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Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (14)時間

今回からチャプター3、出雲編です。今回登場するのは、お忘れかもしれませんがもう一人の主人公だったはずの生馬真樹です。短いんですが(チャプターそのものも短いです。三章しかありませんし)瑠水が東京に行っている間に、真樹はどうしていたのか、覗いて見てください。

「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(14)時間


 火花が散り、回転砥石で少しずつ石が滑らかになっていく。勾玉磨きは氣の遠くなる作業だ。縁結びのお土産として誰かに買われ、直に忘れ去られてしまうには、惜しい量の仕事だった。真樹は黙々と石を磨く。午前中に、勾玉やペンダントなどの大量注文品を次々と片付ける。そして午後は、置物など大きい石の加工をする。

 真樹の作品はここのところよく売れたので、オーナーは前よりも注文を増やした。最初はネコの手でも借りたかったので雑用係を兼ねて石を加工させていたが、最近は雑用を頼むことはかなり稀になった。仕事にムラがなく、また、プライベートの時間を考慮する必要もなかったので、無理な注文がくればここ二、三年はいつも真樹が駆り出された。

 事故の後、真樹が松葉杖で外に出られるようになるには三ヶ月ほどかかった。不屈の意志でリハビリを繰り返し、なんとか歩けるようになったが、左足はもう元のようには動かなかった。だが、脊髄が損傷していなかっただけでも、ありがたいと思わなくてはならなかった。

 やがて、真樹は仕事を探した。消防士としてはまったく役に立たなかったので退職した。自動車工場のライン生産の仕事も試したが、長く立っていられないことがわかり続けられなかった。事務関係の仕事は真樹の性格には向かなかった。特に電話をとるのが苦痛だった。

 暗い顔をして帰宅途中、アパートから一ブロックしか離れていない所で求人の張り紙を見つけた。それはこの辺りには多い石材加工の工房だった。事務の仕事とほとんど変わらない給料で、黙々と石を磨くだけ、また時にはオーナーに頼まれた雑用をするという仕事内容が氣に入った。歩いて数分でアパートに帰れるというのもありがたかった。

 オーナーはやり手で、パワーストーンブームにのってあちこちの土産物屋に勾玉やアクセサリーを売り込み、ネット販売もいちはやく手掛けていた。中には妙な石で勾玉を作ってほしいという依頼もあるので、いわれたことを黙々とこなす真樹は便利な存在だった。

 一人で加工の工程をこなせるようになり、先輩のチェックを必要としなくなってから、しばらく真樹の勾玉が上手く売れない時期があった。勾玉は型があっても手作りのため、最終的には作り手の癖が出る。真樹の勾玉は、どこがどうというのかわからないが、比較的選ばれにくい形になっていた。

 オーナーは真樹に一日に二回、出雲大社に行くように言った。意味がわからなかったが、真樹はいう通りにした。手水をとり、参拝し、帰る。それだけだが、季節のめぐる大社に通ううちに、真樹の心のわだかまりが融けていった。

 事故に遭って以来、真樹は神社に行かなくなっていた。それまでの正月の吉兆さんといわれる神事では、仲間達と高さ10メートルの「吉兆幡」を担いでいたが、消防署を辞めて以来、観にもいかなくなった。

 神社にいくと、樋水龍王神社を思い出す。そして、その記憶は高橋瑠水に繋がる。忘れられない遠い記憶が、敗北感をいっそう強める。白い病室で、アパートの暗い部屋の中で、瑠水の姿が幾度も浮かんだ。事故の時に壊れた携帯とともに、連絡する可能性も絶たれた。そして時間が経ち、真樹は瑠水に忘れられたのだと諦めた。幸せな大学生活を送っているのだろう。東京というところは刺激的で楽しいところだという。新しい出会い、友人があり、恋もしているだろう。

 神社に通い始めた頃は、避けていた痛みが疼き、苦しかったが、しつこく繰り返すうちにそれにも慣れてきた。瑠水を想うことも日常になり、尖った神経は和められてきた。次郎に年賀状も出すようになった。もしかしたら瑠水のことを知らせる返事が来るかもしれないと期待した。次郎からは暖かい言葉の返事が届くが、瑠水に関することは何も書いていなかった。

 真樹の暗い後ろ向きな精神は、人びとを遠ざけた。消防士時代の同僚とも、幼なじみとも疎遠になった。新しい恋をする氣にもならずひたすら仕事だけに打ち込む日々が続いた。

 オーナーは満足だった。少しずつ穏やかになっていく真樹は売れる勾玉を作れるようになっていた。口数が少なく、人付き合いはなかったが、仲間といざこざを起こすようなこともなかった。一人で音楽をイヤフォンで聴きながら石に向かっている。何を聴いているのかと訊いたらよりにもよってクラッシックだった。だが、それでいい仕事ができるならオーナーに異存はなかった。見合いの話がきたこともあったが、子供でも出来たら今のようには働かせられない。握りつぶしてしまった。

 やがて真樹は、もう少し大きくて創作的なものも作ってみたいと言ってきた。オーナーはそれを許した。最初はとても売れるようなものではなかったが、少しずついい作品を作るようになった。真樹には石の中に潜むもとからある形を読み取る能力があった。自分の好きなものを彫るのではなく、生まれこようとするものを見つけて手助けする力だった。あるときは石はイルカになり、果物の溢れる籠になり、月になった。最初に高い値段で売れた作品は、海の中から走ってくる馬だった。

 一度、記憶にある瑠水の横顔を彫ろうとしたことがあった。だが、石はそれを望まなかった。真樹はその石を砕いて勾玉にしてしまった。
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Comment

says...
こんばんは、TOM-Fです。

更新、お疲れ様でした。
真樹クン、大変でしたね。やはり、そんなことになっていたんですね。まあ、あの怪我ですから消防士を続けるのは無理だろうなとは思いましたが。それで彫刻家をやっているという設定に繋がるわけですね。
真樹くん、なんだか、一途な感じがいいですねぇ。
そういえば、木彫でも、木材の中に「在る」ものとか「居る」ものを削りだすんだ、という話は聞いたことがあります。私は彫刻はやりませんが、そんなものなのでしょうね。
これから、瑠水とどう向き合い、そして結ばれていくのか、そのあたりを楽しみに読ませていただきますね。
2013.11.13 16:55 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
おはようございます。

この話は、本編からかなり明後日の方向に行ってしまった、あえてそうしたのですが、こうやって最後に若干シンクロさせています。ゆりの百貨店の店員時代の職、瑠水の地質学系、それに真樹の彫刻師と。
全く樋水と無縁だったのが、そっちに近くなる準備みたいな感じでしょうか。
それとそれまでの真樹が陽で瑠水が陰のバランスも変わってきています。

彼は霊感のようなものは皆無ですが、少なくとも生まれてこようとするものを見つけ出す感受性はあって、けっこう天職なのだと思います。

あと二回、どうぞよろしくお願いします。
コメントありがとうございました。
2013.11.13 23:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっと真樹の消息が確認できてよかったです。
「大道芸人たち」のほうで、最終的には丸く収まっている姿を見ているものの、その場までの時間は大変だったろうな、とも思っていたので……
事故はとても辛いものだったと思うけれど(しかも、瑠水は知らないままで、心の支えのないままで)、自力で乗り越えた彼は偉いですよね。
(見らなわなくちゃ)
でも、自分に向いた何かを見つけることに繋がったのなら、それはもしかしたら、神の配剤だったのかもしれませんね。
石を磨く……実は私も少し憧れる仕事です(*^_^*)
ミケランジェロが言っていましたね。まさに、石の中にある何かを掘り出すだけだと。
さてと、瑠水とどんな感じで再会するのか、楽しみです。
2013.11.14 14:29 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

作品の発表が執筆と逆になってしまい、まあ、この作品はそれでいいやと思っているのですが、わかっていてもやきもきしていただけるというのは、真樹も喜ぶと思います。私も作者冥利に尽きます。

彩洋さんにどんな辛い事があったのか詳細はわからないのですが、彩洋さんが数日泣くのだから並大抵のことではないと想像しています。

真樹の方はもう五年経っていますし、不幸も最小限だったので…

彫刻師は私も憧れる職業です。私はとても不器用で、実際に試す事もしませんが。

瑠水が受け身一辺倒から脱出するのと対応して、真樹も大人で自立した立場から陰の部分を増やしました。これが龍王の意思かどうかは読者にお任せで、単なる「なぜそっちからは連絡しなかったのか」の設定としてだけ読むことも出来るようにしました。

間もなく再会します。もう少々お待ちください。

コメントありがとうございました。
2013.11.15 12:56 | URL | #9yMhI49k [edit]

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