scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】君たちが幸せであるように

scriviamo!


「scriviamo!」の第七弾です。
紫木 紫音さんは、オリジナル小説で参加してくださいました。本当にありがとうございます。



紫木 紫音さんが書いてくださった小説 ひだまりとひまわりの午後。


紫音さんは、小説家になる夢をお持ちの若い学生さんです。このブログでたくさんのものを書く方と知り合えるきっかけになった自分自身さん主宰の「短編小説書いてみよう会」で知り合いました。お互いに、いろいろな方に作品を読んでいただきたい、それをもとに向上したいという想いを持って、おつき合いしています。

ほかの作品もそうですが、この作品についてはとくに、まず紫音さんの書いてくださった作品をお読みくださるようお願いします。というのは、第一にネタバレが含まれています。それから、第二に紫音さんの作品のイメージをまず先に抱いていただきたいと思うからです。そう、意識して別のトーンを混ぜています。今回は、とても短く書きましたが、紫音さんという作家を象徴するトーンと、私を象徴する文章のトーンの違いが今回のテーマです。紫音さん、作品のヒロインたち、お借りしました。ありがとうございました。


「scriviamo!」について
「scriviano!」の作品を全部読む



君たちが幸せであるように
——Special thanks to SION-SAN



 ひまわりが揺れているな。重い瞼を少々持ち上げて、彼は騒がしい公園を見回した。晴れている日は好きだが、この歳になると熱さと湿氣が少々こたえる。

「あ。権兵衛がいるよ!」
うるさいな。この声は、スキンシップが好きで仕方ないタロウだろう。ドタドタと音がして、何人かの小学生が権兵衛の周りに座った。もともとは明るく艶やかだった背中の毛を、なんどもなんども撫でる。めったにシャンプーをしてもらえなくなった権兵衛の毛並みからは艶が失せていた。だから大人たちは権兵衛に触れることをためらった。けれど少年たちは手が汚れて、臭くなることも何とも思わない。彼らに代わる代わる撫でてもらうと、権兵衛はうっとりと眼を閉じて横たわり、前足を持ち上げて腹を見せた。少年たちは慎重に優しく老犬の腹を撫でた。

 権兵衛は十五歳の誕生日を迎えたばかりのスパニエルだが、もちろん誰も誕生祝いなどはしなかった。子犬だった頃はこの小学生たちのようにかわいがってくれたケイコさんやミチオくんも、最近は散歩よりも大事なことがあって、散歩はつい先日定年退職をしたお父さんの日課となった。

 お父さんはどちらかというとパチンコに行きたいらしいので、散歩の途中にこの公園のベンチに権兵衛を結びつけるとこういうのだった。
「しばらく大人しくしていろよ」

 お父さんがいなくなると、権兵衛はじっと眼を閉じて、鳥の声や樹々のざわめきに耳を傾ける。それから、こうして子供たちの相手をしたり、ベンチに座る孤独な老人たちの一人語りに相槌を打って過ごしたりするのだった。

 それから、時おりあの子が姿を見せると、しゃきっとして尻尾を振る。首に小さな鈴をつけた真っ白い猫、ヒナだ。ヒナのことは彼女がまだ人間の掌におさまりそうな子猫だった時から知っている。ケイコさんがまだ散歩に連れて行ってくれた頃、静かな住宅街をのんびりと歩いていたら、ぴょんと飛び出してきたのだ。

「きゃあっ」
不意をつかれたケイコさんは大声を出して、子猫はそれにびっくりして逃げだそうとした。そして、慌てたせいか権兵衛の足元に突っ込み、怯えて「みゃー」と叫んだ。

「おい、大丈夫か」
権兵衛が声をかけると震えながら叫んだ。
「ごめんなさい、食べないで!」
誰が猫なんか食べるか。

「新参者だな。この辺の子なのか?」
権兵衛が落ち着いて声を掛けたので、落ち着きを取り戻したヒナはこくんと頷いた。

「いや~ん! 子猫ちゃん、かっわいい~」
ケイコさんがヒナを抱こうとするので、驚いたヒナはじたばたした。

「大丈夫だ。怖いことはしないから、ちょっとだけつき合ってやってくれ」
権兵衛はヒナに頼んだ。

 それから権兵衛は時おりヒナに出会うようになって、犬と猫という種の違いと、人生、もとい猫生のはじまりと犬生の終わりという年齢の違いを乗り越えて、一種の友情を育んだ。好奇心旺盛で物怖じしないヒナは、たちまち街の人氣者になっていった。ケイコさんやミチオくんの興味が薄れ、人びとから少しずつ忘れられるようになっていった権兵衛と対照的だった。

 ヒナが、はじめて塀の上を歩いた時に「氣をつけろよ」と声を掛けてやったし、やんちゃな小学生たちの前に出た時にも立ちはだかってやったが、しだいにそんな必要もなくなってきた。ヒナはどんどん大きくなり、どこにでも出かけ、そして、みんなにかわいがられていた。

 それから、一年近く前に、ヒナに友だちが出来た。そう、今日も連れてきた黒いタケだ。若い俊敏な雄猫で、権兵衛と違ってどこかに縛り付けられているわけではない。猫らしく、ヒナと一緒に塀を登り、裏道を抜けて、つむじ風のように駆けている。ああ、よかったな。ボーイフレンドが出来たんだな。

「あ。タケとヒナだ!」
権兵衛の腹を撫でていた小学生は、わーっと騒いで二匹の猫のもとに走っていった。権兵衛は大儀そうに体を動かして、大切な腹を隠した。穏やかで平和な夏の午後。緩やかに時間が流れていく。こんな午後を楽しめるのもあとどのくらいだろうか。権兵衛は舌を出してハアハアと喘いだ。

「ねえ、タケちゃん」
ヒナがタケににこにこと話しかけている。
「何だ?」
「来年もひまわり、見にこようね」
「ああ……そうだな」
二匹の猫たちは、楽しそうに笑いあっている。

 ベンチの下に伏せながら、遠くから茶色い犬がその二匹を眺めている。君たちが、いつまでも、そう、この老犬がいなくなった後も、ずっと幸せであるように。そう心から願うと、権兵衛は日だまりを背中に感じて眼を閉じた。

(初出:2013年2月 書き下ろし)
関連記事 (Category: scriviamo! 2013)
  0 trackback
Category : scriviamo! 2013
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
 こんばんは。
優しい ゆっくりと流れる時間を感じる いい作品でした。
街角に 佇み つぶらな瞳で 目の前の風景を眺めている 年老いた犬。
同じ風景でも 違って見える そして 時の流れ方も…
文章のトーンの違いが楽しめる 面白い試みだと感じました。 
 
2013.02.07 12:34 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

これは絶対に犬だと思ったんですよね。
猫って、こういうトーンは持たないっていうか。もち姫はこんなこと死んでも言わないだろうっていうような。
紫音さんの作品を読んだ時に、これは中に入っていっちゃダメだ、外からこういう風に眺めていたいって思ったのです。

「scriviamo!」では、実にいろいろな試みを試していますが、これはちょっと新鮮でした。

コメントありがとうございました。
2013.02.07 14:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
この二人(二匹)って周りから見るとこんな感じなんですね
仲良しだなーって、私も読んでいて思いました^^

もともと動物視点のお話っておもしろそうだな、と思い至ったもので、一番自分に合っている気がして猫の視点にしたんです
それを世界観とかはそのままに犬の視点で書いてくださって、すごく嬉しかったです!
私ではきっと書けなかったものなので。
権兵衛自身も子を暖かく見守る親、という雰囲気で、とても素敵でした^^

本当にありがとうございました!
2013.02.08 10:43 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

私の方こそ、自分では絶対に書けない物語をいただいて、目から鱗でした。
この一点の曇りもない、優しくかわいい話に衝撃を受けるとは、私もずいぶん穢れた大人になってしまったのだなあと……。
この企画では、本当にたくさんの勉強をさせていただいています。

ご参加、ありがとうございました。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
2013.02.08 18:38 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
みずみずしく若い二人…二匹とどこか物悲しい大人と…
汚れちまった悲しみに、って感じでしょうか…
書き手の年齢差が
…とごめんなさい
二作品のトーンの違いを楽しませてもらいましたです
2013.02.09 01:34 | URL | #- [edit]
says...
おはようございます(^-^)/
大当たり〜。
年齢差が正解でございます。
出ますね。視点に(^。^)
今回の収穫でした。
コメントありがとうございました。
2013.02.09 10:58 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/460-ebdec727