scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 番外編 〜 港の見える街 〜 Featuring「絵夢の素敵な日常」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 2月号参加 掌編小説 読み切り 月刊・Stella ステルラ

「scriviamo!」の第四弾です。(左紀さんの分と一緒に、またしてもStellaに出しちゃいます)
山西 左紀さんは、おなじみの〝空気の読めないお嬢様〟「絵夢の素敵な日常 」シリーズで、ほぼ私の好み100%の掌編を書いてくださいました。左紀さんのブログの5000HITを私がちゃっかり踏んだのですが、リクエストOKというお言葉をいいことに「(絵夢の執事の)黒磯」と「チョコレート」という無茶なお題でお願いしたのです。このわがままに、素晴らしい作品で答えてくださっただけでなく、なんと当方の「大道芸人たち Artistas callejeros」の四人も登場させて、「scriviamo!」にも快く参加してくださいました。本当にありがとうございます。


左紀さんの書いてくださった掌編 アルテミス達の午後

そういうわけで、絵夢さまをお借りして、「大道芸人たち Artistas callejeros」の番外編を書いてみました。

せっかくのコラボをどうしても並べたかったので、無茶を承知で、今月三本目のStella参加です。


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「大道芸人たち」をご存じない方へ
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログでメインに連載していた小説です。偶然知り合った四人が大道芸をしながらヨーロッパを旅していくストーリーです。今回発表している物語は、この四人が日本に来日しているという設定のスピンオフ作品です。




大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 港の見える街 〜
Featuring「絵夢の素敵な日常」

——Special thanks to SAKI-SAN

 窓から見える港をじっと眺めている蝶子の横に、すっとレネが立った。
「パピヨンは海が好きなんですね」

 稔がインターネットで目ざとく見つけた格安のビジネスホテルにはバイキング式の朝食がついていた。最上階にある展望式レストランからは神戸の港が一望のもとだった。

 蝶子は、いつになく優しい笑顔を見せて答えた。
「この風景は特別好きなのよ。ブラン・ベックにとってのアヴィニヨンの橋みたいなものかしら」
「この神戸で育ったんですか?」
そんなことを蝶子は一度もいわなかったので、少しびっくりした。

「育ったってほどじゃないわ。でも、子供の頃、しばらく神戸に預けられていたの。祖父母が住んでいたから」
それを聞いて、稔とヴィルも寄ってきた。
「そいつは意外だな。お前は関西に縁ないのかと思っていたからさ」

 蝶子は、黙ってフルートの箱を握りしめた。

 どこにいこうかと稔が訊いた時に、蝶子は氣まぐれな態度で神戸に行かないかと提案した。といっても、行っても行かなくてもどちらでも構わない程度の口調だったので、まさか蝶子にとってここが大切な場所だとは夢にも思わなかったのだ。ガイジン二人は、神戸とはかつて大きな地震のあったところくらいの予備知識しかなくて、何があるのかも知らなかった。

 蝶子はあいかわらず、日本の家族とまったく連絡を取ろうとしなかった。稔は蝶子の実家の住所を覚えていなかったし、彼女が家族に対する郷愁をまったく見せなかったので、余計なことは言わないできた。けれど、はじめて見せた一種のノスタルジーにつきあいたくなった。
「よし、今日は、お前の思い出深いところで稼ごうぜ」

「阪神の三宮だったかしら、それとも……」
蝶子は、心もとない感じで地図を眺めた。
「なんだよ。わかんないのかよ」
稔が覗き込む。ガイジン二人は黙って肩をすくめる。
「だって、私、幼稚園児だったのよ。ちゃんと憶えているわけないじゃない」
「じゃ、とにかくそこにいこうぜ。どっちにしても、人だかりはあるだろうし」

 三宮駅に着いても、蝶子には、祖父母のマンションのあった場所をはっきりという事は出来なかった。
「何もかも変わっちゃったみたいだわ」
「あんたが大きくなって目線が変わったからかもしれないぞ」
ヴィルが指摘すると、蝶子は肩をすくめた。

 繁華街に向けて表通りを少し歩いていくと、レネの眼が輝き出した。稔はレネの視線を追って、それからしたり顔で頷いた。
「ははん。そうか、二月だもんな」

 どこもかしこもハートマークの看板のついた、ワゴンが道にせり出していた。その上には山盛りの綺麗に包装されたチョコレートの箱、箱、そしてまた箱。レネはその商品見本を見て、中身が何であるかわかったので、心惹かれているのだ。

「なぜこんなにたくさんチョコレートを売っているんだ? スイスみたいだな」
ヴィルが首を傾げる。
「日本のお菓子メーカーの戦略が当たって、毎年恒例のお祭りになってしまったのよ。聖ヴァレンタインデーに日本では女性が男性にチョコを贈るの」
レネとヴィルは首を傾げた。最愛の人に贈るにしては、一つひとつが小さすぎるし、大体なぜ「女性」だけが贈るのだろうか。

「これは、義理チョコ用だよ」
「ギリチョコ?」
蝶子は二人に手早く「義理」という概念と、日本では聖ヴァレンタインの日に、女性にとって最愛でもない上司や同僚にも大量のチョコレートが配布されている事実について説明した。ガイジン軍団はますます混乱したようだった。

「なあ。ところで、俺も日本男児なんだけど」
稔が、若干もの欲しそうな目つきで蝶子を見た。
「だ・か・ら?」
蝶子は冷たい一瞥をくれた。

「いやあ、せっかく二月に日本にいるんだぜ。義理チョコとは言え、フルート科の四条蝶子や、ヴィオラの園城真耶にチョコをもらうなんて僥倖、当時のクラスメートにうらやましがられると思うんだけどな~」
蝶子は、まあ、という顔をした。

「なぜ、そこで他のクラスメートの話になるんだ?」
理屈っぽいヴィルが突っ込む。
「ああ、ヴァレンタインのチョコの数は、男の人氣のバロメータなんだよ」
稔がそう説明すると、レネがだったら僕も欲しいと言いたげな顔で蝶子を見つめた。

「な、なによ。わかったわよ。チョコの代わりに、今夜は三人の素敵な男性に、私がごちそうするわよ、それでいいでしょう」
チョコレートよりも酒の好きなヴィルは露骨に嬉しそうな顔になり、レネは素敵な男性と言われて舞い上がり、稔も瓢箪から出た駒に、なんでも言ってみるものだなと喜んだ。

 商店街をすぎてしばらく行くと、ちょっとした広場があった。四人の勘が「ここは稼げる」と告げたので、ここを仕事場にすることにした。警察がパフォーマンスの許可がどうのこうのと言い出す前に素早くはじめて、さくっと終える必要があった。

 パントマイムを交えた音楽劇はあっという間に人だかりを作った。観客のスジを読むと、どちらかというコテコテのものの方がウケることがわかったので、レネは面白おかしい手品を、ヴィルもコミカルなパントマイムを演じた。それから稔と蝶子は「日本メドレー」を明るい調子で演奏した。知っている曲が続いたので、ギャラリーは喜んで小銭の投げ込まれる間隔が短くなった。

 アンコールの拍手が続くので、稔はガイジン軍団に目配せをした。先日から用意しておいた「必殺ニホンゴ・ボーカル」。ノリのいい日本人向けのスペシャルだ。稔と蝶子が演奏する『早春賦』にヴィルとレネが加わる。
「ハ~ルノ~、ウラ~ラ~ノ~、スゥミィダガワ~」

 観客はどっと笑う。その微妙な発音がおかしくてたまらないのだ。おお、ウケたぞ。『ソーラン節』もいってみよう。稔の悪のりに蝶子は苦笑したが、アンコールなのに、以前よりもたくさんコインが放り込まれている。悪くないわね。

 大喝采の後、稔が出会った当時と同じ守銭奴の顔つきでコインを集めていると、フルートの手入れをしている蝶子の所に一人の女性が近づいてきた。きれいに手入れされて艶つやの黒髪が風になびいている。ニコニコしている。
「こんにちは。とても素晴らしい演奏でした」

 蝶子は、軽く頭を下げると、その女性の瞳を見つめた。どこかで感じた雰囲氣だと思ったら、園城真耶と同じ空氣をまとっていた。たぶん同じ階層に属するのだろう。灰色のコートの上質さがその推理を裏付けていた。真耶に似ているのは、それだけではないだろう。穏やかで物静かに見えるけれど、瞳の輝きは、強烈な個性を内に秘めていることを物語る。自分のしたいことがきちんとわかっていて、自分の未来をしっかりと切りひらいていける、そういうタイプの女性だった。蝶子は、大学で真耶に会ってすぐに抱いたのとまったく同じに、この見ず知らずの女性にある種の敬意を抱いた。
「どうも、ありがとうございます」

「これで終わりになってしまうのは、残念です。もし、ご迷惑でなかったら、リクエストをしてもいいでしょうか」
女性はハキハキと頼んだ。
「何をお望みですか?」
蝶子は、心の中で付け加えた。あなたのリクエストなら。誰のリクエストでもきくわけじゃないのよ。

 女性は戸惑い気味に言った。
「私、ドビュッシーが好きなんです。たとえば……」
「……『シランクス』とか?」
蝶子が即答すると、女性は眼を瞠って、それから頷いた。蝶子は、フルートを構えてゆっくりと吹き出した。

 なんてめぐり合わせだろう! 蝶子の心は、三十年ちかく前に戻っていた。彼女は五歳になったばかりだった。二歳年下の妹、華代が入院することになり母親が付き添うことになったので、神戸の祖父母のもとに預けられることになったのだ。

 蝶子はいつも両親のわずかな冷たさを感じていた。華代が生まれてからは、その感じは強くなった。母親も華代もいない状態で、祖父母のもとに滞在するのははじめてだった。そして、それは新しい幸福な経験だった。祖父母は孫を十分に甘やかしたから。うな重を一人分注文してくれた。バニラ・ビーンズの散っているおいしいプリンを買ってくれた。六甲山ホテルへ行き満天の星のように輝く神戸の夜景を見せてくれた。そして、港の見えるマンションで、優しくて美しい音楽をたくさん聴かせてくれた。

 その曲をはじめて聴いたのは、ある朝だった。窓から見える神戸港。海の上に光がキラキラと反射していた。ゆっくりと大きな船が港を出て行く。そこにラジオから流れている不思議な美しい旋律。幼稚園で聴かされるような騒がしく単純な音ではない。繊細で、複雑な音。フルート奏者になった今ならば、半音階と全音階が複雑に組み合わされ、東洋の影響を色濃く受けた印象派特有の旋律であると説明することが出来る。ギリシャ神話、アルテミスの従者であったニンフの逸話にちなんで作曲された、フルート奏者にとっては避けて通れない大切な曲目であることも。けれど幼き日の蝶子には、ただその美しさだけが心に染み入った。

「これ、なんて音楽?」
そう訊いた孫に祖父母は笑って答えた。
「フルートの音楽だねぇ。ドビュッシーだと思うよ、なんて曲だろうね」

 蝶子がフルートに魅せられたのは、それからだった。祖父母が早くに亡くなってしまったので、蝶子はそれから神戸には来なくなった。フルートを吹きたいと願う彼女を支持してくれる味方も一人もいなかった。ただ、フルートと音楽だけが、蝶子の原動力だった。それはミュンヘンにつながり、そして今、大切な仲間たちと生きている。その想い出の『シランクス』をここ、神戸で再び演ることになるなんて! 

 ヴィルは、もちろん何度も『シランクス』を演奏したことがあった。父親のエッシェンドルフ教授なら、この蝶子の演奏を即座に停めさせて、もっと東洋の影響を排除させた響きを要求することだろう。それに、テンポがすこし揺れている。しかし、ヴィルにはいまのこの蝶子の演奏が、どこか西洋的なこの東洋の街にじつによくマッチして聴こえた。心地のいい響き、強い郷愁。稔やレネも、それどころか先ほどまで笑い転げていた観客たちも、水彩画のような透明な響きに魅せられて、耳を傾けていた。

 曲が終わると、再び大きな拍手がおこり、再びコインがチリンチリンと音を立てた。稔はあわてて、音の先を追って小銭を回収した。

「どうもありがとう。思った通り、素晴らしい演奏でしたわ」
「どういたしまして。私にとって神戸の思い出につながる大切な曲なんです。縁を感じますわ。リクエストをいただいて感謝しています」
「どちらからいらっしゃったんですか?」
女性は、ヴィルとレネに氣をつかって、英語に切り替えて質問した。

「僕たち、普段はヨーロッパで大道芸をしているグループなんです。神戸にははじめて来たんですよ」
レネがニコニコして答えた。女性はにっこり笑って言った。
「まあ、ようこそ神戸へ」

 しばらく談笑して、名残惜しそうに別れを告げた後、女性は待っていた二人の連れの方へと帰っていった。蝶子は、去っていく三人の後ろ姿をじっと見ていた。私、やっぱり、神戸がとても好きだわ。

「さ。警察が嗅ぎ付ける前に、撤収しようぜ」
稔の声で我に返った蝶子は、フルートをしまうと三人に向かって笑いかけた。

「決めたわ。今晩は、六甲山ホテルで食事をしましょう。あそこからみる神戸の夜景は本当に素晴らしいのよ」
稔は眼を剥いた。
「おい。いいのかよ。忘れていないか? 今夜はお前のおごりだぜ」

 蝶子はウィンクして言った。
「忘れていないわよ。でも、ヤスこそ忘れているんじゃないの? 来月のホワイトデーは、倍返しでよろしくね」
そして、キャッキャと騒ぎながら、四人は神戸の街を下っていった。

(初出:2013年1月 書き下ろし)


追記

左紀さんが蝶子のために選んでくださった曲、ドビュッシーの「SYRINX 」です。


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