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Posted by 八少女 夕

【小説】Infante 323 黄金の枷(3)午餐

普通はStella用に月末の月一回発表する小説ですが、今月と来月だけはイレギュラーに月二回出すことにしました。理由は、この四回を四ヶ月もかけているのが我慢ならないから、です。この四回の中で、この変わった世界の説明がほぼ全てなされるのですが、本題はその後に来るのですよ。五ヶ月間も本題を待てるか、ということで二ヶ月ほどこういう形で発表させていただきます。今回は、ええと、単なる前々回と前回の続きです。わりと短めです。

月刊・Stella ステルラ 8月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Infante 323 黄金の枷(3)午餐

 あれから十二年が経っていた。自分も二十二歳になっているのだから、彼が少年のままであるはずはないと知っていたが、考えているのと目にするのは違った。あの時と同じなのは髪の色と瞳の色だけだった。その髪もジプシーの子供のように汚れて梳かしもせずにいた当時とは違って、たぶん肩ぐらいまであるだろう巻き毛をきっちりと後ろで縛っていた。太い眉、どちからというとがっちりとした顔の輪郭、そしてわずかに生やしている無精髭が、華奢で壊れそうだった悲しげな少年とは大きく違っていた。横を通るとき、わずかな香りがした。それは高級な石鹸か控えめな香水のようだった。

 向かいに座っている24ことInfante 324は全く対照的な男性だった。まず背がずっと高い。体型もすらりとしている。三人の中で一番ドンナ・マヌエラに似ていて、青い瞳が印象的で端正な顔立ちだ。短い金髪を綺麗に撫で付けている。23は黒いパンツに白いひだの多いバンドカラーのドレスシャツというあっさりとした姿なのに較べて、24はいかにもイタリアのデザイナーものと思われるグレーのジャケットにピンク地に白い襟のカジュアルワイシャツを着崩して、ポケットにピンクのネッカチーフを入れていた。香水はアラミスのようだ。すこし量が多過ぎる。

 二人が席に座ると、メネゼスが目で合図をし、アマリアがマイアの袖を引いた。前菜をバックヤードにとりに行くのだ。メネゼスが食前酒を注いでいた。

 キッチンでマイアは目をぱちくりさせた。用意された四つの前菜の皿は同じ大きさだったが、盛られているチコリとスモークサーモンの量が全く違ったのだ。ミゲルがごく普通の量の皿と少量のを一つずつ持ち、残りのやたら多く盛られた皿と少ない皿を目で示した。
「こちらはドン・アルフォンソに、それからそちらの少量のは23にお出しして」

 マイアはドン・アルフォンソの皿からチコリが落ちてしまうのではないかと心配しながら運んだ。なんとか無事に食堂まで運び、教えられた通りに出した。「どうぞ、メウ・セニョール(ご主人様)」と言うと、しゃがれた声で「ありがとう」と答えるのが聞こえた。フォークを持つのすら億劫に見え、その紫がかった顔はあきらかに健康を害しているように見えるのに、食欲は旺盛だった。

 23にも「どうぞ、メウ・セニョール」と皿を出した。同じように「ありがとう」と言われた。低くて深い声だった。ドン・アルフォンソのようにすぐには食べず、しばらく冷えた白ワインを飲みながら、ドンナ・マヌエラと24の会話に耳を傾けていた。

「母上、今日のミサで使われた詩篇ですが、少々退屈でしたね」
「メウ・クワトロ、どういう意味ですか」
「『主は大いなる神で大いにほめたたえられるべきです。その大いなることは測りしることができません』繰り返しの文言ばかりですよ。僕だったら、もっと詩的な言葉を挟むなあ」

「メウ・クワトロ。聖書にけちをつけるような不遜なことは言うべきではありません」
「わかっていますよ、母上。単に僕の詩心がうずくのです。言葉は軽やかで美しいべきではありませんか。詩ならばなおさらです。その響きに心が飛べるようでなくては」

 24の話し方は、まるで舞台でセリフを語る俳優のようだった。よく響くテノールのような声、朗々としてどう話し、どう振る舞えば注目が集まるのかを熟知していた。マイアは瞬きしながらふたりの会話に耳を傾けていたが、ふとミゲルが目で合図をしているのに氣がついた。いつの間にか、ドン・アルフォンソの皿も、23の皿も空になっていた。当主の皿はドレッシングやチコリが少し残っていたが、23の皿はパンで綺麗に拭われていた。そして、白ワインに戻っていた。マイアは二人の皿とカトラリーを下げた。

 キッチンにミゲルと一緒に戻った。見ると24の皿は半分以上が残してあった。
「なぜ24のお皿も少量にしないの?」
「してほしいと言われないかぎり、勝手に少量にはできないさ。奥様と23はご要望で少なくしてあるんだ。あの二人は絶対に残さないな」
「へえ」
マイアはつぶやいた。

 続いて食堂ではポットに入った野菜のスープがサーブされた。その間に、マイアとミゲルは再びキッチンに向かった。頃合いを見て用意された鴨のローストはいい香りをさせていた。ポートワインのソースが艶やかだ。ドンナ・マヌエラの皿は肉と付け合せの両方が少なめで、23のは今回は24と同じ量だった。ドン・アルフォンソのは倍量で、そんなに食べるからあんなに太るんだなとマイアは納得した。

 鴨がサーブされた時に、23はドウロの赤を飲んでいた。マイアを見上げて何かを言いたそうにしていたが、ただ「ありがとう」とだけ言った。マイアは私を憶えていたのかなと考えたが、いずれにしてもあれは秘密だった。ここでおおっぴらに確認できるようなことではなかった。

 十二年前、十歳だったマイアは時おりドラガォンの館の庭に忍び込んで夕陽を眺めていた。偶然知り合った少年は23と名乗った。そんな馬鹿な名前があるわけないと思っていたが、彼は嘘を言っていたわけではなかった。翌日も彼に逢うために忍び込んだのだが、あの冷えた石造りの家に彼はいなかった。それどころか、彼がぶら下がるようにして話しかけてきた足元の鉄格子のついた小さな窓から呼んでいるうちに、黒服の執事、今日メネゼスと紹介されたその人にみつかってしまったのだ。

 それから、一週間も経たないうちにマイアの父親は引越すことになった。あまりにも突然のことでマイアも妹たちも不満を表明したが父は「しかたないんだ」というばかりだった。今の彼女にはわかっている。あの館にマイアがもう近づかないように、あの黒服の男たちが父親に引っ越しを強制したのだと。数年前に、再びレプーブリカ通りに住むようになってから、マイアは再びドラガォンの館に来てみたが、その時にはマイアが忍び込んだ生け垣はきちんとした塀になっていて犬一匹でも入り込めないようになっていた。
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
う~~む、読んでいるとやはり教養が高まるというか。
私が馬鹿なのか・・・?

聖書の引用や描写などが製錬されているからとても良く感じるんですよね。
同じことを言っているような気がしますが。
一つ一つに丹精込めて文章を作っているのがとても良いですね。
2014.07.19 10:47 | URL | #- [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。

今回は、なんだか美味しそうな回でしたね。昨日のブイヤベースの記事といい、食欲が刺激されて困ります(笑)
着るもの、香水、そして食事の作法などで、23と24の違いを際立たせていて興味深かったです。
あらあら、あのあとそんなことがあったんですね。12年前に浮浪者もどきだった23が、貴公子然としている事情とか、いろいろ気になります。
世界観の把握が進むので、序盤の展開を早くしてくださるのはたしかにありがたいですね。
次話も楽しみにしています。
2014.07.19 16:42 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

うわぁ、過分なお褒めの言葉、恐縮です。
今回の24のセリフは、特に書いていないですが、いちおうこれ日曜日という設定なので(日曜日だけはお昼ご飯を家族で揃って食べる、他の日は晩ご飯だけ、という設定です)その直前に受けていたミサのことが話題になっている、という感じにしました。どこを切り取るかは、けっこう悩んだのですが、ほぼ初登場の24のキザっぷりを表すためにあの詩篇を選びましたが、それ以外にあまり意味はありません。

今回は「ご飯」シーンなので、かなり楽しんで書きました。食いしん坊なので。好きなことを書いている時は、描写にも筆が乗りますね。

丁寧に読んでくださり感謝です。

コメントありがとうございました。
2014.07.19 17:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ここのところ、小説といい、記事といい、「食いしん坊路線」に寄りすぎかもしれません。本性がバレバレです。次の「infante323とポルトの世界」カテゴリー記事も、そのまんま「食いしん坊記事」を予定しています(笑)

そうなんですよ、この章のポイントは二人のインファンテの対比でございました。普通は見栄えから言って24の方が主人公になるか、少なくともヒロインがはじめに美形の青年の方に惹かれるというのが普通だと思いますが、24もただの美青年じゃなくて、ちょい「くせ者」の香りが出したくて、この章となりました。

そして、これが「沐浴シーン」がお預けになってしまった事情でございます。っていうか、石鹸だけ持ってきても、水をどこで調達するつもりだったんだか。水があっても地下室をびしょ濡れにするつもりだったのか、子供の考えることは謎です。現在の23がちゃんとしている(かな?)事情は、そのうちにママ目線の章で(今よりは)明らかになる予定です。次回はようやく23がまともに喋ります。序盤が長いな。今度から構成、もう少し考えます。

コメントありがとうございました。
2014.07.19 17:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
月一更新だと、少し不安になる気持ち分かります。
私は週一更新ですが、それでもちゃんと読者様の中でつながっているかどうか、不安になりますから。
こういう形で早めにUPするのも、いいですよね。
・・・といってもたくさんのお話を交互に出されている夕さんには、調整が難しいのでしょうが。

今回は登場人物、特に23,24の輪郭がはっきり見えて来て、有難かったです。
最初は何か、彼らの中で階級(差別)があるのかと思っていたんですが、そうではないのですね?
(いや、私の読みが甘いのか)
食事のシーンというのは、それぞれの人間の本質が見えてきて、いいですね。
私はそう言えば、食事のシーンをほとんど書いたことがないのです。
私が食に全く興味が無いのがばれてしまいますね。
好きな事が出来るなら、毎日パンとコーヒーで生きていける感じなので。
(あ、家族のはちゃんと作るんですが><)←たまに手を抜くけど
でも読む分には楽しいです。
夕さんのお料理の記事と合わせて、今後も楽しませていただきますね。
2014.07.20 00:06 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

なんというか、ブログでの発表を念頭に置いて構成を練るということがなくて、本人は最初から最後まで頭の中にあって自分にとって一番自然な構成で書いてしまいました。「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」のように週一が前提の連載にすればよかったんですが、ついStella用にしてしまい、「こんな部分で半年も!」と今ごろ苦悩する羽目に。「大道芸人たち」の連載の最初の頃は読者もほとんどいなくてほぼノーコメント、大抵の方はあとからまとめ読みをしてくださったので、この苦悩はなかったんですよね。「夜のサーカス」は各章がほぼ読み切りだったので、月一でもそんなに問題がなかったんですが。二ヶ月ほど月二になりますが、その後は月一に戻します。読んでくださっている方には大変だと思いますが、お許しください。

ご推察の通り、23と24は待遇としてはほぼ同じです。違いは、次男と三男というだけ。この家では長男(プリンチペ)とそれ以下の男子(インファンテ)にはものすごい差がありますが、インファンテ同士は基本は一緒です。

食事のシーンは、ものすごく便利ですね。よく使います。さりげなく伏線を張る時にも使えますが、私はよく登場人物の性格を表す時に使います。飲み会のシーンで誰が盃が空になっているかを察知してお酌しているかとか、完璧のように見えていたキャラが食べ方が汚くて本性が現れるとか、肉をガツガツ食べるタイプと厳格な菜食主義を比較するとか、自然にいろいろな対比ができるので。それと、ええ、作者が食いしん坊なので趣味で書いている部分も大きいです。

ご家族のためにはちゃんと作るけれど、自分一人なら省略したいという氣持ち、ものすごくよくわかります。私もそう。疲れている時なんて、おっしゃるようにパンとコーヒーまたはお茶漬けだけでいいよと思いますよね。あ、我が家はご飯が常備でないのでパンとチーズ(笑)

コメントありがとうございました。
2014.07.20 15:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
月一でも週一でも隔週でも全然OKです! 
ハリポタっていう年一のものもあるし。
夕さんの思うままに。

三人三様で兄弟でも全然違いますね。
私も食べるシーン描けないので、楽しめる夕さんがうらやましいです。
実生活でもあまりこだわりなく・・・食に関しては、実生活にリンクするんですね。

香りのところも素敵です。
ほのかな石鹸と多量の香水・・・
香りは好きなのでいつか描いてみたいなあ。
いつか、だから、ない話になるかもしれませんが。

23がマイアに気づいてくれているなら嬉しい・・・
2014.07.22 10:15 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

すみません。二年経っても、ブログ小説慣れしていなくて、公開方法を誤った〜と焦っています。二ヶ月ほどイレギュラー、よろしくお願いします。

そうですね。食べるのが好き、もしくは、たくさんは飲めないけれどお酒を楽しむのが好き、というのがその手のシーンを書く時には役に立っていると思います。
ただ、ここの所、少し多すぎかも(笑)
けいさんのウルルのキャンプシーンも好きでしたよ〜。

香りも、比較で使ってみました。常に外見のことを氣にしている24と、構わなすぎの23。香水って、常につけているとだんだん麻痺してくるじゃないですか。その感じを狙いました。23は香水になんか興味はない。でも、12年前に誰かさんに汚いと指摘されて恥ずかしかったので、清潔には氣を遣っているらしいです。だから石鹸の香りがするという設定。と、本文だとここまでしつこく書けないのが難点です。

くすくす。23、氣がついていますよ〜。二週間後をお楽しみに。

コメントありがとうございました。
2014.07.22 20:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ふうむ、性格ですか?それともポリシーなのでしょうか?
盛りつけられる量にとても興味があります。量とその量を食べる人の組み合わせにです。そして全部食べる人と残す人にです。
それぞれに理由があってそれぞれの人の性格に深く関わっているのでしょうか。
マイアのご主人達4人が少しずつ見えてきました。
12年前の事情も開示され謎が謎を呼んでいます。こんな大がかりな事をしてまで守らなければならない秘密ってなんだろう?

あ、23、マイアには気がついてるんだ。よかった。
ドウロの赤、美味しそうですね~。

質問!23って書いてありますけど、たぶんポルトガル語で発音されているんですよね?なんて呼んでるんでしょう?(どこかに書いてありましたっけ?)
2014.07.23 12:17 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

性格とポリシーと両方でしょうね。
24と23は閉じこめられていることに対する反応の差もありますね。
攻撃と言うといい方がきついですが、外に向かうか自分に向かうかの違いです。
王子様扱いしてもらうことでプライドを保つか、自分を卑下して迷惑がかからないように内側に籠るか。
多分、次回でこの差がもっと明らかになると思います。もっともなぜその差がでたかはもっと先にならないとわからないかも。

本編には一度も出てきませんが、実はマヌエラはもともとマイアと同じ立場の女性でした。だから生まれたときからのお金持ちではなくて、不要に食事を残すのが嫌なのです。アルフォンソは、単に大食い。

何を守っているかは、ぼやかして大ざっぱに出てきますが、本当の所は誰にもわからない、ということにしてあります。断言しちゃうと、眉唾感が半端ないので。

晩餐の給仕シーンは時々出てくるのですが、23はいつも酒を飲んでいる。ここでも「大道芸人たち」みたいになってます(笑)

そして、誰も興味がないだろうと思ったので発音はどこにも書かなかったのですが、無理矢理カタカナにするとこんな感じです。
インファンテ トレゼント ヴェンティ トレース(Infante 323)
インファンテ トレゼント ヴェンティ クワトロ(Infante 324)
長くて呼びにくいのでインファンテとトレゼント(300)は省略されるという設定になっています。
メネゼスだけは「セニョール323」というまどろっこしい呼び方をしています。
母親であるマヌエラは「メウ・トレース(私の3)」「メウ・クワトロ(私の4)」と呼んでいます。
ちなみに私は「さんにーさん」または「にじゅうさん」と呼んでます。どうでもいい情報でした〜。

コメントありがとうございました。
2014.07.23 19:32 | URL | #9yMhI49k [edit]

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