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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと極彩色の庭

月末の定番「夜のサーカス」です。少しずつですが読者に誰かさんの過去が開示されています。といっても、何が何だかだろうな。
このストーリー、半年以上前から連載しているので、最近このブログを知った方は取っ付きにくいかもしれません。が、まだ「あらすじと登場人物」だけ読めば十分付いていけます。よろしかったらどうぞ。


月刊・Stella ステルラ 5,6月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物




夜のサーカスと極彩色の庭

夜のサーカスと極彩色の庭


 レモン色のボールがくるくると宙を舞う。軽やかに弾んで、高く、低く、生きもののように整然と綺麗な放物線を描く。右の掌から飛び立って、行儀良く左の掌に戻ってくる。一つ、二つ、三つ、あまりに速いので、その数はなかなかわからないが、現在飛び立っているボールは六つだ。この辺までは熟練したジャグラーには余裕がある。ヨナタンの動きはおどけて滑稽だが、目は笑っていない。

 丁寧に一つひとつの動きを鍛錬する。本番でヨナタンが失敗することは至極稀だった。彼は覚えたての八ボール投げを興行で使用することはしない。練習で百回試して、すべて成功するレベルにならないと、誰に何を言われても興行には使わない。団長ロマーノやその妻のジュリアは、そのことに文句を言わない。彼が、どれだけの時間を割いて鍛錬を続けているかよく知っているからだ。

 チルクス・ノッテの出演者たちは、ジュリアのプランによって鍛錬をしていたが、基本的には本人の意思が最も尊重された。たとえば、早朝に大テントの舞台でステラがバレエのレッスンを自主的にはじめた時にも、すぐに許可がおりた。空中ブランコ、大車輪、馬の上での倒立、ライオン芸、空中綱渡りのレッスンは一人で行うことは許されない。事故が起った時に即座に応急処置ができるよう、かならず誰かが監視しなくてはならないからだ。マッテオにはエミーリオ、ルイージにはマルコが、ステラのレッスンには主にヨナタンがついた。

 そういうわけで、ステラが早朝バレエのレッスンをする時には、同じテントの端の方でヨナタンがジャグリングの鍛錬をし、それから引き続き二人でブランコの訓練をするというのがここ数ヶ月のパターンになっていた。ステラはヨナタンと二人で過ごす朝のひと時を大切に思っていた。もっとも、ここしばらくはブランコの時間には、ようやく起きだしてきたマッテオがバレエレッスンを同じテントではじめるので、完全に二人きりというわけではなかったのだが。

「今日の午後、何か予定はある?」
ステラはブランコから降りてくるとヨナタンに訊いた。この日は昼の興行がないので自由時間になったのだ。ヨナタンは首を振った。
「特に何もないけれど、どうして?」

ステラはヨナタンからタオルを受け取って、汗を拭くと小さな声で言った。
「あのね。肉屋に行きたいの。でも、一人で外出しちゃダメだって……」

 先日のチルクス・ノッテでの野犬騒ぎ、目撃譚によってそれが狼であったことが伝わると、町は大騒ぎになり、昼でも一人での外出は避けるようにとの通達が来たのだった。襲われかけた当のステラとしては、一人で外出するのが怖いのは当然だった。しかも、肉屋に行くというのでは。

「一緒に行こう。でも、なぜ、肉屋なんだ?」
ヨナタンが訊くと、ステラは少し顔を赤らめて答えた。
「ヴァロローゾにお礼をしたくて」
ヨナタンは笑って頷いた。狼に囲まれて絶体絶命のピンチに陥ったステラとヨナタンは、襲われる覚悟をした。あの時、マッダレーナが連れてきてくれた雄ライオン、ヴァロローゾが狼たちを追い返してくれなかったら、二人はこうして無事ではいられなかっただろう。

「なんだよ、それ」
マッテオが怪訝な顔で近づいてくる。この若い青年は、ステラとヨナタンが親しくするのを快く思っていないのだ。ましてや二人だけの秘密があるなんて聞き捨てならない。

「この間の、野犬騒ぎの件なの。マッテオには関係ないでしょ」
「ふ~ん。僕も、この後、町に行こうと思っていたんだ。ヨナタンに用事がないなら無理していかなくても、僕がステラと……」

 それを聞くとステラはものすごい形相でマッテオを睨みつけた。余計なことを言わないで! ヨナタンは肩をすくめて言った。
「用事はあるよ。注文したナットを取りにいかなくちゃいけないんだ」

 ステラは大急ぎで言った。
「ほらね。私たち、この後すぐに行くから、マッテオはブランコレッスンの後で、エミーリオといきなさいよ。団長の用事で町に行くって言っていたもの」
それから、ぽかんとするマッテオをそのままにして、肩をすくめるヨナタンの腕を取って大テントを出て行った。


 
 それは大きな肉のかたまりだった。もちろんステーキ用肉などではないので、キログラムあたりは廉価なのだが、ライオンへのプレゼントに一キログラムというわけにはいかない。

「ヴァロローゾ、喜んでくれるかしら」
ステラが心配そうに言うと、ヨナタンは笑ってその重い紙袋を持った。
「間違いなく喜ぶよ。他のライオンたちが妬まないといいけれど」

 キャラバン村へと戻る道すがら、ステラは紙袋が重すぎるのではないかと、心配そうにヨナタンを見た。
「心配いらないよ。そんなには重くないから」
「でも、あのね。もし、重すぎなかったら、二分ほど遠回りなんだけれど、こっちの道を行ってもいい?」
そう言って、左側の道を示した。ヨナタンは微笑んで頷くと、通ったことのない道へと向かった。

「こっちに何があるんだい?」
「あのね。とっても素敵なお庭のお屋敷があるの。この前通った時、花がいっぱいで、ヨナタンにも見せたいなって思ったの」

 そうして、ステラは長い塀のしばらく先にある華奢な鉄細工の門の前にヨナタンを連れて行った。
「ほら」

 それは、大きなヴィラだった。春から初夏の花がこれでもかと咲き乱れている庭が広がっていた。薔薇、飛燕草、ダリア、百日草、ナスタチウム、牡丹、かすみ草……。アーチに、華奢な東屋に、木陰にこれでもかと咲いた花が寄り添い、風に揺られて薫りを運んできた。ステラはこの庭が大好きだった。こんなに美しい庭は見たことがないと思った。

 ヨナタンも好きでしょう? そう言おうとして、彼の方を振り向いた時、青年の顔に浮かんでいる表情にドキッとして、押し黙った。

 彼は、眉をひそめて、むしろ泣きそうな表情でその庭を見ていた。どこか苦しげで悲しそうですらあった。

 その瞳が見ていたのは、イタリアの郊外の町にあるヴィラの庭ではなかった。現在、咲き乱れている花でもなかった。



「ねえねえ、パリアッチオ、この花。一緒に球根を植えたやつだよね」
金色の髪の少年が満面の笑顔で言う。ぷっくりとした小さな手がもう一人の少年の掌をそっと包む。嬉しくて嬉しくて仕方ない、幸せな少年。遅咲きのチューリップの、艶のある赤と黄色の花びらを愛おしそうに撫でる。その中には秘密のようにおしべとめしべが見えている。二人でその花を覗き込んで微笑みあう。

「あ、そうだ。ママに花束を作ろう」
「そうだね、ピッチーノ。花の女神様になるくらいたくさんの花を贈ろう」
二人で摘んでも摘んでも、その庭の花は尽きることがなかった。白、ピンク、黄色、赤、薄紅、橙、紫、青……。花の薫りにむせ返るようだった。青空には翳りがなく、陽射しが強かった。遠く薔薇のアーチから、すらりとした影がこちらに向かってくる。
「まあ、二人ともここにいたのね」

 鳶色の艶やかに輝く髪が、肩に流れている。金色の輝く瞳が微笑んでいる。あたりは薔薇の香水の薫りに包まれる。

「ママ! ほら、これ!」
「僕たち、花束を……」
「まあ、二人とも、本当にありがとう」

背の高い方の暗い鳶色の髪の少年は、金髪の少年が女性に駆け寄ってその首に抱きついたのを眩しそうに眺める。一幅の絵のような光景。完璧な美。
「まあ、ピッチーノ。あなたは本当に赤ちゃんね」
それから、彼女はたくさんの花を抱えて立っている少年の方にも顔を寄せて、その頬に優しくキスをした。

 何かを口にしようとした時に、向こうから駆けてきた年配の女性が、それを遮った。
「まあ、皆さん、こんな所に。若様、イタリア語の先生が書斎でお待ちですわ」

 彼は、その女性、マグダ夫人が持ってきたニュースに失望の色を見せた。
「でも、まだ時間は……」
「そうですが、先生をお待たせはできませんわ。奥様、そうでしょう?」

「パリアッチオ。マグダ夫人の言う通りだわ。さあ、お行きなさい」
そう言って、彼女はもう一度、濃い鳶色の髪の少年の頬に優しくキスをした。マグダ夫人と一緒に城の方へと向かいながら、少年はもう一度花園の方を振り返った。二人が笑いながら花を摘んでいた。青い空。眩しい陽射し。楽しげな歓声。

「さあ、若様。イタリア語の授業が終わりましたら、お母様と、それから小さい若様とお茶を召し上がれますよ」



「ヨナタン?」
その声で、彼は我に返った。
「大丈夫、ヨナタン?」
ああ、そうだった。僕はヨナタンで、ここはイタリアの……。肉の入った紙袋の重み。それからステラの心配そうな顔。金色の瞳。

「私、悪いことしてしまった? このお庭、嫌だった?」
ヨナタンはステラの方に向き直ると、優しく笑って首を振った。
「そんなことはないよ。本当に綺麗な花園だ。連れてきてくれてありがとう」
そう言うと、ステラの前髪を、その柔らかい金髪をそっと梳いた。鳥のさえずりが小さい少年の笑い声のように聞こえた。

(初出:2013年5月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
 こんにちは。
おおっ 話が動きましたねーー 
過去の幸せが 今を苦しめる そんな感じでしょうかーー
もう一人の少年は 如何したりのだろう  どの様な確執があったのだろう…

本当に ステラの眩しいような真直ぐな性格 ヨナタンにとっては 救いになっているのかなぁ。
まだまだ 恋人同士の感覚には程遠そうだけど ヨナタンにとっても 
ステラは掛け替えのない人物なのかなと 感じられました。
2013.05.26 09:19 | URL | #- [edit]
says...
あらすじと登場人物だけ読んでいても大丈夫、というお言葉を信じて読みました。
今まで公開されてた分もちゃんと読んで連載ペースに追い付きたい!!(早く読め

ステラの、ヨナタンを喜ばせたいがために見せた花園が、彼を苦しい表情にさせてしまったのかと思うと切ないですね…
それでもありがとうと言ったヨナタン、優しい人です。
野犬騒動のときに助けてくれたライオンさんにお礼をしようとするステラ、可愛いです
なんだかもうこの二人のやりとりがもう可愛いというか、ツボと言うか…!!

全体的に上手く言葉にできなくてすみません……。
次のお話も楽しみに待ってます!
2013.05.26 15:08 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

ええ、いい加減に話を進めないと。
ステラの話も進めていきますが、ヨナタンの方もね。
そう、お城には二人の少年がいたのですよ。何が起こってなぜこうなったかは、おいおい(っていうか、最終回?)に明らかになる予定です! (遠すぎる道のり)

この二人、恋人同士って感じは皆無ですが、しつこいだけが取り柄の火の玉娘はまだあきらめていないようです。
ヨナタンにとっては、どうなんでしょうね。再来月あたりに、若干また動く予定です。

コメントありがとうございました。
2013.05.26 18:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ありがとうございます。本当に大丈夫です。
この回もしくは前回あたりから、ようやくまともに話が進んでいるので。なんせ、その前はほとんどそれぞれの登場人物紹介みたいなものでして。

ステラは十歳も歳の離れたヨナタンに夢中で頑張っているのですが、かわいがってはもらっているんですけれど、まだ完全に子供扱いされていまして。ヨナタンには人には言えない過去があって、異国イタリアで道化師に扮してひっそり生きていることもあり、周りとの間に距離を置いています。でも、ステラに対してだけは、ちょっと距離を近くしているかもしれません。

このシリーズはステラが多少は成長し、ヨナタンが過去を乗り越えるまでのストーリーになっています。まだ先は長いんですが、おつき合いいただければとても嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2013.05.26 18:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは、TOM-Fです。

ヨナタンの過去は、ホント気になりますね。あのお名前、なんだかイタリアっぽいですけど、他の国なんですよね。ううむ、どこだろう。貴族や王族がいる国ですよね~。ん、公国か?

一生懸命なステラが、健気と言うか可愛いですね。うんうん、あきらめちゃいけませんよ。
ヨナタンもねぇ、相変わらず優しいんだか冷たいんだか。最後のあれは……ああいう姿を見たあとに、ああいうことされると、たまりませんねぇ。破壊力、すごすぎです(笑)
2013.05.27 07:08 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
ステラは素敵ですね。回を追うごとに素敵な女性になってくるように思います。
でもまだまだ子供なんですね。そこもいいのかなぁ。
ヨナタンはそんなステラのことをどう思っているのか、まだよく分かりませんが。
ヨナタンの過去が少しずつ見え始めてきて、なんだかすごそうだし。
マッテオも絡んできて面白そうだし。
その柔らかい金髪をそっと梳いた。
ヨナタン……しょうがないなぁ。
ヴァロローゾの喜ぶ様子が見たかったです~。
(こら!無茶を言うな。by先)
2013.05.27 13:58 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ご推察の通り、イタリア語ですが、これは三人の間だけのおふざけのあだ名です。実は、マグダ夫人がちゃんとした名前を呼んでいたのですが大人の事情(っていうか作者の都合)で、「若様」「小さい若様」になってしまいました(笑)

この「お城」のありかですが、もったいぶって隠してもいいのですが、隠すほどの深いネタバレ事情もないのでこっそり教えます。「あらすじと登場人物」のベージに関連地図がありまして、登場人物の出身地は青い星でマークしてあります。で、青い星は四つあるのですが、他の三つはすでに具体的に出てきているので、残るは一つだけ。わかりやすいですね〜。「なんだ〜、カイザー髭んとこの近所かよ」ですね。


ヨナタンの曖昧な態度ですが、智之ちゃんと違ってこいつは確信犯ですのでずっとタチが悪いです。いい子は真似をしないようにしましょう。

コメントありがとうございました。
2013.05.27 18:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ステラは頑張って背伸びはしているんですが、全然追いついていませんね。

ヨナタンが曖昧にしょーもないことをやっている横で、マッテオが直球を投げる。
いろいろと退屈しない展開を目指したいです。

ヴァロローゾとステラが絡む展開がもう少し先にあるので、では、ご希望にお応えして、そこをちょっと加筆する事にしましょう。あとですね。来月あたり、左紀さんにお借りする例のお方が出て参りますので、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2013.05.27 18:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
Stellaの発刊に伴い、コメント書きに来ました
二つ読ませてもらいましたが、感想はこちらに書かせてもらいます。

ヨナタンの一面や過去が強いお話でしたね
しかし、過去話に至っては「え? 誰の話だろう」なんて思いながら読んでました。意外というか、へーと感心してしまいます
ステラは相変わらず純情にいきてますね、可愛らしいです
ただ大人な一面、目につくような成長が特筆されたシーンが私としては希望です! いつか書いてくださいね!w

と、ここまで読んで一番記憶に残ったのはヴァロローゾでした~

以上です。
2013.06.08 14:30 | URL | #iVT7Zno6 [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。そろそろステラのプッシュや人間関係の混戦だけではなくて、ヨナタンの過去についても話を進めて行こうかなと。

ステラはかなり子供っぽさが強調されています。彼女が少しずつですが成長して行くのもこのストーリーのテーマですので、そのうちに大人になっていくでしょう。でも、まだ当分子供かも……。

ヴァロローゾは、これからもところどころでストーリーに絡んででてくる予定です。上手に使えるといいなと思っています。

コメントありがとうございました。
2013.06.08 21:24 | URL | #9yMhI49k [edit]

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