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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(3)《学友》の娘

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の三回目です。もう一人の主人公が登場します。マックスはグランドロン人ですが、ラウラはルーヴラン人です。自由に旅をしているマックスと対照的にラウラはずっとルーヴの王城で暮らしています。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(3)《学友》の娘


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 雪が完全に溶けると、ラウラはまた薔薇園に行くようになった。

 ルーヴランの城の中で、彼女が一人で泣くことの出来る場所はあまりなかった。外を歩くとドレスの裾が汚れ、歩くのにもどのくらい時間がかかるかわからない冬の間は、建物から出ないほうがよかった。鐘楼にこっそりと登り街の終わる彼方を観てはため息をつくのが精一杯であった。

 だが、ようやく長い冬が終わり、マリア=フェリシア姫や城の人々から姿を隠すことができるようになったのだった。

 薔薇は花ひらくどころか蕾すらも茎と見分けがつかぬ程に小さく固く、赤茶色のトゲだらけの茨が永遠と続くようにしか見えなかった。だが、この城で十二年の時を過ごしたラウラは、あと二ヶ月もすればこの同じ場所が香り立つこの世の楽園に変わることをよく知っていた。

 彼女は待っていた。忍耐強く待つことだけが幸福への唯一の道だった。マリア=フェリシア姫は悪い人ではないのだと思おうとした。ただ、ああいう立場に生まれてきて我慢することを、思いやりを持つことを学べなかっただけだと、好意的に考えようとした。彼女は頭を振った。どうでもいい、あと一年。そうしたら私は自由だ。姫は永久に黄金の檻からは出られない。私はどこにでもいける。鐘楼から見たあの地平線の向こう、深く謎めいた森《シルヴァ》の終わるところにも。

 ラウラはふと左側の裾に目を留めた。赤い染みが出来ている。はっと左の腕を見る。美しく金糸で刺繍のされたゴブラン織りの覆い布の下に巻かれた白い木綿が真っ赤に染まり、そこから血が流れ出ていた。心臓がそこに移動したかのようにどくんどくんと脈打つ痛みに慣れすぎて、血が止まっていないことに氣がつかなかったのだ。頭を振ると、再び手当をしてもらうために城の中に入っていった。


「ラウラさま! まあ、申し訳ございません。私の縛り方が弱かったんですね」
アニーが真っ青になった。ラウラは小さく首を縦に振ったが優しく言った。
「きつくしすぎると痛いと心配してくれたんでしょう? ごめんなさい。氣づくのが遅れて裾も汚してしまったわ」
「まあ。すぐにお召しかえを用意しますね。こちらへどうぞ」

「あ~あ。私も姫様付きになりたいなあ」
アニーが、ラウラの着替えを手伝って戻ってくると、リーザが汚れた包帯をさも嫌そうに洗っていた。

「なぜ?」
アニーは汚れたドレスを洗濯女たちに渡すときの手配書を書きながら訊いた。

「だって……。なぜ私がこんな洗濯をしなくちゃいけないのよ。パパがこれを知ったらなんていうかしら」
リーザは爵位こそないが、城下でも有数の商家の生まれで、何人もの召使いを使う家庭で育ったのだ。
「姫様や最高級女官のお世話をしてくれっていうからお城に上がったのに」

「その通りじゃない」
アニーはつっけんどんに答えた。

「そりゃ、ラウラ様の位は最高級だけど……」
リーザが言いよどむ。アニーは手を止めてリーザを睨みつけた。
「だけど、何よ」
「バギュ・グリ侯爵令嬢なんて名ばかりじゃない。どうして私がどこの馬の骨ともつかぬ孤児の汚い血を洗わなくちゃいけないのよ」

 《学友》になるために、バギュ・グリ侯爵の養女となってから宮廷に上がったのだが、ラウラはもともと城下町の肉屋のみなし児であった。もちろん彼女は宮廷に来たかったわけではない。もし、彼女に選択権があり、自分に用意されているのがどんな生活であるか知っていたなら、むしろ街で物乞いになることを選んだであろう。バギュ・グリ候が、ラウラと同い年の令嬢エリザベスを《学友》にしたがらずに、わざわざ誰からも望まれない孤児を養女にしたのも同じ理由からだった。

「ラウラ様の事を、二度とそんな風に言わないで! 貴族の家に生まれてこなかったのは、ラウラ様のせいじゃないわ。それに、優しくて、賢くて、振舞いも完璧で、あの方こそ本当の貴婦人だって、どうしてわからないのよ」

 アニーはこの城に勤めるようになってまだ二年ほどしか経っていないまだ半分子供の侍女だった。

 彼女にとってラウラはもう一人の王女と言ってもよかった。実際ラウラはこの城では唯一無二の特別な存在だった。彼女はただの女官ではなかった。女官と王女の間に存在する特別な存在--ラウラ・ド・バギュ・グリは《学友》だった。王女と同じことを学ぶ。外国語、文学、数学、楽器の演奏と詩作、行儀作法にダンス。女官としてももちろん機能した。手紙を書き、侍女たちへの指示を的確に出す。まだ二十歳になったばかりだが、家令ですらも一目を置くほどしっかりとしていた。

 《学友》、それは百年ほど前に始まったルーヴラン王家の特殊な役職だった。最初の《学友》は、かの男姫ジュリア・ド・バギュ・グリだったといわれている。貴族の子弟が王族と寝食を共にし、全く同じ教育を受ける。王族は単に一人で帝王学を身につけるよりも、ライヴァルが近くにいる方が効率よく学ぶことができる。もうひとつの《学友》存在の必要性は、教育につきものの罰を王族には施せない問題を解決するためだった。王族の受けるべき罰は《学友》が引き受ける。通常、目の前で自分の受けるべき罰を友が引き受けさせられるのを目にすれば、王族は後ろめたさを持ち、自己克己に励むようになる。それは何不足なく育ち傲慢になりがちなルーヴランの王族にとって何よりも必要な帝王教育であった。

 だが、来月十九歳になるマリア=フェリシア王女は、過去のルーヴランの王族とは違う感性の持ち主であった。そして、ラウラ・ド・バギュ・グリが、とるに足らない肉屋の孤児だという意識が彼女の残酷な考えを更に後押しした。王女は彼女が罰を受けるのを何とも思わなかった。むしろ、何もかも完璧にこなし、各方面からの賞賛を得る嫌みな娘に誰が王女なのかはっきりわからせたいという欲望を満たしてくれるので、彼女が罰を受けるのを好んでいるところがあった。

 先代までの《学友》はみな、楽ではないけれどさほど痛みのない罰を受けていたが、王女はそのルールを変えた。《学友》の利き手ではない腕を鞭で叩くことにさせたのだ。

 ラウラの左腕は常に鞭で打たれ、引き裂かれていた。その傷の完全に癒える前に、次の鞭が当てられた。自分自身の振舞いが原因で鞭を当てられることはなかった。城に連れてこられた当初はわずかにあったが、今では全くなかった。王女の分だけで十分つらいのに、これ以上罰されるようなことはしたくなかった。彼女は何を教えられてもすぐに覚え、どんな仕事でも完璧にこなすようになっていた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
こんにちわ~(*´∀`*)

綺麗なドレスを着れても、豪華な部屋に寝られても、高度な教育を受けられても、イヤですね鞭食らう人生(・ω・)
良き王族を育てるためとはいっても、ドSな犠牲になった子女は大変そうです。

ジュリア姫がご学友・・・この時ばかりは王族のほうがギブアップを叫んでいそうないめぇじが(*´∀`*)
教師も根を上げていそう☆

ポルトガルで浮かんだという新作のお話も同時に楽しみです(^ω^)
2014.04.03 07:28 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは〜。

ええ、同じドSでも、アルカネットさまたちのようにそれをカバーしてあまりあるよさのある姫さんじゃないので、打たれる方はたまったもんじゃないですよね。

ジュリアの時代はまだ制度そのものがなかったので、大した事を学んだってわけでもないようです。たんにジプシーに「その娘、置いてゆけ」と言い放ったすごいお姫様(ジュリアにもびびらない豪傑女です)がいて、それからジュリアはしばらく好き勝手をしつつ王宮で食っちゃ寝の生活を楽しんだようです。その後、お輿入れの姫さんにくっついてグランドロンへ行き、ハンス=レギナルドと再会したのですね。

新作の方は、そうですね。どういう形で小出しにしようか考えつつ、新しくファイル作って準備進めています。あ、「大道芸人たち」もあるし「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」も書き終えないと。

コメントありがとうございました。
2014.04.03 20:04 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。
これは、これは。「学友」とは上手く表したものですが、なんともよくできたシステムですね。
ラウラはハズレの学友を引いてしまいましたが、アタリだったら超がつくエリート教育ですからね。男子なら、そのまま政治の中枢に入る、なんてことにもなりそうですね。就職には、ことかかないだろうなぁ。女子だって、出自が悪くなければ、引く手数多でしょうし。
初代(?)がジュリアですか。お相手の王女もすごい方だったようですね(笑)
マックスとラウラ、キャリア組の二人が、これからどのように絡んでいくのか楽しみです。
2014.04.04 02:17 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。《学友》と王族は本来は兄弟以上の絆ができて、補佐なども完璧にできるというシステムでして、本来ならば女王になるマリア=フェリシア姫にも絶対的な補佐として《学友》出身の臣下が必要なんですが、この二人、水と油でして、二人とも時期が過ぎたら顔も見たくないと思っていたりします。

《学友》を勤め上げると、どの国に行っても通用するディプロマのような証明書が発行される事になっていまして、それをもらって独り立ちするためにラウラは逃げださずに我慢しているのですね。

お蔵入りとなった第一部はジュリアとブランシュルーヴ王女の二大ヒロイン制で、ブランシュルーヴ王女は豪胆だけれど、ジュリアのような阿婆擦れ度は皆無、伝説になるような美貌に加えて夫となったグランドロン王ともおしどり夫婦だったという、「ありえね〜」な設定でございました。で、いまは伝説と化してしまっているのでなんでもあり、ということで。

マックスとラウラ、二人ともエリート教育は受けているんですが、性格が小人物です。やはりお育ちの差かしら……。夢なんてささやかすぎて笑えるくらい。もっとも、このもったいない教育も後ほど多少は役に立つ予定です。

コメントありがとうございました。
2014.04.04 21:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
何事も強制は良くないものですけどね。
それは西洋も東洋も変わらないと思いますけど。
大人が子どもを自由にしたいと思うのは世界共通ですし。
宇宙の共通なのかもしれませんね。
2014.04.05 11:56 | URL | #- [edit]
says...
うむむ、マリア=フェリシア姫は我が儘な人ですね。真の悪気は感じないんですが、彼女の自然な感情の発露がラウラにとって悪気になってしまうんだろうなと思います。ルールを変えてまでラウラに罰を与える姫、ラウラの左腕の様子に痛みすら感じます。
そこ以外に存在するところを見いだすことができない彼女にとって、それは不幸以外の何物でも無い、そこからの逃避行は赦されない、何という境遇でしょう。
ラウラはとても優れた人のようですので、その与えられた環境を特に不幸に感じてしまいます。受けられる教育のレベルが半端ないのが唯一の救いでしょうか?
もっと恵まれた環境を与えられたなら彼女はどのように伸びていくんだろう?そんなことを考えてしまいます。
アニーとリーザ、この正反対のように見える2人がどのようにラウラにかかわっていくのか、アニー、ラウラをよろしくね!
彼女は主人公の1人とのこと、どのようにこの環境に対応していくのか、立ち向かっていくのか、彼女なら何とかして進んでいく道を見つけるのでしょう。
彼女の凜々しい容姿を想像して、少しジンとしています。
2014.04.05 13:38 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

おっしゃる通りですよね。
加えて、現代の私たちには、基本的人権やら人類皆平等というような意識が当然のもののようにありますが、その概念すらない世界に住んでいた人たちは苦しんだのかもしれないし、概念がない分当然だと思っていたのかもしれないし、想像するしかないんですが。
この話は、そういう制限された世界の中で生きる人たちというモチーフが、あちこちに登場します。現代にも通じる想いを書いていけたらいいなと思っています。

コメントありがとうございました。
2014.04.05 17:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。このお姫様、私の小説の中では一番イヤな女かもしれません。まあ、そうなっちゃったのは、生まれながらにして何でも簡単に手に入る生活をしていたからでしょうね。ラウラがこんなに大人しくなかったら、あるいはやめたかもしれないんですが、なんせお育ちが違いすぎてラウラはやられっぱなしだったので、エスカレートしたみたいです。

ラウラは本来はシモジモなので、自分が生き抜く事だけを考えればいいのですが、こうした環境で育ってしまったので、マリア=フェリシア以上に人の上に立つ人のようになっちゃったようです。その一方で、夢はささやかすぎる……。

マックスがこの城を目指してきていますが、出会うまでのしばらくの間、二人の主人公のそれぞれの体験をお楽しみください。

コメントありがとうございました。
2014.04.05 17:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

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