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Posted by 八少女 夕

【小説】教授の羨む優雅な午後 — 『ニボシは空をとぶ』二次創作

scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 4月号参加 掌編小説 読み切り月刊・Stella ステルラ


「scriviamo!」の第十七弾です。高橋月子さんは、『ニボシは空をとぶ』 シリーズの世界に、なんと私を登場させてくださいました。ありがとうございます! 

高橋月子さんの書いてくださった小説『桜坂大学医学部付属薬学総合研究所 桜井研究室のある一日』

月子さんは、オリジナル小説をメインに、イラストや活動日記などを載せていらっしゃる星と猫とお花の大好きなブロガーさんです。月刊・Stellaでもおなじみの『ニボシは空をとぶ』 シリーズでは有能で個性的な研究者と優しい事務の女性が活躍するとても楽しくて素敵な小説です。

お返しの掌編小説は、月子さんの小説の設定そのまま、翌日の設定で作らせていただきました。せっかく小説家「ヤオトメユウ」(何故かプロの小説家になっていて、拙作「夜のサーカス」が書店で平積みになっているらしいです!)を登場させてくださったのに、結局こうなってしまうのは、私のお茶やお菓子に対する煩悩が……。

※まさか、本氣になさる方はいらっしゃらないとは思いますが、この話はフィクションです。私は小説家デビューはしていませんし、「夜のサーカス」が出版されている事実もありません。念のため。


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教授の羨む優雅な午後 — 『ニボシは空をとぶ』二次創作
——Special thanks to TSUKIKO-SAN



「ところで、フラウ・ヤオトメ」
クリストフ・ヒルシュベルガー教授は、歩みを緩めて厳かに口を開いた。

「なんでしょうか、教授」
花が咲き乱れ彩りに満ちた桜坂大学の広い構内を、シンポジウムの会場間の移動中であった。開始時間が氣になっていた彼女は、片眉をちらりとあげて、教授の真剣な面持ちを見た。教授はツィードの仕立てのいい背広の襟をきちっと合わせ直し、まともに彼女を見据えて問いただした。
「あなたは、私に隠していることがあったのだね」

「おっしゃる意味が分かりませんが」
う~、今はやめてほしいな、と心の中で舌打をしながら、夕は教授の厳しい追及を逃れられないことを感じていた。

「まず第一に、『チルクス・ノッテ』とは、何かね?」
「なぜ、その単語を?」
夕は、訝しく思った。教授が日本語をひと言も解せないのは間違いない。昨日、桜井准教授の研究室で何名かが話題にしていた彼女の小説『夜のサーカス』のことがわかるはずはないのだ。

 夕は国際結婚をしてスイスに住んで十三年になる。ようやく長年の夢が叶って日本で小説が出版されたが、それだけで食べていくことは到底無理で、秘書業務をしていた。ヒルシュベルガー教授の研究室に秘書として雇われ、週に四日は研究室に通っている。三日前より日本での国際医学シンポジウムに出席する教授の通訳を兼ねて、久しぶりに日本に帰って来ていた。本来ならば、勤めて半年で海外シンポジウムに同行することなどありえないのだが、行き先が日本だったことと、扱いの難しい教授の世話が上手だという評判で、大学側も喜んで旅費を計上してくれたのだった。

 せっかく日本に帰って来たので、わずかな自由時間に書店に出向いた。わずかの間とはいえ、自分の本が書店に並んでいるのは嬉しくて思わず顔が弛む。ましてや、目の前で自分の本を買ってくれる人を見るなど、夢にも思っていなかった僥倖だった。それをしてくれたのが、偶然にも、昨日桜井研究室で紹介された今井桃主任だった。聡明で自信に満ちた優秀な研究者が、小説を褒めてくれたのだ。でも、日本語のわからないヒルシュベルガー教授がどうやってその話題に感づいたのだろう。

「フラウ・イマイと、フラウ・イヌイの手にしていた、同じ本の表紙に、その単語が書かれていた。あなたはあの本について、とても詳しそうに話していたね」
ちっ。確かに、装丁にはアルファベットで「Circus Notte」と書かれている。それを見られてしまったのか。夕は天を見上げた。面倒くさいことになってきたな。

「実は、あれは、私の書いた小説です。でも、日本でしか売られていない本ですし、教授があのような本に興味があるとは夢にも思いませんでしたので、申し上げなかっただけですわ」
「興味があるかどうかは、私が自分で判断する。あなたは、私の秘書なのだから、公式な活動のすべてをきちんと報告する義務があることを忘れないように。次回からは、本が出版されたら必ず報告しなさい。それから、帰りの飛行機の中で、その本を朗読してもらおうか」
「え。朗読しても、教授には日本語がおわかりにならないではないですか」
「もちろん、ドイツ語に翻訳しての朗読だ」

 夕は、頭を抱えた。この教授付きの秘書になってまだ半年だが、彼女はここ数年で勤務暦が一番長い女性だと、周りから驚愕されていた。彼がことごとく型破りな要求をするので、なかなか秘書が居着かないのである。

「それだけではない」
続けて教授は畳み掛けた。
「なんでしょう」

「昨夜、テッパンヤキの店に行くことを断った、納得のいく理由をまだ聞いていない」
夕は毅然とした態度で言った。
「昨夜は歓迎パーティに出席なさると、二ヶ月も前からお返事なさっていたではないですか。パーティのお料理がそんなにお氣に召さなかったのですか」

「ふむ。あれは前菜みたいなもので、適当にぬけ出して、マツザカ・ビーフを食べようと来る前から思っていたのだ。それを、あっさりと却下したね。だいたい、あなたはパーティでもほとんど料理に手をつけていなかった。何か理由があるのではないか」

 ううう。なんて鋭いのよ。夕はたじたじとなった。これだけは知られないようにしようと思っていたのに、仕方ない。
「すみません、パーティの前にちょっと食べ過ぎてしまいまして、ほとんど食欲がなかったのです」

「パーティの前とは、私が、あのつまらない学長にミュンヘンの思い出を語られていたときだね。グリーン・ティしか出てこなくて、私がひもじい思いをしていた時に、あなたがいったい何を食べていたのか、報告してもらおうか」
「はあ、実は、桜井先生の研究室で、美味しいお茶を……」
「お茶だけかね」
「いえ、その、三色さくらプリンや……」

「三色さくらプリンだと!」
はじまった……。夕は絶望的な心地がした。どうしてこの人は、こんなに甘いものに固執するんだか。
「あの学長と私が薄い茶を啜っている時に、あなたはフラウ・イマイやフラウ・イヌイと三色さくらプリンを食していたというのか? 断じて許せる行為ではない!」
「わかりました。この後、再びフラウ・イマイに連絡して、どこで入手できるか確認して調達しますので、とにかく今はシンポジウムの会場に行ってください。本当に、もう」

 シンポジウムがはじまると、夕はそっと会場をぬけ出して、昨日楽しい時間を過ごした研究棟に向かい、入り口から今井桃主任に電話を入れた。

「主任~、入り口からお電話です」
今井桃は銀縁眼鏡の長身の青年から怪訝な顔で受話器を受け取る。
「誰かね」
「それが、昨日の、あのヤオトメユウさんですよ」
「なんだって」

 研究室の桜井チームの面々は、電話で話す今井桃の様子を興味津々で伺っていた。最初は怪訝そうだった桃は、次第に笑顔になり、それから大声で笑ってから言った。
「心配ありません。今からうちの高木研究員をデパートに走らせます。ええ、シンポジウムが終わりましたら、どうぞ教授とご一緒にお越し下さい。昨日のミーティングの続きですな」

「デパート?」
高木研究員は、自分の名前が出たので首を傾げながら、受話器を置いた桃に訊いた。彼女は愉快そうに笑いながら言った。
「昨日の三色さくらプリンを、あるだけ買い占めてきておくれ。それと、君の偉大なセンスで、日本国最高のスイーツを厳選したまえ。どうやらヒルシュベルガー教授は我々の同志らしい。このあと、教授と桜井准教、それから夕さんもまぜて盛大なミーティングだ」

 その午後に桜井研究室では再びミーティングという名のお茶会が催された。テーブルの上には、桜のフレーバーティに、イチゴのタルト、チョコレートブラウニーに、クリーム入りどら焼き、さくっと軽いパイ菓子、種類の豊富なクッキー、オレンジ・ティラミス、そして、もちろん三色さくらプリンが、所狭しと並べられていた。そのほぼ全種類に舌鼓を打ったヒルシュベルガー教授は、すっかり今井桃主任と意氣投合し、来年のチューリヒでのシンポジウムに桜井准教授と必ず一緒に来るように約束させた。

「我が家で、チョコレート・フォンデュを一緒にしましょう。日程の調節はまかせたよ、フラウ・ヤオトメ」

 イチゴのタルトに夢中になっていた夕は、我に返ると急いで口元を拭いた。桜フレーバーティを飲んでから、取り繕ってにっこりした。

 桜井研究室は今日も春らしい和やかな笑いに満ちていた。

(初出:2013年3月 書き下ろし)
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Category : scriviamo! 2013
Tag : 小説 読み切り小説 コラボ 月刊・Stella

Comment

says...
私も早く買ってきてサインをもらわなくちゃw
2013.03.17 09:32 | URL | #- [edit]
says...
おはようございます。
私も買いたいです(^-^)/

コメントありがとうございました。
2013.03.17 10:04 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さんこんばんは
スペインはいかがですか?美味しいお料理召し上がっていますか?

素敵な素敵な小説ありがとうございます。
思わず大笑いしながら読んで、隣にいた猫に不思議そうな顔で見つめられてしまいました。
ああ、ヒルシュベルガー教授なんてお茶目な教授でしょう。きっと口髭を蓄えて上品なツイードの上着を着こなして壇上では威厳のある声で講演を行い、終わると甘いお菓子を頬張られたのですね。
 桜井准教授ほどの背丈の教授と140センチ台の小柄な桃とが意気投合しながらお菓子を食べている姿が目に浮かびます。夏のチューリッヒのシンポジウム……続編書かねばですね。きっと桃は桜井准教授の助手になっているころです。
夕さんの心の叫びもおかしくて、医療系の教授(管理職含む)ってかなり曲者だから、
 きっとこれからも桜井研究室では季節に併せたお菓子の数々が登場します。
 またユウさん、夕さんのご登場もお願いするやもしれません。
 月子の世界を素敵な物語に書いてくださって、本当にありがとうございました。

PS.今まさに月子は紅茶と焼きドーナツ(メープル味)を口に頬張っています。
2013.03.17 12:41 | URL | #- [edit]
says...
 こんばんは。
サイン サイン!!!!! 
いいですね こーゆー教授の講義聞いてみたいなぁ。
あっ でも 医療かぁーーー

八少女さんのイメージが この前のスカイさんのイラストと この小説で 形作られてきています。
2013.03.17 12:50 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。
ポルトガルのポルトにいるのです。お菓子とポートワインの日々です(^-^)/

すみません。せっかく本人の百倍素敵に書いていただいたのにこんな事に…
研究室をなんと心得るって感じですよね。
でも、勝手に約束してまで、続編でまたお菓子尽くしの競演したいです。

素敵な作品、本当にありがとうございました。
2013.03.17 17:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

えへへ。
おだてて書いていただいたので、そのまま木に登ってみました。
こういう教授なら、一緒に働くのも悪くないですよね。
ウゾさんにも書いてほし〜な。

どんどん、私の虚像(よすぎ)がひろまって収拾つかなくなってますね。
ま、いっか…
コメントありがとうございました。
2013.03.17 19:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは
夕さん大活躍ですね!
クリストフ・ヒルシュベルガー教授、名前もいいですけどキャラも素敵です。
桃との組み合わせも絶品でした。
とても楽しかったです。
でも、もうお腹一杯です。
甘すぎて胸焼けが……。
僕はあまり甘党ではないので……。

やっぱりポルトガルでしたか。
今回はバイクじゃないんですね。
天候に恵まれてよかったです。
そして、楽しんでください!!!
2013.03.18 14:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。
活躍すればいいのに、おたおたしたり食べたりしているだけで(ー ー;)

ヨーロッパの甘党は半端なく食べるので見ているだけでお腹いっぱいになります。
桃さんと仲良くなれそうなキャラにしてみました。

春の休暇は一週間なのでたいてい飛行機で暖かい所に行きます。
のんびりしています。

コメントありがとうございました。

2013.03.18 16:40 | URL | #9yMhI49k [edit]

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