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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(7)狩り

またルーヴの王城に戻ってきました。今回の話も短く、さらにストーリーそのものは全く動いていません。中世における貴族たちの生活の一端を除いていただこうと思います。余談ですが、この間の週末に、この鷹匠のショーを見学してきました。アメリカオオワシなんかが頭の上を飛ぶんですよね。大きい! びっくりしました。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(7)狩り


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 シャーッという音がして、何か大きいものが横を通り過ぎた。
「きゃっ」
アニーは頭を抱えて座り込んだ。里下がりから戻り、一刻も早くラウラのもとに戻ろうとしていた所だった。

 元服を迎える少年が手を広げたくらいの翼を広げて颯爽と飛び過ぎたのは王の鷹だった。顔を上げると、数間先に鷹匠が立っていた。獰猛で氣性の激しい鷹を自由に操る鷹匠は冷酷で氣位が高く、取っ付きにくい男であった。目つきが鋭くにこりともしない。ましてや侍女とは言え、もう少しで怪我をさせそうになった女に対して謝罪をしようとは全く考えていないようであった。

 鷹匠は高位ではない。「青い血の流れている」つまり貴族の生まれのものはほとんどいない。けれど、鷹は狩りの楽しみの半分以上を占めていたので、鷹の持ち主にはできない訓練をする鷹匠は必要不可欠な存在であった。

 たいていの人間の人生や待遇は、生まれとともに決定する。貴族として生まれれば、毎日召使いに傅かれ毎日のパンの事を心配する必要はない。土地に縛られた農民として生まれた者は、どれほどの努力や忍耐をもって朝から晩まで働いても肉の入ったスープを毎日口に入れる事など望む事すら許されない。

 だが、特別な職業があった。僧侶、教師、薬剤師、写本師のように、王侯貴族でも手にできない知識を持ち、それを極めたものはその出自を問われなかった。同様に優秀な鷹匠ともなると個人的な性格がどうであれ、たとえ王に対する態度が横柄でも問題はなかった。いま目の前に立っているのは、この城でももっとも無愛想な、つまりもっとも高い報酬で迎えられた男ブゼだった。

 彼は肘まである革の分厚い手袋の上に鷹を停まらせるとアニーの方を見た。雌鷹の厳しい黄金の瞳とブゼの冷酷な瞳に見つめられてアニーはぞっとした。鼠や小さな鳥たちのようなひどい目に遭わぬうちに、頭を下げてさっさと逃げだした。

 城の中庭には「鷹の館」と呼ばれている建物がある。ここには、ブゼを始めとする鷹匠とその見習いたち以外の立ち入りは禁じられている。暗い部屋には猛禽たちの種類に合わせてたくさんの止まり木が、小さな森のように設置されていた。砂利が敷き詰めてあり、その高い天井の建物の中を猛禽たちは自由に飛び回る事ができた。鳥らはここで寝泊まりし、保護されていた。優秀な鷹やハヤブサはその卵の大きさの宝石よりも価値があると考えられていたからだ。

 鷹たちほどの価値は認められていなかったが狩猟犬も、丁重な扱いを受けて飼われていた。鹿狩りや猪狩りは王侯貴族たちの大切な楽しみで、鹿や猪の習性を知り尽くした猟師たちも重宝されていた。鷹匠と違って彼らは城には住まず、大切な犬たちとともに《シルヴァ》の森にある王侯貴族たちの豪華な狩猟用別荘の近くに住んでいた。このように狩りのためには多くの専門家と動物が関わっていて、年間を通して大層な手間と金品が費やされていた。

 アニーは、国王の狩猟用別荘の一つのあるヴァレーズ地域の出身であった。両親とも健在だが鼠のように貧しく、父親は長男のマウロと長女のアニーのことを妹に頼んだ。妹は裕福な寡婦で、その亡くなった夫は王家直属の森林管理官として財を成した。その縁で兄妹は王城での召使いとして雇われ、里下がりのときもこの叔母の所に滞在するのが常だった。アニーは叔母にはラウラが用意してくれた手当金で買った王都でしか手に入らないレース編みや装飾品を贈り、そしてわずかな時間を見つけては実家へも足を運んでは幼い妹や弟にやはりラウラが持たせてくれた菓子や果物を持っていってやった。その道すがら王家の狩猟用別荘の横を通る。王城とは較べ物にはならないとは言え、この地域では他にはない豪華で立派な屋敷で、子供の頃その中に入る事を夢みていた事を思い出した。

 この大きな別荘の隣には森林管理役場が建っている。森番の長としてフランソワ・ド・ジュールという名の下級貴族が任命されていて、国王の森林保護の名のもとに大きな権威を振りかざして領民たちに毛嫌いされていた。《シルヴァ》で行われる狩りとは国王の持ち物である鹿や猪をゲームとして捕まえる行為でありその獲物を他の人間が横取りするのは犯罪であった。けれど、近隣に住む人びとにとっては森に入り薪や家の修理に使う木材を手に入れ、食べられる植物や動物を得るのは死活問題だった。農村では天候によって収穫に大きな差が出た。飢饉の年は年貢を納めると自分たちが食べるものもほとんど残らぬこともあり、人びとは森の豊かな恵みに頼る他はない事もあった。

 森は深く、秘密に満ちている。その奥には、大小異なる多くの生きものの他、まだ人の子が見た事もないような大きな鹿や、荒ぶる猪、大人が五人で囲んでも手が届かない大木、そして、たくさんの食べられる木の実などがあるといわれている。だが、人びとが関わる事のできるのはほんの周辺部分だけで、その奥深くへ進めば、道を失いもう戻ってくる事ができないと畏れられていた。狼や熊に襲われる危険を冒してようやくわずかな森の恵みを手にして帰ってくると、それを横取りしようとする不届きものもいた。

 かくして森の盗賊が横行し、森番は取り締まりを強化した。不幸にも捕まって罰せられた領民たちに対する監督責任として大量の罰金を課される貴族がいる一方で、密猟を組織的にしているのにジュールに袖の下をつかませる事で検挙を避けている集団もあった。その不公平とあからさまな蓄財ぶりに、ヴァレーズ地方ではジュールを快く思う者はなかった。

 だが、アニーが城に来て驚いた事に、ルーヴの宮廷ではジュールを悪くいう者はほとんどいなかった。ジュールは別荘に現れた王侯貴族に実にそつなく対応したし、王は鹿や猪を追う楽しみと素晴らしい狩猟料理にしか興味がなかったからだ。彼女はその事にひどく落胆したが、一度だけ「おや」と思う事があった。

 その日、ラウラは森林管理に関わる審理に同席するために広間にきていた。本来はもちろん世襲王女であるマリア=フェリシアが同席すべき所なのだが、新しい絹織物を持ってきた商人と会う時間を割かれるのは惜しいと思った姫は、彼女だけを広間へと送ったのだ。アニーはその供をしていた。登城していたジュールが恭しく美辞麗句を述べて森林管理が何の支障もなく行われていると報告するのを、うつむきながら苦々しく思っていたのだった。ラウラは、わかっていますというようにアニーの方に目配せをしてくれた。それだけで彼女の氣持は少しは慰めたられたのだが、午餐をとるため王や廷臣たちがジュールとともに食堂に去ったあと一人残った《氷の宰相》ザッカが小さな声で「狐め」とつぶやいたのを耳にしたのだった。

 アニーは、ラウラも意外そうに宰相を眺めているのを見た。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

専門的技能を持つ者が、身分に関係なく優遇されるというのは、たしかにその通りだろうなという気がします。なんとなくですが、現代の能力成果主義的な人材評価と被りますね。 

洋の東西を問わず、ジュールのような小悪党はいたんでしょうね。まあ、現場(?)レベルでは、持ちつ持たれつ、という関係も出来上がっていたのかもしれませんが、領民からはさぞや憎まれたことでしょうね。
中央の人間が、そういうことに興味をもたないのも、これまたよくありそうな話です。ザッカは、粛清にでも乗り出すのでしょうか?

毎回、中世の雰囲気を楽しませてもらっています。次話も楽しみです。
2014.06.04 08:52 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

そうですね。現代の能力主義的人材評価のさらに極端な感じでしょうか。チャンスが少なかったし、ダメだったからやり直すということもほとんど不可能だったでしょうし。

ジュールは時代劇でいうところの「悪代官」、西洋でもロビン・フットやらヴィルヘルム・テルに成敗されちゃうタイプの悪党ですが(でも小者)、この小説では成敗されないでしょう。王様のお氣に入りですし……。

この辺のエピソードを重ねているのは、メインストーリーの説得性を増すためです。一つひとつは関係ないような話ですが、ザッカの意図、ラウラとマックスの行動、アニー兄妹たちの行動、全部がこのどうでもいいエピソードの積み重ねの上に動くようになります。

でも、連載にするとかったるいですよね……。よく考えたら、普通の中世ものファンタジーって、このあたりで小人さんやら、火を吹く竜やらが出てきて、飽きないんですよね〜。この小説には、その手の面白いことが皆無だわ(しくしく)

次回のマックスの話はもう少し興味深いと思います。ようやく小説っぽくなってくるかもしれません。

コメントありがとうございました。
2014.06.04 19:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
うむむ、緻密に地道に積み重ねて行かれますね。この時代の生き方が、その時代なりの大変さが伝わってきますね。この様々なエピソードの積み重ねの上に主人公達が動き出すんですか?なんとも壮大なお話しだなぁ、と感心しています。でも、あまり気にしないでフムフム?とエピソードを追いかけていこうと思います。そのうちに夕さんの意図されるところが見えてくるのでしょう。楽しみにしています。
今日の所はザッカに???の印象です。ラウラにとっても意外だったんだ……。
2014.06.05 13:58 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

日本はもう梅雨入りしたとか。でもその前にもう猛暑が?
こちらも明日は夏日だそうです、外が35℃くらいでも乾いているので、クーラーなしです。

時代劇や西部劇などではきっぱりと白黒を付けられて、こっちがヒーロー、こっちが悪役、とわけられるのですが、この小説ではそうではないのです。その最たるキャラがザッカです。「???」で正しいのです。ラウラにも「???」なのです。この人は元聖職者ですが、「善玉」キャラではありません。けれど単なる「悪玉」キャラにもしたくありませんでした。この人には強い信念があります。

ひとつひとつのエピソードは毎回忘れていただいて構いません。直接関係のあることはほとんどありません。憶えられないキャラの名前もどんどん忘れてください。大事な人は何度でも出てきますので。

次回はもうちょっと面白いエピソードの予定です。

コメントありがとうございました。
2014.06.05 19:17 | URL | #9yMhI49k [edit]

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