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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -3-

三回に分けた「マールの金の乙女の話」の章のラストです。前回はランスクの代官である子爵ヨアヒム・フォン・ブランデスが二十年前に愛した貧しい木こりの娘の話をマックスにし、乙女が閉じこめられたはずの修道院を訪れる所まででした。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -3-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 近くに寄ってみると、その修道院は半分崩れかかったかのようだった。壁にはあちこちに蜘蛛の巣がかかり、墓地には雑草が生えて墓石も崩れていた。下男が大きくノックをすると、中から若い修道女が顔を出し、用件を院長に伝えるために中に引っ込んだ。そのまま四半時ほど誰も出てこなかった。忘れられたのか、それとも故意に無視するつもりなのかと訝りはじめたころ、再び入り口が開き、先ほどの修道女がどうぞ中へと言って、三人を門の中に入れた。下男と三頭の馬を庭に残し、ヨアヒムとマックスは応接室に案内された。古い椅子に座って待っていると、静かな音をさせて黒い布のベールと白い尼僧衣を身につけた女が入ってきた。

「お待たせいたしました。私が修道院長でございます。どなたかをお探しとの事ですが」
四角く厳つい顔をした初老の女で、眉間にくっきりと刻まれたの縦皺が印象的だった。艶のない、ざらざらとした肌にはたくさんのしみがあり、口元はへの字型に下がっていた。そして、すこししゃがれたような低い声で話した。

「今から二十年ほど前に、ヴァリエラ公爵付きの騎士がお連れしたベルタという名の尼僧を捜しているのです。歳の頃は現在三十七、八というところでしょうか」
「はて、存じませぬ。ご存知かもしれませぬが、この修道院には七年前まで百人以上の尼僧が生活しておりましたが、現在残る十六名を除いて、全て流行病で命を落としました。私は生き残った者の中で最年長でしたので、このように急遽院長を仰せつかりましたが、二十年前に誰がどうしたかを知っていた、高位の修道女の皆様はどなたもおられません。また、流行病が広がらぬように、衣類や書類などのほとんどが焼かれてしまったのです。お探しの尼僧はどのような容貌の娘でしたか」

 そう訊かれると、ヨアヒムは少し考えた。
「きれいな若い娘でした。輝くような金髪で、そうですね、あなたのような水色の美しい瞳をしていました。ただ、そういわれると、どんな顔だったかはっきりとは思い出せない。肌がきれいだった事や、髪が美しかった事ばかり思い出す」

 修道院長は、小さい低い声で先ほどの若い修道女を呼ぶと、何を命じた。やがて、応接間に三人の修道女がやってきた。四十くらいの修道女で、一人は背が高く、一人は背が低く、もう一人は小太りだった。
「こちらの殿様が、ベルタという名の金髪の修道女を探しているのです、あなたたちのうちの誰かがそのベルタですか」

 それを聞くと三人は揃って頭を振った。それから何か言いたげに修道院長の厳しい顔を見たが、修道院長はさらに口角をさげて「行ってよろしい」とだけ言った。それからヨアヒムに向かって一礼をして言った。

「お氣の毒ですが、現在この修道院には、あなたのお探しの女性はいないようです。例の流行病か、もしくは、ここに来てすぐに命を落としたのでしょう。どうぞお引き取りください」

 ヨアヒムは礼を言って、いくらかの寄進をすると、マックスと下男を連れて修道院を後にした。
「残念でしたが、これですっきりしました。こんなぞっとする所に、ベルタがいたのは氣の毒でしたが、まあ、生き残ってあの恐ろしい婆院長にこき使われるよりはマシでしょうね。ティオフィロス殿、本当に助かりました」

 そういうと、約束通りマールで一番評判のいい宿屋にマックスを案内すると、丁寧に別れの挨拶をして、日の暮れぬうちに再び東岸へ渡してもらうべく、下男と馬に乗って去っていった。

 マックスは、荷物を解きながら、先ほどの修道院での出来事を考えていた。いくら百人以上の修道女がいたからと言って、誰もその女の事を知らないなんてことがあるだろうか。それにあの三人の女たちの態度が氣になる。もしかして、《金色のベルタ》は「誰が訪ねて来ても隠せ」と言われているのではないだろうか。そう思えば思うほど、いても立ってもいられなくなってきた。

 彼は宿屋から出ると、再び修道院に向かう丘へと登った。正門から訪ねて行っても、同じ事になるだろうから、裏から入れないかと壁際に少し歩いた。丘の裏手は小さな林となっており、小川の流れがチョロチョロと響いていた。裏口が見つからず、反対側を見るために戻ろうと踵を返した所、不意に川の流れに混じって女のすすり泣きが聞こえてきた。彼は、急いで声のする方に向かった。

 小川の向こうに小さな池があり、先ほどの尼僧たちと同じ服を身につけた女が背を向けうずくまって泣いていた。黒いベールを脱いで、髪を梳かし池に自分の姿を映していた。豊かな金髪が木漏れ陽を受けてつやつやと輝いていた。

「あなたが《金色のベルタ》なのですね。あの修道院長は嘘を言ったのですね!」
マックスが叫ぶと、女ははっとして、それからゆっくりと振り向いた。その顔を見て、彼は「あっ」と言って立ちすくんだ。女はもっと激しく泣き出したが、彼は何と声を掛けていいかわからなかった。

 それは先ほどの修道院長だった。

 しばらくすると、女は泣き止み、低い声で語りだした。
「どうして、目の前にいるのにわからないのだろうと思いました。でも、この顔をみてわかるはずはありませんよね。こんなに醜く、年老いて……」
水鏡には皺のたくさん刻まれた疲れた女が映っていた。

 髪を三つ編みに結い、再びベールを被り、涙を拭うとベルタは立ち上がった。
「はじめの頃、いつか迎えにきてくださるようにと、神に祈りました。それがかなえられなかったと思うと、奥さまを恨みました。なぜ私だけがこんなひどい目に遭うのだろうと、不満に思いました。前の院長や先輩の尼僧たちに、結婚もせずに男を知った穢れた女と蔑まれ、厳しくあたられました。神父や院長たちが嫌いで、他の修道女たちも嫌いで、後輩には同じように厳しくあたりました。七年前の流行病で祈りも虚しく、皆がバタバタと死に、閉じこめられて自分も病にかかる恐怖に怯え、祈っても無駄なのだと思いました」

 マックスは何かを口にすることはできなかった。ベルタは、ひとり言のように続けた。
「迎えにきてくださった。祈りを神は叶えてくださった。でも、その時にふさわしい朗らかで氣だてのいい《黄金の乙女》は消え失せていました。私はこの二十年間、祈りと信頼の代わりに、怒りと猜疑心をこの顔に刻んでしまった。なんて愚かだったのでしょう」

 肩を落として、修道院へと消えてゆくベルタの後ろ姿を見ながら、彼はやりきれない想いに襲われた。ヨアヒムの探していた氣だてのいい乙女とこの女はこれほどまでに違っていた。その責は二十年という時間だけにあるのではなかった。この女の生きた日々を思えば、修道院にいつつ神を信頼しなかったことを責めることもできなかった。そして、それを神の罰と断じるのはあまりにも悲しかった。この崩れそうな修道院で、全ての望みを絶たれ、厳格で年老いた尼僧として生涯を終えるだろう金色の乙女。彼は首にかけている黄金の十字架をぎゅっと握りしめた。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

う~ん、まあ、こんなものですよね。
マックスとヨアヒムの一行を玄関先に待たせている間に、修道院内でなにがあったのか。なにもなかったのかもしれませんが、私はいろいろと想像してしまい、ちょっとやりきれなくなりました。
ヨアヒムは納得がいったでしょうけど、ベルタにとっては辛いだけの結果でしたからね。男の変節を責めようにも、自身の変貌と変質に思い至ってしまう。ベルタが、これからも後悔と自責の念を胸に生きていくのかと思うと、哀れでなりません。
やるせないけど、味わい深いお話しでした。
次話は、新展開でしょうか。ラウラのお話かな?
いずれにしても、楽しみにしています。
2014.05.04 14:24 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんにちは。

そうなんですよ。夢のない結果になっちゃっていますが……。
そうですね。その四半時の間、ベルタは厳格な顔はしていても、どっきどきでしたね、きっと。
ヨアヒムは「すっきりした」とかいってのんきに帰ってしまいましたが、マックスは少々落ち込んでいる模様です。

はい、次回はラウラの方に戻ります。いろいろあって、今回が日曜になったので、もうすぐの更新になっちゃいますね。
また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.05.04 15:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おはようございます(・ω・)

ヨアヒムのすっとこどっこいさに、猛烈に不機嫌な気分です・・・。
本当のことを言い出せなかったベルタさんの気持ちを色々考えると、やりきれません。

やっぱ、男は甲斐性と成金がいいな。代々受け継がれてきた、とかイイとこボンはだめだ~><!

と、しみじみ思いました。

今後のベルタさんに、優しい幸せが訪れることを祈ります。
2014.05.04 21:41 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは。

すっとこどっこい……。ディスプレイの前で大爆笑してしまいました。
おっしゃる通りです。くくく、お腹が痛い……。

「すっきりしました〜」って帰っちゃいましたからね。

こういう男性、現実にもいます。「確かに彼女の容姿は○十年経ったから変わっちゃったけど、その態度はえ〜と」みたいな。
ヨアヒムの場合は半分はお前のせいだろ! って部分はあるんですが、本人は目の前スルーしてしまったことにきっと生涯氣がつかないことでしょう。

ベルタの幸せを祈っていただきありがとうございます。

コメントありがとうございました。
2014.05.04 22:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
脳天気なヨアヒムにサキはとても苛ついています。
「あなたのような水色の美しい瞳をしていました」って、バ*かコイツは。なんて思ってます。
まぁ、初老のって表現されるぐらいに老け込んでいたのならあり得ることなんでしょうけど、苦労したんだろうなぁと……夕さん、設定バレバレですよ。
ある意味、とても良い性格なんでしょうね、ヨアヒム殿様は。
マックスの実に正常な反応に、サキは「そうだろう?」と相槌を打ってしまいますよ。

彼女の祈りや、恨みや、不満はとてもよく分かります。それのせいで老け込んで、このチャンスを受け入れることができなかった。そんなふうに考えるととてもやりきれません。神の罰だなんて、くそ食らえですよ。
サキでしたらこうは書かなかった(書けなかった)でしょうが、それだとこんなに心に残るお話しにはならなかっただろうと思います。
ファンタジーの世界で起きたリアルな理不尽さに、とても考えさせられました。

PS:暴言、失礼しました。夕さんの想像されたとおりのサキの反応だったでしょうか?
2014.05.05 05:17 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

ヨアヒム、サキさんの逆鱗には触れるだろうなと思っていました(笑)

当時だと40歳というのは、そろそろ人生の終了間際なんですね。特にこの階層の場合。
美味しいものをたっぷり食べている上流階級と比較すると老け具合も半端ないのです。
で、栄養状態の良かった奥方はそこまで老けていなかったので、ヨアヒムはベルタの代わり具合を予想も出来ていなかったはずです。とはいえ、サキさんのご指摘の通り、ちゃんとヒントもあるのに……。

マックスは、こうやって旅の間にいろいろな人生を目撃します。傍観者であり、氣ままな旅人である彼が、そうではなくて物語の主人公として、いえ、自分の人生の主役として決断をしなくてはいけない時に、こうやって見てきたことが影響するのです。実際の人生と同じですね。だから、ファンタジーの世界であっても、できるだけ甘い絵空事にならないように当時の、そして現代でも起こりうるリアルな過酷さをも書いています。

暴言だなんてとんでもない。通りすがりの一キャラであるベルタに同情していただいてとても嬉しいです。

コメントありがとうございました。

2014.05.05 19:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そうかぁ。貧富の差による平均寿命と栄養状態の違い。
そこまで考えが及んでいませんでした。確かにおっしゃる通りですね。
ベルタとヨアヒムの2人の人生が、例の別れからどれだけ違った物になったのか、あらためて考えさせられました。
2014.05.06 03:59 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

何度いただいてもコメはとても嬉しいです。

本文の中ではただでさえ説明の多い小説なので触れていないのですが、ヨアヒムは悪い領主ではなくて普通もしくはいい方という事にしています。けれど、それは彼らの常識の中での善良さであって、例えば現代の人間なら当然のように持つ「基本的人権」「生存権」「国民の最低限の生活保障」などといった感覚は持っていません。そういう概念がまだ存在していない時代の話ですから。

奥方が「あの女を遠ざけておしまい」とやったことも、ヨアヒムが「ぼく、わりといい夫だったし、ベルタも迎えに行ってみたのも立派かも」と、たぶん思っていることも、現代の感覚で思うほど極悪でもないのですが、サキさんをはじめ読者の方の感じるやりきれなさが残るようにわざわざ書いています。

その中世の常識ベースの中で、マックスやラウラ、それにこれから登場する何人かの他の登場人物が、何を見て、どう考え、どのような行動を起こし、それがきっかけとなって他の登場人物の別の行動の動機となる、これがこの小説の本ストーリーになります。だから、今回のことは、ストーリーそのものとは直接関わっていないながら、マックスが目撃しなければならなかったひとつの事件なのですね。

真剣に読んでくださってとても嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.05.06 19:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
物語を書いている身としては、報われない苦労をしてきた善良な人は、最後には救ってあげたいし、心無い人には罰を与えたい。けれど、現実世界はひっそりと理不尽なんですよね。
ずっと待ち続けた、もともとは心優しいベルタが、こんな形で報われなくとも、そして能天気なヨアヒムが、何も知らぬままのほほんと生きていくとしても、神は何も言わずに見ているのかなあ・・・と。
きっとマックスはそんな理不尽な世の中を見つめる役割なんでしょうね。ラウラも、そうなのかな?
娯楽小説というより、ひとつの人生の流れを、夕さんは描こうとされてるのかなと、感じました。
長編の予感がしますね。
2014.05.07 00:51 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

そうですね、ベルタの顔がヨアヒムにわからないほどに変わってしまったのは、年月や栄養状態の他にも、彼女の心のあり方、人を恨んだり後輩につらくあたったりしたせいでもありますが、この結果はそのことに対しての勧善懲悪ではないです。しかも、このストーリーの中ではかわいそう度でいうと、ベルタはトップバッターではありますがチャンピオンじゃないのです。どんな小説だろう。ヨアヒムもこの程度で神の罰を受けていたら大変なことになりそうな……。そもそも、この作品に限らず、私の小説に出てくる神様って基本見ているだけです。この辺も現実の宗教観が出ているのかも。

ただ、マックスはこのあとも旅を続けてマールを去ってしまうので知る由もありませんが、あとからヨアヒムが氣がついて戻ってくる可能性がゼロな訳でもありません。二人は一応、一緒に暮らしていたこともある仲でしたし。

マックスもラウラも前半部分は単なる傍観者です。いろいろと見て考えるパターンですね。後半はいろいろと巻き込まれます。高校生の時に考えだした大もとのストーリーは単なる娯楽小説に近いのですが、それだけだと嘘っぽくてイヤなのですよ。「誰が何をした」よりも「なぜそうなった」にこだわってやけに長くなってしまいました。

コメントありがとうございました。
2014.05.07 18:37 | URL | #9yMhI49k [edit]

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