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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと無花果のジャム

月刊・Stella ステルラ参加作品です。今回スポットを当てるのは、時々名前だけ出てきていた壮年のバランス綱渡り男のルイージ。それに新キャラの《イル・ロスポ》。それに、第一回の「夜のサーカスと紅い薔薇」で登場したステラの故郷の面々も再登場します。

最後の方にちょっと出てくるレモンチェッロというのは、レモンのリキュールです。美味しいですよ。

ところで、Stellaの新年スペシャルは、性懲りもなくイラスト画像+日本語のソネットという形で参加させていただきます。こちらは28日にアップの予定です。

月刊・Stella ステルラ 1月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


あらすじと登場人物
「夜のサーカス」をはじめから読む




夜のサーカスと無花果のジャム


夜のサーカスと無花果のジャム

朝のレッスンを終えてテントから出てきたステラは、仲間の様子がいつもと違うのに首を傾げた。団長が怒鳴っていて、ルイージがめそめそと泣いている。ヨナタンやブルーノが忙しそうに走っていた。だが、団長の説教の内容が、どうも変だ。ジャムがどうこうというように聞こえたんだけれど、まさか、この状況で、その単語は変よね?

「何故、予備を用意しておかないんだ。なくなりそうになったら、早めに言えばいいだろう?」
団長はまだくどくどと言っている。ルイージは手の甲で涙を拭った。
「まだひと瓶あると思っていたんだ。今晩は、渡れねぇ!」

「馬鹿を言うな。今から演目を変えるのが、どんなに大変かわかっているんだろう?」
「何といわれようと、ジャムなしじゃ演れねえ」


 ステラはそっとマッダレーナに近づいた。
「何があったの?」

 マッダレーナはかったるそうに煙をくゆらすと肩をすくめた。
「無花果のジャムが切れちゃったのよ」

 ステラは、イタリア語がわからなくなったのかと思って、混乱したままライオン使いの女をじっと見つめた。マッダレーナは、ああ、と言って事情を飲み込めていない少女に説明してやる事にした。
「ルイージはね、羊のチーズに無花果のジャムをつけたものを必ず食べてから、演技に入るの。あれがないとダメなんだって」

 ルイージはバランス綱渡りをする男だった。大きな長い棒でバランスをとりながら、遥か頭上の綱を渡って行くのだ。猫背の小男で、中年にさしかかっている。もの静かな、平和を愛する細いたれ目の男を、ステラは好意的に見ていたが、いかんせん、あまりにも無口で、親しくなるほど口を利いた事がなかった。

「羊のチーズと無花果のジャム? 山羊やイチゴじゃだめなの?」
マッダレーナはふふっと笑った。
「ダメダメ。この世界って、験かつぎする人、多いのよ。味がどうとか、科学的証明とか、そういう話をしても無駄よ」

「マッダレーナ、あなたもおまじないするの?」
「私? しないわね。でも、ほら。ブルーノは本番の前は鏡を見ないでしょ。それに、マルコたちは、目の前を黒猫が横切ったと大騒ぎしたりするし。ヨナタンがいまだに団長にオカマ掘られていないのも、その手の験かつぎの結果だしね」

 ステラは最後の例にぎょっとして、もっと詳しく訊こうとしたが、その時、当の団長がこっちに向かってきたので口をつぐむしかなかった。

「マッダレーナ、スーパーには?」

 マッダレーナは煙を吹き上げて答えた。
「ヨナタンが西のはずれの量販店を、ブルーノが中心部の小さな商店をあたっているわよ。双子とジュリアは、念のために共同キャラバンカーやテントの中を探すって」

「そうか。俺は隣町をあたってみるから、悪いがルイージが落ち着くまで見ててくれ」
「了解」

「無花果のジャムって、そんなに珍しいものだったかしら」
ステラも、近くの小さな商店に探しに行ったが、苺やアプリコット、チョコクリームに蜂蜜などはどこにでもあるのだが、無花果のものはみつからない。ルイージがそんなものを本番の前にいつも食べているなんて、全く知らなかった。それに、大の大人がジャムがないだけであんなに取り乱すなんて。

 しばらく行くと、見慣れた男がいるのに氣がついた。大型トラックを運転する運送会社の男で、移動設営の時はいつも派遣されてくるので馴染みになっているのだった。ちゃんとした名前があるはずだが、誰もが《イル・ロスポ》と呼んでいた。ひきがえるという意味だ。丸くてひしゃげた顔がその両生類を連想させるのだ。

「こんにちは」
「おや、これはブランコ乗りのお嬢ちゃんだ。今日はオフかい?」

「違うんだけれど、みんなで無花果のジャムを探す事になったのよ」
「へ、ルイージのかい?」
《イル・ロスポ》にまで知られるくらい有名なのね。ステラは頷いた。

「それは困ったね。この辺では売っていないだろうな」
「どこに売っているの?」
「俺が最後に見たのはコルシカ島だな。南の方にはあるだろうけれど」

 ルイージはシチリア島の出身だった。きっと彼にとっては無花果のジャムはお袋の味なのだろう。そう思ったら、それがないと演技が出来ないと泣く彼の事がかわいそうになってきた。

 テントに戻ると、ヨナタンが帰ってきていた。
「あった?」
ステラが訊くと彼は首を振った。
「ブルーノもダメだと言っていた。困ったな。夕方までに見つからないと、本当に舞台に穴があくからな」

 ステラはふと思った。そうだ、ママにも協力してもらおう。
「あたし、電話してくる」

「無花果のジャム?」
マリは大きな声を出した。午前中からマリのバルでたむろしている村の常連が一斉に振り向いた。
「わかったわ、こっちでも探してみる」

 電話を切ったマリのまわりに、男どもはゾロゾロと寄ってきた。
「今の電話、ステラからだろう? なんだって?」

「この夕方までに無花果のジャムがどうしても必要なんですって。誰か持っていないかしら?」
「無花果の? 我が家にはないよな。けど、手分けして探すか。ステラはどこに居るんだ?」
「パルマの側らしいわ」
「ここから50キロは離れているじゃないか」

 マリは肩をすくめた。
「そのくらいの距離をとりにくるのは、問題じゃないくらい重要みたいなの」
「そうか。ステラのためだ、手分けして探すか」

 彼らは仕事を放り出して、知り合いをあたりだした。もともと、大して仕事に身が入っているわけではなかったが。

 マリのバルは司令塔になった。情報のまとめ役はパン屋のジャンだ。
「だめだったか。お袋さんのところもあたってくれるか。ありがたい、頼むぞ」

「おい、ルカはどこにいる?」
「今日は地域消防団の会合で、ボレに行っているよ」

「ちょうどいい、電話をかけろ。ボレでも訊いてもらえるしな」
「誰か、最近シチリアかサルジニアに旅行に行ったヤツいなかったか?」
「待てよ、確か、例のいけすかない銀行家の野郎、行ったばかりだぞ」
「ちっ。仕方ないけど、訊きに行くか」

「お、ルカから電話だ。銀行家はちょっと待て。え、おい、本当か?」
ジャンの笑顔に皆、期待して電話の周りに集まってきた。

「あったのか?」
「ブラボー」

 ジャンは親指を差し上げた。
「わかった。すぐにステラに連絡する」


 ジャンからの電話を受けて、ステラは狂喜乱舞した。
「あった、あったわ」

 ジュリアをはじめ、メンバーが興奮してステラのもとに集まってきた。
「どこに?」
「カザルマッジョーレ。ボレの消防団にいる人のお母さんが五年前の無花果のジャムを地下倉庫に置きっぱなしにしていたんですって。誰が取りに行く?」

 全員が顔を見合わせた。車はない。団長は、探しに行ったまままだ帰ってきていない。
「どうしよう。このままじゃ夕方になっちゃう」
落胆したルイージは再びめそめそと泣き出した。


「あ。《イル・ロスポ》が、この街にいた!」
ステラが叫ぶと同時に、今度は全員が走って運転手を捜しに行く事になった。ほどなくして、エミーリオが《イル・ロスポ》を見つけて戻ってきた。運転手は大型トラックでジャム一瓶を運ぶなんてはじめてだと言いながらも、笑って30キロ離れた街へと向かってくれた。

 夕闇が静かに降りてくる頃、広場には電球がつく。みんなが待ちわびるトラックの音が響いてくると、代わる代わるルイージに抱きついて歓声を上げた。やがて、急ブレーキをかけてトラックを止めた《イル・ロスポ》が助手席から引っ張りだしてきたのは、とてもジャムひと瓶には見えない荷物だった。

「何これ?」
大きな箱にぎっしりと詰まったジャムの瓶、瓶、また瓶。60から70個はあるだろうか。

「無花果は20くらいしかないかもしれないと言っていたが、全部持って行ってほしいそうだ。ため込みすぎて、一生分を遥かに超えてしまったが、あの世まで持って行けないからって」

 ほこりを被ったジャムの瓶を見て、全員が沈黙したが、やがてマッダレーナが笑い出し、他の皆も笑いながらイチゴジャムなど、無花果ではない分を取り分けて手にした。

「《イル・ロスポ》のおじさんも、どうぞ」
ステラが言うと、彼はウィンクして助手席を示した。ステラが覗くと、そこには大量のレモンチェロの瓶が積まれていた。
「これも持って行ってくれって言うんでね」

 分厚くジャムを載せた羊のチーズを口に運ぶと、ルイージは満悦してナプキンで口元を拭った。それから重たい棒を軽々と担ぐと、舞台裏に向けて歩いて行った。仲間はその嬉しそうな様子に、ニヤニヤと笑いかけた。今日のルイージは絶好調に違いない。

(初出:2012年12月 書き下ろし)
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Category : 小説・夜のサーカス
Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
 こんばんは。
ルイージは シチリア島出身なのですね!!!!
僕 シチリアの方 特有の プライドの高さ 子供でも 前を見据えて 後ろを振り返らない強さ
魅力的だなぁ と 何時も 思っています。
僕 此れからは ルイージを注目してしまいそうです。

ああっ でも 羊のチーズはダメ あれだけは 美味しいと思えない。
イタリアではなく ギリシアでですが 食事毎に付いてくるのですが 結局 美味しいと思えなかった…

2012.12.23 14:21 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

ルイージはヨナタンと並んで「チルクス・ノッテ」の無口組です。無口だけど、変なところ頑固で、でも、優しくて痛みのわかるキャラとして時々忘れた頃に出す役回りにしようかなあと思っています。今後もどうぞ、ルイージをごひいきに(笑)

羊も山羊も、実は私も苦手です。「なぜあのチーズをあんなにありがたがるのか、ヨーロッパ人」と、いつも思っています。

コメントありがとうございました。
2012.12.23 14:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは、TOM-Fです。

私はチーズが大好きで、kiriのクリームチーズに、いちごジャムを乗っけたものを朝食に食べないと、一日が始まらない……とまでは思ってませんが(笑)
チーズはいろいろ食べましたけど、たぶん牛乳のものだけだと思います。羊や山羊のって、クセとかあるんですか?

それにしても、登場人物の皆さん、ノリがいいというか、見事な連係プレイですね。こういうノリは、大好きです。
2012.12.24 02:16 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

臭うのは(香りというレベルではありません)、隣のテーブルでも勘弁してくれってくらいです。でも、意外と食べられるソフトのもあって、製法の違いなのか山羊や羊の種類なのか、ちょっとわかりません。
個人的には、「山羊のチーズ」とか「羊のチーズ」とメニューにある場合は、うかつに注文しないようにしています。

ちなみに雄の山羊というのは、そのひどいチーズの匂いがします。100メートル離れていてもわかるくらいです。

イタリア人はなにかあると仕事なんか簡単に放り出しますよね(笑)だから、ああいう経済危機になるんですが、それでもスイスやドイツの人たちよりも平均的に楽しそうな人が多いんですよね。せっかくイタリアを舞台にしたので、こういう仲間を書きたかったりして。

コメントありがとうございました。
2012.12.24 21:36 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんわ
遅くなり、大変申し訳ない

ふむ……ジャムはお題ですね
新たな人物を紹介するのには、いい材料だと思いました、、プロットも組めていると思います
山羊のチーズと羊のチーズの違いを出すあたり、お。と思いました
ただ、みなさん慣れすぎて、会話が少ないというか、切羽詰まった感じがあまり……?
すみません、私の読み不足でしょう。気になさらず。
シチリアのほうですよね? 私はあまり知識がないんですけど、たぶんそこの地方の雰囲気が盛られているんだろうなと思いながら読んでいました
面白かったです

以上です。

2013.01.15 15:30 | URL | #DqZ1442w [edit]
says...
こんばんは。

こちらこそ、Stella、まだ全然読みにいけていなくて、すみません!
そして、いつも丁寧に読んでくださって感謝しています。

切羽詰まった感じないというのはドキッとしました。世界が終わるような問題じゃなくて、たかだかジャム一瓶のことなので、手に汗握るほど緊迫する必要はないとはいえ、このストーリーでは珍しくみんなで右往左往している話なので、多少は切羽詰まらないと困るんですよね。こんど、会話のリズムについてもう少し考えてみます。ご指摘ありがとうございます。

ルイージはシチリアの出身、それに団長がブルーノを拾ったカラブリアというところもブーツの形をしているイタリア半島のつま先の辺なのですが、サーカス団自体は全イタリアをまわっていて、話が展開するのは主に北イタリアが多いです。今回出てきたパルマの周辺はかなりミラノに近い北の方で、そのために無花果のジャムは売っていないという設定です。よく考えたら、日本の方には馴染みのない地名が多いですね。このへんの地理的なことも、今後はもう少し説明を入れることにしましょう。

いろいろとためになるコメント、ありがとうございました。
2013.01.15 19:36 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんわ。すみません、遅くなりましたが感想を述べさせていただきます。

このシリーズは途中から読み始めたのですが、キャラの個性がそれぞれきちんと設定されており、その人が本当にいるような現実味があります。

次の作品も期待しています。失礼しました。
2013.01.16 15:53 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

わざわざありがとうございます。

基本的に、読み切りに近い形をとろうと思っていますので、途中から、もしくは飛ばしても大丈夫のはずです。たぶん……。

日本にはあまりいないようなタイプの人間や、設定、地名などを使っていますので、わかりにくくならないように頑張りたいと思います。次号もどうぞよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました。
2013.01.16 18:45 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こういう商売は験を担ぐことが有りますね。
山西も必ず赤ペンで記入する項目が有ります。山西の仕事のこの部分は努力だけではどうしようもない不確定の要素が有るからです。ルイージの気持ち、少しだけだけれどわかるような気がします。
「無花果のジャムが切れちゃったのよ」に対するステラの反応は、少し読み進めるとじわりと笑えてくる表現で、凄く好きです。“説明してやることにした”んですね?
Circus Notteの面々の一致団結した対応と行動力には感心してしまいます(もちろんルイージの出番がなくなると困るという面を考慮してでしょうが)。
でも、マリのバルの常連さん達の反応は心温まるものを感じますね。
ルイージ絶好調ですよ!きっと。絶対うれしいもん!

羊のチーズに無花果のジャム?
山西はこの組み合わせは食べたことは有りませんが、想像するにちゃんと食べれそうな、そして美味しそうな組み合わせです。
え?羊のチーズ苦手ですか?でも食べ物の味ですよ?あ、種類の違いかもしれませんね?
2013.02.02 15:16 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
二月になっちゃいましたね(笑)光陰、速すぎっ。

察するに、ルイージがジャム切れで問題を起こしたのははじめてではなさそうです。ヨナタンやブルーノまで走っている所を見ると。

大きくて著名なサーカス団だと、それぞれがアーティストだとか言って、ほぼ没交渉でいくんでしょうが、このチルクス・ノッテはドサまわりの弱小サーカス団なので、家族的な所があるということにしてあります。そして、マリのバルの常連の皆さんは、いつも仕事もしないでだらけているのですが、こういうときの団結力は見事なもので(笑)もう一回くらい、活躍させたいものです。

羊のチーズと無花果のジャムは、コルシカでは何度か食べたのですが、まあまあ、美味しかった所がほとんどでした。一度、「これダメ。臭っ」ってのにも当たりましたが。山羊のチーズは、ほぼ全滅でした(笑)

コメントありがとうございました。
2013.02.02 16:58 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ぼそぼそと読んでます。ステラ、ものすごいバックアップがついているなあ……。

いちじくジャムはわたしも好きです(^^)
2014.05.04 07:44 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんにちは。

うわぁ、ありがとうございます。
バルの常連のみなさんは、仕事よりもお祭り騒ぎが好きでして(笑)

無花果のジャム、おいしいですよね。
こういうのは東京や大阪などの日本の都会では楽に手に入るんですよね〜。羨ましいです。

コメントありがとうございました。
2014.05.04 10:10 | URL | #9yMhI49k [edit]

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