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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (4)ローマ、噴水に願いを

ようやく主要登場人物が出そろいました。蝶子たちはイタリアにいますが、今回はドイツのミュンヘンで話が始まります。



大道芸人たち Artistas callejeros
(4)ローマ、噴水に願いを


いつもより早く起きたのは、出て行くのを父親に悟られないためだった。ひと月前に突然母親が他界するまで一度も一緒に暮らしたことのない父親には、二度と会えなくなるとしても特別な感慨があるとは思えなかった。その男は厳しい教師でしかなかった。彼から受け継いだのは名前と、それからフルートを操る能力、そして音楽を愛する心だった。だが、フルートを持っていくつもりはなかった。八年前にこの家の楽器置き場に置き去ってから、そのフルートには一度も触れていない。父親は怒り、なだめ、すかし、たった一人の跡継ぎ息子にフルートを再開させようとした。だが、彼は領地もこのミュンヘンのエッシェンドルフの館も、フルート奏者としての栄誉も父親から受け継ぐつもりはなかった。やがて、父親のフルート教師としての関心は、他の生徒に移った。そのことが彼をもっと意固地にした。母親が死んだことも、それに対する父親の態度も、彼の心をさらに冷えさせた。

父親の書斎にある金庫を開ける。ここに着いた日に父親が暗証番号を教えた。少なくとも息子に対する信頼はあるらしい。その信頼を裏切るつもりはない。だが、どうしても開けなくてはならなかった。中には彼自身のパスポートが入っている。現金や金塊、それに先祖代々の宝石類に冷たい一瞥をくれて、彼は金庫を閉めた。彼自身の金は銀行にある。大した金額ではないが、十年前にコンクールで優勝したときの賞金もまだそのままそっくり残っている。緊急のときの足しにはなるだろう。

彼はパスポートを胸の内ポケットに収め、静かに廊下を歩いた。

「アーデルベルトか。もう起きているなら、郵便を持ってきてくれないか」
父親の部屋の前を通った時に、よく通る声がした。
「はい、お父さん。いつものように食堂に置いておきます」

彼は、郵便受けに向かい、新聞や何通かの封書などを持って食堂に入った。新聞、広告、重要な手紙などを簡単に分けて、きっちりとテーブルに置いた。一枚の葉書が目に留まった。わずかなドイツ語の他は読めないアジアの文字で書かれている。宛名を見ると
Frau Chouko Shijyou
c/o Prof. Dr. Heinrich Reinhard Freiherr von Eschendorff
となっている。

本文のドイツ語部分に目を通すと
「尊敬する先生、
あなたの婚約者からフィレンツェからのとても謎めいた葉書をいただきました。残念ながら彼女のミュンヘンの住所を知りませんので、こちらに送らせていただきます。お手数ですが彼女にお渡しいただけると幸いです。Maya Enjyou」
とあった。

彼は無表情に葉書を眺めていた。その婚約者はもうここにはいないのだ。父親は彼女にこの葉書を渡すことは出来ない。狂ったようにその女を捜し、絶望し、ようやく彼女のいない日常に慣れて来たばかりだ。彼自身はその女に会ったことはなかった。何人もいた父親の他の愛人たちと同じく興味もなかった。父親に近いうちに会うよういわれていた。お前の義理の母親になるのだからと。だが、その機会が来る前に女は姿を消した。

この葉書が父親にどのような影響を与えるのか、すこし考えた。そのまま、封書の束の上に置こうか迷ったが、躊躇の末パスポートの入った内ポケットに入れた。それから、荷物を肩にかけると振り向きもせずにエッシェンドルフの館を後にした。あの女を捜したように、自分の事も捜すのだろうかと考えた。そんな事はないだろう。



「おい。お前、また園城真耶に書いてんのかよ」
チボリの噴水の前で、どんどん溶けていくジェラートと格闘しつつ、稔は呆れた声を出した。

フィレンツェを後にしてから三人が目指したのはローマだった。
「全ての道はローマに続くっていうからね」
そういうレネのわけのわからない理由付けに特に反対する理由も見当たらなかったのだ。日本ならもう台風シーズンだが、ローマはまだジェラートを食べたくなる程度には暑かった。

テーブルには一枚の葉書。ベルニーニのトリトンの噴水のものだ。蝶子は髪をかき分けながら、まず園城真耶の住所を書いた。

「これで三枚目じゃないか。中身のない葉書をなんでそんなにたくさんあの女に送りつけるんだ?」
「なんとなく。あ、そうよ。ヤスとブラン・ベックもひと言書いてよ」
そういって蝶子は葉書を二人の前に置いた。

レネは訊いた。
「どんな方ですか?」
「超美人。お蝶並みの氣の強さ。究極のお嬢さま。ヴィオラの天才」
稔の言葉に、蝶子は口の端で笑って同意を示した。

レネは勇んでフランス語で書いた。
「日本の宝石へ、愛を込めて、レネ」
知らない人によく愛なんか込められるな。稔は思った。

稔は日本語で書いた。
「よう、元氣か。ひょんなことからお蝶と楽しく旅をしているぜ。安田稔」

蝶子は微笑んで受け取ると、その下に書き添えた。
「日本に行ったら一度連絡するわね。いつになるか約束はできないけれど。蝶子」

日本に行く事なんか、実際にあるのだろうか。真耶に自分の事を知らせたくて書いているのではない。蝶子は思った。これを書いていると、まだ自分は生きているのだと感じる事が出来る。葉書が日本に届く。どうでもいい存在の人間からのどうでもいい内容の葉書。それでも、消印が証明している。私とヤスとブラン・ベックは、この時間にこの地で生きていた。流れ流れながら、生命を謳歌していた。たとえ、この葉書がやがて真耶の屋敷のシャレたくずかごに落ちていくとしても。

さぞかし真耶は面食らって首を傾げるでしょうね。ヨーロッパ各地からの変な葉書。クラスメイトだった三味線奏者や謎のフランス人と一緒にいる事くらいしかわからない。

真耶と仲がよかった事はない。学生時代はほとんど口を利かなかった。別に嫌いだったわけではないが、あまりにも接点がなかった。それでも蝶子がクラスメイトの中で唯一認めていたのが真耶だった。音楽に対する姿勢、技術を追求する態度、それに公正なものの見方。真耶にとって蝶子がどんな存在であったか、蝶子にはわからなかった。

ザルツブルグで偶然会ったときに声をかけてきたのは真耶の方だった。つまり真耶は私を憶えていたのだ。蝶子は考えた。真耶は高名な指揮者である父親と来ていた。偶然の再会が縁となり、音楽祭の合間にエッシェンドルフ教授と四人で昼食をした。あの時、私はまだ教授の手のうちにあったのだ。真耶は私の未来に対して温かい祝福の言葉をくれた。私にはふさわしくなかった未来。実現しなかった慶事。真耶は知る由もない。

ああ、また教授の事を思い出しちゃったじゃない。今夜は『外泊』しよう。



「パピヨン。やめてください」
ついにレネが我慢できなくなった。お互いの事に口ははさまない、そのルールを破るのは勇氣が要った。しかし、数日に一度の蝶子の『外泊』はたまらなかった。蝶子が好きだからだけではなく、あまりにも危険だったからだ。

「声をかけてきた人に、どうしてそんなに簡単についていくんです?」
「誰にでも付いていっているわけじゃないわ。それに、何をそんなに怖れているの?」
「パピヨン。この世の中には変な人やよくない人もたくさんいるんですよ。何かあったらどうするんですか?」

蝶子は口の先で微笑んだ。何があろうとどうでもいいという表情だった。

「だいたい、お前、何しているんだ?『外泊』で」
「何って、おいしいご飯食べて、暖かいお風呂に浸かって、それから眠るんじゃない」
「眠るだけかよ」
「馬鹿ね。もちろん、やる事やってから就寝するのよ」

「金のためか?」
「あんたとは違うのよ。『外泊』では一銭もいただいていません。売春じゃないの」
「じゃあ、何か。メシと風呂がまともなら、もう『外泊』しなくていいのか?俺たち、週に一度ならまともな所に泊まってもいいんだぜ」

蝶子は黙って首を振った。それから不意に言った。
「なんか違う話をしない?」
「パピヨン!僕たちはあなたを心配しているんですよ」

いきり立つレネを稔は止めた。
「まあ、いい。それじゃ他の話をしようぜ、お蝶。例えば?」
意味ありげに稔が見ると、蝶子も少し意味ありげに間を置いて言った。

「たとえば、コンピュータの話とか」
「コンピュータ?」
「知ってる?ハードディスクから抹消したデータってね。ゴミ箱に入れて、ゴミ箱を空にしただけだと、本当は消えていないんだって。しようと思うと再生できちゃうんだって」

「ふ~ん、それで?」
「一番確実にデータを抹消するためにいいのは、その記憶領域にあたらしいデータをどんどん上書きしていく事なんだって」

「ははあ。それを実践してるヤツもいるってことか?」
「そういうこと」

稔はわかっているようだが、レネはよくわかっていなかった。稔はもう一歩突っ込んでみた。
「だけどさ。上書きするのに、よく知らない外部データを次々と持ってくるヤツもいるよな?ウィルスの心配とかもあるだろう?俺としてはどうしてそういう奴らは内部の安全なデータを使わないんだろうって思うわけさ」
「内部のデータって?」
「例えば、ブラン・ベック.txtとかさ。そういう書類の事だよ」

蝶子は高らかに笑った。
「わかっているようで、まったくわかっていないのね。抹消したいのは残して置くと心配になるような重要データ。重要データを重要データで上書きするような馬鹿はいないのよ」
「あ、そっか」
「じゃ、そういうわけで、私行ってくるから。また明日ね」
蝶子はそういって出かけていってしまった。

「パピヨンとあなたが何の話をしていたのか、全然付いていっていないんですけれど」
レネは悲しそうに言った。稔はレネの肩をポンと叩いて笑って言った。
「喜べ。お前は、お蝶にとってもう一介のフランス人でも、ただの青二才でもないってことだ。大事な友だちなんだ」
「?」

「お蝶は、ドイツで何か辛い事があったんだ。たぶん男関係で。あいつはその記憶を抹消するために『外泊』をくりかえしている。どうでもいい相手とな。ただ、それでも危険な事には変わりないんだがなあ。なんとかならないものか」



奇しくもその日に、レネと稔の不安は的中してしまった。知り合った男は最初に名乗ったのと違う名前で店を予約していた。リストランテはあまり清潔ではなかったが地元の客でにぎわい、とてもおいしかった。男の会話はつまらなくてうんざりしたが、どうせ再び会う事はないのだからと割り切った。だが、蝶子が洗面所に行くために席を立った時に、男は後から付いてきて襲いかかってきた。

「ちょっと、何をするのよ!こんなところで」
「いいだろう。どうせお前はそのつもりで付いてきたんだろうから。事が終わったら金はここで払うよ」
「ふざけないで。私は売春婦じゃないのよ。離しなさいよ」

抵抗する蝶子の口を手で塞ぎ、噛み付かれると怒りに任せて殴りつけてきた。

だが、男の勝手もそれまでだった。突然後ろから襟首をつかまれると、激しく殴られて、トイレの床に崩れ落ちた。蝶子が見ると、もうひとりの男は隣のテーブルに一人で座っていた男だった。蝶子の連れの行動に疑問を感じて付いてきてくれたのだろう。騒ぎを聞きつけて店員たちも集まってきた。蝶子の連れは形勢不利を悟ったのか、立ち上がると勘定も払わずにさっさと逃げ出した。

ショックで茫然とする蝶子を、隣のテーブルの男は手を差し伸べて立たせ、
「大丈夫ですか」
と英語で聞いた。

「ええ、どうもありがとうございました」
蝶子はそういってから鏡を見た。頬が赤く腫れている。なんてみっともない。ヤスとブラン・ベックにこっぴどく罵られるわね。

「地元の方ではないですよね。差し支えなければ、宿までお送りしますよ」
その男は親切に言った。リストランテの親切な店員たちも大きく頷いている。

蝶子は改めて男をよく見た。食事をしていた時の第一印象もそうだったが、やけに目が大きい。黒々とした眉がやたらと太く、その下に巨大な目が二つ。その目は東大寺の南大門の金剛力士像にそっくりだ。黒い豊かな髪、上質な仕立てのシャレたデザインの濃茶の背広、白地に紫のストライプの入ったワイシャツにどうしてあわせたくなるのか理解できないが、しかし、その組み合わせなのにとてもよくマッチしていた。歳の頃は四十~五十前後だろうか。巨大な目の輝きと、優しくて親しみのある口元が蝶子をまず安心させた。先ほどの男に較べたら、誰でもマシだった。

蝶子はハンカチを濡らして絞り、打撲痕にあてた。

「いいえ、ご親切はありがたいけれど、この顔で今すぐは帰れないわ。友人にどれだけ罵倒されるか。ものすごく反対されたのに、私がいう事を聞かなかったんですもの」
「いいご友人をお持ちのようだ。では、よろしかったら、どこかのバーでしばらく飲みませんか」

蝶子は少し考えてから頷いた。店員たちもほっとしたようで仕事に戻っていった。男は、当然のごとく自分と蝶子のテーブルの両方の勘定を済ませた。

「それはいけませんわ。私、こちらのテーブルの分は払います。あんな男でも私の連れでしたし」
蝶子の抗議をやんわりと押さえて、リストランテの店主が言った。
「ご心配なく、あの男の分は勘定に入っていません。だから安心して払ってもらいなさい。この方は私どもの古くからの大切なお客様でしてね。信頼できる方ですよ。シニョリーナはひどい目に遭われましたが、この方とお知り合いになれてラッキーでした」

男は逃げた男の分にも相当するほどのチップも渡して、蝶子を連れて店を出た。そしてリストランテのはす向かいにある古いが格式のあるホテルのバーに連れて行った。

「ローマに来るときはいつもここに泊まるんですよ。で、夕食は決まってあそこでとるんです」

そのバーは、黒を基調にした落ち着いたインテリアで、アールヌーボーのランプが柔らかい間接照明で照らす以外はとても暗かったので、蝶子は顔のことを氣にせずに済んだ。

「助けていただいて、本当にありがとうございました」
「お友だちが心配するのも無理ないと思いますよ」
「私が馬鹿だったんです。これまで何ともなかったので、思い上がっていたんでしょうね」
「これまでも?あなたのような人がなぜ?」
男の目は更に大きくなった。

なぜだかわからないが、蝶子はこの男に事情を話していた。コンピュータのたとえ話などではなく、あからさまに。ドイツにフルートの留学をした事、念願かなって最高の教授に師事できることになったこと。その教授と師弟以上の関係になった事。結婚を申し込まれていたのに逃げ出してきた事。現在は大道芸をする二人の友人と一緒にあてのない旅をしている事。心と体に刻まれた記憶を抹消するために時おり『外泊』をしていること…。

「記憶の抹消は進んでいるんですか?」
「ええ。かなりの部分は。少なくとも体がエッシェンドルフ教授を恋しいと思う事は、ほとんどなくなりましたわ。あれは、ただの生体反応に過ぎなかったのだと、そう納得できるようになってきました。でも、まだ情緒の部分は厳しいですね」

「教授のもとに戻りたいとは、その可能性は考えないのですか」
「絶対に戻りません。戻るわけにはいきません」
「なぜですか。あなたは教授を愛していらっしゃるのに?」
「愛していないからです」
蝶子は死刑宣告のように言い放った。

一度も教授に言えなかった言葉。囚われていく恐怖。恐ろしいまでの支配。キャリアも名声も、そして肉体ですら彼の手のうちにあった。フルートを続けていくためには教授のものになるしかなかった。拒む事は出来なかった。これが運命なのだと自分を納得させようとした。教授にも誤算があったのだろう。彼は軽い氣持ちで手を出した若い東洋からの生徒に溺れたのだ。周囲の反対を押し切って、教授は蝶子と結婚しようとした。法でも彼女を縛り付けようとしたのだ。

だが、そのことによってそれまで蝶子の知らなかった教授の過去が明らかになった。教授には三十年以上前に同じようにはじまった関係があり、その女性は教授の妻になる日をひたすら待ちながら生きてきたのだ。二人の間には正式に認知された息子がいて、共に暮らしてはいないが息子の母親は妻としていずれは息子とともにミュンヘンのエッシェンドルフの館に迎えられる事を願っていたのだ。教授はその女性の心を無視して、息子だけを蝶子に会わせようとした。未来の義理の母親として。女性が亡くなったのは蝶子と教授がザルツブルグ音楽祭に行っていた時だった。大量のアルコールと過剰に摂取した薬物。事故と片付けられたが蝶子は自殺だと思った。きっと教授とその息子もそう感じただろう。

蝶子はその女性の死を聞いた翌日に、ミュンヘンから逃げ出した。その女性のためではなく、その息子のためでもなく、教授のためですらなく、ただ、自分の自由のために。蝶子は閉じ込められピンで刺されたくなかった。
「では、あなたは、いまの暮らしに満足しておられるんですね」

「ええ。こんな事が可能とは思っても見ませんでしたが、私、今ほど自分らしく幸せに生きた事がないように思います。大道芸人になるなんて」
「Artistas callejeros」
男は微笑んだ。蝶子は首を傾げた。
「私の国の言葉で大道芸人たちという意味ですよ」

「素敵な響きですね。どちらの国ですか?」
「スペインです。自己紹介がまだでしたね。私はカルロス・マリア・ガブリエル・コルタドといいます。バルセロナの近くで生まれました」
「私は日本人です。四条蝶子といいます。助けていただいて、こちらこそ自己紹介が遅れてすみません」

「セニョリータ・チョウコとお呼びしていいのかな?」
「お好きに。フランス人の友人はパピヨンと呼びますわ。蝶という意味なので」
教授は「シュメッタリング」と呼んだ。蝶子の心に再び痛みが走った。

「では、私はセニョリータ・マリポーサとお呼びしましょう」
「セニョリータをやめていただけますか?」
「もしあなたが私をカルロスと呼んでくださるなら」

蝶子は微笑んだ。今夜限りでもう会わないかもしれない人間の呼び方にこんなにこだわってどうするのだろう。しかし、蝶子はその事を口に出したりはしなかった。カルロスは本当にいい人だった。このまま誘われたら、喜んで付いていっちゃう。ほらね、ヤス。私は面食いじゃないでしょう?

やがて二人は、どちらがいいだしたともなく、当然のように彼の部屋に移り、その晩を一緒に過ごした。



トレヴィの泉の前で一稼ぎして、休憩していると、聞き覚えのある声がした。
「マリポーサ!ローマ中を探しましたよ」

「あら、カルロスじゃない。先日はどうもありがとう。どうして私を探したの?」
蝶子は嬉しそうに言った。

「あんまりですよ。黙って消えるなんて」
カルロスは恨めしそうに言って、稔とレネに軽く会釈した。あの翌朝、カルロスが眠っている間に蝶子は黙って彼の部屋を後にした。後で極上のアマローネ・ワインのラベルに蝶の絵を描き、彼の部屋に届けてもらった。蝶子にとって、この話はこれで終わりのつもりだった。けれどカルロスにはそのつもりはないらしい。

「紹介するわ。私の仲間たち。稔とレネよ。こちらはセニョール・カルロス・コルタド。私の恩人よ。危ない所を助けてくださったの」
「危ない所って何だよ」
稔が突っ込んだ。蝶子は天を仰いだ。しまった、せっかくバレていなかったのに。

「え~と。『外泊』で…」
レネは蒼白になり、稔は激怒した。
「ほら見ろ!俺たちが言った通りだったろ。いい加減にしろ」
「マリポーサ。いいご友人と一緒でよかった」
カルロスは笑った。

「よかったらお三方とも今晩、あのリストランテでご一緒しませんか。私は明日国に帰るんですよ。だからその前に何としてでももう一度会いたくてね」
三人は顔を見合わせた。

「私は喜んで伺うわ。とってもおいしいリストランテよ」
「僕も行きます!」
蝶子と二人きりにさせてなるものかとレネが叫んだ。稔もおいしいレストランには異存がなかったので行く事にした。

カルロスはにやりと笑って、コインを後ろ向きに泉に投げ込んだ。
「すっぽかされるとは思っていませんが、念のため」
蝶子もにやりと笑うとやはりコインを投げ込んだ。
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Comment

says...
くぅ…やっぱり、蝶子さんかっこいい!
ちょっと危うげなところが、また魅力的ですw
だんだんレネの屈託のなさもチャーミングに思えてきました。
こういう衒いのないスタンスに、憧れる自分がおります。

ではでは、コメント失礼いたしました。
またお邪魔させて頂きますね!!
2012.04.11 05:01 | URL | #- [edit]
says...
童半さん、おはようございます。

レネは私の中ではわりと重要キャラでして。世の中、赤レンジャーと青レンジャーだけだと疲れません?
彼の今後にもご期待ください。
2012.04.11 05:44 | URL | #- [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013.02.07 15:00 | | # [edit]
says...
こんばんは。

蝶子のやっているような、自分から再現するのは別として、頼んでもいないのに同じ辛い事がやってくる場合もあるのですが、その場合でも繰り返す事により耐性が出来て、一度目よりも「あれ? 大丈夫だったかも」二なる事もあるのではないかなあと思っています。

ただ、恋愛に関してだけですが、同じような辛い目に遭う事がわかっていて、同じような男(女)に行ってしまうのは、たぶん、なんだかんだ言って、そういうのがタイプなのだと分析しております。

蝶子は、ちょっと過激なヒロインですね。かわいげのない分、浮浪者同然の暮らしも生来の打たれ強さでへっちゃらです。まだまだ先は長いので、雑草の強さが必要です。

そうです。彼が、例の男でございます。秘密もへったくれもないのは、次回で既に読者には秘密が開示されてしまうからなのでございます。

創作の合間にわざわざお越しいただき、読んでいただけて本当に嬉しいです。どうぞご無理のないように。

コメントありがとうございました。
2013.02.07 16:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
 こんにちは。
此の大道芸人たちは 切れ切れで呼んでいたので この機会に一から通しで拝見させて頂こうと
思っています。
うんうん流石に海外と 日本人の感覚の違いとか 捉え方が的確ですね。
シャワーとか… 笑いました 日本の様に水をジャブジャブ使い放題にしている国からすれば
シャワーのあの感覚は異様かな…
結構 安宿になると お湯どころか水しか出ないシャワーとかあるしね。

人物バランスがいいですね 特に蝶子の可愛らしさヲレネが引き出し 引き立てているようで面白いです。 
2013.09.05 06:51 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

うぉう、ありがとうございます。
そうですよね。連載の開始の頃は、まだウゾさんと交流なかった頃かも。
ウゾさんが読むと「あるある」がけっこう見つかるかもしれません。
私は滅多にないですがホテルが日本人の団体と重なった時は、夕方の早いうちにシャワーをすませます。ホテルの温水タンクが空になる前に(笑)

そうそう、わざわざ性格の違う四人を配置したのでした。今となっては四人で勝手に動くので、最初の設定を忘れていますが。

読んでいただけて嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2013.09.05 20:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ほう。蝶子さんにはそのような過去が・・・・・・。
冒頭で息子さんが家を出てますけど、それもまた気になりますね。
カルロスは本当に信頼できる人なんでしょうか。
2014.02.03 15:14 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

着々と読んでくださいまして、感謝です。
ええ、次々回にはこのアーデルベルトの件はあっさりと(読者には)開示されてしまいます。
カルちゃんは、ええ、隠すほどのことでもないので、書いちゃいますが無害なおじさんです。
みなさん、警戒されていらっしゃいましたね、そういえば。

コメントありがとうございました。
2014.02.03 21:42 | URL | #9yMhI49k [edit]

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