎士たちは食堂の中心にある大きいテーブルに座った。物事を一人で決めるのが不得意な王子に常に付き従う《黒騎士》ヴィダルはいつものように、宿屋の者とすぐに話が出来るように一番端に座った。

 彼の斜め前には、先ほどの外套を着たままの商人が一人で座り、食事をしていた。ナイフを扱ったりフィンガーボールで洗う時に見える白く美しい手から、ヴィダルはこの女は意外と位の高い貴族なのではないだろうかと思った。

 だが、到着してからすでに浴びるほどの酒を飲み続けていた騎士たちは、その外套姿の方にしか目がいかなかったらしい。
「変わった女だ。なぜいつまでもその外套をとらぬのだ」
騎士の一人が言うと、その女は短く答えた。
「あまり人に見せたくない容姿だから。それに女の一人旅は、用心に越したことがないでしょう」

「女というのは氣の毒な生き物だな。己の醜さに囚われて旅籠ですら寛げぬとは」
「そんなに醜いなら、一人旅でもとくに問題はないであろう」
既に酔い始めた騎士たちは、口々に女を馬鹿にする言葉を吐き、ひどく笑い始めた。

 そして、ある者は、ヴィダルの方をちらりと見ながら言った。
「醜いというのならまだましさ。この世には恐ろしい魔女もいる。その美しさで男を籠絡し理性を奪う。外見が変わることもなく、この世の者ならぬ力でいつまでも男を支配し続ける悪魔がな」

 それまで騎士たちの嘲りに反応を見せなかった女が、低い声で呟きながら立ち上がった。
「黙って聴いておれば、このわたしを悪魔扱いして愚弄するつもりか。ずいぶんと勇氣のあることだな」

 ヴィダルは、女の口調にぎょっとして、その動きを遮るように立ち上がった。
「あの男が言っているのは、この私の母のことだ」
「お前の?」

 その時飲み過ぎた別の騎士が椅子から落ちて、地面に倒れ込んだ。騎士たちがどっと笑い、小姓たちが駆け寄って介抱する間、食堂にいた者たちの目はそちらに集中した。だが、ヴィダルは未だに自分を見ているらしい女に目を戻した。

「そうだ。カンタリア国王の愛妾だ。もちろん魔女でも悪魔でもなく普通に歳もとっている。だが、愚か者は自分と見かけの違う者を極端に怖れ、冷静に観察することも出来ぬのだ」
彼の苛立ちを隠さぬ口調に、女は興味を持ったようだった。

「なるほど。お前のその肌の色は母親譲りというわけか。そうか。港街で商人たちがお前の噂をしていたぞ。カンタリアの王子に付き添うサラセンの《黒騎士》がいるとな」
「サラセンでもモロでもない。かといって、正式に呼ばれる名前にも意味はない」

「意味がないのか」
「私がもらった名前は、私の欲しかったものではない。だが、構うものか。名前は自ら獲得してみせるのだから」

 女が顔をもっと上げ、ヴィダルをしっかりと見つめた。そのためにヴィダルの方からも初めてその女のフードに隠れていた顔が見えてぎょっとした。その手と同じように白い肌に、先ほど醜いとあざけった騎士ならば腰を抜かさんばかりの美貌を持った女だった。が、それよりもわずかに見えている髪が白銀であることと、赤と青の色の違う瞳の方に驚かされた。なるほど、この容姿ならば人に無防備に見せたくはないだろう。

 女はわずかに笑うと、座ってまたもとのように食事を取り出した。おそらくこの女の顔を見たのは彼一人だったのだろう。周りは彼らの会話に氣をとめていなかった。女はヴィダルの方を見もせずに低い声で続けた。
「その氣にいらぬ名前を名乗ってみろ」

 ヴィダルはわずかに苛つき答えた。
「それを知りたければ自分から名乗れ」

「ツヴァイ」
「それは人の子の名か。その立ち居振る舞いに言葉遣い、商人などではないな」

「名前に意味はないと自分で言わなかったか。が、知りたければ聴かせてやろう。セシル・ディ・エーデルワイス・エリザベート=ツヴァイ・ブリュンヒルデ・フォン・フランク。これで満足か。名乗れ」

「ヴィダル・デ・アルボケルケ・セニョーリオ・デ・ゴディア」
ヴィダルは苦虫を噛み潰したように言った。
「インファンテ・デ・カンタリアと名乗りたいということか」
 
 嫡出子ではないヴィダルは国王の血を受け継いでいてもカンタリア王家の一員として名乗ることは許されない。愛妾ムニラを溺愛するギジェルモ一世が、せめて貴族となれるようにアルボケルケ伯の養子にしてゴディア領主としたが、彼はその名に満足してはいなかった。だが、彼は女の問いに答えなかった。ひどく酔っぱらって狂騒のなかにいるとはいえ、その場にはあまりに多くの騎士たちがいたから。

「言いたくはないか。ところで、お前は、これも食べられるのか」
女が示しているのは、この地方の名産山の塩漬け肉ハモン・セラーノ だ。その横には、豚の血で作ったチョリソなどもあり、どちらもムスリムやユダヤ人などの異教徒は口にすることが出来ない禁忌品だ。

「もちろん、食べるさ。禁忌などに縛られるのはごめんだ」
彼はそう言ったが、宿の主人は彼の前に無難な川魚料理を出した。彼は塩漬け豚を彼にも出すように改めて頼まなくてはならなかった。女がクスリと笑う声を耳にして、彼は忌々しそうに見た。

「キリスト教徒に見えぬお前はこの地では生きにくいだろうが、異教徒の心は持たぬのだから、かの地に行ってもやはり生きにくいのかもしれんな」
「生きにくい? この世に生きやすいところなどあるものか。そういうお前はどうなのだ。商人のフリをしているのは、何かから逃げているのか」

 すると女は鈴のような笑い声を響かせた。
「わたしか。逃げる必要などない。ただ自由でいたいだけだ。この旅も大いに楽しんでいる。カンタリアの酒と食事は美味い」

 強い太陽の光を浴びた葡萄から作られたワインは、グランドロンやルーヴランで出来るものよりもずっと美味で、香辛料漬けにする必要がなかった。オリーブから絞られた油は、玉ねぎやニンニクを用いた料理の味を引き立てていた。山がちのこの地域は、清流で穫れる川魚、山岳地方の厳しい冬と涼しい夏が生み出す鮮やかな桃色の塩漬け豚も有名だった。さらに、残留者ムデハルが多いため、《ケールム・アルバ》以北ではほとんど食べられていない米、ヒヨコ豆やレンズ豆、アーモンド、ナツメヤシ、シナモンなど、特にアラブ由来の食材をたくさん使う料理が発達した。それらの珍しい食材が古来の食材と融合して、独特の食文化を築き上げていた。

* * *

 
 翌朝、王子たちの朝食は遅かった。深夜まで酒を飲んでいた騎士たちと王子がなかなか起きなかったからだ。ヴィダルはまた端の席に座って静かに朝食をとった。昨夜見た女は、とっくに朝食をとったのだろう、その場にはいなかった。

「ヴィダル。今日は一日この街でゆっくりするのだから、街の名所を案内してくれるよう、宿の主人に頼んでくれぬか」
王子の言葉に頷き、彼は宿の主人に街を見せてくれる人間を推薦してほしいと頼んだ。主人は二つ返事で、彼の舅が案内をすると言った。

 それはかなり歳のいった老人だったが、貴人たちに街を案内するのは慣れているらしく、よどみのない話し方で街の名所を手際よく説明してくれた。ムデハル様式の築物は街の至る所にあり、中でもサンタ・マリア大聖堂の塔、サン・マルティン教会とその塔の美しい装飾を技法の説明も交えて要領よく説明していった。そして、彼は次にサン・ペドロ教会に一行を案内した。

「この教会もムデハル様式の装飾で有名ですが、もっと有名なのは、ここに埋葬されているある恋人たちの悲しい物語なのです」
彼がもったいぶって説明すると、王子と騎士たちは一様に深い興味を示した。彼は一行を教会内部の二つの墓標が並んでいる一画へと案内した。

「いまから百年ほど前のことでした。この街に住んでいたイザベルという貴族の娘と、アラブの血を引く貧しいファンが恋仲になったのです。イザベルの父は二人の結婚を認めず、目障りなファンを厄介払いするために、法外な結納金を設定し五年以内にそれを用意できれば娘と結婚させると約束しました。ファンは唯一のチャンスにかけて、聖地奪回の戦いに身を投じ、五年後に莫大な戦利品を得て凱旋することが出来たました。ところが、イザベルは父親にファンが戦死したと言われたのを信じて既に他の男に嫁いでしまっていました。やっとの思いでイザベルのもとに忍び込んだファンのことを彼女は結婚した身だからと拒絶せざるを得なかったのです。彼は絶望によりその場で亡くなってしまいました。そして、彼を愛し続けていたイザベルもまた埋葬を待つ彼の遺体に口づけしたまま悲しみのあまり死んでしまったのです。その姿を発見した父親と街の人びとは、深く後悔して二人を哀れみ、この教会に共に埋葬しました」

 王子エルナンドは、懐から白いスダリウムを取り出し涙を拭いた。
「なんという悲しくも美しい話であろうか」

 騎士たちもまた、それぞれが想い人たちから贈られた愛の徴であるスダリウムを手にし、悲しい死んだ恋人たちのために涙を流した。だが、ヴィダルだけは醒めた目つきで墓標を見ているだけで何の感情も見せなかった。エルナンドは、ヴィダルのその様子をみると言った。
「お前はこの話に心動かされぬのか」

「心を動かされる? なぜ、私が」
「お前と同じ、サラセン人の血を引く男が、愛する女と引き裂かれたのだ。あの娘のことを思い出しただろう」
そう王子が言うと、《黒騎士》は笑った。

「あの娘とは、どの娘のことです。私は、女のために命を投げ出し、戦い、せっかく得た名声もそのままに悲しみ死んでしまうような愚かな男ではありません」

 エルナンドは首を振った。
「すくなくとも、何といったか……あのルシタニア出身の娘のことだけは愛していたのだと思っていたのだが。他の者のようにお前が悪魔のごとく血も涙もないモロだとは思わんが、時々疑問に思うぞ。神はそもそも、お前に魂を授けたのか?」

 ヴィダルは「さあ。私もそれを疑問に思っております」と答えて、教会の内部装飾の説明をする老人とそれに続く騎士たちの側を離れた。

 老人は、奥の聖壇の豪奢な装飾について滔々と説明をしていた。
「ご覧ください。神の意に適う者たちが命の危険を省みずに聖地を奪回するために戦った勇氣、次々とヴァンダルシアを我々キリスト教徒の手に取り戻したその偉業、神の意思が実現された歓びをこの聖壇の美しさは表現しているのです」

 彼は、幾何学文様と草花のモチーフの繰り返された鮮やかな壁面装飾を見上げた。明り取りの窓から入った光は、その見事な装飾にくっきりと陰影を作っていた。

「神の意ときたか」
女の声にぎょっとして横を見ると、いつの間にか昨夜の謎の女ツヴァイが立っていた。

「お前もここにいたのか」
「この街は面白い。神の栄光を賛美するのに、敵の様式をわざわざ用いるのだから」
女はおかしそうに笑う。

 ヴィダルは首を振った。
「大昔は知らんが、今のこの国で奴らが口にする、残忍な異教徒の追放だの、神の意だの、聖地奪回だのは、本音を覆い隠す言い訳だ。実際は領土拡大と経済的な動機で戦争をしているだけだ。そこでありがたがられている死んだ男も、そうやって手っ取り早く名声を得、大金を稼いだのだ。それなのに女に拒否されたくらいで死ぬとは何と愚かな」

 女は声を立てて笑った。
「それには違いない。だが、たった一人の相手ためにすべてを投げ打つほどの想いの強さがあったのだ。真の愛が人びとの心を打つからみな涙してここに集まるのだろう」

「他人の涙を絞るだけで本人には破滅でしかない愛など何になる。欲しいものを手にすることが出来ないならば、氣高い心や善良な魂なども無用の長物だ」
ヴィダルは拳を握りしめた。女は朗らかにいった。
「では、わたしは、お前がその手で何を掴むのか楽しみにしていよう、《黒騎士》よ」

 ヴィダルはその言葉に眉をひそめて、灰色の外套を纏った女の見えていない瞳を探した。
「ツヴァイ。お前は、一体何者なのだ」

 女は笑った。
「わたしが誰であれ、お前にとって意味はない、そうだろう?」

 それを聞くと、ヴィダルはやはり声を上げて笑った。
「その通りだ。たとえお前が商人であれ、高位の貴族であれ変わりはない。神の使いや、悪魔の化身であっても、同じことだ。この出会いで、私は己のしようとすることを変えたりはせぬ」

 彼は、射し込んだ光に照らされた祭壇の輝きを見ながら頷いた。

(初出:2017年3月 書き下ろし)

ヴィダル by うたかたまほろさん
このイラストの著作権はうたかたまほろさんにあります。無断使用は固くお断りします。



関連記事 (Category: scriviamo! 2017)
  0 trackback
Category : scriviamo! 2017
Tag : 小説 読み切り小説 いただきもの コラボ

Comment

says...
執筆、お疲れ様でした。

いやあ、今年もまた、とんでもない暴投だったみたいで……ほんと、すみません。
でもさすがは八少女夕さん、やはり見事なお返しでした。

中世の旅、王侯貴族や騎士たちの姿、街の雰囲気や美味しそうなお料理、歴史的建築物の描写、そして面白いお話!
「森の詩」の世界に一気に引き戻され、夢中で読みました。
読み終えて、嘆息。やはりどの分野でも、一枚も二枚も上手だなぁと痛感。もっと精進せねば。

ムデハル建築、ググってみましたが、なるほどアラベスク模様とかがイスラム建築っぽいですね。残留したり拉致された知識人や職人が知識や技術を伝えるのって、昔はよくありますからね。日本で言えば、伊万里焼みたいなものか……。

食も素晴らしいですね。ハモン・セラーノやチョリソ、魚料理に豆類、それにワイン。スペインやポルトガル、行ってみたいです。

そこを舞台にしたお話も、すごく面白かったです。
ヴィダルの印象は、鮮烈ですね。あの出自にして、あのクールな言動。同行している王子との歴然とした人間力の差。彼が活躍するお話が、すごく楽しみです。
そして、イラスト拝見して、ぞくってなりました。どこのイケメン俳優ですか、このキャラ!
あああ、ウチの性悪姫が、こんなすごいキャラと共演させていただいて、ありがたいやら申し訳ないやら(おろおろ)
そういえば、今日は3月3日ですね。どなたかに頼んで、この二人を親王飾りにしてもらいたいです(あつかましい。笑)

八少女夕さんとは、たくさんコラボさせていただいているので、拙作のキャラの扱いも手慣れたもので、安心しています。
今回も、性悪姫らしさ全開の傲岸無比な言動の数々。そうそう、そんなこと言いそう。さすがに、よくわかっていらっしゃるなぁ。

そして驚いたのが、「醜い容姿だから隠している」、というネタ。白状しますと、私も使いたかったんですよ。でも上手くはめ込めずに断念しました。八少女夕さんが書いて下さったので、すっきりしました。

作中に紹介されている『テルエルの恋人たち』のお話、スペインでは有名な悲劇みたいですね。
ヴィダルの性格を描き出すのに、うまく使われているなぁと思いました。彼の生い立ちなら、それくらいの合理主義でないと、心に秘めた野望は果たせそうもないですよね。なんだか、『氷の宰相』あたりと意気投合しそうな気がします。
それにしても『黒騎士』かぁ。この時期、まだ彼女はそう呼ばれていないのですが、この二人が邂逅したことに、なにやら因縁めいたものすら感じます。

御作のリアルで精緻な世界に、私の理不尽かつ荒唐無稽な話を持ち込んでしまい、恐縮です。でも、八少女夕さんと、御作の懐の深さに助けられ、今回もすごく楽しいコラボをさせていただきました。
ありがとうございました。


そうそう、いまさらですが、ブログ五周年おめでとうございます。
八少女夕さんには、ずっと親しく交流させていただいていて、感謝しています。コラボも毎回、楽しくて刺激的で、いいモチベーションをいただいています。
これからもお世話になりますので、いつまでも活動を続けてくださいね。
2017.03.03 16:37 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

いや、その、なんだか、毎年謝ってばっかりなんですが、今年は特に、もう何と言っていいのかorz
もう、そちらのを読ませていただいた時点から完敗っていうか、勝ち負けじゃないんですけれど、こりゃどうやってもまともなのは返せないわとへたり込んでいました。

いや、少なくとも最初はそちらと同じ街で、フリッツで弱ければ、助っ人にギースでも投入してぐらいの対策は練っていたんですが、姫君が登場した時点で、もう誰を出しても役不足……。すみません。だって、ウチの方、あの世界で、そんな大物いないんですもの……。
なんせ主人公からして「影が薄い」「あんた降りていいよ」状態だし。
だったら、むしろ新キャラ紹介にしちゃえという姑息なパターンでした。
(最近こればっかだな、『森の詩 Cantum Silvae』は)

舞台に関しては、これなら少しは向こうを張れるかなと思ったのが、このカンタリアの世界でした。
ほら、グランドロンよりも美味しいもの食べていそうだし、建築もいい感じのものがあるじゃないですか。

本当は朝食に大好きなパン・コン・トマテを出したかったんですが、中世にトマトがなくて泣きました(笑)
ジャガイモもないからスペインオムレツことトルティーヤも出せないし、ポテト・ブラバスも出せやしない。ち。

このシリーズは、主役よりも脇役の方に強烈な個性が来るみたいで(っていうか、私の小説全部そう?!)、ヴィダルの話をしたらリアル友でこのシリーズのイラストを描いてくださったうたかたまほろさんもとても興味を持ってくださいました。やっぱり、こういう癖の強いキャラは、書くのも筆が乗ります。あ、マックスがどうとかと言うんじゃなくて、ごにょごにょ。

まほろさんに「あ、英国の俳優の○○みたいなイメージで……」とお願いしたら、もう、イメージぴったりに描いてくださったんですよ。うふふふふ。

あ、でも、こんな私生児じゃお内裏様は勤まらないじゃないですか!
やっぱり、ここは、アヴァロンでご静養中のあの公爵様に座っていただくのが一番なのに〜。
あ、我が家のお内裏様にそちらをお借りすればいいのか。でも、お雛様にふさわしいキャラがいない!
しくしく。

姫君の扱いに関しては、なんかもう、「こりゃ絶交覚悟か」というくらい無礼を働いています。
あ、でも、「醜い容姿だから……」はですね、せっかくあの姫君にいらしていただいたら、やっぱり一度は
「黙って聴いていれば、無礼な……」って、ぶち切れていただきたいという、秘かな願いを叶えていただきたくて、名もない騎士に暴言を吐かせてしまいました。TOM-Fさんにお許しがいただけて、ああ、よかった。

『テルエルの恋人たち』は、結構有名になってきたみたいですねぇ。
この当時は、まだミイラが発見される前ということで、いまのようなロマンティックな棺もなくただの墓標なんですが、たまたま、男の方に「アラブの血が入っている」という説を見つけたので「おお、これは使える!」と飛びつきました。

そして、しまった!
そうでしたよ。姫君は「エーデルワイス」のイメージが強いんですけれど、そういえば「黒騎士」でもあったんですよね。
最初の題「黒騎士」だったんですよ。人のイメージよりも街のイメージを出した方がいいかなと思って変えちゃったんですけれど、そのままにしておけばよかったなあ。「二人の黒騎士」とか。
ああ、でも、ウチのアヤツは初登場だし、TOM-Fさんのところの姫君の件はネタバレになるし。

なんだが今回は特に、いろいろとアレですみませんが、広いお心で受けとっていただき感謝です。

そして、こちらの五周年も、陰に日向にいつも助けてくださるTOM-Fさんあってこそ、です。
これに懲りずに、またコラボをはじめとして楽しい交流を続けてくださると嬉しいです。

素晴らしい作品でのご参加と、お祝いのお言葉、どうもありがとうございました。
2017.03.03 23:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
カンタリア王国ってスペインがモデルなんですね?サキとしてはヨーロッパで最も親しみを持っている国なので(単に行ってきたからなんですが)興味津々で読ませていただきました。
確かにレコンキスタを経た国土や文化は異文化同士が融合していて、本当に面白いんですよね。争いを経てはいるのですが、一方が一方を徹底的に排除する・・・なんてことはなくて上手に融合しているんですよね。
この舞台を実際に見てきてからこの物語を読めたのはラッキーだったと思います。
ヴィダルのキャラは素敵です。逆境や屈折から得たエネルギーで自分の領域を拡げていく。こういう生き方はしんどいですが、彼ならパワーが有りそうですから、自らの持つ力で進んでいけるでしょう。本編での活躍が楽しみでもあります。最後のイラストを見てなるほどと納得です。こういうキャラ、書きたいんだけぢなぁ。
そして彼ならツヴァイともなんとか渡り合えるでしょう。まともに渡り合うことは人間である限り不可能だと思いますが。
ツヴァイもとても効果的に扱われていてかっこよかったです。ヴィダルがツヴァイの容姿を目にする時の描写なんか、ちょっとドキドキしちゃいました。
そしてスペイン、じゃないカンタリアにもこんな悲劇があったんですね。知らなかったです。でもヴィダル、ファンのことをボロクソですね。感情に流されることなく合理的に最善の選択を目指すんですね。
エルナンドの言うあの娘とのあいだに何があったんでしょう。彼を大きく変えるような何かがあったのでしょうか?気になります。
ツヴァイはそんな彼に何を感じたんでしょうね。彼女には時空を越えて生きるような不思議なそして強大な力が備わっているようですから、人間に対してどのような思いを抱くのかは気になります。彼女なら彼の行く末を確認することは可能なんでしょうから。

そしていつものように、時代考証をおもいっきり気にした食べ物、制限の厳しい中かなり美味しそうに描かれています。当時は今みたいなにグルメ三昧って難しかったんでしょうけど、この国は食材が豊富なようですし、バリエーションも有ったんでしょうか、描写に夕さんの拘りを感じます。サキは日本の時代劇の中に映像で出てくる料理(武士達のお膳に乗った白酒や質素な肴など)も美味しそうに感じるのですが、ここに出てくる料理も美味しいかも、と思いました。
トマトやジャガイモが無くても、手づかみでも、それなりに美味しかったんじゃないのかな?ま、贅沢言ってもそれしか無いんですから。

「scriviamo! 2017」あと何作なんでしょうね。楽しみに待っています。

PS: あ、「現実のオフ会」ですね。サキは派遣した“先”の話を根掘り葉掘り聞いて、送っていただいた写真を見て、すっかりお三方にお目にかかった気分になっていて、ああいうふうに書いてしまったんです。すみません。たぶんサキ自身が実際にオフ会に参加することはないんじゃないかな?そんなふうに思っています。
2017.03.04 12:36 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017.03.04 13:23 | | # [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。完全に対応しているわけではないのですが、イメージとしてセンヴリが北イタリア、カンタリアがキリスト教国のスペイン、ルシタニアが独立したてのポルトガル、そしてヴァンダリスのタイファ諸国というのがアンダルシアあたりのイスラム教諸国だと思って読んでくださってOKです。

レコンキスタにもいろいろ段階があって、最初は単なる領地争いの小競り合いぐらいだったのが、他の国が大義名分を持って参加してきてからキリスト教対ムスリムみたいになってしまっているみたいですね。

ヴィダルやエルナンドが中心になる話、「トリネアの真珠」とはわけた方がいいのかなあと思っています。わかりにくくなるかなと思って。時系列では、同時進行で起こっているんですけれど、主題が全然違うので、まずは「トリネアの真珠」を片付けて、それからこっちをちゃんと書こうかなと悩んでいる最中です。

ヴィダルは強烈な性格をしていますが、まあ、ツヴァイからしてみたら洟垂れ小僧じゃないでしょうか。「いきがっている坊やだ」ぐらいに思っていらっしゃるんじゃないかなあ。ヴィダルの思考は自分に向いていますが、ツヴァイはもっと大きいものを見ているはずですし。背負っているものも全然違いますからねぇ。まあ、ヴィダルはふつーの人間だからその差も当然です。

エルナンドが「魂があるのか」といういい方をしていますが、おそらくヴィダルという人は、人の痛みを理解するといった部分が抜け落ちているタイプの人だと思います。だからファンのこともボロクソですけれど、これは、おそらくTOM-Fさんのところのストーリーで語られている「狂えるオルランド」もしくは「英雄ローラン」伝説に対しても鼻で笑うと思います。「運命の女性に出会ってしまって、人生の歯車が思っていたのと違う方向に動いてしまう」というようなことは、この人にはきっと理解できないんだと思います。だから、「あの娘」との事でも、彼自身は変わっていません。でも、理解できなくて、納得できなくて、怒った……というようなことが、新たな原動力にはなっているかもしれません。

そして、グルメですよ。もうね、グランドロンだと何を食べさせても「それ、美味しいのか?」みたいな描写でしたが、同じ中世でもこちらは美味しそうですよね。けっこう時間かかったんですよ。この時代のこの地域の人たちは何を食べていたのかを調べるのも。ハモン・セラーノがいまのような形なのかは今ひとつ確証が取れなかったのですが、少なくとも「山の塩漬け肉」的なものはもっとずっと前から食べられていたようですし、それにテルエルはハモン・セラーノの名産地なんですって。行ってみたいですね。(またそれか)

「scriviamo! 2017」は、あと一作を残すだけとなりました。最後の作品なので、氣合い入れて書いています。少し余裕ができたら、ロジェスティラの話の続きも書きたいとは思っていますが、これはもうちょっとと後ですかね。

そして、オフ会のお話は、そういうことでしたか。サキさん、以前には「旅行に行くことはないと思います」と書いていらっしゃっていたから、きっとリアルオフ会も絶対ないとはいえないかも(笑)もっとも、私が一番遠いんですよね。今度こっちでオフ会するといいのに。

コメントありがとうございました。
2017.03.04 20:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

えええ、そんな「小説の凄み」だなんて、恐れ多いお言葉を!
今回は、悩みまくった末、なぜか自己満足の塊みたいなものを出すことになってしまいました。
今回コラボさせていただいたTOM-Fさんところのキャラクターは、なんというのかスーパーウーマンなんですよ。
外見だけでなく、時代も超越しているし、スケールも違うし、それにこの世界の中で私がキャラたちに課している「当時の科学技術の制限は超えられません」な枷もないですし、本来は競演していただけるタイプのお方じゃないんです。しかも、この方、怒らせると怖いので、ヴィダルたち、こんな無礼を働いていて、本来ならまっぷたつにされても文句は言えない(笑)

ヴィダルは、とても灰汁の強いキャラですね。なんかいつもムカついていると思っていただければちょうどいいかも。
そして、感じ悪いし、当然のようにみんなから嫌われています。エルナンドはわりとのんきな王子様なので、ヴィダルのことをそんなには嫌っていませんけれど。

ルシタニア(モデルはポルトガル)出身の娘はですね。実はすでに「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」にちらっと名前だけ出てきたこともあるキャラなんです。「そんなところにいたんか」というところにいます。で、当然ながら今後はもっと頻繁に登場するようになりますので、すぐに「こやつか」とわかると思います。
ああ、早く書かなくちゃ。

本編を楽しみにしていただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2017.03.04 21:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あー、放浪の旅は良いですねー。女性の旅。
自由。
そこにはたくさんの自由。
自由の前には苦難がたくさんありますよね。
世界観もしっかりしていて旅の雰囲気を感じますね。
(⌒‐⌒)
2017.03.07 08:33 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

こちらの、今回お借りしたTOM-Fさんのキャラクターは、時代も人間の能力も全部超えてしまっている方なので、女性であっても何の問題もなく自由に旅が出来るのですよね。

それに反して、ウチのキャラクター陣は、もちろん魔法も使えませんし、貴族層とは言え中世という時代と、身分という枠といろいろとに絡めとられてなかなか難儀なようです。

中世ものを書くのは、今とはだいぶ違うことも多いので、下調べが必要ですし書くのに時間はかかりますが、その分書き甲斐がありますね。それらしさが出ていると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2017.03.07 22:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/1400-fb471149