scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

樋水龍神縁起の世界 - 1 -

また新カテゴリーを作ってしまいました。「樋水龍神縁起の世界」です。「大道芸人たちの見た風景」と同じで、三月から連載を予定している「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」用の宣伝カテゴリーなのです。ただ、実は「scriviamo!」で外伝を準備中で、本人の中では再びこの世界が前面に押し出されているのですよ。いや、例によって、勝手に一人で盛り上がっているだけなのですが。

出雲大社にて


この写真は、2011年の秋に日本に行った時にはじめて行った出雲大社での一枚です。「樋水龍神縁起」という題名から、この小説は時代物だと思われる事が多いのですが、メインの舞台は現代です。それどころか「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」にいたっては、近未来小説です。でも、書いている本人としてはメインの舞台が現代でも平安時代でもあまり変わらない感じで書いています。そうなる原因が、出雲という場所にあるのです。

この写真、平安時代の物語のイメージ写真としても十分にいけると思いませんか? 千年前も今も同じように佇む世界。ここに息づくあってなきもの、延々と繰り返される自然と人の営み。これが私の中の「樋水龍神縁起」の世界観だったりします。

新連載「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」と、写真で語る「樋水龍神縁起の世界」、しばらくおつき合いいただく事になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。



官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。
縦書きPDFで読む(scribo ergo sum: anex)
関連記事 (Category: 樋水龍神縁起の世界)
  0 trackback
Category : 樋水龍神縁起の世界

Comment

says...
 こんにちは。
ここに息づくあってなきもの… 此の一文が 凄く気になります。
どの様にも 取れる言葉 此処に かってあり  失われたものなのか  
唯 目に見えないものと言う事なのか…

昔のモノでも 十分現在的なものもありますからね 虫愛ずる姫君の考え方とか 十分現在でも通じる。
人って 所詮 たいして変わらないのでしょうか。
2013.02.17 06:25 | URL | #- [edit]
says...
自分の中で、「樋水龍神縁起」は、とても熱い作品なので、新カテゴリーは嬉しいです^^
樋水龍神縁起、もし私が人にすすめようとした時に、なんて説明すればいいか、ちょっと迷います(笑)でも、八少女さんが仰るように、現代でも近未来でも、根底に流れるものは一貫しているような、そんなお話しなのですよね。龍や平安という要素が好きな方は、そちらにより興味を惹かれるかもしれないし、恋愛に趣を置かれる方は、人間関係に興味を抱かれるかもしれない・・・

時代や時やその時代の価値観を越えて人の心を打つもの、捉えるもの。
出雲という場所はそんな場所なのですね。「樋水龍神縁起」も、そんなお話しだと、私は思います。
お写真も、本当に平安時代と言っても全然違和感がないです^^
2013.02.17 08:19 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは

> ここに息づくあってなきもの… 此の一文が 凄く気になります。
> どの様にも 取れる言葉 此処に かってあり  失われたものなのか  
> 唯 目に見えないものと言う事なのか…

鋭いご指摘。実は、この言葉を両方の意味で遣っています。
この話ではストーリーの動機付けとしての「千年前の因縁」があるのですが、それ以外に、ストーリーなんか全く無視して、私の中での「般若心経」の解釈がものすごく重要なモチーフとなっています。「滅びてしまった肉体」と「いまだに続いている魂」、それに「見えている物質」と「(一般の人の)目には見えない何か」、「自然現象としての河川ならびに瀧」と「樋水龍王神社の神である龍(または蛟)」、「陰」と「陽」「男」と「女」、「生」と「死」、といった相反する概念がたくさん出てくるのです。で、般若心経の世界観からするとそれはすべて同じ一つのものであるという悟りがあって、本編では、主人公たちがそこに辿りつくまでを描いているのです。で、「あってなきもの」とは、その世界観をぼやけた言葉で表現しているのです。

「Dum Spiro Spero」の方は、そういう話ではなくて、もっと普通の人間社会の中での話なのですが、やはり本編あってこその、スピンオフなので、連載を開始する前に「10分でわかる樋水龍神縁起」みたいなネタバレ記事を用意しようかなあと思っています。

技術や人びとの暮らしぶりは平安時代と今では相当変わっていますが、もっと根本的な部分では、変わっていないものも多いと思うんですよね。神仏と対峙する寺社の営みや民俗信仰なんかはとくにそのまんまの部分も多いんじゃないかなあ。この辺は、寺社が多くて身近にある関西の方が、関東よりも実感する部分が多いと思います。なんとなくですけれどね。

コメントありがとうございました。
2013.02.17 14:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

「春、朱雀」あたりは、いかにもありがちなモチーフがゴロゴロしているんですが、途中からそういう期待をしている方々を置いてけぼりにする小説……かも。官能といっているわりに正式にR18指定にするほどの官能表現でもないし。

出雲大社や島根県には、眼に見える形で、それから肌で感じる事の出来る世界として平安時代と現代を飛び越えた空間があるのですが、実をいうと私がこの小説を書いた時はまだ出雲に行った事がなく、浮かんでいたのは日本、つまり豊葦原千五百秋瑞穂國のイメージでした。で、後付けで出雲に行って「ああ、やっぱりそうだった」って感じでしょうかね。

「Dum Spiro Spero」は「樋水龍神縁起」と「大道芸人たち」を繋ぐ中間地点でもあります。(同じサブキャラが出てくるし、クラッシック音楽もたくさん出てくる)
恋愛要素もかなり強い(っていうか、ほぼそれだけかも……)なので、またお読みいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2013.02.17 14:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
私にとって、樋水龍神縁起はかなり衝撃的な作品でした。
ありがちな輪廻転生ものの恋愛小説かと思いきや、深い思惟に裏打ちされたお話で、正直、八少女夕さんの説明がなければ、第四章や、あの衝撃のラストシーンは理解できなかったと思います。今でも、完全に理解しているかは怪しいものですが(笑)
なので、このカテは嬉しいですね。御作への理解が深まりそうな気がします。
「大道芸人たち」でも、出雲編、とくに樋水龍王神社で奉納演奏するくだりはすごく好きなところですので、「Dum Spiro Spero」は楽しみです。

出雲は、すごく興味を引かれる場所ですね。現代日本にありながら、古事記の世界を色濃く残した土地、という気がします。実際にあの地に行ってみれば、ヤマトとはちがうもうひとつの国家や文化圏がここにはあったのだと思わされます。
2013.02.19 02:43 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

あの話は、私の作品の中ではかなり異色ですよね。「衝撃のラストシーン」、ウケました。私自身が「ええ〜、こうするか〜」と憤慨した結末でした(笑)。
「Dum Spiro Spero」の方はかなり「ふつー」です。ご安心ください。
TOM-Fさんはクラッシック音楽の方にも造詣が深いので、もしかするとその辺はお好みかもしれません。
(何が何でも読ませようとする、この姑息なやりかた!)

学生時代から、飛鳥時代、平安時代の事は大好きだったのですが、実は神道の事には非常に暗く、出雲が文化や神様のことで特殊なのは、この小説を書き出すまでよく知りませんでした。でも、調べれば調べるほど「やっぱり出雲!」になってきて、よくこの話思いついたなあ、龍が導きにきたのかなあなどと、勝手に思っていました。

TOM-Fさんが「あちら」を書いてくださったので、私、かなりこっちの世界で盛り上がっております。ついでにジャパニーズ好きな感じもいつになく盛り上がっています。11月の渡日時にはどこか旅行しようっと。出雲にはいけないかなあ……かなり予定が詰まっているからなあ。行きたいですが。

コメントありがとうございました。
2013.02.19 18:58 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/468-69a94047