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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(12)『カササギの尾』 -2-

さて、今回でチャプター1が終了です。小説でいうと三分の一が終了しました。なのに、まだ主人公とヒロイン出会っていません。

今回は、下層社会に馴染みながら旅をしてきたマックスが、上流階級に自らを合わせていくための変身といったところでしょうか。実際には、こんな風にいくつかの階層を自在に生きた人間は少なかったと思います。でも、いなかったとは言いきれません。


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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(12)『カササギの尾』 -2-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

「いらっしゃい、マウロ!」
奥から声がして女主人がこちらへやってきた。

「マリアンヌ! お客さんだ。心地が良い宿をお探しなんだと。部屋はあいているかい?」
「ああ、もちろんだとも。まだ日も高いからね」

「マックスの旦那、部屋を見られますか? その間、私が馬を見ていますよ」
マックスは首を振った。
「部屋は見なくてもいい。君が保証するなら、清潔に決まっている」

 二人のルーヴラン人は顔を見合わせてから、満足そうに笑った。グランドロン人がルーヴラン人に嫌われるのは、すべてを自分の目で見てコントロールしたがり、あらゆることにケチを付けたがるからだ。だいたいにおいて、ルーヴランの宿はグランドロンのそれほど清潔ではないことが多い。だが、それを指摘して何になるのだというのだろう。多少しわのよったシーツと、このいい香りのする料理を天秤にかけなくてはならないなら、マックスは喜んでルーヴランの平均的旅籠を選ぶだろう。

「ところで、マックスの旦那。ずいぶん荷が軽いようですが、後からお荷物が着くんですか?」
マウロが馬から外した荷物を運び入れながら訊いた。

 マックスは少し微笑んで答えた。
「いや、荷は届かない。その代わりに、僕はまともな服装を揃えなきゃならないだろうな。マウロ、いい仕立て屋と靴屋を知っているかい?」

 旅籠の女主人マリアンヌとマウロは再び笑った。こうしているうちに、彼らと以前からの友人のようにすっかりと親しくなってしまったのだった。

 旅籠『カササギの尾』には、母屋の上にごく普通の客室もあったが、流行っている居酒屋ゆえ毎晩の酒盛りで安眠が妨げられる怖れがあるとマリアンヌは告げた。マックスは長期滞在するつもりだったので、離れの部屋を借りる事にした。居酒屋の裏の小路を少し進んだ奥にあって、通りの喧噪からわずかに離れただけなのに驚くほど閑静に感じられた。寝室兼居室は暖炉で暖かく、もう一部屋はその火で簡単に食事なら自分で煮炊きもできる小さい台所のようになっていた。これなら朝、暖かい湯で顔を洗う事もできる。マックスはこの新しい住居がたいそう氣にいった。

 とはいえ、自分で料理するつもりには全くなれず、『カササギの尾』に早速戻って、親爺の自慢のスープを頼んだ。この居酒屋がいつも混んでいるという理由はすぐにわかった。ここにいる間に太ってしまうかもしれない。マックスは思った。

 二日明けた朝、マックスは公衆浴場へと向かった。都市の浴場は貴族から乞食まで広く開放されている。もちろん乞食が自分で代金を払えるわけではない。公衆浴場は月に一度、開放されて貧民や乞食など普段は入れない人びとも自由に入場できる。この費用は貴族や街の富豪たちの喜捨でまかなわれており、入場する時には主には既に死亡している寄進者の魂の救済の祈りを唱えることになっていた。開放日は浴場は汚れて得体の知れない者でいっぱいになるので、自分で払って楽しみたい客は行かない。そして、その翌日も、まだ前日の奇妙な臭いが残っているという理由で、ひどく空いているのだった。彼がわざわざ選んだのはこの朝だった。

「変わったお客さんだね。わざわざ今日を選んでいらしたんですかい」
浴場の親父は目を丸くした。
「そうだ。少し念入りにしてもらいたいんでね、君たちに時間がたっぷりある方がいいんだ」
「なるほど。それでは、まずこちらからどうぞ」

 親父はトビアスという名の青年にマックスを案内するように言った。トビアスはかしこまって彼を奥へと連れて行った。

 脱衣室で衣服を脱ぎ、まずはトビアスにカミツレの入った灰汁をかけてもらってからマッサージを受ける。全身をくまなく揉み解してもらい旅の間に強ばった筋肉を弛緩させる。それから小部屋の寝台に横たわる。すぐ側の真っ赤に熱せられた石に水が掛けられると、部屋は蒸氣でいっぱいになる。しばらくはそうしてサウナで汗を流す。トビアスはその間も白樺の細い枝を束ねたものでマックスの全身の皮膚を叩いていた。乾燥しささくれ立った手足の皮膚も丁寧に削ってもらう。

 サウナの次は洗い場だ。上級のコースを頼みさらに割増賃も払ったので、トビアスは高級な石けんを使い、身体と髪を丁寧に洗っていく。
「ずいぶん絡まっていますね、旦那さま」
「悪いが貴族の頭みたいにしてくれ」
マックスは頼んだ。トビアスは無理難題を言われると奮い立つ性質らしく、絡んだ客の髪を狂ったように梳いて、丁寧に洗い、どこに出ても恥ずかしくない状態にしてくれた。そういう訳で、彼がさっぱりして階下に降りて行くと風呂屋の親父すら驚くほど清潔で綺麗になっていた。

 浴場の次に訪れたのはマウロとマリアンヌに薦められた仕立て屋で、マックスはここで何着かの登城用の服をこしらえた。彼は一点は式典の時にも着用できる袖がふくらみ、襞もたっぷりある絹織物で、色は深い青にしてもらった。本来はもう少し明るい青が好きなのだが、式典ともなると服装にもうるさい輩が多いだろうから、わずかでも高貴に見える色合いにしてもらったのだ。当然染色の手間がかかるので値段も張る。残りの数着は少し色合いの違う明るい青の上着と、流行のスカーレットの毛織物の上着。これに脛までの麻のズボン、白いシュミーズ、絹のタイツに、滑稽なほど先の尖って反り返った靴など、宮廷で必要な服装を取り揃えた。

 こうした馬鹿げた服装は値段も張るが、とにかく布の量が多くて持ち運びが不便だ。だから彼は旅の間中持ち歩くことよりも、こうして必要な時に仕立てることを好む。これらの金額があれば、旅では一ヶ月以上楽しい思いが出来るだろう。だが、しかたがない。この衣装なしでは王女の教師の職は手に入らないだろうから。彼は王宮を訪ねる段取りについて考えはじめた。
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Comment

says...
更新、お疲れ様です。

あちこち旅をしているマックスらしい気さくさで、いい宿にありつきましたね。宿の魅力のひとつは、食事ですからね。
この世界では、まだ公衆浴場がちゃんとした営業をしているようですね。マッサージ、サウナ(白樺の枝でパシパシされたい)、そして綺麗に洗ってもらって、気持ち良さそうです。こういう浴場が正しく営業していたら、中近世のヨーロッパはもっと衛生的だっただろうに……。
服や荷物を持ち歩かずに、必要に応じて現地調達するというのは、合理的ですよね。私の若いころは、長期旅行だと着替えがすごくなるので、二三着にして途中の宿で洗濯とかしてました。でも今だったら、コンビニや百均で使い捨ての下着や服が手に入るので、逆にマックスのような身軽な旅ができそうです。変な話ですが(笑)
チャプター1完結、お疲れ様でした。風来坊から華麗な宮廷教師に変身したマックスと、ラウラやザッカがどんな出会いをして、なにをしていくのか。チャプター2が楽しみです。
2014.08.13 10:01 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ドイツ語圏とフランス語圏の宿を比較するとやっぱりこんな感じなんですよね。せっかくルーヴランの王都に来たんだから、グルメしないと(笑)

浴場は流行っていますが、本当に清潔だったかはちょっと疑問。マックスも旅の間はもちろん、王都についても二日も行っていないし……。浴場は中世ではかなり大切な場所だったみたいです。どうもイラストを見るとマッパで混浴? どうなっているんだなんて思いますが。

あ、TOM-Fさんのかわりに、マイケルをパシパシしているエミリーの図が浮かんでしまいました。なんか、まったく意味合いが違ってきたな……。

日本の都会だと、本当に重い荷物を持ち歩くのは無駄ですよね。スイスだと歯ブラシなどもホテルになく慌てて買おうとすると一本600円くらいする事もあって泣きたくなります。着替えは推して知るべし。やっぱりお洗濯が基本でしょうか。バスルームが洗濯物だらけになるのって、あまりスマートじゃないんですけれど背に腹は代えられず。

いよいよ、本題に入ります。なんだか出会っても「ヒーローとヒロインが出会って、お目めキラキラ」にはならず、地味な話です。今月の残りは「Infante 323 黄金の枷」なので再開は来月になります。また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.08.13 18:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
服の現地調達や宿。
旅人の旅人らしいところが垣間見えるのがいいですね。
こうして読み続けて楽しい気持ちになりますね。
旅の醍醐味を味わっていて。
2014.08.14 12:57 | URL | #- [edit]
says...
凄く暖かい印象の回です。
読んでいる方がほんわかとした気持ちになって、泊まってしまいそうです。
マウロもマリアンヌも基本的にいい人みたいだし、安心して読んでいられます。
マウロとマリアンヌ、2人のきめ細かい配慮と、マックスの旅慣れた対応がとても気持ちいいです。
この先の展開はこんなにのんびりとしていられない展開になるんだろうな?などと心配しながら読んでいますが、今はこの雰囲気に浸っておきたいと思います。
浴場と仕立屋の描写も臨場感があって入り込めます。
マックスのお手並み拝見、と言うところでしょうか?
2014.08.14 14:00 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

中世の風 俗をあげてるだけで、物語としては手に汗握る展開もないし、小人やドラゴンなどの面白いキャラも出てこないんで、若干地味な作品になりました。マックスと一緒に旅を楽しんでいただけて嬉しいです。

チャプター2からは、本来のお仕事(いちおう教師)をようやくはじめます。
また、読んでいただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2014.08.14 17:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

自由な旅も心惹かれますが、やはり心地のいい場所に辿りついて、ゆっくりするっていうのは落ち着きますよね。この辺の登場人物は、みないい人みたいなのでマックスはかなり早くこの土地に馴染んだようです。

来月からチャプター2ですが、展開としてはあいかわらず地味です。マックスは真面目にお仕事をする予定。
予定ではチャプター3までの小説で、いろいろな設定が回収されるのはその辺ですね。

まだまだ長いですが、おつき合いいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.08.14 17:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
着実に、堅実に、マックスは目的への準備を進めているようですね。
もうこの先、賢者マックスを戸惑わせるような事はないんじゃ無いかと思ってしまうんですが、まだ物語は中盤(序盤?)ですもんね。
このあとヒロインと出会ってどんな展開になるのか、楽しみにしています。
あ、沐浴はもう終わりなのですね・・・。
次回の沐浴も楽しみにしています(爆)
2014.08.14 23:07 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

旅は終わったんですが、まだ仕事していないし(笑)
そうまだ序盤なんです。それにこれまでのマックスはかなり傍観者で、今後も傍観者しているつもり満々なんですが、それが当事者になるまで話は続きます。
あ、沐浴……。この人たち、あまりお風呂フリークじゃないみたいなので、次回は「Infante 323 黄金の枷」のほうでお楽しみください。もしくは篠笛のお蝶に再登場してもらうか……(って、いつたいどんな小説ブログ?)

コメントありがとうございました。
2014.08.15 18:05 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
一気に、というわけではなかったのですが、5話目あたりから一気に拝読しました。さすが夕さん、と唸りっぱなしの楽しい読書になりました。いちいちコメントを入れたかった部分もあるのですけれど、お返事くださる夕さんもタさんも大変だろうと、一気にここでコメントです。

実は5話目くらいまでは秋くらいに読んでいて、その時に拝読したシーンでもうたいそう私のお気に入りになったのは、「シルヴァの丸太運び」のシーンでした。もうここで一気に物語の世界に引き込まれました。そうそう、「樋水龍神縁起」の世界に引き込まれたのと同じような……久しぶりのデジャヴ感でした。そうそう、夕さんのこんなお話を読みたかったわぁという……私にとって夕さんの一番すごいなぁと思うところがいっぱい詰まった大満足の物語です。ちょっと忙しくて間が空いていたので、実はもう一度1話から読み直しました。正直、一気読みして得をした気分でした。だって、世界に入っていきやすいのですもの。でもここからはきっと気になるので、重厚な物語は一気読みに限るという私のポリシーに反することになりそうです。

丸太運びのシーン以降、中世の市井の人々の存在がものすごく色濃く、夕さんらしい筆致で描かれているシーンが満載で、私はもうホクホクしながら拝読しておりました。阿部勤也さんは私も一時凝ったことがあって、「ハーメルンの笛吹き男」の解釈は私の世界を開かせてくれたものでした。その学術書を物語で読んでいる気分! すごくハッピーです。毒の話の下りも、もうニコニコで…・・・・それに幾人もの女絡みの逸話などはどれをとっても、その時代の窮屈さ・生きにくさ、そして女の哀れさと逞しさと、全てが入り混じって、素晴らしい。そうそう、こういう「袖擦りあうも他生の縁」的に、他者の人生をチラ見する話、大好きなんです。
しかも、中世の仮想世界の中に、そこから現在の民族性を醸し出す逸話があったりして、楽しい。夕さんにしか書けない、夕さんの物語ですね。

って、さっきから、大好き話しかしておりませんが、それにしても……確かに出会わないで終わってしまいました。夕さんの御懸念通り、全く、現在位置の地図を気に留めていませんでした。しかも、主人公(特にマックス)は今や私の中では「ナレーション」状態です。彼が「いかにも主役」になるチャプター2を楽しみにしています。
にしても、夕さんのヒロインって、ほんと不思議だわ。すごくゴージャスタイプ(蝶子)から、ダメダメ系(瑠水)まで揃っていて、今度はまだ掴みどころがないのですけれど、どこかで化けるのか、この地味に逞しい感じが貫かれるのか、じっくり観察したいと思います。
あ~、やっぱり切れ切れに読むの、いやだなぁ。私、テレビのドラマとかも、濃厚な話と分かっていたら、録画して一気見するんですよ……あぁ~(唸る)、いっそ早くアップしてください~~もしくは、謹呈とかで本にして貰いたいわ~。
ということで、お邪魔様でした。
今のイチオシはザッカ宰相です(^^)
2015.01.17 00:04 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは

ううう。お忙しい時にありがとうございます。
よく考えたら、一氣読みにはPDFの方がいいんじゃないかと思い当たり、読んでいただいたチャプター1はもう遅いけれど、ブログでは発表済みだけれど、彩洋さんはたぶんこれからのチャプター2の方だけでもと思って、別館にただいま設置しました。もう、ダウンロードできますので。

そして嬉しいお褒めの言葉、ありがとうございます。
特にチャプター1は、主人公二人が特に何もしていなくて、読む方にとっては「何なの、この話」だと思うんです。チャプター1の実際の主人公は「中世世界とそこに生きる人びと」かなと思っています。

高校生の時に作っていた話は、チャプター2以降でした。(主に)ラウラに骨格となっているあることが起こるんですが、その事件というか運命をなぜラウラが受け入れるのかということが、現代の私たちの感覚だと違和感を感じるのです。作者の私自身がそういうのですから、読者はなおさらだと思います。だからこそチャプター1が必要で、この時代には、現代の私たちにとっての「あたり前」が概念としてすらも存在しなかった、ということを延々と説明していく必要が出来たのですよね。

たぶん、この後も主人公の二人はあまり主人公っぽくないと思います。マックスは敵をバッタバッタ倒す無敵のアメリカン・ヒーローじゃありませんし、ラウラも一向に華やかなヒロインにはなりません。地味なまま、だと思います。でも、たぶんラウラって、私の作る小説の定番ヒロイン像に一番近いタイプかも。あまり受けそうにもないんで、ブログ化してからはあまりこのタイプのヒロインを長編の主役には据えないようにしているんですが。

ザッカを氣にいっていただき、嬉しいです。この人は、この小説の「トリックスター」です。新しく書き換える時に設定した一番大切な役割を追う人。一人だけ感覚が時代を超越しているんですよね。この人の小説の終わった後の扱いについては、未だに少し悩み中。

いずれにしても、長い小説をここまで一氣にありがとうございました。
チャプター3の連載は、3月からと思っていたのですが、scriviamo!が今の感じなら、もう早々と再開しても大丈夫かなと思案中です。それが終わったら、チャプター3も早々とPDF化しようと思っています。

コメントありがとうございました。
2015.01.17 13:37 | URL | #9yMhI49k [edit]

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