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Posted by 八少女 夕

【小説】マメな食卓を

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の……」シリーズ、「十二ヶ月の野菜」の一月分です。今年のテーマは「野菜」です。といっても、正確には「食卓に上がる植物」ですかね。一月のテーマは「豆」です。本当は新年早々にアップする予定だったのですが、「scriviamo! 2014」の方を優先しましたので、今の発表になりました。(「scriviamo! 2014」はまだ募集中です!)

久々の登場ですが、絵梨とリュシアン。この二人が出てきたということは、あれです。私小説です。といっても、たいした内容ではありません。この二人が初登場したのは「十二ヶ月の組曲」の十月「落葉松の交響曲(シンフォニー)」でしたっけ。スイスに正式移住してそろそろ13年。こんな風に暮らしています。


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マメな食卓を

 圧力鍋を運ぶときは、いつも盛大な音がする。ガチャガチャと。絵梨は自分が格別に粗野な人間になった氣がする。冷蔵庫からタッパウェアをそっと取り出す。昨夜から水につけておいたひよこ豆。あまり揺らすと水がこぼれてしまう。圧力鍋の所まで持ってくると、漬け水ごと開ける。

 圧力鍋のふたをすると、コンロに火を入れる。鍋に圧力がかかり、ぴーと音を立てだしてからは五分加圧するだけ、サルでも出来る簡単な作業だ。

 豆を煮るという作業は、自分には絶対に出来ないと思っていた。実際にお正月の黒豆の煮方など全くわからないし、試してみようとも思わない。ここは日本ではなくてスイスだし、絵梨の料理を主に食べる夫リュシアンはおせち料理に興味もなく、何かの機会に黒豆の煮物を食べたときは「もう、いらない」と言ったから。

 絵梨はリュシアンに言わせると料理上手だが、実際の所の料理の腕は大したことがないと自覚している。とくに和食の腕は初心者以下なので、スイスで知り合った他の「大和撫子と結婚したスイス男」のように夫が和食好きでいないでくれて大変嬉しいと感じている。

 そもそもリュシアンのような男と暮らしていると、和食を日常的に用意するのは不可能だ。彼は氣ままだ。仕事が波に乗れば九時頃まで連絡もなく帰ってこないし、そのあげく「ごめん。お菓子食べちゃったから、いらないや」と言われることもある。その一方、七時頃に玄関を開けた途端「友達連れてきちゃった」と見知らぬ人間をあげた上、食事を期待することもある。

 リュシアンが絵梨のことを「料理上手」と評するのは、こういうノーアポイントメントの人間が突然登場しても、なんとか前菜とメイン、それに簡単なデザートぐらいの料理を二十分から三十分程度で用意してしまう器用さにあるようだった。

 絵梨の持っている料理本には共通項がある。「簡単にできる」「最小限の努力で」「パパッと素敵に見えるおもてなし料理」といった、時間や特殊な手間をかけずにできるコツが書かれているものが多いのだ。

 日本料理のように、一つひとつに大変な手間がかかり、品数がたくさんある料理、さらに素材のよさとそれを生かす技術が料理の出来を左右するような難易度の高いことは絵梨には出来ない。だが、スイスではそういう料理を期待する人が少ないらしく、リュシアンだけでなく多くの彼の友人らは絵梨が料理上手だと誤解している。

 絵梨は子供の頃から自分の育った環境が典型的な日本人の家庭とは違うことを意識していた。ありていにいうと、欧米のそれに近かった。両親はクラッシック音楽に関わる職業で、家族はキリスト教の洗礼を受けていた。父親の曾祖母がドイツ人だったため、彼は戦前から洋食に近いものを食べて育った。絵梨の母親は、あまり料理が得意ではなかったので、手間のかかる和食よりも洋食に近いものを料理することが多かった。それが普通だったので、絵梨自身も「和食がなくてもなんともない」少々変わった日本人になった。

 食の問題は、結婚生活においては重要なファクターだ。恋愛にどっぷりと浸かっている時は、甘い言葉や相手の容姿、場合によっては相手の年収やら職業が氣にいればそれでいいと思いがちだが、実際に一緒に生活をする段階になってみると、みそ汁の味が濃い薄い、ヨーロッパで言うとジャガイモの茹で方が親と違うなどということの方が、よほど大きな問題になってくる。絵梨の知っている日本人女性は熱烈な恋愛の末、結婚してスイスの田舎に移住してきたが、和食の食材があまり手に入らないことからホームシックになって日本に帰ってしまった。そして、それが原因で離婚した。

 絵梨は圧力の下がった鍋の蓋を開けた。茹でたてのヒヨコ豆の香りがふわっと広がった。ブレンダーに豆の半量に茹で汁を少し、ニンニクとタヒンという練り胡麻のペースト、レモン汁、塩を入れて、スイッチを入れる。あっという間にペーストが出来る。中近東風のディップ、フムスが出来上がる。

 煮豆は黒く艶やかでありつつ、皺が寄っていなくてはならないと聞いた。煮くずれたり、皮が破れてしまったりしたらその時点でアウトだ。加えて言うなら味が均等にしみていなくてはならず、しかも甘過ぎても塩辛すぎてもいけない。そんな高度な料理が出来るようになるまでには、どれだけひどい豆を食べなくちゃいけないんだろう。絵梨は考える。こうして滑らかなディップにしてしまえば、失敗のしようもない。志が低いと言えばそれまでだけれど、専業主婦でもないのに完璧な家事を目指さなくてもいいと思う。

 フムスはパンに付けたり、クラッカーに載せたりして食べる。リュシアンは関節炎の氣がある。尿酸値が高すぎるのは、肉やチーズやワインなど中心の、あまり野菜を食べない生活を長いことしてきたかららしい。それで、「肉は週一日くらいにしろ」と医者に言われたのだ。絵梨は、ベジタリアンやマクロビオティックの料理本を買って、肉を食べない日用のレパートリーを少しずつ増やしてきた。肉を食べない人はタンパク質を他からとる必要があるので、豆や豆製品をもっとよく食べるようにすべきということも学んだ。日本と違って豆腐の仲間にさほどバリエーションがないので、自分で豆を煮るという、日本にいたら絶対にやらなかったことに挑戦する事になったのだが、やはり最低限の手間でできるものが続いている。

 いんげん豆を煮る、グリーンピースのポタージュを作る、大豆やレンズ豆のペーストでメンチカツのようなものを作る。絵梨の食卓には豆料理が増えていっている。巨大な平たい鞘に入ったモロッコインゲンのバター炒めや、ソーセージと白インゲンで作るカスレはリュシアンがお氣にいりのメニューだ。それに彼は羊羹が好きだ。

 ヨーロッパの人間、特に女性にはじめて羊羹や餡の菓子を出す時には、原材料を先に言うべきではない。それは日本人女性がサツマイモを提供されたかのごとき反応を呼び起こすのだ。
「豆のお菓子なんか食べたくないわ。ガスが出るもの」
「え? お芋じゃなくて?」
「芋でガスは出ないわよ」

 どちらが正しいかなんて論じても無駄だ。そう思っている人たちは、それだけで羊羹に嫌なイメージを持ってしまうのだから。何も言わずに食べさせると、大抵の人は「おいしい」と言う。それに、和菓子の繊細で美しい色彩は、大体において好評だ。リュシアンも第一印象がよかったので、和菓子が好きだ。そして、原材料を秘密にして、周りの人間に布教している。

 フムスをパンに塗っている時に、突然リュシアンが言った。
「俺さ、ずっと豆が大嫌いだったんだよ」
絵梨はびっくりした。
「何故言わなかったの?」

「お前が作ったものを食べたら、味付けが違って、そんなにまずくなかったからさ。それに、豆の味が嫌だったわけじゃないんだ。子供の頃の思い出」
絵梨が首を傾げると、リュシアンは説明してくれた。 

「子供の頃、父さんの給料は手渡しだったんだ。それでさ、一度給料をまるまる落としちゃったことがあったんだ」
リュシアンは三人兄弟の末っ子だ。育ち盛りの少年が三人もいる五人家族が一ヶ月給料なしで過ごすのは相当きつかっただろう。
「それで、母さんは毎日庭で取れる豆しか出してくれなくてさ。豆は二度とみたくないと思ったわけさ」

 その義母は、そんなつらいことがあった割には、現在に至るまで毎年欠かさずに豆を植えている。そして、大量に収穫したいんげん豆を絵梨にくれる。だから、下ごしらえをして固めに茹でたものを冷凍しておき、急いでいるときの副菜としてよく利用している。

 リュシアンはどんなものでも好き嫌いなく食べるし、よほどのことがないかぎりお皿の上のものは全て食べる。作ってくれた人への敬意を示すべきだし、世界には飢えている人がたくさんいるのに食べ物を捨てるのは許せないという理由からだ。その立派な心がけとレストランの大きすぎるポーションが、彼の腹回りを年々麗しくない状態へと変化させているのだが、それでも絵梨は彼は正しいと思うし、自分も可能なかぎり食べ物を残さないようにしたいと思っている。

 一緒に暮らしているのだから、彼は年間を通して絵梨の料理を食べさせられている。「これはおいしい」と思うこともあるけれど、明らかに失敗したと思うときもある。客と違って、新しい試みの実験台にもされるので、必ずしもまともなものだけを食べられるわけではない。それに日本人の作るものを食べるのだから、まずくはなくとも馴染みのないものが食卓にのぼる事もある。でも、彼は一応全部食べてくれる。表立っては「まずい」とは言わない。でも、絵梨にはリュシアンがどう感じているのかがかなり正確に分かる。美味しい時には、積極的にお替わりをして絵梨がもうちょっと食べたいなと思っても残らないくらいのスピードで食べてしまうし、氣にいらないとお替わりはしないし「また作れよ」とは言わないから。

 彼のあまり好きでない食材で、何度もお替わりをさせる一皿を出せたときは、ガッツポーズをしたくなる。豆が苦手だったという告白を聞いたときも、少しそんな心持ちだった。彼の母親の味に勝とうなどと言う野望は持っていない。子供の頃から馴染んだ懐かしい味が一番なのは当然のことだろう。でも、たくさんある料理の中には、「ママが作るといまいちだけれど絵梨に作らせると食べられる」なんて味があってもいいかなと思う。料理というのはこういう小さな喜びの積み重ねで上手くなっていくんじゃないかと思うのだ。

 絵梨は実家のおせち料理のことを考えた。伊達巻や田作、それに黒豆などは出来合いのものだったけれど、お煮しめは母親が毎年作っていた。それに、鶏肉とほうれん草の入ったおすましの雑煮も懐かしい味だ。スイスのお正月には、おせち料理もなければお雑煮もない。それどころか二日から出勤でお正月ののんびりした氣分とも無縁かもしれない。元旦とはクリスマスの残り火みたいなものだ。全く違う風習の中で、全く違うものを作って食べている。「郷に入ったら郷に従え」って言うわよね。絵梨は自分に都合のいい格言を引っ張りだしてきて、自分らしい生活を楽しもうと思っている。それなりにマメに、でも、嫌にならない程度にずぼらで。リュシアンがそれでいいと思ってくれるのはありがたいことだと思う。破れ鍋に綴じ蓋って、こういうことよね。

 鼻歌を歌いながら、残ったヒヨコ豆はどんな風に調理しようかなと、絵梨は簡単料理本のページをめくるのだった。

(初出:2014年1月 書き下ろし)
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Category : 短編小説集・十二ヶ月の野菜
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
夕さんの実体験と少しの創作とが溶け合った掌編、という感じなのでしょうか。
ちょっと夕さんの生活を垣間見たような気がしました。旦那様はこんな感じの方なのかしら。あるいは創造?
大きな物語の展開はないけれど、ただ日常の中で、ちょっとしたものを大事にして生活している。
人生とか大きなことは言わないけれど、生活の中で大事なものを語る。
味わい深い物語でした。

ヨーロッパの国って、イタリア以外は本当にちょっとしか行ったことがないのですけれど……
その「ちょっと」のひとつであるポルトガルに行ったときのことを思い出しました。
広場に市場があって、豆ばっかり売っていた光景。それから、やたらと豆の潰したのを食べていた記憶が……
日本にも豆の種類は色々あるけれど、世の中にはこんなに豆があるんだ、と驚いた記憶があります。
はるか古い時代から、人類は豆を食べていたんだなぁと、しみじみ思いながら拝読いたしました(*^_^*)
2014.02.10 15:12 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

絵梨とリュシアンのシリーズは私小説です(笑)
一応プライバシーを晒すのを避けるために、名前と、出会った場所(絵梨たちはケニア、本当の私たちはジンバブエ)、二人の職業などを少し変えてありますが、それ以外は実録と思っていただいて……。

日常生活なので、ドラマティックな展開はほとんどないのだけれど、その中でも物語が紡がれることもあるかな〜という試みです。毎月これだと飽きますが、「十二ヶ月の野菜」に絵梨とリュシアンが登場するのは今回だけなのでご安心を。

和食のように(そうは見えないのに)ほとんど全ての料理に大豆加工品が関わっている、というのとは違いますが、ヨーロッパでもいろいろな豆を食べていますよね。豆は庶民の味方らしく、庶民的な料理になるほど登場回数が多いように思えます。それに加えて、最近は健康にいいという面がクローズアップされて、増えているようにも思います。ジャガイモなどと較べると、水に漬けておくなどの一手間があるので昔は手が出なかったんですが、同じヒヨコ豆でも缶詰をつかうより自分で茹でた方がずっと美味しいのですね。しかもコストが桁違い。庶民として多いに利用させていただいています。

彩洋さんは、ちゃんとした煮豆を作っていらっしゃりそうです。

コメントありがとうございました。
2014.02.10 22:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
 お邪魔します

 これは私小説でしょうか?
と思ったら、他の方とのコメントのやり取り
で書かれているので、この質問なし です。

 料理というのは本当に難しいですね。
生きて行く為には切り離せないものだし、
しかもこの小説の様に切り離せないにも関わらず
人によって感心の持ち方が全然違うし。で

 実はこの小説で私が1番興味を持ったのが、
豆 です。

 スペイン語を学んでいて、やたら出てくるレンズ豆
そして此方では、ひよこ豆。
 妄想癖のある私は一体どんな姿?とワクワクドキドキ
していました。

 今ではパソコンでポチッと調べると普通の現実が見えるので
少し残念ですが。

 お邪魔しました
2014.02.11 08:16 | URL | #- [edit]
says...
ごちそうさまですw
日本人女性と結婚するスイス人は
やっぱり大抵日本料理に興味があるんですね
夕さん…じゃなくて絵梨さんのところは珍しい?

ヨーロッパは豆の種類が多いですよね
一度味比べをしてみたい
2014.02.11 08:39 | URL | #- [edit]
says...
先日、海外に進出した日本のパン屋さんのことをやっていました。
アラブ方面だったような気がします。
あれ? どこだったんだろう。
あやふやな話ですいません。

割高な値段にもかかわらず、現地で大評判との事。
たくさんある種類の中で、唯一売れないパンが、アンパンでした(笑)
どうやっても不評らしいです。
あれが好きなのは、日本人だけなのかも。
2014.02.11 11:16 | URL | #em2m5CsA [edit]
says...
こんばんは

この程度のことなら、記事と同じくらい簡単に開示できちゃいますよね。
そうなんです。この二人が出てきたら、私小説なんです。
反対に言うと、他の話はみんなフィクションでございます。ま、本当のエピソードが混じっている場合もありますが。

そうですね。
料理は人間関係の中でとても大事なのですよ。容姿は三日で慣れますが、舌は20年経とうとダメですからね。その分、胃袋をつかむと関係は長持ちするようにも思います。反対に何を作っても関心を持たれなければ、愛情も消えますね。

レンズ豆、よく使います。
スープや煮物、レンズのように平ぺったいです。オレンジ色のと深緑のと売っていまして、深緑のがもともとの姿でオレンジのは殻が除いてある状態です。オレンジのは浸しておかなくてもすぐに使えるので便利です。

ヒヨコ豆は、ヒヨコの形をしています。もっとわかりやすく言うと、東京名菓「ひよこ」を豆サイズまで小さくした形です。色もあんな感じです。茹でるともう少しヒヨコ色になります(笑)

姿はインターネットでも見られますが、味の方はやはり食べてみないとわかりませんよね。一度お試しくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.02.11 21:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

日本人と結婚する方は、もとから日本が好きという方が多いみたいなんですよね。
だから「スシ、ワンダホー!」で、ファミリーパーティーの度にスシを作らせる方も。

うちは、ええ、珍しいです。
大体、出会った所からして、普通のスイス人&日本人カップルとは違いますしねぇ。
(多くは英語留学や、日本で出会っているのです)

そうなんです。日本もたくさん豆の種類があって、こっちで食べているのがもしかしたら同じ種類の豆かもしれないのですが、なんせ日本では豆調理に手を出さなかったので、同じ豆かどうかがいまいちわからないものもあったりします。調理法はかなり違うので、なおさら同じかわからないんですが。むしろダメ子さんに訊いてみたいです。

こちらにいらしたら、ぜひいろいろ試してみてくださいね!

コメントありがとうございました。
2014.02.11 21:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええ〜、そうなんですか。
あんパン、おいしいのに!
私はこし餡派です。そしておへそにさくらの塩漬けが入っているのが好きです。

そういえば、ガイジンはメロンパンが好きという話を聞いたことがあります。
なぜ?
私はあんパンの方が美味しいと思うんだけれどなあ。

コメントありがとうございました。
2014.02.11 21:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

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