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Posted by 八少女 夕

【小説】夜想曲 - 5- 太陽の乙女

ここ数日、文学系のブログの方ではじめていらっしゃる方が、ガンガン増えています。一年近くブログやっていますが、こんなことはじめて。いったいどうしたんだろう? ちょっと前まで、文学系の方の方がずっと少なかったのですが。はじめての皆様、はじめまして。毎日更新していますが、小説以外の記事の方が多いです。今日は、メインの小説の日です。さて、以下から、いつもの記事です。


「太陽の処女たち」という曲をご存知でしょうか。もともとはペルーの民謡のようです。ペルーと言えば「コンドルは飛んでいく」が有名ですが、その手の音楽です。大学時代に友人がカセットテープに録音してくれた曲が大好きで、私にとってのペルーのイメージはこの曲が元になっています。(追記に動画、くっつけておきました)
おなじ「おとめ」でも、今回の題名は「乙女」にしておきました。だって、ねぇ……。


はじめからまとめて読む



夜想曲(ノクターン) 
- 5 - 太陽の乙女


 エステバン・ホセ・リベルタは溢れ出す水流と戦っていた。顧客の二階に住む住人はひどい状態の部屋に住んでいた。ゴミの山をかき分けるようにして、水道管の詰まった洗面所を探さねばならなかった。下の住人は二日間も水漏れに苦しめられている。上の住人が我関せずなので、しかたなく自分のコストで配水管工を呼ぶ事になり、大変機嫌が悪かった。

 エステバンの腕には定評があった。この職業訓練はスイスで受けたのだ。緻密で正確な仕事の後は、問題がぴたっと収まるので、最近はリマの中心部にある豪邸からも仕事を頼まれる事があった。大きな建設会社の後ろ盾のある、エル・アグスティノのリョサ氏は最初エステバンに彼の店で働いてほしいと言った。郊外のチェロ・サン・クリストバルに一人で小さな店を構えている若者だが、既に脅威になりかけていたからだった。エステバンはためらいがちに断った。ヴィザがとれ次第、生まれ育ったスイスに戻ろうとしている事を打ち明けて。リョサ氏は大いに満足した。もし、君が残していく顧客がいたら、私たちに回してくれ、そう言って。

 しかし、今日のような仕事は、リョサ氏の店では死んでも請け負わない、踏んだり蹴ったりの仕事だった。ひどい悪臭の漂う不衛生な部屋で、まずは水浸しになったゴミの山をどけて場所を作らなくてはいけなかった。それから詰まっている配管を取り除くために、一度水栓を閉めなくてはいけないのに、錆びて老朽化した管は栓を閉めたと同時に穴が開き、そこからも水が漏れ始めた。ちくしょう。

 スイスにはこんなひどい仕事はまずない。ちょっと水が漏れただけで、この世の終わりのように大騒ぎするヒステリックな客はいるが、それでもバケツ二杯程度の水漏れだ。こっちは滝みたいに流れ、終わりもない。


 インカ帝国を築いたほこり高き民族の末裔たるエステバンはスイスで育ち、その冷たい社会に馴染めなかった。それでも、親兄弟がペルーに帰国した後も一人残り、スイスで生きていこうとした。十九歳の夏、ブレガリアの谷であの少女に会うまでは。

 マヤ・カヴィエツェルは、東洋人の顔をしていた。赤子の時に養女に出されスイスで育った十六歳の多感な少女は、驚くほどエステバンに似ていた。鏡を見る度に違和感を覚えると少女は言った。周り中は東洋人である事を期待するのに、その部分は何もない。けれど、二人の兄たちとはあまりにも違っていて、スイス人としてもしっくりとこない。自分自身でも得体が知れず、持て余しているのに友達と深くつき合う事などできない。だから、マヤは表面だけ友人たちに合わせる、間違った仮面を被ってしまった。

 マヤとエステバンは、すぐに恋に落ちた。二人とも似た顔つきをしていた。同じ言葉で話し、同じ痛みを抱えていた。鏡の中に閉じ込められた魂。

 だが、二人は先を急ぎすぎた。マヤはまだ高校生で、エステバンはマヤの養父母に責め立てられた。彼らの圧力でエステバンは職を失った。マヤと逢う事は望むべくもなかった。絶望して彼はペルーに帰ってきた。

 今度は、祖国で同じ戸惑いを味わう事になった。エステバンはペルーの社会にも馴染めなかった。激しい貧富の差、不正やごまかしの横行、時間は不正確で物事は半分機能しなかった。スイスにはなかった良さもたくさんある。鏡を見てどきりとする事はなくなった。人々の仲は親密で、食事や文化も求めていたものに近かった。けれど、やはり自分はここにも本当には属していない。マヤが「自分には属する所がどこにもない」と言った時に、彼は彼女を哀れに思った。何故なら、彼は祖国にそれがあると信じていたから。ペルーで、彼ははじめてマヤの心持ちを完全に理解した。祖国とは、パスポートに記載された国という意味ではなかった。遺伝子を伝えた祖先の多くが住んでいた土地でもなかった。エステバンにも祖国はなかったのだ。マヤに逢いたいと思った。だが、それは無理な話だった。


 先にペルーに戻っていた家族は故郷に馴染んでいた。もともとペルーで生まれ育った両親はもとより、十歳と、八歳でペルーに帰った弟と妹も、スイスの事はほとんど憶えていなかった。それどころか二人は長年会っていなかった兄に対して違和感を覚えていた。我が家で受ける疎外感はエステバンを苦しめた。自然と彼は家族と疎遠になった。両親の生まれ故郷イーカにいる意味はなくなり、彼はペルーに戻って数ヶ月で首都のリマに遷った。


 水との闘いは終わった。洗面所の床はだらしなく湿っていたが、掃除は彼の仕事ではない。そこだけ新しくて妙に浮いている配水管をもう一瞥すると、下の住人に報告して料金の請求に行った。その後しばらく、払いを渋る客と話を付けなくてはならなかった。濡れた服がまとわりつき不快だった。

 こういう時には、再びヨーロッパに行く決意をしたのは間違っていないと思う。


 六月のペルーは、冬のさなかだ。日照時間の最も短くなる冬至、つまり太陽神の生まれ変わりを記念して、毎年六月二十四日にはクスコでインティライミ祭が開催される。ほぼ丸々一ヶ月が祭り一色になるクスコとは違うが、リマでも人々は浮き足立っている。普段はスペイン語を話し、ヨーロッパの植民地時代の建物でビジネスマンとして働く人々も、この時期だけは先住民族の誇りをあらわにする。それはエステバンがスイスで夢見ていたような、過去に対する熱い熱情に似通うものがあった。

 工具箱を持って、足取り重く歩いていくと、横を民族衣装に身を包んだ少女たちが笑いながら通り過ぎていく。インティライミが近づくと、観光客が急激に増える。彼らはクスコに向かう前に必ずリマに滞在する。そして食事の時にはフォルクローレの流れるショーを観るのだ。今のは舞台に出演する踊り子たちに違いない。彼はふと「太陽の乙女」に思いを馳せた。

 インカ帝国には、太陽神に捧げられた選ばれし処女たちがいて、神殿の奥で機を織り、神に捧げる酒を作っていたという。絶対的な権力を持つ皇帝ですら顔を見る事すらかなわない、隔離された生活を送っていた誇り高き少女たちは、民謡「太陽の乙女たち」が伝える遠い伝説だ。彼が朧げに存在を求めていた乙女たちは、祖国では発見できなかった。観光名所と化したインカ帝国の跡地、観光の目玉としての祭り、俳優が演じる皇帝や神官や乙女。それらは祖国の偽りの姿ではないかもしれない。だが、過去の文明の深い底や、そこから湧き出る歓びを自分と人々の中に期待していた彼には失望が待っていた。


 自分を見失い、もがくエステバンの前に、突然現われたのは、忘れる事のできなかったかつての少女だった。去年の十月、夏の始まりだった。マヤが側にいた一週間、彼は全てがいつもと違っているのに氣がついた。朝起きるのも、夜夢見るために眠るのも幸福に満ちていた。工具を手に持ち水道管と果てしない闘いをするのも苦にならなかった。買い物に行き食材を選ぶのも、小さな台所で簡単な食事を作るのも満ち足りていた。それは、まるで夜と昼の明るさの違いのようだった。ああ、太陽の乙女だ、彼は思った。マヤは太陽の昇る国で生まれた女だった。彼女だったんだ。どれほど長く間違った場所を探していたのだろう。

 だが、十年経って突然現われたマヤは、二十六歳の自立した女性になっていた。焦茶色の丸い瞳は、同じ光を放っていたが、寄る辺なさや絶望感は以前ほど感じられなかった。全精神で彼に寄りかからってきた魂の飢餓状態は、もうどこにも感じられなかった。養父母による支配は終わっていた。行こうと思えば、地の果てにでも一人で行ける。そして側には親切な男が立っていた。

 エステバンは、完全に思い違いをしていた事を知った。あの魂の交わりを必要としていたのは彼の方だった。それを知って以来、彼にはペルーに残る選択肢はなくなった。どうしても見つけられないと思っていた、彼の心の太陽は、ペルーにではなく、スイスにあったのだから。

 店に戻り、郵便受けを覗いた。待ち望んでいた封筒がそこにあった。海を渡ってきた書類。かつて彼を雇ってくれていた、メルスに店を持つ親方が、彼のために労働許可を申請してくれて、ついに許可が出たという返事だった。ドイツやイタリアにも申請を出していた。どこからもまだ芳しい返事は来ていなかった。何度諦めようと思った事か。ようやくやり直す事ができる。それも思った以上にマヤの近くで。


 店に入ると、電話に不在の着信があった事を示すランプが点滅していた。番号を確認するとマヤからだった。二人の通話は、たいていがマヤの方からかかってくるものだった。ギリギリの生活をしているエステバンにはとてもスイスに長時間の国際電話をする余裕はなかった。だが、その経済的格差は彼女の成長と同じように、彼の心を苦しめた。電話一つするのすら不自由している事実は彼の自尊心をも傷つけた。移住にも金がかかる。スイスからペルーに移住するのはとても簡単だった。だが反対はそうではない。だが、それをマヤには言いたくなかった。マヤの側にいた、もう一人のエステバンは、WEBデザイナーだといっていたな。花形の仕事だ。さぞかしいい給料をもらっている事だろう。

 エステバンは、頭を振って、迷いながらマヤに電話した。
「エステバン? ごめんね、忙しいの? そうじゃなかったら、私からかけ直すわよ」
「いや、いいんだ。知らせたい事があるんだ。二ヶ月したら、またメルスで働ける。今日、親方の手紙が届いたんだ」

「本当に? 嬉しい。夢みたい……」
彼女の声は涙をこらえているようだった。

「僕も嬉しい。しばらく電話も難しくなるけれど、その分そっちに着いたらたくさん逢おう」
それを聞いて、マヤは少し黙り、それから戸惑いながら訊いた。
「エステバン、あの、住む所はどうするつもりなの?」

 まだ何も考えていなかったエステバンは答えに詰まった。
「それは、親方に安い部屋でも紹介してもらうか……」

「メルスだったら、クールから通えるわ。あの、もし、よかったら、私のところに……」
エステバンはしばらく黙った。

「君のご両親に殺されるんじゃないか…」
「私、あなたに逢いにいった事も話したの。あまり好意的には受け止められなかった。でも、私はもう子供じゃないから、誰と住もうと両親の許可はいらないの。ただ、あなたが、私と住むのは嫌だと言うなら、無理強いはしないけれど……」
「嫌なわけはないだろう。ありがとう、マヤ。僕はただ君の邪魔にはなりたくないんだ」

「私が嫌になったら、いつ出て行ってもいいわ。でも、スイスでの生活が軌道に乗るまでは、私にあなたの手助けをさせて。私は、あなたと少しでも一緒にいたいし……」

 マヤとの電話を切って、エステバンはふと前を見た。鏡に彼自身が映っていた。優しい、愛しいマヤ。彼女の深い愛を感じる通話を終えたばかりだというのに、鏡に映った男は疲れて苦しそうな顔をしていた。彼は「太陽の乙女」をみつけた。しかし、彼自身はインカの皇帝ではなかった。


 暗い小さな台所で、マテ茶を作る。戸棚から、小さな缶を取り出して、壊れかけた小さなテーブルの前に腰掛ける。缶の中に入っているのはコカの葉を乾燥させたもので、コカ茶用にペルー中のどこでも買う事ができる。コカインの原料である事は間違いないが、コカ茶を飲むだけで酩酊する事はない。マテ茶よりも美味いと思う。だが、エステバンはこの茶を飲む事はほとんどなかった。

 彼の心はこの十年間ずっとペルーとヨーロッパの間を彷徨っていた。この地に足をつけて生きていく決意がないのに、この国から持ち出せない植物に依存した状態にはなりたくなかった。実際、二ヶ月後には彼はスイスに旅立つ。この葉ともお別れだ。彼は葉を一つ取り出して、噛んだ。体は軽くなり、不安はわずかに消えたように思われる。だが、中毒になるような変化ではない。マヤがこの台所にいた瞬間と、えらい違いだ。そう、これっぽっちの効果のものでも禁止するというならば、世界中の女をも撲滅しなくてはならないだろう。彼はゆっくりとマテ茶を飲むと立ち上がって、缶の中のコカの葉をゴミ箱に放り込んだ。

追記

友人が録音してくれたのと、全く同じ演奏家による動画発見。 貼っておきます。

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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
《黒髪のエステバン》、すごく心が何ていうか・・・真面目で真摯な、長所である筈のその特質が今は、後ろ向きな方に作用してるような気がしました。現実的な格差に戸惑うエステバンに、しなやかで光のイメージがあった前回のマヤとの対比が、今回胸に痛かったです。
「この国から持ち出せない植物」など、初めて知ったペルー事情が、今のエステバンのちょっと薄暗い気持ちと噛み合って切なかったです。「太陽の乙女」の楽曲が明るい民族的な感じだったので、尚更こう・・・太陽に照らされて影がたくさん出来てるみたいなイメージも重なって・・・
次回最終回!・・・ですが、どういう方向にお話しが進むのかちょっとハラハラドキドキしてます。
2013.02.13 10:55 | URL | #- [edit]
says...
 こんばんは。
確かになぁ スイスは 清潔で 綺麗で 端正でーーーー
ペルーでの生活とは また違った 覚悟が必要そうですね。

そう言えば ペットボトルで 太陽のマテ茶って 売ってたなぁ…
明日でも 買って飲んでみよう。
2013.02.13 11:54 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

黒髪のエステバンもまた、アイデンティティ・プロブレムを持つ人間だったということが、よくわかりました。
おそらく、マヤが日本に帰った(行った?)としても、彼と同じようにアイデンティティのギャップを感じざるを得なかったと思います。結局、どこにも属さない自分は、どこにいるのがモア・ベターなのか、そういう選択をすることになるのでしょうね。
アイデンティティ・プロブレムという枷をはめられたエステバンのファミリーネームが、リベルタ(自由)というのも、なんだか皮肉な感じがします。

大人になって自立した二人が、スイスで暮らし始める。その未来に、所得の格差や、合法ドラッグ(?)、エステバンが抱えた陰影が、一抹の不安を投げかけているのが気になります。
次回は、いよいよ最終回ですね。楽しみです。

それにしても、ペルーの文化や風習や社会情勢にずいぶん詳しいですね。すごくリアリティがあります。その点にも感心しました。

2013.02.13 17:27 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

日本人をはじめとするアジア人と、南米の原住民は、顔の作りが似ているので、たぶん祖先は同じだと思うのですが、どういうわけだか平均的に南米の人たちの方が意味もなく悲しげなのです。これは私だけの印象ではなくて、連れ合いもそういっています。もちろんヨーロッパからの移民の子孫たちは、普通の白人の顔で、別に悲しそうでもないのです。

同じペルー人でも、《黒髪のエステバン》が《ふざけたエステバン》と比較して、暗くて後ろ向きな性格に設定したのは、そういう私の印象が元になっています。マヤと比較しても《黒髪のエステバン》が暗いのも、同じ顔の作りでも日本人がそんなに悲しげでないところに出発点があったりします。それに、ご指摘のように、国や経済的なの格差も彼を暗くしています。この辺のやりきれない感じは、すべて私が実際に会ったいろいろな国籍の人たちとの対話の中から出てきています。

コカの葉は、コカインの原料ですからね。昔はコカコーラに入っていたくらいですから、そのものはそんなにヤバくはないのですが、とにかく持ち出し厳禁です。

そう、来週、最終回です。ぜひ最後までおつき合いくださいませ。
コメント、ありがとうございました。
2013.02.13 18:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

日本人には、けっこう過ごしやすいのです、スイス。
時間にきっかりで、お隣の人が勝手に家の中に入ってきたりしなくて、天候の話題だけてそそくさと別れられて。
ね、日本みたいでしょ? これがラテンの人びとにはかなり堪え難いらしいんですよね。

太陽のマテ茶ってのがあるんですか? じゃ、11月に帰国したら飲んでみようかな〜。

コメントありがとうございました。
2013.02.13 18:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。これはマヤのアイデンティティ・プロブレムの話ではなくて、二人ともの話なんです。名前の皮肉に氣づいていただけたとは、嬉しいです〜。
いちおう来週で終わりなので、大した問題にはなりませんが、今回の暗っちい流れのまま最終回に向かいます。ご期待ください。(ってほどでもないんですが)

ペルーの話は、私の中では三層に別れています。一番下が姉が子供の時にインカに狂っていたので、その影響で身に付いた知識。それから二層目が、スイスで知り合った三人くらいの南米に縁のある方々。そして一番上が「インターネットでのにわか知識」です。組み合わせると、それっぽくなりましたかね? 本人としては、詳しい方にいつ突っ込まれるかと、戦々恐々なのです。

コメントありがとうございました。
2013.02.13 18:30 | URL | #9yMhI49k [edit]

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