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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 番外編 〜 黄昏のトレモロ - Featuring「Love Flavor」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!


「scriviamo! 2014」の第十一弾です。栗栖紗那さんは、純愛ラノベ「Love Flavor」本編の最新作でご参加くださいました。ありがとうございます。

栗栖紗那さんの書いてくださった作品 Love Flavor 007 : "感情?"

栗栖紗那さんは生粋のラノベ作家ブロガーさんです。この方もブログでの小説交流をはじめたもっとも古いお友だちの一人で、書いているもののジャンルが全く違うにもかかわらず、積極的に絡んでくださる嬉しいお方です。紗那さんらしい人氣作品では「グランベル魔法街へようこそ」や「まおー」などが有名なのですが、私としては、この学園青春ラノベだけれど、ちょっと深刻なものも含まれる「Love Flavor」を一押しさせていただきます。この作品に絡んで去年のscriviamo!で東野恒樹というオリキャラを誕生させて書きましたし、その後も「リナ姉ちゃん」シリーズと共演していただくなど、うちの作品とはとても縁が深いのです。

さて、今回は「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」に絡んで、うちのオリキャラ結城拓人をなんと本編の中に出していただきました。お返しをどうしようかなと思ったのですが、さすがに拓人と蓮さまや紗夜ちゃんがバッタリ出会うというのは難しいので、紗那さんの作品の中に出てきた一セリフに飛びついて、全然違う話を作らせていただきました。実は、拓人が失恋した時期と、うちのとあるキャラが失踪した時期、ほぼぴったりなのですよ。そういう訳で、「大道芸人たち」外伝、お借りしたのは今年も再び白鷺刹那さまです。


【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ

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あらすじと登場人物

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大道芸人たち 番外編
黄昏のトレモロ - Featuring「Love Flavor」
——Special thanks to Kuris Shana-san


「ち。上手くいかない」
普段、表ではまず口にしない乱暴な舌打がでてしまった。もし、彼女を知っている人がそれを見たらぎょっとしたことだろう。たとえば、数年前にティーンエイジャー向けのファッション雑誌の愛読者だったなら彼女を知らないということはありえない。そうでなくても蜂蜜色の髪と日本人離れしたスタイルは容易にかつて出演していた広告を思い出させるので、名前は知らなくてもあの人だとすぐに氣付かれる。だからモデルとしての活動をやめても、白鷺刹那は表ではかつてのように女らしく麗しく振る舞うのを常としていた。

 しかし、今日はすっかりそれを忘れていた。ここは町内の小さな公園、午前中には若い母親たちが我が子を連れて社交に精を出すが、この夕暮れには誰も見向きもせず、刹那がギターの練習をするには格好の場だった。

 刹那はギターをはじめてまだ二ヶ月だ。最初はいくつかコードを弾けるようになってそれで満足していた。同時にベースもやっていたのでそちらにまずは夢中になった。だが、どうもギターの他の奏法が氣になってきて、ここのところはクラッシックギターを練習している。アルペジオ奏法はそんなに難しくなかった。セーハが上手くいかなかったので、途中のレッスンを飛ばして「アルハンブラ宮殿の思い出」を弾こうとした。だがこちらもそう簡単にはいかなくて苛立っていた。

「何やってんだ?」
刹那が顔を上げると、そこに男が立っていた。黒髪がツンと立った男で、歳の頃は二十代の終わり頃だろうか。刹那をというよりは、刹那の右手を見ていた。

「上手く弾けないのよ、やになっちゃう」
刹那は乱暴な言葉遣いを聴かれたと思ったので、やけっぱちになって半ばふてくされるように答えた。

「ギターはじめてどのくらいだ?」
「二ヶ月。独学なの」

 男は呆れたというように空を見上げた。
「そんな早くトレモロは弾けないだろう」
「なんで」
「訓練しないと全部の指に均等に力が入らないんだ。毎日やっていればそのうちにできるようになるよ」

 刹那はすっと立つと男にギターを差し出した。
「そういうからには、あなたは弾けるんでしょう。やってみてよ」

 男は素直に受け取ると、刹那の立ったベンチに座るとギターを構えて静かに弾きだした。はじめの音からすぐに脱帽ものだとわかった。刹那が上手く動かせない右の指は軽やかにけれど均等に弦を弾いて、アルハンブラ宮殿の陽光に煌めく噴水を表現しはじめた。トレモロの部分だけでなく、その下を支えるメロディもしっかりと歌っている。

 刹那は、その演奏を黙って聴いていた。まだ肌寒い公園には、樹々も葉を落とし眠っているが、刹那と男の周りだけは夏のアンダルシアの幻想が広がっていた。しかも、それはそれだけではなかった。遠い憧れや、哀しみや、それにそれだけでない何かも表現されていた。今までに何度も聴いた「アルハンブラ宮殿の思い出」の演奏とは違う、特別な演奏だった。強い感情が感じられた。上手い人間が単純にギターを弾いているのとは違った。

 演奏が終わると、五秒ほど放心したようにギターの弦を見ていたが、男はゆっくりと立ち上がってギターを刹那に返した。
「こういうわけだ。長く続けていけばそのうちに弾けるようになるよ。もっとも、あんた忙しくて練習する時間ないかもしれないけれど」

 それを聞いて刹那は首を傾げた。
「ボクを知っている?」
「あん? まあな。モデルの白鷺刹那さん。知らないヤツの方が珍しいだろ。あ、俺はただの一般人で、安田稔っていうんだけどさ」

 刹那はため息をついた。
「もうモデルやっていないんだけれどね」
「ああ、最近、あまり見ないと思ったら、そうだったんだ」

「ねえ、安田さん、あの、唐突に失礼だけど……」
「なんだ」
「う〜ん、やっぱやめる」
「なんだよ、言えよ」

「わかった。演奏で思ったんだけれど、あなた、何か悩んでいるんじゃない?」
刹那がそういうと、稔はぎょっとした顔をして、それから再び青空を眺めた。
「そんな音していたか」

「音、かな……。それとも表現……ううん、顔の表情で思ったのかも。とにかく、単に公園でギターを爪弾くっていうのとは全然違っていた。すごく上手だったけれど、演奏って言うのを通り越して、まるで迷って苦しんでいるみたいだった」

稔は刹那のギターをじっとみつめたまま言った。
「わかるもんだな……。俺さ、ギターで身を立てたいってずっと思っていたんだけれど、その夢におさらばしたばっかりなんだ」
「どうして? そんなに上手いんだから、あきらめることないのに」
刹那の強い言葉に、稔は口を歪めた。
「ありがとう。でも、どうしようもないんだ」

「もし、ギターが本職じゃないなら、ふだんは何をしているの? サラリーマン?」
「いや、津軽三味線弾き」
刹那は目を丸くした。

「両方弾けるってすごくない?」
「ギターの方は趣味だったんだ。君と同じで独学。でも、三味線は家業だから、流派のことや後継者のことが絡んでいる。俺一人の問題ではなくなっている。ギターで食っていきたいと言っても、そう簡単にはいかないんだ。それに……」

 刹那が首を傾げて続きを促すと、稔は横を向いた。
「たとえば、モデルみたいな世界だったら三百万円なんてはした金かもしれないけどさ。俺にはどうしても必要だったから、その金額で自分の未来を売っちゃったんだ」

 刹那は口を尖らせた。
「モデルだって、三百万円をはした金なんて言える人はそんなにいないよ。未来を売っちゃったって、お金を受け取るかわりに、ギターをやめたってこと? どうしてもしたいことをそんなに簡単にあきらめていいの? 他に試せることはないの?」

 稔は考え込んでいるようだった。刹那は続けていいの募った。
「安田さんは、ボクにトレモロは毎日少しずつ練習しなくちゃ弾けるようにならないって言ったけどさ。そのどうしても必要な三百万円だって、少しずつの積み重ねで何とかなるんじゃないの? 自分にとって大切なことをお金と引き換えなんかにしちゃダメだよ」

 稔は刹那を見た。彼女は本氣で訴えかけていた。たまたま公園で知り合った通りすがりの人間にずいぶんと熱心だな、彼は少し驚いた。刹那は自分の剣幕を恥じたのか、下を向いてつぶやいた。
「どうやっても取り返しがつかなくなることもあるんだ。そうなってから後悔しても遅いんだから……」

「ありがとう。そんなに真剣に言ってくれて。本当は、その金だけの問題じゃないし、いろいろなことに外堀を埋められているのが現状だけれど……。そうだな。俺、明日から旅にでるんだ。そこでよく考えてくるよ」
「旅?」
「うん。最後のわがままって言って、ヨーロッパへの貧乏旅行に行くことを許してもらったんだ」

「ふ〜ん。アルハンブラにも行く?」
「ん? 行くかもしれないな」
「もし行ったら、そこでもう一度ボクの言ったことを考えてみて。後悔しないように。ボクは、安田さんと次に遭う時までにトレモロを練習しておくから」

 稔は何かが吹っ切れたように笑った。
「わかった。じゃあ、次に遭った時は、二人で何か二重奏しようか」

 公園は夕陽で真っ赤に染まった。しっかりとした足取りで去っていくその背中を眺めながら、刹那は稔の旅の安全を祈った。

(初出:2014年2月 書き下ろし)

追記

この後、稔はヨーロッパで失踪してしまいます。四年後にArtistas callejerosを結成した後、稔ははじめてグラナダを訪れ、蝶子の求めに応じてこの曲を演奏しています。その時にはきっと刹那さんのことを思い出しながら弾いていたことでしょうね。

この曲は、動画を貼付ける必要がないくらいに有名だと思いますが、一応。


Kaori Muraji Recuerdos De La Alhambra Francisco Tarrega アルハンブラの想い出
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