scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

あの日から一年

3月11日がやってくる。
あの日、私はもちろんスイスにいた。普段、勤務中は一切の私用を許さない社長が、わざわざ私を呼んで「日本に大きい地震が起こったらしいよ」と教えてくれた。私は、事の大きさを理解していなかった。「地震なら数日前もありましたし」
だが、ニュースの伝え方は尋常でなかった。巨大津波が来るという不正確な情報があり、震源がわからなかったので東京の母に電話したら、まったく通じなかった。姉も、姪も。
結局、家族全員が無事で、単に出先で帰宅難民となり、携帯が通じなかっただけとわかったのは、終業時間も近い頃だった。
翌日、土曜日、夫と一日テレビの前で、日本の映像を見ていた。とんでもないことが起こっている。本当に認識したのは、あの日だったと思う。

ハイチの大地震の一年後に、まだ瓦礫が山積みになっているのを見て、私たちは「あり得ないよね」と話し合った。日本ではそんな事はないと、思っていたから。
阪神大震災の後、たった一年で見事に姿を変えた神戸を見ていたので、「一年経ったら、きっとみんな片付いて、前を向いて行けるように変わっているはず」そう願っていた。震災当日の人々の行動や、ボランティアや募金にかける人々の情熱を見て。だから寄付もした。祈りもした。同じように復興に参加したくて。

でも、そんな簡単な事ではなかった。

瓦礫の受け入れ先になるかどうかで、自治体がもめている。まだたくさんの被災者の方々が、まともな暮らしに戻れていない。事故の起こった原子力発電所も、終息とはとても言えない状態で、人々は不安と悲しみと疑心暗鬼の中で逃げ場もなく暮らし続けている。

遠くにいる私たちはなんとでも言える。その事が、日本列島にいながら、一年経っても、元通りの日本になっていない事を見続けている人々をいらだたせる事もわかっている。だが、善意でも忍耐でもどうにもならない日本の状態は、私の心を重くする。HIROSHIMA以上に有名になってしまったFUKUSHIMAという地名に象徴される運命があるにもかかわらず、経済と利権を優先させるおかしな政策を許してしまう国民の奇妙な寛容さに、歯痒さを感じる。

そんな弱い国ではないはずだ。そんな情のない国ではないはずだ。そう思いつつも、私がここでできるのは結局見ているだけ。日本にいる多くの人たちと同じ。自分の中に不甲斐なさを感じる。たぶん3月11日がめぐってくる度に、そう思い続けるのだろう。

一年経って風化しつつある想いを新たにしたい。まだ東日本大震災は終わっていない。私も再び祈りと支援を新たにしよう。
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