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Posted by 八少女 夕

【小説】あの子がくれた春の味

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の野菜」の四月分です。四月のテーマは「グリーンピース」です。冷凍食品ではおなじみで、お手軽料理にはよく登場するけれど、なかなか主役にはなりにくい食材ですよね。今回書いているとき、意味もなく私の頭の中には松田聖子の「赤いスイトピー」がヘビーローテーションしていました。この作品とは全く関係もないし、グリーンピースとも関係ないんですが、エンドウ豆の花がスイトピーに似ているんで、なんとなく。

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あの子がくれた春の味

 かのんはお姫様キャラを前面に押し出していた。あのキャラづくりは、途中からは本人の責任だけれど、もともとはあの子の母親が作ったものだった。茶色っぽいくるくるした髪は当時からパーマ疑惑があったけれど、ずっと「天然パーマ、クォーターなので」で通したすごいおばさんだった。高校生になって、世間で黒髪ストレートが流行りだすと、かのんは平然とさらさらストレートにしてきた。そして「本当はこうだもの」とこっそりと打ち明けた。クォーターも嘘っぱちだとその時に聞いた。

 でも、いつもそうやってキャラを作っていると、本当にそうなってしまうものなのかもしれない。あの子は砂糖菓子みたいだった。ベトベトに甘くていつも大きな瞳を上目遣いに潤ませていた。

「あの子って、親友、いるのかなあ」
私がいつだったか、ふと漏らした言葉に、級友たちはびっくりした。
「え。あんたじゃないの?」

 そう、私は小学生の頃からずっと、どういうわけだかかのんにつきまとわれていたから、誰もが私とかのんを親友だと思っていた。私自身は一度も思った事がないのに。

 私はただ群れるのが苦手だっただけだ。特に小学生の頃は、グループの級友たちに上手く入っていく事ができなくて、休み時間にも一人で本を読んでいる事が多かった。本当は、本の内容がきちんと頭に入っていたわけではない。私を仲間はずれのダメな子と噂しているんじゃないかと、心を痛めていたから。

「ねえ。麻美ちゃん。かのん、消しゴム忘れちゃったの」
そう言って唐突に近づいてきた林かのんに私は仰天した。いつの間に私の下の名前を憶えたんだろう、この子。その芝居がかった振舞いに、本能で違和感を覚えていた私は、ひとりぼっちであってもこの子には近づくまいと思っていたのだ。だからペンケースから消しゴムとを取り出すと、ぐにっと二つに断ち切って、黙って彼女の可愛らしい手のひらに置いた。桜色の爪。あれはおばさんが必死で磨いていたのかもしれない。

 かのんは目を大きく見開いた。
「かのんのために、大事な消しゴムを折ってくれたの? ごめんね」
そうじゃなかったら、どうしろというのだ。私に一日消しゴムなしで過ごせと? こんなにみっともない折れた消しゴム、きっとこの子は一日で捨てちゃうんだろうなと思った。かのんにはフルーツの香りのするファンシーな消しゴムが似合う。私の使っていた実用第一の白いもの、しかもみっともなく手で折ったようなものは、あの親子の審美眼には適わないだろう。私は小学生の頃から、こういう醒めたものの見方をする子で、だからクラスでも浮いていたのだと思う。

 しかし、かのんは私の予想を裏切って、ファンシーなピンクの消しゴムの横にいつまでも私の譲った消しゴムを入れていた。そして、それから私に引っ付くようになったのだ。

 同級生は私に対する見方を変えたらしかった。クラスでひとりぼっちでおどおどとしている子だったのが、お姫さまキャラの女の子にまとわりつかれているのに半ば邪険にクールにしている女の子とみなされるようになったのだ。それは私の小学生、中学生、そして高校生活をも変えた。私はますます一人でいてもいっこうに構わないサバサバした性格に拍車がかかって、同級生にどう見られるかはどうでもよくなり、ますますかのんを邪険に扱っていたのだが、彼女はニコニコしたまま子犬のようにくっついてくるのだった。

 もともとの見かけの可憐さに加えて、あの芸術的なキャラづくりが功を奏し、かのんはよくもてた。女の子たちに好意を持たれていただけでない。少年たちがわらわらと寄ってきた。どうあっても引っ付いてくるので毎日一緒に下校していたが、月に一度くらいの頻度で、男がアプローチしてきた。どの男も私に対して「邪魔者は消えろ」光線を浴びせてくるので、私はさっさと消えたが、うるうるの瞳でまんざらでもなさそうに話をしていたくせに、翌日になるとまた私と帰りたがるのだ。

「昨日の子はどうしたのよ」
「え? もちろん、お断りしたのよ。かのん、まだ、男の子とおつきあいするのは早いと思うの。それに麻美ちゃんが、あの子なら絶対におすすめって言ってくれない人とはおつき合いできないわ」

 私が太鼓判を押せば、引っ付き虫を男に押し付けられるという誘惑に負けかけたが、嘘をつくのが下手な私が「あの子はおすすめ!」と断言できるような男はまったく寄って来なかったので、かのんに本当に彼ができたのは高校を卒業してからだった。それが遅いというつもりはない。私が男性とつき合ったのは、もっとずっと後、夫とがはじめてだったのだから。

 かのんは時々我が家にもやってきた。彼女が私を招待してくれた時には、スフレだの、ハムのテリーヌだの、とろけるチョコレートムースだの、実に女の子らしい難易度の高い料理が出てきたので、私は親に作ってくれというわけにもいかず、自分に作れるそれなりの料理を出した。ガサツな私にぴったりのカレーやら、クラブサンドイッチなどだ。

 あの日、私たちが高校を卒業して、進路が別れてしまったあの春の日、私はアッシ・パルマンティエを作った。フランス語でいうと聞えはいいが、要するにひき肉とジャガイモのグラタンみたいなものだ。マッシュポテト、タマネギと炒めたひき肉、それに茹でグリーンピースのつぶしたものを重ねてパン粉をかけてオーブンで焼く、失敗しようもない簡単な料理だ。だからこそ、これは私の数少ない自信作でもあった。

 いつものようにくりくりとした瞳を輝かせて、食べていたかのんは言った。
「美味しいけれど、麻美ちゃん。アッシ・パルマンティエのグリーンピースは冷凍よりも生のを自分で茹でた方がずっと美味しいのよ」

 私はカチンと来て、ふだんは言わないようなきつい言葉を遣ったように思う。もう、忘れてしまった。でも、忘れられない事がある。あの時、かのんの潤んだ瞳からは本当に涙がこぼれ出てきたのだ。私はしまったと思った。でも、イライラがおさまらなくて、そのまま彼女を追い返してしまった。

 進路が離れて、かのんと毎日会わない日々が始まった。それは待ち望んでいたせいせいする日々のはずだったけれど、そうはならなかった。泣きながら帰っていったかのんの後ろ姿が、長い間私の罪悪心を呼び起こし続けた。かのんと逢わないのは、機会がないからだけれど、休みの日にも彼女はそれまでのように押し掛けてきたり、電話をかけてきたりしなかった。小学校の頃から、いつもアプローチするのが彼女だったせいで、私は自分から彼女に連絡する事ができなかった。風の噂で、彼ができて幸せにしていると聞いた。それなら、それでいい。もっとあんたの価値をわかってくれる人といるほうがいいよ。私はひとり言をつぶやいた。ひとり言ですら「ごめんね」が言えなかった私は天の邪鬼だった。

 私は大学に進学し、それから就職した。がさつで、人付き合いは下手なままだったけれど、それでもいいと言ってくれる人がいて、結婚する事になった。結婚式の招待状リストを書き出している時に、ふいにかのんのことを思い出した。たぶん、このチャンスを生かさなかったら、私は生涯かのんに「ごめんね」が言えないだろう。そう思って、もう実家にはいないだろうと思ったけれど、そこしか知らなかったので、招待状に「あの時はごめんね。もしイヤじゃなかったら、来てね」と書いて送った。

 かのんからすぐに電話があった。
「おめでとう! かのん、絶対に駆けつけるから!」

 実際には、かのんは披露宴に来られなかった。臨月だと聞いていたから、もしかしたらと思っていたが、本当にその日に破水してしまったらしい。でも、お互いにおめでたい事だから喜んで、翌日新婚旅行に出かける前に病院に駆けつけて祝福しあった。

 そして、今日、かのんから小包が届いた。
「かのんが収穫したんだよ。ぜひ食べてみて!」
どういう経緯だかわからないけれど、あのお姫様キャラで、砂糖菓子以外とは無縁だったはずのかのんは、よりにもよって農家の長男と結婚したらしい。そして、あの桜色の爪の間に土が入り込むような仕事をしているらしい。

「ああ、かのんちゃんからだね。へえ。新鮮な野菜がいっぱいだ」
夫は嬉々として小包を覗き込む。私は生き生きとしたキャベツや人参の間に、たくさんの色鮮やかなエンドウの鞘があるのを見つけた。かのんめ……。

 献立を変更して、アッシ・パルマンティエを作る事にする。鞘から取り出した丸々として固いエンドウ豆を細心の注意を払って茹でた。ああ、なんて綺麗な色。いい香り。つぶした時にふわっと漂う春の歓び。

「げっ。すげえ美味い!」
オーブンから取り出してざくっとよそうのを待ちきれないようにして口に入れた夫が絶叫した。私は少々ムッとしながら、フォークを口に運んだ。グリーンピースがふわっと薫った。甘くて旨味がたっぷりだった。

 かのん、私の完敗だわ。ごめん。私と夫は、四人前用レシピのその料理を、その晩のうちに完食してしまった。

(初出:2014年4月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
アッシなんちゃらは残念ながら知らないけれど、
グリンピースは生が美味しい。
2014.04.20 11:42 | URL | #em2m5CsA [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。

春らしい、あったかくて甘いお話でしたね。
女の子同士の友情(?)が、こういう形で続くというのはいいものですね。
途中までは、かのんという子にどうも馴染めませんでしたが、読み終えてみて、なんかすごくいい子かも、と思ってしまいました。これは、かのんサイドのお話も読んでみたいです……すみません、あつかましくもおねだりしてしまいました(笑)
2014.04.20 14:47 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。そういう話ですね(笑)
冷凍品しか知らないと、もったいないです。
「同じ食べ物じゃない!」ってくらい違いますよね。

コメントありがとうございました。
2014.04.20 16:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

私も実はこの手の女の子が苦手……。
一人称が自分の名前である子は、自動的に警戒してしまうような所があります。
存在していてもいっこうに構わないんですが、自分では近づかないに限る、みたいな。
でも、「先入観で判断すると、もったいないこともあるよ」の象徴として書きました。
かのんはともかく、少なくとも、エンドウ豆は……。

かのん視点ですか……。ええと、いつかリクエストでもいただいたら(笑)

コメントありがとうございました。
2014.04.20 17:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
今回のお話はなんだか親近感が…w
でも私も冷凍グリンピースはちょっと…
こうやって卒業後も仲がいいっていいですね
かのんさんは意外とわかりやすい子なのかもと思いました
2014.04.21 09:11 | URL | #- [edit]
says...
うわぁ!素敵でした。
かのん、こういう子結は結現実にいそうだけど、少し変わっていて、でも良い子だなぁ。
かのんと麻美の関係、凄くリアルでどう考えてもどこかに本当に居そうなキャラクターですね。
かのんがなぜ麻美にくっついて離れなかったのか、どうして一旦は離れていったのか、サキはどちらかというと(どちらかというとですよ)麻美の側の人間だと思うんですけど、かのん、彼女の気持ちに入り込んで物語を読んでいっています。
彼女の心の動きはとても興味深くて、結婚式の招待に電話を寄こしてきた時にはホ~ッとしました。よかった。ちょっと涙です。
そして農家に嫁いだというエピソードには、そのまま違和感なく納得したのでした。
アッシ・パルマンティエ。そりゃぁ取れたてのグリーンピースの方が冷凍より旨いに決まっています。かのん、味がちゃんとわかってたんですよ。
かのんがどのようにして農家の彼の所に嫁ぐことになったのか、とっても興味あります。
素敵なお話しでした。
かのんに会えて嬉しかったです。

2014.04.21 14:08 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

私も子供の頃は冷凍しか食べたことがなくて、生から茹でたものをはじめて食べた時は「ひえ〜!」とその違いに驚きました。

そうですね。学校が変わったり進路が別れてからも、わざわざ連絡しあう仲っていうのは、そんなに多くないだけに貴重ですよね。

かのんはかなりわかりやすい子だと思います。このキャラで表裏があったら怖すぎるけれど、この子の場合はそのまんまだった模様。

コメントありがとうございました。
2014.04.21 16:38 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

かのんのような子は、麻美タイプからすると「胡散臭さ全開」なのですが、その先入観にもめげずに麻美へ純粋な友情を注ぎ続けたところは、見上げた根性だと思います。なんか氣にいっちゃったんでしょうね。おべっかを言ったり簡単に同調したりしないところがよかったんでしょうか。

お姫様キャラは、作ったキャラなのでそのつもりになれば農家の長男でも大丈夫だったんでしょうね。
それとも本当のお姫様で、「農家なんて大変そうでやだ」という発想がなかったのか。

少なくとも料理の腕は確かだったみたいで、グリーンピースの味の違いについて言及したのは、彼女にとっては自然なことだったのでしょうね。それなのに八つ当たりされて傷ついちゃったみたいです。でも、連絡してきたら、かっこつけたり、駆け引きしたり、そういう姑息なことはせずに純粋に「おめでとう!」と言える、これが彼女が愛される一番の原因だと思うのですよ。

たぶん二人の友情はこの後も続くでしょうね。応援していただけてとても嬉しかったです。

コメントありがとうございました。
2014.04.21 16:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
います、こういう空気の読めない子。きっと私もすごく苦手なタイプ。
でも、憎めないのも分かります。悪気がないって、本当にイラッとするけれど、最強なのかも。
それに、このシリーズ、やっぱり食べ物にまつわって物語が作られていくの、面白いですね。
匂いが一番記憶に繋がっているというけれど、味覚も同じくらい強烈だと思うのです。
味覚と嗅覚、もっとも原始的な部分ですものね。だからこんな素敵な人生の物語になっていくのかな。
楽しく拝読いたしました!
あ、私も、いかに農家の嫁になったのか、知りたいです! 
2014.04.23 22:41 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは。

あはは。彩洋さんは「かのんタイプ」は苦手だと思いました。
とても純粋でいい子なんだと頭で理解しようと頑張り、だから怒るべきではないと思うから、よけいこちらは苛ついてしまう、その複雑な感じ。

去年の10月ぐらいから2014年のテーマをどうしようかと頭を絞ったのですよ。音楽系は他の小説でも多いからもうやめて、PV貼って歌詞でイメージするのも限界があるし、さてさてと。「花」「タロット」「天候」なども候補に挙がったんですが、最終的には「野菜」でいってみようかと。どんなストーリーでも、脇役的には必ず食が絡んでくるので、それを掌編として積極的に扱ったらどうなるかな〜と。実は、毎月いきあたりばったりの綱渡りで書いているのですが、いまのところ人生のバラエティ的にはバランスがとれているかなと。これからの八ヶ月、どうなるか自分でも興味津々です。

かのんの嫁入り事情、もともとはまったく設定なかったんですが、みなさんに問いつめられているうちに、なんとなく設定が浮かんできています。そのうちに夫視点で書いてみようかななどとも思っています。また適当な事を言っています(笑)

コメントありがとうございました。
2014.04.24 16:17 | URL | #9yMhI49k [edit]

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