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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと紺碧の空

月末の定番「夜のサーカス」です。

今回は、褐色の逆立ち男ブルーノに関する件です。大して話が進むわけではないのですが、まあ、チルクス・ノッテの仲間同士の関わり方がわかるかもしれませんね。次回以降は、最終回まで毎回話がどんどん進むようになります。なんて、毎月言っているような……

月刊・Stella ステルラ 10月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物




夜のサーカスと紺碧の空

夜のサーカスと紺碧の空


 晴天が続いていた。巷では誰一人まともに仕事をするつもりのない八月。夏休みに浮かれたイタリア上空を太陽の馬車が勤勉に移動していく。「人びとの休みは我等が繁忙期」こういうときだけはまともな経営者らしい発言をするロマーノに大きく反論する団員はいなかった。

 実をいうと契約上チルクス・ノッテには一ヶ月の有給休暇があった。次の興行のプランの発表される前に申請すればいいことになっていた。実際に双子は毎年夏に二週間とクリスマスに二週間、一週間ずつずらして休んだし、ダリオは時々一週間ほどいなくなった。ちゃっかりもののマッテオに至っては、入団したてにも関わらずすでに九月の一週から休暇を申請していた。

 ステラもそろそろ夏休みのことを考えようと周りを見回したが、ステラの知るかぎり絶対に有給休暇を申請しないメンバーが幾人もいた。団長ロマーノ本人、帰るあてのないブルーノとヨナタン、シチリアで離婚した妻といざこざがあって以来二度と帰らなくなったと噂のルイージ、それに家族がおらずライオンの世話を誰かに頼むのが嫌なマッダレーナだった。演目変更以来、ヨナタンとマッダレーナが親しくなっていくのが心配で、ステラは結局二週間の休暇の申請をしかねていた。

 ダリオが休暇な上、移動で夕方の興行がないその日、昼の興行が終わったら街の食堂に行こうと言い出したのは確かブルーノのはずだった。ところが皆が私服に着替えて、さらに舞台点検を終えたヨナタンが出てくるまで待っても集合場所にブルーノは来なかった。

 ヨナタン、マッダレーナ、マッテオ、マルコ、ルイージ、そしてステラの六人は、しばらく待っていたが、しびれを切らしたマルコがちょっと見に行った。そして、大テントを覗くとすぐに戻ってきた。
「ポールだ。待ってもしかたないよ」

 すると、マッダレーナとヨナタン、そしてルイージはあっさりと動き出した。
「おい。少し待ったら」
マッテオが、ちょうどステラが言いたかったことを代弁した。マルコがその二人を追い越しながら言った。
「当分降りてこないよ。待っていたら、僕らが喰いっぱぐれてしまう」

 ブルーノがなぜポールの上に登るのか、ステラはようやくわかりはじめてきたところだった。前回マッテオがその理由をマルコたちに問いただし、あけすけにステラに語ってくれたからだった。ブルーノは団長の夜伽をさせられているというのだ。そして、その後にはいつもポールの上に登ってしばらく降りてこない。高いポールの上から遠くここではないどこかをじっと見つめているというのだった。

 団長が、妻であるジュリアがいるのにも関わらず、どうしてブルーノとそんなことをしなくてはいけないのか、ステラには納得がいかなかった。それにブルーノは男なのだ。
「つまり男色ってことだよ。そういえば、あいつ、最初のころ僕にも言い寄ってきたぜ。触るなセクハラ親父って一喝したら、笑っていたから冗談だと思っていたけれど」

 ステラは思い出した。いつだったかマッダレーナが言っていた。
「ヨナタンがいまだに団長にオカマ掘られていないのも、その手の験かつぎの結果だしね」

 ということは、ヨナタンはそういう目には遭っていないんだろうけれど。みんなはよく知っているんだ。ブルーノが、違法入国して他に行くところがないのをわかっていて、団長が嫌なことを強制しているんだって。ステラは憤慨した。

「ステラ、何か怖い顔しているけれど、ラビオリ、冷めちゃうよ」
隣に座ったマルコが指摘した。ステラが我に返ると、反対側の隣に座っているヨナタンが黙ってパルメザン・チーズの入れ物を差し出していた。

「いただきます」
そう言って、他のメンバーはラビオリを食べだした。

「何か言いたそうね」
ワインを飲みながら、マッダレーナがフォークを振り回した。

「ねぇ、談判しましょう!」
ステラはがたっと立ち上がって、仲間を見回した。

「何を?」
「ブルーノのことよ。ブルーノは立場が弱くて、嫌って言えないんでしょう。私たち仲間で団結して、団長にやめてください、かわいそうでしょうって言うのよ」

 マッダレーナはクスッと笑った。マルコとルイージは何も言わずにそのままラビオリを食べ続けた。

「僕は、ステラの意見に賛成だな。なんていうのか、労働組合的な一致団結って悪いことじゃないと思うし」
そう言ったのはマッテオだった。潜在的な次のターゲットとしては他人事ではない。

 ヨナタンは、ヨナタンは優しいから、賛同してくれるわよね。そう思ってステラは横を見た。ヨナタンは静かに言った。
「ステラ。ラビオリが冷めるから、早く食べなさい」

 どうして? ステラは泣きたくなった。

 食事が終わると、なんとなく白けたまま、全員がテントに戻っていった。ブルーノはまだポールの上にいるらしい。何もできないことに不甲斐なさを感じて、それにヨナタンが賛同してくれなかったことが悲しくて、ステラはそっと裏山を登っていった。

 そこはこの興行がはじまってすぐにステラの見つけた場所で、一面に花の咲く草原の傍らに静かに涼をとれる木立があった。ステラは地面に座ってしばらく草原を眺めていた。明るくて輝かしい夏だった。真っ青な空が広がっている。世界が曇りのない明るさを見せつける。ステラは世の中の不公平について考えた。

 アフリカで何があったのか知らなかったが、ブルーノは幸せを求めてここに来たはずだ。そして、一生懸命働いている。どこか外国で何があったのかわからないが、ヨナタンもここに流れ着いた。やっぱり一生懸命働いている。性格は違うけれど二人とも邪悪ではなくていい人だと思う。でも、苦しむときはそれぞれで、問題をオープンにして、協力しあっていこうとしない。ヨナタンはあんなに優しいのに人には一切関わろうとしない。大好きでも仲間以上の近さに寄って行くことができない。どうしてなんだろう。私には何もできないのかなあ。

 かさっと音がして、ステラの近くに影が落ちた。ステラははっとして顔を上げた。立っていたのはルイージだった。ステラは急いで涙をぬぐった。

「ステラ。一緒していいかい」
ルイージが言った。ほとんど口を利いたことのないルイージが、わざわざ話しにきてくれたことに驚きながら、ステラはこくんと頷いた。

「さっきの話?」
「そうさな。お前さんは、納得できていないようだったし、他の連中は説明が苦手みたいだから」
「説明?」
 
 ルイージは黙って頷くと、ステラの斜め前にある大きな岩に腰掛けた。ルイージも、人と関わるのが苦手なほうだった。だから、それぞれのことには無理して踏み入らないチルクス・ノッテの団員たちの態度をありがたく思ってきた。けれど、彼は良く知っている。その仲間たちの態度は冷たいのではない。本当に助けが必要な時、例えばルイージが何度か起こしてしまった「無花果のジャムがなくなった」事件の時に、仲間たちは一致団結して走ってくれるのだった。ルイージは忘れていなかった。最後の「無花果ジャム騒ぎ」で、入団したてのステラがどれほど骨を折ってくれたか。

「お前さんは、本当にいい子だ。ブルーノは時にお前さんに辛辣な事を言ったりするが、それを根に持ったりせずに、ひたすら彼のためを思って何かをしてあげたいと思っているんだろう?」
ルイージの静かな語りはステラの高ぶった心を落ち着かせていった。

「なあ、ステラ。お前さんはようやく17歳になったところだ。まだ、ボーイフレンドと長くつき合ったりしたこともないんだろう?」

 ステラは黙って首を振った。学校にいた頃、同級生は次々とボーイフレンドができたと話をしてくれたが、ステラはヨナタン以外の人とつき合うなどということを考えたこともなかった。ルイージは笑って続けた。

「学校で習ったかもしれないけれど、全ての動物には子孫を残そうって本能がある。そして、それは時には頭で思っていることとは違う形で人間を支配してしまうことがあるんだよ。お前さんが、そしてわしが、誰かを愛している、大切にしたいっていう想いとは全く別の次元で」
ステラは少し不安になって、言っている事を理解しようと、その顔を見上げた。ルイージは彼女が理解できているか確認しながら、心配するなといいだけに頷いて続けた。

「その本能は、たぶん女よりも男のほうに強くて、その人をもっと支配してしまうじゃないかと、わしは思うんだよ」
「それは、その……」

「お前さんには好きな人がいるだろう?」
ステラは大きく頷いた。ルイージだって知っているはずなのだ。ステラがヨナタンに夢中なことは。

「もしお前さんの心から好きな人が、その本能に支配されて、お前さんがしてほしくない嫌な事をしたらどう思うかい」
ステラはとても驚いた。そして、ゆっくりと確かめるように言葉を選んだ。
「それは、つまり、ヨナタンが、変なことをしたがるってこと?」

 ルイージは眼を丸くして、それから笑った。
「違う、違う。そういう話ではないんだよ。わしが言いたいのは。ヨナタンの話じゃない。ヨナタンにどんな性的嗜好があるかなんてわしにどうしてわかるかね。これは一般論だ」

 ステラは少しだけ安堵したが、まだ話の主旨がつかめていなかった。
「う~ん。わからない。でも、どうしても嫌なら、嫌って言うかな。でも、それで嫌われるのはつらいな」

「そうだろう。どんなに好きな人にでも、されたくないことがあって、そのことで思い悩んでしまうことはあるんだ。そしてね、ステラ。まだ若い君にはわからないかもしれないけれど、その反対もあるんだよ。それで悩んでしまうこともあるんだ」

 ステラはルイージの言っていることを理解しようとした。「好きな人に嫌なことをされる」の反対ってことは「好きじゃない人に嫌でないことをされる」ってこと? え?

「もし、ブルーノが本当に嫌だと助けを求めてきたら、ヨナタンもマッダレーナもみんな一致団結して協力するに違いないよ。だけれども、それまではわしらがどうこうすることじゃないんだ。わかるかい? どうしたいか、まずブルーノが知らなくちゃいけない。だからああやってポールの上で考えているんだ。わしらは待つしかないんだよ」
そういうと、ルイージは放心したように考えるステラをその場に残してまたテント場へと戻っていった。

 ステラは大人の世界にはまだ自分の知らない秘密があるのだと思った。嬉しいことと嫌なことが同じであるかもしれない奇妙な世界。ヨナタンも、その大人の世界に属していて、ルイージと同じように考えていたから賛成しなかったんだろう。少し遠く感じた。それでも彼を好きであることは変わらないと思った。雲ひとつない青空のように明らかなことだった。

(初出:2013年9月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
これだから、大人って……(笑)
こんばんは、TOM-Fです。

チルクスノッテに有給休暇があることに、まずびっくり。しかも、一ヶ月……(遠い目)。
好きな人とライバルだけになっちゃうのがイヤで、休みもとれないステラが可愛いです。でも、ちょっとオトナの世界というか、独立した人との関わりあい方を学習しましたね。これが、今後のヨナタン攻略に、どう活かされるのか楽しみです……って、人材開発セミナーみたいな展開じゃないですよね。
いずれにせよ、こういう人々の「距離感」って、微妙に心地良いです。ドライすぎず、ウエットすぎず、いい感じですね。

次話からの怒涛の展開、楽しみにしています。
2013.09.25 10:48 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
 こんばんは。
集団で生活しているからこその 距離感なのでしょうね。
お互いに 色々と見てるし 知っているが あえて 何も言わない 踏み込まない いいですね。

でも 何ていうのか… 団長… 人のそーゆー隙と言うか 心の狭間を掴むのが上手いなぁ。
この人物は 胡散臭い人物から やり手の胡散臭い人物にランクアップですね。
2013.09.25 11:39 | URL | #- [edit]
says...
ああ。そうなのか。こう来るんですね。
サキの頭ではちょっとここまで展開させることは出来ないです。
ぐんと面白くて新鮮だったです。
夕さん、深いなぁ。
ルイージの解説、役回りとして、ちょっと意外でしたが、なんというかはまってます。
「でも、どうしても嫌なら、嫌って言うかな。でも、それで嫌われるのはつらいな」
ステラのこの台詞もとても素敵です。
大人のお話、サキには少しついて行けなかったかも……。
どんどん進む展開、待っています。
では。
2013.09.25 14:00 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

いやあ、イタリア人ですからねぇ。フランス辺りだと二ヶ月がデフォルトですが、イタリアも本当は一ヶ月半のはずです。でも、チルクス・ノッテは弱小だし、胡散臭い所なので一ヶ月です。あ、日本でいうお盆休み、お正月休み、ゴールデンウィークなんてものはありませんので、有休の他は週に一度の休みくらいです。かなり労働条件悪し。ま、弱小サーカスだから。

ステラはあまり学ばない子なので、これからのことにはまるっきり生かされません(笑)
でも、よく読むと、ヨナタン、マッダレーナ、ブルーノが何に対してどう反応して行動するかが、このルイージの話と若干重なるように書いています。その布石ですかね。

個性的な面々がうまくやっていく唯一の方法、それが「干渉しすぎない」なんでしょうかね。けっこう居心地いいと思いますよ。慣れれば。

実は、来月号だけ、まるっきりかけていないのです。執筆期間、あと5日なんですが、書けるかな? 来月に持ち越し?

コメントありがとうございました。
2013.09.25 18:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうですね〜。思いやりがないわけじゃないけれど、余計なおせっかいは焼かない。そんな関係でしょうか。怪しいサーカスだし!

団長、そのウゾさんの言葉に大喜びだと思います。「サーカスの団長は、胡散臭くてナンボ!」というような座右の銘をもっていそう。(ちゃんとした他のサーカスの団長さん、ごめんなさい!)

コメントありがとうございました。
2013.09.25 18:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

これ以上深くには行きませんので、ご安心ください(笑)
(うん、ちょっとだけ。でも、ご心配なく)

ステラは子供の憧れのまま、ヨナタンに迫っているんですが、いまいち、いや、かなりわかっていないのです。まあ、ヨナタンに適当にあしらわれているから、それはそれで安全なんですけれどね。

で、次回は、ちょっとだけサキさんのご要望にお応えして、ヴァロローゾのゴロゴロシーンを書こうかなと。まだ書いていないんですが。また、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2013.09.25 18:32 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あぁ、なるほどなぁ…。
なんか(言い方がおかしいかもだけど)
嬉しくなっちゃうくらい深いなぁ。
凄いなぁ…。


自由自在に伸び縮みのする
柔軟なゴムのような絆。
ステキだぁ♪
2013.09.28 16:53 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

十代のころの私もそうでしたけれど、「え……」となりがちな話題で、「なぜこのストーリーにこんな話題が必要なの」と思うだろうなと。でも、やっぱりステラ的メルヘンだけじゃ私の小説ではないかな、という部分もあるし、サーカスの混沌とも合わないなと。サーカスの世界って、人間社会の縮図でもあるように思うのですよ。メルヘンな表面の後ろに、隠微(かつ淫靡)な暗い部分もある。どちらも現実であるからこそ、関わる人びとは理解して、避けずに繋がっている、信頼できる仲間にはそういう絆も必要ですよね。

次回以降、まき散らしてきた問題を収拾する方向に動いていきます。ルイージ(とダリオ)は、これらの問題からオブザーバー的な立場なのですが、誰かが何かを行動に移す時に、このルイージの言葉の意味と重なるようにと組立てました。ただし、お子様ステラには意味がちっともわからないままですが(笑)

次回以降も読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2013.09.28 19:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
お、遅くなりました。拝読させていただきました。

いつもよりずっと深い感じがするお話でした。
前半の有給休暇の話は団員の事情再把握のために私としてはとてもわかりやすかったですし、団内の人の繋がり方も上手く出来ているなぁと感服致しました
私アイキも十代。こういう大人の話がわからないようなわかるような……わかっているような?(笑)
気遣いというより、どちらかと言えば思いやりを感じるような回で温かみを感じました

以上です。
2013.10.18 13:15 | URL | #iVT7Zno6 [edit]
says...
こんばんは。

あ、そっか、10月号ですものね。
私も近いうちに拝読しに伺わなくちゃ。

今回の話は、ちょっとした間奏曲的に書いてみました。実際のストーリーと直接的には関係ないのですが、ご指摘いただいたように、事情を再整理したり、口に出さないからちょっとわかりにくい彼らのお互いに対する思いやりみたいなものを表現できればいいなと思っていたので、氣付いていただけて嬉しいです。

大人の話、本当はなくてもいいんですけれど、でもふんわりメルヘンな愛の話を書いているとこちらとしてはちょっと嘘くさいんですよね。青少年の方々に引かれない程度に書いておりますが、まあ、これ以上はヤバい方向に行かないようになると思いますので、ご安心ください。

いつも丁寧に読んでくださって嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2013.10.18 21:46 | URL | #9yMhI49k [edit]

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