scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】昨日の花は今日の夢

limeさんからの宿題(?)第二弾です。素敵なイラストをアップなさっていてですね、どうぞご自由にお使いくださいと。

(イラスト)妄想らくがき・サクラ幻想

limeさんの「サクラ幻想」
このイラストの著作権はlimeさんにあります。使用に関してはlimさんの許可を取ってください。

しかしですね。これは難しいんですよ。少年、学ラン、そして般若面。どうしろって言うのよ〜。と、悶絶したあげく。いや、スルーするって手もあったんですけれど。しかも、しばらく休もうと思っていたぐらいですし。それに、ユズキさんのドーナツとパンジーもまだ終わっていないのに。でも、なんとなく、作っちゃったんですよ。それも、「なんなんだ、これは」という話になってしまいました。ごめんなさい。limeさん。枯れ木も山の賑わいってことでお許しください。そして、きっと、そうへいさんからの鋭いツッコミが入るような……。こっちもあやまっておこう、ごめんなさい。やっぱり、伝統芸能は私には鬼門だなあ……。(題名、途中の引用、出てくるモチーフの一部は、謡曲「葵上」からいただいています)



昨日の花は今日の夢

 ぎしっとゴンドラが撓む。縞模様のTシャツに、赤いネッカチーフ、白い帽子をかぶった陽氣なイタリア人船頭がどこからか来た恋人とおぼしき二人のためにカンツォーネを歌おうとしている。だが、その二人は押し黙ったまま、潟の水音と緩やかな波にだけ興味を見せた。カーニヴァルの時期には酔狂な観光客が多く、彼らのように仮面をつけているカップルは珍しくない。見えている口から下と、発音から東洋人だろうと思ったが、船頭にわかるのはそれだけだった。

 女はそっと男の胸にもたれかかった。
「ずいぶん大胆なんですね、今日は」
男がその細い肩に手を回して言った。

「だって。ここでなら、この仮面をしていれば、誰にもわからないでしょう」
「何が」
「あなたは売り出し中の能楽師。顔もよく知られている。確実にスキャンダルになるから、東京で私たちが一緒に出歩く事はできない」
「それは、相手があなただからでしょう……義姉さん」

「やめて! お願い。そんな風に呼ばないで。せめて、今は……」
日本を離れ、ヴェネツィアのカーニヴァルの喧噪に混じり、仮面で顔を隠してようやく手にした逢瀬。どれほど恋いこがれても、普段は近づく事のできない愛しい男。亜夜子は男の胸に顔を埋めた。

「せめて、あなたの家族のままでいられたら、同じ屋根の下で寝食を共にする事ができたのに。恋をする事も許されず、逢う事もできない。あれから、十年も経っているのに。」

 だが、怜はその懇願にも、切ない想いにも心を動かされた様子はなく、ただ、揺蕩う波紋に仮面を向けていた。

「あれから、十年……」
雪のように桜が舞い降る宵だった。広い屋敷の敷地には、街の明かりは届かない。十三夜の月だけが満開の花を照らし出していた。怜は十七歳、まだ学生服を着ている少年だった。

六趣四生を出でやらず
人間の不定芭蕉泡沫の世の習
昨日の花は今日の夢と
驚かぬこそ愚なれ


 亜夜子の夫である峻が、蔵の中で若い愛人とともに命を落としたのは、まさにその宵であった。内側からかんぬきが掛けられた密室状態だったので、最終的には二人が心中したと結論づけられた。次世代を担う正しき血筋の能楽師が妻も暮らす自宅の蔵で亡くなったのは大きなスキャンダルであったが、今は峻の事や、いたたまれず家を出た亜夜子のことが 口の端に上ることは珍しくなった。だが、いまや当時の峻に劣らぬ実力と人氣の能楽師である怜が、かつての義姉と逢瀬を重ねている事が世間に知れたら、それは怜の芸能生命に関わる一大事となるはずだった。

唯いつとなき我が心
もの憂き野辺の早蕨の萌え出でそめし思の露


「お願い。もう耐えられないわ。どうか、何もかも捨てて私と逃げて。私はあなたさえいれば、あとはもう何もいらないの」

「失うものもないくせに……」
怜は小さくつぶやいた。

「私を愛していないの? あなたの周りにいくらでも寄ってくる、あの女の子たちと一緒なの?」
亜夜子は、船頭が日本語をまったく解していないのをいい事に詰め寄った。船頭は「こりゃ、まずいことになってきたようだ」と二人の雰囲氣から察して、黙ってゴンドラを漕いでいた。この黒い舟は、棺桶の中にいるようだと怜は思った。

夢にだにかへらぬものをわが契
昔語になりぬれば
なほも思は真澄鏡


「なぜ愛の事など語る。あなたは愛など葬ったはずでしょう、あの宵に」

 亜夜子は怜の胸から顔を離して、マスクの奥から彼の言葉の意味を推し量ろうとした。怜は再び波紋に目を向けた。煌めく光があの宵の狂ったように舞い落ちる葩に見えた。

 叫び声を聞いたように思い、母屋を出た。桜が青白く光っていた。風が微かな助けを求める声を運んできたように思った。桜が叫んでいる? 少年だった怜が、桜を見上げていると、後ろを誰かが走った。振り向くと動転して走っていく亜夜子だった。蔵の方から?

 その古い蔵は、かつて峻と怜がよく遊んだ秘密基地であった。隅々まで探検し尽くしたので、何がどこにあり、誰にも知られないように扉を使わずに出入りする方法なども二人で編み出していた。大きくなってからも、母屋ではできない後ろめたい事に使っていた。そう、例えば峻は女をあそこへ連れ込んでいた。

 蔵の扉は大きく開いていた。いつものわずかなカビの臭いに混じって、事切れた者たちの紅い血の匂いが静かに広がっていた。怜は、兄とその愛人が折り重なるようにして倒れているのに近づき、そっと命の徴を探った。もうだめだとすぐにわかった。いつかこうなるかもしれない、怜はそう思っていた。峻と亜夜子の愛憎。妻の心を踏みにじる、歪んだ兄の愛の発露は、いつか亜夜子を壊すであろうと、怜はずっと前に感じ取っていた。

 兄は、最期の力を振り絞って、桐の箱へと辿りついて事切れていた。彼が手にしていたのは白般若。「葵上」を誰もが連想するだろう。わかりやすいダイイング・メッセージだ。もっとも、これがなくても、誰でも亜夜子を疑うと思うが。

 怜は面を兄の手から離した。そして、蔵を内側から閉めてかんぬきを掛けると、彼と兄しか知らなかった秘密の出入り口から出た。葩が舞う。舞う。風に舞う。

身の憂きに人の恨のなほ添ひて
忘れもやらぬ我が思い


 亜夜子を救いたかった。純粋に、人を殺めるほどに恨み高まった、彼女の愛を救いたかった。吹雪のように舞い落ちる幽玄たる桜。彼自身が愛のための鬼になったはずだった。

 だが、それは幻想に過ぎなかった。亜夜子の身を焦がした瞋恚の焔は、たった十年であっさりと消え去り、彼女は亡き夫の弟との愛欲に溺れて、メロドラマのような逃避行を夢みる愚かな女と変貌していた。一生消えない血のシミを心に付けてまで守ろうとした怜の女への激情も、急速に冷えていった。

「仮面をつけて、ヴェネツィアのゴンドラに乗りたい」
そう亜夜子にねだられた時に、怜は戦慄した。亜夜子とは昨年ぐらいから時おり逢うようになっていたが、二人で旅をした事は一度もなかった。昨夜、ヴェネツィアのホテルで落ち合い、狂ったように抱いた怜の不安を亜夜子は完全に誤解したらしい。女は単純に愛の勝利を確信したのだろう。だが、彼が予感していたのは、愛の崩壊だった。

「あの夜、兄さんは般若面をつかんで亡くなったのですよ。あなたを守ろうとした私は愚かだった。あなたは光の君と破車に乗り、黄泉の国まで行くことでしかあの愛を成就できなかったのです。わたしはそれを邪魔し、あなたをこんな惨めな鬼に変えてしまった」

「怜……」
「今さらあなたを売るような事はしません。けれど、私はあなたには二度と逢わないでしょう。さようなら、義姉さん」

 リアルト橋につくと、怜は仮面を外して、料金をその中に入れて船頭に渡した。呆然とする亜夜子を後ろに残して、彼はヴェネツィアの雑踏の中に消えていった。
 
(初出:2014年4月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 読み切り小説)
  0 trackback
Category : 読み切り小説
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
す、素敵です。イメージを壊すなんてとんでもない。
さらに深い妄想を沸き立たせてくださいました。
流石だなあ。
絵を描いた私に、こんな想像力があったら~。(自分で書いたのに、と地団駄・笑)

この絵のシーンを回想に使っていただいたのですね。とても効果的に。
重要なシーンですもんね。
まだ二人共、純粋に愛情を求めていた頃。

兄夫婦の死の真相と、その状況をみごと伝統芸能の世界観に絡めて描かれていますよね。
素敵だなあ~。すべてのパーツがはまったみたい。
ミステリー要素もあって、私好みです。(聞いてない?)
亜夜子を救って、さらに心を卑しくさせてしまったことに悩む怜が、悲しくていいですね。
船頭のカラっとしたドギマギ感が、またすごくいい^^
このあとの怜の人生も、なんだかちょっと覗いてみたくなりました。

難しいとおっしゃりながら、この短期間にこのクオリティ。
やっぱりすごい・・・。
本当にありがとうございました!
2014.04.11 00:04 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

す、すみません。宣伝までしていただいて……。
今回は、本当に苦悩しました。発想が貧困過ぎ! こんなベタな使い方をされたら困るんじゃないかと……。
でも、本当に能楽と葵上(恨めしの心やぁ〜)しか、どうやっても思い浮かんで来なかったのです。
しかも、学ラン着ているし……。

あ、ミステリー要素は、ええ、limeさん好みをちょっと狙いました。
でも、普段書き慣れていないので、なんかこなれてない。もう無理するのはやめよう……orz

船頭はちょっとお氣に入り。せっかく明るく歌おうとしたのに、やばい感じになってしかたなく黙々とゴンドラを漕ぐあたり。もしかしたら、振られた亜夜子をその場で口説いているかもしれません。イタリア人だし。

こんなのでしたが、「こんなのもありなら、私も参加していいかな」って方が増える事でしょう、きっと。
お目汚しでした。次回また頑張ります。(次回も書くつもり)

ありがとうございました。
2014.04.11 22:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さんの世界のある一翼を感じさせる物語でした。
何より、小さな蔵の中から始まって、行きつく先がヴェネツィアというのが如何にも夕さんらしい。
カーニヴァルのヴェネツィアには行ったことがないのですけれど、これまで二度ばかり行ったとき、あの街はカーニヴァルでなくても何か秘密が隠されていて、街角から誰かが覗いている、そんな感じのイメージで。
ふたりの秘密はここに永遠にうずめられたのですね……
(あの、絶対に落ちたくない運河に……^^; す、すみません。つい、あの何とも言えない臭いを思い出してしまいました……・あ、でも、私の中のヴェネツィアの一番のイメージはインディジョーンズ(^^))
そうか、これ少年の怜の回想シーンですね。絵をどんなふうに使うのか、その辺りがだいご味だと思うのですけれど、これは見事でした。

実は、あのしょうもないおちゃらけSSじゃなくて、真面目に考えていた別の掌編と、内容と登場人物の配置は違うけれど、結構被ったかも……^^;(また近々アップ予定です(*^_^*))
やっぱりあのイラストには少し死のイメージが漂いますよね。しかも妖艶で少し淫靡で……(子どもには読ませられないかも……ご、ごめんなさい、limeさん)
何はともあれ、楽しませていただきました!
2014.04.12 02:14 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
ベタって書いていますがこの絵でこの話は意外でした
現実的な夕さんらしいなと思いましたです
恋愛って怖いな…
2014.04.12 10:14 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

このイラストはやはりある程度イメージが限られると思うんですよね。

だから無理やりヨーロッパに連れて来ちゃいました。仮面繋がりで。

いくら芝居がかった性格の二人でも普段は仮面かぶってゴンドラは乗らないだろうと無理にカーニヴァルにしましたが、私もその時期は行ったこと無いです。冬のイタリアは寒いので嫌。

運河の臭い、幸い私が行った時はほとんどなかったのですが、酷い時に当たるとすごいらしいですね。

絵のシーン、回想だからということでああ使いましたが、兄の血だらけの後に、いくらなんでも平然とし過ぎ……。

彩洋さんの真剣バージョンも楽しみにしています。

コメントありがとうございました。
2014.04.12 15:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。
意外でしたか?
簡単に言うと男が女を捨てるだけでしたね。
今回もいろいろな方が書かれているようなので、発想の違いを楽しもうと思っています。
コメントありがとうございました。
2014.04.12 15:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ヴェネツィアを舞台にされましたか。
この絵のイメージからどうやって展開させるんだろう?と思っていたのですが、なるほど、カーニバルの仮面と般若面、全く違った物の組み合わせは、このアンバランスな物語にピッタリです。
亜夜子と怜の関係は本当に救われる事はなさそうです。
殺人事件を下に敷いて、事件のキーに般若面と桜を配置し、蔵の秘密の抜け道をトリックに使う、本格的なミステリーでは有りませんが、全ての要素を実に自然に取り込んで、そして逢瀬は終わる。流れるような展開は、ミステリーも好きのサキにとってとても面白かったです。
2人の心は最初から最後まですれ違ったままだったのですね。
2014.04.15 14:07 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。この短さなので、トリックなどはあってない事にしました。きちんと練るとしたらたぶん中編くらいにはしなくてはいけなくなるので、「なんちゃって事件」で終わりです。本格ミステリーは、よほどきちんとしたトリックを構築できないかぎり、それらしいものが書けないだろうな。書けたら面白そうなんですけれどね。読書量も足りていませんし、下手に手を出すのはやめておこうと思います。

はじまりは単純に「なんでこの人、桜の下で般若面なんて持っているんだろう」「ものすごい芝居がかった少年だ」と思ったんですよね。だから「もともと芝居慣れしている子=能楽の家の子」そして「それが育ったヤツ」と連想していったら、やっぱり芝居がかった二人が答えで出てきました。でも、それぞれが自分に酔っちゃっているので、お互いにわかりあう事はないし、自己完結ですね。

普通に日本にいると、この芝居がかった自己愛は笑いを誘うので、ゴンドラで仮面している別の舞台を用意してカバーしました。

本人も「なんだかなあ」な、ちょっと消化不良な作品ですが、読んでいただきありがとうございました。

2014.04.15 21:46 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/802-6f231ddd