scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 番外編 〜 アンダルーサ - 祈り

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2014」の第五弾です。limeさんは、うちのオリキャラ四条蝶子を描いてくださいました。ありがとうございます!

limeさんの描いてくださったイラスト『(雑記)scriviamo! 参加イラスト』
「大道芸人たち」蝶子 by limeさん


limeさんは、主にサスペンス小説を書かれるブロガーさんです。緻密な設定、魅力的な人物、丁寧でわかりやすい描写で発表される作品群はとても人氣が高くて、その二次創作専門ブログが存在するほどです。お知り合いになったのは比較的最近なのですが、あちこちのブログのコメント欄では既におなじみで、その優しくて的確なコメントから素敵な方だなあとずっと思っていました。いただくコメントで感じられる誠実なお人柄にも頭が下がります。そしてですね、それだけではなく、ご覧の通りイラストもセミプロ級。その才能の豊かさにはいつも驚かされてばかりの方なのです。

さて、描いていただいたのは、当ブログの一応看板小説となっている「大道芸人たち Artistas callejeros」のヒロインです。黄昏の中で少女と出会ったシーンからはすぐに物語が生まれて来ますよね。で、これにインスパイアされた掌編を書きました。舞台はどこでもいいということでしたので、私の好きなチンクェ・テッレにしてみました。例によって、出てきた音楽の方は、追記にて。


【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ

「大道芸人たち Artistas callejeros」を読む このブログで読む
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あらすじと登場人物

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大道芸人たち 番外編 〜 アンダルーサ - 祈り
——Special thanks to lime-san


 お母さんは帰って来ない。陽射しが強いから。空氣が重いから。この街は小さな迷宮だ。お店とアパートを結ぶ細い路地をまっすぐ帰ることはしない。できるだけ回り道をするのだ。この新しい道は新しいひみつ。でも、きっと誰も興味を持たないだろう。

「パオラ。ここは子供の来る所じゃないよ」
そう言ったお母さんは、また違う人の首に腕を絡ませていた。お店は昼でも暗い。外にはキビキビと歩く観光客や、ランニングシャツ姿で魚を運ぶおじさんがいて、リンゴの値段をめぐって誰かが怒鳴りあっている。海に反射する光が眩しいし、カラフルな壁が明るくて、生き生きとしている。なのに、お母さんのいるお店だけは、みんなノロノロと動き、光から顔を背けていた。

 お母さんは菓子パンを二つ手渡した。遅いお昼ご飯、もしくは晩ご飯を作ってくれるためにアパートに帰るつもりはないんだなと思った。角を曲がるまでにひとつ食べて、波止場で舟を見ながら二つ目を食べ終えた。あたしは海に手を浸して、ベトベトを洗った。おしまい。スカートで手を拭うと、冒険に出かけた。こっちの道はアパートに少しでも遠いかな。

 ぐちゃぐちゃの部屋は湿っていて居心地が悪い。冷蔵庫の牛乳は腐っていたし、わずかなパンはひからびて崩れてしまった。それに、ワインの瓶が倒れていたせいであたしのお人形は紫色になってしまった。あの部屋に、いつもひとり。永遠に思える退屈な時間。あたしが神様にお願いするのはたったひとつ。早く大人になれますように。そうすればあそこに帰らなくていいもの。

 一日はゆっくりと終わりに向かっていて、壁の色は少しずつ暖かい色に染まりだしている。その路地は少し寂しかった。騒がしい街から切り離されたようにぽつんと存在していて、奥に階段が見えた。甲高い楽器の音がしている。あ、あの人だ。階段に腰掛けて、フルートを吹いている女の人。速くて少し切ない曲だ。

 目を閉じて、一心不乱に吹いている。黒い髪が音色に合わせて、ゆらゆらと揺れた。あたしが近づいてじっと見ていると、その人はふと目を上げた。それから、口から楽器を離してちらっとこちらを見た。彼女もあたしもしばらく何も言わなかった。少し困ったので訊いてみた。
「もう吹かないの?」
「あなたが私に何か用があるのかと思ったのよ」
「それ、なんていう曲なの?」
「エンリケ・グラナドスの『十二の舞曲』から『アンダルーサ』またの名を『祈り』」

 その人は、どこか東洋から来たみたいだった。少しつり上がった目。ビー玉のように透明だった。上手に話しているけれど発音が外国人だ。
「あなたの国の音楽なの?」
「まさか。私は日本から来たの。これはスペイン人の曲よ」
「スペインも日本も外国ってことしかわからない。この街の外は知らないの」

 女の人は、そっと乗り出して地面に指で地図を描いた。
「これがイタリア。あなたがいるのはここ、リオマッジョーレ。そして、これがスペイン。アンダルシアはこのへん」
あたしは身を乗り出した。そしたら、彼女はふっと笑って、少し優しい表情になった。

「遠くに行ってみたい?」
あたしは小さく頷いた。
「うん。行ってみたい。あなたはいろいろな国に行ったことがあるの?」
「ええ。旅して暮らしているの」
「本当に? どうやって?」
「これを吹いて。私は大道芸人なの」
「どうして誰もいない所で吹いているの?」
 
 彼女は少しムッとしたように口をゆがめ、それから一度上の方を見てからあたしに視線を戻して白状した。
「練習しているの。上手く吹けなくて仲間に指摘されて悔しかったの。絶対に今日中にものにするんだから」
そういって、もう一度フルートを構えた。あたしは頷いて、階段に腰掛けた。先ほどのメロディーが、もう一度始めから流れてきた。どこがダメなのかなあ。こんなに綺麗なのに。

「あ、いたいた。パピヨン、探しましたよ」
声に振り向くと、もじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた男の人が階段から降りて来た。彼女は返事もしないでフルートを吹き続けた。この人と喧嘩したの? 男の人はまいったな、というようにあたしの方を見て肩をすくめた。優しいお兄さんみたい。

 キリのいいところにきたら、パピヨンと呼ばれた女の人はフルートを離してお兄さんの方を振り向いた。
「探して来いって言われたの、ブラン・ベック」
「いいえ。テデスコはヤスと楽譜の解釈でやりあっていて、僕ヒマだったんで」
「そう。私、このお嬢さんと一緒に広場に行って、ちょっと稼ぐ所を見せてあげようと思うんだけれど、あなたも来る? 道具持っている?」
「え、はい。カードだけですけれどね」

 あたしはすっかり嬉しくなった。二人を連れて駅前の通りに連れて行った。このリオマッジョーレがチンクェ・テッレで一番大きい町といっても、人通りが多いのはここしかないから。
「パピヨン、ブラン・ベック、こっちにきて。あ、あたしの名前はパオラよ」

 彼が戸惑った顔をした。一瞬、目を丸くさせた彼女はすぐに笑い出した。 
「どうしたの?」
そう訊くと、彼が頭をかきながら説明してくれた。
「それ、僕の名前じゃないんだ。たよりないヤツっていう意味のあだ名なんだよ。僕はレネ。それから、この人は蝶子」

 ふ~ん。本当に頼りない感じだけれどなあ。蝶子お姉さんよりもたどたどしいイタリア語だし。でも、レネお兄さんって呼ぶ方がいいんだね。

 駅前通りにはギターを弾いている東洋人とパントマイムをしている金髪の人がいた。レネお兄さんが「あ」と言って、蝶子お姉さんはぷいっと横を向いた。でも、ギターを弾いていた人が、来い来いと手招きしたら、二人ともまっすぐそちらに歩いていった。

 ギターが伴奏を始めると、蝶子お姉さんは躊躇せずにフルートを構え、あの曲を吹いた。海の香りがする。太陽の光がキラキラしている。この海の向こうにスペインがあって、アンダルシアもある。心が逸る。まだ行ったことのない所。お母さんの顔色を見ながら、この迷路みたいな町で生きなくてもいいのなら、あたしも旅をする人生を送りたいな。

 人びとは足を止めて四人の演技を見ていた。ギターとフルート、カードの手品に、銅像のように佇むパントマイム、誰と喧嘩したのかわからないし、蝶子お姉さんのフルートのどこがまずかったのかもわからない。あたしには何もかも素敵に見える。周りの観光客たちや、町のおじさんたちもそう思ったみたいで、みな次々とお金を入れていった。

 その曲が終わると、みんなは大きな拍手をした。コインもたくさん投げられた。
「よくなったじゃないか」
座ってポーズをとったままの金髪の男の人がぼそっと言ったら、蝶子お姉さんは、つかつかと歩み寄ると、その人の頭をばしっと叩いた。ギターのお兄さんとレネお兄さんはゲラゲラ笑った。

 暗くなったので、観光客はひとりまた一人と減った。ギターのお兄さんが立ってお金の入ったギターの箱をバタンと閉じると、他の三人も芸を披露するのをやめた。残っていた観客は最後に拍手をしてからバラバラと立ち去った。

「どうやったら大道芸人になれるの?」
あたしはペットボトルから水を飲んでいる蝶子お姉さんに訊いた。彼女はもう少しで水を吹き出す所だった。げんこつで胸元を叩いてから答えた。
「なるのはそんなに難しくないけれど、憧れの職業としてはちょっと志が低くない?」
「あたし、自由になりたいの。いつ帰ってくるかわからないお母さんに頼って生きる生活、こりごりなの」
叫ぶみたいに、一氣に言葉が出てしまった。

 それを聞いて、蝶子お姉さんはじっとあたしを見た。それからしゃがんで、あたしと同じ目の高さになって、あたしの頭を撫でながら言った。
「大丈夫よ。大人になるまではあっという間だから。それまでに、一人で生きられるだけの力を身につけなくちゃね。学校で勉強したり、スポーツを頑張ったり、いろいろな可能性を試してご覧なさい。どうやったら一番早く独り立ちできるか、何を人生の職業にしたいか、真剣に考えるのよ」

「お前、やけに熱入ってんだな」
ギターを弾いていたお兄さんが言った。蝶子お姉さんは振り向いて言った。
「だって、私の小さいときと同じなんだもの」

 あたしは大きく頷いた。蝶子お姉さんがあたしと同じようだったと言うなら、あたしも大きくなったらこんな風に強くて素敵になれるのかもしれない。お姉さんはあの曲は『祈り』ともいうんだって言った。だったら、あたしは新しい祈りを加えることにした。早く強くて素敵な女性になれますように。

「それはそうと、そろそろ飯を食いにいくか」
ギターのお兄さんが言った。
「パオラ、お家は遠いの?」
蝶子お姉さんが訊いた。あたしは首を振って、それから下を向いた。

「どうしたのかい?」
レネお兄さんがかがんで訊いた。
「誰も帰って来ないし、食べるものもないもの」
四人は顔を見合わせた。
「お家の人、いないの?」

 あたしはその通りの外れにある、お母さんがいるお店を指差した。
「お母さん、男の人と一緒だから、帰りたくないんだと思う」

 蝶子お姉さんは黙って、お店に入っていったが、しばらくすると出てきた。
「この隣のお店で食べましょう。パオラ、一緒にいらっしゃい」

 隣は、ジュゼッペおじさんの食堂だ。美味しい魚を食べられる。ときどき残りものを包んでくれる優しいおじさんだ。お母さんは、お店の扉からちらっと顔を出して、ジュゼッペおじさんとあたしをちらっと見た。
「遅くならずに帰るのよ」
それだけ言うと、またお店に入ってしまった。

 ギターのお兄さんが言った。
「パオラ、好きなものを頼みな。腹一杯食っていいんだぞ。それから、俺は稔って言うんだけどな。こっちはヴィル」
そういって、水をコップに汲んでくれている金髪のお兄さんを指差した。

 あたしは嬉しくなってカジキマグロを注文した。蝶子お姉さんが大笑いした。
「好物まで一緒なのね。私にもそれをお願い、それとリグーリア産のワイン」
「ヴェルメンティーノの白があるぞ。これにするか」
ヴィルお兄さんが言うと蝶子お姉さんはとても素敵に笑った。あれ、仲が悪いんじゃないんだぁ。

 四人はグラスを合わせる時にあたしの顔を見て「サルーテ(君の健康に)!」と言ってくれた。あたしはカジキマグロを食べながら、こんなに楽しいことがあるなら、大人になるまで頑張って生きるのも悪くないなと思った。


(初出:2014年1月 書き下ろし)

追記


Duo Cantilena performs Playera - Enrique Granados

Sally Wright on Flute and Steven Peacock on Classical Guitar

今回選んだ曲は、グラナドスの「アンダルーサ」です。イタリアの話なのになぜスペインものとお思いでしょうが、いただいた絵のイメージがこれだったのですよ。哀愁あふれる異国への憧れを秘めた曲。眩しいイタリアの陽光のもと、地中海の向こう側、スペインを想ってみました。
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