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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -2-

三回に分けた「マールの金の乙女の話」の章の二回目です。前回はサレア河をいけ好かない渡し守によってなんとか渡り、同舟で知り合ったランスクの代官である子爵ヨアヒム・フォン・ブランデスが何やら訳ありだと思った所まででした。そう、前回を読んでいなくても、ここまで読めば十分です。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -2-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 下男に馬を頼み、並んで歩きながらヨアヒムは語りだした。
「わがブランデス家は、ご存知のように名門ではありません。私が若いころは、このように身分を隠してではなく、あなた様のように自由に出歩く事も可能だったのですよ。誰もそれを咎めたりはしませんでしたし、私は館での単調な生活に退屈しきっていましてね」

 マックスは黙って頷いた。ヨアヒムが異例の出世をした影には、ヴァリエラ公爵家の後ろ盾があることは知っていた。現公爵の従姉妹にあたるヒルデガルト・フォン・ブランデス=ヴァリエラと結婚した後、ヨアヒムは公爵の縁者として王家の狩りやサレア河のヨハネ水浴祭で貴婦人たちの警護を務めて名を知られるようになり、瞬く間に出世したのだった。

「野うさぎ屋に泊りましたのは、まだ身ひとつの頃でした。大した家でもないのに堅苦しい宮廷作法を強制する親に反発したかったんですな。こっそりと逃げだしてひとり当てもなく旅をしたのですよ」

 若き日のヨアヒムはわずかな荷物と馬だけを連れて、サレアを渡り、はじめて西岸へと足を踏み入れた。河を一つ越えただけなのに、言葉が変わり、人びとの生活ぶりも変わっていた。楽しく開けっぴろげな人びとと接して、彼はこの地の方が自分には心地がいいと感じた。家から持ち出した小さな財布に入った金で、驚くほど面白おかしい旅ができた。酒を覚え、女も楽しんだ。

 だが、酒場の定食の支払いに山羊一頭が買える銅貨を使ったりすれば、直に良くない者たちに目を付けられたのも当然の事だった。ヨアヒムは強い酒で酔わされた後、何者かに殴られたあげく、身ぐるみ剥がされて森の入り口に放り出された。

「死に損ないの私を助けてくれた男がいたのですよ」
森の小さな小屋には、貧しい木こり男とその娘がひっそりと住んでいた。男はヨアヒムを家に運び、寝台に寝かせた。娘がせっせと世話をして、怪我が良くなるまでずっと側にいてくれた。ヨアヒムがちゃんと立って、家の用事を手伝えるようになるまで数ヶ月がかかった。

「退屈だった事でしょう」
マックスが訊くと、ヨアヒムは頭を振った。
「その娘は朗らかで、氣だてが良く、料理がうまく、私には天使のように思われました。本当に後光が射しているかのようでした。本当に美しい、輝くような金髪でしてね。私は《黄金の乙女》、《金色のベルタ》などと呼んでいたのですよ」

 マックスは納得して少し笑った。ヨアヒムははにかむように笑うと話を続けた。
「私がそろそろ旅立とうとした時に、ベルタの父親が伐採中の事故で命を落としましてね。突然ひとりぼっちになってしまったベルタは泣きました。それで私は旅立ちを遅らせて、しばらく優しい娘と共にいようと思ったのですよ」

 遠からず祝言こそあげていないもの、夫婦のように過ごす事になった。ヨアヒムは木こりの見習いとして働き、ベルタは家庭を守った。数ヶ月だが楽しい日々だった。

「それが、ある日家に戻ったらベルタが消え失せていたのです」
ヨアヒムは眉に皺を寄せて、髭をしごいた。
「かわりに私を待っていたのは、ヴァリエラ公爵家に仕えているとある騎士でした。ブランデスの家とともに私を探していたが、偶然酒場で紋章のついた帽子を被った者を見つけて問いつめた所、殴ってこの森のあたりに捨てた事を白状したというのです」

「それで?」
「私はベルタはどうしたのだと訊きました。そうしたら、事情を説明した所、娘は身分違いを恥じて出て行ったというのです。もちろん、私は騎士の制止を振り切って、近くを探しました。二日二晩、ずっとベルタを探しました。けれど、見つからなかったので諦めて騎士とともにこの地を去ったのですよ」

 マックスは頷いた。ヨアヒムは続けた。
「実をいうと、私は家に帰りたかったのです。木こりの仕事は私にはきつかったし、働いて食べて寝るだけの生活も退屈に思えましたしね。ベルタがいなくなってしまった以上、そこにいる必要も感じませんでした」

 そして、縁組みの進んでいたヴァリエラ家のヒルデガルト姫と結婚した。子宝にも恵まれ、ヴァリエラ公爵の後ろ盾もあってとるに足らない家柄の子爵だったのが国王に謁見を許されるまでに出世した。

「それで? ここにいらしたのは?」
マックスが訊ねると、ヨアヒムは髭をしごいた。
「ヒルデガルトが先日急な病で命を落としましてな」

 マックスはびっくりしてお悔やみの言葉を言った。それを「いいですから」と手で制してヨアヒムは先を続けた。
「最後の晩でした。終油の秘蹟をと大司教に来ていただいているというのに、どうしても他の者を追い出して私と二人だけで話がしたいというのですよ」

 ブランデス子爵夫人ヒルデガルトは、全ての他の者が部屋から出ると夫の手を弱々しく握りながら言った。
「あなたにお詫びしなくてはならない事があります」
「なんだね。お前は常に私の良き妻であり、子供たちの立派な母親だったではないか」
「そうなる前の事です。あなたがマールの森のはずれで木こりとして暮らしていたとき、騎士に命じてあなたの愛していた女を連れ去ったのは私なのです」
「なんだって?」
「私は、どうしてもあなたを失いたくなかった。だから、あの娘を強引にあなたから引き離したのです。この罪をどうしてもあなたには打ち明けられなかった。あなたがあの女のもとに行ってしまうのではないかと怖かったのです」

「もういい。過ぎた事だ。私たちは二十年もの間、夫婦として暮らしてきたのだ。私はお前のした事を許すし、いつまでもお前の夫でいるよ」
ヨアヒムがそういうとヒルデガルトはポロポロと涙をこぼし、せめての償いに彼女が亡くなった後はベルタを迎えにいって、相応の地位に就けてやってほしいと頼んで息を引き取った。

「それで、私は妻の告白した通りに、あの修道院に押しこめられたベルタを訪ねようとしているのです」
ヨアヒムが指差したのは、さきほど対岸からはっきりと見えていた、大きな女子修道院だった。

「ティオフィロス殿。よかったら私と一緒に修道院へ行っていただけませんか。私はルーヴラン語ができると言ってもあなたほどうまくない。ましてや修道女たちは方言を話すかもしれない。通訳がいてくださると心強いのですよ。お礼に、今夜はいい宿屋に私がご招待させていただきます」

 悪くない話だったので、マックスは同意して修道院へと向かった。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

めずらしく誤字がありました。「マックスが訪ねると、」→「マックスが尋ねると、」かと。

ヨアヒムさん、若気のいたりってヤツですね。でも、旅先で親切にしてもらった女性と、そのまま一緒に暮らすとか、いやぁロマンティックです。
それにしても、皆さん家を飛び出したり放浪したりと、じつに自由な人生を送っていますね。羨ましい(笑)
ヨアヒムとヒルデガルドは、いい夫婦だったんですね。ヒルデガルドさん、そんな秘密はお墓まで持って行っちゃいましょうよ、とも思いますが……。
次回、修道院でなにがあるのか、とても楽しみです。
2014.04.23 13:28 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

うわあ、やっちゃいました。ありがとうございます。本当に助かります!

そして、このおっさんは、本当に(笑)
楽しんだ放浪の後、嫁さんの実家の後ろ盾で異例の出世もしているし、「結婚してよかったあ」くらいにのほほん考えている所があると思います。

次回は、このお話の顛末ですね。修道院でマックスが見たものは! って感じでしょうか。こうやって大仰に引っ張る時は大抵大した事ないんだよなあ、のセオリー通りかもしれないです。

コメントありがとうございました。
2014.04.23 19:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちわ~(*´∀`*)

夫人の懺悔、なんか切ないですね~・・・。でも、身ぐるみ剥いで酷すぎるところへ放り込まなかっただけ情けはあったのかな。
修道院がいいところとは思わないけど。

しかし、やっぱり貴族のぼんぼんはダメね(・ω・) 一応は数ヶ月耐え忍んだくらいの根性はあったようだけど。
本音がもうダメすぎ><
口で言うほどサバサバとあきらめろんだったのか、実は、だったのか判らないけど、修道院へ行こうとするだけまだベルタさんを想うキモチはあったんですね。
20年は長いです。

ちょこっと質問が。マックスの髪の色って何色をしているんでしょう? 茶髪のイメージで読んでいますが(´∀`)
2014.04.24 08:52 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
輝くような金髪ですか。良いなぁ。
ベルタにとっても幸せな時間だったんでしょうね。
もちろんヨアヒムにとってもそうだったんでしょうが、レベルが違っているような気がします。この幸せを無理やりもぎ取られたベルタはとっても不幸だったんでしょうね。
ほんと今更懺悔されてもと思いますが、ヒルデガルトの告白が少しでも良い結果をもたらすように祈っています。
ヨアヒムは何のかんのいっても柔軟で器用です。“実を言うと”なんてサキはコイツ!ってちょっと思っちゃいます。
でも何故マックスに事情を話す気になったんでしょう。少しは懺悔をする気になったのか。少しでも負担を分散したくなったのか、サキにはよく分かりません。
でもその時その時でヨアヒムもヒルデガルドも真剣だったんだろうなぁ。とは思います。
彼もやっぱり弱い部分を持った普通の人間だったのでしょう。
夕さんはどう展開させるつもりかな?ちょっと楽しみでもありますが、サキはベルタの味方です。
2014.04.24 14:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

ヒルデガルドも公爵家のお姫様で、自分は苦労したこともないので、娘がどうなるのかなどはあまり考えずに、あっさり修道院に放り込んでしまいました。身ぐるみ剥ごうにも娘は何も持っていませんし、悪行をしたわけではないかもしれません。この人が鬼婆だったというわけでもなく、この時代はシモジモの女に対して「人権」「誰にでも幸せになる権利がある」なんて発想そのものがなかったので、このヒルデガルドが罪悪感を持っていたのはむしろ珍しいくらいかなという感覚で書いています。

で、告白を聞いたヨアヒム本人ですが、これまた「そっか〜、そういうことだったか」程度の軽い受け止め方です。「そりゃ、当時はすごい好きだったけど、いまさら、もういいんだけどなー。でも、母ちゃんの遺言だから行っとくかー」くらいのノリでここまで来た感じが。あわよくば、綺麗だったベルタに逢えたら嬉しいなーなどと、思っている可能性もありますが。そう、でも、二十年なんですよ。で、次回マックスが目撃する顛末に繋がるわけですが……。

そして、マックス、正解です。明るめの茶色です。もしかしたら描いたいただけるかもしれない(いや、そうだったらいいなという希望的観測です。お氣になさらずに)予感がするので、この前から企画していたイラスト用設定まとめを取り急ぎアップしてみました。もし興味がありましたら、こちらへ……
http://yaotomeyu.blog.fc2.com/blog-entry-811.html

コメントありがとうございました。
2014.04.24 16:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

そうなんですよ。ベルタにとっては、ヨアヒムやヒルデガルトどころではない幸せな日々だったんです。
貧しい木こりの娘ですから、生活もずっと苦しかったでしょうし、そのあとは修道院ですからね。

ヨアヒムの能天氣ぶりは、「こいつ!」どころではなくて、次回の更新でももっと脱力することになると思います。でも、この人、普段はとっても善良ないい殿様なんですよ。ヒルデガルトも良心の呵責に悩む分、わりと善良に近い心を持つ女性でした。マックスが目撃することになるこのストーリーの顛末はたとえ一人一人が善良に近い立ち位置にいても、時代の考え方や社会が影響し、そして、それに人の姿形や心が時間とともにどうなって行くかの1エピソードになっています。

もしかするとサキさんにはちょっとつらい顛末になってしまうかも。来週の水曜日、発表予定です。

コメントありがとうございました。

2014.04.24 16:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんわ~(*´∀`*)

>もしかしたら描いたいただけるかも

前にいめぇじ絵っぽいのをちょこちょこっと描いたんですが、細かい部分で髪の色とかどんなかんじなんだろう、といつか聞いてみよう聞いてみようで、聞いてみました|゚Д゚)))

設定まとめてくださってありがとうございます♪
すぐには無理ですが、描けたら見てやってくださいまし(´∀`)
2014.04.25 12:05 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは。

イメージ絵……。ううう、嬉しい。あ、でも、お忙しいから、ご無理だけはなさらないでくださいね。本当にお時間があって、氣分転換でもしたいなあって時で。自分を描いてもらうのもすごく嬉しいですが、リッキーさんたちの新しい絵を見るのも楽しみですので!
もっとも、マックスかラウラかそれともレオポルド、とっても描いていただきたいので、ユズキさんの所のキリ番企画、できるだけ早くリクエストするぞ! と、今から狙わせていただいてます。

コメント、ありがとうございました。
2014.04.25 22:38 | URL | #9yMhI49k [edit]

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