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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(2)森をゆく - 『シルヴァの丸太運び』

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の二回目です。先週のプロローグから、14年の月日が経ち、少年マックスは成人しています。そして、先週は主人であり保護者であったディミトリオスのもとを離れて氣ままに旅をしていたりします。

昨日の記事にも書きましたが、大量の固有名詞が出てきますが、それを逐一憶える努力は必要ないと思います。地名や国名については、毎回地図を貼付けますので、わからなくなったらそれを見れば十分かと思います。重要な固有名詞はしつこく出てきますので戻って探す必要はまずないでしょう。主要登場人物の紹介へのリンクも毎回付けますのでご安心ください。


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(2)森をゆく - 『シルヴァの丸太運び』


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 男たちは揃いのくすんだ赤い上着と黒い帽子、そして深緑のズボンを身に着けていた。その集団を目にしたのははじめてだった。『シルヴァの丸太運び』と呼ばれる男たちは、巨大なトウヒを切り出してはヴァリエラ川上流からサレア河に運ぶ専門の集団だった。男が両腕で抱えて手が届かぬ木を選び倒す。丁寧に樹皮を取り除き同じ長さの丸太にする。先に穴を穿つ。そして、力を合わせてヴァリエラ川に落とす。川に浮かぶ八本の丸太は穴に通された縄できつく結びつけられて筏が出来上がる。同じような筏が十二槽出来上がると、男たちはそれぞれ櫂になる棒を手に三人ずつ筏に乗り込み、そのままサレア河に合流するまでの舟旅が始まるのだ。

 マックスがどこから来たのかもわからぬ馬の骨で、樹を切り出す作業にも全く役に立たなかったにも拘らず、『シルヴァの丸太運び』たちに受け入れてもらったのは、この舟旅が危険を伴い少しでも多くの男手を必要とするためだった。途中の急流では、ほんの少しの油断で大の男がいとも簡単に川に投げ出されるのだ。

 《シルヴァ》は深い森だった。鬱蒼とした針葉樹が山肌から続いている。平地に馬で何日もかかる道のりを進むのは非効率だった。誰もいなければそうする他はないのだが、『シルヴァの丸太運び』とともに川の流れに乗れば、わずか一日でヴァリエラまで到達することができるのだ。

 マックス・ティオフィロスが赤い上着を身に着けた年若い青年ステファノと意氣投合したのはエーゼルドルフ(ロバの村)というあまり麗しくない名前を持った小さな村の旅籠だった。彼よりもずっと上背があり、上着を脱いで現れた粗末なシャツからは盛り上がった筋肉のシルエットが浮かび上がった。大きく口を開けて笑いこの辺りの旅人としては豪快に注文した。といっても金持ちがするように上質の酒や柔らかい肉などは全く頼まず、単純に量が多かった。
「腹をすかせては大仕事はできないからな」

 ステファノは明日から始まる『シルヴァの丸太運び』のために二日かけてここまでやっていたのだと言った。普段は木こりや雑役として働いている男たちは、ひとたび『シルヴァの丸太運び』が始まるとの連絡を受けると誇り高き赤い上着と黒い帽子を身につけて各地から集まってくるのだった。マックスは隣のテーブルにいたが、興味を持って話しかけているうちに、ステファノの方からテーブルを遷ってきた。そして、マックスがその晩の二人分の勘定を払う代わりに『シルヴァの丸太運び』に参加させてもらうことになったのだ。

 彼は櫂となる棒を渡されステファノの乗る筏に同乗した。途中の急流では投げ出されそうになるのを必死でこらえながら怒号の飛び交う中を水と戦った。
「馬鹿野郎! 流れを読め! 力任せにやってもダメだ!」
「バランスを取れ! できないなら筏にしがみついてろ!」
「来たぞ! 渦だ! ほら、そこ!」

 何度か大人しく川沿いに旅をすべきだったかと後悔したが、渦と戦い、投げ出された仲間を助け、自分も数回落ちてがっちりとした手にしがみついている間に自分が『シルヴァの丸太運び』でないことも、ついていけるか不安だったことも全て消え去った。

 誰が何を支払うかや、社会的身分のことは、この激流の上では全て消え去る。誰をどのくらい長く知っているか、どんな人生を歩んでいるかも。そこに存在するのは力と信頼関係だけだ。この丸太がどのような城のどの部分に使われるかも関係なかった。ただ、力を合わせてやるべきことをやる、それだけだった。それが『シルヴァの丸太運び』の仕事だった。

 夕方にヴァリエラで降ろしてもらい、わずか一日で昔からの友のごとくに親しんだステファノをはじめとする同舟の男たちに別れを告げた時には、マックスはこの運搬に関われたことを生涯の誇りと思うまでになっていた。筏にくくりつけられていた荷物は完膚なきまでに水浸しになっていたがそれすらも誇らしかった。


 彼はヴァリエラで馬を調達して《シルヴァ》を進んだ。この辺りまで来ると栗や椎などの広葉樹が柔らかい光を織り込むようになる。下草や苔に覆われた足下は動き回る小動物の氣配を伝えて、常に騒がしい。鳥の飛び回る羽ばたきに混じって常に耳に届くのはまだ近くにあるせせらぎのリズムある飛沫の音だった。

 マックスが進んでいるのは、深い森の奥ではなくて、ほんの周辺部に過ぎなかったのだが、それでも、それから二日にわたって人影は全く見られず、この世に人は自分一人ではなかったかと錯覚した。

 グランドロンは広大な王国ではあったが、その五分の一の面積は森が占めていた。あまりに浩蕩なため、この地は古代よりほとんど未踏の地であった。人々は名も与えずに、単に森を意味する《シルヴァ》と呼び、どの領主の支配下にも入っていなかった。人々は狩猟をし、生活のために必要な樹木や木の実それからキノコを取りにいくが、それは森のわずかな周辺部で行われていた。《シルヴァ》に接していたのは、ルーヴラン王国に属するバギュ・グリ侯爵領、アールヴァイル伯爵領、ルーヴランの直轄地、いくつかの自由都市、未開の無法者の土地、そしてグランドロン王国の王都ヴェルドンならびに直轄地、ヴァリエラ公爵領、フルーヴルーウー伯爵領であった。

 ヴェルドンを出て旅をはじめてから二年。老師に出て行く許しを請うた日のことを彼は昨日のことのように思い出した。

「まだ早い」
老師は言った。兄弟子たちが老師のもとから旅立ったのは、確かにもう少し歳を取ってからだった。だが、彼は十四年も師事してきて、兄弟子たちよりも知識にしろ経験にしろ勝っている自負があったのだ。

「年齢のことを仰せなのですか。私はもっと世界のことを知りたい。体力のある今こそ、精力的に世間を見て回るチャンスだと思われませんか」

 老師を説得して、旅立つ許可をもらったものの、三年で戻って来いと言われて彼は不満を顔に表した。
「何故ですか」
「わしがいつまでも王に仕えると思っているのか。この老いぼれがくたばる前に、お前が王の補佐をし助けとなるように、どれだけ時間をかけて教育してきたと思っているのだ」

 兄弟子の誰かが戻ればそれでいいではないかと思ったが、せっかくの旅出ちの許可を取り消されたくなかったので、それ以上は争わなかった。


 マックスは森を進んだ。下草の中から突然現われて大木に駆け上るリス。馬が驚いて後ろ足で立ち上がった。彼は振り落とされぬように足踏みをしっかりと踏んだ。

「落ち着け。なんでもない」
彼は、馬をなだめながら、ふいに《ヴィラーゴ》ジュリアの伝説に思いを馳せた。百年前に伝説の男姫もこの森をこんな風に通ったのかもしれない。子供だったマックスにその伝説を話してくれたのは兄弟子だったか、使用人の誰かだったかもう憶えていない。

 とある名のある侯爵家にはびっくりするほど美しいお姫様がいました。その姫様は女性の好きなことは全て嫌いで、男のような服を着て森をいつも駆け回っていました。そのため「男姫《ヴィラーゴ》」と呼ばれていたのです。姫君につけられていた馬丁ハンス=レギナルドは、目も覚めるほど美しく、侯爵家の全ての使用人の女たちから慕われてたくさんの浮き名を流していましたが、本当は《ヴィラーゴ》ジュリアに恋いこがれておりました。ある時、姫君がお城を抜け出して愛馬とともに失踪すると、姫君を追って森へと消えてゆきました。ジュリアは森を住処とするジプシーたちに加わり怪しい旅をしたあげく、ついにグランドロンへと辿り着きました。グランドロンで国王に取り立てられ辺境の領地と伯爵の位を授けられていたハンス=レギナルドはすぐに姫君に氣がつき、二人は結婚して幸福に暮らしました。


Virago Julia by ユズキさん
ジュリア by ユズキさん(このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします)


 大きくなってからマックスはそれが史実であることを知った。《ヴィラーゴ》ジュリアは、隣国ルーヴラン随一の侯国バギュ・グリの令嬢だった。本当にジプシーの一員になっていたかは知る由もないが、確かに令嬢は侯爵のもとを逃げ出して、グランドロンへと辿り着きフルーヴルーウー伯爵夫人となったのだ。

 彼はその《ヴィラーゴ》と反対の方向へと馬を走らせていた。グランドロンからルーヴランへと。王家がグランドロンの言葉や風習をよく知る教師を探しているという情報を得たのは、センヴリ王国に属するヴォワーズ大司教領であったが、王都ルーヴへと最短距離で向かうには《シルヴァ》の真ん中を突っ切る必要があった。そんな危険なことをするものは一人もいない。それで、彼は心ならずも、一度祖国と故郷である王都ヴェルドンにわずかに足を踏み入れ、そこから《シルヴァ》を川沿いに進みながらルーヴランの王都を目指すことになったのだ。

 二年ぶりのグランドロンであったが、彼は王都ヴェルドンでディミトリオスを訪ねることはしなかった。旅をする氣ままな生活を続けるうちに、マックスは老師との約束を守るつもりはなくなっていた。兄弟子たちと違って彼は望んで弟子入りしたわけではなかった。グランドロン王に対する忠誠心も大してなかった。そもそも、若い王とはまだ一度も近しく接見したこともなかった。自由に旅をする。新しい土地へ行き、珍しい街並や風景を楽しみ、土地の酒と食事を堪能する。これ以上の人生があるだろうか。行く先々で軽く恋を楽しむ。けれどそれが深刻で重いものに変わる前に、彼はさっさと新しい雇い主をみつけて旅立った。

 ルーヴにもそれほど長くはいないであろう。だが、王家で働くことが出来れば、その後に新しい仕事先を見つけるのも容易になるに違いない。

 小川の流れが速くなった。木漏れ日が反射して瑞々しい光を放ちながら飛沫が踊りゆく。若駒は飛ぶように駆け出し、下り坂の道を急いだ。コマドリが急に飛び立ち、強い光を放つ森の出口へと誘った。
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Comment

says...
更新、お疲れ様です。
旅する賢者かぁ。なんか、憧れちゃいますね。こういう人生もいいな、とか。そりゃあ、宮仕えなんてしたくなくなっちゃうだろうな(笑)
森や街の描写、筏下りのシーンなどは、情景が目に浮かぶようでした。マックスとともに、自分も旅しているような感覚があっておもしろかったです。
「いまココマップ」は、まるでロールプレイングゲームをやってるみたいで愉快ですね。
次話も楽しみにしています。
2014.03.19 10:57 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

賢者さまだといいんですけれどね。旅するチャラ男と化していますね。
もともとお育ちがシモジモなので、宮仕えはめんどうくせー、なんでしょうね。でも、上流階級は報酬も高いので、働くときは我慢している様子です。

筏下りは、今もシュヴァルツヴァルトでやっているものを、テレビで見てこのシーンに使ったのです。見ているだけで「うわぁ、危ない!」って感じでした。

「今ここマップ」役に立っていますでしょうか。次回は話が別の人物に飛びますので、これがないとわけがわからなくなるかも、と思いました。

コメントありがとうございました。
2014.03.19 20:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
深いですねえ。。。
この小説。いや、ものすごい引き込まれます。
この描写。森の鬱蒼としたもの。光。
そうしたものの描写があまりに深く、読んでいて光景がすぐ浮かびます。
すごい描写力だな。。。と思います。
また読みます!!
2014.03.20 12:49 | URL | #- [edit]
says...
まだまだ話の流れに付いているだけですけど、面白いです。
そして発見なんですけど、サキも伏線読みだということがわかりました。
勘ぐった読み方をしてしまうんですよね。
夕さんのおっしゃったように、気にせず読み進めようとしているのですが、ふと考えてしまうんですよ。『この人どうなるんだろう?』
まぁ、癖のようですから気にせず進んでいこうと思います。
物語は始まったばかりですもの……。
2014.03.20 15:26 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ううう、ありがとうございます。
そんなに褒めていただけると嬉しくて踊ってしまいます。
かなり田舎に住んでいまして、毎日森を通って通勤していたりするのですが
中世の鬱蒼とした森にはほど遠いなんちゃって森で、書きながら、「ううむもっと原始林っぽくしないとな」などと書き直した所でもあります。注目していただけてとても嬉しいです。

読んでいただき、コメントもいただきありがとうございました。長いんですが、先もどうぞよろしくお願いします。
2014.03.20 20:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あはは、伏線、氣になりますか。
ええ、全くないわけじゃないんですが、この人物は後に出てくるのか、なんて思いだすとドツボにはまります。
あ、マックスは主役ですからずっと出てきますけれどね。
のんびりと進んでいきますので、ぜひ、おつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.20 20:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
深い森や、荒々しい男たちの仕事の様子、とても引き込まれますね。
余計なものが無くて適確なんだと思います。
私も、伏線や、物語がどういう展開を見せるのかを探りながら、予測しながら読む癖があるのですが、これはそんなエンタ小説というよりも、文学小説に当たるのかな・・・なんて思いました。何だか、小学生の頃、何も余計な事を思わずに引き込まれながら読んだ翻訳小説のような、そんな懐かしい雰囲気を感じました。
主人公一人を追う物語というわけでもないのですね?
今のところマックスに焦点を当てていればいいのでしょうか。
まだ始まったばかり。
夕さんが学生のころからあった物語、ゆっくり読ませていただきますね。


2014.03.22 02:11 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。
日本の話だとテレビで見たものをエピソードとして組み込むのは厳しいと思いますが、ここではあり得る範囲かなと入れてみました。

マックスともう一人の主役ラウラの話はそれなりに進みますが順番に整然と話が移るわけではないです。特に前半は読み切りに近いです。

伏線を探すほどひねりのある話ではないので、ご安心くださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.22 16:32 | URL | #9yMhI49k [edit]

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