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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(1)プロローグ 黒衣の貴婦人

さて、長いあいだ騒いでいた「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」、ようやく連載開始です。またしばらくの間、おつき合いくださいませ。なお、この小説、主人公たちがあちこちに動きますので、ストーリーが展開している場所を地図上に矢印で表示しました。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(1)プロローグ、黒衣の貴婦人


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 暗い中、少年は燭台の灯火を頼りに、ゆっくりと廊下を進んでいた。盆に載せた飲み物をこぼさないようにするのは至難の業だった。こんな用事を頼まれるのははじめてだった。マックスが、この国一番の賢者といわれるディミトリオスの下僕としてこの家に来てから、まだ一週間しか経っていなかった。

 なぜここに居るのか、いまだに納得がいっていなかった。どうして彼がここに来なくてはならなかったのか。両親はそれほど金銭に困窮していたのか。だが、彼には質問も口答えも許されていなかったので、黙って言われたことをこなすほかはなかった。そして、召使い頭に言いつけられた通りに、慣れない動きで一階のディミトリオスの書斎に向かっているのだった。

 目指す部屋のドアから、わずかに牛脂灯による光が漏れている。密やかに話す声も聞こえてきた。
「このようなむさ苦しいところにおいでいただくとは」
それは主人のディミトリオスの声だった。

「そんなこと、氣にもなりません」
客は女らしい、マックスは思った。

「誰にも見られなかったでしょうな」
「見られたとしても、どうだというのでしょう。賢者のあなたにギリシャ語を学ぶことは禁じられていませんわ」

「奥方さま」
 ディミトリオスの声には明らかな非難の調子がこもっていた。女はわずかに咳払いをしてから、少し反省したような声を出した。

「わかっています。でも、私の氣持ちはわかっていただけるでしょう? 八年も我慢したのです。どんなに苦しい昼と夜だったか、わかっていただけませんの?」

「さよう。しかし、もっと忍耐強くあらねばならないのです。おわかりでしょう。あなた様がこのようなことをお続けになるのであれば、私は計画を変更せねばなりませぬ」
「待ってください。お願い。後生です。どんなことをも忍びますから」

 扉の前にとっくに着いていたのだが、いつノックをしていいのかわからなかった。だがその物音に氣づいた主人は短く咳をして貴婦人の注意を引いた。マックスは、今かとばかり短いノックをした。
「きたか。今、扉を開けるぞ」

 主人の言葉に緊張して彼はまっすぐに立った。ドアが開いた。たっぷりとした灰色の長衣に身を包み、胸まで届く豊かな顎髭と真っ白い長髪の印象的なこの老人が立っていた。この館に連れてこられた日に会って以来、面と向かって主人の顔を見たのはまだ三回目だった。失敗はしたくない。

「お飲物を持ってきました」
「お持ちしました、だろう」
「あ、はい。すみません。お持ちしました」

 主人は厳しい顔で立っていたので、マックスは今すぐにでも逃げ出したかった。しかし、主人は盆を受け取ってはくれずに、テーブルの方を示した。見ると向こう側にその女性が座っているのが見えた。

 全身を黒で包んだ女性だった。顔には黒いヴェールがかかり、牛脂灯の灯りでははっきりとは見えなかったが、世間知らずの敬語もまともに使えない少年に怒るでもなくじっと黙って二人の会話に耳を傾けていた。

 彼は盆をテーブルに運び、カップをカタカタいわせてようやくこぼさずに貴婦人の前に置いた。
「ど、どうぞ」

「ありがとう」
優しく暖かい声だった。

「ご苦労だったわね。これは好きかしら?」
そう言って、貴婦人はマックスが運んできたすみれの砂糖漬け菓子を示した。少年は、目を輝かせた。先程、飲み物を運ぶように言われて盆を渡され、一緒に載っているその高価な菓子を一目見たときから、せめて一口でも食べてみることが出来たらどんなにいいだろうかと思い続けていたのだ。

 ディミトリオスは厳しい声で割って入った。
「奥方さま、それは困ります。他の使用人に示しがつきません」

 マックスの顔が落胆に曇った。ディミトリオスはドアをきっちりと閉めて、それから目で貴婦人に合図をした。貴婦人は頷くと、ヴェールを外し、口元に人差し指をあてて、少年の顔を覗き込んだ。

 少年の目にその顔がはっきりと見えた。真夏の空のように澄んだ青い瞳、金糸のように輝く髪、教会の聖母像のように美しい女性だった。その瞳がそっと微笑むと、彼の手に全ての砂糖菓子を載せてそっと手のひらを閉じさせた。そしてささやくように言った。
「誰にも見られないようにね」
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Tag : 連載小説

Comment

says...
こんにちわ~(*´∀`*)

ついにスタートですね! どんな物語になっていくのか楽しみにしています。
と同時に、新作連載を最初から読める幸せを噛み締めてます><!
今お伺いしているブロガーさんたちの作品は、全て連載中、連載終了などばかりで。
読んでも読んでも追いつけない量。でも皆様の物語とても面白いです(^ω^)

そろそろ樋水龍神縁起も読書開始させていただきま~す。
タイトルから、たぶんすごく好き系ジャンルだと勝手に思ってます(・ω・)
2014.03.12 08:47 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
更新、お疲れ様です。

ついに連載開始ですね。いきなり怪しげな展開で、妙にわくわくします。
ガンダルフあるいはダンブルドアを思わせる賢者と、黒衣の美しい奥方さまの密会なんて、すごく興味をそそられるオープニングですね。
二人の会話の内容も、たんなる情事に終わらない陰謀めいたものを感じますし、これからどんな物語がつづられていくのか、ほんとうに楽しみです……ん、なんかこのセリフに妙な既視感を覚えるぞ(笑)
「すみれの砂糖漬け菓子」、食いしん坊の私としては、一度食べてみたいですね。実在するのでしょうか?
2014.03.12 13:37 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうですよね。私も連載も「第89回」みたいなのをみると「う。追いつけない……」って思いますよね。私もリッキーさんの最初の頃に追いつけてホッとしましたよ。

「樋水龍神縁起」も読んでいただけると聞いてかなり喜んでいる私です。が、ユズキさんはイラストの方でも根を詰めていらっしゃるので、あまり無理しないでくださいね。

この作品は私のはじめての中世ヨーロッパもので、書き方もかなり試験的な方法を使っています。本筋にあまり関係のない事がわんさか続きます。つまり「わからないところはスルー」しても大丈夫な小説です。かなり長くなりますが、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2014.03.12 19:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

連載開始「するする」詐欺みたいだったのが、ようやく(笑)
ええ、今回のキャラは、皆かなりオーソドックスです。来週からはいきなりマックス成人するまで飛んじゃっていますので、この二人が何を企んでいたのかはしばらくお預けです。

このセリフ、もしかしてTOM-Fさんの所でデジャ・ヴですか? 探しにいってみなくては。あ、十二単衣の方かしら? 

すみれの砂糖漬けはウィーンの銘菓です。エミリーちゃんと縁の深いシシィがお氣に入りだったそうで、今ウィーンでそれを買うと、シシィの絵の描かれた缶に入っていますよ〜。

一応中世ヨーロッパという縛りで書いているので、チョコレートのような存在しなかったお菓子は出せなくてかなり苦労した所です。チェックしていただいて嬉しい〜。

コメントありがとうございました。
2014.03.12 19:58 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
この言葉の厳しさと独特な重苦しい描写がマッチしていて面白いですね。
荘厳な雰囲気を醸し出すこの作品の行く末が結構気になりますね。
こういう貴婦人であったり、華々しくても生活自体は困窮していることはよくありますからね。
そういう優雅な中にも、現実の厳しさみたいなものがあって良いですね。
2014.03.13 00:16 | URL | #- [edit]
says...
蓮さんですよね? お帰りなさい!

読んでくださって、ありがとうございます。この話は歴史ではなくて架空のものですが、それでも中世ヨーロッパの風 俗に可能なかぎり近づけようとしていますので、ロココ時代などと較べると地味な世界になりそうです。全体的にひらひらしたお姫様と王子様のお話にはならないかと思いますので、もしお時間がありましたら覗いてくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.13 20:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
自分では絶対に書けないだろう世界なので、わくわくしながら読ませてもらっています。
中世ヨーロッパを舞台にしたものというと、ファンタジーか、戦記くらいしか思い描けないのですが、夕さんが描く物語を、ゆっくりと追わせていただきますね。
やはり、最初から読めるってうれしいです^^(そこを基準にしてはいけないのですが)
2014.03.15 01:39 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
新しい連載も始まりましたね!
あらすじを拝読した時から、いったい今度は夕さんはどういう試みをされるのだろうと楽しみにしておりました。
中世の暗黒のイメージとは言いますが、単に電気がまだなかったからじゃないの、とか思っている天邪鬼な私ですが、この不思議なイメージにどっぷりつかりたいと思います。
阿部謹也先生は私も一時嵌りました。いろいろ楽しみです(*^_^*)
菫の砂糖漬け、フランスの南西部で購入し、食べました。
菫の味かどうかはよく分からなかったけれど、甘くて高級感はありましたね~
砂糖の代わりに紅茶とかに入れたらおいしそう。
2014.03.15 09:51 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは。
たぶんこの小説は、みなさんが「こんなかな」と思われる小説とかなり違っていると思います。架空の土地という事を除くとファンタジー的なものは一切ありませんし、戦争もないですしね。かといって平和でもないんですが。

何を題材にしていても、私の書くものはかなり同じようです。エンターテーメントは少ないですが、人間社会がうまく出たらいいなと願っています。

たしかに連載、はじめから読むとちょっと楽ですよね。たくさんの方に脱落されてしまわないように頑張らなくては。長い旅になりますが、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2014.03.15 15:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらも読んでいただいて、ありがとうございます。

いやあ、実際に書こうとすると、本当にいろいろと困るんですよ。うっかり書いているものが、本当にあるのかないのかわからない。「架空の世界だからいいの!」という最後の逃げ道は用意してあるとは言え「貧乏でジャガイモしか食べていなかった」とか書きたくないんですよ。ジャガイモはない、トマトはない、パスタもない、何食べていたんだ、こいつらって所から始まって、執筆が止まる、止まる。「大道芸たち」は書きやすかったなあ……(再び遠い目)

よく考えたら、砂糖ってあったのかな? ううう、もう考えるのはやめよう。

確かにすみれの砂糖漬けって砂糖の味しかしませんよね。なんとなくシモジモは絶対に食べていなさそうなイメージがあります。

長い旅路ですが、おつき合いいただければ幸いです。

コメントありがとうございました。
2014.03.15 16:36 | URL | #9yMhI49k [edit]

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