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【小説】樋水龍神縁起 東国放浪記  鬼の栖

Posted by 八少女 夕

scriviamo!


「scriviamo! 2017」の第十六弾、最後の作品です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!

もぐらさんの朗読してくださった作品『だまされた貧乏神』

もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。朗読というジャンルは、あちこちにあるようで、自作の詩を朗読なさっていらっしゃるブロガーさんの存在はずっと前より知っていたのですが、小説なども朗読なさるジャンルがあることを、私は去年の今ごろ、もぐらさんによって教えていただきました。

去年は他の方の作品をご朗読くださったのですが、今年はもぐらさんのオリジナル作品でのご参加でした。日本の民話を題材にした作品で、もぐらさんらしい、声の使い分けが素晴らしい、ニヤニヤして、最後はほうっとなる素敵な作品です。

さて、お返しですけれど、どうしようかなと悩みました。もぐらさんの作品に近い、ほっこり民話系の話が書けないかなと弄くり回してみたり、それとももぐらさんがお好きな「バッカスからの招待状」の系統はどうかなと思ったり。

でも、最後は、もともとのもぐらさんのお話をアレンジした、私らしい作品を書こうと決めました。これをやっちゃうと、どうやってもまたもぐらさんに朗読していただけなくなるんですが(長いし、朗読向けではなくなってしまうので)、今回は参加作品が朗読だったから、これでいいことにしようと思います。

それと。実は、このシリーズの話、今年書いてなかったから、どうしても書きたくなっちゃったんです。あ、シリーズへのリンクはつけておきますが、作品中に事情は全部書いてありますので、もぐらさんをはじめ、この作品群をご存じない方もあえて読む必要はありません。自らの慢心が引き起こしたカタストロフィのために都を離れ放浪している平安時代の陰陽師の話で毎回の読み切りになっています。

まったくの蛇足ですが、「貧乏神」は平安時代の言葉で「窮鬼」といいます。そして「福の神」のことはこの作品では「恵比寿神」と言い換えてあります。


【参考】
樋水龍神縁起 東国放浪記
樋水の媛巫女

「scriviamo! 2017」について
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樋水龍神縁起 東国放浪記
鬼の栖
——Special thanks to Mogura-san


 ぽつりぽつりと雨が漏り、建て付けの悪い戸から隙間風が常に入り込む部屋で、次郎は三回目の朝を迎えた。その家は、里からわずかに離れており、馬がようやく濡れずに済むかどうかの廂があるだけの小屋で、次郎はこの家に宿を取らせてほしいと願うか、それとも更に五里ほど歩いてもう少しまともな家を探した方がいいか悩んだ。

 野分(台風)が近づいてきており、一刻も早く主人を屋根の下に案内したかったので、彼はこの里で唯一、見ず知らずの旅人を泊めてもいいと言ったこの家に決めたのだが、その判断を幾度も後悔していた。野分のせいで翌朝すぐに出立することが叶わなかったからだ。

 次郎は、出雲國、深い森に守られた神域である樋水龍王神社の膝元で生まれ育った。神社に仕える両親と同じように若くしてその郎党となった。そして、宮司から数えで五つにしかならぬ幼女である瑠璃媛に仕えるように命じられた。

 瑠璃媛はただの女童ではなく、千年に一度とも言える恐るべき霊力に長けた御巫みかんなぎ で、次郎はそれから十五年以上も敬愛する媛巫女を神のように崇めて仕えてきた。

 けれども、媛巫女瑠璃は、ある日京都からやってきた若き陰陽師と恋に落ちた。そして、その安達春昌は媛巫女を神社より盗み出して逃走した。神社の命を受けて盗人を討伐し、媛巫女を取り戻さんとした次郎は、春昌を守らんとした媛巫女を矢で射抜くことになってしまった。

 そして、媛巫女の最後の命令に従い、贖罪のために放浪する安達春昌に付き従い、帰るあてのない旅をしている。主人はいく先々で一夜の宿を乞い、求めに応じて人びとを苦しめる怪異を鎮めたり、その呪法と知識を用いて薬師を呼べぬ貧しき人びとを癒した。物乞いとさして変わらぬ心細い旅に終わりはなかった。

 時には、今回のごとく心沈む滞在をも忍ばなくてはならない。

 次郎は訝しく思った。この家は確かに貧しいが、これまで一夜の宿を乞うた家でもっとも悲惨な状態にあるわけではなかった。ほとんど水に近い粥しか食べられなかった家もあれば、火がおこせない家や、ひどい皮膚の病で直視できない者たちのところに滞在したこともあった。だが、この家にいた三日ほど一刻も早く出立したいと思ったことはなかった。

 この家には年老いて痩せ細った父親と、年頃のぎすぎすとした娘が二人で住んでいた。父親は、近くの庄屋の家の下男として朝から晩まで懸命に働いていたが、生活は苦しく疲れて悲しげであった。

 娘は、口をへの字にむすび、眉間に皺を寄せて、その庄屋がいかに強欲で情けがない者であるかと罵り、貧しいためにろくなものも食べられないとことあるごとに不満を口にしていた。

「私だって、もっといい食事をお出ししたいんですよ。でも、そんなことどうやってもできません。魚を穫りに行きたくても、こんなひどい野分では到底無理です。それに、ずっとまともなものも食べていないから、こんなに痩せて力もありません。こんな姿では婿に来てくださる方だってありはしません。世には大きいお屋敷に住み、美味しいものを食べて、綺麗に着飾る姫君もいるというのに、本当に不公平だわ」

 そういいながら、すばやく春昌と次郎の持ち物を見回し、この滞在のあとに何を置いていってもらえるか値踏みした。ろくなものを持っていないとわかると、たちまちぞんざいな態度になったが、春昌に陰陽の心得があるとわかると再び猫なで声を出し、また少し丁寧な態度になって下がった。

 そんな娘の態度に次郎は落ち着かなかったが、春昌は特に何も言わずに野分が去るのを待っていた。

 三日目の朝に、ようやく嵐は過ぎ去り、外は再び紺碧の空の広がる美しい秋の景色が広がった。空氣はひんやりとし、野分の残した水滴が、樹々に反射してきらきらと輝いていた。いつの間にか、あちこちの葉が黄色くなりかけている。何と美しい朝であることか。くすんで暗く落ち着かないこの家にやっと暇を乞えると思うと、次郎の心も晴れ晴れとした。

 馬の世話を済ませ、男に暇乞いを願い出ると、旦那様に願いたいことがあると言った。それで次郎は主人にそれを取り次いだ。滞在した部屋で支度を済ませていた春昌のもとにやってきた男はひれ伏して、娘から聞いたことがあり、お力を添えていただけないかと恐る恐る頼んだ。

「飢え死にしそうな貧しさなのに、三日間もお泊めしたんですから、私どものために一肌脱いでいただきたいわ」
おそらく娘はそう言ったのであろう。次郎はその様相を想像しながら控えていた。

「旦那様は陰陽師であられると伺いました。私どものような貧しいものが、都の陰陽師の方とお近づきになっていただくことは本来ならありえませぬし、このように貧しいのでお支払いも出来ませぬが、どうやったら私どもがこの貧しさから抜け出して幸せになれるのか、わずかでもお知恵を拝借できませぬでしょうか」

「そなたの娘は、この貧しさを何のせいだと思っているのか?」
春昌は静かに訊いた。

「はい。娘は、この家には、富の袋に穴を空け、どれほど働いても人を幸せにしないようにする鬼が棲んでいると申すのです。私は誰かそのような者が部屋にいたのを見たことはございませぬが、娘は、鬼とはあたり前の人間のように目に見えるのではなく、陰陽師のような特別な人にしか見えないのだと申します。ですから、私は是非お伺いしてみたかったのでございます」

 春昌は、ため息をつくと言った。
「それは、窮鬼と呼ばれる存在のことです。古文書には、すだれ眉毛に金壷眼を持った痩せて青ざめた姿で、破れた渋団扇を手にしている老いた男の姿で現れたとあります」
「さようでございますか。娘が申すようにそのような鬼が私どもの暮らしに穴をあけるのでございましょうか」

 男の問いに、春昌はすぐに答えなかった。次郎は主人の瞳に、わずかの間、憐れみとも悲しみともつかぬ色が浮かぶのを見た。彼はだが再び口を開いた。

「ここに、窮鬼がいるのはまことです。窮鬼を完全に駆逐するのは容易いことではありません。私がお手伝いすれば家から出すことは出来ますが、二度と戻らぬようにすることはことはできませぬ」

 次郎は驚いた。傲慢と慢心を罰せられてこのような心もとない旅に出る宿命を背負ったとしても、春昌の陰陽師としての力が並ならぬことは、疑う余地もなかった。初めて樋水龍王神社にやってきた時は、右大臣に伴われ「いずれは陰陽頭になるかもしれぬお人だ」と聞かされていたし、神に選ばれた希有な力を持つ媛巫女も彼の才識に感服していた。それだけでなく、この旅の間に遭遇したあまたの怪異を、次郎の目の前で春昌は常にいとも容易く鎮めてきた。それなのにこの度のこの歯切れの悪さはいったいどうしたことであろうか。

 瑠璃媛や春昌のように、邪鬼を祓ったり穢れを清めたりすることはできなかったが、次郎もまたこの世ならぬものをぼんやりと見る事の出来る力を授かって生まれてきた。この家は風が吹きすさび、いかにも貧しく心沈むが、禍々しき物の怪が潜んでいる時のあの底知れぬ恐ろしさを感じることはなかった。類いまれなき陰陽師である主人が、どうしてそのような弱き鬼を退治することが出来ぬのであろうか。

「わずかでもお力をお借りすることが出来ましたら、私めは幸せなのです。娘も旦那様の呪術をその眼で見れば、これこれのことをしていただいたと、納得すると思います」
男はひれ伏した。

 次郎にもこの男の事情が飲み込めた。このまま二人を何もせずにこの家から出せば、あの娘は不甲斐ない父親をいつまでも責め立てるに違いない。

 春昌は「やってみましょう」と言い、娘の待つ竃のところへ行き、味噌があれば用意するように言った。

「味噌でございますか? ありますけれど、大切にしているのでございますが。でも、どうしても必要と言うのでしたら……」
娘は眉間の皺を更に深くして味噌の壷を渋々取り出した。それは大きな壺だった。貧しくて何もないからと味もついていない粥を出したくせに、こんなに味噌を隠していたのかと次郎は呆れた。

 春昌はわずかに味噌を紙にとり包むと、父親と娘についてくるように言った。そして、竃のある土間、父親と娘が寝ていた部屋、春昌たちが滞在した部屋を順に回ると、何かを梵語で呟きながら不思議な手つきで味噌を挟んだ紙を動かしつつ、天井、壁、床の近くを動かした。それから、その味噌を挟んだ紙を持ったまま、次郎に竃から松明に火をともして持つように命じ、全員で家の外に出て、近くの川まで歩いていった。

 野分が去った後のひんやりとした風がここちよく、あちこちの樹々に残った水滴が艶やかに煌めいていた。狂ったように打ちつけた雨風で家や馬が吹き飛ぶのではないかと一晩中惧れた後に、この世が持ちこたえていて、いま何事もなく外を歩けることに次郎の心は躍ったが、足元が悪くなっていることに不服をいう娘の横で、その喜びは半減した。

 歩きながら春昌は、父と娘にこんな話をした。
「聞くところによると、かつて摂津のとある峠で老夫婦が茶屋を営んでおりました。が、どれほど懸命に働いても店は繁盛しませんでした。調べてみると窮鬼がいることわかったそうです」

「ほらご覧なさい。やはり窮鬼がいると、貧乏になるんだわ。追い出したらきっと幸せになってお金もたまるようになるわよ」
娘は勝ち誇ったように言った。

「その夫婦は、窮鬼に聞こえるようにわざと『店が流行らないので時間があって心が豊かになりますね』と言って笑い合ったそうです。それを聞いて、心を豊かにされてたまるかと、窮鬼は店にたくさんの客を送り込みました。二人はこれ幸いと懸命に働き、ますます楽しそうにしていたため、窮鬼は更に勘違いして、もっと店を忙しくしました。そのために窮鬼はいつの間にか恵比寿神となってしまい、その店を豊かにし、幸せになった夫婦は、恵比寿神を大切に祀ったそうです」

 男は驚いて言った。
「窮鬼が恵比寿神に変わることもあるのですか。それに、窮鬼が家にいるままでも裕福になれるのですか」

 春昌は、川のほとりに立つと次郎から松明を受け取り、先ほどの味噌の挟まった紙に火をつけた。味噌の焦げる香ばしい匂いが立ちこめた。彼はそれを川に流してから三人を振り返り言った。

「窮鬼は古来、焼き味噌を好むと言われています。ですから、このように味噌の香りと呪禁にて連れ出し送り火とともに川に流すのです。けれど、連れ出すことの出来るものは、また入ってくることも出来ます。おそらく焼き味噌の匂いに釣られて、近いうちに」

 あれほど大きな壺に味噌を仕込むこの娘の普段の台所は窮鬼がさぞや好むに違いないと次郎は考えた。

「窮鬼を追い出すのではなく、ともに生きることも容易いことではありませんが、天に感謝し、他人を責めずに、常に朗らかでいることで、件の茶屋のように恵比寿神に変わっていただくこともできるでしょう」

 深く思うことがある様相の父親は、それを聞くと何度もお辞儀をして礼を言い、出立する二人を見送った。娘の方は、少し納得のいかない顔をしていたが、何も言わなかった。

 里が遠ざかり、見えなくなると、次郎は馬上の主人に話しかけた。
「春昌様、お伺いしてもいいでしょうか」

「なんだ、次郎」
春昌は、次郎が質問してくるのをわかっていたという顔つきで答えた。

「なぜあの大きな壺ごと味噌を家から出さなかったのでございますか? あれでは窮鬼を呼んでいるようなものではありませぬか」

 それを聞くと春昌は笑った。
「味噌が家にあろうとなかろうと、大した違いはない」

「え?」
合点のいかない次郎に春昌は問うた。

「そなた、あの家の窮鬼を見なかったのか?」
「すだれ眉毛に金壷眼の鬼でございますか。ただの一度も……私めには物の怪の姿はいつもぼんやりとしか見えませぬので不思議はありませんが」

「次郎。それは古書に載っている窮鬼の姿だ。窮鬼はそのような成りではないし、そもそも家に棲むものでもない」
「では、どこに?」

 春昌は、指で胸を指した。
「ここだ。あの手の鬼は人の心に棲む。そして、あの家では、あの娘の中に棲んでいるのだ。父親がどれほど懸命に働こうとも、つねに不平を言い、庄屋や他の人を責め、何かをする時には見返りを求め、持てるものに決して満足しない。あのような性根の者と共にいると、疲れ苦しくなり、生きる喜びは消え失せ、貧しさから抜け出せなくなる」

 次郎は「あ」と言って主人の顔を見た。春昌は頷いた。

「味噌を川に流すことは容易く出来よう。だが、父親が我が子を切って捨てることは出来ぬ。だから、窮鬼を退治するのは容易ではないと申したのだ。あの娘が、少しでも変わってくれればあの善良な男も少しは楽になるであろう。だが……」

 彼は、少し間を置いた。次郎は不安になって、主人の顔を見上げた。春昌は、野分で多くの葉が落ちてしまった秋の山道を進みながら、紺碧の空を見つめていた。彼の瞳は、その空ではなくどこか遠くを眺めていた。

「人の心に棲む鬼は、容易く追い出すことは出来ぬ。たとえ、わかっていても、切り落としてしまいたくとも、墓場まで抱えていかねばならぬこともあるのだ」

 次郎は、主人の憂いがあの娘ではなく、彼自身に向いているのだと思った。野分の過ぎた秋の美しい日にも、彼の心は晴れ渡ることを許されなかった。

(2017年3月書き下ろし)
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comment

says... "お疲れ様でした"
執筆、お疲れ様でした。
毎年恒例の東国漫遊記……失礼、放浪記ですね。
しっかり書きこまれた古代日本の風俗、毎回楽しませていただいています。
今回の逗留先は、まあたしかに貧乏な暮らしなのでしょうけど、むしろ住人の心持のせいで鬼の棲家になってしまったということなんですね。
娘さん、春昌の言葉で気づいてくれるといいんですが、そう簡単には行かないですよね。だからこそ、いろんなドラマが起きるわけで……。
春昌の最後の言葉、彼の過去を思うと、重いですね。

そして、「scriviamo! 2017」完走、おめでとうございます。
今年もまた、八少女夕さんの底力を感じさせられました。この短い期間に、これだけバラエティ溢れる作品を相手にして一歩も退かず、ほんとうにすごいなぁと思います。
来年もまた楽しみにしていますので、ご無理がない範囲で、よろしくお願いします。
2017.03.08 15:50[edit]
says... "ありがとうございます"
scriviamo! 2017お疲れさまでした。
そしてやっぱりすごいですね。
参加された方々はもちろん、八少女さんの作品もとても素晴らしかったです。

ギリギリのギリに飛び込んですみませんでした。
しかも貧乏神の手を掴んだもぐらが滑り込みって。(^-^;
来年はもっと早い時期に決断しなければ!と反省。

八少女さんの作品がとても品のある文学で姿勢を正して読ませていただきました。
人の心は弱いものだと感じます。
それを強くするも弱くするも心持ち次第なのかもしれません。
でもそれがままならぬのも また人ですね。

ウチの貧乏神がご縁でこんな素敵な作品が生まれるとは。
楽しませていただきました。
ありがとうございました。
2017.03.08 17:42[edit]
says... ">>TOM-Fさん"
こんばんは。

なんか、年に一度はこの「東国放浪記」書かないと寂しいかなあと思ってしまって。
「樋水龍神縁起」の本編を書いていた頃には、春昌たちにはさほど思い入れなかったんですけれど、ブログでTOM-Fさんをはじめ皆さんにコラボしていただいてからずいぶんとポジションが変わってきましたね、この二人も。

書いてくださったもともとのお話が民話調でも「ほっこりいいお話系」だったのですが、それをそのままぽかぽかに出来ないのが私の困ったところかもしれません。
で、春昌が出てくるとどうもこういう暗っちいトーンになってしまうんですよね。なっちゃうんです。どうしてかなあ。
(作者が暗いからか?)

そして、今年も無事に完走できましたよ!
いやあ、年々皆さんがどんどん容赦なくなってくるので、ものすごく勉強にはなっています。
数にすると16って、週二本ペース?
そんなに書いた記憶はないんですが、毎年何とかなりますね。不思議だ。
あと十ヶ月ほげほげしようと思ったのは一瞬で、「十二ヶ月のアクセサリー」も遅れているし、「バッカス」もストック切れているし、「郷愁の丘」書き終わっていないし、いろいろとお尻に火がついたままです。

今年もTOM-Fさんには素晴らしい作品と、コメントで盛り上げていただきました。
本当にありがとうございました。
来年も、力尽きていなかったら、またやると思いますので、是非よろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2017.03.08 22:32[edit]
says... ">>もぐらさん"
こんばんは。

大変お待たせしました。
そして、労いのお言葉ありがとうございます。
みなさんからのバラエティ豊かな素晴らしい作品におんぶに抱っこという形で、この企画もう五年目です。
今年も無事に終えられてホッとしています。
私の作品は、数が多いのを言い訳にしてはいけませんが、もう、なんというか、参加者のみなさまの作品に較べると見劣りがしてしまって申し訳ないのですが、こうやってひとつ一つ書いていくことで、来年にはもう少し上手くなるかなと期待しています。

そして、参加の時期は、期間中でしたら本当に何時でも構わないのですよ。
むしろ一度にまとめてくるよりも、散けている方が私もありがたいので、お氣になさらないでくださいね。

今回のお話、ほっこり系のとてもいいお話で、それをあんな風に料理してしまって申し訳なかったのですが、無理に慣れないものを書くよりは自分らしい作品を書くのがいただいた素晴らしい作品への精一杯のお返しだと信じて書かせていただきました。

他の作品でもそうなんですけれど、私の作品の中ではスーパーマンが魔法で問題をちゃっちゃと解決してくれたりはしないです。
そのかわり、同じ目の高さで、人間の弱さや哀しみに寄り添えるようなものになるといいなと思っています。
今回登場させた親子も、この出会いやもぐらさんの書いてくださったお話をきっかけに、なんとかしていい方に歩んでいけたらいいなと思っています。

このシリーズの新しいエピソードを生みだしてくださったもぐらさんに感謝しています。

素晴らしい作品でのご参加、どうもありがとうございました。
2017.03.08 22:43[edit]
says... "こんばんは~。"
夕さん、このお話はサキの目から見ると、ファンタジーに分類されてもいいんじゃないかと思っています。勝手に思っているだけですが、夕さんは立派なファンタジー書きですよ。
平安の日本が舞台なのですが、もうほとんど空想の世界といってもいいくらい過去の世界ですし、次郎の異能は少し弱いようですが、瑠璃媛や春昌は不思議な能力も持っておられるようですし・・・。
それにしてもほっこり民話系のもぐらさんのお話をベースにして、ここまでの物語にまで膨らませられるのは、流石だなぁと思います。

サキはここに登場する娘はあまり好きになれません。それは何となく自分に似ている所があるからなんですね。あぁ、そうそう、こんな風に考えてしまう時、あるよね・・・と納得してしまうんです。そのたびに腹が立ちます。
不幸な環境が彼女の心を捻じ曲げているのかもしれませんが、彼女はどこにでもいる普通の人なんですよ。眉間に皺をよせないで笑顔で生きれば、すべてが解決するなんてことはないのでしょうが、何かが変わっていくきっかけにはなると思います。
父親も悪い人では無いようなので、彼女の変化でなにか変化のきっかけになればいいのにと思います。
でも、窮鬼は人の心の中にいる・・・
そしてそう簡単には取り除けない・・・重い言葉です。
現実はなかなか民話のようにはいかないです。

そして、「scriviamo! 2017」コンプリート、おめでとうございます。
最後にミクの物語で応募してやろうかな?なんてちょっと思っていたんですが、たくさん応募があって大変そうでしたし、なによりこれ以上夕さんにかき回されたら、もう収拾不能になりそうだったので諦めました。
でも16作品ですか?凄いです。本当にお疲れ様でした。
来年も開催してくださると嬉しいです。
2017.03.09 11:53[edit]
says... ">>サキさん"
こんばんは。

「樋水龍神縁起」本編の方は、現代の話ですが、こっちよりももっとファンタジーかなと思ったり。
ただ、なんでしょうね。霊感が強い方っているじゃないですか。あれって、ファンタジーじゃないから、そういう意味ではファンタジーというのも変かな? 
この平安時代の話も、ファンタジーというよりは当時は陰陽道って科学みたいなものだったし、陰陽寮は今でいう政府のお役所だったんですよ。一緒に天文学をやっていりするし。で、私がこの作品で書いている各種の呪術的な描写は、当時使われていた(効果があると信じられていた)儀式などを調べて書いているだけなので、少なくとも私が新しいことを創造して書いているわけではなく、ファンタジーというのは苦しいかなと。特に今回は霊感すらも関係ないし(笑)

何よりも、一般的に人氣のあるファンタジー作品と大きく違うのは、主役が人の問題だけでなく、自分の問題をも解決できない点じゃないかなと思います。基本的に、この人がやっていることは、魔法を使うのではなくて、現代の感覚で言うと心理療法か薬学の知識を使って人びとを癒すこと程度で、それ以上ではないんですよね。だから現実の当時の常識でできなかったことは、結局何も出来ないんですよね。


もぐらさんのお話をベースに、この二人の出てくる話を書こうと決めてから、少し貧乏神について調べたんですよ。一つは民俗的な貧乏神の伝承で、もぐらさんが書いてくださったようなお話の他にも、少しずつ違ういろいろなパターンがあって、どこでも時々味噌が出てくるんですね。味噌は民俗学的な貧乏神の重要モチーフみたいです。

それと同時に、貧乏神とは特定の妖怪のようなものではなく、そういうタイプの人間、もしくは、心のあり方という話にずいぶんとヒットしたんです。

「●●だからできない」は事実としてそうである場合もあるので、一概に「ほら、それだから貧乏なのよ」というわけではないんでしょうけれど、やはり、心理的な作用、私がよく触れる「言霊」的なものごとの動き方もあるんじゃないかなと思うんです。「幸せになる」「今も幸せである」というプラスの感情を持つことは、状況を上向きにするなんらかの力があるんだと思うのですよ。

おまじないのプラセボ効果でもなんでもそうだと思うんですけれど、とにかく「いける」と思い込むことと「どうせ、でも、だって」で後ろ向きに何もしないでいることの間に、少しずつ差が生まれてくるってことなのかなと思い、こんな作品に仕上げました。

ただ、簡単に「わかっている人が上から目線で諭す」的な話にしたくなかったんですね。春昌自身の心の中の鬼は、貧乏神どころではない大物で、彼は知識や能力もあるんですが、それは全然役に立たないんですね。そんな人が、「お前の態度を改めよ」と言うのはいかにも虚しい。そんなこんなでこうなりました。

春昌の方は、人生の終わりまで決まっているのでどうにもなりませんが、父娘の方は、もしかすると、少しずついい方に行くかもしれないと、私は少し楽観的です。

「scriviamo! 2017」無事に終了しました。
サキさんにはトップバッターでご参加いただき、ありがとうございました!
ミクの話をひっかき回すのは「scriviamo!」以外でもできますけれど(笑)それ以前にアントネッラの方をまた改めて書かなくちゃと思っています。
16作品といっても、それほど多かったという印象はなくて、夢中なうちに終わってしまいました。
全ての作品を読んでくださり、さらに皆勤でご参加くださり本当にありがとうございます。
来年も力尽きていなかったらまたやりたいと思っていますので、その時はどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2017.03.09 20:37[edit]
says... "しみじみ^^"
「東国放浪記」だ! 春昌だ!と、飛びつきました。
このシリーズ、とても好きです。
数行読むだけで心は平安の時代にトリップ。
「樋水龍神縁起」は気になりながらもまだ読めていないのですが、そこに出て来る方なのですよね、春昌。それなのに本当に、これだけでシリーズ化できそうな完成度です。
今回のお話も、とても胸に響きました。
貧乏は人の心を貧しくすると言いますが、きっとこの娘に富を与えても、豊かに潤う事は無いんだろうなあ。春昌が、憂う気持ちが分かります。魔を退治することはできても人の心は変えられない。

文章の流れも素晴らしいし、こういう短編を朗読されたら、聞き惚れるでしょうね。
本当に今回も素敵でした。
そして、「樋水龍神縁起」の重要シーン(ですよねきっと)をダイジェストで読めてしまったことも嬉しかったです。これはすごい大作なのだろうなあ。

最後に。scriviamo! 2017完走、おめでとうございます!今年もどれをとっても素晴らしい作品ばかりでした!絶対に誰にも(プロにだって)真似できないイベントです><
まだ読めていないものもありますが、少しずつ追わせていただきますね^^
2017.03.11 00:41[edit]
says... ""
人の心に鬼は住む。
・・・・ってことなんですかね。
あ、いや、私はそういう風に解釈したわけで、
夕さんが言いたいのは違うのかもしれない。。。。

ここで言ったかどうか定かではないのですが。
イギリスではエクソシトという職業。
要するに浄霊などする職業は保健医療の適用になっているんですよね。
もっとも、保険適用されるエクソシストは国内に
10人いるかどうかぐらいらしいですが。

陰陽師も保険適用になって、
それで救われる人がいたらいいなあ・・・。。。
…と思います。
医療だけで人を救うのは限界があります。
2017.03.11 08:04[edit]
says... ">>limeさん"
こんばんは。

あ〜、楽しみにしていただけるのって嬉しいなあ。
ストーリーの先行き暗いだけでなく、本当に自己満足の平安ワールドなんですけれど、どういうわけだか時々無性に書きたくなるんですよ。

「樋水龍神縁起」本編は、この千年後の現代の話で、平安時代の春昌と瑠璃媛と次郎が出てくるのは本当に一瞬だけなんです。
それが断片小説としてこのブログにも掲載している部分で、この物語にリンクとして貼付けあるところです。でも、もぐらさんがこの話をご存じないので、今回はその顛末をこの物語の中に押し込みました。

春昌は、「シン・ゴジラ」じゃないですけれど、私の中では「こういう風に考えて行動するor出現する」パターンが五形態あって、「東国放浪記」のは第二形態ですね。第一形態は瑠璃媛が死ぬまでで、出自コンプレックスと自惚れと傲慢とのミックスでかなりやなヤツでした。第三形態(途中の生まれ変わり)は設定だけで話は全くなく、第四形態が「樋水龍神縁起」の主人公である新堂朗、第五形態は続編「Dum Spiro Spero」にちらっと出てきますがもはや人間じゃないです。が、それはどうでもいいですね。

「衣食足りて礼節を知る」っていうように、確かに貧しいと心も貧しくなりますが、でも、自分から心の貧しさを呼んでしまう人も確かにいるんですよね。人の心を変えるというのは本当に難しくて、叱ったり助けたりしても、結局は本人が変わろうとしなければ周りはどうすることも出来ないし、実は本人も変わろうとしても変わることができないこともある、その悲哀はありますよね。

春昌は自分でそれをよく知っていて、過去のことを反省して行動も生き方も大きくは変わっているんだけれど、それでも心の奥底にある自らの鬼をどうしても取り除けないんですよね。それがこのストーリーの一番底辺にあるので、どうやっても毎回なくとなく暗い話になってしまいます。とはいえ、それも含めてほかのノーテンキなストーリーとは違う平安情緒を描き出すのが目標です。

「樋水龍神縁起」本編は、世界観はひとつなんですが、「全然違う話だ」と驚かれるんじゃないかしら。ものすごく氣張って書いて、「これ書き終えたらもう書くことなくなるかも」と思った話ですが、なくなりませんでした(笑)長いだけでなく、ありがちモチーフから始まっていて「なんだ?」と思われそうですし、そのわりに「衝撃のラスト」とよく言われますし、もしかしたらあちこちでドン引きされる内容を含む小説ですが、当分別館に置いておきますので、もしその氣になられましたら……。

「scriviamo!」今年も無事に終わりに漕ぎつけることが出来ました。limeさんをはじめ、体調が悪かったりメチャクチャお忙しかったりしたにも拘らず、読んで応援してくださった皆さんのおかげでモチベーションをここまで保つことが出来ました。

みなさんが毎年クオリティとハードルをガンガンあげてくださるので、冗談ではなく青息吐息ですが、これをやらないとたぶん私の成長はないだろうとまで思っています。それに、素晴らしいイラストを描いていただいたり、ものすごい作品をこれのために用意していただいたり、主催者本人が毎回驚きとワクワクでいっぱいなのです。

また来年もご参加と応援いただけたらとても嬉しいです。

コメントと労いのお言葉、ありがとうございました。
2017.03.11 21:01[edit]
says... ">>LandMさん"
こちらにもありがとうございます。

あ、全然違っていません、そういうことです。
「貧乏神」ってそういう「何か」を退治して外に出せばOKということではなく、心がけというか心のあり方から常に悪循環になっていく、そんな話です。

イギリスって面白いですよね。幽霊のいる不動産は値が高くつけられるとか、なんか悪魔や幽霊がいるものと公式に認められているところがあって。たしかバチカンにも公式の悪魔払いがいたはずですが、まあ、日本ではそんな事を言ったら笑われて終わるでしょうね。

医療だけで人びとを苦しみから解き放つのは確かに無理があって、悪魔払いはともかく、もう少し広い範囲で心と身体のケアに対して保険が適用できたりするといいですよね。もっとも日本の保険の適用範囲はスイスより広いですよ。歯医者に健康保険が効かないスイスです(笑)

コメントありがとうございました。
2017.03.11 21:12[edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017.03.13 13:28[edit]
says... ">>鍵コメC様"
こちらにもありがとうございます。

その通りでございます。
「樋水龍神縁起」の本編のラスト「春、青龍」の終わりまで、朗はこの自分の中の鬼を上手く処理できないでいたんですよね。
さすがに第五形態になったら、もうそういうものとは無縁になったようですが。

実を言うと、本編を執筆していた時には、春昌と朗をけっこう分けていて、心の中では朗の方に理想を重ねて美化して、逆に春昌の方は「駄目なヤツ」扱いしていました。それでも、時おり朗の方の表面にも出てくる「鬼」の部分がとても大切なモチーフになっていたんですけれど、最近は春昌=朗がきちんと融合していて、第一形態の物語も、第二形態の物語も書けるようになってきました。といっても、本編以外で第一形態のことを書いたのは、外伝カテゴリーに置いている「桜の方違え」だけですけれど。

窮鬼=貧乏神については、このストーリーを書くにあたっていろいろと調べたんですが、結局民話的な貧乏神は別として、心のあり方が貧乏を呼んでしまうというという説明がとても多かったんですよね。

春昌は陰陽師ですし、霊や鬼などを「見える者」という設定ですが、基本的にファンタジーの魔法使いのような「呪文一つで何でも解決!」みたいな立ち位置にはしたくないので、この「魔法とは関係ないじゃん」な話は願ったりでした。それ以外にも、薬学の知識を利用したり、一般人には使えないサンスクリット語や天文学の知識なども含めて、当時の陰陽道や陰陽寮などで実際に使われていた手法や呪術をメインに書いていこうと思っています。旅の終わりの「のたれ死に」は決まっているので、それまでの過程をどう書けるかがポイントだよなと思っています。

これからも、彼の贖罪と同時に内なる鬼を持て余す旅を応援していただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2017.03.13 22:52[edit]

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