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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 5月号参加 掌編小説 月刊・Stella ステルラ


scriviamo!の第十七弾です。(ついでにStellaにも出しちゃいます)
スカイさんは、受験でお忙しい中、北海道の自然を舞台にした透明な掌編を描いてくださいました。本当にありがとうございます。


スカイさんの書いてくださった掌編 チュプとカロルとサーカスと

スカイさんは、現在高校生で小説とイラストを発表なさっているブロガーさんです。代表作の「星恋詩」をはじめとして、透明で詩的な世界は一度読んだら忘れられません。また、篠原藍樹さんと一緒に主宰なさっている「月間・Stella」でも大変お世話になっています。

「Stella」で一年半ちかく連載し、間もなく完結する「夜のサーカス」はもともと10,000Hitを踏まれたスカイさんのリクエストから誕生しました。それまでどこにもいなかったサーカスの仲間たちは、スカイさんのおかげでうちのブログの人氣シリーズになったのです。

今回スカイさんが書いてくださったお話は、北海道を舞台にゴマフアザラシと本来ならその天敵であるはずのワタリガラスの微笑ましい友情を描いたお話ですが、「チルクス・ノッテ」が少し登場します。そこで、とても印象的なワタリガラスのライアンをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみる事にしました。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物


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「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒緑の訪問者 Featuring「チュプとカロルとサーカスと」
——Special thanks to Sky-SAN

夜のサーカスと黒緑の訪問者


 風が吹いてきて、バタバタとテントを鳴らした。バタバタ、バタバタと。エミリオが大テントの入口の布を押さえようと顔を出して、山の向こうからゆっくりとこちらに向かってくる真っ黒な雲を眼にした。
「あれ、ひと雨来るかな……」

 それ以上バタバタ言わないように、入口の布をくるくるっと巻いて、しっかりと紐で縛っている時に氣配を感じた。真横にいつの間にか一人の男性が立っていた。

 黒い三つ揃いのスーツは、不思議な光沢だった。光の加減で緑色に見えるのだ。しかも、その男は黒いエナメルの靴、黒いシルクのワイシャツ、そして黒いネクタイに、黒いシルクハットを被っていた。真っ黒い前髪が目の辺りまであって、その奥から黒い小さい瞳がじっとこちらを眺めている。

 エミリオはとっさにどこかの王族かなにかだと思った。こんなに堂々とした様子で立っている、しかもひと言も発しない相手ははじめてだった。男はエミリオの顔を注意深く観察すると、納得したように頷いてから堂々とした足取りで大テントの中に入ろうとした。

「あっ。いや、まだ入れないんですよ。開場時間は午後七時なんです」
男は何も言わずにエミリオをじっと見つめた。何も悪い事をしていなくても「ごめんなさい」と謝ってしまいたくなるような鋭い一瞥だった。だが少なくとも彼はエミリオの制止を振り切るつもりでないらしく、黙って立っていた。

「え。あ、いや、だから、あと二時間経ってから、暗くなってから来てくださいよ」
しどろもどろでエミリオが言った。それでも入ってきてしまったら、僕には止められないな、そう思いながら。だが、男は納得したようで、黙って頷くと踵を返して歩いていった。あのひと足が悪いのかなあ、変な歩き方だ。エミリオは首を傾げた。

 まったく今日は変な闖入者の多い日だ。午後一番には、テントでリハーサルをしていたマッテオがエミリオにあたりちらしたのだ。
「お前! 何テントにカラスを入れてんだよっ!」
「えっ?」
そう言われて客席を見ると、こともあろうにVIP席の背もたれに、ワタリガラスが停まっていた。

「うわぁ」
背もたれに粗相でもされたら、団長とジュリアにこっぴどく怒られる。エミリオは棒を振り回しながら、その巨大な鳥をテントから追い出そうとした。一体どうやって入ってきたんだろう。だがカラスはポールの上の方へと飛んでしまって、なかなか降りて来ない。どうしたもんだろうかと考えあぐねていたが、たまたまマッダレーナがリハーサルのためにヴァロローゾを連れて入ってきたので問題は解決した。雄ライオンがエミリオも逃げだしたくなるようなものすごい咆哮を轟かせた途端、ワタリガラスは入口へと一目散に向かい、そのまま出て行ってしまったのだ。

 無事に開演準備の仕上げを終えると、共同キャラバンへと走った。わぁ、みんな食べ終わっちゃったな。すっかり遅くなってしまった。キャラバンに駆け込むと、案の定、そこにはもう今日の当番のステラしかいなかった。
「ごめん。遅くなった」
「大丈夫。まだ時間あるから。みんなは本番前に集中したいからって、もう行っちゃったけれど。でも、何か問題があったの?」
「いや。風が強かったから、全ての入口の布を丸めていたんだ。そしたら、変なヤツが来てさ」
「変なヤツ?」
「うん。全身真っ黒のスーツを着た男。まだ開演時間でもないのに中に入ろうとしてさ。ダメですって断ったら帰ってくれたんだけれど、ひと言も喋らなくてさ……」
「そう……」

 その真っ黒な男は、その日から興行に毎晩やってきた。マルコはその晩のチケット担当だったのだが、エミリオから話を聞いていたのですぐにわかった。立派な服装なのに、チケットは誰かが落として踏みにじられたようなしわくちゃ紙だった。その次の日はマッテオが本番前に見かけたと言うし、次の日にはマッダレーナも「私も見た」と報告してきた。

「毎日チケットを買っていらしてくださるとは、大事なお得意様じゃないか。喜べ」
団長が団員の不安を笑い飛ばしたので、彼らもそれもそうかとそのままにしておく事にした。

「それよりも、ステラ。ジュリアが言っていたが、三回転半ひねりが上手くできなくて、二回転半で誤摩化していると言うじゃないか。チラシにわざわざ載せたんだし、しっかりしてくれないと困るな」
「すみません」

 実際には三回転半のジャンプそのものは成功していて、ちゃんと毎晩披露していた。問題は、二回転と三回転半の連続技で、タイミングがまだはっきりとつかめていない。落ちるのが怖くて上手くできないのだ。いや、以前のシングル・ブランコのときだったら落ちても下にいるのはヨナタンで、きっとネットを拡げて受け止めてくれると信じていたので安心して飛ぶ事ができた。でも、この興行で下にいるのはマルコだ。マルコもちゃんと受け止めてくれるとは思うのだが、ヨナタンほど信用できない自分が情けなかった。

 ステラはレッスンを終えてから自分のキャラバンに戻りながら、自分の腕を目の前で泳がせてタイミングを反復してみた。
「ここで、一、二、んで、ジャンプ! 一回転、二回転……」

 その時、「カポン」という声がした。

「ん?」
ステラが見上げると、目の前の楡の木にワタリガラスが停まっていた。大きな翼を一、二度拡げたり閉じたりしてから再び「カポン」と叫ぶと、不意に黒い鳥は飛び上がった。そして、二回転半してから隣の枝に一瞬脚を掛けると、停まらずにすぐに飛び立って三回転半をしてみせた。

 ステラはぽかんと口を開けた。その間にワタリガラスはもっと上の枝に着地するとまた「カポン」と鳴いた。

「ねえ! もう一度、やって、お願い!」
そうステラが頼むと、まるで人間の言葉がわかっているかのように、黒い鳥は同じ連続ジャンプをすると、今度は停まらずに飛んでいってしまった。ステラは呆然として、もう一度練習するために大テントに向かって歩き出した。
「あのタイミングなんだわ……」

* * *


 風がバタバタいう宵だった。色とりどりのランプが、ひゅんひゅんと何度もテントに打ち付けられた。チルクス・ノッテは満員だった。この街で最期の興行なので、一度観にきた観客たちももう一度駆けつけてきた。あのセクシーなライオン使いをもう一度観たいな……。俺は、あの馬の芸を観ておきたいよ。チラシで宣伝していたブランコ乗りのデュエットも、悪くないよな。

 ステラは、舞台の袖でマッテオと一緒に立っていた。衣装の左胸の裏側にはいつものお守り、黄色い花で作った押し花も入っている。大丈夫……。ヨナタンが応援してくれると、もっと心強いんだけれどな。もう何日もヨナタンと話をしていなかった。こんなことは入団以来はじめてだった。でも、いつかは、また……。涙をこらえるようにして、左胸に手を当てた。あふれそうになった涙を抑える。いけない。今は演技に集中しないと。

 マッテオに泣いているのを見られないように、急いで後ろを向いた。すると誰かが更に奥の袖にさっと隠れた。ステラはその衣装を目の端でとらえていた。コメディア・デラルテのアルレッキーノの衣装。ヨナタンだ。団長に怒られていたから、心配して見に来てくれたのかな……。ステラは嬉しくなって、下を向いた。頑張るね。

 舞台の眩しい光。観客の割れるような拍手。熱氣。マッテオがみごとな大回転でブランコに膝の裏でつかまり、ゆっくりと揺れはじめる。ステラは、タイミングを数えはじめる、あのワタリガラスを思い出しながら。いち、に……。

 華麗な二回転半の後、マッテオの手にしっかりと掴まったステラは、そのまま再び飛び立った。一回転、二回転、三回転半! 手はしっかりともう一つのブランコをつかんでいた。できた! 今日も二回転半だと思っていたジュリアとロマーノが袖であっけにとられて立ちすくんだ。エミリオの「やった!」という声は観客の大拍手でかき消された。派手な衣装と仮面を身につけた青年も袖から眩しそうに少女を見上げていた。

 観客席には、真っ黒い衣装を身に着けた例の男がじっと座っていた。その隣には、やはり緑の光沢のある黒いドレスを身に着けた黒髪で黒いトーク帽に黒いヴェールをかけた女が座っていて、そっと体を傾けて黒服の紳士に顔を近づけた。紳士は大きく頷いてから他の観客には聞こえない小さな声で「カポン」と言った。
 
(初出:2013年4月 書き下ろし)

追記

この小説の不思議な設定は、すべてスカイさんの小説をもとにして書いてあります。大体の事は想像できるように書いたつもりですが、もし氣になった方はスカイさんの小説で設定をご確認ください。

本文中にはまったく出てこないのですが、今回のBGMです。

Nocturne from Cirque du Soleil's Alegria
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Tag : 小説 リクエスト 読み切り小説 コラボ

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