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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(8)水車小屋と不実な粉ひきの妻 -2-

「水車小屋と不実な粉ひきの妻」の後編です。のんきに旅をしているマックスですが、じつは美味しいものだけを食べてのほほんと育ったわけではありません。前編で明らかになった毒耐性をどうして持つことになったかが明かされます。マックスに国やディミトリオスに対する忠誠心というものが今ひとつ欠けている原因もじつはこれです。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(8)水車小屋と不実な粉ひきの妻 -2-


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 朝になって、マックスは奇妙なくらい愛想よくする亭主に何事もなかったかのように対応した。歓待に礼をいい、旅籠に泊まる時の相場を渡して水車小屋を後にした。

 あの二人は悔い改めたりはしないだろう。彼は思った。ヒヨスは歯の痛みをとるためにも使われているし、持っている事を問われる毒物ではない。量を間違えれば死にいたるが、経験豊かなあの二人はそんなヘマはしないつもりだろう。

 皆がいつも騙すと蔑むと本当にそういう人間になってしまう。あの時の女の言葉は彼の怒りを鎮めた。粉ひき夫婦が誠実なはずはないとマックスですらどこか思っていた。その偏見が彼らをやはり不実な粉ひきにしてしまう。彼らのやっている事が罪であるのは間違いない。だが、それを裁くのは一介の旅人である自分でなくてもいいはずだ。僕は裁判官でもなければ、神の奇跡でもない。毒が効かない男でしかない。

「またか。かわいそうに」
兄弟子たちのひそひそ声が甦る。暗い召し使い部屋で何度めかの苦しみに悶えた後だった。マックスを苦しめているものが、ディミトリオスに定期的に飲まされる様々な薬のせいだという事は、屋敷中の誰もが知っていた。時には激しい嘔吐、時には腸がねじれるような痛み、またある時は体中におぞましい湿疹が出た。割れるような頭痛や呼吸が出来なくなる事もあった。

「なぜあの子にあんなことを?」
「王太子さまのためだよ」
ひそひそ声は続いた。少年が眠っているのだと思って。

「王太子さまに毒耐性をつけるために、老師は少しずつ毒を飲ませていらっしゃるのだ。だが、大人と違ってどのくらいの量を飲ませていいか確かでないものだから、マックスで実験をしているのだ。彼は王太子さまより小さいし、あの子が耐えられた半分の量なら安全だっていうんでな」
「なっ……。じゃあ、必要もないのにマックスみたいな子供を雇ったのは……」
「そうだよ。このためだ」

 高熱が引いてきた後のだるくて力の入らない体をそっと動かすと、彼は兄弟子たちに泣いている事を悟られないように壁の方を向いた。《黄金の貴婦人》とマックスが呼んでいた、あの美しい女性にお茶を運ぶ度に、お菓子をもらうのを見過ごしてくれた主人。もしかしたら、自分を氣に入ってくれているのではないかと思っていた。けれど、自分の存在意義はそんな事だったのかと悲しくなった。両親がこの事を知っていたのかどうかはわからなかったが、もはや逃げだして帰る事も出来ないのはわかっていた。

 耐えられたのは、やはり《黄金の貴婦人》の存在があったからだった。ある夜、激しい下痢の後でぐったりして、ようやく痛みが治まってうつらうつらとしていた時、屋根裏の小さな部屋に主人に案内されて、かの貴婦人がやって来たことがあった。マックスはびっくりしてディミトリオスを見た。

「いつもお茶を運んでくれるあの少年はどうしたとおっしゃるので、病に臥せっていると申し上げたらどうしてもお見舞いにとおっしゃるのだ」
主人は苦虫を噛み潰したような顔をしてこっそりと言った。
「奥方さま、他の使用人の手前というものもありましてな」
「それが何だというのでしょう。こんなに小さいのに、けなげに働いているんですもの。まあ、弱ってかわいそうに」

 その優しい声と、心から心配してくれている美しい顔を見て、彼の遣り切れない心持ちはすっとほどけていった。
「大丈夫です。もう、治ってきましたから」
マックスがそう言うと、《黄金の貴婦人》はしばらく片手で彼の頬を、もう片方の手でその弱々しく差し出した手を優しくしっかりと握りしめていたが、やがて自分の首から十字架を外すと少年の首にかけた。
「あなたを神様が守ってくださいますように」

 マックスは、この女性はなぜ自分がこのような目に遭っているのかを知っているのだと思った。ディミトリオスの様子や、一目で分かる高貴さから、この方はもしかすると王太子の縁者なのかもしれないと思った。王太子のために自分がこのような苦しみを受ける事を知っていて、それでいつも格別に優しくしてくれるのかもしれないと。そうだとしたら、このひどい役目に選ばれた事も悪い事ばかりではないのだと思った。

 馬を進めながら、マックスは子供時代の想い出に浸っていた。《黄金の貴婦人》のくれた十字架の効果かどうかはわからないが、彼は無事に生き延びた。老師に飲まされる毒にも次第に体が慣れて、かなり強いものを飲まされても何ともなくなってきた。

 マンドレイク、ウェラトゥルム、絹の道のナッツ(ストリキヌス)、ドゥルカマラ、オピウム、ヒヨス、ヘレボルス(クリスマスローズ)、つる草の毒野瓜(コロキンテ)、毒ニンジン(コニウム)、去痰に使われるブリオニア、ベラドンナ、ハエ殺しのキノコ(アガリクス)、毒矢草(トリカブト)、踊蜘蛛(タレンテュラ)、クロタロス(ガラガラヘビ)、蜂、南の玉虫(カンタリス)。どれを使ってももはや彼を簡単に殺す事は出来ない。本来は現在の国王であるレオポルド二世を毒殺から守るための老師の策が、マックスを粉ひき夫婦の奸計から救った。皮肉な事だなと彼は笑った。

 あの女はよりにもよってこの十字架を盗ろうとしたのだ。彼は黄金の十字架に手をやった。《黄金の貴婦人》の優しい手の感触が甦る。あなたがいつも私を守ってくださるのですよね。彼は馬を進めて行った。
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Comment

says...
こんにちわ~(*´∀`*)

初めてマックスの心の深い部分が垣間見えた感じがしました。
やはり、子供時代に受けるインパクトって、いつまでも心の支えですよね・・・美人で優しい女性(笑)

残忍な王女の相手をさせるために貴族の養女になったラウラ、そして王太子のために実験で引き取られたマックス、二人共どうにも切ないですねえ・・。

しかし凄い毒を飲まされ続けていたんですねマックス><
2014.06.18 09:14 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
貴婦人・・・。
日本では名残りがないですが、
それでもヨーロッパ圏内ではよくある描写ですからね。
貴婦人と言えば、優美でおごそかなイメージがありますが。。。
・・・そういうのも良いですね。
良くも悪くも。
2014.06.18 13:44 | URL | #- [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。

なるほど、そういう事情でしたか。いやぁ、想像以上に壮絶でした。
マックスも、よく耐えて頑張ったものだと思います。
まあ、毒を盛られたり、まちがえて口にしてしまったりで、王や指導者が急死してしまってはなにかと困るからということなのでしょうね。八少女夕さんの小説の設定って、いろいろ勉強になります。

『貴婦人の十字架』というタイトルは、このエピソードに由来していたんですね。すみません、私はてっきり、貴婦人が背負った運命とか、そういう類の比喩だと思っていました。
マックスって、わりと曲者的なイメージが強かったのですが、このお話を読んで、初恋を忘れないタイプの可愛い男に思えてきました。
うん、これからのお話も楽しみです。
2014.06.18 17:12 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

マックスは超のんきなヤツですが、一応大変な事だってなかったわけじゃないよ〜、ってことで(笑)
でも、美人で優しくてたぶん位も高い人に憧れてしまったので、ええ、女を見る基準がちと……。

この時代にヨーロッパで知られていた毒物を調べるのに、異様に時間がかかりました。でも、この知識は、もう二度と使わないだろうなあ。

マックスもラウラも、貧乏のままでも大変な人生だったはずですが、引き取られても踏んだり蹴ったりですね。二人とも、今後はのんきに楽しく暮らしたいと願っているはずですが……。

コメントありがとうございました。
2014.06.18 19:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

「お金持ちの女性」「身分の高い人」ならいくらでもいるでしょうが、「貴婦人」となるとなかなかいないですよね。
欧米にある概念として「女」と「貴婦人(レディ)」は違うんですよね。
「男」と「紳士」も違うんでしょうけれど。
生まれだけでは「貴婦人」にはなれないし、ましてや銀行預金だけではどうにもならないってことなんでしょう。「人類みな平等」っていうのとは違う次元で、貴婦人は存在しているみたいです。
ま、私の知り合いにはいませんけれどね。

コメントありがとうございました。
2014.06.18 19:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

この小説は、単純でしょーもない高校生だった私が作ったストーリーのリライトなので、「そんな設定あるか!」を、大人になった私が「しょーがないなー」とつじつまを合わせて書いています。でもいきなり「毒ですか」なんですよ。

マックスは、「楽しく旅して暮らせればそれでいいや」というちゃらんぽらん男で、野心もほとんどなく、恩師にも「ごめん、約束破っちゃお」スタンス。しかも「据え膳あったら食っちゃえ」なんですが、どこかに《黄金の貴婦人》への憧れも持っているって設定。ちょっとつかみ所ないですかね……。

そして、TOM-Fさん、鋭いです。このタイトルは実は掛詞です。一つがこの物としての黄金の十字架で、もう一つがTOM-Fさんがおっしゃる比喩としての十字架です。そっちが出てくるのは、チャプター2の終わりですね。まだまだ先は長い……。

次回は再来週ですかね。また見捨てずにおつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.06.18 19:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なんとマックス、そんな辛い日々を過ごしていたんですね。
可愛そうに。そんな日々に耐えたことで、毒への耐性もついたけど、自分に降りかかる悲劇への耐性もついてしまったのかな。
でも《黄金の貴婦人》は、マックスの心の支えになったんですね。
貴婦人の十字架。タイトルになるほど、この十字架は意味のあるものになるのですね。
この貴婦人との再会とか、あるのでしょうか。
2014.06.19 10:13 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんにちは。

幻想をもたない子供になったでしょうね。ディミトリオスは、毒を飲ませていただけではなく、ありとあらゆる知識とマナーを教え込んでくれましたので、マックスも恨んでいるわけではないし、格別悲劇だとは思っていないかもしれません。

この貴婦人とはもう再会できないですね。死んじゃっていますから。十字架の方は、後々大事な小道具になります。TOM-Fさんへのコメントでも書いたのですが、このタイトルには二つの意味があって、一つ目がマックスの持っているこの十字架そのものです。ただし、こちらは作品のタイトルにするほどの重要なアイテムではなくて、もうひとつの比喩的な十字架の方がちょっと大事。でも、「森の詩」という大きな作品の中のサブタイトル程度ですので……。

続けて読んでいただけて嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2014.06.19 14:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああ、上手に設定されてるなぁ。
マックスの事情が凄く納得できました。たくさんの毒薬が出てきて、サキは少しドキドキしてしまいますが……。ストリキニーネとかなら馴染みがありますが、あとアガリクスも毒なんですね。健康キノコかと思ってました。
僕は粉ひきの2人は嫌いです。この時代こういう生き方もやむを得ないのは充分に理解しているつもりですが、生理的に受け付けません。でもキャラクターとしては面白いと思います。
タイトルに直結するエピソードが出てきましたが、これもキーアイテムの1つなんでしょう。
あ、コメントずいぶん遅くなってしまいました。
自分の創作に没頭しているわけでもないんですけど……。
2014.06.22 05:18 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

これまでマックスってただの恩知らずっぽい書き方しかしていなかったのですが、そういう事情が。
でも、実はディミトリオスは決して人でなしではないのです。でも、この話はずっと後になります。
毒薬と薬草って紙一重なんですよね。ここに出てくる毒草は、多くが薬の成分になっているものですが、素人が生で摂ると命に関わるものばかりのようです。

粉ひき夫婦は、「みんなに嫌われたのでやってやった」などと言っていますが、完全に言い訳ですね。正直にまじめにやっていても報われたりしない社会や時代、もしくは状況と言うものもありますが、比較的恵まれた状況にいながらこういうことをしているのですから、天罰というものがあるといいと思いますし、こういう人たちが跋扈したことが、後の時代の市民権や生存権、警察や法の整備というものの必要性に繋がる存在だったと思います。

タイトルなんですけれど、確かに本ストーリーに関係のあるアイテムではありますが、実はぴったりするタイトルが見つからなくて、たまたまダブった二つの「貴婦人の十字架」をそのままタイトルにしてしまったという、あまり褒められない状況なのです。でも、大事なアイテムではあるんですけれどね。

あ、コメントはお氣になさらずに。一週間に四作なんて読者泣かせの更新爆弾連続投下をしています。単にこちらの都合でこうなっていますが、読んでくださる場合は、どうぞご都合のよい時で。

コメントありがとうございました。
2014.06.22 18:27 | URL | #9yMhI49k [edit]

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