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Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(3)動物学者 - 1 -

タイトルにもなっている《郷愁の丘》という地名は、イタリアのポップグループ、マティア・バザールの歌「Amami」の邦題からイメージして命名しました。かなり年長の方でないとご存知ではないと思いますが、ずっと昔に三菱ギャランという車のCMにこの曲が使われていて、日本で発売された時の邦題は「郷愁の星」というものだったのです。イタリア語の歌詞そのものには、一度も「郷愁の星」という言葉は出て来ないのですが。この歌のイタリア語の歌詞からイメージしたモチーフは、この作品のあちこちに散りばめられています。

という話はさておき、第三回目「動物学者」です。長いので三回に分けます。こうやって分けていると、全然終わらないような氣がしてきたけれど、しばらくこれで行こうと思います。もしかしたら途中から巻くかもしれませんが……。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(3)動物学者 - 1 -

「お疲れじゃないですか」
ジョルジアは、訊いた。彼はモンバサにジョルジアを迎えに来てマリンディから往復しているので、既に四時間も運転しっぱなしだった。これから四時間再び運転して、こんどはツァボ国立公園内のマニャニまで行かなくてはならない。

 彼は穏やかに微笑んだ。
「慣れていますから。この辺りで運転するとなると、たいていこんな距離になるんですよ」

 スコット博士と二人では絶対に行かないと泣き叫んだメグは、結局、二十分も立たないうちに彼の愛犬ルーシーにもたれかかって寝てしまったので、ジョルジアは再び助手席に座って彼と静かに話をすることになった。

 道は舗装されているものの、状態はよくなかった。アメリカの都市部であればおそらく三十分もあればついたのではないかと思われる距離を、ランドクルーザーは二時間近く使って走っていた。海岸部を離れ、森林部を抜けた頃になって、ようやく空氣が乾いてきた。モンバサやマリンディは興味深いところだったので、ほとんど何も見ないまま去ったのはある意味残念だったが、あの猛烈な湿氣と暑さから解放されたことに、ジョルジアはほっとしていた。マラリアの恐怖も去ったのだろう。

 広大な赤茶けたサバンナの間に時おり現れて、休憩と給油を繰り返す小さな街をジョルジアは見回した。カラフルな建物と看板。アルファベットで書かれているが、スワヒリ語の固有名詞で占められている。そして、半分はアラビア文字だ。特に東部はイスラム教徒が多いので、街ごとにモスクが目立つ。異国にいるのだと強く印象づけられる景観だ。

 癖の強い英語を話す黒人たちは、白人が乗っている車に給油する時に必ず法外な値段をふっかけてくる。スコット博士は穏やかに彼らと交渉して相場の値段を払っていた。これはこの人たちの日常なのだとジョルジアは思った。

 人種のるつぼであるニューヨークの、比較的有色人種が多い地域に住むジョルジアは、親しい友達であるキャシーをはじめとして多くの黒人たちを知っていたが、白人たちと比較してつきあうのにエネルギーを消耗すると思った事はなかった。だが、ここでは全てがニューヨークとは違う。人種差別や人類愛とは関係ないのだ。

 スコット博士が、彼らに対して怒ったり悪態をついたりしない事に、ジョルジアは強い印象を受けた。二年前にジョルジアたちを連れて回ったリチャード・アシュレイは五分に一度は悪態をつくか、冗談を交えながらも不平を漏らしていた。今も状況がわかる度にジョルジアはまたかとため息をつきたくなるのだが、対応している彼自身は繰り返されるジョルジアにとっては試練とも言える状況を黙々と受け入れていた。

 このように、氣候も人びとも文化風俗も違う国で、先祖はヨーロッパから来たという人びとは一種独特のテリトリーの中に生きていた。植民地時代には宗主国から来た彼らは特権階級でアフリカ大陸を根に持つ人びとを奴隷や家畜のように見下して快適な暮らしをしてきた。国が独立し政権が黒人たちの手に渡ると、あからさまな支配は終わったものの私有地の権利やその他の経済的優位性が残ったために、あいかわらずプール付きの豪邸に住む白人と貧しい黒人という構図は消えていない。

 現地で生まれた二世三世以降の白いアフリカ人たちは、今も独特のコミュニティを形成している。そこにあたらしく移住してきた白人たちも加わる事が多い。中には、そういった白人ムラを嫌い、現地の黒人たちの中に一人飛び込む人もいるが、そのまま上手く受け入れてもらえる、もしくは本人が欧米社会とはかけ離れた観念を持つ部族の生活に順応する事はまれで、大抵は失意のうちに欧米に戻る事になる。

 ヘンリー・スコット博士は十九世紀に移住したイギリス人の血を引いているが、自己紹介をする時には「ケニア人です」と言った。ジョルジアが彼と知り合ったのは二年前で、マサイマラ国立公園の近くで撮影をした時に、オーガナイズしたリチャード・アシュレイが連れてきた。

「彼はヘンリー・スコット博士といって、大学で講師もしている動物学者です。サバンナの事をよく知っていてマサイ族との交渉も慣れているんで来てもらいました。普通の観光なら僕一人でも問題ないけれど、子供たちを撮影するなら、マサイ族の長老と交渉しなくちゃいけないんです。で、こればっかりは彼がやった方が成功率が高いんですよ」

 口から生まれてきたようなリチャードよりも交渉のうまい人とはどんな人かと思ったが、スコット博士はまったく弁が立つ人間ではなかった。そうではなくて、長年の付き合いから、彼はマサイの長老たちに信頼されていたのだ。

「彼の本来のフィールドはツァボ国立公園のあたりなんですが、マサイマラでも、アンボセリでもマサイ族の連中と知り合いになっているらしいんです。白人たちの共同体では名前を知らない人もいるくらいに目立たない存在だというのに。パーティにも全然顔を出さないし」

 リチャードがそう話を振ると、当時彼は言葉少なく答えた。
「マサイ族の長老と酒を飲んでゴシップの交換するためににいっているわけじゃない。研究のことで話さなくてはいけないことがあるから。彼らは僕らの知らない事をたくさん知っているんだ」

 ジョルジアが、この人は私の同類だと初めて思ったのは、二年前に出会ったこの時だった。
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Comment

says...
スコット博士の良さが伝わる回でした(^^)
不得意も多そうな方ですが、器が広くて素敵だなぁと♪

しかしランドクルーザーはやはり海外で重宝されているんですね!
噂どおり。笑
2017.04.12 04:21 | URL | #- [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。
八少女夕さんの小説は読みやすいので、一回が長くても大丈夫ですけど、今の分量くらいがむしろテンポがいいような気もします。

さて本編。
メグ、グッジョブですな(笑)
グレッグが黒人社会に溶け込んでいるというのが、じつは貴重なことなんだと、あらためてよくわかりました。植民地時代にできてしまった深い溝は、なかなか埋まらないんですねぇ。
パーティなどの華やかな世界に居場所が見つからず、サバンナやマサイ族たちの中にいるのが似合う、か。ジョルジアもグレッグも、同じ種類の人間をきっちり嗅ぎ分けた、ということですね。
2017.04.12 10:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
どのように呼んだらいいのかわかりませんが、アフリカには“本来のアフリカ”とは別に“上書きされたアフリカ”というような社会があるということなのでしょうか?
グレッグは“上書き”の方では不器用にしか生きられないのに、“本来の”の方ではすっかり溶け込んでいるようです。それは彼の本質が“本来の”では見抜かれていて、受け入れてもらえている・・・そんな気がします。
それがそのままジョルジアにも当てはまるとは思えませんが、彼女はグレッグとの相性もいいみたいなので“本来の”の方にも溶け込みやすいかもしれませんね。
グレッグがガソリンの値段交渉をする様子、読んでみたいなぁ・・・。
そんなことを考えながら読ませていただきました。
2017.04.12 13:34 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

私の小説によく出てくる「全然キラキラじゃないけれど精一杯生きている小市民」の典型ですかね。
ちょっとでも読者の方にいい点が伝わって応援してもらえると嬉しいですね。

ランドクルーザーは、重宝されてますよ。
もっともちょっと小金のある方は、ランドローバーに乗りたがります。
そしてお金に困った事のない方は「ふ。当然レンジローバーでしょ」になるそうです。
でも、ランドクルーザーの方が故障が少ないみたいですけれど。

グレッグは、全然お金がない人ですし、ステータスには興味もない事なので、ちゃんと手入れしてランドクルーザーを大切に乗っているという設定です。

コメントありがとうございました。
2017.04.12 22:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

この話、今年中に完結させて、さっさと「続編を完結させる詐欺」の解消に着手しなくちゃいけないんですけれど、でも、書けていないのを誤摩化すにはこのくらいの字数で小出しにした方がいいのかもとか、いろいろと姑息な事を考えているのですよ。

そして、メグですが、さっさと寝てくれてありがとう(笑)
この子は本当にいい子です。この後もさっさと舞台から退場してくれて。

グレッグは黒人社会に溶け込んでいるまでは行っていませんね。白人社会からは浮きまくっているというか、存在を認められていないんですけれど。主に国立公園などの野生動物と共存しているマサイ族のところに行って、調査の協力をしてもらっているのですが、もちろんよそ者の白人ですのでお仲間と認められるほどまでは行っていません。それに黒人社会にもいろいろとあって、グレッグは行政や大学など本人の出世に関わるような地位にいる黒人と仲良く出来るようなタイプではないところが……(以下省略)

ケニアに限らず、黒人対白人というような単純な対立構造だけでなく、部族間であったり、欧米から移住してきた世代の違いであったり、ケニアにはイスラム教の影響が強いのでそうした宗教間の問題であったり、もっと複雑な問題があるんですけれど、あまりそういう複雑さを正確に伝える事にこだわると、主題が伝わらないのでかなり端折って書いています。日本からは地理的にも文化的にも遠いので、そのあたりの伝え方はちょっと悩みどころですよね。

ジョルジアは、パーティ嫌いではグレッグに大共感です(笑)

コメントありがとうございました。
2017.04.12 22:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あれ、大阪は暴風雨で散っちゃったらしいですが、神戸は大丈夫でしたか。それは何よりです。

さて、アフリカの構造はとても複雑で、TOM-Fさんへの返信でも書きましたけれど、もともとのアフリカの上に白人による上書き、というような二重構造ではなくて、もっとまだらでミルフィーユのような感じだと思ってください。日本が単一民族(に近い)ので「日本人」VS「外国人」で話ができるのとは違うのですよね。

ただ、なぜそういう事を細かく書かなかったのかということですけれど、あまりそういう事を細かく書いてもこの話のテーマには関係なくて、混乱するだけだからなんです。

という事は別にしても、実のところグレッグは本来属しているはずのところ(白人社会や学会)からは浮きまくっていますが、そうでないところ(ここではマサイ族やキクユ族などの黒人たちの世界)に馴染んでいるわけでもありません。他の白人たちよりは……という程度なのです。

これって、思うんですけれど、リアルが充実しまくっている人は、近所の犬猫と戯れる時間はないので例えば猫集会を観察しているようなことはないけれど、閑人が猫集会を眺めていたからと言って、その人が猫社会に受け入れられているかというと、そもそも人間なんだから無理、という感じに近いのかなと思います。

ジョルジアは、リアルは全然充実していないので、猫集会につれていってもらって一緒に眺めるかも(笑)

ガソリン交渉の話はもう出てきませんが、そのうちにどこか外伝かなにかで再現するかもしれません。

コメントありがとうございました。
2017.04.12 23:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
アフリカの風土、特に有色人種と白人の関係性を、物語を通して感じることが出来ました。
ニューヨークのそれとはまた違い、歴史の根深さが伺われますね。
そんな中にあって、グレッグの人柄はジョルジアにはとても独特で、印象的だったのですね。
よくぞ出会ってくれた。こういうのが運命の出会いなんだなあと、素直に感じられます。
日本を出たことが無いと、こういう人種的、そして宗教的な壁、差別などにとても疎くなります。
そうやって平和にのんびり生きられるのは幸せだなあと思う反面、やっぱり知っておくべきなのだと思う気持ちも……。
夕さんの小説はそう言う意味でも、どんな柔らかい物語の中にも聡明さと凛々しさを感じさせます。
肌で感じ取って来たものですよね。うらやましいです。

と、言う訳で・・・この二人の今後を楽しみにしています(*´ω`*)
2017.04.14 01:30 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

正直言って、物語の進行からは黒人だ、白人だというのはほとんど関係ないのですけれど、ただ、なんだろう、日本のサファリパークに行ったのと変わらないように書くのもなんだかなあと思ったんです。その一方で、あまり関係のない事をくどくどと書き込むと、ただでさえ華やかさのないストーリーが意味不明な域に行ってしまうので、必要最小限にして、だから、かなり単純に書き込んでいますが、本当はもっと複雑に入り組んでいる事情があるんです。このあたりのバランスのとり方は、毎回ものすごく悩みます。そのわりに出来上がるとこんなですが。

日本では身近に人種や民族が混在しない世界に生きている方が多く、わりとこの手の問題を単純化して理想主義的に捉える方が多いのかなと思います。その大きな違いに翻弄された事がない状態の方は「人類皆兄弟」のようになるの普通ですが、その場に身を置いてどんな風なリアクションになっていくかは、いい悪いではなく、単純に性格の違いが出るんですよね。

ただ、グレッグの場合は、私にとっての理想的な人物だからこういう言動になっているわけではないのです。むしろ彼なりのコンプレックスや弱さの方から来ているということになっています。

ジョルジアは、彼にものすごく注目して、好印象を持つのですが、そのベクトルに向かうのはおそらくそれは彼女ひとリだと思います。他の人から見ると「ものすごくダメなヤツ」とは思われないでしょうが、まず存在を認識してもらえない可能性の高い人です。関西風に言うと「オモロくないヤツ」なんですよね……。
私の小説には多いパターンですけれど「蓼食う虫も好き好き」的な話だと思います。

まだ状況の説明的な部分ですけれど、そろそろ本題に近くなっていきますので、もう少々辛抱していただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2017.04.14 20:05 | URL | #9yMhI49k [edit]

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