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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと孔雀色のソファ

月刊・Stella ステルラ参加の二回目です。チルクス・ノッテの他の仲間達が、少しずつ顔を揃えます。今回登場するのはライオン使いのマッダレーナです。今月は、ハロウィンスペシャルでもう一本発表します。そちらはハロウィン当日の水曜日に発表しますね。
月刊・Stella ステルラ 11月号参加 掌編小説 連載 月刊・Stella ステルラ


あらすじと登場人物
「夜のサーカス」をはじめから読む




夜のサーカスと孔雀色のソファ

夜のサーカスと孔雀色のソファ


 暗転していた舞台が次第に明るくなる。円舞台の中央に緑色の何かが見える。明るくなるに従って、それが大きなレカミエ・ソファである事がわかる。滑らかなマホガニーの枠組みで薄緑地に鮮やかな孔雀色のペイズリー柄が浮き出ている豪華なものだ。ソファの曲がり足は獅子の前足の形になっているに違いないが、それを確認しようとする観客はいない。なぜならば、その足元に、本物の雄ライオンが寝そべっているからである。

 ソファの上も空ではない。なめかましい曲線を描いて女が横たわっている。光り輝く鱗のような孔雀色のドレスを身にまとい、黒い肘まであるシルク手袋をして、スリットからはみ出た長い足を組んでいる。観客からは女の顔は見えない。ただ、黒いシルクハットが見えているだけだ。

 女はシルクハットで顔を隠したまま、ゆっくりと8センチヒールを履いた足を高く大げさに交差させて、ライオンの前に立ち上がった。後ろを向くと左手に持った帽子をゆっくりと頭から外した。ストロベリー・ブロンドの豊かな髪が大きく開いた背中にはらりと流れ落ちる。右手がシルクハットから黒い鞭を取り出す。女が振り向き、鞭が空氣を切り裂いて振り落とされると、舞台に壮大なオーケストラのメロディが流れる。ライオンがそれを合図に立ち上がり、ソファに飛び上がって後ろ足だけで立ち上がる。《ライオン使いのマッダレーナ》の登場だ。

 ローマから始まった新しいシリーズの興行は、マッダレーナの再デビューと言ってもよかった。チルクス・ノッテがまわってくる度に来る観客の多くが、すでに《ライオン使いのマッダレーナ》の演技を目にしていた。彼女は、五年もチルクス・ノッテに属していた。だが、彼らは、かつて見たライオン使いの女と、今ここに現われた美女とが同一人物だとは簡単にはわからなかった。それほど、彼女のイメージは変わっていた。

 前回までの興行には、花形スターのブランコ乗り、ジュリアがいた。チルクス・ノッテの女帝は、自分よりも若く美しい女が脚光を浴びて賞賛を受ける事を頑強に拒んだ。マッダレーナは、薄化粧に灰色のつまらないパンタロン姿、シニヨンにしたひっつめ髪で、大した工夫もなくライオンに芸をさせる事しか許されなかった。
「この演目の要はライオンでしょ? あんたが目立っちゃ意味ないじゃない」

 けれど、ジュリアが引退し、チルクス・ノッテには新しい花形スターが必要だった。団長夫人となり、興行の収入が財布の厚さに直接影響するようになったジュリアもそれは認めざるを得なかった。そして、新米のブランコ乗りのステラには、新しいスターの役割をこなすのは到底無理だった。そう、どう考えても二十四歳のマッダレーナ以外に考えられなかった。彼女は、碧とも翠ともつかぬ、ガラス玉のような瞳を持っていた。柳のように細く形のいい眉、口角の上がった下唇が厚いなめかましい口元。妖艶で強烈な個性を持った女盛り。ライオンの陰に隠しておく必要などないのだ。

 さあ、私を見て。これが本当の私なの。マッダレーナは、これまでは禁じられていたセクシーな歩き方で舞台を横切る。マッダレーナの美しい動きに合わせて、雄ライオンは舞台を自在に飛び回り、逆立ちをし、玉乗りをした。マッダレーナはレカミエ・ソファの艶やかなマホガニーの肘掛け枠をなめかましい手つきでなで、その後ろから黒く長いキセルを左手に持って取り出す。天上から大きな輪がゆっくりと降りて来る。マッダレーナは長い仕掛けキセルを近づける。火種が輪に乗り移り、あっという間に焔が広がる。ライオンは、彼女の大切なヴァロローゾは、マッダレーナの凛とした鞭の音に合わせて、勇猛に火の輪をくぐってみせる。男の観客はその官能的なショーに、女と子供たちはライオンの見事な動きに大喝采を送る。新たなスターの誕生だった。

 マッダレーナは、ケニアで生まれ育った。彼女の父親が「アフリカの日々」に憧れて、マサイ・マラでライオン・ファームを経営する事にしたからだ。彼女は子供の頃からライオンの間で育った。まるでヨーロッパの子供たちが大きな飼い犬と仲良くするかのように、ライオンたちに囲まれて育った。一番仲が良かったのは、スワヒリ語で《勇者》を意味するジャスィリと名付けられた雄ライオンだった。彼は名前にふさわしく勇猛で美しかった。マッダレーナはジャスィリに抱きつき、背中に乗りその手から食べ物を与える事が出来た。

 しかし、彼女の幸福な少女時代はある日いきなり終わった。他ならぬジャスィリが父親と母親に襲いかかり、かみ殺してしまったのだ。突然、孤児になったマッダレーナはイタリアに戻る事になった。親戚の家をたらい回しにされたあげく、孤児院に預けられた。やがて自活して生活する事を強制されたとき、マッダレーナが選んだ職業は「ライオン使い」だった。それはとても自然な選択だった。というよりは、マッダレーナに出来るまともな仕事は、他にはなかったのだ。

 8年間、マッダレーナは何匹ものライオンを飼育した。しかし、ヴァロローゾほどしっくり来るパートナーははじめてだった。奇しくもジャスィリと同じく《勇者》を意味するイタリア語を名に持つライオンは、マッダレーナが遇ったどの人間の男よりも逞しく、精悍で、勇猛だった。

 ヴァロローゾは鞭など怖れていなかった。その証拠に、マッダレーナ以外の誰が鞭を振るっても、前足を上げたりなどしなかった。それどころか、反抗的で冷たい目を向けて唸る。鞭を振るった人間は、あわててマッダレーナの陰に逃げ込むしかなかった。彼は、自分の意志でマッダレーナに協力しているように見えた。彼女の演技にあわせて、前足を掲げ、ソファに駆け上がり、そして火の輪をくぐる。求めるのは、マッダレーナの信頼と、日々の丁寧な毛繕いだけ。ヴァロローゾは、マッダレーナと対等の存在だった。その最良のパートナーとこの瞬間をともに過ごせて彼女は、幸福だった。

 舞台がはねた後、マッダレーナは化粧を落として白いシャツとジーンズに着替え、舞台の裏に置かれたレカミエ・ソファにゆったりと腰掛けて煙草を吸った。勝利の味がする。長い髪をかきあげて顔を上げると、いつものように興行後の舞台の点検をしているヨナタンの姿が目に入った。
「あら、いやだ、いたの?」

 ヨナタンは、ちらっと彼女を見たが、すぐに目を舞台に戻した。
「ああ。驚かせたなら、すまない」

 マッダレーナは、くくっと笑って言った。
「別に。それはそうと、お礼を言わなくちゃね。ありがとう」

「何に対して?」
ヨナタンは大して関心がないように訊き返した。

「あなたが提案してくれた事に対してよ」
そもそも、団長やジュリアはマッダレーナを派手にセクシーにする事は考えていたが、こんな演目にする事は考えていなかった。さまざまな小道具を取り出す大道具も、単なる箱を用意するはずだった。

「もっとエレガントにした方がいい」
ふだん、演目の事には口を出さないヨナタンが、会議の時に珍しくはっきりと言ったのだ。夜会服のようなドレス。シルクハットと長い手袋、黒いキセル、そして豪華なギリシャ風のレカミエ・ソファ。その提案に団長たちは目を丸くしたが、確かに斬新で美しい演出だった。大道具小道具を用意するコストもほとんど変わらなかった。その提案は、大きな成功を収めたのだ。

 ヨナタンは、そんな当たり前の事、というような顔をして笑った。マッダレーナはソファに寝そべるようにして、妖艶な笑顔をヨナタンに向けた。
「どこからこんなアイデアがわいてきたの?」

 ヨナタンは短く答えた。
「人生で目にした色々なものから、ね」
「レカミエ・ソファなんて、どこで目にしたのよ」
ヨナタンは答えなかった。マッダレーナは、ふふん、とわかったような顔をして煙を吐いた。謎に満ちた過去のない男。十年くらい前に、突然団長が連れて来たっていうけれど、いったい何者なのかしらね。

「まあ、いいわ。ところで、明日のショーは、あのお嬢ちゃんの出番よね。また早朝からのリハーサルにつき合うんでしょ。早く寝なさいよ」

 彼はちらっと女を眺めると、何も言わずに点検に戻った。余計なお世話だと態度が語っていた。マッダレーナは、無言の非難などにへこたれるようなタイプではなかったので、再び煙を吐いて笑った。

 ロボットみたいに正確な日常を繰り返す、この謎の青年は実に興味深かった。マッダレーナは、どうやって攻略していこうかそれを考えると楽しくてならなかった。

 年増女の引退以来、すべてが上手くまわるようになって来たみたい。不遇の時代が続いたけれど、チルクス・ノッテからさっさと逃げ出さなくてよかったわ。マッダレーナは、テントを出ると煙草を投げ捨てて、大事なヴァロローゾの様子を見に歩いて行った。


(初出:2012年10月 書き下ろし)
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Category : 小説・夜のサーカス
Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
すごいですね。マッダレーナの演出は誰が考えたんでしょう?
あ、もちろんヨナタンなんですけど、この文章上に出現させたのは夕さんですよね?
マッダレーナの身なりや小道具の選択など、一つ一つが丁寧な設定で、
作者の意識が行き届いているように感じます。
ライオンとのエピソードも両親との事件も含めて頷けるものです。
ジュリアに蓋をされていた生活から一転、蓋が取れたマッダレーナの自信に満ちた行動は、
黒の女王のイメージです。
なまめかしい動きが目に浮かぶようです。
ヨナタンに対する自信に満ちたゲームを楽しむかのような態度、気になります。
ステラ!登場していない間にややこしくなってるよ!
なんだか楽しみになってきました。
2012.10.28 09:29 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
おお。素早いコメント、恐れ入ります。

ええとですね。この演出はすべて私の妄想ですね。サーカスでは、こういうのは見た事ありません。ジュリアに押さえつけられていた頃の演出みたいなのは見た事あるんですけれど。

さすがに「ヨナタン大好き」だけで連載は難しいので、「あらすじと登場人物」にあるように、大量の仲間たちを投入予定です。中でも、マッダレーナはかなり重要な役割。ステラと一緒にやきもきしていただければ、こちらとしては「にんまり」でございます。

水曜日にも、もう一本投入しますので、またどうぞおつき合いください。

コメントありがとうございました。
2012.10.28 12:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さん、こんばんは。
夜のサーカスと孔雀色のソファ、読ませていただきました。
うわぁ、凄い!妄想でここまで書けるものですか?
凄いです。夜のサーカス、まさにその言葉がマッダレーナに似合いますね。
ブロンドの髪に孔雀色のドレス……うーん、悩ましすぎます。かっこよすぎる。

マホガニーの椅子……とっても高級そうな気がするのは月子だけでしょうか。
次回どんな展開になるんでしょう。楽しみにに待っています。

素敵なお話を読ませていただきありがとうございました。
水曜日のハロウィンのお話も楽しみです☆

月子
2012.10.28 13:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんわ、年齢性別不詳のTOM-Fです。

 「夜のサーカス」シリーズも読ませていただくことにしました。

 早速、ステラにライバルが現れましたね……って、ヨナタンの対応がクールだなぁ。なんか、かなり裏がありそうで、これからが気になります。
 今後、たくさんの人たちが登場するとのことで、複雑に絡み合った人間関係が楽しみです……と言いつつ、ややこしすぎるとTOM-F の弱いお頭では理解できなくなりそうなので、そこそこの難易度でお願いしますね。
 と、いきなりのリクエスト失礼しました。

 次回は、ハロウィン&樋水龍王神社千年祭の縁日ですね。いろいろ、楽しみです。

 では、また。
2012.10.28 14:49 | URL | #- [edit]
says...
すみません、再びTOM-Fです。

縁日の件、一日間違えました。
連投、失礼しました。
2012.10.28 14:52 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
夕さんにしか書けないのではないでしょうか、この味は。
今まで色んな小説に手を出してきましたが(推理小説のみならず)、新体験というべきですかね。
クールな態度ににやり、表紙のクールさにこれまたにやり、広がっていく人物像にまたまたにやりです。
2012.10.28 15:06 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

うう。一日に二本も読ませてしまい、恐縮です。

この、ストロベリー・ブロンドという髪の色ですが、実は「どう見てもただのブロンドじゃん」な色から、「赤毛だろ、そりゃ」な色まで、色々と解釈があるのですが、私のイメージでは「赤毛のアン」が「大きくなったらなれるかもしれない髪の色」と想定した「赤毛じゃないけれど、かなり赤みの強い艶つやなブロンド」ということにしてあります。ず〜っと先の方で、彼女の髪の色について他の人物が考えるシーンでは赤銅色という表現で書いています。緑の目には赤毛が似合う、というのは個人的な思い込みでございます。

例のソファは大道具ですから、本物のマホガニーじゃないかもしれません。(そりゃ、違うだろうなあ)

基本、ステラの片想いと、仲間たちの紹介ならびに若干横道にそれた恋愛譚、それにヨナタンの秘密などがからみつつ進んでいく予定です。どうか今後ともおつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2012.10.28 16:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。
結局、どっちなんだろう〜。性別。先日も他の方、女性だと思い込んでいた方が男性だと判明したばかりです。

おお、こちらも読んでくださるとは、ありがとうございます。
こっちは基本、月一なので楽のはずです。たぶん。

登場人物は、基本「人物紹介」の上から四人だけで十分話が通じるはずです。ま、それぞれに「おいおい」なエピソードがつきますので、登場したらなかなか忘れられなくなるかもしれませんが。忘れちゃったら、「人物紹介」をかるくクリックしていただければ、大丈夫、のはず……。

そうそう。来週は火曜、水曜といろいろと続きます。(わざわざ二本目のコメ、ありがとうございました)
来週も、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2012.10.28 16:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。
ソファにペイズリー柄つけるのに、小説よりも長い時間をかけている、全然クールじゃない私です(笑)

ヨナタン、明らかにイタリア人じゃない、こいつ、って感じですかね。この話は、火の玉娘のステラだけでなく、突拍子もない奴らが多くて、書いていても楽しいです。ぜひまた次回もおつき合いください。

コメントありがとうございました。
2012.10.28 16:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんわ
読み遅れました

拝読させていただきましたが、さりげないカッコよさがあるヨナタンは好きですね
今回の脚光の当て方と、最後の一文は途中読んでて、オチ的にこのライオンを使うとしたらこうかな?などと思ったらその通りでしたね
煙草を投げ捨てて、大事な場所に行くというシーンは目に見えて美しいです
マッダレーナという女性の性格もよく出る綺麗な物語でした

以上です。
2012.11.06 10:27 | URL | #iVT7Zno6 [edit]
says...
読んでいただきまして、ありがとうございます!

ヨナタンの設定は、スカイさんのリクエストが元になっているので、静的で控えめな感じに、反対にステラを積極的で若干浮ついた感じにしています。こういう関係を書いたのも、サーカスという舞台もはじめてなのでかなり楽しんでいます。

煙草の使いかたに氣がついていただいて感激です。このシリーズでは積極的に小道具として使っているのですが、こんどこれについて一本記事を書くつもりでいます。

「アプリ・デイズ」二度読んでまして、近いうちに感想を書きにいきますね。

コメントありがとうございました。
2012.11.06 20:09 | URL | #9yMhI49k [edit]

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