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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(14)白薔薇の苑 -2-

二つに分けた章の後編です。ようやく、主人公とヒロインが一対一で会話を交わす、しかも薔薇の苑で。もっとロマンティックでもいいと思うんですが、まあ、実際にも、こんなものでしょう。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(14)白薔薇の苑 -2-


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 その日の午後は授業がなかったのだが、マックスは進捗状況をザッカに報告するために登城した。簡単に報告をしている間、向かいの広間で矮人である道化師に滑稽な踊りをさせているマリア=フェリシア姫とその仲間たちの馬鹿げた笑いが聞こえてきた。マックスもザッカもそのためにわずかに言葉を切った。彼は不快感が顔に出ないように骨を折ったが、ザッカは隠そうともせずに首を振った。
「まったく……」

 報告を終えると退出するために彼はザッカの為政室を出て、王女のいる広間の前を通らないように裏庭に近い方の階段を使った。そこは大きなバルコニーヘと続いていた。こちらに来ることは滅多になかったので、彼はゆっくり歩くことにした。

 バルコニーから眺める景色はなかなか美しかった。すぐ下には中庭となっている白薔薇が咲き乱れる苑があった。見事に手入れされており、その手間は大変なものであろうが、王女や取り巻きの女官たちは全く見向きもしていないようで、人影もなかった。おや、そうでもないな。彼はつる薔薇の間をゆっくりと進む深緑のドレスに目を留めた。そう、午前中に教えていた生徒の片方だ。

 あの娘は、いつもあのように一人なのだろうか。マックスは、後ろから響く王女たちの騒がしい笑い声の方を振り返って見た。こんなひどい騒ぎに加わりたがらずに薔薇を眺めている娘がいることが好ましくて、彼はそっと微笑んで階段を降りていった。

 上から見ていた時にはわからなかったが、降りてみるとその苑は薔薇の香りに満ちていた。香りは体を浮かせるような効果があった。きちんと歩いているにもかかわらず、足元が軽く地面から離れているように感じるのだ。広間から聞こえる馬鹿騒ぎに苛ついていた神経があっという間に静まっていった。

 そのまま歩いていると、緑色のドレスが目に入った。
「バギュ・グリ殿」

 ラウラははっとして振り向いた。
「先生……」

「上から姿を見かけたので。邪魔をしたでしょうか」
「いいえ、とんでもない。ただ、歩いていただけですから」

「こんなに美しい苑がこの城にあったとは知りませんでしたね」
マックスが見回しながら関心するのを見てラウラは小さく笑った。
「お城にずっと住んでいても花の時期をご存知ない方が多いのです。ここはあまり人が来ないので。そのほうがいいんです。独り占めできますから」

 マックスは一人の若い娘がここにいるとはじめて感じた。それはとてもおかしな言い草だが、彼の実感だった。この職を得てから彼の意識はずっともう一人の生徒に注がれていた。マリア=フェリシア姫が類いまれな美女であるからだけではなかった。彼の仕事の評価は姫が何を習得したか、本人と国王がどう満足したかにかかっていた上、その仕事が大変困難であったからだ。

 姫の頭脳は格別ほかの者に劣っているというほどではないと思うのだが、進歩は遅かった。何よりも彼女は非常に怠惰だった。課題を熱心にこなすよりも、ほんのわずか魅力的に微笑んで課題そのものをなかったことにしてもらうのを好んだ。それはどうやら常に成功してきたメソッドらしかった。実際、マックスが何度か彼女のこの抵抗に屈してしまった。形のいい口元と緑の輝く瞳の魅力に屈したのか、権力に屈したのか、まだ判断が難しい所だった。だが、このままでは彼の教師としての評価に差し支えるということを忘れるほどにはその微笑の虜になっているわけではないのが幸いだと思っていた。

 彼の頭にある生徒はマリア=フェリシア姫一人だった。たとえ常にもう一人の娘が授業に参加して、同じ課題に挑戦していたとしても。マックスがその存在をしばしば忘れてしまうのは、ひとえに彼女が全く手のかからない生徒だったからだ。彼女は出した宿題を必ずやってきた。授業中に課題を与えると、やろうとしない姫の方に意識を集中して手助けをしているだけでかなりの時間が過ぎてしまう。氣がついてラウラの課題に意識を向けると、それは既に終わっており、さらに訂正すべき箇所もどこにもなかった。彼女は賞賛を求めるような表情も見せず、それゆえ彼は本来ならば全く褒めたくない姫の情けない回答に与える賞賛の五分の一もラウラを褒めたことがなかった。

 姫がいない、そして授業でもないこのわずかな時間、マックスははじめて添え物の生徒としてではなくラウラその人に氣をとめた。品はいいが相変わらず地味な色合いの長袖のドレスに身を包んで、長い髪をきっちりと後ろで縛りまとめ、小さい真珠の飾りのついたネットで覆っている。どこにも隙がないその立ち姿は、親しい語らいを拒否しているような印象を与えるが、マックスが話しかけても立ち去ろうとしない所を見るとそういう訳でもないらしい。

「私の授業の教え方はいかがですか。なかなかあなたの意見を伺う機会がないのは残念です、バギュ・グリ殿」
ラウラは驚いたように顔を上げて、それからわずかに嬉しそうな表情になった。
「とてもわかりやすくて、素晴らしいと思いますわ。題材も広範囲に渡っていて、毎回新しいことを学ぶのが楽しみです」

「そうですか。それはよかった。私の質問に驚かれたようですが……」
マックスがそういうと、ラウラはわずかに微笑んだ。
「今までどの先生も、私が授業をどう思うかなんて氣になさらなかったものですから」

 マックスはぎくっとした。自分自身もつい数分前まで同じだったからだ。
「あなたのような熱心な生徒に失礼なことですよね」
「いいえ、授業料を払う方にとって大切なのは、私が何を学んだかではありませんから。私は、最高の教育を受ける機会を得られてありがたいと思っています」
彼女の表情はわずかに憂いに満ちたように感じられた。
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

白バラ苑でマックスとラウラの逢引き……かと思いきや、見事に色気のない会話で(笑)
なまじ優秀で控えめな生徒というのは、手間がかからないだけに、その実力が見えにくいというお話、なるほどなぁと思います。
ラウラの言葉は、道理にかなっていますし、必要以上に自分を卑下しているわけでもなく、あらためてその魅力に惹かれました。マックス、言いつくろっていますが、ラウラにはモロバレっぽいですね。ラウラは、そういう部分には敏感なのかな。彼女の表情の変化が、とてもかわいらしく感じました。
姫に関しては、出来の悪い子ほどなんとやらといいますが、マックスにとっては死活問題ですからね。嫌われず、さりとて必要な教養はつけてやらねばならず。これは大変そうです。でも、なぜか憎めない。こっちはこっちで、可愛いところもあるじゃん、とか思ってしまいます。

キャラの魅力も増して、お話もどんどん面白くなってきました。
次話が楽しみです。
2014.09.24 13:56 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
マックスとラウラがようやく本格的に会話を交わしましたね。
まぁ、最初ですからこんな話題になってしまうのでしょうが、マックスはすでにラウラの魅力の一端にたどり着いていますね。さすがです。
いつまでバギュ・グリ殿って呼び続けるんでしょうね。
姫の方はさもありなんという感じなのですが、自分の優れた点をどう使うのが最適なのか、充分に理解しているのはさすがです。
姫はそういう意味では優秀なのですが、効果があるかどうかは相手によるんでしょうね。でもこのお姫様、とんでもなく魅力的なんだろうな。ですから、まぁいいか。
ラウラもマックスに関心を持ったようですし、このあと2人をどのように絡ませていくのか、楽しみにしています。
2014.09.24 14:50 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

いやあ、本当に地味なヒロインで……。
話が進まない、進まない。誰とは言いませんがへたれヒロインの方がずっと進みましたね。

ラウラは、そうなんです。誰にも省みられないことにかなりガッカリしています。で、「くそ〜、出て行ってやる」にあたる思考を、もっと品良く考えています。

それから、マリア=フェリシア姫は「超おめでたい」王女様という意味で名付けました。きっとこの人はこれで幸せなのでしょう。たとえ、絶世の美女でルーヴラン王国つきという高スペックにも関わらず、これまで誰にもプロポーズされておらず、この性格では今後もかなり怪しいということを知らなくても(笑)

次回、もうちょっと進みます。またどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2014.09.24 18:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええ、本当にもどかしい状態です。ラウラの方はかなり一生懸命見ている(でも、まだ熱烈尊敬ぐらいかな)のですが、たぶんマックスはまったく氣がついていないし。

マックスとラウラの「バギュ・グリ殿」「先生」はかなりず〜っと、そのままです。チャプター2のあいだ中(笑)

姫は、ええ、美貌と権力の使い方をよ〜くわかっているようですが、あまりよろしくないですね、こんなんじゃ。でも、きっとあまりつらい目には遭わないと思います。今も昔も、権力者って……。

ラウラとマックスの関係、少しずつ進んでいきます。また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.09.24 18:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
この二人がちゃんと話ができるシーンを待っていました。
甘いムードや恋の予感は最初からまったく期待はしていなかったので、この流れで逆に安心しました。
お互いの知性や人間性に惹かれてほしいなと。

マックスはあの姫に気を取られっぱなしですもんね。責任もあるし当然です。
出来るラウラには目が向かない・・・。

ここでじわっと思い出しました。
そうなんですよね、先生って、ちょっと手のかかる子に集中しちゃう傾向があって。
真面目で大人しい生徒って、割と印象が薄いんですよね。
学園青春ものだって、熱血先生は暴れまくってる不良生徒と常に盛り上がって感動的ラスト。
気を使い、真面目に勉強していた生徒は、その感動フィナーレには入れないのよね・・・とか、いつも学園もの見ながら思ってたり(GTOとかw)
そして10年後の同窓会で、かつての不良少年と先生の感動的再会。まじめで気弱な生徒は、なかなか先生に思い出してもらえないパターン。

ラウラ、いまこそ反旗をひるがえして・・・!
あ、そういう物語ではないですもんね。
マックス、ちゃんとラウラと話をしてください!
2014.09.25 10:48 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

一目見てお互いに恋に落ちるには、この二人のスペックはいまいちですものね。どちらかというと内面で勝負(って、誰と?)

で、そうなんですよ。この場合は二人だから顔と名前くらいは憶えたでしょうが、クラスに40人50人といると、「学年成績トップの○○さん」ならまだしも、真面目て大人しいだけの子は完全に忘れられてしまいます。感動フィナーレ、無理ですね。その年でも忘れられていますから、同窓会なんて「いたっけ?」でしょう。(号泣)

ラウラは、きっと本物の侯爵令嬢だったら「何よ、私だって!」と巻き返しを図ったかもしれませんが、この人の場合は半分ウジウジ、半分「出て行ってやる(もう少し行儀良い思考で)」で止まっています。

マックスは少しずつラウラに意識を向けていきますよ〜。一応主人公とヒロインだし(笑)

コメントありがとうございました。
2014.09.25 14:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
薔薇園での会話がまた香りを引き立てますね。
美しい会話だな、と思います。
マックスがどう思っているかはわかりませんが。
雰囲気というのは会話で大切だなと感じます。
2014.09.28 01:40 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもどうもありがとうございます。

そうですね。会話の内容がどうあれ、こういう舞台設定というのはけっこう大事ですよね。
まだどうってことはありませんが、一応主人公とヒロインの関係ですからね(笑)

美しい会話と言っていただいて嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.09.28 15:31 | URL | #9yMhI49k [edit]

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